厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
大舟。
火星の衛星「フォボス」に建造された共同宇宙港にして、現在は火星独立軍の本拠地と相成っている場所に、レヒニータ・悠那・バーンスタインは足を踏み入れた。ヘイムダルを引き連れて。
セレドニオ・ピリー。
火星独立軍総司令官たる男の真意をこそ、確かめる為に。十年前、自身の言葉を小娘の戯言と一蹴せしめた、地球に怨念と憎悪を抱く男と、今一度相対する為に。
「こちらが指令室です」
火星独立軍士官の誘導で、レヒニータ達は遂にセレドニオと言葉を交わすべく、大舟の指令室に進入した。
広大な指令室は、二十人もの管制官が十人ずつ二列に分かれて座っており、全てが壁一面に設置された巨大なモニターに向かっている。オペレーター達が座る席から一段上がった場所には、広々とした空間が有り、中央に司令席が一つ備えられている。
その司令席に座るのは、基地司令を任されたエメリコ・ポスルスウェイト中将。彼の前方に立つ痩せた男こそ、火星独立軍総司令官、セレドニオ・ピリーである。
「…十年ぶりですね、セレドニオ・ピリー」
「――おや、これはこれは。お久しぶりです、レヒニータ・悠那・バーンスタイン姫」
レヒニータとパリス、クレイグの三人は、指令室左側の扉から入った。主モニターを見ていたセレドニオは、レヒニータの言葉を受けて身体の向きを変え、柔和に挨拶をする。
内に怨念と憎悪を秘めながら、外見的には優しげで不健康な弱々しい男。ただ、鋭い鷹のような目だけが、獲物を眼前とした獣のように煮えたぎっている。それがセレドニオという男であり、レヒニータ達は末恐ろしくも思う。
「して、本日はどのようなご用件で? 我々も暇では有りません、時間を無駄にするコトは出来ない。簡潔かつ明瞭にお願いしたい」
「私は、貴方の真意を――本音を聞く為にやって来ました」
レヒニータが己が目的を述べた後、その後ろに立っていたパリス・イツカが一歩踏み出し、セレドニオに言う。
「ヘイムダルのパリス・イツカだ。
近頃、独立軍の部隊が続々と宇宙に上がって、ここに集結してるコトは分かってる。おかげで地上での対モビルアーマー戦が疎かになり、街にも被害が出始めてる。スキャパレリすら、MAの接近を許してビームを撃ち込まれた。
地上でのMAの活動は少なくこそなって来たが、完全に消滅した訳じゃねぇ。地球で大国の主力艦隊を壊滅させた『天使長』も討伐されてない。宇宙でMAが活発化してるってコトも、俺達が知る限りは無い」
「何故今、独立軍は火星の人々を守る為に必要な戦力までもを宇宙に上げているのですか?」
これが本題だ。
火星独立軍の動きは、明らかに対MA戦の為のモノではない。その目的が何なのかを探らねば、今後のヘイムダルとの共闘にも問題が残る。
「――まさか、
しかし、セレドニオは平然とそう言った。
その言葉に愕然とし、レヒニータは言い返す。
「下らない、ですって…!? 火星の人々を守るコトは、それが可能な戦力を持つ独立軍の役割でしょう! どれだけの人がMAに苦しめられ、殺されているか――知らない訳でもないでしょう!」
「はい。勿論、存じておりますよ。今なお、火星に住む人々は苦しみ、その命は危険に晒されている。その事実を思うと、胸が苦しくなります」
「ですから何故、貴方がたは火星の人々を守る為の行動を取っていないのかと聞いているのです! 一人でも多くの人を守る為に、貴方がたは戦うべきではないのですか!? 貴方がたにはその力が有り、責任が有るのではないのですか!?」
食い下がるレヒニータに対し、セレドニオは隠しもせずため息を吐く。
「…全く。この十年で少しは世間を知ったと思っていたが、結局は無知蒙昧な箱入り娘でしかないか。所詮、
「――何だと?」
クレイグが睨み付けるが、セレドニオは涼しげに続きを述べ立てる。
「野蛮な地球種を手懐けたコトは評価しよう。革命家よりも、調教師の方がお似合いなのでは?」
「チ――!」
「その野蛮な地球種相手にゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ、オッサン。この時間こそ、アンタが言う時間の無駄って奴だろ。さっさと要点だけ言え」
殴り掛かりに行こうとしたクレイグを制止し、パリスが先を促す。セレドニオはそれを意に介するてもなく、再び口を開いた。
「当たり前のコトを言わせないで下さい、レヒニータ姫。
勿論、
な――、という驚愕の声は、誰の口から漏れたモノだったか。
「だからこそ、我々は
「し、しかし――それによって地上戦力が手薄になり、都市部までもが危機に晒されているコトは事実です!」
レヒニータ自身、実際に殺されかけた。幼い頃から面倒を見てくれた侍女も、目の前で死んだ。
火星独立軍の地上からの撤退がその一因になっている以上、火星の人々を守る為だ、と語るセレドニオの言葉を、「ハイそうですか分かりました」と受け入れるコトなど出来ない。
「――レヒニータ姫。火星の未来の為には、もっと大局を見据える必要が有る。そんな直近の問題ばかりに目を向けているようでは、大衆の扇動など到底出来ませんよ」
「…大局?」
「そう、大局です。考えたコトが無いワケでもありますまい。――この戦争が終わった時、地球種が我々に何をするか」
その言葉を聞いた時、レヒニータは、自分の予測が正しかったコトを悟った。
出来るなら外れてほしかった、当たってはならなかった最悪の予測。それを、眼前の男は本気で実行しようとしているのだ。
「セレドニオ。――本気で、
「ほう、予測していたとは…それならば、話も早いと言うモノです」
セレドニオは不気味な笑みを浮かべながら、己が内に秘めた謀略を、意気揚々と述べ立てる。
「地球種の考えるコトなど、お分かりでしょう。
今でこそ、MAの跋扈で火星は実質的な独立、自治が達成されているが――MAがいなくなれば、火星は再び戦前の体制へと逆行せしめる。弱者として食い潰され、肥料とされる未来しか残されていないコトは目に見えています」
だから、セレドニオは再び地球に攻め入ろうとしているのだ。…今この状況で行うコトであるかはさておき、そのセレドニオの考えを、レヒニータはある程度理解出来る。
「…地球に打撃を与え、火星の永久的な独立を認めさせようと言うのは分かりました。
しかし、その為に貴方はどうするつもりですか? またコロニーを落として、罪の無い人々を殺戮しようとでも言うのですか!?」
レヒニータのその問いかけに、セレドニオは――心底理解出来ない、とでも言わんばかりに、首を傾げた。
「――何だアンタ。今のレヒニータの言葉に、どっか疑問点が有ったか?」
そのおかしな態度に、パリスが問う。対するセレドニオは、自らが抱く疑問を、革命の乙女に投げかけた。
「火星の独立を、地球に認めさせる? 罪の無い人々を殺戮?
―――
「…………………………え?」
その、心の底から出ているであろうセレドニオの問いかけを受け、レヒニータは絶句した。
「私の質問を理解出来ないと? なら、こう言い換えましょうか。
「――それは勿論、火星が地球の植民地である以上、その独立を認めるのは地球では…」
「何をバカなコトを。いや、バカなのか?」
と、セレドニオは嘲笑ぎみに前置きした上で――
「
――などと。
いとも容易く、さも当たり前のコトであるかのように、セレドニオは言い放った。
「―――は?」
「罪の無い人々? 何を言っているのですか?
何故今更こんなコトを、と思っているのだろう。絶句するレヒニータに向けて、セレドニオは「当たり前の事実」を丁寧に講義する。
「地球種とは即ち、人のカタチをしているだけのブタどもの名前です。何億匹、何兆匹駆除しようが人間サマの勝手だ。躊躇う必要がどこに有る? どこにも無いだろう?」
何てコトだ、とレヒニータは思う。
十年前と同じだ。自分はまた、セレドニオ・ピリーと言う男を計り損ねていだのだ。
セレドニオは、地球に住む人々を人間だとすら認識していない。
セレドニオの言う「火星の独立」とは、地球を滅亡させるコトに他ならない。
「理解したなら、お引き取りを。私には、地球侵攻への準備が有ります。後十日もすれば、我らの艦隊は出立出来るでしょう」
「――独立軍の艦隊が地球へ出発すれば、火星は完全に留守になる。お前らが戻って来る頃には、火星は人っ子一人住まねぇ空っぽの星になってるぞ?」
「MAと戦い、これを滅ぼすのはヘイムダルの役目だ。我々は火星独立軍、その名の通り火星の独立の為に組織された軍隊なのだから」
それだけ述べて、セレドニオは主モニターに向き直った。言いたいコトは言ったらしい。
しかし、レヒニータは違う。
(こんな、こんなコト――)
セレドニオの真意は確かめた。それはレヒニータにとって、到底賛同出来るモノではなかった。
なら、レヒニータがやるべきコトは―――
「――私は、貴方の考えには同意出来ません! そして、貴方の行いを赦す訳にもいかない!
火星の人々の為にも、私は貴方を止めます! 止めなければならない!!」
「チッ…囀るなよクソガキがァッ!!!」
レヒニータの宣言に対してセレドニオは激昂し、その懐から拳銃を取り出した。撃鉄を起こし、引き金に指をかける。
瞬間、クレイグとパリスはレヒニータの前に進み出て、それぞれセレドニオに銃口を向けた。
「セレドニオ…!」
この一触即発の状況が生まれたコトで、これまで指令席に座して事態を静観していたエメリコ・ポスルスウェイト中将も沈黙を破り、咎めるようにセレドニオの名を呼ぶ。
しかし、セレドニオが銃を納めるコトは無く、またレヒニータが怖じ気づくコトも無い。
「撃ちたいなら撃ちなさい! そんな物を向けられた程度で、私が意見を曲げるコトは有りません! 私の考えも変わりません、私の心を動かすコトも出来ない!!」
「今更ノコノコやって来て、ロクな解決案も代替案も出さずに『止めなさい』なんてのが通る訳もねェだろうが!! 笑わせんのも大概にしろよ小娘!! 無知無能なアバズレが、知った風な口で一端にモノ言いやがって!!
ようやくだ、ようやくここまで来た!! あの
その為だけに、火星の独立だの人々の為だの、クソ下らねぇお涙頂戴のお題目と大義名分を並べもした!! 今更止められねぇ、止められる訳がねぇ、止めさせる訳にも行かねぇんだよ!!!」
怨念と憎悪に満ちた身勝手な絶叫に、レヒニータもまた叫び返す。
「貴方は――火星の独立の為に、人々の笑顔の為に戦って来たのではないのですか!? 貴方のやり方では、誰も幸せになどなれない! 憎しみは新たな憎しみを呼ぶだけだと、私は言ったハズです!!」
「んなコトァ俺が知るか!!
瞬間。
二発の銃声が、指令室に鳴り響いた。
「―――が、あッ…!」
セレドニオがフラつき、口元から血が滲む。
心臓と肺の片側を二発の弾丸で撃ち抜かれ、纏う軍服が赤く染まって行く。憎悪に塗れた鷹の眼を、彼は己が背後に立つ男に向けた。
「エメ、リコ…貴様―――」
その場で倒れ、セレドニオは全身を床に打ち付けられる。瞳孔が開ききり、赤い命を溢れさせて、その身体は血溜まりに沈んだ。
地球への復讐に取り憑かれ、火星独立軍を指揮した男、セレドニオ・ピリー。
その最期は、腹心の部下によって齎された。
「――アンタ…」
パリスを初めとして、場の注目は一人の男に集まった。かつての火星独立戦争では第三艦隊を任せられ、今も本拠地たる「大舟」の基地司令官に命ぜられている男――エメリコ・ポスルスウェイトに。
エメリコは銃を納めながら、こう述べた。
「私が火星独立軍に参加したのは、それが火星の人々の為になるならと思ってのコトだ。地球の人々を抹殺し尽くす、復讐の為では断じてない」
そして、司令席に設置されたパネルを叩き、施設内全てへの放送回線を開いた。
「火星独立軍、並びにヘイムダルの士官達に報告する。私はエメリコ・ポスルスウェイト中将。たった今、私は地球への復讐の為だけに我らを利用した逆賊、セレドニオ・ピリーを射殺した。人殺しで得られる未来など無い。貴官らが私を撃ち、地球での虐殺を行おうと言うなら、好きにするが良い。
だが、まず一度立ち止まって、冷静に考えてほしい。地球の人類を全て殺し尽くし、あの青い星を鮮血に染め上げるコトが、本当に火星の人々の為となるのかを。我々が地球へ向かえば、その間火星に暮らす人々はMAの脅威に対して野ざらしになる。火星の人々の為に、我々が本当にすべきコトとは、火星に留まって対MA戦線をヘイムダルと共に築くコトではないのか?
私は火星の人々をMAから守る為に、革命の乙女の下で、火星独立軍を再編すべきと提案する」
迷い無くそう言って、エメリコは放送を切った。
一方、指名されたレヒニータは、エメリコの迅速過ぎる仕事に「えっ、ちょ…私ですか?」と若干困惑しているご様子だ。
「…初めから、こうする気だったんでしょ?」
クレイグの冷静な指摘を受け、それを肯定するかのように、エメリコは肩を竦めて見せた。
――実の所、エメリコはセレドニオが火星各地の部隊を大舟に集結させろ、と命令した時点で、その方針に疑問を抱いていた。そして、先のレヒニータとの問答で、セレドニオが「火星の独立などどうでもいい」と言った時点で、彼はセレドニオを完全に見限ったのである。
セレドニオとレヒニータ。どちらがより火星の人々のコトを想っているかなど、エメリコにとっては測るまでもなかった。
「レヒニータ・悠那・バーンスタイン。
火星独立軍の再編に、力を貸してもらえないか」
「え、ええ…私に出来るコトなら協力しますが、私には今、何の権限も有りません。自称革命家の小娘ですが――」
「いえ。『革命の乙女』として、平和を望む貴女の姿は、今なお火星の人々の心に植え付けられています。それに、十年前と違い、持ち上げられるだけの御方ではなくなったと、私は見込んでおります」
頭を下げ、協力を乞うエメリコ。レヒニータは、そんな彼の願いを聞き届けた。
「――終わったな」
「うん。本当はこれからだけどね」
パリスとクレイグも、一息吐いて銃を懐に仕舞い込んだ。火星にはまだまだ問題が累積しているが、レヒニータになら、それは解決出来るだろう。
二人はレヒニータに背を向け、歩き出す。この場での彼らの役目は終わった。
彼らには、彼らが本来いるべき戦場が有る。いつまでも、ここにいる訳にはいかない。彼らは彼らの戦場へ戻らねばならない。
「あの、クレイグ! それに艦長さん――ありがとうございました!」
二人の背中に、レヒニータは礼を言うと共に、深々と頭を下げた。
彼らがいなければ、レヒニータはここまで辿り着けなかった。今頃はスキャパレリで、アスファルトの染みにでもなっていただろう。
「気にすんな。俺達はヘイムダルとして、共闘相手である独立軍の真意を確かめに来ただけだしな」
「――頑張ってね、レヒニータ。銃を向けられてからも啖呵を切ったのは、カッコ良かった」
振り向かず、パリスとクレイグはそう返した。
頭を下げたまま、レヒニータは微笑み――顔を上げてから駆け出し、去り行くクレイグの袖を、パシッと掴んだ。
「…レヒニータ? まだ何か用―――」
振り向いたクレイグの言葉は、そこで途切れた。
レヒニータの唇が、クレイグの唇を塞いだからである。
「―――」
唐突な口づけに、流石のクレイグも固まった。
目を見開き、驚きを露わにするクレイグ。永遠にも思えるキスは、実際は十秒にも満たない重なり。唇が離れ、レヒニータは頬を真っ赤に染めながら、柔らかく満面の笑顔を浮かべて――
「――また、会いましょうね。今度は、平和な時代になってから」
――と、心から想いを告げた。
クレイグは衝撃から立ち直れておらず、呆然とその言葉を聞き届けさせられたが――自然と笑みを零して、確かに一度、頷くのだった。
第五十七話「争いのあとに残るものは」をご覧頂き、ありがとうございました。
【朗報】ミカクー勢救済(仮)
いや、こんなコトになるとは私も思ってなかったんですが、レヒニータさんが勝手に…。
なお、私はその流れを悟るや否や、「オルフェンズの涙」の再生ボタンを秒速で押しましたとさ。
あ、火星編はもうちょっと続きますよ。
もうここで終わって良い気さえしますが、まだちょっちやるコトが残されているのです。
《今回のまとめ》
・狂気と怨念と憎悪に満ちすぎていたセレドニオ
・エメリコ中将の銃撃により、セレドニオの復讐劇は終演
・オールフェーンズナミダー(紅白歌合戦出場曲)
次回「蛇行せし炎聖剣」