厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》   作:アグニ会幹部

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サブタイの訳は「火星への出発」です。
訳すと普通ですけど、パッと見でカッコ良ければそれでええんや!(日本人的発想)


#62 Departure to Mars

 翌日。

 中華連盟共和国領、香港のマスドライバーを借りて、ラファイエット級汎用戦艦「ゲーティア」は宇宙に上がった。

 

「ブースター、燃焼終了」

「本艦は地球衛星軌道に入りました」

「大気圏突破用ブースター、パージします」

「宇宙航行モードに切り替え完了」

 

 艦の後部側面に装備されたブースターがパージされ、ゲーティアは地球を眼下にして、宇宙航行を開始する。

 

「戦闘ブリッジ、解除します」

「艦内重力、安定。ノーマルスーツの脱衣を許可」

「グラズヘイム2には、一時間十七分後に到着予定です」

「ふう――まずは一安心かな、アグニカ君」

 

 そのブリッジでは、艦長席に座すディリゲント・バンクスがノーマルスーツのバイザーを上げつつ、隣の司令席に座るアグニカ・カイエルにそう言う。アグニカもヘルメットを畳みながら、ディリゲントに言葉を返した。

 

「ええ。…こんな任務に付き合わせてすみません」

「構わんよ。この艦を動かすのは、我々にしか出来んからな。チームリーダーがアグニカ君のままだと分かった時は、一同揃って安堵したモノだ」

「――そう言ってくれるのはありがたいですが」

 

 これからゲーティアは「グラズヘイム2」に寄航し、長距離高速航行用のブースターを追加装備して最後の補給を受ける手筈だ。グラズヘイム2を出発すれば、その後は旧ドルト暗礁宙域を経由しつつ、アリアドネに沿って火星行きである。

 

「今まで通り、艦の運用は我々に任せてくれ。必ず君たちを火星に送り届け、そして地球に帰還させてみせよう」

「さっすが艦長。――じゃあ早速、グラズヘイムまでよろしくお願いしますよ。俺はモビルスーツデッキに降りて、色々確認しとかないとマズいんで」

 

 そう言って、アグニカは司令席から立ち上がり、踵を返してブリッジを後にした。それを見届けたディリゲントに、オペレーターの一人、ジュリー・バイアットが声をかける。

 

「…彼、今まで通りですね。気負ってたりしないか心配してましたけど」

「まあ、見た限りはな。――ただ、今回の任務は責任重大だ。何かあれば、すぐにアドバイスの一つくらいは送るべきか」

「気の知れたメンバーですし、大丈夫でしょう。スヴァハちゃんもいるんですから」

「――ところで、だ。あの二人はこの火星遠征中にくっつけておかねばならないと思うんだが、お前たちはどう思う?」

 

 ディリゲントの問いかけを受け、ブリッジの席に座る全員がディリゲントに注目し――一斉に、深々と頷いた。

 

 

   ◇

 

 

 地球衛星軌道上のサテライトベース「グラズヘイム2」に寄航したゲーティアは、速やかに補給作業と長距離高速航行用のブースター設置作業に取り掛かった。

 当然、チームリーダーであるアグニカ・カイエルも、諸々の確認作業や手伝いで多忙を極める――ハズだったのだが。

 

「…アグニカ、仕事は無いの?」

「有る。有るハズなんだが、何故か全く無い。不思議なコトに」

「それ、大丈夫なの…?」

「――まあ、ディリゲントさんもフェンリスも、サブリーダーのドワームも大丈夫って言ってたし、大丈夫だろ…大丈夫だよな?」

 

 アグニカには仕事が回って来ておらず、今はスヴァハ・リンレスと共に、グラズヘイム2から地球を見下ろしている。

 …なお、これがゲーティア艦長ディリゲント・バンクスと、後に「セブンスターズ」と呼ばれるようになるパイロット一同の企みであるコトは言うまでもないだろう。人類の危機が迫っており、自らもまた死地に向かおうと言う中、あろうことか彼らはアグニカとスヴァハの関係を進展させるべく、一計を案じたのである。アグニカが知れば「こんな時にお前ら正気か」と言うだろうが、気の知れた仲間だからこそ、彼らはこんな時こそ気を利かせるのだ。

 

「そこはみんなを信じようよ。

 ――そう言えば、最近はアグニカと二人で話したコト無かったかも」

「…確かに、言われてみればそうだな。ずっと飛び回って戦ってたから、こうやってノンビリ話す機会は無かった」

 

 ワザと二人きりにされたのでは、とアグニカは一瞬思ったが、それは無いだろうと頭を振り、バカな想像は忘れるコトにした。――残念ながら、その予想は当たっているのだが。

 グラズヘイム内のこの廊下は、壁一面が大きな窓となり、青い地球が全面に映し出されている。太陽光を浴びて輝く地球の光が、窓際に立つ二人を青く照らす。スヴァハは窓から地球を見下ろし、アグニカはスヴァハから見て左側の真横に立っている。

 

「…これで、見納めになるかもしれないんだね」

「いや、また見れる」

 

 目を細めて俯き、そう呟いたスヴァハの言葉を、アグニカは間髪入れず否定した。スヴァハがアグニカに視線を向けるが、アグニカは真っ直ぐ地球を見据えたまま、こう続ける。

 

「ウリエルを倒して、絶対に全員で戻って来る。誰も死なないし、死なせない。俺たちは死ぬ為じゃなく、勝つ為に行くんだ。…じゃなきゃ、地球に残って戦ってくれてるトビーや大駕、みんなに申し訳が立たないからな」

「――うん、そうだね」

 

 地球に視線を戻して頷きつつ、スヴァハは横に移動して、アグニカとの距離を詰め――その右肩に、自分の頭をトンと載せた。

 

「…スヴァハ?」

 

 どうしたんだ、と言うアグニカに対して、スヴァハは何も言わなかった。ただ目を閉じて微笑みながら、更に近づいてアグニカの右腕に自身の両腕を絡める。

 動揺して身体を強張らせるアグニカの顔を見上げないまま、スヴァハは囁くように問う。

 

「問題。私は今、何を考えてるでしょうか?」

「何、って――」

 

 アグニカは、言葉が出て来なかった。いや、答えを考える余裕が脳に無かったと言うべきか。

 いくら幼馴染で兄妹(姉弟?)のように育って来たとは言え、もう互いに大人になった。普段は意識していなくとも、ここまで密着していると流石に意識してしまう。鼻腔をつく柔らかな匂いと、絡む手と指の細やかさ、何より右腕に当たっている双弓の感触ばかりを気にしてしまっている。

 真っ白になった頭をフル回転させて、アグニカは一つの答えを何とかギリギリで絞り出した。

 

「――昨日の朝ごはん?」

 

 なお、その答えのトンチンカンぶりまでには、頭が回らなかった様子である。

 

「…プッ、あはははは」

 

 そのあまりに的外れな答えに、スヴァハも思わず吹き出してしまった。さっきまでとは違うベクトルの恥ずかしさを感じつつ、アグニカはふと「スヴァハの笑顔を最後に見たのはいつだったか」と思う。

 スヴァハはいつも、優しげに微笑んでいる。けれど――それは、心からの笑顔ではないと、アグニカは心のどこかで感じていた。

 

 昔から、スヴァハは笑っていた。

 それが本当の笑顔でなくなったのは、一体いつからだっただろうか?

 

「あはは…残念だけど不正解。正解は――」

「…正解は?」

「――ホントに分からない?」

 

 アグニカの右腕から離れつつ、スヴァハは聞く。冷静な思考を取り戻したアグニカは、一瞬熟考するが――それでも、分からないモノは分からない。

 

「――悪い、本当に分からない。教えてくれ」

「うーん…じゃあ教えないでおこっと」

「ちょ、待て何だそれは!? 気になるだろ!?」

 

 いたずらっぽくそっぽを向いたスヴァハに食い下がるアグニカだったが、スヴァハは笑いながらこう返すのだった。

 

「だったら、出来るだけ早く気付いてね? 私も気付いてもらえるように頑張るから」

「おう…おう? ん?」

「ほらアグニカ、もうすぐゲーティアの作業が終わると思うよ。そろそろ戻らないとまずいんじゃないかな?」

「あ、ああ…確かに、作業完了予定時刻まで後二十分くらいか」

 

 行こう、とスヴァハはアグニカの手を引いて歩き出す。アグニカはさっきのコトについて思案を巡らせつつ、自分を引っ張る小さな手に身を任せるコトにしたのだった。

 

 

   ◇

 

 

「出航準備、完了しました」

「全艦、問題無し。レーダーに機影も認めず」

 

 ゲーティアの出航準備が整い、アグニカはブリッジの司令席に戻って来ていた。その傍らにはスヴァハと、サブリーダーを務めるドワーム・エリオンが立っている。

 そして、正面モニターにはヘイムダル本拠地「ヴィーンゴールヴ」との通信が開かれ、ディヤウス・カイエルが映し出されている。

 

『では頼むぞ。地球は我々に任せてくれ。

 ――お前たちが無事、一人も欠けるコト無く帰還してくれるコトを祈っている』

「ああ――ゲーティア、発進の後に最大戦速! 旧ドルト暗礁宙域を経由しつつ、アリアドネに沿って火星へ向かう!」

 

 アグニカの命令を受け、長距離航行用のブースターが点火され、遂にゲーティアは「グラズヘイム2」を出航。旧ドルト暗礁宙域を経由する、火星への進路を取った。

 

「ああ、そうだアグニカ。艦内の部屋割りを私の独断で決めたんだが、これで構わんな?」

「ん? 部屋割り?」

 

 ドワームから端末を受け取りつつ、アグニカは聞き返した。部屋割り、と言うと艦の個室を誰が使うか――と言うアレだろうか。

 こんな細かいコトまでリストアップして管理する辺りが、ドワームの優秀な点である。

 

「これまでより、乗員の数が増えているからな。お前のチームが運用していた時のようには行かんぞ」

「それはそうだな。まあ、部屋割りで問題なんてよっぽど起こらな――ちょっと待て」

 

 部屋番号と人名が書かれたリストを確認するアグニカだったが、とある点が目についたらしく、ドワームを制止した。ドワームは傍目では分からないほど小さく「チッ」と舌打ちをしつつ、平然と「どうした」と問う。

 アグニカはそれには気付かなかったが、ドワームの眼前に端末の画面を見せつけて、こう追及した。

 

「何で、俺とスヴァハが同じ部屋に押し込まれてんだ?」

 

 側に立つスヴァハが「どれどれ」とアグニカの手から端末を取り、目を通し始めた。一方、アグニカに睨まれるドワームは、大仰な制服をかける肩を竦めて返答する。

 

「何で、と言われてもな。言っただろう、乗員の数が増えて今まで通りにはいかないと。割り振ったら偶然ああなったんだ」

「いや、問題視しろよそこは。女性スタッフは野郎よりも優先して個室に入れたりとか、その辺りは気を利かせる所じゃないのか?」

「男女は勿論、キッチリ分けようと思ったんだが――人数的に、どうしても二人用の部屋に男女で押し込まなきゃならないのが分かってしまってな。どの男女を押し込もうかと考えた結果、まあアグニカとスヴァハの二人で良いんじゃないかという結論に達した」

 

 確かに、と現在リストを見ているスヴァハが納得してしまった。そんなスヴァハには「オイ」とツッコミつつ、アグニカはドワームにもツッコむ。

 

「良いんじゃないか、ってどう考えても良くないだろそこは。手を尽くせよ諦めんな」

「何故だ? まさかお前、寝ているスヴァハに手を出してしまうとか、そんな節操の無いコトはしないだろう? それに、二人は同じ窯の飯を食って育って来た、言わば姉弟みたいなモノだろう?」

「いやまあ、そりゃそうだが――」

「でもアグニカ、リスト見る限りこれは今更変えようがないんじゃないかな…大人しく私たちが押し込まれるしかないんじゃない? アグニカが私と一緒なのはどうしても嫌だって言うなら、私も抗議するけど」

 

 う、とアグニカは言葉に詰まった。当のスヴァハが別に良いと言うなら、アグニカとしては「NO」とは言いづらい。

 スヴァハから端末を返してもらい、アグニカはもう一度リストを確認し、渋々ながら頷いた。

 

「――分かった、これで良い」

「…アグニカ、逆に考えろ。スヴァハみたいな美人と同じ部屋で寝れるとかご褒美でしかない、と」

「お前にだけは言われたくないんだが!?」

 

 ハハハハ、と豪快に笑いながら、ドワームはアグニカから端末を回収してブリッジを後にした。その大きな背中に、アグニカはとりあえず「しばらくは事務を全部押しつけてやる」と吐き捨てておく。

 

「…アグニカ、私と一緒は嫌?」

「あ、別に嫌って訳じゃないんだが――身の危険を感じたら、すぐにカロムの部屋にでも逃げ込めよ」

「あはは、何それ。…えーっと、Cブロックの一だったかな。私はそろそろ部屋に戻るけど、アグニカはどうする?」

「俺は二、三個くらい確認事項が有るから、それ済ませてからだな。先に休んでてくれ。くれぐれも鍵は開けといてくれよ、閉め出されたくはない」

「了解」

 

 じゃあねー、と言い残して、スヴァハもブリッジを去った。アグニカはそれを見送ってから、確認事項を済ませるべく艦長のディリゲント・バンクスに視線を向けたが。

 

「…何ですか、その気持ち悪い満面の笑顔は」

「いやいや、何でもないとも。なぁに、うっかり手を出してしまっても不可抗力と言うモノだよ?」

「出せる訳ないでしょ、良い大人のクセして何言ってんだアンタは。

 バカなコト言ってないで、航行スケジュールとか諸々のデータを教えて下さい」

「据え膳食わぬは男の恥だぞアグニカ君!」

「そろそろ真面目にハッ倒してやろうかオッサン」




Episode.62「Departure to Mars」をご覧頂き、ありがとうございました。

ちょっと短めですが、キリが良いのでここまでで。
しかしアレですね、かなりのライト回でしたね。
書いてる私が一番ビックリしてますわ…まさか六章まで来て、こんな気さくなやり取りが見られるなんて思いもしてなかった…。


《今回のまとめ》
・いよいよ火星に向けて出発
・アグニカとスヴァハの関係が気になる
・ゲスい奴らがバージンロードを舗装し始めた模様




次回「Reef Airspace」
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