厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
朝、目を覚ましたアグニカ・カイエルは、ひとまず部屋に備え付けられたシャワールームで身体を洗い流し、ヘイムダルの制服に袖を通す。詰め襟のホックまでカッチリ締めた時、同室で寝ていたスヴァハ・リンレスが起き、大きなあくびをしてからアグニカに目を向けた。
「アグニカ…早いね…おはよう〜」
「おはよう、スヴァハ。寝間着ありがとな」
「うん、どういたしまして――って、何か焦げ臭くない…?」
まだ半分スリープモードなのか、目を擦りながら聞いてくるスヴァハに、アグニカは溶けて焼け焦げた壁を指差して答えとする。
「――何あれ?」
ボンヤリとそれを見て、スヴァハは何事かとアグニカに聞く。するとアグニカは、スヴァハからすると不可解な質問を返して来た。
「スヴァハ、覚えてないのか?」
「覚えて――ごめん、全然分かんない…私のせいなの?」
「いや、全くスヴァハのせいではないし、俺がやったワケでもないんだが――まあ、アレだ。とりあえず、顔でも洗って来い。服も正してな」
釈然としない様子で頷き、スヴァハはベッドから起き上がり、着替えを持って洗面所へと向かった。アグニカはそっと、心の中でマッドサイエンティストに合掌する。
(スヴァハは覚えてないっぽいから多分無意識だけど、だとしてもアレは俺でもヘコむ。強く生きろ、マッド)
後でフォロー入れるか、とアグニカはふと思ったが、よくよく考えると昨晩に殺されかけたので、仕返しも兼ねてしばらく放置しておくコトにした。
しかし、問題はスヴァハに真実を伝えるかだ。
いくら相手がマッドサイエンティストで、その時は寝ぼけていたとは言え、冷たく「うるさい」との一言であしらってしまっていたと知れば、スヴァハは罪悪感を抱くだろう。ただでさえ最近は元気無さげなので、更に落ち込ませるコトになるなら、マッドサイエンティストには悪いが言うべきではないかもしれない。
「アグニカ、朝ごはん食べた?」
「…いや、まだ」
「じゃあ一緒に行こうよ」
着替えを終えて洗面所から出て来たスヴァハの誘いに頷きつつ、アグニカは「聞かれたら答えよう」と結論付け、スヴァハに続く形で食堂へと歩みを進め始めた。
◇
グリニッジ標準時、午前六時三十分。
食堂は六時から開いているものの、ピークは大体七時から八時までなので、まだガラ空きである。かなり時間にルーズだが、ヘイムダルはあくまで民間組織であって軍隊ではないので、この辺りはわりかし緩いのだ。
プレートに丸いパンとハムエッグにサラダ、スープとコーヒー付きと、最前線の戦艦内にしては豪華なのもヘイムダルならではである。保存の関係も有って、全部人工のバッタモンなのが惜しいが、モビルアーマーの台頭後、天然物は高騰している上に大半は日持ちしないので仕方がない。
「あっ」
しかし、ここでアグニカとスヴァハは、マヴァット・リンレスとバッタリ出会った。出会ってしまった。
「おはよう、お父さん」
「ああ、おはよう」
スヴァハの挨拶に対し、マヴァットは変な所を伸ばすでもなく普通に応えた。食べ終わりかけていたコトも有り、コーヒーを一気に呷ってマヴァットは席を立ち、プレートを窓口に返して食堂を出て行った。
「……?」
プレートを受け取りながら、マヴァットの素早い動きを眺めて、スヴァハはどことなく違和感を覚えた。端の席にアグニカと向かい合って座り、スヴァハは問いを投げる。
「――お父さん、何かあったの?」
(気付くの早いなオイ)
聞かれたアグニカは、心中でそう思う。出会ってしまったのは偶然なので仕方ないが、それにしてもスヴァハはカンが良いな、と謎の目線で思ったりもしたが。
「何で、そう思ったんだ?」
「だって、大人しすぎるよ。いつもなら、もっとウザい感じで絡んで来るのに」
「どういう認識されてんだ、あのマッドは」
素でウザいと評している辺り、ひょっとして昨晩のアレも普通の対応だったのか…? と訝しみつつも、アグニカは昨晩起きたコトについて話した。
部屋に襲撃して来て、義眼からビームを放ったりしたコトには「全く」と呆れを見せていたスヴァハだったが、寝ぼけて「うるさい」と冷たく言い放った辺りで、スヴァハの顔はサーッと青くなった。
「それで、マッドを部屋の外に置いて俺も寝たんだが――って、スヴァハ? どうした?」
「ど、どどどどどどうしようアグニカ! ねぇ、私どうすればいいの!? 全く覚えてないけど、謝るでもなくあんな態度取っちゃったよ!?」
「どう、って…スヴァハが悪いと思ってるなら、謝りに行くとか」
「――最近、普段からちょっと雑な扱いしちゃってたし…どの面提げて謝りに行けばいいのか分からないって言うか、恥ずかしいって言うか…」
思春期かな? とアグニカは口には出さずツッコんだ。確かに、本来起こり得る思春期・反抗期の類のモノはスヴァハには来てなかったように思うが、まさか二十歳にもなって到来するとは。
…ただまあ、恥ずかしいと言うのは何となく分かる。アグニカが同じ状況に置かれても、いざ自分の父親に謝りに行くと言うのには抵抗が有るだろう。マヴァットが雑めの扱いを受けるのはマッドサイエンティストであり、口調が常にブッ飛んでる以上は仕方が無い。とは言え、今回ばかりはちょっと堪えてる感が有ったが。
「まあ、機会を伺ってさり気なく謝れば、それで良いんじゃないか? 同じ艦に乗ってる訳だし、会おうと思えばいつでも会える状況に有るしな」
「う〜ん…そんなモノかなぁ…」
「ブースター付けて最大戦速で進んでるとは言っても、火星に着くまで半月はかかる。滞在期間と帰りも含めれば、それこそ半年近くになるかもしれないんだ。一回くらい、良い機会は有るだろ」
スヴァハはなおも頭を悩ませるが、言うなれば気持ちの問題なので、考えてどうにかなるようなコトでもない。しばらくは見守るコトにしよう、とアグニカは結論付け、スープに口を付けるのだった。
◇
「スヴァハーの反ー抗期ーがやーって来ーてしーまったーのだが」
『成る程。――で、何故それを私にわざわざ言うんですか?』
ゲーティア内、自室でマヴァットは通信を開いていた。通信先は地球のヘイムダル本部「ヴィーンゴールヴ」、相手は自らの助手クマーラ・シャクティダラだ。
神妙な面持ちで切り出したマヴァットに、最初はクマーラも「ただならぬコトか」と真面目に臨んだが、いざ蓋を開けられたら何でもなかったコトで、呆れを隠しもせず辛辣めに問う。十年来の助手からの扱いすらこれなので、そろそろマヴァットは自身について見つめ直す必要が有るのではないか。
『そもそも、前々からそんな感じの扱い受けてたでしょうが。何で今回に限って、そんなナイーブに落ち込んじゃってるんですか?』
「いや、だってーだな? あんーなに冷たーいスーヴァハは初ーめて見たかーらな? 永ー久凍土ーもビッークリの冷たさーだったぞ、マージで」
『…寝ぼけてる時は人間、そんなモノでしょう。それに、夜に部屋に凸った方が悪い』
呆れ顔でド正論をブチかますクマーラに対し、マヴァットはなおも食い下がる。
「だーっーて! お年ー頃の男女ーが同ー室なーんて、どーう考えーても不純ーでしょーうが! 認ーめない、おー父さんはそんーなふーしだらなコート赦しまーせーんよー!!」
『スヴァハちゃんももう大人なんですし、ふしだらなコトの一つや二つ無い方が逆に心配ですよ。心配なのは悪い男に引っかかるコトですけど、アグニカ君ならその心配も無いんですから。
マヴァットさんだって、アグニカ君のコトは認めているんでしょ? いい加減子離れしましょうよ』
「―――いや……………しーか、しだーな…」
むうう、とマヴァットは押し黙る。
そう。別にアグニカが気に食わないとかそういう訳ではなく、むしろその逆だ。朋友ディヤウス・カイエルの息子であるコトを除いても、アグニカのコトは信頼出来る相手として認めている。
認めているのだが――父親として、なかなか難しく複雑な想いが有るのだ。
『邪魔ばかりしてると、いつか馬に蹴られて地獄に落ちますよ? それに、スヴァハちゃんがいつまでも独り身になりますけど』
「――別ーに、結ー婚だけが全ーてではなーい。キミだーって独りー身だーろう」
『まあ、そりゃそうですが…少なくとも、スヴァハちゃんはそう思ってないでしょう。だったら黙して見守るのも、威厳有る父親ってモノだと思います』
スヴァハがアグニカにどんな想いを抱いているかは、マヴァットとて勘付いている。クマーラは女性であるコトも相まって、スヴァハ自身が自覚するよりも前から。もっとも、当のアグニカが気付いているか分からないのが非常に残念な所(マヴァットからすれば僥倖)ではあるのだが。
しかし、大人しく見守るコトなど出来ないのが、マヴァットという落ち着きの無い男だ。もう五十も後半、還暦が近付いているというのに、マッドサイエンティストらしいテンションを保っているのはある意味才能である。
『――本題は何ですか? まさか、この為だけに通信を寄越してきた訳でもないでしょう?』
「…ああ。こちらーで解ー析した『四ー大天使』ウリーエルのデーターを送るのーと、もーう一つ。
――例のシステムの進捗はどうだ?」
『ソロモンさんとリシャールさんも協力してくれていますし、滞り無く開発は進んでいます。ただ、無線化はまだ目処が立っていません。別途に新規開発が必要なデバイスの問題も有りますし、その点はディヤウスさんの意見も聞いて進めますが――それで良いですね?』
「構ーわん。私ーが戻ーるまでーに、やれーるだーけのコトはーやってーくれたまーえ」
はい、とクマーラが頷いたコトを確認して、マヴァットは通信を切ろうとする。しかし、それをクマーラが呼び止めた。
『もう一つ、聞かせて下さい』
「――何だーね?」
『何故、火星への遠征に同行するコトにしたのですか? 優秀な整備担当が必要なのは確かですが、それならリシャールさんやヨウィス、私でも良かったハズです』
「今ー回の作戦ーは、ヘーイムダールの威信ーをかけたーモノだ。アグニーカだーけでーはなく、私ーもヘイームダルの代表ー者として同行すーべきといーう判断で――」
『まさか。それだけではないでしょう?』
目を細めて問うてくる助手に、マヴァットは痩せた肩を竦めて、観念したように答える。
「――
単なるー自ー己満足だーろうと、私も一度ーは命くーらい、懸けておかーねばな」
◇
M.U.0051年も二月になり、中旬に差し掛かった頃、ラファイエット級汎用戦艦「ゲーティア」は、火星圏に入った。
『久しぶりだな、アグニカ』
「ああ。パリス、お前も元気そうで何よりだ」
現在は、火星で戦うパリス・イツカのチームとの通信が開かれている。彼が艦長を務めるバラクーダ級強襲装甲艦「サタナキア」と四十分後に合流し、その後は火星防衛軍の本拠地「大舟」に向かう手筈となっている。
ゲーティアのブリッジに立つアグニカは、通信先でサタナキアの艦長席に座すパリスに対し、早速本題に入った。
「俺たちが来た用件は聞いてるか?」
『ディヤウスさんからの定期連絡でな。――全く、こっちもガタガタだってのに「四大天使」たァな』
「愚痴っても仕方無いだろ。間違い無く、遠くない内にウリエルは火星を攻めに来る。だったら俺たちは、それに対抗するしかない。火星は、火星の人々は何としても守り通さなきゃならないんだからな。
――火星防衛軍には、アポ取ってくれたか?」
『それに関しちゃ抜かりはねぇよ。レヒニータの指導で、もう迎撃体制の構築に動き出してる』
ただ、とパリスは続ける。
『まだ地上のMAを殲滅出来てねぇから、全戦力を宇宙に上げるのは間に合うか分かんねぇらしい』
「――それはマズいな」
旧ドルト暗礁宙域に残されていた艦船等の記録を吸い上げて解析した結果、敵こと「四大天使」ウリエルの戦闘能力はこれまでのMAとはとてもじゃないが比較にならない。ドルトでの破壊で全力を出しているとも思えないので、少なく見積もってもガンダム・フレーム二十機分以上の戦闘能力は有しているモノと考えて差し支えない。
そんな化け物を相手にする以上、火星に存在する全戦力を投入して然るべきだが――地上のMAは未だに根絶しきれておらず、現状では全戦力を宇宙に上げるコトが出来ない。
「とりあえず、火星防衛軍と合流して――俺たちが一回地上に下りて、地上のMAを殲滅すれば間に合うか? 五日…いや、三日くらいで」
『そりゃ、それなら間に合うだろうが…んなコト、本気でやれると思ってんのか?』
「この艦に積まれたガンダム・フレームとメンバーは一級品だ、やれないコトは無いだろ。やれるかやれないかの前に、やれなきゃ人類滅亡不可避だ」
後顧の憂いを断ち、惜しげも無く火星に在る人類の全戦力を投入せねば、ウリエルは撃破し得ない。今やるべきは、何よりもまず迎撃体制を速やかに整えるコト。この一点に尽きよう。
「その為にもお前らと合流して、『大舟』に向かうんだ。道案内、しっかり頼むぞ。火星に関しちゃ、俺たちはド素人だからな」
『おう、それは任しとけ。
グシオンをいつでも地上戦用装備に出来るよう、MSデッキにも言っとくぜ』
話がある程度まとまった所で、アグニカはゲーティア艦長ディリゲント・バンクスに話しかける。
「聞いての通りです、艦長。『大舟』に着いた後のゲーティアの予定は、ちょっと変わるかもしれません」
「構わんよ。この艦に行けない場所は無いからな」
「頼りにしてますよ。――全艦に通達」
司令席の肘置きに設置された受話器を手に取り、アグニカは艦に乗る全員に向けて言葉を発した。
「長い航海だったが、俺たちはようやく火星へ到着した。これから火星防衛軍の本拠地『大舟』へと向かい、協力して『四大天使』ウリエルの迎撃準備を整える。地上に残るMAを殲滅する為、ガンダム・フレームは一旦地上に下りるかもしれない。そのコトは承知しておいてくれ。
――ここからが本番だ。頼むぜ、お前ら」
Episode.64「Passing each other」をご覧頂き、ありがとうございました。
ようやく火星へと到着し、次回からは火星防衛軍と協力しての、対「四大天使」ウリエル共同戦線の構築が始められそうです。
アグニカとレヒニータさんを一回会わせたい所存。
《今回のまとめ》
・スヴァハちゃんは寝ぼけるとダメなタイプ
・父親としては割と真っ当なマッドサイエンティスト
・ウリエル討伐隊、火星に現着
次回「Beyond the Friction」