厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》   作:アグニ会幹部

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何か、思ったより間が空いちゃった感が。
と言うかもう10月が迫ってて怖い。

サブタイの意味は「軋轢を越えて」です。


#65 Beyond the Friction

 火星防衛軍本拠地「大舟」――火星の衛星「フォボス」を丸ごと改装した巨大施設である。

 元々は開戦以前、火星開拓時代に人類の拠点となり、テラフォーミング成功後も民間の共同宇宙港として使用されていた。そして、開戦後に火星独立軍が接収して拠点とし、今日の火星防衛軍にとっても本拠地となっている。

 

「久しぶりだな、アグニカ!」

「よう、シプリアノ。元気そうで何よりだ」

 

 そんな「大舟」に今、地球から派遣されて来たアグニカ・カイエル率いる「四大天使」ウリエル討伐部隊が到着した。元から火星で活動する、パリス・イツカのチームが使うバラクーダ級強襲装甲艦「サタナキア」に先導された形だ。

 入港した母艦たるラファイエット級汎用戦艦「ゲーティア」とアグニカ達を、ヘイムダルから移籍した火星防衛軍のシプリアノ・ザルムフォート大尉が出迎える。

 

「スヴァハも遠路はるばる、よく来てくれた」

「緊急事態だからね。カロムちゃんやフェンリス、クリウス達もいるよ」

「そうか、それは頼もしい」

「シプリアノ。確かに再会は嬉しいが、今はそれを喜んでる場合じゃねぇ。――コイツらを、司令の下に案内してやれよ」

 

 ゲーティアと共に補給の為に入港した「サタナキア」の艦長、パリスの言葉で、シプリアノは浮かべていた笑みを消し、頷いた。

 それからシプリアノに案内され、アグニカとスヴァハ、パリスの三人は「大舟」の指令室を訪れる。一面が全面モニターになった広大な指令室の右手の扉から入り、中央の席に座る男に対して、シプリアノは敬礼した。

 

「シプリアノ・ザルムフォート大尉です。アグニカ・カイエル並びにパリス・イツカを同道して参りました」

「来たか。ご苦労だったな、ザルムフォート大尉。下がってくれ」

「――ザルムフォート?」

 

 シプリアノが退室する傍ら、アグニカとスヴァハは首を傾げる。

 すると、司令席に座していたエメリコ・ポスルスウェイトが立ち上がり、二人に答えた。

 

「私が火星防衛軍総司令官、エメリコ・ポスルスウェイトだ。――ザルムフォート大尉については、何のコトは無い。彼の活躍によるモノだからな」

「はぁ……っと、アグニカ・カイエルです。受け入れて頂きありがとうございます」

「副官のスヴァハ・リンレスです」

「火星が前例無き危機に晒されているコトは、そこのパリス・イツカから聞いている。モビルワーカー一台でも欲しい時に、思いがけぬ強力な援軍を無碍にしたりはしないさ」

 

 そういえば、とエメリコは何かを思い出したように呟き、アグニカに聞く。

 

「カイエル、と言う名からして、君はディヤウス・カイエルの――」

「…息子ですが、何か」

「――そうか。いや、君のお父上には、随分と迷惑をかけてしまった。その後もかけ続けている。赦される訳もないが、本当にすまなかった」

 

 謝罪の言葉と共に、エメリコは頭を下げた。これには思わず、アグニカは呆気に取られる。

 

(んなコト俺に言われても――だが、モビルアーマーをクソ親父とエイハブ・バーラエナに造らせたのは火星独立軍で、それさえ無ければこんなコトにもなっていないのか?)

 

 元を正せば、結局は火星独立軍の行動が全ての原因なのだ。十年以上も続く、この惑星間戦争の引き金を引いたのは火星独立軍であり、新たな火種を投入して戦局を混迷させたのも火星独立軍だ。

 今でこそ火星独立軍は解体され、火星防衛軍として再編されているとは言え、アグニカにとっても、あながち的外れな謝罪ではない。

 

「オイ、そのくらいにしとけ。今更何を言ったところで、現状が変わる訳じゃねぇんだからよ。火星がヤベェんだ、さっさと本題に入ろうぜ」

「――俺は、火星独立軍のやり口を赦すつもりはない。火星が強硬姿勢に出ていなければ、スヴァハは…俺たちは、こんなコトをしなくて良かったかもしれないんだ。

 だが、パリスの言う通り、今ここで話すべきはそんなコトじゃない。MAにとっては、地球人も火星人も全く同じ、平等に殺戮対象でしかないからな」

 

 そう。人類同士でいがみ合っている場合ではないのだ。火星には今、一致団結して戦わねばならない化け物が迫っているが故に。

 エメリコは顔を上げると共に、右手をアグニカに対して差し出した。

 

「この戦争が終わっても、火星は相変わらず地球にとっての厄介者になるかもしれない。しかし、それでも今だけは――火星に生きる人々を守る為、我々と靴を並べてほしい。頼む」

「…勿論。俺たちはその為に、地球から来ました」

「――ありがとう」

 

 その手を、アグニカはしっかりと握り返した。

 

 確かに、地球と火星の関係には、解決すべき問題が山積している。植民地支配により利益を吸い上げていた地球と、独立による自治を望む火星。両者の主張は真っ向から対立しており、MAがこの世から根絶された暁には、この問題に向き合わねばならない時がやってくる。

 恐らく穏便には解決しない。血が流れても全くおかしくはないし、無血での解決を望めるほど、根の浅い問題ではないのだ。火星テラフォーミングは改元後から間もなく始まったので、問題発生からは半世紀以上もの時が経っている。真っ向から挑んだとして、解決には同じくらいか、それ以上の時間を必要とするだろう。

 戦争が終わった時、全ての元凶となった火星を地球がどう扱い、火星がその時にどうするか――先の話であり、実際にどうなるかは分からないが、少なくとも円満に済むとはとても考えられない。

 

 だとしても、せめて今だけは。

 史上類を見ない、人類存亡の瀬戸際たる今――正真正銘の化け物が迫り、人類という種そのものが脅かされる今だけでも。

 人類はあらゆる軋轢を越えて、一丸となって神の使徒たる大天使に挑まなければならない。

 

「――それで、どうする? 敵の詳細は?」

「敵は『四大天使』ウリエル。地球圏でエイハブ・リアクターを搭載し、外壁がナノラミネートアーマーになっていたスペースコロニーを、護衛艦隊ごと粉砕した奴だ」

 

 総数八隻、モビルスーツの数は八十機以上の艦隊と堅牢極まりない巨大建造物を、発見から一時間とかからずに破壊した。生半可な戦力では、到底太刀打ち出来ないのはまず間違い無い。

 ならば、打てる手は一つだ。

 

「火星圏に存在する、人類が持てる全戦力。これをぶつける以外、希望は無いかと」

 

 アグニカの提案には、エメリコも肯いた。

 実にシンプルな作戦だが、結局それ以上に有効な手は無いだろう。小細工が通用するほど、なまっちょろい敵でもあるまい。

 

「戦力の分散なんて以ての外。全戦力を集中させ、一気に倒す――確かに、それが最善だな」

「で、でも…その間、ウリエルとは別ルートで他のMAが攻めて来たら――!?」

「――そんなの、どうしようもねぇな。敵の力は未知数だ。予備戦力を用意出来る余裕なんてねぇし、そもそも火星の全戦力をぶつければ倒せるって保証もねぇんだからな」

 

 スヴァハの問いの答えとしては、残酷だがパリスの言葉が全てだ。

 ウリエルには火星の全戦力をぶつける。同時に別ルートから侵攻された場合は、火星から人類の全てが消え去るだけ。まさに背水の陣、一種の賭けとすら言える。

 

「可能性はそう高くない、と思いたいけどな。火星衛星軌道上に絶対防衛線を展開しておけば、MAがそれを避けて動く可能性は低いだろうし。――全戦力を集める分、それを運用する人員も、相当な数になるからな」

「エサとしては充分な数、という訳か。

 しかし、我々はまだ地上のMAを殲滅しきれていない。これをどうにかせねば、全戦力を宇宙に集めるなど出来ないぞ?」

「それはガンダム・フレームで何とかする。だろ、アグニカ」

 

 パリスの問いに、アグニカは頷く。そして、先ほどパリスと共有した案を、エメリコに提示する。

 

「ゲーティアの全戦力、ガンダム・フレーム九機。パリス達が持つガンダム・フレーム三機とも合わせて、全部で十二機。これで地上に降りて、残存するMAを掃除する。理想は三日、出来るだけ早く」

「――奴らは巧妙に姿を隠している。現実的とは、とても言えないように思うが」

「地上に分散してる防衛軍の戦力を宇宙に上げるには、相当な時間がいるハズだ。防衛軍の戦力を宇宙に移動させている間に、俺たちが地上で戦う。コトが済む頃には、防衛軍の移動はあらかた終わっているだろう?」

 

 火星の全戦力を宇宙に集結させるというコトは、各地に駐屯するMS部隊も引き払わなければならない。そうすればMAは必ず出て来るので、そこをガンダム・フレームで殲滅する。

 アグニカの提案は、つまりそういう作戦だ。

 

「そうやって殲滅し終わった後、ガンダムも全機宇宙に戻しちまえば、全戦力集結完了って訳だな」

「――地上で私たちが戦っている間に、ウリエルが攻めて来る可能性はどうなの?」

「ウリエルが旧ドルト暗礁宙域を経って半月。アリアドネから集まった観測情報を分析する限り、奴が小惑星帯(アステロイド・ベルト)を経由して火星に到達するまで、あと半月はかかるハズだ。

 到達予想日は三月二日――その前に終わらせられれば、空き巣をやられる心配は無い」

 

 タイムリミットはおよそ半月、十五日間。

 到達予想日を前後する可能性は勿論有るので、ギリギリに集結完了するのではリスクが高い。理想を言えば三日以内、最悪の場合でも十日以内に終わらせなければならない。

 

「――後顧の憂いは、過たず断たねばならん。その作戦には、火星防衛軍のガンダム・フレーム二機も参加させよう。何機かに分けて動かすのだろ?」

「ええ、火星も広いですからね。二機一チームくらいがベストかと。火星防衛軍の二機を合わせて全部で十四機、ちょうど偶数ですし」

 

 ガンダム・フレームは汎用機なので、基本的に戦場を選ばない。唯一、重装甲の「ガンダム・グシオン」だけは装備替えが必要だが、それは今まさにバラクーダ級強襲装甲艦「サタナキア」の中で行われている。

 

「アグニカ、お前も参加するのか?」

「しない訳にはいかないだろ。宇宙での準備はお前とマッドサイエンティスト、艦長とエメリコ司令に任せる。

 スヴァハ、悪いが俺に付き合ってくれないか?」

「私はアグニカとなら、どこにでも行くよ」

 

 これで、大体の方針は決まった。

 「四大天使」ウリエルには、火星に存在する人類の全戦力で対応する。その為に、今なお地上に潜伏するMAを、ガンダム・フレームを使って最大十日以内に完全に殲滅する。打てる手は大体こんなモノだろう。

 以上を全て滞りなく達成したとしても、ウリエルに勝てるかは分からないが――最大限打てる手を打たなければ、まずスタート地点にも立てはしない。

 

「宇宙での準備は、私とパリス君が責任を持ってやる。地上での戦いは頼んだぞ」

「必ず。…行こう、スヴァハ」

「うん」

 

 そう言い残し、アグニカは制服を翻して、スヴァハと共に指令室を去って行った。

 

「――成る程。アレが、アグニカ・カイエルか」

「…? どうした、エメリコ司令」

 

 アグニカの背中を見送ったエメリコの呟きを聞き取って、パリスがその真意を問う。エメリコはパリスの問いに答えるでもなく、こう一人ごちた。

 

「絶望的な戦いと思っていたが、彼ならばあるいは――『英雄』になれるかもしれんな」

 

 

   ◇

 

 

 「大舟」指令室での作戦会議から、約三時間。

 アグニカ・カイエルとスヴァハ・リンレスは、火星の赤い土を踏みしめていた。機体越しに。

 

「――ここが、火星…」

「ああ。…広いな」

 

 火星防衛軍の戦力が宇宙に上がっている間に、ガンダム・フレームで火星に潜むMAを殲滅する。理想は三日以内に、最悪の場合でも十日以内に。

 これをパイロット達に宣言した時は凄まじいブーイングをされたし、実際自分でもよくほざいたモンだとアグニカは思うが――やらなければ、火星に住む人が全員死ぬのだから、致し方無い。無茶であるコトは承知の上だ。

 

「海が無い星って、不思議な気分だね」

「そうだな…だからこそ、こんな無茶ぶりも成立させられるんだが」

 

 愛機に大地を滑らせつつ、真っ赤な地平線を眺めながら、スヴァハとアグニカは他愛無い言葉を交わす。地表の七割が海である地球と違い、火星は地表のほぼ全てが陸である。やはり別の惑星なのだと、視覚的にも実感させられる。

 ふと、アグニカは思い出したコトが有って、スヴァハにこんな質問を投げた。

 

「そう言えば、マッドとは和解出来たのか?」

「―――!」

 

 問われたスヴァハは、ハッとして思わず沈黙してしまう。一瞬の沈黙だったが、アグニカはその反応から、まだ和解出来ていないらしい、と察した。

 

「…そうか」

「――話せる時間も無くて…お父さん、ずっと忙しそうにしてたから」

 

 確かに、マッドサイエンティストことマヴァット・リンレスは、ゲーティアに搭乗してからも多忙な日々を過ごしていた。九機のガンダム・フレームの整備に加え、頻繁に地球と通信し、何やら怪しげな開発にも携わっているようだ。ディヤウス・カイエルに次ぐ、組織のナンバーツー的な存在として、様々な雑務も有るらしい。

 スヴァハは気配りが出来るタイプなので、手間を取らせまいと気後れしてしまったのだろう。用件が個人的なコトだという点も相まって、タイミングを逸した形である。

 

「忙しいからって、スヴァハを無碍にするような奴じゃないだろ。スヴァハの為なら、積み上がった書類の山を焼き払ってもおかしくないし」

「うん――それは分かってるんだけどね。でも…」

「――待て、止まるぞスヴァハ!」

「え、ええっ!?」

 

 いきなりアグニカが叫び、スヴァハは喫驚する。しかし、それでも操作は誤らない。

 火星の大地をホバークラフトで滑走していた「ガンダム・バエル」と「ガンダム・アガレス」は、渓谷に入る直前に急停止した。

 

「…どうしたの、アグニカ?」

「谷の左側、あそこだ」

「あそこ、って――」

 

 バエルが左手に握る「バエル・ソード」を軽く持ち上げて、とある地点を示す。アガレスの首を少し回して、スヴァハもそこを注視すると。

 

「――人?」

「ああ…座り込んでるみたいだ」

「ホントだ…アグニカ、よく見つけられたね?」

 

 この渓谷は、主要都市となっているクリュセからはそれなりに距離が有る。何故こんな所に、人がいるのだろうか。

 

「どうする? 話を聞いてみる?」

「そうしてみるか…見つけた以上、このまま立ち去るのもアレだしな」

 

 剣を腰背部のブレードホルダーに戻してから、バエルは左手を広げて掌を上にし、胸部の前に移動させる。アグニカはコクピットから出て掌の上に乗り移ってから、阿頼耶識を通じて機体を屈ませ、自らが乗る左手の甲を、座り込む人の眼前の地面に触れさせた。

 

「…キミは、一体?」

 

 座り込んでいる人は、年老いた男性だった。フードで顔を隠した老人が、眼前に現れたアグニカを見上げた時、アグニカもまた老人を見て――

 

「な――ダスラさん!?」

『えっ!?』

 

 大いに驚いた。その老人の顔を、アグニカは知っていたからだ。

 ダスラ・アシュヴィン――ヘイムダル本部「ヴィーンゴールヴ」で医療チームのリーダーを務める、世界で一、二を争う凄腕の医者。アグニカとスヴァハの「阿頼耶識」を施術した人物と、目の前の老人は瓜二つであった。生き写しとすら言えるほどに。

 

「ほう、兄者を知っとるのか。というコトは、キミ達は地球から来たのか?」

「兄者、って…まさか、ダスラさんの」

「ああ――私はナーサティヤ・アシュヴィン。ダスラ・アシュヴィンの、双子の弟だ」

 

 老人――ナーサティヤ・アシュヴィンは、そう名乗って笑顔を浮かべた。知り合いの肉親との思わぬ出会いに、アグニカとスヴァハは驚くばかりだ。

 しかし何故、ダスラの弟ナーサティヤが、こんな所に座り込んでいるのか。この近くには、人が住む場所も無いハズだと言うのに。

 

「というか、何でこんな所に…?」

「私は火星の各地を回って、病院にかかれない人の治療をしているんだ。それで、アキダリアという街からクリュセに向かう途中だったのだが――乗っていたポンコツカーが、遂にご臨終遊ばされてね」

 

 その時点ではクリュセまで二十キロくらいで、食料や水も充分以上に有った。なので、ノンビリ歩いて向かうコトにしたらしいのだが。

 

「しかし、寄る年波には勝てんな。途中で見事に足を挫いてしまった。だからとりあえず固定して、ある程度回復するのを待っていたのだよ。…全く、医者の分際で自分の能力を見誤るとは、情けないにも程があるね」

 

 自嘲するように、ナーサティヤはそう言った。…どうやら、思った以上に深刻な事態だったようだ。

 

「――じゃあ、俺たちが送って行こうか? クリュセまでなら、そう時間もかからないしな」

『うん、そうだね』

「…それは助かるが。良いのかね?」

「ああ。困った時はお互い様って奴だ」

 

 アグニカに支えられて、ナーサティヤはバエルの掌の上に移動する。その間、アグニカの背中からコクピットまで伸びる阿頼耶識のケーブルを見て、ナーサティヤは目を細めた。

 ナーサティヤが手に掴まったコトを確認して、アグニカはバエルを立ち上がらせる。左手を胸部の前に移動させ、アグニカはそこからよじ登ってコクピットにまで戻った。

 

『じゃあ、行くぞ』

「すまんが、よろしく頼むよ」

 

 バエルとアガレスが、再びホバー走行を開始。渓谷に突入し、赤い土煙を上げながら前進する。

 

「――キミも、阿頼耶識の手術を受けたのだな」

『…ああ、ダスラさんにやってもらった』

「そうか。…私も、独立軍にいた時に何度もやらされたよ。字を読めずとも、MSを動かせるシステム――便利ではあるが、人間をMSの道具にしてしまうモノでもある。凶悪な発明だ」

 

 火星独立軍が地球に反旗を翻した際、ナーサティヤは有無を言わさず、医者として参加させられた。傲慢な独立軍の方針はナーサティヤの良しとする所ではなかったが、おかげでレヒニータ・悠那・バーンスタインと話す機会を持てたりと、決して悪いコトばかりでもなかったと言う。

 セレドニオ・ピリーが死に、火星独立軍が火星防衛軍として再編される時、ナーサティヤは軍を抜けて元の活動に戻ったのである。

 

『火星の状況は、そんなに悪いのか…?』

「経済活動で発生する富は、ほぼ全てが地球に吸い取られていたからな。火星の労働者への報酬はゼロに等しかった。労働環境は最悪で、過労死が続出した上に疫病も流行った。資源採掘場の事故で亡くなる者も少なくなかった。…やり方には賛同出来なかったが、セレドニオがあのように動いたのも無理は無いだろう。私とて、同じ境遇に立たされていたなら、独立軍に志願していたかもしれん」

 

 当然、金が無ければ治療も受けられない。ナーサティヤはその現状を見かねて、火星で医者にかかる金が無い為に亡くなってしまう人を一人でも救おうと、単身で火星を回る人生を選んだ。

 地球圏で金持ちを治療して莫大な報酬を得つつ、それを元手に医療技術の更なる発展に寄与するコトにした兄のダスラとは、全く逆の生き方である。

 

「光の傍らには、必ず影が有る。半永久的エネルギー源として期待されたエイハブ・リアクターという光の下には、建造用資源を確保する為に酷使され、犠牲となる労働者達がいる。地球という恵まれた星が有るのは、火星という貧しい星が有ったからだ。

 光と影、どちらかだけになるコトは有り得ない」

 

 光を更に強めようとしたのがダスラであり、影を少しでも小さくしようとしたのがナーサティヤ。方法は全く違えど、人の為に――という理念だけは共通している。

 

「MAもMSも、使われる技術は同じだ。どちらも人類が生み出したモノだ。技術自体が素晴らしいモノであっても、人は使い方を間違える――哀しいコトだが、間違いは一つずつ清算するしかない」

『――なあ。アンタ、本当にあのゲスいジーさんの弟なのか…?』

「ハハハ、昔から見た目以外似てないとよく言われたよ。兄者は仲間と外で遊ぶタイプで、私は一人で本を読んでいるタイプだったからな」

 

 火星の労働者達は今、都市部で働くか火星防衛軍に参加するかしている。待遇は開戦前より良くなったが、それでも大半の人々は自転車操業だ。

 ナーサティヤは今も、そんな彼らの為に無料で医療を提供し続けている。…もっとも、ナーサティヤも食べねば死ぬので、実際には治療の代わりに食料や水を分けてもらったり、一晩の宿を提供してもらったりはしているが。

 

「もうちょっとやれると思ってたんだが――いよいよ、私も隠居を考えないといけない頃かな」

『…何で、そこまで出来るんだ? 他人の為に』

「自分の為だよ。私が目の前の人を助けても、全体的に見れば微々たるモノで、抜本的な解決にはならない。本気で何とかするつもりなら、革命家にでもなった方が良かった。――何十年も有って、出来たコトはほんの僅か。結局、救った気になっているだけで、自己満足でしかない」

 

 だが、とナーサティヤは確固として続ける。そこに、迷いは一切無かった。

 

「目の前の人を助けられるなら、それだけで私の活動には意味が有った。そう思うよ。政策を打ち出して抜本から変えるコトは、レヒニータのような子に任せた方がよほど成果が出せるだろうしね。

 私は火星で懸命に生きる人たちを尊敬していたから、こうやって生きただけだ。私はこの星が、この星に住む人たちが好きだからね。やれるコトが有るなら、全部やりたいだけだよ」

 

 バエルとアガレスは渓谷を抜けて、クリュセに到着した。ナーサティヤを降ろして、二機は再び、天使を求めて進み始める。

 

「…すごい人だったね」

「ああ――ッ、エイハブ・ウェーブ…出たぞ!」

 

 老いた医師が述べた言葉、その意味について考えるのはひとまず後回しだ。今は「四大天使」ウリエルの襲撃に備える為、地上のMAを殲滅しなければならないのだから。

 バエルが黄金の剣をブレードホルダーから引き抜き、アガレスが二丁の銃を構える。そして、戦闘へと突入した―――




Episode.65「Beyond the Friction」をご覧頂き、ありがとうございました。

今回は準備回でしたね。
色々と今後に繋がるモノが出てたりします。
次回からはいよいよ、本戦に突入出来るかと…。


《今回のまとめ》
・全戦力での迎撃決定
・十日以内に地上のMA殲滅とか無茶だろ
・ナーサティヤさん、六十話越しの登場




次回「Iron-Blood Cascade」
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