厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
サブタイの訳は「覚醒」。
一般的なのは「Awakening」(訳:起きる、覚醒する)だと思うんですが、今回は「喚起する、刺激する、覚醒する」というニュアンスの「Arousal」が良いかなと。
「ウリエル、依然として接近中!」
「砲撃だ、少しでも足止めしろ! ガンダム・フレームは!?」
「後ろから追っていますが、敵の速度も速く…!」
火星衛星軌道上、最終防衛線として位置付けられる火星防衛軍本拠地「大舟」は、エメリコ・ポスルスウェイト司令の指示の下、抵抗し続けていた。しかしそれも、迫る「四大天使」ウリエルからすれば些細な抵抗だ。
「大舟」の前に展開していた艦隊はウリエルのビーム砲とダインスレイヴで壊滅状態に有り、二十五隻中十一隻、半数近くが撃沈。この中には、ヘイムダル所属の二隻も含まれる。四百機近くいたモビルスーツ隊も、現在戦闘可能な機体は百機と少しという惨状である。
「ッ、敵が頭部ビーム砲の発射態勢に移行!」
ウリエルが鎌首をもたげ、頭部ビーム砲を開く。目標は眼前の「大舟」。先の一撃で大舟の施設の二十パーセントほどを焼き尽くした、ナノラミネートアーマーすら数秒で溶解させる砲撃が、再び放たれんとしている。
大舟の指令席に座るエメリコが、流石に死を覚悟した瞬間――飛び回るワイヤーブレードの間隙を抜って、ウリエルの頭部に、一機のガンダム・フレームが組み付いた。
「うわあああああああ!!!」
接近を果たしたのは「ガンダム・アガレス」――スヴァハ・リンレスの駆る機体だ。直撃しなかったものの、ライフルで装甲に守られない発射器を狙われたコトで、ウリエルは頭部ビーム砲を閉じた。そして、アガレスの背中側からワイヤーブレードを奔らせる。
アガレスは振り向きざまに、右手に握るライフルでこのワイヤーブレードに殴りかかった。銃身がへし折れて粉砕するも、ワイヤーブレードは僅かに一瞬、静止した。それを見逃さず、アガレスは空いた右手でワイヤーブレードを直接掴み取り、ウリエルの頭部装甲に突き立てた。
「あああああああああああ――!!!」
何度も何度も、ワイヤーブレードを突き立て続ける。ワイヤーブレードは機動しようとしているが、アガレスのパワーに競り負けているようで、好きなように動くコトが出来ないようだ。やがて、特殊超硬合金で出来たワイヤーブレードは、ウリエルの頭部装甲を突き破り、深々と突き刺さった。
それを好機と見て、アガレスはワイヤーブレードを釘を打つかの如く、拳で叩き始めた。流石にマズいと考えたのか、ウリエルは腕部を動かし、アガレスの右手を引っ掴み、ヒート・パイルバンカーで打ち砕いた。
「あがあああああああ!!!」
すると、アガレスはそのウリエルの腕に左足をかけ、次に右足を絡ませてガッチリとホールドした。そして、左手に持っていたライフルの銃身をパイルバンカーの基部に突き刺し、発射。パイルバンカーを基部から外されながらも、ウリエルは先程頭部に突き刺さったワイヤーブレードを引き抜いて機動させ、アガレスの右足とスラスターウィングの右側を切断する。
そして腕を大きく振りかぶり、自身の翼の表面に勢い良くぶつけた。腕と翼に挟まれたアガレスは衝撃を全身に受け、ウリエルの腕から離れて放り出される。
「ああ、あッ―――」
その衝撃により、スヴァハは意識を失って昏倒してしまった。赤く輝いていたアガレスの眼が光を失い、停止したアガレスに、三本のワイヤーブレードが同時に三方向から襲い掛かる――が。
「うおおッ!」
一条の青い閃光が、アガレスの下へ飛び込んだ。
二本のワイヤーブレードが黄金の双剣により弾き返され、残る一本も側面を蹴り飛ばされ、明後日の方角へとすっ飛んで行く。
「――うっ、あ…?」
阿頼耶識からのフィードバックを受け、スヴァハは目を覚ます。朧気な意識の中で、純白な悪魔の背中をスヴァハは見た。
「アグ、ニカ――?」
「――スヴァハを頼みます」
『わ、分かった』
右腕と右足、片羽根と全ての武装を失ったアガレスは、火星防衛軍のMSに回収され、ウリエルから引き離される。
その様子を傍目に、アグニカ・カイエルの駆る「ガンダム・バエル」は、血のように赤い光をその双眸から漏らし――
「フン!」
ウリエルが頭部に強烈な一撃を受け、打ち出されたピンボールの玉が如く、超速で縦に回転した。それから一秒と経たぬ間に、ウリエルの胴体にバエルが光にも迫る速度で飛び込み、ウリエルを遥か後方へと吹き飛ばした。
回避も迎撃も許されぬまま、ウリエルは「大舟」の表面に叩き付けられた。吹き飛ばされたウリエルは、満足に状況の把握も出来ていない。中枢コンピューター部をフル稼働させ、状況の把握と共に敵の分析に移らんとしたが――その全身に、十数ものガンダム・フレームが取り付いた。
「装甲を、引き剥がせェッ!!!」
他のガンダム・フレーム達だ。全機がその瞳を赤く輝かせ、爪や剣、刀を装甲の隙間に突き立てて、引き剥がして行く。
これにはウリエルも慌て、ワイヤーブレードを機動させんとするが、違う五ヶ所を攻撃した五本のワイヤーブレードの全てを、ほぼ同時にたった一機のガンダム・フレームが弾き返した。
そして、それだけではない。
バエルがウリエルの腕の一本を黄金の剣で貫き、蹴り飛ばした挙げ句に切断してみせた。
ウリエルはこの瞬間、バエルを最優先破壊目標と断定した。
四枚の翼に一基ずつ備わる拡散ビーム砲を、全方位に向けて発射。これによって全身に取り付いていたガンダム・フレーム達を排除すると共に、自身が背中を触れさせていた「大舟」を更に破壊し、表面に押さえつけられていた状態から解き放たれた。
「クソッ…!」
「何の、まだまだ――!!」
しかし、一度引き剥がされた程度で、ガンダム・フレームは止まらない。ワイヤーブレードの全てがバエルに向かっているコトを良いコトに、再び悪魔たちはウリエルに取り付き、攻撃を再開する。
ウリエルは頭部ビーム砲を展開し、己が正面で五本のワイヤーブレードを弾き続けるバエルに向けて撃ち放つ――が、それと同時にバエルは、右手に持つ剣をウリエルに向けて投擲した。
投擲された剣はビームを引き裂き、ビーム砲に突き刺さる。熱を集束させられなくなり、頭部ビーム砲は出鱈目な方向にビームを拡散させた後、内側から装甲ごと爆散した。
次の瞬間、頭部に突き刺さった黄金の剣の柄を、バエルが握りしめ――引き抜きざまに全身を回転させて斬撃を放ち、ウリエルの頭部を胴体から完全に斬り離した。
間髪入れず五方向から飛来したワイヤーブレードを、バエルは完全に読んでいたかの如く、ほんの僅かに身体を捻らせただけで全て回避。直後に再び全身を回転させ、五本中二本のワイヤーブレードのブレードとワイヤーの接続部を切断せしめた。
ウリエルはデストロイ・ビームランスを内蔵する二本の腕でバエルを捕らえんとするも、バエルはそれを容易く回避した挙げ句、頭部の切断面に全力の回し蹴りを叩き込んで、ウリエルを蹴り飛ばす。
「大舟」から引き離されたウリエルだったが、悔し紛れのように四枚の翼から拡散ビーム砲を乱射。しかし、バエルと他のガンダム・フレーム達はそれを意にも介さない。
パイモンが腕部に刀を突き立てて、縦方向に斬り裂く。
アスモデウスが槍を翼と胴体の基部に打ち込み、装甲をカギ爪と尻尾で引き裂く。
キマリスが馬上槍をダインスレイヴ発射口に刺し込み、コンバットナイフを叩き込む。
ベリアルが翼の先端部を斬り落とし、切断面に大剣を突き立てる。
プルソンが装甲にハンマーで殴りかかり、ヒビに手を差し込んで装甲を引き剥がす。
ヴィネが大鎌で装甲を刺し貫き、鎌に鎖で繋がれた鉄球でその周囲を殴り続ける。
アモンが装甲の隙間に短剣を突き刺し、装甲を分解していく。
バルバトスがメイスを叩き付け、柄が折れた後もひたすら装甲を打ち付ける。
グシオンが翼の基部にシザースアーマーを差し込み、切断すべく圧迫する。
マルコシアスがバスタードメイスで翼の先端を叩き、拡散ビーム砲を太刀で貫く。
エリゴールが極薄の放熱板を展開させ、装甲に出来たヒビに槍と剣を同時に刺し込む。
ダンタリオンが腕部に取り付き、ひたすら殴り続けて装甲を凹ませ、捻り千切るべく組みつく。
ワイヤーブレードを使えば、この十二機を振り払うコトなど容易い。しかし、五本中二本は既に使い物にならず、残り三本はバエルを抑える為に使っている。如何に「四大天使」であり、全身をナノラミネートコートに覆われていようと、それを直接引き剥がされてしまえば、デカいだけの的でしかなくなってしまう。
すると、ウリエルは突然回転を始め、スラスターを全開にして一気に加速した。再び「大舟」に突っ込み、残った拡散ビーム砲を撃ち放ちながら、表面を凄まじいスピードで転がる。張り付いていたガンダム・フレーム達はこれにより全身にダメージを受け、ウリエルから引き離される。また、その間に四発のダインスレイヴを撃ち、護衛艦隊の中の四隻を正確無比に貫いた。
全部のガンダム・フレームが離れるや否や、ウリエルは残った二本の腕を大舟の表面に突き立て、急制動をかける。大舟の表面に爪痕を残し、ダンタリオンに捻られた方の腕が引き千切れるも、ウリエルは停止。腕のパイルバンカーで大舟を貫いて機体を固定し、そのままスラスターを全開にした。
「ウリエル、表面に組み付いて――スラスターを、全開にしています!」
「何だと!? 奴め、一体何を――!?」
「き、軌道がどんどんズレていきます! 軌道マイナス十、マイナス十五――これは、
その報告を受けて、エメリコは全身が総毛だつ。
ウリエルの狙いはただ一つ。
「――
「大舟」は、火星の衛星フォボスに作られた。
フォボスの直径は、約二十三キロ。そんなモノが落下すれば、間違い無く火星は壊滅的な被害を受ける。衝撃は火星の全土に及び、劇的な気候変動が発生し――人類が住めない環境へと変化するだろう。
避難なんて、間に合うハズがない。
今、火星にいる人は全員死ぬ。追い詰められたウリエルは、火星の全人類を道連れにする気なのだ。
「大気圏突入までの時間は!?」
「このまま加速し続けたとして――もう、十分も有りません! 既に重力に捕らわれています!」
「――『大舟』は自爆させる! シークエンス作動後、総員は速やかに脱出せよ!」
エメリコの指示の直後、指令室の正面モニターには「10:00」という表示が全面に出され、カウントダウンが開始された。全員が脱出艇に移乗し、安全圏まで脱出するには明らかに時間が足りないが――内部にいるよりは、生き残れる可能性も上がるだろう。
オペレーター達が席を立ち、全速力で走り出す。エメリコも全員が指令室から去ったコトを見届けてから、最後に指令室を後にした。
「行かせるなあああああッ!!!」
「大舟」を牽引するウリエルの下に、ガンダム・フレーム達が全力で追撃をかける。しかし、ウリエルは無数のプルーマを放出し、足止めを図る。これまで温存していたのか、とにかく数が多い。また、大舟の表面が崩れ始め、デブリを撒き散らしているコトから、ガンダム・フレームでも思うように接近出来ない。
ガンダム・フレームが「覚醒」していられる時間は、そう長くない。次々と「覚醒」が終了し、デブリとプルーマに押し流され、ウリエルが遠ざかって行く。
「そんな――これが、限界なのか…!?」
「ダメだ、離れろ! これ以上は、重力に逆らえなくなるぞ!」
「クソ――ヘイムダル、大舟にいた士官たちがランチで脱出して来る! 大舟は大気圏突入後に自爆する、ランチを安全圏まで避難させるのを手伝え!」
「しかし中佐、奴がまだ…!」
「あの損傷なら大気圏で燃え尽きるハズだ! もう直接攻撃は無理だ、撤退しなければ我々まで火星に殺される!」
「ガンダム・エリゴール」を駆るレグロ・サッチ中佐の言葉で、他のガンダム・フレーム達も後退を開始する。ナノラミネート装甲は持続的な高熱に弱い上、ガンダム・フレームであろうとオプション無しでの大気圏突入は不可能だ。
――だが、二人ほど、この言葉に従わなかった者がいた。
「…俺は嫌だ。アイツは、パリスを殺したんだ」
「――もう一度だ、バエル。アレは、アレだけは確実に殺す」
クレイグ・オーガスと、アグニカ・カイエル。
「ガンダム・バルバトス」と「ガンダム・バエル」だけが、再び双眸を赤く輝かせ、スラスター全開でウリエルに向けて突撃した。
「クレイグ、アグニカ!? 戻れ、死ぬぞ!!」
「戻りなさいアグニカ! 貴方まで死んだら、スヴァハちゃんはどうなるのよ!?」
「――アグニカああああああああああああ!!!」
この混乱の中では、スヴァハの声もアグニカには届かない。ガンダム・フレーム達と艦隊、MS隊は大舟が崩れたデブリに押し流される形で、ウリエルから引き離されて行く。
ウリエルはもう、大気圏への突入を開始した。大舟を引っ張り続けながら、ウリエルは赤い炎に包まれ、悪魔にグチャグチャにされた全身の装甲が剥がれる中――理論的に完璧な演算により、自らの勝利を確信していた。
敵はもう、追撃するコトは出来ない。例えフォボスが内側から自爆したとしても、防衛艦隊の大半は殲滅し、デブリで更に被害は拡大するだろう。それに、このままなら大気圏を突破し、地上に落着出来る。それなら自身を修復し、火星の人類の全てを殺戮するコトが出来る。既に壊滅的な被害を受けたMS隊は、もう自身の破壊活動に対処出来ない。
しかし、ウリエルの予測を覆す者が、二機。
バルバトスとバエルだけが、なおもウリエルを追撃して来ている。
その二機を捉えた時、ウリエルはその機械的思考を一瞬停止させた。どれだけ演算しても、どうして敵がその答えを導き出したのか、ウリエルには理解出来なかった。
――理解不能。演算不能。予測不能。
エラーに次ぐエラーが、ウリエルの中枢コンピューター部の演算領域を埋め尽くした。
何故、ここで追撃して来るのか。そもそも、先程のガンダム・フレームの戦闘能力は何だ。あの不可解なスペック値の上昇は、死を顧みぬ攻撃は何だ。何がそうさせている? 何故人類は、完璧な天使の演算を乗り越えて来る?
――何故? 何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故…?
…その、言ってしまえば余分な演算を組み立てたコトで。ウリエルは、迎撃の初動を完全に遅らせてしまった。
「行くぞ、バルバトス…!!!」
バエルに先行して、バルバトスがウリエルへと突撃する。もう武装は無く、徒手空拳だ。しかし、その突撃の勢いは全く衰えず、クレイグの意志にも変わりはない。
パリス・イツカを殺したウリエルを、クレイグ・オーガスは絶対に赦さない。
ウリエルに残された三本のワイヤーブレードが、バルバトスに襲い掛かる。
凄まじい速度で迫る絶死の攻撃。その内の一本を右手で弾くも、一本が右肩の装甲を弾き飛ばし、もう一本が左腕と右肩の装甲を破壊した。それでも――バルバトスは左腕と右肩を破壊したワイヤーブレードのワイヤーを左手で掴み、右手でブレード部分を殴り壊した。
「うおおおおおあああああああああ―――!!!」
そんなバルバトスを圧倒的な推力で追い抜いて、バエルが黄金の剣を突き出した状態で、ウリエルの胴体に向けて吶喊する。
伸び切ったワイヤーブレードは、もうバエルに追い付けない。ウリエルは二門残った翼部の拡散ビーム砲を発射するも、バエルは構うコト無く突撃し続ける。全身に拡散ビームを浴び、大気圏突入の熱も相まって、ナノラミネート塗料がみるみる剥がれて行くが――確実に、バエルはウリエルとの距離を詰める。
狙うはただ一点。
マヴァット・リンレスが命懸けで作った、中枢コンピューター部を守る装甲に刻まれた一本の亀裂。
「行け、アグニカ!!!」
クレイグがその名を叫んだ、次の瞬間。
ウリエルの翼に残された、最後のダインスレイヴが、バエルに向けて放たれた。
これが、ウリエル最後の切り札だ。
ウリエルが持つダインスレイヴは十二発――その内、開戦時に一発。第二射で二発、第三射で四発。大舟の表面を転がりながらの射撃で四発。
合計で十一発。この一発のみ、ウリエルはダインスレイヴを温存していた。
真っ直ぐにしか飛ばないダインスレイヴ。通常時なら、阿頼耶識の反応速度とガンダム・フレームの機動性が有れば、回避するコトは容易い。
しかし、今この状況では訳が違う。
バエル自身が、回避を考えず真っ直ぐにウリエルに迫っている。大気圏突入中で、推進剤の残りを考えてもギリギリの戦い。加えて、ウリエルとバエルの距離はかなり縮まっており――発射から着弾までのタイムラグが、ほぼ存在しない。
つまり。回避するコトは、不可能だ。
――命中確率、百パーセント。
ウリエルの演算が、回避も防御も不可能だと。絶対に直撃し、バエルは粉砕し、燃え尽きると――確実で不可逆的な絶対の結論を、導き出した。
かつてウリエルは、覚醒中のガンダム・フレームの行動を完璧に予測演算し、数千キロも離れた地点からダインスレイヴを命中させた。その演算予測の精度は、未来予知とすら言える領域だ。それが「四大天使」を動かす中枢コンピューター部の性能。他のMAとは、文字通りレベルが違う。その予測演算が言っていた――「勝った」と。
だが、ダインスレイヴ弾頭が間近に迫った時。
バエルは突き出していた右腕を曲げて、剣を構え――
先端を叩かれたコトで、弾頭は軌道を変え――バエルの右肩の横、十センチの地点を掠めて、後方へと消えて行った。
突破した。
ウリエルはこれで、打てる手を全て失った。
未来予知と言っても相違ない、ウリエルの予測。
ガンダム・バエルは――アグニカ・カイエルは、その予測を今、完全に打ち破った。
「届、けええええええええええええ―――!!!」
最後の加速。
バエルの突き出した左手の剣は、正確無比に――マヴァットの刻んだ亀裂を、過たず貫いた。
中枢コンピューター部を破壊されたウリエルが、その機能を停止させるのと、同時に。「大舟」が内側から自爆し、大気圏で燃え尽きる大きさになるよう、崩壊し始めた。
爆発の勢いで、バエルは勢い良く、上空へと打ち上げられる。残った推進剤を使い切るように、バエルはスラスターウィングの出力を全開にし、重力に逆らって宇宙へと飛翔する。
「クレイグは…!?」
しかし、クレイグのバルバトスはその反対。
バルバトスは爆発の勢いで火星側に押し出され、重力に引っ張られる形で加速させられ――赤い炎に飲まれて、落ちて行く。
「アグニカ…頼むよ。火星を、みんなを――」
崩壊した大舟のデブリに飲まれて、バルバトスは火星へと消えて行く。もう戻るコトも出来ず、バエルは――アグニカは、クレイグを見失った。
「クレイグ―――!!!」
『…ニカ! アグニカ! 応答してくれ、アグニカ!!』
『――オイ、アレ…!』
大気圏を脱し、バエルは衛星軌道上にまで戻って来た。砕けた大舟の欠片が、隕石となって火星へと消えて行く様を、アグニカが見下ろした時――通信が復活し、仲間もバエルを視認したようだ。
『間違い無い…バエルだ!』
『アグニカ…! 無事か、アグニカ!!』
『――良かった…アグニカ…アグニカぁっ…!!』
「…みん、な―――」
アグニカはその声を聞いて、心から安堵する。
ただ、その声に答える力さえ、アグニカには残されておらず――プツンと糸が切れたように、アグニカの意識は暗転した。
◇
『クレイグ―――!!!』
アグニカの声が、遠ざかって行く。
逆らい難い重力に引かれて、クレイグは高熱に機体ごと炙られながら、遠くなる宇宙をぼんやりと見上げる。
(――俺、頑張ったよね…パリス。
大丈夫、寂しがらなくていいよ。俺も、すぐ…)
そうして、クレイグが目を閉じようとした瞬間――その脳裏に、金髪の少女の姿がチラついた。
『あの、どうか無事で――また、会いましょう!』
「………!!!」
その少女が、希望を胸に秘めて別れ際に放った一言を、クレイグは思い出した―――
次回「Falling Star」