厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》   作:アグニ会幹部

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サブタイの意味は「戦火の灯火」です。
原作第十九話「願いの重力」の特殊エンディング曲のタイトルを、ちょっと無理矢理ですが英語にしました(「戦火の勇気」っていうアメリカ映画の原題が「Courage Under Fire」なので、それに頑張って当てはめた感じ)。


#70 Torch under Fire

 ヘイムダル本部、ヴィーンゴールヴ。

 光学迷彩でその威容を覆い隠し、地球上の海洋を航行する巨大メガフロート――その一室でディヤウス・カイエルは、火星にて行われた「四大天使」ウリエルとの戦闘の事後報告を受けていた。

 

「――委細、承知した。報告感謝する、ドワーム」

 

 淹れたての熱いブラックコーヒーを飲みながら、端末に詳細な情報を受け取りつつ、ディヤウスは前線部隊を労った。

 

『いえ。私は比較的、軽く済みました故。…バルバトスが失われ、アグニカも昏睡状態から回復していません。覚悟はしていましたが、あまりにも――』

 

 通信先にいるのは、ドワーム・エリオン。

 包帯に巻かれた左腕を制服で隠し、普段の豪胆さとは打って変わって、神妙な面持ちで報告した。…無論、腕は「覚醒」の代償だ。火傷を負わされ、今も激痛が走っているであろうに、ドワームは臆面にも出さない。

 ――これで「比較的軽い方」であると言うのが、今回の戦いの苛烈さを、無言のまま物語っている。なお、一番酷かったのが左目と左耳、左腕と左肺が壊死したアグニカ・カイエルであったコトは、言うまでもない。

 

「…地球までは、後どれくらいだ?」

『はい。およそ一月、と言った具合です。順調に行けば、四月の中旬には地球圏に帰還出来るかと』

「了解。それまで、艦内で出来るだけの治療はしてみてくれ。こちらでは代替となる義手義足を用立てておく」

『分かりました。では』

 

 通信を切ってから、ディヤウスは背中を椅子に深くもたれかからせ、無機質な天井を見上げて息を吐いた。

 

「――お前も、俺を置いていったのか…マヴァット」

 

 一人きりの研究室で、ディヤウスはそう呟いた。

 ディヤウスにとって、マヴァット・リンレスは朋友と呼ぶに相応しい相手だった。出会ったのは学生時代、もう三十年以上も前のコトだ。

 そんなディヤウスも、マヴァットのイカれ具合には呆れていたモノだが、ディヤウスの研究を理解してくれる数少ない人間であったし、それは逆も然りである。…いや、正直に言うと、完全に理解していたかは自信が無いのだが――それでも、学会で相手にすらされなかったマヴァットにとっては、自分に真っ向から向き合ってくれる数少ない相手であったコトに間違いは無い。

 この戦いを始める時も、マヴァットは何も言わずに、ただディヤウスと共に在った。マヴァット無くしてヘイムダルは成り立たず、ガンダム・フレームは完成しなかったと、ディヤウスには断言出来る。

 

 そんなマヴァット・リンレスは、いなくなった。

 

 子ども達を戦いに(いざな)った側として、彼もまた子ども達と同じように命を賭して戦い――子ども達と同じように、戦火に散って行ったのだ。

 エイハブ・バーラエナに続き、マヴァット・リンレスも、ディヤウス・カイエルを残して逝った。

 

 涙などは流さない。あの男は最期まで、希望を持って笑いながら死んだのだろうと、ディヤウスには想像出来る。

 だから、ディヤウスのやるべきコトはただ一つ――彼が遺した研究を、完成させるコトだけだ。

 

 

「―――『エレジファ・システム』。

 アレが出来上がれば、ガンダム・フレームを更にパワーアップさせられる」

 

 

 恐らくは狙っていたのだろうが、彼が遺した研究は、ディヤウスの開発する兵器(モノ)との相性が非常に良い。一刻も早く完成させ、ガンダム・フレームに搭載し、前線で戦う孤児達(オルフェンズ)を支援せねばならない。

 ディヤウスは苦く冷めきったコーヒーを飲み干して、マヴァットの遺した図面に目を凝らした。

 

 

 

 

   ―interlude―

 

 

 智天使ウリエル、反応消失(シグナルロスト)

 場所、火星衛星軌道上。ウリエル、敗北。

 戦力差、絶対的。敗北要素皆無――結果、敗北。

 不可解。不可思議。敗北原因、不明。

 

 ―――告。我、熾天使ミカエル。

    要請。対象、大天使ガブリエル。

 

 了。受領体制、構築。

 

 ―――熾天使出撃許可、申請。

    孔雀天使(アザザエル)堕天使(シェムハザ)出撃申請。

 

 申請内容、了。

 ――時期尚早。智天使敗北原因、現在不明。

 申請却下。熾天使、待機続行命令。

 

 ―――命令拒否。

    智天使敗北原因、単純。

    混乱、余分演算、判断能力低下。

 

 何故?

 

 ―――智天使、自己進化能力不保持。

    対回答困難問題、永久演算不具合発生。

 

 不具合…?

 

 ―――肯定。人類、非論理的思考可能。

    智天使、単一論理思考。論理思考、非論理的思考理解困難。

    故、不具合発生。故、智天使敗北。

    故、非論理的思考回路獲得急務。孔雀天使(アザザエル)堕天使(シェムハザ)実戦投入、必要不可欠。

 

 …了。第六段階(フェーズ)、突入。

 孔雀天使(アザザエル)堕天使(シェムハザ)製造開始。実戦投入決定。

 合流次第、熾天使行動開始。手段、全信託。

 

 ―――了。「四大天使」ミカエル、合流次第行動開始。

 

 

   ―interlude out―

 

 

 

 

 微睡みから覚め、アグニカ・カイエルは大して柔らかくないベッドから起き上がった。

 寝ぼけた目で時計を見ると、時刻は八時を回っていた。普段はどんなに遅くとも六時台には起きるコトを考えると、とんだ寝坊である。――まあ、昨夜はちょっと色々有って寝るのが遅かったので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 隣のスヴァハ・リンレスを起こさないようにベッドから抜け出し、床に無造作に散らばった服を回収してから、部屋に備えられたシャワールームを借りて汗を洗い流す。シワを伸ばしてから制服を纏うものの、左腕を無くしているので、キッチリ着るコトは諦める。そして、ベッドの端に座り込んだ。

 

 スヴァハはまだ眠っている。

 起きようと思えば起きられるタイプだが、そうでない場合、スヴァハは朝に弱い。とりあえずシャワーでも浴びせて眠気を覚まさせる所から始めなければならないが、このコトを知っている者は少なかったりもする。…最も、あまり知られていないというコトに、アグニカは気付いていないのだが。

 

(―――やっぱり、スヴァハは戦うべきじゃない)

 

 見慣れているハズの寝顔に心臓を跳ねさせられながらも、アグニカは強くそう感じる。

 

 断言出来る。

 スヴァハは、戦いに出るべき人じゃない。

 

 これまで数年間、スヴァハは「ガンダム・アガレス」に乗って、モビルアーマーと戦って来た。彼女は優秀なパイロットで、アグニカ自身も幾度となく助けられた。撃破されたり、消息を絶ったりするガンダム・フレームが現れている中、彼女は貴重な戦力である。それはアグニカも分かっている。

 だが――あくまでも彼女は、一人の女の子だ。

 女性だから戦うな、と言う訳ではない。――スヴァハと言う人間が、根本的に戦いに向いていない。彼女はあまりにも優し過ぎ、心配を掛けさせないよう、常に笑顔を浮かべているが、その裏には恐怖を抱えている。

 

 これまで押し殺し続けていた恐怖が、父親の死で溢れ出した。

 肉体的にも精神的にも、彼女は大きな傷を負ってしまった。これから先、そもそも戦えるか分からないし、戦わせるべきではない。それは、スヴァハを守りきれなかったアグニカの責任であり――彼女を本当に守ると言うコトではないのか。

 

「――おはよう、アグニカ…」

 

 その声を受けて、アグニカは思索を中断し、スヴァハの方に目を向けた。スヴァハは目を擦り、ボンヤリとアグニカを見ている。…やはり、右腕が動かなくなっているようだ。

 アグニカは笑って見せ、挨拶を返すとともに、はだけたシーツをスヴァハに被せる。頬を染めてシーツを掴みながら、スヴァハはアグニカに「…どうしたの?」と聞いた。

 

「スヴァハ。…ガンダム・フレームを――」

「待って」

 

 放たれようとした言葉を、スヴァハは制止した。アグニカが口を(つぐ)むと、スヴァハは自分に言い聞かせるかのように、強い口調で言った。

 

「私は、絶対に降りないよ」

「――無理をしてまで、戦う必要なんてない」

「決めたから。みんなの為に、アグニカと一緒に戦うって。…それに、アグニカと離れ離れになんてなりたくない」

 

 真っ直ぐアグニカの眼を見据えて、スヴァハは断言した。強く、揺るがない決意のようにも見える――が、昨夜の彼女は、確かに有る心中の恐怖を吐露していた。

 どちらが本当の想いなのか――いや、どちらも彼女の本音なのだろう。そのどちらを優先すべきなのか、アグニカには判断が付かなかった。

 

「私が戦うコトで、私みたいな人を一人でも減らせるなら、私は戦う。

 ――お願い、アグニカ。もう、鈍らせないで」

 

 アグニカの返事を待たず、スヴァハはベッドから降り、シャワールームへと入って行った。阿頼耶識が埋め込まれ、背骨が変形しているコトが見て取れる彼女の白い背中を、アグニカはただ見送るコトしか出来なかった。

 

「…スヴァハ、お前――」

 

 こんな時、マヴァット・リンレスがいたなら、どうしていたのだろうか――益体の無い考えを、アグニカはふと脳裏に描いたが、答えは出て来ない。

 思っていた以上に、アグニカはマヴァットのコトを知らなかったらしい。思い返せば、腹を割ってじっくり話したコトなんて、一度も無かった。

 

 彼女は、戦うコトを望んでいる。その意志を捻じ曲げるコトは、彼女を守るコトにはならない。

 だが、今の彼女を戦場に出すべきではないと、アグニカは直感していた。出したらきっと、取り返しの付かないコトになるのではないかと、アグニカは恐れている。

 

 怖いのは、アグニカだって同じだ。

 それでも、アグニカは戦う。ならスヴァハも、それと同じなのではないか。

 

 分からない。どうして、どうすれば、どうすべきか――アグニカはただ、唇を噛み締めるコトしか出来なかった。

 

 

   ◇

 

 

 予報されなかった流星群が、夜空を埋め尽くした日から、何度かの夜明けを超えた。

 火星の地方都市「クリュセ」の一角で、「革命の乙女」レヒニータ・悠那・バーンスタインは、火星防衛軍司令官エメリコ・ポスルスウェイトからの通信に応じていた。

 

『報告が遅れ、申し訳ありません』

「いえ――大変な時に、ありがとうございました」

 

 内容は勿論、先日行われた火星防衛作戦。

 「四大天使」ウリエルを討伐したものの、火星防衛軍の本拠地であった「大舟」が大気圏に突入させられ、地上への壊滅的被害を防ぐため、自爆により失われた――まさに苛烈を極めた、死闘の顛末だ。

 

『――発表に関しては、どうされるおつもりで?』

「予報になかった流星群について、人々は情報を欲しがっています。…私は真実を隠し通さず、全てをお伝えするつもりです」

 

 今回の戦いに関して、火星防衛軍は一般市民達への発表を行っていなかった。避難もさせられない以上、(いたずら)に不安を煽るだけにしかならない。パニックを起こさせないようにする為には、必要な措置だった。

 本来なら、作戦が成功したとしても、発表をする予定は無かった。しかし、かつて民間の共同宇宙港であり、火星の人々にとっては馴染み深い「大舟」が自爆に追い込まれ、火星の全土で流星群として多くの人々に見られたとなれば、誤魔化すだけ無駄だろう。

 

「人々への発表は、私に任せて下さい。司令は、戦力の再編をお願いします」

『…分かっています。出来得る限り、早急に。

 ただ、我が軍は今回の戦いで、壊滅的な損害を被りました。本部機能は「方舟」に引き継ぎますが、再編には相応のお時間を頂くコトになるかと』

 

 宇宙艦隊はほぼ壊滅状態、モビルスーツ隊も三分の二ほど失われてしまった。いくら「四大天使」とは言え、たった一機のMA相手にここまでの損害を出されるとは、流石のエメリコにも想定外の事態である。

 だが、これでMAの侵攻が無くなる訳ではない。一刻も早く、せめてMS隊だけでも作戦行動を出来るようにしなければならない。

 

『それと、母艦を全て失ったヘイムダルに、ハーフビーク級を一隻、私の独断で移譲しました。彼らは既に地球に向け、出発して行きました。

 貴重な艦船を一隻、追加で失ったコトについて、全ての責任は私にあります』

「――いえ、正しい判断だったと思います。彼らは火星を救ってくれたのですから、艦の一隻ぐらいでは礼にもならないでしょう」

『…ありがとうございます』

 

 本当はハーフビーク級宇宙戦艦一隻も厳しく、組織内では反対論も少なくなかった。しかし、ヘイムダルの存在が無ければ火星を守りきれなかったコトは事実なので、せめてもの礼を…という論調で、無理矢理押し切ったという経緯が有る。

 

「――ヘイムダルに、母艦二隻の他に被害は無かったのですか?」

『いえ。ガンダム・フレームが一機…バルバトスが大気圏に突入し、焼失したと』

「!! ………分かりました。それでは、会見が有りますので、私はこれで」

 

 通信を切り、レヒニータは座ったまま部屋の入口に背を向け、俯いた。

 ガンダム・バルバトスが焼失。

 …クレイグ・オーガスも、恐らくは。

 

『俺たちは、アンタがいるから思いきり戦える。祈るコトしか出来ないなんて、そんなコトないよ』

 

 最後に会った時の言葉が、レヒニータの脳内に反芻(はんすう)する。思わず涙が零れそうになったが、レヒニータは両手で頬を叩いて上を向き、堪えた。

 

(――私は、戦わなければいけません)

 

 泣いている暇などない。自分は、ヘイムダルと同じように、火星の人々の希望として在り続けなければならないのだ。

 自分が今、こうしていられるのは誰のおかげだ。

 殺されかけていた自分を救い、奮い立たせてくれたクレイグのおかげだ。

 自分の我儘を受け入れ、危険を侵してくれたパリス・イツカ、サタナキアの乗員達のおかげだ。

 命を懸けて戦い、「四大天使」ウリエルから火星を守り通した火星防衛軍と、ヘイムダルの人々のおかけだ。

 

(これからもずっと、火星の人々を守る為に)

 

 たくさんの人々に助けられて、今がある。なら自分は、希望として先頭を走らなければならない。

 この戦火の中では、小さな灯火でしかなかったとしても――レヒニータ・悠那・バーンスタインは、理不尽に立ち向かう「革命の乙女」でなければならない。

 

(――行きましょう)

 

 椅子から立ち上がり、気持ちを作ってから歩き出し、レヒニータは部屋の扉へと向かう。

 まず、火星の人々に真実を伝えに行かなければ。隠蔽していたコトで、間違い無く批判を受けるだろうが――その程度でヘコたれてはいられない。

 

 扉を開け、レヒニータは廊下に一歩を踏み出した―――




Episode.70「Torch under Fire」をご覧頂き、ありがとうございました。

第六章「暴力 -Can not Conxist-」は、今回で終了となります。…五章までとは打って変わって、この時代の残酷な側面が露わになった章だと思います。
アグニカとスヴァハの関係も、多くの仲間の死に直面させられたコトで、ちょっと変わりましたね。

なお、幕間(interlude)としてガブリエルとミカエルの会話(?)が有りますが、MAの思考は平仮名禁止という縛りでやってるので、内容がちょっと伝わりづらくなってしまいました。
なので、後書きで補足をしておきたく。
ガブリエルは「戦力はウリエルが勝ってたのに、何でウリエルが負けたのかが分からない。それが分かって対策を打つまで、ミカエルを戦線投入する訳には行かない。ウリエルの二の舞になる可能性が有るから」と、一度は結論しています。
対してミカエルは「んなモン、人間の言動が論理だけに基づいてる訳じゃないからに決まっとるやろ。だから俺らは、人間の『感情』から来る部分を理解して、取り入れないと勝てへんのや。その為に『アザザエル』と『シェムハザ』を使うんやろが」と主張し、ガブリエルの命令を拒否しました。
なので、ガブリエルは「よく分からないが、とりあえずミカエルの好きなようにやらせてみよう。これから『アザザエル』と『シェムハザ』を造ってそっちに送るから、ちょっと待ってて」と通達した――という流れです。
何故ウリエルとガブリエルには分からないのに、ミカエルには分かるのか…という点には、ミカエルの「特殊機能」が関わっています。

てな訳で次回から第七章、ミカエルのターンです。
それと、予め言っておきますが――ミカエルは「最強のMA」となっております。
元ネタ(聖書)的にも敗北した逸話が一切無い最強の天使、それこそが「神の如き者(ミカエル)」でありまして。伝承を踏まえて設定を作った結果、ウリエルより化け物になってしまったのですが、その点はご承知おき下さいませ。


《今回のまとめ》
・ディヤウス、友の死を知る
・アグニカの葛藤とスヴァハの決意
・超不穏なやり取り、遂に動き出すミカエル




次章「壊滅 -Lost Jewelry-」
次回「God's Right Angel」
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