厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
大変な状況ではありますが、良いお年をお過ごし下さい。
サブタイは「虚夢」と訳したい所存。
誤字じゃないよ!
青い星を眼下にし、俺は彼女と隣り合っている。
桃色のショートヘアに透き通った金色の瞳、白磁のような肌の少女は、微笑みを
『俺たちは死ぬ為じゃなく、勝つ為に行くんだ』
俺が声を発している。彼女は頷いて、俺の肩に頭を預け、また何かを口にし――情景が変わり、遠い卓上ランプが唯一の光源となった暗室で、涙を流す彼女の瞳と向き合う。
『大丈夫だよ……俺はちゃんと、ここにいる』
今度は、何台ものコンピューターが並ぶ研究室。
大人たちが見る中、俺は彼女の前に歩み出る。
『スヴァハには、危険な目に遭ってほしくない』
雷雲が忍び寄る、青い空の下。
俺は大海原を眺め、身勝手にも宣言する。
『勝とう。俺たち、全員揃ってな』
火線が飛び交い、死が迫る宇宙。
彼女は失意の中で駆け出し、俺は怒りのままに拳を握り締める。
『―――あのゴミを殺せる力を寄越せ』
血溜まりに沈み、動かなくなった肉塊の前で。
俺は膝を付き、みっともなく泣き叫ぶ。
《どうして》
――ああ、どうしてなんだろう。
《守ってくれるって言ったのに》
――どうして、俺は■■■■を守れなかった?
《私のコトなんて、どうでも良かったんだ》
――違う、そんなコトは無い。無いハズだ。
《ウソつきだね》
―――違う。違う、違う違う違う。
《ウソつき》
―――ウソなんて、ついてない。
《ウソつき》
―――つける訳が無い。つくハズが無い。
《ウソつき》
―――そうだ。こんなのウソだ。
《ウソつき》
―――そうに決まってる。全部ウソなんだ。
《ウソつき》
その時、世界が晴れた。
何も無い真っ白な空間に、俺は佇んでいる。
俺の前には、黒い靄に覆われた■■■■がいる。
《ウソつき》
引っ張られる。何を、何処へ――どうなって。
その靄に向かう。向かわせられる。
―――やめろ。やめろ、来るな、行くな。
《ウソつき》
―――俺じゃない。俺のせいじゃない。
《ウソつき》
―――俺のせいだ。俺のせいで、■■ァ■は。
靄の中に、小さな口が浮かび上がる。
半月形に開かれ、響くコエは大きく速く鋭く鈍くなって行く。
《ウソつき》
《ウソつき》
《ウソつき》
《ウソつき》
《ウソつき》
―――そうか。だから、俺は守れない。
何も守れなかった。何も、何もかも。
《 ウ ソ つ き 》
◇
「――――――!!!」
飛び起きる。寒気がする。吐き気がする。
乾き過ぎた喉が痛い。息をするたびに痛みが毎度のように走り、動悸が激しくなり、苦しくなる。
「ハァ、ハァ、ハァ……ヅ、ぐあァッ―――」
こうして飛び起きるのは、もう何度目になるだろうか。少なくとも、数えるのもバカバカしい回数なのは間違いない。
全身が痛む。胃液がせり上がり、口を手で抑え込みながら、幽鬼のようにベッドから抜け出して便器にしがみつき、何度目かも分からない嘔吐をする。
胃の中に吐き出せるモノなど残っていない。絞り出すように酸性の液をぶちまけて、嫌悪感だけが脳裏を支配する。――それでも、忌々しい身体は酸素を求めて息を吸い、乾ききった喉を震わせた。
「あぁ、ハァ、がァ、あぁア……!」
全身から、滝のように流れ出た汗が滴り落ちる。
汚れた口元を袖で拭い、惨めに壁にへばりつきながら、力無くベッドの元まで這うように戻った。
「う……ぐッ、オェッ――がァ、ハァ……」
ベッドに上がる気力も無く、上半身だけで倒れ込み、汗を吸って冷え切ったシーツを引き裂くように締め付ける。
靄がかかったような、朧げな意識で、俺は思い返す。
「四大天使」ミカエル戦から、およそ二週間。
一週間前に目覚めてからずっと、この調子だ――もう、マトモに睡眠を取ったのがいつなのか、思い出せなくなっている。
夢を見るのだ。いつも同じ夢を見る。
夢の中には、いつも彼女が出て来る。黒い靄を纏い、俺に「どうして」と問い、俺はそれにいつも苛まれ、最後に彼女は俺を罵り、貶める。
「ウソつき」だと。
分かっている。わざわざ言われるまでもない。
俺はウソつきだ。
守ると言ったのに、彼女を守れなかった。
全員でと言ったのに、この手で仲間を殺した。
―――彼女を失い、仲間を切り捨てて。
俺は一体、何の為に戦っているんだ?
酷く傷付き、冷たくなっていく彼女。
動けなくなった彼女は、最期の最後に、何かを言おうとしていたようだったが―――
「―――なぁ、教えてくれよスヴァハ。
お前はあの時、何を言おうとしてたんだ……?」
結局、何を言ったのかが、俺には分からない。
死の淵に有った彼女が、最期に伝えようとしてくれた言葉を、俺は受け取れなかった。
……そんなコトすら、俺は彼女にしてあげられなかった。
何が「俺が守る」だ。何が「全員で勝とう」だ。
何も出来なかったじゃないか。失いたくなかったモノを失って、失っちゃいけないモノも失って――クズ鉄をブチ壊した先に、一体何が有る?
何としても守りたかった、守らねばならなかったハズの彼女は死んだ。もう、彼女の為に戦うコトは無い。
共に帰ると誓った仲間を、俺が引き込んで背中を預けた仲間を、俺はこの手で殺した。仲間の為に戦う資格なんて、今の俺には無い。
「だったら―――何の為になら、俺は戦える?」
吐き出された問いに、返って来るのは静寂。
戦う理由など、もう俺は無くしている。もう戦う必要は無いし、戦いたくもない。
「人類の未来。その為に戦え」
――声がした。
聞き慣れた、一種忌々しくすらある声。
「まだ、モビルアーマーは根絶されていない。
そうさせない為に、お前は戦え。今いる全ての人類を守る為に、未来を与える為に。お前には戦う力が有る。ならば戦う義務が有り、戦えない者を守る責任が有る」
振り向くと、部屋の扉の方には、白衣を着た赤髪混じりの黒髪を持つ男が立っていた。
「ヘイムダル総司令官、アグニカ・カイエル。
―――いや。この戦争を終わらせる英雄。それがお前だ。
―――英雄、か。
バカバカしい響きだ。何も守れず、自分から切り捨てさえしたクズが、戦争を終わらせる英雄だなんてお笑いだよ。
けれど―――そうすれば、俺のような人間を減らせると言うのなら。俺のように、失わされる者が一人でも減ると言うのなら。
「その為に、戦えって言うのか―――」
「そうだ。悲劇を繰り返させたくはないだろう?」
上等だ。その口車に乗ってやる。
―――俺みたいなクズでも、使い道が残っていると言うのなら、お望み通りに使い捨てられてやる。
どうせもう、戦って勝つしかないんだから。
◇
ディヤウス・カイエルは、アグニカ・カイエルの部屋を訪ねた。人が寝静まった深夜に。
「四大天使」ミカエル戦において、地上で動けるヘイムダルの艦艇は全て喪失。ガンダム・フレームも大小有れど損傷し、他のモビルスーツもヴァルキュリア・フレーム二機を除いて失われた。部隊は行動不能に陥っていた為、ヴィーンゴールヴが直接ハワイ島に赴き、撤収作業に当たったのである。
撃破されたガンダム・フレームの全てを回収するコトは出来ず、パイロットが生き残った機体の他には、見つかった機体のみが回収された。
生存したパイロット達も、ガンダム・フレームの「覚醒」を使った反動で多かれ少なかれ身体不全となり、全員が医療用ポッドに収容。特にアグニカ・カイエルは酷く、両足と右腕に、右目、右耳が奪われた。阿頼耶識を外した瞬間に腐敗して崩れ落ちる様はあまりに痛々しく、ディヤウスやヘイムダルの医療チームリーダーであるダスラ・アシュヴィンすら、反射的に目を背けてしまったほどだった。
アグニカの状態について、ダスラはこのように述べていた。
『肉体的にもそうだが――精神的にも、数値が危険域に突入している。ここまで高いストレス値は、私も見たコトが無い。身体は義体をくっ付ければ何とかなるが、メンタル用の特効薬は存在しない。
―――彼はもう、戦えないかもしれないね』
それは困る、とディヤウスは思う。
今や、アグニカ・カイエルはヘイムダルのリーダーであるだけでなく、「四大天使」を二機も斬り伏せた英雄――人類の希望、そのものだ。
ここで潰れてもらう訳にはいかない。
アグニカには人類の未来の為に、まだ見ぬ「四大天使」ラファエルと、月に居座る「四大天使」ガブリエルを倒してもらわなければならない。
アグニカの失意と絶望は、ディヤウスにも理解出来る。同情もしよう。涙も流そう。
だが――アグニカがいなければ、人類は一丸となってガブリエルに挑むコトなど出来ない。ようやく「四大天使」の半分を殺した。もう半分も殺して、殺戮の天使に脅かされない輝かしい未来を創り上げなければならない。
最早、アグニカの意志など関係ない。
これは使命であり、義務であり、運命だ。
ディヤウスは扉を開け、アグニカの部屋に踏み込む。カーテンは開け放たれており、月の蒼い光が部屋を照らし出している。
すると――ベッドで、アグニカが飛び起きた。
荒い息を吐き、嗚咽しながら這うようにベッドからズルズルと歩き、ディヤウスの目の前を通って、部屋に備えられたトイレに飛び込んで行く。そこで吐瀉物ですらない胃液を吐き出し、アグニカはまたベッドに戻り、縋りついて悶き苦しんでいる。
どうやら、意識が混濁するあまり、ディヤウスの存在には気付いていないようだ。
(―――私はまだ、アグニカを戦わせるのか)
ディヤウスの心に、迷いが生ずる。
もういいのではないか。もう充分だろう――そんな考えが、ディヤウスの良心を苛む。
(だが、戦わせなければ、人類は―――)
個人の感傷と、人類の未来。
どちらが重いかなど、考えるまでもない。
アグニカが戦えば、人類の全てが救われる。
アグニカが戦わねば、人類の全てが奪われる。
それだけの話だ。息子一人か全人類か――比較の為に天秤にかけるまでもない、至極単純で答えが決まりきった選択肢だ。
(……マトモな父親なら、全人類よりも息子を選んでいたかもしれんがな)
自分が撒いた種を、息子に回収させる。
最低の一言だ。そんなコトは分かっている。
「だったら―――何の為になら、俺は戦える?」
それでも。それでも、ディヤウスは誓った。
全てのMAを、この世界から排除するコトを。
自分に全てを託したのであろう、エイハブ・バーラエナの死に報いる為にも――
「人類の未来。その為に戦え」
――恋人の死と仲間を殺したコトで、戦う理由を失ったアグニカ・カイエルを、もう一度立ち上がらせなければならない。
ディヤウス・カイエルは、酷く傷付いて血に塗れた息子に今一度剣を取らせ、
―――例え、その先に。
アグニカ・カイエルという人間の幸せが、存在していないと知っていても。
「この戦争を終わらせる英雄。それがお前だ。
英雄。
そう――アグニカ・カイエルは、英雄となる。
戦争を終わらせる英雄に。天使を討ち滅ぼし、人類史に名を刻まれる英雄とならねばならない。
「その為に、戦えって言うのか―――」
「そうだ。悲劇を繰り返させたくはないだろう?」
英雄とは、身勝手な理不尽を押し付けられながらも、それを達成して母集団に貢献出来る者を言う。
信仰の対象であり、崇拝の対象であり、憧憬の対象。非常に都合の良い存在だ。人は英雄に理想を押し付け、勝手にそうする。そこに個人としての自由意志など存在する必要は無く、してはならない。
これからアグニカ・カイエルは、人類の未来を守る為――見知らぬ誰かの為に、自分を犠牲にするコトになる。
理由など何だって構わない。
彼を戦場に立たせ続ける為なら、どんな妄言だろうと吐き散らそう。自らの誓いと、責任の為に。
英雄として祭り上げられようと、アグニカはこれっぽっちも嬉しくないだろう。疎ましくさえ思うに違いない。アグニカがそういう人間なのだと、ディヤウスは知っている。
アグニカは、逃げ出したりなど出来ない。
こうやって追い込んでおけば、彼は人々が望むように動こうとする。ここで責任を放棄して逃げ出したなら、アグニカは自責の念で自殺するだろう。
もう、アグニカは英雄になるしかない。ディヤウスはアグニカを、英雄に仕立て上げるしかない。
「『四大天使』ガブリエル討伐の為、我々は月に乗り込まなければならない。――『
「―――どうやって? 素直に出すとは思えねぇ」
あの一癖も二癖も有る十国首脳陣が、「人類の全戦力で挑むから出せ」と言われて「ハイ分かりました」と出す訳が無い。
勿論、他国に対して「出せ」と言いつつ、自分は少しでも多く戦力を残そうとする。戦後、他国より優位な立場に立ち、有利に物事を進める為に。
「お前がミカエルを撃破する様を、世界中に中継しておいた。予め『〔四大天使〕の撃破による全人類の安心安全の保証』を宣言したお前は、見事それを成し遂げてみせた。今、各国の世論は『ヘイムダルに協力すべき』『全てのMAを倒すべき』と言った方向に傾いている。支持者の意向に、政治家が逆らうコトなど出来はしない。
――『四大天使』ガブリエル討伐作戦の是非が議題となる臨時の十国会議が、このヴィーンゴールヴで行われるコトが決まった」
ベッドの上に座り直したアグニカが、一度頷く。
窓から差し込む蒼い月光を背にするアグニカに、ディヤウスはこう告げた。
「世論の支持はヘイムダルに有る。状況は整った。
―――お前がその場で見事、首脳陣の首を縦に振らせてみせろ」
Episode.78「nothingness dream」をご覧頂き、ありがとうございました。
今回をもちまして、第七章「壊滅 -Lost Jewelry-」は終了になります。
六章のウリエルに続き、アグニカは見事に「四大天使」ミカエルを撃破しました―――が、という所。
次章からはいよいよ「四大天使」ガブリエル戦、即ち本作の最終決戦編に突入致します。
遂にラストスパート、最後までお付き合い下さい。
《今回のまとめ》
・アグニカ、英雄として戦い続ける決意を固める
・まだアグニカを戦わせるディヤウス
・十国に全戦力を吐き出させるコトは出来るのか?
次章「決戦 -Mourning Rain-」
次回「Ten Countries Conference」