厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
いよいよ最終決戦編、第八章です。
章タイトルの訳は「追悼の雨」、サブタイの訳は「十国会議」となります。
#79 Ten Countries Conference
M.U.0051年、十月十日――ヘイムダル本部「ヴィーンゴールヴ」に、十国の首脳陣が集結した。
顔を実際に突き合わせ、一つの机を囲んでの「十国会議」が開かれるのは、実に六年ぶり。ヴィーンゴールヴの会議場に設置された長方形の机を挟む形で、背もたれの長い椅子が十個置かれ、その後ろには各国の国旗が掲げられている。
「さて―――久しぶりだね、と言えば良いかな」
これより始まるは、臨時の十国会議。
会議の進行を務めるサハラ連邦共和国大統領ラシッド・スミスは、微笑みを称えながらこのように切り出した。――M.U.0045年、帰路で当時のサハラ連邦共和国大統領アブデルカデル・ディアロがモビルアーマーに殺されて以降、対面では行われて来なかった十国会議が、今再び始まったのだ。
「しかし、顔ぶれも随分変わったモノだ」
「全くです。――特にディアロ大統領、デイビス首相、マンディラ大統領は」
アラビア王国のムスタファ・ビン・ナーイフ王が呟いた溜め息混じりの言葉に、アメリア合衆国のローガン・フローレス大統領が賛同する。……選挙に敗れる、もしくは任期満了などによって顔ぶれが変わるならばともかく、フローレス大統領が名前を挙げた三人は、MAに命を奪われた為に変わった三人である。
なお、フローレス大統領は発言の後に、クーデターによって元の大統領を引きずり下ろした、ラテンアメリア連邦共和国のジョルジェ・ベナセラフ大統領に視線を向けた。当のベナセラフ大統領は、気付いていないように平然としているが。
「その『四大天使』ミカエルは撃滅され、以前には『四大天使』ウリエルも討ち果たされた。ただ一機のみで戦局を左右し得る『四大天使』も、これで半分は堕ちたコトになる」
ヘイムダルの手によって、とサンスクリット連邦共和国のアールシュ・パールシー大統領は、最後に付け加えた。
それを受け、中華連盟共和国の
「だが、それに関連するヘイムダルの行いには、些か目に余る点が有るように思われます」
「――あの演説と、中継のコトですか?」
「ええ、それ以外が有ると?」
オセアニア連邦国のソフィア・ナーゲン総督の確認を、李国家主席は肯定する。続いて、ユーラシア連邦のアルテョム・ドミートリエヴナ・ユーリエフ大統領が口を開いた。
「確かに、李国家主席の言葉にも一理有ります。ヘイムダルは『アリアドネ』を濫用し、国の許可無く勝手な情報を人々に与えた。――今後のアリアドネの管理は、十国が行っていくべきかと提案します」
「……それはそうだ。ヘイムダルはあくまで、MAの撃滅が本分。いくら、アリアドネの建造がヘイムダルの技術無しでは実現し得なかったとは言え、通信網の管理までもを任せている現状は憂慮に値するだろう」
ユーリエフ大統領の提案に、イングランド統合連合国のオリバー・ウィリアムズ首相が賛成の意を表明した。これに、アフリカン共和国の新大統領、タート・クッツェーが待ったをかける。
「――我が国としては非常に耳が痛い案件ですが、アリアドネ建造後の管理までもをヘイムダルに任せたのは、ヘイムダルが十国から独立した組織であると共に、高い技術による維持を行っていく為です。仮にヘイムダルからアリアドネを接収して十国の共同管理下に置いたとしても、維持は結局ヘイムダルに頼らざるを得ません。十国が平等で公正公平な新しい管理体制の構築は、現在の情勢では……」
「元々は貴国が撒いた種でしょう、とは敢えて言いませんが、問題の本質はヘイムダルがその立場を利用し、公正な運用を行っていない点です。ウィリアムズ首相が述べた通り、ヘイムダルがアリアドネを濫用しているのは紛れもない事実なのですから」
ベナセラフ大統領がこう述べたコトで、クッツェー大統領も押し黙った。
LCSレーザー通信網でもあるアリアドネは、エイハブ・ウェーブの影響下に有る世界において、貴重にして重要な通信インフラだ。建造に関わり、内政不干渉の国際組織であり、中立を保つヘイムダルが管理するのが十国にとって公正公平な最適解である――と言うのがこれまでの十国会議の結論だったのだが、ヘイムダルが自身の利の為にこれを濫用し、十国に損害を与えるならば、この体制も見直すのが道理と言える。
「三度に渡る統制無しの報道によって、人々は混乱に陥り、健全な世論の形成に支障を来たしている。ヘイムダルは二度の報道により世論の支持を固め、人々は『四大天使』ガブリエルの討伐を叫ぶようになった」
「その『健全な世論』とやらが果たして本当に健全と言えるのか、というコトは目を瞑っておくが――何にせよ、ヘイムダルの名が人々に周知され、ヘイムダルの意思と合致する方向に世論が動いているのは確かと言えるかな」
パールシー大統領とスミス大統領がこう述べた時点で、全員はその場で黙り込んだ。
王国であるアラビアを除き、十国の全てが(大小あれど)民主主義を採用している。この場に集うは国家の主であると共に一介の政治家であり、国民の支持が得られなければ凋落する。世論とは決して無視出来ない嘆願書であり、選挙で選ばれる為には国民の意思に即して動かなければならない。その世論がヘイムダルの背中を押し、持ち上げている以上、十国はヘイムダルを最大限尊重していかねばならなくなった。予算という手綱を握っている以上、決して逆らって来ない忠実で便利な飼い犬であるハズのヘイムダルに、迂闊にも噛みつかれた形だ。
組織を潰すコトは容易く、武装戦力的に見てもヘイムダルは一国の軍にも絶対に勝てない。だが、そんなコトをすれば国の政府は国民の信用と信頼を損ない、先のラテンアメリアで発生した「セテンブロの政変」の二の舞――いや、それ以上の内乱が起きかねない。少なくとも、今ここにいる十人全てが首脳の座から引きずり下ろされるコトは間違い無いと言えよう。
今回の臨時十国会議の会場がヘイムダル本部たるヴィーンゴールヴであり、世論からはヘイムダルと協力しての「四大天使」ガブリエル討伐作戦実行の為の話し合いが行われるモノと期待されているコトから、ヘイムダルの影響力の大きさが伺える。
ヘイムダルの戦力自体は、確かに十国の狙い通り「四大天使」ミカエル戦で大きく削がれた。それは良い。結構なコトだ。
だが、ヘイムダルはミカエル戦を通じて十国政府の支持基盤たる世論を味方に付け、影響力を肥大化させた。それこそ、十国会議の結論にすら影響を及ぼすほどに。――いつの間にか、対等な立場にまで成り上がって来た。こうなると、ミカエル戦でヘイムダルの戦力が減ったコトすら、十国にとっては悪い材料になる。
ヘイムダルに充分な戦力が残されていたなら、ヘイムダルに「四大天使」ガブリエル討伐作戦を委任するコトが出来たかもしれない。
しかし、今のヘイムダルにそれを成す力は無い――となれば、十国は身銭を切って軍を派遣し、ヘイムダルとの共同戦線を張らねばならなくなる。自国の被害を抑え、戦力を少しでも多く温存して戦争の終結を迎え、戦後の自国の影響力を拡大させて、自国に有利な状況下で戦後体制の構築を行う――十国首脳陣が胸に秘める
ならば、自国が行うべきコトとは何か。
表面上は手を取り合ってヘイムダルと共同戦線を張り、自国も協力的な態度を全面に押し出して「四大天使」ガブリエル討伐作戦に大軍を派遣する。一方、ある程度の戦力は残しておかねばならない。
戦争終結後にそれをひけらかして、他国よりも優勢となり、戦後体制構築において他国をリードする立場となる―――それが現在、最も望ましい
つまり、他国により多くの戦力を供出させ、自国は戦力の供出を僅かでも少なく抑え込む。
この場での取引と駆け引きで、上手くその状態に持っていけるか――腹の探り合い。勿論、顔面には満面の笑顔を貼りつかせ、力強く握手しながら。
苛烈極まる政界を生き延び、首脳の座にまでついた者の威信とプライドを懸け、同じように壮絶な戦いを勝ち抜いて集った者達を相手取り、泥沼の舌戦を張る。政治家としての真骨頂、実力が問われる場だ。
唯一の王国であるアラビア王国を統べるナーイフ王も、王位継承権を争って勝ち残り、宗教や民族など様々な爆弾を抱える中東諸国を見事に纏め上げ、国民から絶大な支持を得ている切れ者。駆け引きや腹の探り合いなどお手の物である。失敗すれば即内乱な分、他の九人を上回るかもしれない。
不毛で醜い押し付け合いの為、誰からともなく口が開かれようとした―――その瞬間。
「失礼!!!」
会議場の重々しい扉が、勢い良く開け放たれた。
何事か、と十人の視線が扉に集まる。世界そのものとすら言える十国の首脳陣の注目を一身に受けながら、扉を開け放った者は悠々と、堂々と会議場に足を踏み入れた。
紅蓮の髪に瑠璃の瞳を持ち、金の装飾があしらわれた白と紺、黒を基調とする詰襟の制服に身を包んで、左肩に膝まで届く長いペリースを掛けた男―――世界にその名を轟かせ、実際に二機もの「四大天使」を撃破せしめている、ヘイムダルのリーダーたる人物が。
「―――アグニカ・カイエル……!」
「ガンダム・バエル」のパイロット、アグニカ・カイエル。場の注目を浴びる中、アグニカは力強い足取りで会議場の奥に進み、十人が集う長机の横を通り過ぎて、机の中央に立った。
そんなアグニカに、会議の進行役であるスミス大統領が、十人を代表して問いを発する。
「……それで、我々に何の用かな? 十国会議への乱入など有ってはならない、というコトは分かっているハズだ。まさか物見遊山で来る訳も無し、相応の用件は有ると考えて良いのかな?」
「勿論。とは言え、当の用件は一つだけですが――述べても?」
「―――聞くだけは聞きましょう」
ナーゲン総督の許しを得て、アグニカは単刀直入に、ただ一つの用件を口にした。
「
アグニカが発した言葉に、十国の首脳陣は全員が一瞬固まった。――今、この男は何と言った?
「正確に申し上げると、十国が保有する戦力の全てを宇宙に上げ、ヘイムダルとの合同艦隊を組織するよう、軍を動かして頂きたいのです。
―――『四大天使』ガブリエル討伐作戦の為に」
誤解を招く言い方でした、とアグニカは謝罪を述べた。続いて「緊張しているモノで」と言うが、アグニカの言葉は衝撃的であり、そこまでをマトモに聞いた者はいなかった。
十国の戦力の全て――確かに、アグニカ・カイエルはそう言った。
「『四大天使』ガブリエルの討伐は、MAの殲滅を最終目的とするヘイムダルの悲願。そして、それはこの長きに渡る戦争の終結と、人類存亡の危機からの脱却を意味する。遅かれ早かれ、絶対にやらねばならないコトです。
―――しかし、不甲斐ないコトながら、今のヘイムダルには、単独でそれを成し得るだけの戦力が有りません。世界平和の為、人類存続の為に、貴方がたが持つ戦力の全てをお貸し頂きたいのです」
「待て、待つんだ! 冷静に考えろ、そのようなコトが可能だとでも―――」
「やって頂かねば、人類は滅亡します」
ウィリアムズ首相の悠長な言葉を、アグニカはピシャリと否定してみせた。
そして、十国の首脳陣はアグニカの言葉に関連して、急速かつ冷静に思案を巡らせ始める。
「四大天使」ガブリエルの討伐。
これは確かに必要だ。最早言うまでもない。「マザーモビルアーマー」たるガブリエルが健在である限り、世界からMAはいなくならず、戦争の終結は有り得ない。アグニカの言う通り、遅かれ早かれ必ずや討伐しなければならない存在だ。
実際、世論もそれを強く望んでいる。アグニカが言う通り、国が持てる全ての戦力を討伐作戦に投入したとしても、反対意見は少ないだろう。
だが、それでは戦後が望ましい形にならない。
その他にも、他国が約束を守らなかった場合、自国が負うリスクがあまりにも高すぎる。全戦力を投入するなど、不可能だと断言せざるを得ない。
「この十国会議で、ガブリエル討伐作戦に各国は保有する全戦力を参加させるコトを、国際協定として宣言して頂きます」
アグニカの言葉は、十国首脳陣を「成る程」と思わせるとともに、「フザケんな」とも思わせるモノだった。
国際協定を破った国は、国内外問わず信用と信頼を失う。支持も危うくなり、戦後の体制作りにも尾を引く可能性が高い。少なくとも、世論は協定違反を許してはくれないだろう。
「――ガブリエル討伐作戦に戦力を供出するコトに依存は無いし、ガブリエルの討伐が我々の望む所であるコトも確かだがな。どのくらいの戦力を出すかは、各国が様々な事項を考慮した上で、最終的に判断するべきではないか? 頭ごなしに国際協定で『全戦力を参加させろ』としてしまえば、各国の主権を著しく制限する結果となる」
「パールシー大統領の仰る通りです。無論、失敗が許されない作戦である以上、出来る限り多くの戦力で臨むのが理想ですが――現実に、十国全てが全戦力を供出するコトは難しいでしょう。ヘイムダルと違い、各国の軍の役割は、MAを撃破するコトだけではないのだから」
「それに、そもそもガブリエル討伐作戦の実行が決定された訳でもない。それらを全て、これから話し合うべきだろう」
パールシー大統領とユーリエフ大統領が、理路整然と反論する。続く李国家主席は、それ以前の問題だと述べ立てた。
対して、アグニカはこのように告げる。
「時間が経てば経つだけ、我々は不利になる。ガブリエルがMAを増産して戦力を整える一方、人類はここ十年の戦いで疲弊している。十国とて、もう国力の余裕はそれほど無いと推察しますが」
「―――我々を脅す気か?」
「現行の戦力を維持出来なくなり、作戦の実行が困難となる前に、戦力の全てを投入してガブリエルを倒しておくべきではないかという進言です。軍の遠征が不可能になれば、ガブリエルを討伐する機会が無くなる。――ガブリエル討伐作戦は、可能な限り早急に実施すべきです」
アグニカの言葉は正しい。
十年以上も最新兵器を展開して戦争をし続けているのだから、絶大な国力を持つ十国とて疲弊し始めている。いい加減打ち止めにしなければ、まず国自体が経済的に倒れる危険性も有る。
――正直に言ってしまおう。
国民の支持を得られ、月まで戦力を遠征させる余裕が有る今こそ、ガブリエル討伐作戦を行うには、これ以上と無い絶好の機会だ。
「それと、もう一つ懸念材料が有ります」
「……と言うと?」
「ガブリエルの開発者である、父のディヤウス・カイエルから聞かされたコトです。本人には推測だと前置きされましたが―――
ガブリエルにかけられた制約――それは、ディヤウス・カイエルがエイハブ・バーラエナの提案で、ガブリエルを開発する際に設定したモノだ。
「自分より強い機体を四機以上造ってはならず、それも自軍の敗北が予測出来た場合のみ建造する」
暴走した現在、これが適応されるかは分からず、そもそも数基のエイハブ・リアクターを同調させるエネルギーシステムは容易には製造出来ない為、どれほどの価値が有るかは分からないが――この制約が生きている場合、残る「四大天使」はガブリエルともう一機だけとなる。
だからこそ、首脳陣も「後二機」と考え、その前提で戦後を見据えて議論していた。しかし、前提自体がひっくり返される可能性が有る、とアグニカは言った。
「ガブリエルは、自分より強力なMAを四機以上造るコトは出来ない。しかし―――
その言葉で、首脳たちは一気に青ざめた。
彼らの脳裏に浮かんだ最悪の予想を肯定する言葉を、アグニカは次の瞬間、口にした。
「
ガブリエルがガブリエルを建造し、建造されたガブリエルもまたガブリエルを建造する――そんなネズミ算が成立してしまう。
これまで確認された「四大天使」ウリエルが四基のエイハブ・リアクターを同調させる「フォース・リアクターシステム」の二個積みで、同じ「四大天使」ミカエルに至っては五基を同調させた「フィフス・リアクターシステム」の二セット搭載だったコトから、その建造ペースを鑑みて、恐らくガブリエルは現状では一機しか存在していないだろう――というのが開発者たるディヤウスの推測だ。しかし、既に二機目、三機目のガブリエルが建造されている可能性は捨て切れない。
何にせよ、今確認されているガブリエルを討伐するコトは急務であると言える。手をこまねいていたら、ガブリエルはガブリエルを建造するかもしれない。ガブリエル自体が増える可能性が有るとするなら、可及的速やかに今いるガブリエルを殺しておかなければ、目も当てられないコトになる。
加えて、懸念すべきはもう一機の「四大天使」である。現在は建造中である可能性が高いとディヤウスは見ているが、年が明ける頃には完成し、動き出すと考えられる。……それより早い段階でガブリエルを倒してしまえば、犠牲を増やすコトも無い。
「私は――いえ、我々は以上の事柄を理由とし、人類が持てる全ての戦力を動員しての『四大天使』ガブリエル討伐作戦の迅速な実行を提案します」
その言葉を最後に、アグニカは口を閉じた。
思わず驚愕を見せてしまった十国の首脳陣だったが、すぐに冷静さを取り戻し、再び張り付けた笑顔の裏で思案を再開する。
国の疲弊による戦力維持の限界。
ガブリエルが複数存在し得る可能性。
ガブリエル討伐作戦に対する世論の支持。
最後の「四大天使」が未完成と考えられるコト。
以上を鑑みれば、確かに「四大天使」ガブリエル討伐作戦の実施は急務であり、今が絶好の機会と言えよう。ガブリエル討伐作戦に持てる限りの戦力を投入すべきと言うアグニカの――ヘイムダルの意見も、決して行き過ぎたモノではない。
脅威は速やかに摘み取らなければならない。でなければ国民は納得せず、ガブリエル討伐作戦を実施するコトで十国が負う不利益は、現場での犠牲以外はほぼ無い。現場で戦うのは軍人であり、当然ながら当人たちは死を覚悟して戦っているし、その死に関連して国が批判を受けるのはお門違いだ。そうした的外れな批判に対しても、作戦にヘイムダルの言う通りに全戦力を投入しておけば、「国が打てる手は全て打った」と言い訳も立つ。
唯一の問題は―――他国が出し抜きにかからないか、という点であろう。
「ヘイムダルの主張は分かった。『四大天使』ガブリエル討伐作戦の迅速な実施、並びに十国のより多くの戦力投入については、前向きに議論するコトを約束するよ」
スミス大統領は、ひとまずそう纏めた。そして、アグニカに退廷を求めるべく言葉を続けようとしたが――アグニカは、机に右手を叩き付けた。
「何を悠長なコトを。迷うまでもない―――
「……若者が血気盛んなのは悪いコトでは無いですが、落ち着いて冷静に考えなさい」
「然り。様々な条件を鑑みて充分な議論が成された後でなければ、結論を出すコトは出来ん。我々は、多くの国民の運命を預かっている。一時の感情で、国の未来に関わる重要事項を決定するコトは、国民を裏切るコトと同義だ」
アグニカは眉をひそめ、机に打ち付けた手を持ち上げて姿勢を正す。そして、ズボンのポケットに両手を突っ込んで、なおも異議を唱える。
「分かっているでしょう。速やかにガブリエル討伐作戦を実行しなければ、人類は滅亡する。失敗は絶対に赦されない作戦――ならば、用意出来る限りの戦力を用意して臨むのは当然のコトだ。
一国の利害がどうこう、なんてレベルの話は初めからしちゃいねぇんだよ。俺はそんな矮小な話をしに来た覚えは無い」
さあ、とアグニカは催促した。
若造が偉そうに、と言いたげに目を細める首脳は何人もいたが、アグニカの言葉は、だからと言って一蹴出来るモノではない。
「―――よく分かった。我がラテンアメリア連邦共和国は、ガブリエル討伐作戦に全軍を参加させるコトを誓おう」
と、口にしたのはベナセラフ大統領だった。
何人かが驚きを露わとする中、これに続き、ナーゲン総督も口を開く。
「オセアニア連邦国も、ヘイムダルの提案に賛同しましょう。人類存続の為、ここは本心から手を取り合い、共に戦うべき時ではないですか?」
「ならば、アフリカン共和国も同意する。――亡きマンディラ大統領は自国だけでなく、人類の平和を強く望んでおられた。国民もそれを望んでいる。その意思を受け継ぎ、反映させるコトこそが、大統領の責を預かった私の役目です」
クッツェー大統領もこのように述べた。その後、ナーイフ王が溜め息混じりにこう吐き捨てた。
「アラビア王国も従おう。元々、ラティーフから口酸っぱく言われ続けていたコトだ。どうせ奴が勝手にそうするだろう、全く」
「我がイングランド統合連合国は、デイビス首相だけでなく、ドルトコロニーもやられた。……そろそろ、こんな戦争も終わりにしなければな」
「ハワイに陣取った、『四大天使』ミカエルを撃破してもらった借りも有る――何より、ロスの再来は避けねばならない。アメリア合衆国も署名しよう」
更に、ウィリアムズ首相とフローレス大統領が協定締結への意欲を示した。これで六ヶ国――ここまで来れば、もう多数決で決定だ。
不本意だが、とでも言いたげに、ユーリエフ大統領とパールシー大統領、李国家主席が続く。
「ユーラシア連邦も約束する」
「我がサンスクリット連邦共和国もな」
「――中華連盟共和国も同様だ」
笑顔を浮かべて頷き、最後に会議の進行を務めるスミス大統領が、決定を述べた。
「では、全会一致を以て『四大天使』ガブリエル討伐作戦の早急な実施と、これに際しては各国の全軍を派遣するコトを決定する。
……これまでの半世紀において、少なからぬ軋轢や確執は有るだろうが―――ヘイムダルと共に、人類の未来の為、肩を並べて戦うとしよう」
その言葉を受け、アグニカは目を伏せ、深々と頭を下げた。そして、謝意を言葉に表す。
「―――ありがとうございます」
「礼など不要だ。――だが、分かっているな?
全軍を派遣するというコトは、二度目は有り得ないと言うコトだ。当然、失敗など以ての外」
もう、今回を超える規模の作戦が展開されるコトは無い。有り得ないし出来ない。不可能となる。
スミス大統領は目を細め、鋭くアグニカを視線のみで穿つ。アグニカは顔を上げ、拳を握り締め、十人から注がれる厳しい視線に立ち向かうように、こう宣言した。
「命に代えても、必ずや作戦を成功させてみせる。
それを今、この場で誓う―――俺にはどうせ、それくらいの存在意義しか残されていないのだから」
今一度礼をし、アグニカは議場から立ち去った。
その背中を見送った後、スミス大統領はベナセラフ大統領に言葉をかける。
「……私より早く、賛成意見を出すとは。意外だったよ、ベナセラフくん」
「我が国の現体制は、国民と軍部が対MA戦に注力せず、私服を肥やし独裁を敷いた前大統領を弾劾したが故に成立しました。逆に反対する理由が?」
「――随分と素直な回答だな。もう少し、歯に絹を着せたらどうだね?」
「貴方がた相手に見栄を張っても無駄でしょう」
パールシー大統領のからかうような言葉に、ベナセラフ大統領は肩をすくめた。――そう。それくらいの内部事情など、この場に集った者にはお見通しである。
アグニカ・カイエルの登場は意外だったが、兎にも角にもこれで平等。全員揃って、見事に損する結果になった。痛み分けとしては上等と言える。
「しかし、彼の言葉―――引っ掛かりはしますね」
「……どういうコトですかな、ナーゲン総督」
「作戦を成功させるくらいしか、自分に存在意義は無い――そう言っていました。人類の未来の為、と綺麗事を並び立てる割には、随分と悲観的な言い方だったと思いますが」
「――彼が希望を持っていない、と? 意志は確かに持っているように見えましたが」
「勿論、言葉通り彼は全霊を尽くすでしょう。二機の『四大天使』を撃破した実績も有ります。
ただ――彼は、彼自身の幸福を望んでいないのではないかと、私にはそう見えました」
ナーゲン総督の言葉に、他の九人もふむ、とアグニカの言動を思い返す。
これまでの戦いで、ヘイムダルにも少なからぬ犠牲が出ているだろう。彼がそこで何を見て、何を感じたのか――流石にそこまでは、大国を預かる彼らにも見通せない。彼らとて一人の人間であり、決して全能の存在ではないのだ。
「何にせよ、我々にとってはさしたる問題ではないでしょう。彼が何を抱えていようと、ヘイムダルの指導者として果たすべきを果たしてくれるならば、何も問題は無いのですから」
「確かに……そう、ではありますが――」
「――彼がそんなに気になるかね、ナーゲンくん。惚れでもしたか?」
「ご冗談を。私が何歳だと思っているんですか?」
「フフン、心はセーラー服の十五歳と見た」
「ナーイフ王、流石にそれは『うわキツ』案件では――おっと何かね、何だねその目は?」
煽り合いに発展しそうな空気を咳払いで流し、進行役のスミス大統領は両手を合わせ、議題をテーブルの上に持ち上げる。
「さて――では、詳細を詰めるとしようか」
Episode.79「Ten Countries Conference」をご覧頂き、ありがとうございました。
これまで要所要所で開催されて来た十国会議が、満を持してサブタイになった訳ですが――アグニカと直接的に関わるのは初めてな気がしますね。
ともあれ、また重要決定が為されました。
そのせいか、これまで一回につき2000字くらいしか使ってなかった十国会議で、一話丸々潰れるコトになりました。十国会議にここまでの字数を要するのは、これが最初で最後だと思います。
《新規キャラクター》
タート・クッツェー
・アフリカン共和国の新大統領。
・前大統領ベンディル・マンディラの死後、混乱する情勢の中でリーダーシップを発揮する、若き期待の星。何とびっくり三十代である。
《今回のまとめ》
・政治家って大変ね……
・アグニカが十国会議に乱入
・十国、ガブリエル討伐作戦の実行と全戦力の同時戦線投入を決定
次回「tragic decisions」