厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
不穏だ……不穏じゃない?
特設の「十国会議」用の会議場から出て来たアグニカ・カイエルを、出迎えた男が一人いた。
「―――十国会議に乱入するのは極刑モノ、って聞いたコトが有るんだが?」
「……もう我々に、手段を選ぶ余裕は無い。それはお前も分かっているハズだ、アマディス」
アマディス・クアーク。
アグニカチームのメンバーであり、「ガンダム・フォカロル」のパイロット。アグニカにとっては、スヴァハ・リンレスの次に付き合いが長い友人だ。
「そりゃそうだがな……で、成果のほどは?」
「目的は達成した。――十国は、持てる全ての戦力を『四大天使』ガブリエル討伐作戦に参加させるコトを、全会一致で決定した」
「マジか。本当に決断させるとは―――の割には、嬉しそうじゃねぇな」
「―――これでまた、多くの血が流れる。嬉しい訳が無いだろう」
淡々と述べ、アグニカはアマディスに背を向けて歩き出す。ヘイムダルのリーダーとなり、今や全世界から期待される存在となったアグニカは、もうパイロットだけをやっていればいい状況に置かれていない。雑談に長々と興じるほど暇ではないのだ。
遠ざかって行くアグニカの背を、アマディスは目を細めて眺める。――その肩には、あまりにも多くのモノがのしかかっている。
「アグニカ。お前―――大丈夫、なんだろうな?」
そう発して、アマディスはすぐに「愚問だ」と後悔する。聞くまでもない。大丈夫な訳が無い。
しかし、アグニカは足を止めず、振り向くコトも無く――抑揚の無い機械のような声で、簡潔に問いへの答えを口にした。
「モビルアーマーを討伐し、戦争を終わらせるコトが、俺に残された使命だ。その為に、全霊を尽くすだけだ」
以前と違い、権威の象徴のようにも見える重々しい長大なペリースを翻しながら、アグニカは立ち去った。残されたアマディスは、アグニカのらしくない言葉を脳内で反芻させる。
「―――残された使命、か……」
自ら見出した戦う理由を失い、その直後には暴走したとは言え、自ら引き入れた仲間を
もう、アグニカに幸福な未来は残されていない。それでもアグニカは、自分じゃない誰かの為にその存在を懸け、最前線で人類を引っ張って戦わなければならない。他人から何か言われた後のモノだとしても、彼が定めたその悲壮な決意は、アグニカ一人だけのモノだ。
アマディスには何を言う資格も無い。先の戦闘で早々に脱落し、アグニカが命を投げ出すかのように戦う様を、ただ見ているコトしか出来なかったアマディスには。
(だったら、オレに出来るコトは一つだけだ)
最期までアグニカ・カイエルと肩を並べて戦い、その進む道を切り開く。――全身全霊を懸け、例え命を落とすコトになろうとも。
◇
アマディスと別れたアグニカは、ヴィーンゴールヴ内のモビルスーツデッキを訪れた。
エレベーターから降りて姿を見せたアグニカに、アグニカチームの一員であり、「ガンダム・アンドラス」のパイロットでもあるトビー・メイが気付いて声をかける。
「……アグニカ、身体はもう良いの?」
「ああ。いつまでも寝ている訳にはいかないからな――それで、MSの整備状況はどうなっている?」
「開発に関しては順調そのもの。ただ、製造にはようやく手を出し始めた、って段階だ」
そう答えたのは、トビーと同じくアグニカチームのメンバーで、「ガンダム・オセ」に乗る男――そして、記憶こそ失っているが、かつてはかのエイハブ・バーラエナの助手を務めていた、ソロモン・カルネシエル。
現在、ヘイムダルでは来たるべき「四大天使」ガブリエル討伐作戦に向けて、ガンダム・フレームの改修作業が行われている。
先の「四大天使」ミカエル戦で、ヘイムダルは多くの機体を損失した。生還した機体も良くて中破、大半が大破という状況に追い込まれた。――だったら、それを修理するついでに、パワーアップもしてしまおうという訳だ。
「およそ二年、全機が戦い続けていたからな。機体の各部は勿論、フレーム自体にもダメージが蓄積していた。今は
「リーダーの座から降りて暇が増えたディヤウスさんも、こちらの作業に専念してくれていますから」
「武装案についても、アレが完成したコトでアテが出来たものね。前々からリシャールさんがやってたダインスレイヴの小型化も目処がついて、いくつかの機体への搭載も検討してるわ」
ソロモンに次いで話すのは、ディヤウス・カイエルの助手をしているヨウィス・ピトリと、マヴァット・リンレスの助手をしていたクマーラ・シャクティダラである。なお、リシャールとはヘイムダルの技術チームのリーダーで、「ヴァルキュリア・フレーム」を開発したリシャール・ワグネのコトだ。
すると、クマーラの言葉の中に気になる点を見つけたアグニカが、質問を投げた。
「完成したアレ、ってのは?」
「ああ、まだアグニカ君には言ってなかったわね。
――『エレジファ・システム』のコトよ」
そう答えたクマーラは、着ている白衣の裏側から情報端末を取り出し、少し画面を操作してからアグニカに手渡した。その画面には、件のシステムの詳細が映し出されている。
「正式名称は『エレクトロンジファログラム・システム』――通称で『エレジファ・システム』。
人間の脳が放つ特殊な脳波『ファログラム』を感知し、電気信号やプログラムに変換する、特殊制御システムの一種よ」
「――つまり、思考するだけで機体を動かすシステムか。だが、それは阿頼耶識と何が違うんだ?」
「阿頼耶識は、直接有線で接続しないと使えないでしょう? このシステムは、無線でそれが出来る。コクピットブロックに脳波感知機を仕込めば、勝手にシステムが脳波を変換して、遠隔操作を可能にするのよ。勿論、エイハブ・ウェーブの影響下でも」
それをどういうコトに使うのか、とアグニカは再び首を傾げる。これには、ヨウィスが回答を口にした。
「テイルブレードを無線で使えるようになる、と言えばお分かり頂けるでしょうか?」
「―――それは、ミカエルの遠隔武装のように?」
「はい。我々はミカエルのあの兵器を、ビーム砲端末の形状から
ミカエルがエイハブ・ウェーブの影響下で、アレをどのように操作していたかは不明ですが、その『エレジファ・システム』が有れば、同じ芸当が可能となります」
なお、ミカエルはあの「ビット兵器」を、LCSレーザー通信によって操作していた。中枢コンピューター部の非常に高い演算能力を以て、百基以上を同時に操っていた訳だが――「ビット」という名称も操作方法のカラクリも、ミカエル本体が火山の火口に消失した今、人類が知り得るコトではない。
原理こそ異なれ、結果は同じだ。「エレジファ・システム」によって、ミカエルが使用していたような遠隔武装――「ファンネル」を、人間の乗るMSに装備させ、使用するコトが可能になるのである。
「ただ、欠陥が一つ残っちゃってね」
「欠陥?」
「『ファログラム』って脳波が要るって言ったでしょ? ある程度の強さが無いと、システムがその脳波を感知出来ないんだけど、その強さには個人差が有るみたいでね。システムを使える人と使えない人がいるの」
言わば、システムとの適性――なのだろうか。
ナノマシンを脊髄に埋め込めば誰でも使用出来るようになる「阿頼耶識システム」に比べれば、汎用性に少々問題の有るシステムだと言わざるを得なくなってしまった――と、クマーラは嘆く。
アグニカは、これに「成る程」と頷きつつ言う。
「システムと関連武装の実装の可否については、
「「了解」」
ヨウィスとクマーラが同時に答え、クマーラはアグニカから端末を受け取った後で、各自の作業に戻って行った。
「――そう言えば、ディヤウスさんが『バエルの強化について、アグニカの要望を聞かなければ』と言っていたな。何か有れば、私から伝えるが?」
ソロモンの問いに、アグニカは顎に片手を当てて一瞬考え込んだ後、伝言を授ける。
「射撃は不得手だ。強化するなら、より近接格闘戦に強い装備にしてほしいが、手持ち武器は増やさないでもらいたいな。――後はクソ親父に任せると」
「了解した」
「―――アグニカ、どこ行くの?」
それだけを伝えて、アグニカはMSデッキを去るべく歩き出した。その背中にトビーが疑問を投げかけると、アグニカは歩みを止めずに答える。
「いくつか確認事項が有るからな、部屋に戻る。
機体の方は任せる。トビーも手伝ってやれ」
「う、うん……分かった」
エレベーターに消えて行くアグニカの姿を、トビーとソロモンは見送った。
俯いたトビーに、ソロモンが声をかける。
「―――どうした?」
「……アグニカが、アグニカじゃないみたいだった―――まるで、機械みたいな」
「アグニカは今、多くのモノを背負っているからな――そして、それは私たちが代わりに背負うコトも出来ないモノだ。私たちは出来る範囲で、アグニカを支えていかなければな」
アグニカを、支える――と、トビーはソロモンの言葉を繰り返す。アグニカが目的を達成する為に、その道を切り開くコトこそが、同じチームだった彼らに今出来るコトだ。
アグニカは、必ずやり遂げる。
そう信じるなら、自身を犠牲にしてでも、アグニカを前に進ませよう―――
◇
臨時「十国会議」最終日。
十国は共同声明を発表し、国際協定に調印した。
月面に潜む「四大天使」ガブリエル討伐作戦を、年内の間に実行するコトと――その作戦には、各国が保有する軍、並びに兵器の全てを投入するコト。
この二つが盛り込まれた国際協定が成されたコトで、終わりの見えなかった十年にも及ぶ戦争は、一気に最終局面に突入した。
ヘイムダルと十国の全軍による、ガブリエル討伐作戦――これこそが、後に「厄祭戦」と呼称される惑星間戦争の最終決戦となる。
決戦の舞台は、全ての始まりの地―――月。
『―――分かりました。こちらとしても、打てるだけの手は打つと約束します』
通信を切り、アグニカはヘイムダル本部「ヴィーンゴールヴ」の一室で、深く椅子にもたれかかる。その壁の一面は全てガラス張りになっており、大海原を映し出している。
ようやくだ。ようやく、ここまで漕ぎ着けた。
後は作戦を実施し、ガブリエルを撃破し、勝利を掴むのみ。
準備は既に始まっている。
ヘイムダルが保有するガンダム・フレームは、決戦に向けての改修作業を。地球衛星軌道上のサテライトベース「グラズヘイム」並びに、旧共同宇宙港「ユトランド」への戦力集結も、遠くない内に始まる。
この決戦は、人類と天使が全てをぶつけ合う戦いになる。
「四大天使」ミカエルの撃破以降、地球上でMAは一機たりとも確認されていない。火星でも「四大天使」ウリエル討伐後、MAは現れていないと聞いている。――つまり、MA側も決戦に備え、戦力を月に集結させていると考えられるのだ。
小細工無しの真っ向勝負。この一戦が、人類という種の運命を決定するモノになるのは間違い無い。
「―――これ以上、哀しみを広げない為に、か」
それが
―――あの光景が、脳裏に蘇る。
あの時、冷たくなった彼女の手を握った右手を膝の上で広げて、アグニカは見下ろす。こびりついて離れないモノと覚悟していたその感覚は、腕自体が無くなって義手に変わったコトで、とっくの昔に失われてしまっていた。
(それすら思い出せないようなクズが、仲間の死に報いようなんてな。―――出来る訳もねぇのに)
結局それも、自分の為の言い訳なのだろう。仲間の、彼女の死すらも、そんなコトにしか使えないのか――と、アグニカは心中で吐き捨てた。
―――ああ、吐き気がする。
背中を預けたまま、座る椅子を回転させて、アグニカは窓の外に広がる景色を眺める。もうじき日も暮れようとしており、空も海も、燃えるようなオレンジ一色に染まっていた。
人類が滅亡の危機に在るとは到底思えないほど、その景色は――この星は、普遍的に美しい。きっと星にとって、人類とは数多ある生物種の一つに過ぎず、その存亡など取るに足らぬコトなのだろう。あまりに雄大な惑星の地表を、人類は有史以来、穢し続けて来た。そして人類は金星や火星など、他の惑星を第二・第三の母星とし、今まさに人類を夜空から見守り続けて来た衛星――月までもを、血に染めようとしている。
(ハッ―――下らねぇ感傷だな)
アグニカはそう自嘲して、益体のない思考を打ち切った。
スヴァハが聞けば、笑うだろうか。それとも、また別の反応を見せるだろうか。――どちらにせよ、もう失われたモノであるコトに変わりはないが。
そう、失った。
失くしちゃいけないモノを、失くしてしまった。
日が沈み、世界は急速に夜の帳に覆われて行く。
藍色の夜空の中心で、三日月が蒼白く輝き、暗い世界に淡く確かな光を齎し始める。
「待っていろ、
お前は、お前だけは必ず、
そう言って、アグニカは三日月を睨みつけた。
―interlude―
決戦準備、完了。
新型配置完了、
敵、侵攻開始予測―――十二月三十一日。
―――最終段階だ。
楽しみにしていたぞ、人類よ。
―interlude out―
そして、M.U.0051年は十二月二十五日。
人類が持てる戦力の全てが、地球衛星軌道上に存在する五基の宇宙港に集結した―――
Episode.80「tragic decisions」をご覧頂き、ありがとうございました。
決戦前夜、と言った感じでした。
それぞれが決意を胸に、来たる決戦に挑みます。
各ガンダムの最終決戦仕様も有るよ!
《新規設定》
エレジファ・システム
・正式名称は「エレクトロンジファログラム・システム(Elektroenzephalogramm System)」。
・人間の脳が放つ特殊な脳波「ファログラム」を感知し、電気信号やプログラムに変換する、特殊制御システムの一種。
ファンネル兵器
・無線操作される遠隔攻撃端末の総称。
・「四大天使」ミカエルの武装にヒントを得て、ヘイムダルが絶賛開発中。なお、MA側はこれを「ビット兵器」と名付けている。
・ミカエルの「ビーム・ビット」が
《今回のまとめ》
・新しいシステムでファンネルが使えるぞ
・アグニカチームのメンバーも決意を固める
・厄祭戦の最終決戦が間近に迫る―――!
次回「Strategy Meeting」