厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
―interlude―
「―――作戦を詰める前に一つ、周知しておきたいコトが有ります」
十国の作戦指揮官が揃った直前の作戦会議で、アグニカ・カイエルはそのように口を開いた。無言で全員が続きを促すと、アグニカは早速、本題を述べ始める。
「先日、十国会議が作戦実行を全世界に向けて発表するのと同時に、俺は更なる戦力を用意すべく、今回の作戦について連絡しました。
―――火星防衛軍に影響力を持つ、レヒニータ・悠那・バーンスタインに」
アグニカ以外の人物が、反応を示す。とは言え、表情は崩さず、ただ眉や眼などを僅かに動かしただけだが。
場の空気が途端に張り詰めたコトを、アグニカは身体の一部に残る生肌で感じ取った。しかし、そんなコトで怖気づいたりはしない。
「その上で、火星防衛軍の本作戦への参加――艦隊の派遣を要請しました。それに対し、レヒニータ・悠那・バーンスタインからは、『打てるだけの手は打つ』という回答を貰っています」
「―――それで?」
「三週間半前、エメリコ・ポスルスウェイト司令の指揮の下、五隻からなる火星防衛軍の艦隊が火星を出立した――と。今、アリアドネの航路を使って、こちらに向かっているハズです」
ちょうど、作戦決行日に月へ到着出来る見込みである。開始時刻から数時間遅れる可能性が高いが、増援として作戦に参加するコトは可能だろう。
すると、ユーラシア連邦軍参謀本部長のアーイスト・スヴィエートが、アグニカに確認を取る。
「周知したいコト、と言うのはそれか!」
「ええ。……事前に十国に話を通せば、間違いなく認可されないだろうと考え、極秘裏に。そのコトに関しては謝罪する」
「なるほど。――まあ、ウリエルと戦った経験が有る軍だ。足手まといにはならぬだろう」
アラビア王国第一王子にして軍最高司令官、ラティーフ・ビン・ナーイフの言葉に、他の九人も頷いた。――その反応で、アグニカは呆気に取られた。
「――オイオイ、何クソ間抜けな顔してんだ?」
「私たちが火星軍の増援に対し、反感を露わにすると予想していたのでしょう。ナメられたモノです」
「敵の戦力は未知数だ。我々は猫の手も借りたい」
「敵の敵は味方、ってコトで納得しとけば、共闘は出来るだろ。そもそも、今回の作戦は人類の存続をかけた戦いだ。地球も火星も関係無い」
オセアニア連邦国軍のヘーゼル・ブラッグ、アフリカン共和国軍のポーラ・アドキンス、ラテンアメリア連邦共和国軍のトバイアス・ティンバーレイクが立て続けに肯定的な意見を表明。最後のイングランド統合連合国軍のヴィンス・ウォーロックの意見を受け、またもや全員が頷く。
まさかここまで物分りが良いとは思っていなかったのか、アグニカは驚きの表情を浮かべたままだ。
「―――とは言え、一般の将兵達の中には反感を抱く者もいるでしょう。火星防衛軍には、ヘイムダルの援護に徹してもらうのがよろしいかと」
「そうですね――
……
「ふむ――分かりやすくて良いな、はは!」
「それなら、タイミングを合わせるのも容易だな。ヘイムダルも異存は無いな?」
中華連盟共和国軍の
サハラ連邦共和国軍のアミルカル・ジョップに問われたアグニカは、肩透かしだと思いつつ、頷いた。――かくして、火星防衛軍の到着は、膠着状態を打開する為の一転攻勢、その実行の合図と位置付けられたのであった。
そしてこれが、実戦で意味を持つコトになる―――
―interlude out―
「―――今しかない! 全軍、攻勢をかけるぞ!」
アグニカ・カイエルの駆る「ガンダム・バエルバーデンド」を先頭とし、人類の艦隊はその全軍を、敵要塞「
その目的はただ一つ――立ちはだかる「四大天使」ラファエルを撃破し、敵要塞に侵入し、最奥に座す「四大天使」ガブリエルを破壊するコトだ。
「ザコは無視しろ! 狙いはラファエルだけだ!」
「露払いは我々に任せろ! ヘイムダルはラファエルとガブリエルを!」
「火星軍――思う所は有るが、ウリエル戦の経験、存分に活かしてもらおう!」
しかし、当然ながらモビルアーマー側も、黙ってやらせる訳には行かない。MAとしても、対「四大天使」ウリエル戦でほぼ壊滅状態に陥った火星防衛軍の参戦は、可能性の低さ故に想定外の事態ではあるが――今更戦艦の五隻やそこら、モビルスーツの百機程度が増えたところで、大勢には影響しない。
月面の戦場、その中央で
人類軍――火星軍が加わった今、まさにこの表現こそが相応しいだろう――に「次」は無い。
人類には限界が有る。物的資源も人的資源も、これ以上の戦力を人類はもう用意出来ない。攻勢に出られるのもこれが最初で最後、多く見積もっても後一度が限度だ。ならば、それを正面から迎え撃ち、撃滅するのみ。元より戦力差で勝るMAが、小細工に頼る必要などない。
「―――新しいエイハブ・ウェーブ反応……! 何かが来るぞ!」
ラファエル周辺の月面が
全軍が銀嵐に向けて砲撃し、爆発が発生。焼き払われながら、それらは各地で集積してブレードとなり、回転してMS隊に攻撃を仕掛けた。
新型MA「タブリス」――全身が子機に形状の似た微細なユニットで構成されており、エネルギー源であるエイハブ・リアクター以外は定型を持たず、自在に姿を変える。
最後に開発された機体にして、ラファエルにとっては切り札の一つ。リアクターをスリープモードにした上で、月面に擬態させて潜伏させていたタブリス達に、ラファエルは攻撃命令を発したのである。
「ッ、この……!」
カロム・イシューの「ガンダム・パイモンビリーフ」が振った刀は、タブリスが変化したブレードを粉砕したが、変幻自在の敵には大したダメージにはならない。拡散した銀のユニットはすぐに集結し、再びブレードの形を為して向かって来る。
それは「ガンダム・ベリアルコンセンサス」――ドワーム・エリオンが放ったファンネル・ミサイルの直撃を受けて爆散し、焼き払われて消失した。
「―――いや、これもか……!」
否。消失した――側から、ラファエルが散布するナノマシンによって損失分が形成され、復活した。恐ろしいコトに、この特殊極まりないMAすら、ラファエルの修復対象となるようだ。
やはり、ラファエルを破壊しない限り、現状打破は望めないと見て間違いは無い。
「ならば、近接機の突破を目指す! 砲撃機は火力を集中させ、あの嵐を吹っ飛ばせ!」
全軍に通信しつつ、ベリアルが全身の迫撃砲と機関砲を構え、残ったファンネル・ミサイルを全弾射出する。これに合わせ、アマディス・クアークの「ガンダム・フォカロルテンペスト」がガトリングとミサイルを一斉発射。和弘・アルトランドの「ガンダム・グシオン」も口径四百ミリのバスターアンカーを撃ち放ち、ディアス・バクラザンの「ガンダム・ヴィネアニヒレート」は、拡散型ダインスレイヴこと「レーヴァテイン」を二発同時砲撃する。
そして、通信を受けたアメリア軍のサイラス・セクストン大佐が駆る「ガンダム・サブナック」も、ガトリングと全身のミサイルを発射。イングランド軍のサミュエル・メイザース大尉の「ガンダム・アムドゥスキアス」は肩部のミサイルを撃ち尽くす。
この他、艦砲射撃とMS隊の攻撃も合わせ、タブリスが形成する銀色の竜巻は炎上して払われ、再びラファエルが張るビーム・バリアーと、ハッチの姿が露わになった。
―――瞬間。
月面に配備された五千基近くのダインスレイヴが、一斉に火を吹いた。
『ッ――回避!!!』
大小問わず、各軍の指揮権を持つ者たちが一斉に叫ぶ。だが、何の前触れもなく、射点を認識出来ていない状態で、既に放たれたダインスレイヴを回避するコトは、阿頼耶識使いであっても至難の業だ。
反応速度と機動力に優れるガンダム・フレーム、ヴァルキュリア・フレームの機体は、例外無く回避に成功。アグニカなど、一部の変態は弾頭を斬り払って逸らすという離れ業までやってのけているが――MS隊の一割が直撃を受けて壊滅し、二割が多かれ少なかれ損傷を負わされた。
「そんな、艦隊が……!?」
「どういうコトだ! 我々の先制攻撃で、月面の武装はほぼ全てを破壊されたハズではないのか!?」
「ンなモン、MAと同じように修復されちまったんだろうが! クソッたれ、コケにしやがって!」
最も被害が拡大したのは、MS隊の後方に位置していた宇宙艦隊だ。
音速を越える速度で射出されるダインスレイヴの特殊KEP弾頭を回避する機動性など、戦艦には無い。ほぼ全艦が、最低でも一発の直撃を被った。
「第二カタパルト、及び右舷に直撃! 『クラウ・ソラス』への被害甚大、使用不可です!」
「『ヴォルフウールヴ』は艦前方のミサイル発射管に直撃、装填弾が暴発した模様!」
「艦隊への被害拡大! 航行不能との報、多数!」
ヘイムダルの旗艦たるラファイエット級汎用戦艦二番艦「サロモニス」も二発の直撃を受け、右舷の高出力ビーム砲「クラウ・ソラス」が、使用困難な状態に追い込まれた。
十国の宇宙艦隊の中には撃沈した艦すら有り、火星軍艦隊も一隻が航行不能状態になったようだ。
「この数のダインスレイヴを、一体どうやって――いや、そういうコトか……!」
「何が分かったんだドワーム! 俺は分からん!」
「旧ドルト暗礁宙域で、リアクターの大半がMAに持ち去られていただろう? ――アレはこの為だ」
ケニング・クジャンの開き直った問いに、ドワームはそう返す。
以前、火星遠征時に立ち寄った旧ドルト暗礁宙域――ヘイムダルはそこで、在るハズのコロニー護衛艦隊の残骸たるリアクターの数が、データと一致しないという奇怪な現象に遭遇した。リアクターを一から製造出来るMAが、わざわざリアクターを回収していく理由が何なのか、人類は掴めずにいたが――
ダインスレイヴを運用するには、発射器一基につきリアクター一基のエネルギーが必要だ。巨大な製造プラントと月の資源を有するとはいえ、数千基もリアクターを新たに建造するのは現実的ではない。だから、世界各地に放棄されたリアクターをかき集めて、数千基のダインスレイヴを運用するに足る数のリアクターを用意したのだろう。
「怯むな! 全機突撃、ラファエルを撃破して要塞内部に突入する!」
アグニカの言葉を受け、なおもMS隊はめげずにラファエルの眼下へと飛翔する。時間が経てば経つほど、ラファエルの撃破は急務になるばかりだ。
「エイハブ・ウェーブ反応、更に増大! 新型の群れが来るぞ!」
その道を阻むは、新型MA「マスティマ」と「バラキエル」。ガブリエル直属機「メタトロン」に、ラファエル直属機「ラジエル」――温存していた分を投入して来たのか、それぞれの数は、先程までの三倍近くに達している。
全てが対ガンダム・フレーム戦を想定した高性能機であり、ラファエルによる修復を受けられる。敵の数は一切減らず、ガンダム・フレームすら一瞬の隙を見せたら狩られるような状況下で、ナノラミネートコートに覆われたラファエルの「ビーム・バリアービット」を破壊し、超硬大型ワイヤーブレードを持つラファエル本体も撃破して、堅牢なハッチを粉砕しなければならない。
また、広く展開した新型でないMAの群も、最大戦速で前線を一気に押し上げた艦隊の後方から攻撃して来る。人類軍は挟み撃ちに遭っている状況に陥り、非常に厳しいが――物量に優れるMS隊に後方を任せ、ガンダム・フレームを最前線に集結させて最速での突破を狙うのが、この戦場においては最適解に近い。新型MAがMS隊に向かえば、いたずらに犠牲が増えるだけだ。
「残存するMS隊は、艦隊の後方から攻めて来るMAの群を迎撃しろ! 指揮は各艦隊と各部隊の隊長に任せたい!」
ドワームの指示を受け、アメリア軍のサイラス大佐は、腹心の部下である「グリムゲルデ」のファビアン・モンターク少佐と、「ガンダム・ボティス」のマリベル・コルケット大尉に通信を開く。
「だ、そうだ――モンターク少佐、MS隊の指揮は貴官に一任する。パールと連携して上手くやれ。
コルケット大尉は私に付いて来い。ヘイムダルの露払いだ」
「は、はい! お供します、大佐!」
「了解致しました。――マリベル、チャンスよ。頑張りなさい」
「な……こんな時に何言ってるのよ!」
グリムゲルデが必要最低限の機動で転進して後方に下がり、サブナックとボティスは前線の新型MAの群へと突撃して行く。
オセアニア軍のアイトル・ウォーレン大佐も、「ガンダム・ウヴァル」を副官のフィファ・ヴォイット中佐が駆る「ジークルーネ」に接触させ、直接通信回線を開いて命令する。
「後方を任せたい。――帰る
「何としても死守します。大佐もどうかご無事で」
「……確約は出来ないが、努力はするさ」
同じように、「ガンダム・シトリー」を操るサハラ軍のラッセル・クリーズ大佐も、MS部隊副隊長にして「ロスヴァイセ」を駆るヘヴォネン・ヴァルコイネン中佐に通信する。
「中佐。お前はどうする?」
「大佐一人残して戻るのは心配ですが、やむを得ない状況と判断します。――多少はサービス労働して下さい」
「考えとくよ」というラッセルの言葉を尻目に、ロスヴァイセも後退。
このように、多くの軍が副官を下がらせて後方の艦隊支援に当たらせる中、ラテンアメリア軍のMS部隊総隊長ラーペ・グラン少将は、逆の選択をした。
「背を撃つ敵の迎撃には私が向かう。ヘルムヴィーゲとガープは残り、ヘイムダルの道を拓け」
「は!」
「隊長もご武運を」
ラーペが駆る機体はマドナッグ・フレームのMSである為、副官のパンサリー・キファラ中佐が駆る「ヘルムヴィーゲ」と、部下のメルヴィン・マレット准佐の「ガンダム・ガープ」を最前線に残すべきと判断したのである。
一方で、アラビア軍の「ガンダム・ストラス」に乗るラティーフ・ビン・ナーイフは、副官のケイハズ・タイステラ――「ゲルヒルデ」の使い手に、こう言った。
「――下がって、MS隊を指揮してくれるのもありがたくはあるが」
「いえ。それでは、王子の身をお守りするという使命が果たせませぬ。最後までお供させて頂きます」
「そうか。――では付いて来い」
アフリカン軍のアーヴィング・リーコック大佐は、乗機とする「ガンダム・アンドレアルフス」を副官ミエッカ・イリヴァータ少佐の「シュヴェルトライテ」に近付け、命令を発する。
「――すまんが、私だけでは心許ない。こちらについて来てくれるか?」
「分かりました。シャックスの分も働きましょう」
また、サンスクリット軍のイシュメル・ナディラ中将――「ガンダム・グレモリー」を使うMS部隊隊長は、副官にして「オルトリンデ」を駆るセグラ・ジジン大佐に、機体越しに視線を向ける。
それを察したか、セグラはイシュメルが口を開くより早く、こう断言した。
「私の役割はイシュメル様の直衛です。此度の戦いではその任に専念せよ、とメヘラ参謀長閣下から仰せつかっております故」
「――それは助かるが、しかし」
『黙って仲良く凸って来い、はは! 後方の部隊指揮は私に任せろ、そもそもガブリエルを倒せねばそれも意味を成さなくなるのだからな、はは!』
「メヘラ閣下、何故通信に!? ……ただ、承知致しました。行くぞ、セグラ!」
そして、ヘイムダルのヴァルキュリア・フレーム二機も、ゲルヒルデとオルトリンデ、シュヴェルトライテに並び、前線でガンダム・フレームの支援を行う。ピーキーながら高い性能を有するヴァルキュリア・フレームのMSは、ガンダム・フレームの陰に隠れてこそいるものの、その戦闘に追随出来る貴重な機体だ。
その他、精鋭部隊がガンダム・フレームのみで構成された国は迷い無く全員が前線に向かう。
かくして、まさに少数精鋭、一瞬で突破口を切り開くための配置が迅速に決定された。
戦力を温存していたこれまでの遅滞戦闘と打って変わって、ここからは全戦力を戦線に出しての総力戦――どんなに長引こうと、二時間も有れば、決着がつくだろう。
ガンダム・フレームを主として構成された精鋭部隊を最前線に集結させ、ラファエルの撃破と突破を図るとともに、後方で修復されて背中を突いてくる敵を、艦隊とMS部隊で足止めする。大胆に部隊を二分させての戦闘だ。
既に少なくない被害を艦隊が被っている中、月面に並べられたダインスレイヴによる第二波攻撃も警戒しなければならない。後方では膨大な数にして減らない敵をガンダム・フレーム無しで足止めし、最前線では新型と「直属機」と「四大天使」を相手にする。どちらにせよ、過酷な戦場であるコトに間違いは無い。
―――今この場にて、人類意志は統一された。
到達を楽しみにしているぞ、英雄よ。
Episode.85「All-Out War」をご覧頂き、ありがとうございました。
前回に「こっからが本番」と言っておきながら、全然進みませんでしたね……字数的に区切りました、すみません。
まさか幕間による伏線の回収と、戦況の変化の説明に丸々一話を費やす羽目になるとは思いませんでしたが、非常に混沌とした戦場の中で設定とキャラが大量に出て来てる状態なのでお許し下さい。
次回、次回こそ話が進むハズ……!
《新規機体》
タブリス
・後期型のMA。
・リアクター以外の全身が銀の子機に似た小型ユニットで構成され、変幻自在の戦闘を行う。メタルクラスタホッパーみたいなモノ。
《今回のまとめ》
・十国の作戦指揮官の皆様は揃いも揃って合理主義の仕事人なので、感情論には一切左右されません
・月面にダインスレイヴを並べまくる殺意の高さ
・この状況下で攻める為の陣形が構築
次回「to Fulfill our Responsibilities」