厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
サブタイの意味は「厄祭の英雄」です。
「ガンダム・バエル」が横薙ぎに振るった右手を、対する「ガンダム・アンドロマリウス」は真上に飛び上がるコトで回避した。
漆黒の爪が白亜の壁を抉り、五本の傷跡を刻み付ける。バエルの頭上を取ったアンドロマリウスは、すかさず左手のビーム・サーベルをバエルに振り下ろし、バエルのスラスターウィングの先端を、埋め込まれたブレードごと切断する。圧縮されてプラズマ化した細身のビーム刃は、特殊超硬合金をすら溶断する威力を有している。断ち斬れないモノなど、それこそエイハブ・リアクターくらいだろう。
「アアァッ!!!」
しかし、バエルはそれを意にも介さず、左手でアンドロマリウスの左手を掴む。バエルの爪が装甲にヒビを入れ、凄まじい力でアンドロマリウスの左腕の装甲が握り潰される。
『やめたまえ、アグニカ君。分かるだろう、勝敗はもう決定されている。君に勝機は無いと、私が告げているんだぞ?』
アンドロマリウスは右腕のビーム・シールドを展開し、右手を握ってバエルの胸部に叩き込んだ。バエルの胸部装甲が変形し、ビーム・シールドがコクピットの側を掠めるが、アグニカは動じない。
アンドロマリウスを水平にブン投げて、バエル自身は高く飛び上がり、空中で縦回転して右足の踵をアンドロマリウスに打ち下ろす。
「それがどうした!!! テメェは俺が殺す!!! アイツらを侮辱した、テメェだけはァッ!!!」
アンドロマリウスはブン投げられて壁に衝突する前に、全身のエイハブ・スラスターを吹かせて態勢を立て直し、降って来るバエルの踵に向けて左手のビーム・サーベルを振り上げた。ビーム・サーベルがバエルの右足首を両断するも、バエルは止まらずに右足をアンドロマリウスの左肩に叩きつけ、アンドロマリウスは床面に押しつけられると共に、左肩の装甲を破壊される。衝撃を受けた床面が割れ、クレーターを作り出した。
『ッ、圧されているのか? このアンドロマリウスが? 何故だ――?』
アンドロマリウスは右足でバエルの股間を蹴り上げ、その勢いのまま床面を滑ってバエルから離れ、右肩のビーム・マント発振器からビームを照射。バエルはビームの直撃を右肩に受けながらも、ビームを押し返すようにアンドロマリウスに肉薄し、左手を伸ばしてアンドロマリウスの頭を掴み、力のままに床面へと叩きつける。
バエルは右拳を振り上げるが、アンドロマリウスの左手が突き上げられ、ビーム・サーベルが右拳に正面から接触。バエルの右拳をビーム・サーベルが溶解させ、右腕をビーム・サーベルが貫通する。フレームを焼かれたバエルの右腕は内側から崩壊し、装甲とケーブル、オイルが撒き散らされた。
しかし、スラスターウィングに内蔵されたミサイルランチャーが放たれ、アンドロマリウスの左肩に直撃する。装甲を破壊され、フレームが剥き出しになったアンドロマリウスの左肩はこの攻撃に耐えられず、基部が崩壊して回路が断線。アンドロマリウスの左腕は動かなくなり、左手に握るビーム・サーベルの発振も停止する。
『腕が――だが、アグニカ君。迂闊だったな』
その時――アンドロマリウスの胸部と腰部に計四基が搭載された「スティング」が起動し、圧縮されたエイハブ・ウェーブが、バエルのコクピットを有効射程内に収めた状態で打ち出された。
「ッ、ァ―――」
アグニカの脳は、パイロットメタと言えるこの武装による攻撃をモロに受けてしまう。脳髄液が沸騰し、超高熱に晒された脳は一瞬の内に焼き尽くされ、溶かされる。
アグニカ・カイエルとて、ただの人間だ。度重なる「覚醒」による代償を払い、全身を義体に置き換えて来たが、脳はまだ生身のまま残っていた。その脳が今、電子レンジにかけられたように高熱に晒され、焼かれ――溶解した。
脳を失った人間がどうなるか。それが何を意味するかなど、考えるまでもない。
―――アグニカ・カイエルは、死亡した。
今、アンドロマリウスに殺された。
『このアンドロマリウスを相手に、よくぞここまで戦った。愚かな行為ではあったが、私は君に敬意を――ッ!?』
平静を貫いていたエイハブの声音が、驚愕に染まる。何故か。
バエルがアンドロマリウスの頭を掴んだまま持ち上げ、左足の脛――ブレードを胸部に打ち込み、全力で蹴り飛ばしたからだ。
アンドロマリウスは二十Gを優に超える衝撃をマトモに受けて、音をも凌ぐ速度で吹っ飛ぶ。少し斜め下に向かったか、床面に衝突してバウンドし、なおも勢いを落とさず白い床面をゴロゴロと転がり、残されたガブリエルの残骸の翼にぶつかるコトでようやく停止した。
ブレードを受けた胸部装甲が真っ二つに割れ、リアクターが剥き出しにさせられる。そればかりか、相次ぐ衝撃を受け、流石のナノラミネートコートも限界を迎えたか、アンドロマリウスの全身には損傷が生まれている。
『バカな――あの攻撃を受けて、生きていられるハズが無い……!』
エイハブが疑問符を浮かべる。
スティングは完璧に作動した。アグニカが人間である以上は、間違い無く死亡する攻撃。如何にガンダム・フレームが「覚醒」という不明瞭なシステムを抱えている機体だとしても、パイロットが死ねば機体も停止するのが道理だ。生贄がいなくなったのだから、悪魔は働かなくなるのが当然ではないか。
しかし、ガンダム・バエルは止まらない。
右腕を失い、パイロットも失われたハズだと言うのに、バエルは床面を蹴り、スラスターを全開にして、確かな殺意を抱いてアンドロマリウスに襲いかかってくる。
アンドロマリウスは動かなくなった左腕をパージし、右腰にもう一本備えられたビーム・サーベルを右手で逆手に持ってビーム刃を発振し、右肩からビーム・マントを展開してバエルを迎え撃つ。
バエルの左手がビーム・マントを引き裂いてアンドロマリウスの頭部を打ち砕き、ビーム・サーベルがバエルの胸部装甲を両断する。
そして、ビーム・サーベルが切断面に突き立てられ、バエルのコクピットを完璧に貫いた。
『今度こそ終わりだ、ガンダム! 私の邪魔は絶対に、させ―――!!?』
それでも、ガンダム・バエルは止まらない。
その双眼に宿る強烈なる赤光は、決して失われるコトなどない。
バエルの左手がアンドロマリウスのコクピットハッチにあたる部分の胸部装甲を掴み、引き剥がす。スパークが走り、引きちぎられたケーブルから漆黒のオイルが血のように撒き散らされ――そこに現れたのは、アンドロマリウスを動かすモノ。
エイハブ・バーラエナの脳が組み込まれた、アンドロマリウスの中枢制御コンピューター部だ。
『―――化け物め……!!!』
アンドロマリウスはバエルの胸部に突き立てたビーム・サーベルを手放し、バエルの頭部を右拳で殴りつける。続いて右足でバエルを蹴り飛ばし、バエルはガブリエルの残骸、その胴体部に背中を思い切り打ち付けた。
再起の隙は与えない。アンドロマリウスは右拳を握ったまま、ビーム・マントとビーム・シールドを再展開して、バエルにトドメの一撃を見舞わせるべく超速で接近する。
対するバエルは、あろうコトかアンドロマリウスに背を向けた。
振り向きざまの反撃を狙っているコトがアンドロマリウスには予測出来たが、狙って来るのが中枢制御コンピューター部であるコトは分かりきっている為、右からだろうと左からだろうと、攻撃の軌道は限られる。利き腕である左腕を失ったとは言え、アンドロマリウスなら、その全てに即応出来よう。
アンドロマリウスが右拳をバエルのリアクターに向けて打ち出す瞬間、バエルは即座に振り向き――
『―――剣だと……!!?』
アンドロマリウスの右腕が肘から両断され、宙に舞う。バエルがトドメの一撃を出して来ると予測したアンドロマリウスは、後退してバエルの間合いから離れようとしたが―――そんな悪足掻きよりも、バエルの方が遥かに速い。
バエルは逆手に握る黄金の剣を突き出して、剥き出しになったアンドロマリウスの中枢制御コンピューター部を、完璧に貫いた。
『有り、得ん―――』
アンドロマリウスは脱力し、糸を切られた操り人形のように、月の微弱な重力に引かれて、その場に膝から崩れ落ちた。
アグニカ・カイエルは今此処に、大戦を終わらせる英雄としての使命を果たした。
悪魔に自らの存在全てを捧げた、最期の「覚醒」による、機体との完全なる一体化。それが人間の奥底に秘められた第八感、永遠の命を指す言葉を名とする「阿頼耶識」システムの真髄――その本懐だ。
今や、アグニカ・カイエルとはガンダム・バエルのコトであり、ガンダム・バエルとはアグニカ・カイエルのコトだと言える。
この境地に至った
その力は既存のありとあらゆる兵器が持つ力を上回り、願いや祈りを受けてそれを実現するその在り方は、まさしく「悪魔」――否。
まさしく、「英雄」と呼ぶに相応しい。
災厄を以て人類進化の祭事と為す大戦の中で、その元凶たる男が謀らぬ形で今、人類の進化は成し遂げられた。
悪魔の名を持つモビルスーツ「ガンダム・フレーム」と、それを操る「阿頼耶識」システムは、搭乗者と機体そのものを「英雄」として完成させる為のモノだった。生み出された一人の英雄は、これまで人類が――全ての生物が囚われ続けて来た「肉体」という容れ物から解き放たれ、その「魂」は前代未聞、前人未到の新天地へと到達した。文字通りの人機一体を人類の中で初めて実現し、全く新しい存在になったのである。
これを「進化」と呼ばず、何と呼ぼうか。
アグニカ・カイエル。
彼こそが初めての新人類であり、厄祭の英雄だ。
『―――これが、こんなモノが「進化」だと言うのか。これは人類の姿などではない。英雄とは、こんな
自らの脳を預けた、アンドロマリウスの中枢制御コンピューター部を破壊されたエイハブ・バーラエナは、動かなくなった「ガンダム・バエル」を、僅かに残された思考領域とアンドロマリウスのセンサーを以て見上げ、亡き友に語りかける。
傷付いてなお、その白亜と群青の機体は美しく、黄金の剣は眩く輝いている。
その威光、その偉容に――エイハブ・バーラエナは、恐怖と嫌悪を抱かざるを得なかった。
もう身体は無く、唯一残された脳もじきに死に絶えるというのに、エイハブは感じるハズの無い吐き気をすら催した。一人の男によって仕立て上げられた英雄、エイハブが望んだハズの「進化」の形はとても
『こんなモノを、私は望んでいたのか――?』
違う、とエイハブには断言出来た。
エイハブ・バーラエナが望んだモノは、絶対にこんなモノではない。こんなモノであるハズが、こんなモノであったハズがない。
『―――では一体、私は何を望みとしていた?』
ならば、原点は何処に在った?
何がどうして、何故こんなコトになった?
死に行く脳細胞を酷使し、エイハブが自問し始めた時――閉じたハズの頭上のハッチが溶け落ち、二機のガンダム・フレームが侵入して来た。
次回「Moon Tears」