厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-《完結》 作:アグニ会幹部
サブタイの意味は「月の涙」です。
彼は、中層階級の家に生まれた。
その生活は裕福とまでは呼べずとも、日々の食事には困らず、充分な学を得るコトが出来る程度のモノだった。恵まれた家庭だったと言えるだろう。
彼は学問において、極めて優秀な成績を修めた。
世界有数の大学に進学し、研究者となり――当時、最も注目されていた人工知能に関する研究に参加し、その発展に大きく寄与した。
研究が実を結んだコトで、家族を養えるだけの金を得られるようになった頃――彼は、一人の女性と婚姻を結んだ。
大学に入り研究者となる前、それこそ生まれた時から一緒に育って来た、幼馴染と言える女性と。
誰の目から見ても、二人はお似合いだった。当人たちは愚か、親同士も互いに知り尽くした仲。反対などは一切無く、結婚話はトントン拍子で進み、誰もが二人の新たなる旅路を祝福した。
しかし――幸福な日々は、突如として奪われた。
世界に二百近く在った国々、その全てを巻き込んだ戦争が勃発したのである。
彼が研究に参加したコトで、全世界に広まった人工知能は兵器に搭載されるコトになり、無人兵器が世界を席巻した。最終的には、人類が持つ最大最悪にして禁忌と言える兵器――核兵器の応酬へと発展し、この世には地獄が顕現した。
優秀な技術者として大国の軍に登用された彼は、辛くもこの地獄を生き延びた。
だが、彼の住んでいた故郷の街は、敵国の放った無人兵器によって蹂躙され――彼はこの時、全てを失った。
両親も、兄弟も、友人も。
そして――結婚したばかりだった妻と、その腹の中に眠っていた子も、彼は失った。
彼の全てを奪ったのは、彼が発展させた人工知能を搭載した無人兵器だった。彼は世界を良くすると信じて開発したモノに裏切られ、ドン底へと叩き落とされたのである。
彼はそれ以降、人工知能の研究には一切関わらなくなった。それでも、彼が研究をやめるコトは無く――やがて彼は、世紀の大発見を成し遂げ、再び世界の注目を浴びるコトとなった。
重力因子を持つ、新たな微粒子の発見。
それは百万分の一秒ほどしか物質界に存在出来ず、以降は別の素粒子に変化してしまうという、極めて扱い辛いモノでこそあったが――その存在は、当時人類が進めていながらも、停滞を余儀なくされていた計画に、一筋の光明を見い出させた。
火星テラフォーミング計画。
彼自身も後に参画するコトになるこの計画は、太陽系第四惑星である火星を、地球と同じ人の住める星にし、人類第二の母星にしようというモノだ。
この計画の実現を妨げていたのは、火星と地球の重力強度の違いである。人類の生存に足る、地球と同じ大気組成を実現して維持するには、地球と全く同じ重力が必要とされたが――火星の重力は地球の重力より弱く、大気圏を維持出来なかった。
星の重力の強度を決定するのは、その星自体が持つ質量だ。火星の重力が地球の重力より微弱であるのは、火星の質量が地球の質量より少ないコトが原因であるコトは分かっていたが、火星の質量を増やすコトなど出来ない。この為、火星の大気組成を地球のモノと同じにするコトは不可能だと結論付けられ、火星テラフォーミング計画は頓挫寸前だった。
そこで発見された、重力を発生させる微粒子。
この微粒子なら、火星の重力を強め、地球の重力に匹敵させられる可能性があると判断された。
彼の名を借り、「エイハブ粒子」と名付けられた微粒子を利用するコトで、火星の重力は増やされ、火星に地球と同じ大気組成を形成、維持させるコトに成功した。
彼の研究が、人類に第二の母星を齎したのだ。
しかし、火星入植と開拓の計画は、彼の予想していたモノとは違う、悲惨な光景を生み出した。
戦争を経て十にまで統合された地球の国々は、火星を植民地とし、入植者たちを虐げ、劣悪な待遇を行い、強権的に支配した。そればかりか、十国は表面的な平和を維持しつつも、限りある資源や領土を巡って、無人兵器による争いを継続していた。
全て、自国が利益を独占する為の行いだった。それほどまでに、人類には余力が無く、それが余裕を奪わせていた。
彼はその惨状を嘆き、解決する手段は無いかと考えた。果てに彼は、一つの答えに辿り着いた。
人類が奪い合うモノ、大戦の原因となったモノ――それは、深刻なエネルギー資源の不足だと。
人類が長らくエネルギー源としてきた石油や石炭などの自然エネルギーが枯渇し、僅かなエネルギーを奪い合った結果が、改元前の大戦争だ。限りある資源を得る為に、地球は資源の豊かな火星を植民地とし、利益を吸い上げざるを得なくなっている。
エネルギー源が必要だった。半永久的な、人類を繁栄させるに足るエネルギーが。
彼は半永久的エネルギー機関を造ろうと考えた。
されど、それは生半可な道のりではない。困難を極め、数えるのもバカバカしいほどの問題が彼の前に立ち塞がったが――彼の頭脳と信念は、その全てを乗り越えた。
開発開始から、実に半世紀近く。
彼の生涯の全ては、その研究の為に費やされた。
そして、彼は遂に、それを完成させた。
絶対に破壊出来ないほどの強度をすら有した、完璧な半永久的エネルギー機関――「エイハブ・リアクター」を。
彼はそれが、人類から戦う理由を奪うと信じた。
妻と子を、家族を、全てを失ったあの日から、自分の命はこの為にこそ在ったのだと、彼は確信していた。人類の悠久の平和を、発明によって実現するコトが、その死に報いるモノだと。
だが、エイハブ・リアクターの完成は、彼の願いとは真逆の結果を――新たなる戦乱を齎す原因になってしまった。
リアクターの建造に必要な資源。地球が火星にそれを求め、更なる負担を強いるだろうと予測されたコトから、長年不当な扱いを受け続けて来た火星の人々が、地球への反抗作戦を開始した。
独立を掲げた火星の軍は、地球へのコロニー落とし作戦を実行に移し――数多の死傷者を出した。
エイハブ・リアクターを得た人類が引き起こしたのは、人類初の惑星間戦争だったのである。
火星の将は、彼に告げた。
自分たちがこんなコトをしなければならなくなったのは、彼の研究が原因なのだと。多くの人が血を流し、命を落としていくのは、彼のせいなのだと。
平和に繋がる道だと信じ、これまで歩んで来た道は、全てが間違いだったのだと。
自分の行いこそが、人類を惑星間戦争へと駆り立てたのだと、ままならない現実を突きつけられた。
彼はこの時、自分の生涯の全てが崩れる音を聞いた。命を懸けて成し遂げたコトが、望んだ平和から程遠い結果を齎してしまった。信じていたモノに、完膚無きまでに裏切られた。
彼は、人類に絶望を覚えた。
人類が今のままの人類である限り、戦いがこの世から消えるコトは無い。絶対に平和は訪れない。
では、世界に平和は無いのか――否。そんなコトを認めて、受け入れる訳にはいかない。
今のままの人類ではダメだ。
なら、
人類を進化させなければならない。
互いの痛みを理解し、傷を癒やし合いながら、共に歩んでいける存在にしなければならない。
人類は、力を得なければならない。
互いを理解する力を。共感する力を。協力する力を。立ちはだかる問題を解決する、新しい力を。
ではどうする? どうやって進化させる?
まず、今起きている人類同士の争いを、やめさせなければならない。敵がいるから戦わなければならない。――地球と火星、共通の敵を用意してやるコトで、団結を促せるハズだ。
ただの第三勢力ではダメだ。圧倒的な力を持つ、結束しなければとても立ち向かえないような、強大無比な力を持つ敵を用意しなければならない。
―――きっとこの時、彼は見失った。
火星独立軍は、彼と彼の友に「新兵器の開発」を命令した。彼はそれを了承したように見せ、その新兵器を「人類共通の敵」に仕立て上げようとした。
自分と比肩する技術を持っていた友を説得し、協力させた。
そして――生まれたのが「モビルアーマー」と呼ばれる、これまでの兵器とは一線を画する性能を有した兵器だった。
彼は彼の友と自身の助手を逃がした上で、MAのプログラムを書き換え、「人類の抹殺」と「自身の保護」を命令した。そして、MAは起動し――命令通り、人類に対する殺戮活動を開始した。
……この時、彼は友に全てを託し、その人生を終えるコトも出来ただろう。
だが、彼はそれをしなかった。
仕向けるだけ仕向けて、全てを押し付けて自分だけ楽になる――そんな形で自分の人生を終わらせるコトを、彼は是としなかった。
彼には、全てを見届ける責任が有った。
それを自覚していたからこそ、彼は自らの肉体を捨て、機械無くしては生きられなくなってでも、自らが望んだ人類の未来、進化した人類の姿を見届けようとした。
人類の未来の為に人類を犠牲とし、人類を導く。マトモな人間に成せるコトではなく、その責務は個人が背負える重さでもない。
彼が自らの肉体と決別したのは、人でなくなってでも。どんな非道に手を染め、外道に堕ちようとも――人類の未来の為、真の平和の為に。その目的を何としてでも、どうなってでも果たすという、絶対的な覚悟が必要だったからである。
自分が自分でなくなるというのは、とても人間が耐えられるようなコトではない。常人なら発狂し、自我が崩壊する所業に、彼は耐えてみせた。
だが――彼は確かに狂っていた。
彼は、彼の原点を忘れてしまった。
彼は一体、何の為に生きようとしていたのか。何故彼は、研究者になったのか。
それは、ただ学習成績が優秀だったからでも、人類の進化発展の為でも、戦争を無くす為でもなかったハズなのに。
『―――では一体、私は何を望みとしていた?』
その自問に、エイハブ・バーラエナは――エイハブ・バーラエナだったハズの
◇
「
どちらも長時間の戦闘をこなした後であり、手持ち武器は全てが失われている。キマリスに武装は残されておらず、オセも温存していたエネルギーをハッチ破壊の為に使ったので、もう武装は無い。
「アグニカ! アマディス!」
二人は内部の様子を見て、愕然となった。
まず在るのは「四大天使」ガブリエルの残骸。中枢制御コンピューター部が破壊されており、アグニカ達の手で撃破されたコトが伺える。
問題は、ガブリエル以外のエイハブ・ウェーブ、三つの反応。
「ガンダム・フォカロルテンペスト」のリアクター反応が在る場所には、原型すら残っていない残骸が転がっている。状態からして、パイロットのアマディス・クアークは、まず間違い無く死亡しているだろう。
「ガンダム・バエルバーデンド」は、追加武装を失っているようだが、まだ原型を留めて健在。――しかし、パイロットであるアグニカ・カイエルからの応答は無い。
そしてもう一つ――バエルの剣にコクピットを貫かれ、膝をついている「ガンダム・アンドロマリウス」。此処に在るハズのない機体だが、状況からしてバエルと敵対し、交戦したコトが推測された。
「―――何で、こんな機体が……!?」
「とにかく、まずはバエルだ! アグニカ、無事なのか!? 返事をしてくれ!」
ソロモンが決死に呼びかけるが、アグニカからの答えは無い。オセがバエルとアンドロマリウスの側に着地し、バエルの様子を確認し――ソロモンは、息を呑んだ。
続いてオセの側に着地したキマリスも、バエルの様子を覗き込む。クリウスもまた、絶句する。
「……コク、ピットが―――!」
「ッ、アグニカ……!!!」
クリウスが震えながら口にし、ソロモンは歯を食いしばる。――バエルのコクピットには、アンドロマリウスの兵装と思しきモノが突き刺さっており、パイロットの姿は確認出来ない。
その時――空間に、警報のような電子音声が鳴り響いた。
『自爆シークエンス、スタート。
全弾起爆まで、二十ミニット。カウントダウン』
「――自爆、だと!?」
「まさか、ガブリエルが撃破されたから――この施設を丸ごと、吹っ飛ばすつもりなのか!?」
『その、通りだ』
ソロモンとクリウスの言葉に、老人の声が微かに答えを返す。――その響きに、ソロモンは頭を思い切り殴られたかのような衝撃を覚えた。
『この場所を、残す訳には行かん。後の世に、禍根となるだろうからな。月全土に、核爆弾を設置している。……生き延びたくば、月を離れるコトだ』
「何だ、何者だ……!? 何故、そんなコトを!」
クリウスが周囲を見回す中、ソロモンはそんなクリウスに、こう告げる。
「クリウス。アグニカを連れて、此処を出ろ。ヴォルフウールヴと合流し、即座に月軌道から離脱するんだ。――外でも、核のエネルギー反応はキャッチしているだろう。間に合わなくなる前に行け」
「……ソロモン。何だ、その――
オセはバエルの剣とアンドロマリウスをそれぞれ掴み、バエルとアンドロマリウスを引き剥がす。剣が支えになっていたのか、アンドロマリウスがうつ伏せに倒れ込んだ。
「私は此処に残る。今の声は異常だ。未知の敵が現れるかもしれない以上、私は残って
「――お前一人、置いて行けって言うのか!?」
「アグニカを、バエルを連れ帰らせねばならない。バエルは、アグニカは人類の希望そのものだ。此処で失う訳にはいかないだろう。
……行ってくれ、クリウス。
ハッキリと、力強く断言するソロモン。その気迫に圧され、クリウスはソロモンの言葉に従うコトに――ソロモンの意志を、尊重するコトにした。
バエルを小脇に抱え、キマリスが上昇し、要塞から離脱して行く。そのスラスターの残光を見届けたソロモンは、推進剤の枯渇を告げる通知を視界の隅に見ながら、足下に崩れ落ちた最後のガンダム・フレーム――アンドロマリウスに視線を向ける。
「――私には、記憶が有りません。
ですが……いるのですね、エイハブさん」
『……トリテミウス君、か―――?』
「ええ――昔は、そう名乗っていました」
驚愕したようなエイハブの声に、ソロモンは万感の想いを持って、言葉を返す。
――記憶が戻った訳ではない。実際に声を聞いても、エイハブ・バーラエナとの記憶は靄がかかったままで、思い出すコトは出来ない。今の自分は「ガンダム・オセ」のパイロットであるソロモン・カルネシエルでしかなく、エイハブ・バーラエナ博士の助手、トリテミウス・カルネシエルではないコトを、つくづく思い知らされる。
それでも――ソロモンは、老人の声に親しみと、確かな懐かしさを感じ取っていた。
『まさか――ガンダム・フレームの、パイロットになっているとはな』
「エイハブさんこそ……こうしてまた、言葉を交わせるとは思いませんでした。何故――かは気になりますが、私が聞くまでもないコトでしょう」
きっとそれは、アグニカが聞き届けているでしょうから――と、ソロモンは言う。その信頼に満ちた口ぶりに、エイハブは引っかかりを覚えつつも、それを言葉にするコトはしない。
『――私は、間違えたのか?
人類の進化こそが、人類の未来を切り開くモノだと思っていた。だが……人と機械の融合による進化の姿は、あまりに
「それがアグニカとバエルのコトを言っているのなら、私としては反論したいところですね。アグニカは命を投げ出し、守りたかったモノの為に、最期まで戦った。全てを背負い込んで、どれだけ傷付いてでも――その在り方を見るに耐えない、とは随分な言い草だ」
『……君は本当に、違う人間なのだな。君に反論されたのは、これが初めてだよ』
苦笑混じりの声音で、エイハブはそう言う。その感情を表す身体は既に無く、脳も死に向かっているというのに。
だんだん脳が働かなくなっているコトを自覚しながら、エイハブはふと、問うてみようと思った。
『なあ、トリテミウス君。――私は、何の為に生きていた? 私の望みとは、何だったんだ?』
無駄な問いだと、エイハブには分かっていた。他人に聞いたところで、答えが出て来る訳が無い。
かつてのトリテミウス・カルネシエルならまだしも、記憶を失ったソロモン・カルネシエルが知る訳など無い。彼は、エイハブ・バーラエナのコトを知らないのだから。
「……私は、貴方の顔すら思い出せなかった。写真を見ても、何一つ。だから、私には分からない。
ただ―――何故かは分かりませんが、一つだけ思い浮かびました」
ソロモンは、頭上を見上げる。
そこに空いた穴には、漆黒の宇宙と青い星――地球の姿が、映り込んでいた。
「貴方はきっと―――皆に、笑っていてほしかっただけなのだと。私は、そう思います」
その一言に――エイハブは、無いハズの胸がスッとするような、有るハズのない感覚を覚えた。
彼が望んだモノ。笑顔にさせたかった人たち。
――大切な人たちに幸せになってほしいから、彼は研究の道に、その身を投じたのではなかったか。
機械の一部となり、悪魔の機体を操る存在となり果て、天使を指揮し人類を導こうとして――いつしか、彼はそれを忘れてしまった。
彼は自らの行いが、人々のささやかな幸福を奪ってしまうモノなのだと。人々の命を踏みにじる行為なのだと、気付くコトが出来なかった。
その暴虐な行為を、人を人とも思わぬ傲慢さを、アグニカ・カイエルという青年は、赦すコトが出来なかったのだ。
彼は死んで行った者たちの犠牲に報いる為に、今を生きる人々の小さな幸福を守る為に――自分が自分でなくなると分かっていながら、その命を投げ出して戦ったのである。
誰よりも優しい、自分の為ではなく、誰かの為に怒るコトの出来る人間――それが、アグニカ・カイエルという人間だった。
対して、エイハブ・バーラエナはどうだったか。
自分には世界を、人類を変える力が有ると思い上がり、何度も何度も空回りして、自分の思い通りにならなかったからと言って、裏切られた気分になり――いつからか、人類のコトを嫌ってはいなかったか。
「せっかく発展させてやったのに」「せっかく造ってやったのに」――そうやって、神にでもなったかのような、傲慢な態度を示していなかったか。
やれ「未来の為だ」「進化させなければ」ともっともらしいコトを言って、やっていたコトは何だ?
『―――そうか。そうだったのか。
私は、大した奴でも……何でもなかったのだな』
こんなコトにすら、最期まで気付かなかった。アグニカ・カイエルは、見抜いていたのだろうに。
人間は神にはなれない。人間である以上は間違えるし、その結果が他人の死に繋がってしまうコトもある。間違ってしまうコトは、仕方のないコトだ。
それでも折り合いをつけて、時を重ねていく。
人間の生とは、人類の歴史とは、そうやって出来上がって来たモノなのだ。
エイハブ・バーラエナの過ちも、結局はその一つに過ぎない。そして、その過ちはアグニカ・カイエルの手によって正された。
人類は過ちを繰り返し、犠牲を払いながらも、未来を自らの手で切り開いていく。誰かが指図する必要は無い。人類の未来とは、人と人とが関わり合う中で、自然と形作られて行くモノである。
『――ありがとう、トリテミウス君。
自爆まで時間が無い。君は、脱出するんだ。私などに、付き合う必要は無い』
「まさか。貴方は死に損なったらしいですからね。きっちり死ぬ瞬間まで見届けてやらなければ、アグニカの尊い戦いが無駄になってしまいかねない」
『フッ……確かに、その通りだ―――』
ソロモンの言葉に、エイハブは笑いを滲ませながら同意する。――この男が見届けてくれるなら、死に損なうコトは無いだろう。
やがて―――その時が、訪れた。
月面のあらゆる場所から光が発されると、銀色の大地が引き裂かれ、砕け散って行く。
核の白い光が月を覆い隠し、大天使が造り上げた花園も業火に包まれた。その死骸と共に、悪魔たちが光に溶け、永遠に葬られる。
エイハブ・バーラエナ。
人々の笑顔を願いながら、いつしか妄執に囚われた一人の男が今、その存在の終わりを迎えた。
月はこの爆発で、何百年も先まで残る、大きな傷痕を刻み付けられた。月本体から離れながらも、重力に引かれてその周りを漂うコトになった月の欠片は、さながら月が涙しているようにも見えた。
そして、数多の月の欠片、その一部は地球の重力に掴まり――地球の空に、幾重にもなる流れ星を齎した。何日にも渡って空を裂いた星は、失われた多くの人の命を偲ぶ、追悼の雨でもあった。
M.U.0052年、一月一日。
十年にも及ぶ人類と天使の戦いには、人類の勝利という結果を以て、終止符が打たれた―――
Episode.93「Moon Tears」をご覧頂き、ありがとうございました。
こうして後書きを書くのも、かなり久しぶりな気がしますが――数多の犠牲を払いながらも、遂に人類とMAの戦いが終結致しました。
これにて第八章「決戦 -Mourning Rain-」は終了となり、次章を以て本作「厄祭の英雄 -The Legend of the Calamity War-」も完結となります。
ここまで来ると、この作品タイトルも違って見えてくるのではないかと思いますが、どうでしょうか。
ともあれ、ここ数話分の新規機体の解説にGO。
《新規機体》
ハニエル
・
・要塞内部に突入してから登場したのに、実のところ後期型ではなかったりする子。実際、プルーマがちょっと大きくなって武装増えたくらいだから仕方ないね。生産性に優れている為か数がエグいので、バカには出来ない。
ラファエル
・「四大天使」の位階に属する、強大なMA。
・要塞防衛の為だけに建造されたので、攻撃力はほぼ皆無に等しい――のだが、特殊機能「万物修復」とビーム・バリアービットにより、かなりの苦戦を人類に強いてみせていた。特にビーム・バリアーの出力がおかしい。
・割と急ピッチで建造されたので、実はトリプル・リアクターシステム×2と本体用のリアクター一基で運用されている。単機では「四大天使」最弱とすら言えよう。
ガブリエル
・「四大天使」の位階に属し、全てのMAを建造したマザーMA。
・第二章で登場した頃に比べると、ナノラミネートコートになったりワイヤーブレードが増えたりと、ちゃっかりパワーアップを果たしている。
・自分より強い機体は三機しか造れないけど、自分自身のパワーアップは赦されて自分と同等の機体は何機でも造れる辺り、さてはあの制約ってかなりガバガバだな?
ASW-G-72 ガンダム・アンドロマリウス
・最後のガンダム・フレーム。
・「不遇機体と思った? 残念、ラスボス機体でした!」という感じでまさかの再登場。エイハブさんの脳まで積み、色も黒&赤とバエルの対を為す。
・ビーム兵器主体なのが特徴だが、ぶっちゃけ「γナノラミネート・バスターソード」以外は、ガブリエルとエイハブさんが勝手に考えて付けた。リアクターが一基増えて「トリプル・リアクターシステム」を実現していたり、オーバーテクノロジーの塊。
《今回のまとめ》
・エイハブ・バーラエナ、ソロモンと共に消滅
・月が大被害を受け、霞むほどに傷付いた
・MAの殲滅完了、終戦に向かう――?
次章「未来 -The Return of Stability-」
次回「War that Never Ends」