いただきます!鈴瑚のグルメレポート   作:ワン眞瑠★

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第1話 空腹兎

 

 四季が一度に訪れた異常気象もようやく落ち着き、幻想郷はいつもの陽気を取り戻した。燦然と輝く太陽が大地を焦がし、吹き行く風には息をするのもためらうほどの熱気が感じられる。今の季節は真夏。山々は太陽の光を受け眼のにじむような緑色に輝き、ジリジリという蝉の大合唱がそこら中から聞こえる。

 

 

 

 あー、暑い……。

 アジトにあるベッドに仰向けで横たわり、ボーっと天井を眺める。窓を開けているのに入ってくる風はサウナのように熱く、さらにセミの鳴き声ががんがん頭に響いてくるから、何かをする気力も意欲もゼロに近い。ここ幻想郷で暮らすと決めたあの日から何回目の夏を迎えたのか、熱気のせいで頭が働かないから思い出せないけど、今年の夏は今までで一番暑い。うん、きっとそうだ。四季異変の影響が残っているからかもしれない。ああ、異変が終わった後の季節は春か秋が良かったなぁ。春はさくらんぼ、イチゴ。秋は柿、栗、芋……。うっ、果物のこと考えていたらお腹空いてきた。

 

 ぐりゅりゅうぅぅ~~

 

「はぅっ」

 

 うげー本当に鳴っちゃった。仕方ない、何か食べるものがないか探してみよう。できれば甘く冷たいものがいいなぁ。

 

 そう思い一通りアジトの中を探し回ってみたが、残念ながら食べ物を見つけ出すことはできなかった。食糧貯蔵庫の扉は鍵がかかっていたしなぁ。うう、暑い中動いたから余計にお腹が減っちゃった。どうしよう。

 

ぐぅぅぐりゅりゅう~~!

 

 お腹の虫が今までにないほど盛大に唸り声を上げる。さっきからこうやって何度もお腹を撫でて気を紛らわせようとしているのに、お腹の虫は静かになるどころか逆に激しく訴えかけてくる。何かを口に入れないと干からびて死んでしまいそうなのに、今自分の周りには食べられそうなものが一つも見当たらない。頼みの綱だった食糧貯蔵庫は鍵がかかっていて、肝心の鍵は相方が持っているため食べ物を取り出すことはできない。相方はこの暑い中情報収集のためアジトを離れていて、いつ帰るのかは分からない。この無い無い尽くしの今の状況、ものすごくひもじい。

 

「ううぅ、せいら~~ん!!」

 

 相方の名前を叫んでも、私の声は空しく空中に漂って消えた。もちろん返事は聞こえないし、目の前に清蘭が現れることもなかった。今このアジトにいるのは私一人、他には誰もいない。壁に掛けられた時計にちらっと眼をやると、時計はお昼の12時を指し示している。一番お腹が空く時間なのに、食べられるものが身の回りに何一つない。ああ、こんなことなら朝食をもっと食べておけばよかった…。

 虚無感にさいなまれながらベッドに寝転がっていると、頭を一つの考えがよぎった。いや、暑さで頭がやられたのか、突拍子もない考えが浮かんだ。

 

「守屋神社で何かもらおう」

 

 でも、確かにこの方が多少はましなのかもしれない。このままここでずっと待っていても空腹は満たされることはないだろうからね。

 守屋神社の、いや妖怪の山に住む皆さんと私たちの間には広く深い溝があった。私たちが初めて幻想郷に降り立ったのは地上を植民地とするためであった。その一環として浄化のために地上探査車を送り込んだが、そのせいで妖怪の山の植物が枯れてしまった。山に住まう妖怪たち、特に山の神である神奈子様は山の環境を破壊した私たちを許すはずもなく、特に二柱の神様の怒りは尋常じゃなかった。

 地上侵略で枯らしてしまった植物を、私と清蘭が率先して植樹し、謝罪して回り、杯を交え、今ではそれなりに良い関係を築くことができた。それに神奈子様からは「何か困ったことがあれば家に来なさい」という言葉もいただいた。今こそ、その言葉に甘えて守屋神社の皆さんを頼る機会なんじゃないのかな。

 それに、外に出れば、何かしら食べられるものが見つかるはずだ。月の都と違って、ここ地上にはたくさんの食べ物で溢れているはずだ。それに、動いていれば空腹のことも忘れられるだろう。

 

「いつも清蘭に頼ってばっかじゃいられないもんね!」

 

 自分に言い聞かせるように声に出し、アジトを飛び出した。

 

 

 

 

 

「ほぉ~」

 

 アジトを飛び出して獣道を抜けると、目の前には大きな湖が広がっていた。燦然と輝く太陽から降り注ぐ眩しい光を受けて輝く湖は、周りの木々の葉の緑色と協調し合い、見事な絶景を形作っている。それに加えて、湖のところどころから顔を出す無数の巨大な柱。巨木ほどの太さを持ち、何かしらの規則性を持って並んでいるその姿は、幻想的で荘厳な雰囲気を醸し出している。あの時は弾幕ごっこに集中していて景色に目を配ることはできなかったけど、落ち着いてじっくりと見てみたらものすごく素敵な場所だと知ることができた。やっぱり、何回見てもこの景色には圧倒される。

 しかし、景色に感動しつつも頭の中は食べ物のことでいっぱいだ。今まで培ってきた情報を総動員し、食用に値するものがないか必死に目を凝らした。

 

「さすがに柱は食べられないしなぁ…。葉っぱも、食べるものではなさそうだし…」

 

 しかし、めぼしいものは何一つ見当たらなかった。今まで蓄えてきた情報を活用しなくても、葉っぱや、枝、巨大な柱といったものは食用に値しないことは明らかだ。味が悪そうだし、栄養も吸収できない。仮に口に含んだとしても、お腹は満たされても精神的には満たされないだろう。

 そうなると残された場所は湖の中しかない。こんなにも清らかに澄んだ水だ。魚の1匹や2匹どこかに泳いでいるだろう。群れを捕まえれば今後の食料として備蓄することもできる。それに、この冷たくて清らかな水の中に飛び込んじゃえば、真夏の熱気からも解放されるだろう。

 

「まずは様子見かな…」

 

 今いる場所の水深は浅く、魚の姿はどこにも見当たらない。もう少し深い場所に行けば、きっと魚がいるはずだ。まずは、前方に見える、水面からひょこっと顔を出した小さな島まで飛んでみよう。

 空中に飛び上がり、水面に目を向ける。青く澄んだ水ではあるが、小島へ近づいていくほど水の色がどんどん濃くなっていく。

 

「一体この湖はどれだけ深いんだろう?これじゃあ魚の影すら見つけられないよ……」

 

 ぽつんと浮かぶ小島に降り立ち、きょろきょろと辺りを見回す。どうやらこの小島は湖のほぼ中心に位置しているようだ。そして、小島の中心に建つ小さな祠。この祠は何を祀っているのだろう。だとしたら、この湖はかなり神聖なものなのだろうか。幻想郷に移り住んで結構経つけど、こんなすぐ近くの湖に祠があったなんて、なんで今まで気づかなかったんだろう。恐らく、情報ばかり集めておいて、自分の目で確かめることがあまりなかったからかな。

 いや、それよりもまずは魚だ。ここにはお参りに来たのではない、魚を探しに来たのだ。水面に目を凝らしても、やっぱり魚の影を見つけることはできなかった。これだけきれいな水だ、魚の1匹や2匹くらいいてもいいはずなのに、これだけ探してもいないのは何か理由でもあるのだろうか。この島に祠があることと何か関係が……?

 

「収穫は無し…か。」

 

 ポツリ、と小さなため息をつく。まあ仕方ない、ここは山の中だ。魚がダメなら山の中に潜む獣を捕獲して肉を食べればいい。とりあえず、せっかくだから祠にお参りしよう。どうか、無事に食べ物が見つかりますように。ぱんっと両手を合わせ、目を閉じて心の中で唱えた。

 

「へぇー。祠にお参りとは、感心だねぇ!」

 

「んぇっ!?」

 

 突然背後から聞こえた声に驚き、あわてて後ろを振り返った。そこにいたのは、金色の髪をした小さな女の子だった。くりっとした大きな目玉が二つ付いた奇妙な帽子をかぶり、どこか幼さを秘めた顔立ちをしている。この顔には見覚えがあった。さすが神様というか、彼女から伝わってくるこのオーラや気迫は凄まじい。

 

「よっ、こんにちは鈴瑚!」

 

「もー、なんだ諏訪子様か。びっくりさせないでくださいよ!」

 

 目の前にいたのは、神奈子様と同じ二柱の一人、神様の洩矢諏訪子様。目を閉じていたとはいえ、私の背後に音もなく表れるとはさすが神様。

 どうしよう、本当にびっくりしちゃった。だって、私は警戒を怠らなかった。風の流れを感じ、物音一つに耳を傾け、しっかりと周りに注意を向けていた。月の都で軍人として厳しい訓練を積み、修羅場も幾度と潜り抜けてきた。警戒心も他の兎より一倍強い物と自負していた。それなのに、それなのに……。

 

「いやーごめんごめん、妙に真剣な面持ちでお参りしてたからさ、何かあったのかと思ってね」

 

 そう言った諏訪子様は、私の心の動揺に気付いたとも気付いていないとも受け取れるような、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。まるで心の中までも見透かされているような。

 

「実はですね……」

 

 お腹が空いているんです。という言葉を口に出そうとした瞬間……。

 

ぐりゅりゅりゅうぅぅ~~っ

 

 お腹の虫が今まで以上に盛大な唸り声を上げた。もう、私よりも先に状況を説明しないでよ!

 

「あっはっはっは!なんだ、お腹が空いているんだね!」

 

 げらげらと腹を抱えて笑い転げる諏訪子様の問いに、私は頷くことしかできなかった。たぶん今の私の顔、トマトみたいに真っ赤になっているだろうね。

 その後、諏訪子様にお腹が空いていること、相方の清蘭が食糧庫の鍵を持ったまま出かけていて当分帰らないこと、暑さで干からびそうなことを伝えた。彼女は私の話を最後まで真剣に聞いてくれると、うんと大きく頷いた。

 

「そういうことね!だったら家においでよ!家はもうすぐお昼ごはんの時間だから、もしよかったら鈴瑚も一緒に食べない?」

 

「いいんですか!?うわぁ、ありがとうございます!」

 

 まさか本当にご馳走してくれるなんて思ってもみなかった。神頼みとはまさにこのことね!清蘭には悪いけど、先にお昼ごはんを頂きましょう!何を食べているのかな?和食かな?それとも意外と洋食だったりして。ご飯は誰が作っているのかな?やっぱり早苗さんかな。ああもう、ご飯を頂けると思った途端そんなイメージが止まらない。今から楽しみだよー!と、頭の中でそんなことを考えながら、前を行く彼女の背中を追いかけてルンルンとスキップしながら歩いていると、彼女は不意に立ち止まった。

 

「そう言えば鈴瑚。あなた、湖の魚を食べようとしていなかった?」

 

 その一言に、全身が氷のように一気に固まってしまった。だらだらと嫌な汗が頬を伝い、背筋を冷たいものが流れていくのを感じる。それはなにか、一言で言えば恐怖だ。一瞬のうちに私の全身を駆け巡ったものがそれだ。諏訪子様の放った声には、脅しや怒りのようなものは一切感じられなかった。しかし、こちらを威圧するには十分すぎるものが込められていた。

 

「あ、いえ、そ、そんなこと……」

 

 全身を襲う恐怖を悟られないよう、平静を装いながらやっとの思い出でひねり出した声に、諏訪子様はただ小さく頷いた。

 

「そう、ならいいけど。もし本当に食べようとしていたのなら……」

 

 思わずごくりとつばを飲み込んだ。

 

「祟るよ?」

 

 こちらを振り返った諏訪子様はニタァっとした笑みを浮かべていた。この世のものとは思えないほど冷たく、恐ろしいものだった。

 あの時本当に魚を獲ろうと湖にでも飛び込んでいたら、きっといま私は三途の川を泳いでいたことだろう。そう考えると、今もブルブルが止まらない。内心ビクビクしながら諏訪子様の後ろについて山道を進んでいく。

 気持ちを落ち着かせる意味も込めて、周りの景色を観察する。あまりこの辺りを歩いたことがないから、目に入る景色が新鮮に見える。綺麗に敷き詰められた石畳の道の両側に、先ほどの湖にもあった巨大な柱が何本も等間隔に並んでいるのが目に留まる。一体この柱は何なんだろう。このように等間隔に並んでいるということには、何かしらの意味があるのだろうか。やっぱり、あの湖は神聖な場所だったということかもしれない。中央に祠があったことを加味すると、その可能性は限りなく高い。だから魚を獲ることを諏訪子様は許せなかったのだろう。これからは細かいものも含めて、より多くの情報を集めて行かないとこの身を滅ぼしてしまう可能性だってあるのかもしれない…。

 

「ねえ鈴瑚、もうすぐ着くよ」

 

「ふぇ?あ、本当ですか?」

 

 諏訪子様に声をかけられたことで、考察の世界から引き戻された。もうすぐで守屋神社に着くらしい。道を歩いてきたから、これで自分一人でも歩いていけるな。さあ、今日のお昼ご飯は一体何だろうな。

 守矢神社の境内に入ると、途端に空気を漂ってなんだか芳しい香りが漂ってきた。鼻をくすぐり、食欲を増進させるようなスパイスの効いた香りだ。これは月の都で食べたことも、ましてや嗅いだこともない刺激的な香り。これはもしかして……。

 

「あ、鈴瑚の鼻、ものすごくヒクヒクしてる」

 

「ふえっ!?あ、すみませんつい癖で」

 

 諏訪子様に指摘され、はっと我に返る。いい匂いが漂う空間に来ると無意識のうちに鼻をヒクヒクさせてしまう癖が出ちゃったかぁ。無意識だから自分でどうこうできないし、人前でやっちゃうのはとても恥ずかしい。これも情報収集の一環だからと言い訳しておきます。

 

「あ、諏訪子様、この匂いってもしかしてカレーですか?」

 

「おお、よく分かったね、さすがの鼻!今日は熱く辛い物を食べて思い切り汗を流そうって言ってたからね!さあ鈴瑚も思いっきり汗を流そうよ!」

 

「ありがとうございます!いただきます!」

 

 本当は暑さが吹き飛ぶような冷たいものを食べたいと思っていたけど、暑い中熱いものを食べて汗を流すのも悪くないわね!

 

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