バハルス帝国の贄姫   作:藤猫

1 / 33
ジルクニフさん、めちゃくちゃ頑張って好きなんですが、禿げたりして妙な空回りで、あの人が胃を悼めることない状況を考えて書いてた話です。




居なくなった人の行方

「リリー様。」

 

その声に、思わず顔をしかめた。

 

「何だよ?」

 

そこは、はっきり言ってお世辞にも整頓されているとは言えない部屋だった。

部屋の中は、一言で言い表すならば本の廃墟であった。右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、辺り一面に本がある。

本棚もありはするが、そこから溢れ出たらしい本が辺りに散らばっているのだ。おまけに、本の保存状態はお世辞にも良いとは言えない。

本当に、読めればそれでいいという風であった。

それと同時に、何かを書きつけているらしいメモまでが散らばっているのだ。見た瞬間に、雪崩や部屋の底が抜けないか心配になるありさまだった。

その真ん中に、リリーと呼ばれた女がいた。

部屋の中には、家具らしい家具はなかったが、机と椅子だけは別であった。

黒檀を使っているらしい、どっしりとして立派な机と椅子には、細身の女が座っていた。

その女は、お世辞にも美しいとは言えない。ただ、醜いとも言えなかった。

まあ、見れないわけではない。それが、女の容姿への評価と言えるだろう。

切れ長の瞳や薄い唇のためか、どこか陰険というかきつい印象を受ける。その、陽に当たらぬが故の青白い肌がその印象を増しているのかもしれない。

ただ、その腰まである長く、メイドたちによって手入れされている艶々とした黒い髪と兄と同じ紫の瞳だけは悪くないと言えたかもしれない。

けれど、全体的にいささか地味過ぎたのだ。

 

「は、はい!その、陛下がお呼びです。」

「あー・・・・」

 

リリーの気だるそうで、面倒臭そうな声音に、部屋に来た男は震える声で言った。

リリーと呼ばれた女は、長い髪の毛をがしがしと掻いた。

彼女は知ってる。

こういった、突然で脈絡のない呼び出しをされるときは面倒事か、それとも下らないかの両極端なのだ。

 

「・・・・準備をしたらすぐに行くと伝えろ。」

「はい、分かりました。」

 

淡々とそう言って、部屋を去っていく男が部屋を去ると同時に、リリーははあ、と息を吐いた。

その顔には、愛想なんて言葉はひとっ欠片もない。彼女は簡素なシャツに黒いズボン、そうしてこれまた簡素な革のブーツをはいていた。それでも、見るものが見れば目が飛び出る様な魔法が付与されていた。そうして、腰には交差するような形でポケットがついたベルトをしていた。

リリーは、椅子に掛けていたフード付きの長いコートを手に取ると、それを羽織り扉を開けて外に出た。

そうして、きょろりと辺りを伺い、誰もいないことにほっとしながら、足を進めようとした。

 

「師よ!」

 

その声に、リリーはびくりと肩を震わせ、そうして脱兎のごとく走り出した。後ろをぱたぱたと軽い足音が走って来る。

 

「師よ!何故、逃げられる!!是非とも、話したいことが!!!!」

「ああああ!師匠、私は陛下に呼ばれているのです!話はあとで!」

「そのような事よりも、魔の深淵こそが優先すべきことのはず!何よりも、私のことはフールーダと!」

「あんたは私の師匠だろうが!そんなこと出来るかよ!」

 

どたどたと響き渡る足音に、他の魔法詠唱者たちはいつものことだと捨て置いた。

リリーは必死にフールーダから逃げながら、すっかりと慣れてしまったこの日常にため息を吐きたくなった。

 

 

リリーという女を簡潔に言うならば、彼女は俗に言う転生者だった。

生まれ変わる前の名前だけを言うならば、藤堂百合という名前の彼女は、何故かバハルス帝国という、どうもファンタジーらしい世界観の場所に生まれ変わった、ようだった。

おまけに、その国の皇女という立場で。いつの間にか、帝城の端の離れで乳母らしい存在と生活していた。

父親や母親の話を聞くことはとんとなくとも、恵まれた生活だと判断できる環境にあった。

どうも、皇女という立場からすればひどく質素な生活を送っていたらしい。

そこでの生活は最初から皇女として生まれていたのなら、悲惨だと言えたかもしれないが前世での地獄のような生活を思えば天国に等しい。

何でも、その不遇の理由も前世と同じらしい容姿が醜く、母親の不貞を疑われたためだというのだからいっそ、笑えてしまう。

最低限の教育も、清潔な衣服も、たっぷりとした食事も与えられていたのだから、百合からすれば十分なものだった。

ただ、何故、自分がここにいるかという疑問は尽きなかった。

そういったジャンルの小説があるのは知っていたが、さほど好んで見ていたというわけでもない。

ただ、何故、自分のような女がそんな立場になったのかが分からなかった。

百合の住んでいた世界というのは、糞の極みだった。

一部の人間が利を吸い上げ、百合のようなスラムで生きるような存在はただ貪られるだけ。宙は見えず、息を吸い込めば毒におかされる。

きっと、自分以上に己の立場というものを望む存在はたくさんいただろうに。

生まれ、そうして自分がどんなものかを自覚したとき、百合の中にあったのは空虚だった。そうして、怠惰であり、全てのことへの億劫さだった。

百合という女は、ほとほと生きることに疲れ切っていた。前世というもので死んだことにも、たった一つの気がかりを抜かせば、納得していた。

だというのに、また一から赤ん坊をしろと言われて、頑張る気にはならなかった。だから、好き勝手することにした。

なるようになればいい。

それは、一種の自暴自棄であり、唯一の鬱憤晴らしだった。

そんな時だった。

ジルクニフだという、無駄に綺麗で、無駄に賢く、無駄に割り切った、己の兄だという存在に会ったのは。

その少年は、隠しもせずに大人のような言動を取る百合を気に入り、何を思ったのか側に置くようになった。

最初は、面倒さしか感じなかった彼に、百合はいつの間にやらほだされた。

それは、どこかに置いてけぼりにしてきた幼なじみを思い出したのかもしれないし、結局のところやることがなかったせいなのかもしれないし。

ジルクニフだけが、百合を異物ではなく、溶け込むことのできる在り方を、場所を示した存在だったからかもしれない。

本音を言えば、百合はジルクニフのことが苦手である。傍若無人というのか、計算高いというか、無理難題は面倒でしかない。

しかない。

それでも、百合はジルクニフの側だけは異物ではないという安堵を得る。

それは、恩であるのだと百合は考える。

悪意には悪意で返すが、恩には恩で返すべきというのが、百合の考えだ。

そうして、ジルクニフは百合、リリーをフールーダと引き合わせたのだ。これにより、何もかもが回りだしたと言って良い。

フールーダの教授した魔法とは、全て、百合の見知ったものだった。

ユグドラシルというゲームを知っているだろうか。

爆発的人気を誇ったDMMO-RPG。

それは、前世でリリーが過疎が進み一人でプレイするのがつまらなそうだった幼なじみに合わせて始めたゲームだった。

そこでは、幼なじみのギルドに入ることはなかったが、時間を合わせて二人でのんびりと遊んでいたものだ。

そのゲームでの魔法と、リリーの転生した世界の魔法は瓜二つであった。

それは、歯車が狂ったのか、それとも噛みあったと言った方がいいのか、リリーには分からない。

適性があったのか、リリーの魔法はどんどん高まっていった。

そのおかげで、フールーダという信者を得てしまったのだが。

リリーは、フールーダから逃げ出した足で、己を呼びだした今世での兄の下に向かう。

 

(・・・・元気だろうか。)

 

そうして、ふと、いつも思い出すのは、前世に残してきた彼女の未練の事だった。地獄のような世界の中でも、リリーにとっての救いだった、年下の幼なじみ。

残せるものは残してきたつもりだ。

 

(・・・まあ、強盗に入られたあげく殺されたなんて急すぎる死に方だったけど。悟のやつ、元気にしてるかなあ。)

 

自分に何かあった時、一人残された弟分を心配して、こつこつと溜めた貯金と、そうしてそこそこの額の保険金だけは残してきた。

なんとかやっていけているはずだ。

そう信じた。そう思った。

所詮、己は死人でしかなくて。所詮は、すでに終わった人間で。

それでも、どうしても未練に思っていた。

魔法、というものの存在を知った時、思ってしまった。

もしかすれば、会えるかもしれないなんて。

それこそが、彼女にとっての何よりの生きている理由なのかもしれない。

 

 

 

 

リリー、リリー・ソルー・ファーロード・エル=ニクスの存在をジルクニフが知ったのは彼が十歳ほどになるころのことだった。

彼とリリーは母を同じとする兄妹である。けれど、彼は何故か、妹という存在を知らなかった。もちろん、彼には多くのきょうだいはいたが、何故かリリーの事だけを存在を知らなかった。

それは簡単な話で、誰もリリーの話をするものがいなかったのだ。

これはおかしな話で、まだ愛妾の子どもならまだしも、皇后という立場の母から生まれた子であるリリーの話をするものがいないというのはありえないことだ。

ジルクニフが彼女のことを知ったのも、彼女の世話をしているらしいメイドの話を立ち聞きしたためであった。

リリーの存在が秘匿されたのも簡単な話で、皇帝と皇后の間に生まれたというのに、その容姿が酷く醜いためであった。

一時期は、母の不貞が疑われたそうだが、赤ん坊の見事な紫の瞳と魔法によってなんとかその血は保証された。

だが、騒動の中心であった赤ん坊は表舞台に出ることはなく、ひっそりと育てられることとなったらしい。

その赤ん坊は、中々に変わり者であると聞いて、ジルクニフはひどく興味を覚えた。己と血の繋がりがあるらしいそれは、いったいどれほどの変わり者であるのかと。

ジルクニフは、こっそりと会いに行った。彼女が育てられているという離れに。もちろん、護衛などもいたが、それを振り切って会いに行った。

本音を言えば、何か、違うものが見たかったのかもしれない。

魑魅魍魎の跋扈する居場所で、変わり映えのしない、面倒なものばかりで。

だから、見たかったのだ。

違うもの、知らないもの、何か気分が変わる何かを見たかったのだ。

 

 

「誰だよ、あんた。」

 

自分に放られたきつい言葉に、ジルクニフは目を丸くした。

ジルクニフがやってきたとき、その妹だという少女は何故か外に出て、そうしてメイドたちが止めるのも聞かずに一心不乱に、何故か、泥団子を作っていた。

ジルクニフは、自分の考えていた変わり者の斜め上を行く妹に目を丸くした。

周りの御付の者たちはジルクニフの存在に慌てて礼を取るが、妹は変わることなく仁王立ちでジルクニフを醒めた目で見て来た。

それは、ジルクニフからすれば新鮮な対応であり、そうして彼の賢しい頭は目の前の存在がただの少女でないことを察していた。

だからこそ、本当に、気まぐれにそれに教育を施せばどうなるのか。

そんな好奇心で、ジルクニフはリリーに最低限だった教育のレベルを一気に上げた。リリーは、ジルクニフと同じだけの才覚は起こさなかったがそれでも、悪くない成績を出した。

ジルクニフの考えた通り、彼女には逸脱した才があった。フールーダさえ驚愕するような魔法の才があった。

何よりも、リリーという存在には非常に有益なタレントを持っていた。

それを、なんと呼ぶかは今でも曖昧だが。

それを、ジルクニフは知識の泉と名付けた。

リリーは、どこかまで分からないが、多くの知識を夢見するのだ。

それによってなのか、リリーは高い能力の魔法詠唱者として、育成や効率的な教育法を考えている。

政治のことは面倒だと立ち入ろうとしない所も気に入っていた。

少しだけ、壊れている部分はありはしても、お互い様だ。

リリーは、ジルクニフの側にあった。

どんな言葉にも、代価にも大した興味を示すことなく、彼女はジルクニフの忠実な者であった。

血の通った情があったわけでも、忠義的な臣下と王であったわけでも、自分たちは兄妹でさえなくて。

彼らは、己の血族を手にかけた共犯者であった。

共に血に濡れ、共に壊し、共に殺し続けた。

母を殺す前に、ジルクニフはリリーにそれを言った。

殺すのだと。

それは、相談でも、吐露でもなく、ただの決定事項を告げるだけのものだった。

リリーはそれを止めることはなかった、命乞いも無かった、責めることも無かった。

それを、当然としていた。

リリーは、ジルクニフの肯定者であった。

リリーは、ジルクニフの救いではなかった。リリーは、ジルクニフの心を守ることはない。

ただ、リリーという存在が共に在ると後悔も躊躇もなかったが、ジルクニフが捨ててしまったものから目を逸らすことが赦される気がした。

リリーは、ジルクニフの肯定者であり、そうして共犯者だった。

ジルクニフは、リリーを側に置く。

彼女は、皇女として致命的に心理戦と言えるものが下手くそだった。はっきり言って、皇女としては役立たずに等しい。

けれど、それでもジルクニフはリリーを側に置いた。

それは、彼女の魔法詠唱者としての価値以外に、同じように血に濡れた共犯者であることも、少しだけあった。

それだけが、ジルクニフの中にある、唯一の情と言えるものであったのかもしれない。

仮に、リリーという存在が、魔法詠唱者としての能力を持っていなくとも、共犯者であるという事実で側に置いていただろうという予想こそが、彼らの間にある情だった。

 

 

 

 

 

 

その人の記憶は、それこそ物心ついたころからあった。

当たり前のように己の世話をしていたその人、鈴木悟という男はてっきり己の姉だと思い込んでいたのだが。

大人になるにつれ、姉と弟であるというのに苗字が違うことでようやく百合という女との間に血の繋がりがないことを知った。

両親曰く、彼女の親が死んだ折に引き取ったのだという。

それは、今時の、こんな言い方は何だがろくでもない世界でひどく愚かな事と言ってよかった。自分たちのことでさえいっぱいいっぱいだというのに、他人の子どもを引き取るなんて。おまけに、彼女の親が残した保険金さえも、百合の学校へ行くために残していたのだから。

それでも、鈴木悟は、両親のことが好きだった。

何よりも、藤堂百合という姉のような人が好きだった。

お世辞にも、優しいだけの人ではなかったけれど。

無愛想で、口が悪くて、強情で。

それでも、その人は、悟の側にいてくれた。

両親がなくなった時、彼女だけが悟に残った。家族でいてくれた、姉でいてくれた。

その手を、離さないでいてくれた。

悟にとって、ユグドラシルという場所で友達を得るまで、世界とは百合とそれ以外だったから。

幸福だった。

糞みたいな、地獄みたいな、理不尽な世界だったけれど。

鈴木悟は、寂しくなかった、悲しくはなかった。

幼いころから繋がれた、たった一つの手が大好きだったから。

 

 

そうして、ある日、百合が死んだ。

その死体を見つけたのは、悟だった。

血を流した彼女の死体を、抱きしめて、少しの間茫然としていた。そうして、朝が来て、ようやく警察にも連絡した。

返ってきたのは、小さな、小さな、白いカケラで。

軽くなってしまったと思って、それを抱きしめて眠った。

子どものころ以来の添い寝は、記憶よりもずっと冷たかった。

 

悟は、少しして、彼女と交流のあったギルドメンバーに訃報を送った。

それによって、少しの間、消沈しているであろう悟を励ますために、メンバーがゲームに返ってきたのだ。

嬉しくないわけではなかった。

けれど、慰めの言葉を聞くたびに、喚き散らしたくなる。

悲しいね、寂しいね、苦しいね。

そんな言葉で、己の感情を語らないでほしかった。そんな言葉で、この感情を表せるわけがない。

己の何かが、己を構成していた何かが、奪われてしまった様だった。少しだけ、体が軽くなった気さえした。

ギルドメンバーが、離れて行った時とは違う。

寂しかった、悲しかった、苦しかった。

けれど、それは表面的にでも納得がある理由があった。

いつか、帰って来るかもしれないという希望があった。

けれど、百合は違った。

それは、喪失だ。それは、断絶だ。それは、別れだった。

悟には、そこそこの大金が転がり込んできた。

だから、何だというのだろうか。

それがあれば、もしかしたら、もう少しましな生活を送れるかもしれない。

けれど、それが何になるのだろうか。

生きたいと願った人は、ここにいない。

そうして、悟は、モモンガはよけいにゲームにのめり込んだ。

幸いに、幾人かが帰って来ていたこともその助けになっていた。

彼のもう一つの世界であるユグドラシルが終わる時だって、最後までは叶わなかったけれど、入れ替わり立ち代わり、ゲームの終わりを悲しんでくれた。

悪くない終わりだと思う。だから、彼は、もういいかと思った。

残された遺産で、モモンガは、共同墓地の枠を二つ買った。

百合と、そうして己の分だった。

友達と遊んだ世界が終わった後に、未練はなかったから。

全て、終わらせようと思った。

 

 




条件として、
モモンガ、というよりも鈴木悟の本性を知れるイベントがあること
モモンガに交渉材料として有利な条件があること
ナザリックが優先しきれない状況であること
ジルクニフの元を交渉材料が離れないこと
なんかを考えて書いた話です。

要は、ナザリックと同じぐらいモモンガさんが執着してて、ナザリックに属さず、バハルス帝国に味方する人間がいたらまだ、ジルクニフさんの精神的な安定が得られるのかな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。