突然現れたそれに、漆黒の鎧を纏ったそれに、リリーは仮面の下で淡く笑った。
(まじで、英雄じゃないか。)
本当に英雄であるのだが、今までの行いが行いであるためにそんなことを考える。
「これは、これは・・・」
悪魔はモモンに向けている腕を振り払うように動かした。それにかあんと硬質な音がし、悪魔が後方に下がった。
「そうですね、まず、名前を・・・・」
「何をしている?」
悪魔が、ひどくうやうやしく礼をしようとしていた。けれど、それを遮るようにモモンが、低く、憎悪に塗れた声を出した。
その場に蹲り、締め付けられた腹の質感にふらついているとモモンから立ち上る殺気に気づく。
「なにを、とは、私はただ・・・・」
「私のものに無断で触れたんだぞ!?」
吹き荒れるような怒りにリリーはまたかと一歩下がる。
びりびりとした怒気が肌を刺す。がちゃがちゃと耳障りな金属同士が響く。
「今度こそ、足先から髪一房まで、全て、全て、完璧に保つはずだったんだ!なのに、なのに!くそ!俺だってまだ髪しか触れたことがないんだぞ!?それよりも先に触れやがった!」
腹の底に響くような憎悪と言えるそれにリリーはさすがに震えた。
怖い、その殺意も憎悪も怖いが、何の関係もない自分についてそこまでキレてるお前が怖い。
というか、先に触れたってなんだよ。つーか、人の髪でも勝手に触れんじゃねえよ。
少しだけ上がった好感度が静かに下がる。
この場がどこなのかなんて忘れて、しらっとした目をしてしまう。
モモンはその場に座り込んだリリーに視線を向けた。リリーは目の前の男の殺気に震えながら、庇うように腹を押さえていた。
それに更にびりびりとした怒りを感じる。
「仕置きが必要のようだな・・・・」
(帰って良いだろうか?)
痛みも忘れて逃避のようにそう思った。それに何故か悪魔は動揺するように体を震わせていた。
「・・・・傷つける気などはありませんでした。ええ、なにせ、彼女は良くも悪くも興味深く。」
「俺のものに、俺よりも先に触れた。」
理由はそれで十分だ。
んな理不尽な。
リリーは思わず状況も忘れて悪魔に同情してしまった。
その時だ、がたりと音がした。それに視線を向けると、〈飛行〉でこちらに向かってくるイビルアイがいた。
イビルアイはリリーの安否を確かめるように
「リス!そうして、モモン殿か!同じアダマンタイト級として、協力を要請したい!」
「言われずとも。」
ぶんと振った大剣から風圧を感じた。イビルアイが、リリーを担ぎ上げる。
「・・・わ、私たちも戦いを。」
「・・・私たちでは邪魔になるだけだ。」
「というか、お嬢!怪我は?」
「肉体の傷を、魔力ダメージに変換した。肉体的なダメージはない。」
戦いの邪魔にならぬようにとイビルアイはリリーを抱えて距離を取る。
その時だ。
風が駆け抜けたような気がした。
意識をモモンに移すと、そこには、あれほど自分たちが苦戦した悪魔とゆうゆうと戦う男がいた。
苛烈に、大剣が悪魔の腕と打ち合っている。本当に、ぶんと、棍棒を振るが如くだ。悪魔は押され気味、というか、まじで殺す気だなとリリーは思う。
首などを確実に狙っている。
(でも、うちの騎士達に比べて、なーんか、動きがぎこちないような・・・)
ぼんやりと考える。
「ああ、そこまでお怒りにならず!われらとて、目的をあってのことなのですが!」
声に焦りが見えているが、押されているのだろうか?
確かにその鬼気迫るような打ち合いには、命の危機を感じても仕方が無いだろう。
「目的?」
静かな声で、モモンは動きを止めた。悪魔はそれにほっとしたような仕草をする。
「・・・私の名はヤルダバオトと、申します。そちらは?」
「・・・・モモンだ。」
「名乗り、ありがとうございます。今回、我らがこのようにこの都市を訪れたのは、偏に八本指という組織の人間に召喚をされてしまって。」
「あいつら、あんな強力な悪魔を召喚していただと!?」
「ええ、といっても、我らを従わせるような実力などはありませんでしたが。そうはいっても偶然が重なり、奇跡のような状況でのこと。我らはただ、この契約を打ち切るための楔となったアイテムを探しているのですよ。」
「それを返せば、帰ると?」
「歪な契約を交わしているので、あまり危害は加えられないのですが。まあ、状況が状況ですので、穏便には難しいでしょうね。」
「そうか。」
イビルアイが怒りに満ちた声を発する中で、リリーはヤルダバオトという名前に覚えがあった。
(ウルベルトさんから聞いたような。どっかの神話の神様だった気が。というか、何故、この世界でうちの世界の神話が出てくるんだ?というよりも、そういうように無意識に翻訳してる?それとも、前に来たプレイヤーからの伝来?)
英雄と悪魔の激しい戦いがまた再開される。
リリーがそんなことを考えていると、ぼそりと隣で呟く声がする。
「・・・・がんばれ、ももんさま。」
がばっとイビルアイの方をリリーは見た。そこには、乙女がごとく胸の前で両手を組むイビルアイの姿が。
(おいおいおいおい!!)
てめえ、んなガラじゃねえだろうと咄嗟に喉の奥から飛び出しそうなそれを押さえて、リリーは目をかっぴらく。
(待ってくれ、頼む、嘘だと言ってくれ!これ以上事態を複雑にしないでくれ!ちがうよな、なあ!?)
なんてことを考えても、イビルアイは仮面にフードを付けるおそろいの不審者スタイルであるが、うっとりと、なんだか花が散っている気がする。
(ああああああああああああああああ!!)
リリーはその場に蹲って頭を抱えたくなった。だって、そうだろう?
現在、客観的に見て、自分はモモンに迫られていて。そうして、イビルアイはなんだか、ちょっと、やばい雰囲気をしていて。
というか、長い付き合いでイビルアイに愛着があるリリーは叫びたかった。
やめとけ、そんな男!
ゴガンという音が辺りに響く。それに、音の方を見るとヤルダバオトがごろごろととんでもない勢いで転がっていた。そうして、スーツについた埃を払いながら立ち上がる。
肉が叩きつけられたと思えないような勢いに、リリーは改めてモモンの力量が桁違いであることを理解する。
「・・・・だいぶ、お怒りのようですね。モモンさ――ん。」
「それで?言いたいことはそれだけか?」
(刺々しいな。当たり前だが。)
リリーは立ち上がり、そうして、根性をいれるように足を踏みしめた。
(勝てないからって、何もしないわけにはいかない、よな。)
「あなたには勝てません、あまりにも強すぎる。ですが。」
ヤルダバオトはそう言って、モモンに向き直る。
「悪魔の諸相:触腕の翼」
それと同時にヤルダバオトの背中から平べったく、そうして触手のような翼が生えた。
(モモン殿に気を張ってる内に。)
リリーは〈飛行〉によって飛び上がった。
(上から奇襲を!)
「あなたは強い、ええ、本当に強い。ですので、こういうのはいかがでしょうか?あなたの後ろの宝まで守り切れますかね?」
リリーが上に飛び上がった瞬間、射出されるような勢いで翼がリリーとイビルアイのいた方向に伸ばされた。
「お嬢!」
リリーはイビルアイが先ほどのダメージを魔力ダメージに移したことを思い出す。
(防御に回せる魔力、余ってるのか!?)
それにイビルアイは伏せるように丸くなる。リリーはイビルアイの体が細切れになるのを想像した。
咄嗟に下降しようとしたときだ。
英雄が、イビルアイの目の前に降り立った。
「・・・・大丈夫ですか?」
どこか、固い印象の声にイビルアイは目を見開いた。
まるで強固な盾のように、男はイビルアイを庇って見せた。
そこで気づく。モモンの肩に羽根が一本突き刺さっていることに。
「か、肩に!大丈夫ですか?」
「・・・いえ、こちらは大丈夫ですので。」
どこか無愛想な声音であるが、それも仕方が無い。今は、何よりも危機の時だ。けれど、そんな傷さえも平気そうな、断固たる姿勢にどきんと、イビルアイの胸が脈打った。
顔が、熱い。
自分を男が守ろうとしてくれた事実に、もじもじと落ち着かない気分になる。
「お見事、です、ね。宝は、まあ、無事でした。心より賞賛します。」
ヤルダバオトは何故か視線を上に向かわせつつ、そんなことを言った。
「・・・世辞はいらん。それで、どうする?」
モモンはちらちらと上で待機するリリーを見ていた。イビルアイはそれにリスのことを気遣ってのことだと理解した。
それに、胸がチクリとした。
当然だ、これほどの英雄なのだ。ならば、彼女を心配するのも仕方が無いのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
「さあ?」
「そうか。それで、何故、距離を取るのだ?」
そういったモモンはちらちらと上と、そうしてイビルアイに視線を向けるような仕草をする。それに、イビルアイは自分とリリーの存在が気になるのだと理解した。
イビルアイはそれに己が足手まといである事実を恥じた。
そうして、モモンの指先がぴくぴくと震えると同時に、何か、諦めたような恐る恐るとした仕草でイビルアイに手が伸ばされた。
それにイビルアイはこの世の吟遊詩人達に謝罪をする。
騎士は本当にか弱き乙女を抱き上げて戦うのだと。まあ、荷物を抱えるような仕草であったが。
「モモン殿!微力ながら助太刀をする!」
上空でリスの声が響く。その時だ、ヤルダバオトがそれに足を動かす。
「いえ、この辺りで私は引かせていただきます。私どもの目的は、私たちを、契約の楔となったアイテムを探すことですので。これより、王都の一部を煉獄の炎で包みます。もし、侵入してくるようならばあなた方をあの世に送ることを約束しましょう。」
そのままヤルダバオトは早々と王都の闇の中に消えていった。
イビルアイは焦る。
ヤルダバオトを早々と打たねばと思うが、モモンはそれを否定した。自分自身を先ほど守ったことで、人質としての価値を示してしまったのだ。
「・・・ナーベ、これからどうするべきだろうな?」
その声と同時に、空から一人の女が下りてくる。
それにイビルアイは目を見開いた。美しい女ならば見たことがある。それでなお、美姫などと謳われる女がどんなものかと内心で嘲っていたが。
あまりにも、美しい女なのだ。
「合流をすべきかと思います。」
「それもそうだな。」
モモンはそう言ってイビルアイをその場に下ろした。その、絶対的な安心感のある腕が離れていくことにイビルアイは不安感で一杯になる。
それに、イビルアイは仮面の下でかああと赤面をした。
(あああああああああ、だって仕方が無いだろう!だって、かっこよかったんだ!私のことを守れるような男なんてそうそういないだろう!?)
「・・・先ほどはすみません、女性を軽々しく抱き上げるなど。二度と、しませんので。」
「え、そんな!あなたのような素敵な方なら、いくらでも、うえ!?」
イビルアイは己の発言にうろたえた声を上げる。
自分自身で何を言っているんだと心の内で絶叫した。
「クソ!見失った!!」
そこで空からまた、誰かが下りてくる。
「リス、お前、何してたんだ!?」
イビルアイはそれに今まで上空にいたリスが戻ってきたと気を取り直した。それにリスはぼやくように言った。
「さっきの悪魔がどこに行ったのか探ってたんだよ!見失ったけどな。」
「お前、なんて危険な・・・・!」
「リスさん!!」
そこでイビルアイの言葉を遮るようにモモンがリスの前に躍り出た。それは、言っては何だが、まるで、そうだ、主人を待つイヌのようで。
リスはモモンの勢いに固まり、そうして、目の前に来た男を伺う。
モモンはまるで姫君を前にした騎士のように片膝を突き、リスの顔を両手で覆った。
「先ほどの悪魔に何かされましたか?怪我等はないですか?ああ、怖かったでしょう?」
「え、あ、いや。体を掴まれたが、特には。怪我も、モモン殿のおかげでなかったので!」
「・・・本当にですか?かすり傷も?ああ、怪我がないか調べましょうか?」
「大丈夫だ!本当に、何もないんだ!」
イビルアイはモモンの様子にぽかーんと口を開けてしまった。
その、恭しい仕草、そうして甲斐甲斐しい気遣い。
そうだ、イビルアイは今更、思い出すというか、そうだと気づく。
漆黒の英雄、モモンはリスに好意を抱いている事実に。
(い、いや、いや。こんな美姫だっているんだぞ!?)
イビルアイは圧倒的な立ち位置にいるだろう女を見た。そこには、じっとりとした怒りを含んだ視線でリスを睨む女がいた。
それに気づく。
モモンというそれが、どれほどまでにリスというそれに思いを傾け、そうして手間をかけているのか。
「はあ、あなたに何かあったらと思うと、気が気ではなかったんですよ?ああ、でも、きいてください。八本指の施設は確実に潰してきたんです。嬉しいですか?」
「え、えっと、それは、はい。」
覆い被さるように、モモンはリスの顔の部分、仮面をのぞき込みながら睦言を囁くように甘い声で語りかける。
それにリスは緊張気味に答えた。それは、英雄を前にして恥じらう乙女のごとくだ。
「ああ、そうですか。ええ、あなたの望みならいくらでも。なんだって、叶えて見せますからね?」
モモンの、砂糖漬けのように甘い声にイビルアイの脳裏に一つの単語が浮び、頭を直撃する。
失恋、という単語が。
本当は部下に簡単に指示して、イビルアイにしたことをリリーにしたかったけど、全部すれ違ったモモン様。