バハルス帝国の贄姫   作:藤猫

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嫉妬と失恋

 

 

呪われた身であるイビルアイは、今まで異性を意識することなどなかった。

それは彼女の身体が幼子のまま成長しなかったこと、そうして、彼女が吸血鬼になってしまったこと、また、彼女が惚れるような存在が現れなかったことが上げられる。

 

けれど、いつだって運命は残酷で、唐突なのだ。

 

漆黒の英雄。

初めて会ったのは、宿場でのこと。その時は、名を上げたとしてもどこまでが本当なのかと思っていた。

そうだ、見下してさえ、いた。

女に現を抜かす、どこにでもいる男、だと。

 

(あの時、もっと良い感じで挨拶をしていればああああああああ!!)

 

思い出すのはいつも通りぞんざいに振る舞った己と、そうして、変わらずリスに侍る惚れた男である。

 

「・・・・・お嬢、怒んないでくれませんかね?」

「怒ってなどいない!!」

 

ため息を吐いたリスのその様子にさえ、妬ましさが浮んでくる。

 

「なあ、どうしたんだ、うちのちびさんは?」

「嫉妬。」

「醜い嫉妬。」

 

ガガーランの言葉に、双子の忍者、ティアとティナが応えた。

 

 

リリーははあとため息を吐いた。現在、蒼の薔薇の面々とリリーがいるのは、王城の一室だった。丁度、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは作戦会議のために席を外していた。

そうして、蒼の薔薇だけが別室にいたのは、偏に。

 

「どうやった!?どうやって親しくなったんだ!!??」

「ああああああああ!めんどくせえなあああああ!!??」

 

イビルアイの狂いっぷりのせいだった。

 

 

 

「あの、離していただけませんかね!?」

 

ヤルダバオトとの戦闘後、ともかく、他の捕縛メンバー、先に逃げたガガーランたちとの合流をすることにした。

ヤルダバオトの情報など、色々と共有しなくてはいけないものが多かったのだ。

イビルアイもまたそのことを思い出し、ひとまず、モモンとリスとの関係については頭の隅に追いやることにした。

 

「・・・・すみません、その前に少しだけナーベと話しておきたいことがありますので。」

「ああ、そうだな。では、私たちはここで。」

「ええ、リスさん。」

 

イビルアイは、その声に横に置いておくと決めた事実が頭を擡げる。

 

「あー、はい・・・」

「すぐに、すぐに戻ってきますので。何かあれば呼んでいただければすぐにはせ参じますので。」

「はいはい、わかりましたので!でも、お嬢が、イビルアイがいるので大丈夫です!どうぞ、行ってください!!」

「・・・・ええ、すぐに、戻ってきますので。」

 

その声。

モモンが女に呼びかける、その声。

喉の奥に張り付くような、甘い声。

愛しいと、焦がれていると、それと同時に、渇望するような強い何かを感じる。

リリーはまるでそれを避けるようにイビルアイの肩を掴み、そうして後ろに下がる。

モモンはそれに幾度も名残惜しそうにリリーの方を振り向きながらその場を後にした。

 

「はあ、ようやく・・・・」

 

リリーは安堵の声を上げた。それに、イビルアイは落ち着けと己に言い聞かせた。

確かに、今のところリスは圧倒的な寵愛を得ているようだ。それは、宿場での件でわかりきっていることだ。

 

(だが、彼の近くにはナーベ嬢もいる!!)

 

モモンほどの男であるのならば、女を複数侍らせるのも当たり前だ。大前提として、複数の中の誰かになるのは決定事項なのだ。イビルアイも少女のまま成長が止まってしまっている。ならば、子などは望めない。

イビルアイの目的は、モモンの一番になることだ。これからモモンを落として、その寵愛を勝ち取れば良い。

 

(ならば、同じ妻になる女と仲良くしておくのも、それはそれで一つの道・・・)

「あー、お嬢?」

「なんだ?」

 

イビルアイは燃えさかる嫉妬の炎を押さえてリリーに返事をした。リスは気まずそうに揉み手をしながら、イビルアイに話しかける。

 

「・・・・一つ、聞きたいんですが。もしかして、モモン殿のことが?」

(やはりか。)

 

女も仕草からして、おそらくモモンに対して好意を持っているのだろう。ただ、その話の端々から複雑な生い立ちであることは理解できる。そこに、あれほどの男が口説いてくる。

葛藤があるはずだ。イビルアイは改めて友人が未だにモモンの腕に収まるという選択肢をしないことに驚きを覚える。

 

(・・・・くそおおおおお!あの時、囲われることを勧めた私のバカ!!)

 

過去の自分の発言を後悔しつつ、それに向き直る。

 

「はあ、わかってしまうか。」

 

イビルアイは、愁いを帯びた恋する乙女のような可憐な表情で、もちろん仮面のせいで見えないが、を浮かべた。

 

「ああ、そうだ、まるで・・・・」

 

イビルアイは物憂げにため息を吐いて言葉を発しようとしたとき、リリーがその肩を掴んだ。

 

「あんな男、絶対に止めときなさい!!」

「牽制するにも仕方があるだろうが!貴様!!」

 

リリーのそれにイビルアイは声量を強めて叫んだ。それにリリーは違うんだと首を振る。

 

「貴様!あそこまでの寵愛を得ておいて、そのような!牽制をするなどみっともないと思わないのか!?」

「はあ!?そんなことを考えてないですよ!ですがね、あの男、あんたが思っている以上にやべえんですから!もっと、こう、いい男ならいるでしょう!?」

「はあ!?私よりも強く、私も知り得ないほどの知識を持つ男だぞ!どこにいるんだ、そんな奴!?」

 

そりゃあ、いませんわとリリーも思わず頷きそうになった。けれど、彼女からすればそこそこ長い付き合いの友人がとんでもない男に引っかかる寸前なのだ。

 

「それを置いておいてもやべえ奴なんですよ!」

「はあ、わかった、リス。」

 

リリーはそれにイビルアイが自分の話を聞いてくれたと思った。けれど、そんな思惑など届くはずがなかった

 

「あれほどの男だ、独占したいのはわかるが、そんなことは無理なのはわかっているだろう。」

「ちげえよおおおおお!!」

 

ガッテムと叫びだしそうなほどの勢いだった。

 

「誰が、いったい、いつ、んなこと言いました!?」

「あのな、牽制をしたいのはわかるが、独占できると思うなよ!?あそこまで寵愛を受けておいて、まだ望むのか!?」

「望んでないわ!」

 

ぎゃーすかと騒いでいた二人の間に声が飛び込んでくる。

 

「リスさん、どうされました!?」

 

慌てた様子でモモンと、そうしてそれを追う形でナーベがやってくる。

 

「モ、モモン殿、い、いいえ!少し、これからの方針のことで!お気になさらず!」

 

慌てて取り繕う女のそれにイビルアイはやっぱりだと思う。好きな男の前で見苦しいことなどできないだろうと。

 

「・・・そう、ですか。ですが、やはり、お体になにかあったのでは?」

 

モモンはそう言って、その長身をぐっと屈めてリリーに顔を近づけた。そうして、愛玩するように、リリーの首や髪を包むように手を添える。

 

「あなたに何かあったらと思うと、気が気ではないのですよ。」

「あ、ははははは、それは、はい。どうも・・・・」

 

モモンの甘い、どろどろとしたそれにイビルアイはその場でやだあああああ!と声を上げたくなった。

羨ましすぎる。自分もそういうことして欲しい!

というか、自分たちがいるのに、二人だけの世界に入るな!

そう叫びたいが、そんなことを言えるはずもなく、黙り込むしかない。

 

「・・・ともかく、まだ、先ほどの残党がうろついているかも知れません。一旦は、ここを離れましょう。」

「そうですね。」

 

イビルアイがそう同調したときだ。リリーはさっさと離してくれと仮面の下で半泣きだった。けれど、そんなことが許されるはずなど無い。

 

「では、移動しますね。」

 

ひょういっとモモンはリリーを姫抱きにした。

 

「「「!?」」」

 

三者三様に驚きの顔をする。

 

「あ、あの!?」

「ああ。お気になさらず。高位の魔法を連発してお疲れでしょう。ご安心を。あなたを傷つけるようなこと、けしてありませんので。」

 

リリーは全力で抵抗しようと思った。けれど、モモンの有無を言わさない声音に固まり、抵抗を諦める。

そうして、下から感じる。怒りと嫉妬の念を帯びた視線にリリーは泣いた。

 

 

 

「だから、誤解なんですって!!」

「どこがだ!?あんなふうに受入れてたじゃないか!?」

 

ガガーランと、ティアとティナは目の前で起こる喧嘩を見つめた。

その後、逃げ出したガガーランたちが見たのは、何故か姫抱きにされるリリーと、そうして、これ以上無いほどにじめっとした視線をそれらに向けるイビルアイだ。

リリーをモモンが抱えているのはなにも思わなかった。

 

モモンがひどくリスというそれに執心しているのは理解していた。けれど、イビルアイの様子はわからない。

モモンはそのままリスを放したがらなかったが、人の目があるという本人からの抵抗に渋々離した。

名残惜しそうに髪の一房を掴んでいたのが印象的だった。

 

そんな中、リスは蒼の薔薇と話したいことがあるからと、ラキュースがヤルダバオトについての戦略を練る間、一時、部屋を貸して貰うことになった。

ガガーランたちもイビルアイの様子の理由を知りたくて、その提案を受入れた。

そこで行われているのが、目の前のキャットファイトである。

 

 

「つまりは、なんだ?イビルアイの奴、モモン殿に惚れてリスの奴に嫉妬してるってことだな。」

「そういうこと。」

「見ればわかる。」

「だから、私はモモン殿についてはまっじで、これぽっちも、なんにも思ってないんですよ!!」

「嘘をつけ!横抱きされても受入れてたくせにか!?」

「あの場面でどうやって断れってですかね!?」

 

ガガーランは終わりのない言い合いに、さすがに呆れて合間に入る。もちろん、自分たちもヤルダバオトについて話をしたいというのに、そんな話を続けられるはずがない。

 

「おい、いい加減にしろ!」

「いいや、いい加減もくそもない!」

「あのね、私は何も思ってないんですよ!なんで信じてくれないんですかね?」

 

それにイビルアイはびしっとリリーを指さした。

 

「いいか、私だってお前に醜い嫉妬でこんなに怒っているはずがないだろう!?」

 

違わねえだろうとその場にいた人間は思うが、これ以上話を長くしたくないと諦めた。

 

「じゃあ、どうしたんだ?」

「リスの奴が、モモン殿のことを好きじゃないとか言うくせに、やめとけなんて忠告染みたことを言って牽制してるからだ!」

「だから、まじであの男はやべえんですって!」

 

ガガーランはそれに不思議な気持ちになる。思い出すのは、あくまで紳士的な立ち振る舞いの男だ。アダマンタイト級なんて地位に上り詰めておいて、男はあくまで紳士的にリスに近づいているように見える。

伝え聞く限り、男は非常にまともに、人に対して振る舞っている。

目の前のそれが、何をそんなに言うのか気になったのだ。

 

「そこまで言うんだ。何かあるのか?」

「根拠は示すべき。」

「嫉妬に駆られてないのなら。」

 

皆に詰められたリスはそれに諦めたような顔をした。

 

「・・・・元々、私はエ・ランテルでモモン殿に会ったんです。それで、何かあったわけじゃないんですよ?本当に、少し話をして、おまけに依頼をこなした、ぐらいだったんですよ。」

 

リリーは男と会ったときのことを思いだし、苦々しい気持ちになる。

 

「モモン殿はどうも、魔法に興味があったようで。特に、蘇生魔法について。その知識について教えて欲しいと言われましてね。ただ、自分の手札を早々晒すこともできんでしょう?」

 

それに対して、蒼の薔薇の面々もそれはまあと頷いた。

 

「で、私も最初はそれで近づいてくるんだと思ったんですよ。あんたら、私の顔がどんなものか知ってるでしょう?」

「あー・・・それは、まあ。」

 

蒼の薔薇の面々が知っているのは、もちろん、幻覚で作り出したものだが、顔がやけどでただれた、醜い顔だ。

確かに、女としての武器は殆ど潰されているだろう。

 

「で、私もさすがにアダマンタイト級の人の近くは身の程ってものがあるので遠慮したくてですね。蘇生魔法について知識も全部お教えして。これでおさらばかと思ったのに。」

 

リリーはその場に蹲った。

 

「なんであの勢いなんですかねええええええええええ!?」

 

その鬼気迫る勢いに、思わずなのかティナが背を撫でる。それにガガーランもうーんと思う。

 

「確かに、お前さんの顔で、おまけに目当てのもんがないのに近づいてくるのか・・・・」

 

不審になる気持ちもわかるかも知れない。女の価値と言われれば、それは容姿が一番に来る。特に、あんなに強い男であるのならば。

 

「ですから、何かあるんですよ!それに、なにかこう、色々と雰囲気が怖い、というか。だから、イビルアイも止めときなさいって!!」

 

鬼気迫るそれには説得力が無いわけでは無い。けれど、蒼の薔薇は理解している。リリーが恐怖でシャットダウンしてしまっているが、男の声がどれだけ甘ったるいものであるのかを。

リリーにとっては意味がわからなさすぎて怖いのだが。傍目から見て、男の心はまさしく本当にしか感じられなかった。

 

(・・・・特別な理由などない。ならば、そのエ・ランテルでのことで惚れる要因があった?)

 

イビルアイは仮面の下でかっと目を見開き、女に飛びついた。

 

「・・・・好かれる要因が思い浮かばないんだな?」

「そうですよ。言ったでしょうが!」

「つまりは、そのエ・ランテルでの一件で好かれる理由があったということだ。」

「は?」

 

イビルアイはリリーの襟首を掴み、ぐわんぐわんと揺らす。

 

「どうやった!?どうやって親しくなったんだ!!??」

「ああああああああ!めんどくせえなあああああ!!??」

 

それが冒頭に繋がるわけだが。

ガガーランたちはどうしたものかと考える。恋はいつでもタイフーンと言ったのは、英雄譚に語られる者たちだが、このままでは作戦会議が終わるまで止まらないことは予想された。

 

リリーは全てを放棄したくなる心地で、イビルアイも詰問に頭を悩ませる。そんなこと、リリーが一番に知りたいのだが。

 

そこで、ふと。思い出す。

 

「・・・・そう言えば。」

「なんだ!?あるのか!?」

 

イビルアイの喜々としたそれに、人の気も知らねえでと殺意さえも覚えた。

 

「・・・・私が、髪を切られたときに、言ってたんですよ。そのものだったのにって。」

「そのもの?」

「つまりは、そのものである何かが前提としてあった、と。」

 

そのもの、つまりはリスという女を好くための前提があるということ。そこから連想ゲームのように繋がっていく。

 

面影を求める存在、蘇生、怪物と言える存在を追ってきた。

 

そこからたどり着くのは、ただ一つ。

 

「・・・・・つまりは、リスを好きになったのではなく、リスが好きな誰かに似ていたから、執着している、だけ?」

 

ガガーランのそれにイビルアイはぱああああと顔を輝かせる。

 

「ふっふっふ、つまりは、お前は本命ではないと言うことだな!?」

 

リスに顔を近づけてるんるんに言ってくるイビルアイに呆れていると、そこでティナが割り込んでくる。

 

「・・・・髪だけが似ている女でも良いからと思うほどに惚れた女がいると言うことでもある。」

「やっぱりだめじゃないかあああああああ!」

「ちょ、あんた、まじで止めろ!!??」

 

八つ当たりのようにリリーはがくんがくんと揺らされて叫んだ。それにリスがまけじと叫んだ。

 

「恋人じゃないかも知れないだろう!?妹とか、母親とか、そういう方向の可能性だってあるはずだ!」

「それは、そうか?」

 

イビルアイはそれにリスを揺する手を止めた。

 

「でも、妹とか母親の代替えにあんな声出さない。」

「ほらあああああああああ!?」

 

がくんがくんとイビルアイの動作が再開される。

 

「知らんがな!!なら、髪を伸ばしてみればいいのでは!?そうすれば近づけますよ!?」

「そうか、少しでも近づければ・・・・」

 

またイビルアイの手が止める。それにリスがほっとしていると。

 

「リスは黒髪、イビルアイは金髪。まったく違う。」

「ダメじゃないかああああああああ!?」

「知らんがなああああああああ!?」

 

ぐわんぐわんと自分を揺する手にリスは叫んだ。もう、どうにでもしろ、絶対モモンのやつぶっ飛ばしてやる。

心に固く誓ったリスは、ひとまず、イビルアイにモモンに売り込んでおくからと言い含めてその場は一旦収まることとなった。

リリーの中で、また、モモンの好感度は下がることになった。

 





Q アインズ様はリリーに僕とかを付けたりしてますか?
A 付けてはいるけど、会話とかが聞こえない距離にしてる。
 「・・・その、妙齢の女性の会話を盗み聞くなんて失礼だし。」
そのため、アインズ様は一生、リリーからの自分の評価に気づかない。

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