ちなみにモモンガはパンドラの設定に姉のことを組み込んでいます。
「・・・・あの、大丈夫ですか?」
「え、あ、うん?大丈夫、大丈夫・・・・」
クライムのそれにリリーは死んだ目で返した。それにブレイン・アングラウスがうろんな目を向ける。
三人は、現在、えっちらほっちら市街地を走っていた。
というのも、突然現れた炎の壁の向こう側、そちらにいた市民の安否確認、というか救出のためだ。
(あの炎の壁、見覚えあっけど。なんだったっけ?魔法だっけ?スキルだっけ?)
リリーはもっとちゃんと魔法の勉強をしておけばよかったと後悔する。PK、というか過疎り始めた折に、早々と人間としてプレイしていた彼女には無縁で、そこら辺は弟におんぶに抱っこのせいで仕方が無いのだ。
「おい、このまま進んでも良いのか?」
「いいよ。」
「にしても、魔法詠唱者と、前衛二人で行くなんてな。」
「これぐらいなら私でもなんとかできるからな。事実、今まで危険な目にはあってないだろ?」
といっても、リリーがこうやって安全に道を進めているのは結局弟がくれた道具のおかげなのだが。
(まあ、それも悪魔のレベル自体が低いくせえからだけどなあ。いや、召喚魔法で呼べるモンスターのレベルなんてたかが知れてるか。)
そこまで考えたとき、恐る恐るといった体のクライムが口を開いた。
「あの、本当にモモン様の方にいかなくてよかったんですか?」
それにリリーの口元が引きつった。
リリーの班分けは、なかなか難航した。というのも、ヤルダバオトに一矢報いた存在は、できれば慎重に采配をしたがるのは当然だろう。
「・・・・できれば、リスさんには私のサポートを。」
なんてモモンに言われたときの自分の気持ちを分かって欲しい。
泣きたかった、勘弁しろよ、これ以上お前の側にいたくねえんだよと泣きたかった。故に、だ。
リリーは徹底的に抵抗した。
「いやあ!お恥ずかしい話、戦闘経験はあまりないんですよ!なので、モモンさんの近くにいるのは!」
「それなら・・・・」
「ここは遊撃隊のように、ザコ狩りをさせていただければと思います!」
「ですが・・・・」
「いやあ!やっぱり、アダマンタイト級の方々のおじゃまをするのはだめなので!」
「お気に・・・」
「お、そ、れ、お、お、い、の、で!!!」
リリーは頑張ったと自分を褒めてやりたかった。
頑張った、頑張って抵抗し、なんとかクライムとブレインの守役に滑り込めたのだ。
(ありがとう!嫉妬まみれのイビルアイ!君のアシストのおかげでこっちにこれた!)
そのせいでイビルアイへのモモンからの好感度は決定的に下がっているが、んなことはリリーには気にすべき事ではない。というか、イビルアイの恋心が成就しないことを願っているのでその状態はどんとこいだ。
(・・・・これも一応出したし。)
そう思いつつちらりと持っている杖を見た。布でぐるぐる巻きにされたそれは、いままでリリーがしまい込んでいた物だ。
「いいんだ、こっちで。つーか、こっちでないといけなんだよ。」
「はあ?」
「クライム、こういうことに恋愛ごとを持ち込むと碌なことにならないぞ?」
「ブレイン、それ以上余計なこと言うと一発決めるぞ、ごら。」
それに ブレインはさすがにやぶ蛇だったのか口元を引きつらせた。
モモンという英雄が、どうもその不審者極まりない女にお熱なことは周知の事実だ。事実、モモンは暇さえあれば女の側に侍り、気を遣っている。
まさしく、恋い焦がれる相手への気遣いだ。皆が皆、リスへ羨望の視線を向ける。当たり前だ、男がどれだけの偉丈夫なのか。
モモンはそれを冒険者達にさえも示して見せた。
そんな男が、脇目も振らずに、一人の女に真摯に接しているのだ。若い人間は、英雄譚の一部を見ているかのような、ぼおっとした目で見つめているのを覚えている。
(あなたに勝利を、なんて言葉、実際に似合う人間がいるもんだな。)
その言葉を人前で贈られたリスは失神寸前であったことは誰も知ることがないのである。
(あー・・・・あれか。)
リスは、青ざめたブレインの顔に、倉庫の屋根に立つ少女、この場には余りにも不似合いなそれに全てを察した。
金の髪に、貴族のような華美な服装。それが屋根の上に立っているのだ。当たり前のように、人じゃないことは察せられる。
(下手に整った容姿してるやつが人じゃない場合のヤバい割合ってたけえのはなんでだろうか。)
現実逃避のようにそこまで考えたとき、ブレインが口を開く。
「俺が・・・」
「うん、クライムと行ってくれ。」
それにブレインが目を見開き、リスを見つめる。けれど、彼女はきょとんとした顔をした。
「私は、君よりも強いんだ。」
「だが。」
「その様子からしてなんかあるっぽいのがわかる。でもな、生き残った方が勝者だぞ。」
ブレインは、顔もわからない女がにっかりと仮面の下で笑っているのが見えた。
「私が死んだら仇を討ってくれよ、英雄殿。そんじゃ、クライムのこと頼んだね。」
そのままリスはふわりと浮き上がり、少女の元に向かった。
「やあ、ごきげんよう。」
リリーはできるだけ朗らかな声を出した。心臓がバクバクとなっていた。脳裏に浮ぶのは、ヤルダバオトと名乗ったそれのことだった。
(あれぐらいの強いのかな、だとすれば、うん。だめかも。)
それでもリリーはぼろ布を巻き付けて隠しているが、弟から貰った唯一の神器級アイテムを握りしめた。
それでもあくまで朗らかに挨拶したのは、相手の出方を知り、時間稼ぎをするためだった。
バカだなあと理解はしているのだ。わざわざ自分が矢面に立つ意味は無い。ただ、モモンというそれがヤルダバオトを叩くまでの時間は稼ぎたい。自分では、その悪魔を殺すことはできないためだ。
帝国に、兄にとって何が最優先すべき事なのか理解してのことだ。
唯一恐ろしいのが、ここまでのことを何一つ報告せずにそのまま来てしまっていることだが。
(それもこれも全部モモンが悪い。あいつが怖すぎてそこまで頭が回ってなかった。これから兄上に怒られてもあいつのせいだ。)
とんでもない責任転嫁を行いながら改めてリリーは目の前のそれを見つめた。それは気だるそうに自分を振り返った。
「・・・・・な、んの!?」
何故か、自分の方を見た、おそらく美少女はリリーに向き合った瞬間に息をのんだ。それにリリーは顔をしかめた。
「ええっと、お嬢さん。こんな時の、こんな場所に何をしてるのかと思ってさ。」
「あ、え、なんで・・・・・」
何故か動揺しているらしいそれはわなわなを震えて、自分を見つめている。それの様子の異常さにリリーもまた動揺、というか、はてなが頭の上に浮ぶ。
それは何故か、胸に手を当て、リリーを凝視している。
「あの・・お嬢、さん?」
「あああああああ!違う!違う!違う!」
「え、あ、へ?」
それは何故か頭をぶんぶんと振り、そうして、きっとリリーを睨んだ。
「絶対違うから!」
「は、はあ?」
「覚えてなさい!!」
「え、何を・・・」
そこまで言うと、何故かその少女は信じられないような身体能力でそのままリリーに背を向けて去って行ってしまう。
それをリリーは茫然と見送った。
リリーは頭の上にはてなを浮かべ続けていた。
現在、なんとか小さな倉庫に押し込められている市民を見つけることもできた。けれど、頭の上にはてなしか浮ばなかった。
なんだったんだ、あれは?
何も理由がわからない。遭った覚えもないし、何を覚えておけば良いのかわからない。
それに頭をひねろうとも、何も出てこないのだ。
そこまで考えて、段々と、倉庫に閉じ込められていた人間達の声が大きくなっていく。クライムがそれをなんとかなだめようとするが、それもできない。
さすがにリリーもそろそろ正解の出ないそれらを置いておくことにした。そうして、持っていた杖を使うことにした。
そうすれば、倉庫の中に、花が咲き誇った。
「は?」
ブレインが驚いたことを上げる。そんな中、倉庫の中に咲く百合の花からはまるで強ばった体から力が抜けていくような、そんな甘くて優しい匂いがした。
「・・・・花の中で百合が一番好きなんだよ。」
「は?」
今まで興奮気味だった人々は嘘のように静まりかえっている。
「いや、エフェクトの花、ランダム仕様だったけどわざわざ百合に変えられるように課金したんだよな。」
「か、きん?」
意味のわからないそれを言うリスをクライムは見つめる。今、さやさやと揺れる多くの百合の花に声を上げても可笑しくないのに、妙に心は凪ぎ、いっそのこと安心さえしている自分がいる。
リリーはかつんと、音を立てて、その杖で床を叩いた。
「さて、現状がどんなものか。悪魔に連れてこられたと思って良いかな?」
それに皆がこくりとうなずき、どこか酩酊するような、そんなぼんやりとした心地よさそうな目でリリーを見つめる。
リリーが使ったのは、その神器級アイテムの力だ。落ち着いたことを理解して、リリーは穏やかな声で語りかける。
「今、私たちがいるのは悪魔のうろつく地獄の内だ。ここで騒げば、悪魔たちが集まってくる可能性がある。むごったらしく死にたくはないはずだ。」
それにその場にいた人間達はこくりと、また頷いた。
「まあ、この中には悪魔はいねえくさいけどな。」
「え、わかるんですか?」
「まあ、な。」
リリーはちらりと自分がしている指輪の一つを見つめた。
(ウルベルトさんに貰った指輪、悪魔の種族限定で探知可能というマニアックすぎるコレを使うことになるとは思わなかったが。)
「つーことで、一旦は皆で避難することになるからね。」
「あ、あの!」
「ああ、なんだい?」
「子どもと別れてしまっているんです!だから、探しに行かせてください!」
「それについては他にある倉庫の方も覗いてみるからそこに希望を持って欲しい。少なくとも、そこで何もなくても避難はして貰う。生き残れば、少なくとも可能性が生まれるんだ。親のいない子どもなんて生み出したくはないだろう?」
朗々とした声は、そのどこか酩酊したような状態の人間には絶対的な信頼を持たせることができた。
それにようやく腰が重かった人間達が動き始める。
「おーい、お二人さん。」
「あ、ああ、なあ、この花は?」
「ああ、まあ、魔法で咲かせたんだよ。精神を落ち着かせる効果があるんだ。お前達は戦うしかないから外で意識をはっきりさせた方が・・・・」
そこまで行ったとき、リリーはあーあと気だるそうに息を吐いた、
「何か来てる。」
「悪魔か?」
「たぶん強いけど。私が行くから、二人はここで護衛を頼めるか?」
「え!?大丈夫なんですか?」
「いや、多分、これからやるのは下手すれば巻き込みそうだから。」
ふらふらと倉庫の外に出ていくそれをクライムとブレインは見送る。
「ご武運を!」
思わずそう言ったそれにリリーはひらりと手を振って答えた。
「・・・植物系ってさ、基本的に状態異常とかが多いんだよな。あと、工作系というか、植物育てるときにボーナスあったり。」
リリーは近づいてくる悪魔を見つめてぼそぼそと話す。
そうして、ちらりと己の手の中の杖を見つめた。
それは、念のためにと隠してはいるものの、本来ならば美しい水晶でできた百合をかたどった杖だ。
(・・・誕生日にゲームのアイテム贈るのはお姉ちゃんどうかと思うぞ。)
現実の方でもプレゼントはくれたものの、明らかにゲームの中のこれのほうが本命であることはなんとなく理解できた。
今でも思い出す、ものすごいうきうきで渡してきたことを。
いや、神器級を作るのがどれだけ大変なのはわかるけれど。
(いや、わかる。あんなに誘っても、こういう系のゲームしなかった身内の私と遊べるのが嬉しくてはしゃいだし、楽しんで欲しくて強い武器くれたのも。わざわざ私の好きな百合のモチーフでデザインしてくれたのも。)
分かりはするけれど、好きな女の子には絶対にして欲しくないムーブである。
(傷つくのがわかって結局何も言えなかったけれど。)
そこまで考えてリリーは改めて目の前のそれを見た。
「・・・・むかーしさ。流行ったんだよ。植物系で、状態異常はもちろんなんだけど。ドレイン系で、寄生してくるタイプの奴を使うの。まあ、結局耐性とか、ダメージが微々たる物だとか色々あって廃れたんだけど。」
甘い、花の匂いがした。
「ザコ狩りには、丁度良いんだよなあ。」
百合の、花がゆらりと揺れた。
勝利の雄叫びが聞こえる。
それに、リリーはどうやら諸諸のことが終わったことを理解した。王都の人間も避難させて、自分の仕事は終わった。
「・・・よし!」
逃げるか!
リリーはひどく清々しい気持ちで頷いた。