バハルス帝国の贄姫   作:藤猫

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感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

ワーカーの辺りはカットっす。


これ、番外編でウルベルトさんの昔なじみイン聖王国とか考えてたけど、これもこじれそうだなあと考えてました。

お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


歓待

 

「皇帝がナザリック地下大墳墓を騒がせたので、アインズ様は怒っています!」

 

そんなことを、幼いダークエルフの子どもに言われて、ジルクニフは歓待するための笑みの下で、己と同じ紫の瞳をした女の行方を理解した。

 

 

己の妹である、リリー・ソルー・ファーロード・エル=ニクスの行方について、王国に手を回そうと考えていた時、突然城が揺れた。

それについて、城の状況を把握しようとしたとき、慌てたアルシェが部屋に飛び込んできた。

 

「陛下!ドラゴンに乗った、子どものダークエルフが!」

 

それがどこからの手か、ジルクニフは少しだけ予想していた。

 

 

ドラゴンの飛来によって生じた怪我人は数十名に及ぶ。ドラゴンに対抗しようとした騎士達は、その羽ばたきによって壁や地面に叩きつけらたものなど、負傷者が多数出た。

幸いなことなのは、死亡者が出なかったことだろう。

城に出来たひび割れも、魔法で全て消して、そのダークエルフの子どもは叫んだ。

 

「はーい!私たちはこの国の皇帝に用があってきました!皇帝がアインズ様に謝罪しなければ、この城、ええっと、この国も破壊します!」

 

高らかに告げたそれは明らかに、はったりには見えなかった。

 

城に招いた子どもは平然としており、特別な動揺などは見えない。ジルクニフは、今まで、散々に鍛え上げられた感覚で子どもについて探る。

 

外交官に子どもを寄越す意味、ドラゴンに乗ってやってきた意味、そうして、何よりも考えられるのは。

 

(あれが、どうなっているのか。わかる、ということか。)

 

ジルクニフは急いで人を集める。帝国四騎士の一人”雷光“バジウッド・ペシュメル。ジルクニフが最も信頼する、帝国最大の大魔法詠唱者フールーダ・パラダイン。あとは、ジルクニフが優秀と認めている秘書官三人だ。

 

先に客人であるダークエルフの子どもたちのいる部屋に入る。

 

「やあ、すまないね。待たせてしまった。」

「おそーい、逃げたかと思ったよ。」

「いや、客人を出迎え・・・・・」

「な。」

 

突然後ろから聞こえてきた声にジルクニフは目を見開く。

 

「なんとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 

どこにそんな胆力があった、そう言いたくなるような絶叫が響き渡る。それと同時に、フールーダが飛び出すように集団から抜けだし、そうしてダークエルフのうち、スカートをはいた方に近づき、跪く。

 

「なんという!!??なんということだ!??リリーよりなおも、強い、ああ!!神よ!!」

 

ダークエルフの二人は、なんだこいつという顔をして、フールーダを見つめている。それにジルクニフは咄嗟の判断を下す。

 

「バジウッド!!」

 

伊達に長い付き合いであるバジウッドはそれに反応した。そうして、剣の他に腰に目立たないが付けられたそれを振りかざす。

それは、見るものが見ればわかっただろう。

それは、どこに出しても恥ずかしくない、ハリセンであった。

 

兄上、これいる?

なんだ、これは?

ハリセン。

は、り?マジックアイテムか?

そうそう、弱い奴は必ず気絶させられるって奴。

お前、とんでもないだろ、これは。

・・・・そうね。まあね。警護するときは、殺すよりも気絶させた方がいいときもあるから。

 

ちなみに、そのハリセンは各ワールドにある遊技場のショーに出てくる道化師などにおひねりを与え、かつ常連になるという隠しイベントで手に入るある意味でレアアイテムだ。

遊技場のショーといっても内容自体は、まあ、所詮はAIのすることだ。賑やかしで、おまけに安いが料金がかかる。

そんな道化師にわざわざおひねりを与え、おまけに常連になるほど通い詰める存在などいないだろう。

 

それをしたリリーがいるのだから、世の中わからないのだが。

そのハリセンは、レベル五十以下の存在に使うと、確実に気絶させられるというものだった。

 

すっぱあーん、と小気味のいい音が出た後、フールーダはばたりと気絶する。

バジウッドがそれに急いでフールーダを回収し、肩に担ぎ上げる。ジルクニフは内心で冷や汗を垂らしながら、ダークエルフの子どもたちに近づく。

 

「・・・・すまない、なんだ、あれは忘れて欲しい。」

 

二人は困惑した顔をしたが、優先すべき事があるだろうとジルクニフに向き直る。

 

「さあ、使者殿。わざわざ遠方より来られたのだ。まずは喉を潤してはいかがかな?それと軽い食べ物を用意させているのだが、もしよかったら召し上がっていただきたい。」

 

ジルクニフはメイド達を呼ぶと同時に、頭をフル回転させていた。

 

爺の奇行の意味はなんなのか。

そんなものは簡単だ。

目の前の、ダークエルフが魔法を行使でき、そうして。

 

(リリーよりも、高い能力を持った魔法詠唱者であるということ!!!)

 

散々に、自分の振る舞いをコントロールできるほどのものであったがどれだけ僥倖であるのか。

その子どもが、ダークエルフといえど、リリーよりも高い能力を持っていると言うこと。

 

(だからこそ使者を任せた?牽制のため?それとも、魔法の能力について度外視で、他に理由がある?いいや、それとも、こんな存在がごろごろいる?)

 

それに寒気を覚えつつ、それでもなお、故に、妹が敗れてしまったことに納得もあった。

用意された飲み物の会話の上で、その二人が姉妹であることに予想を付けた。

 

ジルクニフは互いに名乗り会った後、改めて口を開いた。

 

「先ほど、フィオーラ殿は『ナザリック地下大墳墓を騒がせたことを謝罪しに来なければ、この国を滅ぼす』ということだったが、謝罪というと私がナザリック地下大墳墓まで伺うということだろうか。」

「当たり前じゃん。」

 

その目は、とても冷たい。

ジルクニフは考える。

 

騒がせた、というのならばおそらく妹のことだろう。

あれが何かしら騒ぎを起すとは考えられないが、あちらに捕らえられそうになるなどして戦闘に入った、というのが正しいだろう。

けれど、それについて自分は認めるべきなのか。

この国に、その責任があると告げるべきなのか。

 

けれど、そんなことを考えながら、ジルクニフはすうっと何か、頭の一部が冷えていくのも感じた。

 

どうやら自分は、己が同胞の生き残りを失ったようだ、と。

 

あれはおそらく、死んだだろう。負けると判断すれば、自害を選択することぐらい理解している。何せ、下手に生き残って情報を抜かれるぐらいならそれを選択する女だ。

蘇生も出来ないように、自爆技でもして。

 

そんなことを頭の隅で考えて、けれど、結局それはこの国のために考える。

 

あまりにも統一性のない集団だ。竜を使役するものなどいるのか?

そんな疑問に、やはり浮んでくるのは一人の女のことだ。

自分にはまったく似ていない、地味な顔立ちのそれは、たった一つだけの共通点の紫の瞳で自分を見ていた。

 

兄上、いいかい。この世には案外出来ないことと言うのは存在しないんだよ。

なんだ、昔の英雄たちの話をおとぎ話と言ったから、そんなことを言うのか?

そうさ。別段、竜を操ることも、国一つを指一本で壊すことも、出来ないわけじゃない。それに到達する存在が出てこないだけでな。

ほう、なら、お前も竜を使役できるのか?

・・・・・できなくは、ない。ただ、竜を一度屈服させるぐらいはしないといけないからなあ。ワイバーンなら、二、三体ぐらいなんとかなるけど。欲しいか?

・・・・養える気がせんな。

 

いつかの戯言を思い出して、苦笑する。

 

(いいや、アレに勝てるというならば、それもありえるか。)

 

ジルクニフはマーレたちに幾つか質問し、そうして口を開く。

 

「もちろん、謝罪には行くとも。」

 

そこで、ジルクニフは考える。

それを国のせいにするのか、リリー一人に被せるのか。

死んだ人間に全てを押しつければいい。そうである。

 

「・・・・・そちらを騒がせたのは、おそらく、私の妹であろう。あれは好奇心が強く、魔法詠唱者だ。未知なる場所に入り込んでしまったのだろう。下のしたことは、上が責任を取らなくてはな。」

 

脳裏で、妹が呆れた顔をしている。

自分にそっくりの、冷たい紫の瞳で自分を見つめている気がした。

けれど、ジルクニフは、そう選択した。

 

(・・・・こちらに来たと言うことは、あれの素性はすでにばれているのだ。ならば、素直に認めた方がいいだろう。)

 

それが皇帝として正しい決断だと、ジルクニフは判断した。

 

「ふーん、了解。それじゃ、一緒に行こうか。」

 

アウラのそれに、ジルクニフは断りを入れて五日の猶予を貰った。そうして、彼らが立ち去る前にジルクニフは口を開く。

 

「・・・・ところで、妹の件なのだが。」

 

その言葉にアウラは不機嫌そうに振り返る。その顔に、ジルクニフは内心であれは相当暴れたのかと笑いたくなる。

 

「あれは今、どうなっている?」

 

それは死体について問いかけたつもりだった。その言葉にアウラははんと息を吐いた。

 

「来ればわかるんじゃない?」

 

その言葉は、明確な拒絶であることを理解し、ジルクニフは二度と、死体にさえも、たった一人の同胞に再会出来ないことを静かに理解した。

 

 

 

 

馬車の中で、ジルクニフは隣でそわそわとするフールーダに呆れつつ、それも仕方がないことだと理解した。

何せ、だ。

 

(あのダークエルフの子どもが、リリー以上の魔法詠唱者であることは確かだ。)

 

フールーダの言葉を借りるのならば、その子どもはあり得ないとされる第十位階魔法まで使えるというのだ。

あり得ないと、ジルクニフは考えるが、すぐにその考えで自分自身に失笑した。

フールーダがそういうのだ。

そうして、もう一人、やはり脳裏に浮ぶのは自分と血を分けた同胞である女が、そんな奇跡が存在するとジルクニフにずっと証明し続けたものだから。 

 

「・・・爺、落ち着け。そんなに慌てても、相手は逃げん。」

「ああ、ジル!何を言うのか!興奮せずには居られないんですぞ!?」

 

すぐにでもナザリックに飛び出していきそうなフールーダを引き留めるのも苦労した。

 

相手がこちらに対して友好的かはわからないが、自分よりも格下の存在であるよりも、帝国の魔法詠唱者として会いに行った方がまだ話を聞いてくれるんじゃないのか?

 

そんな言葉と共に説き伏せて、なんとか今回のことに同行させた。

 

ジルクニフは、それに、もしやフールーダを失うのかも知れないと考え、けれど、それと同時に第十位階魔法が行使できる存在を前にフールーダの価値がどれほどかと考える。

 

幼い頃から世話になった老人が、あっさりと帝国を捨て去る可能性について嘆きがないわけではない。

身内の返り血を散々に浴び続けた果てに、半ば壊れた心が鈍く痛む気がした。けれど、散々にリリーによって見せつけられ続けてきた老人の狂気を思い出すと、むべなるかなという質感が存在してしまっている。

 

その辺りのかみ合わせのようなものは、五日間の内に済ませてきた。

おかげで、昼寝さえも出来るほどの余裕がある。

 

「・・・・まあ、私がどれだけ仕事をしても、我が妹はそんな苦労など知らずにふらついていたがな。」

 

その言葉に、さすがのフールーダでさえも黙り込む。

 

それは、ある意味で、ジルクニフにとってジョーカーだった。

 

当時、ジルクニフが皇帝になってすぐ、貴族達の粛正を行えたのは、もちろん散々な根回しもあるが、未だ幼かった妹が第四位階魔法にまで到達できていたのも大きな部分ではある。

当時から、その子どもがジルクニフの忠犬であることは理解されていた。

それは、お世辞にも政治的なセンスは皆無で、皇女としては落第といっていい。

社交は、優秀ではあれど妙な女にしか好かれない。餌にはなってはいるのだろうが。

女として武器になるような美貌もない。

けれど、それはそれでいいのだ。

それがいるだけで、全ての戦況がひっくり返る。何も望まず、何も願わず、あの日自分を拾い上げた兄に恩義を返し続けることを証明する女。

それでいい、それでよかった。

 

ジルクニフは手の中で、薄い紫色の布袋を弄ぶ。

妹の助言通り、身につけたそれは、自分が持っておくべきだったのかと少しだけ考えて愚かだと切り捨てた。

 

一応、立場として与えた領地に関しても、信頼できる代官を置き、堅実に運営を行っている。

 

(いいや、ただ、孤児院の運営には熱心ではあるか。)

 

妹は、己の姪や甥に対しても優しく振る舞っていた。といっても誰かを贔屓することもなく、ある程度は平等ではあったけれど。

ジルクニフは、子どもに愛情は感じていない。そんなものは、きっと、遠い昔は感じていたのだけれど、今はもう全てが遠い。

 

血を分けれはすれど、それらはジルクニフの同胞ではないのだ。

ジルクニフにとっての同胞は、同じ血を分け、そうして、同じ返り血を浴びたそれだけだった。

 

そこまで考えて軽く頭を振った。

もう、いない人間のことを考えてもせんのないこと、であるのだと。

 

 

 

来ればわかるんじゃない?

 

アウラの言葉が頭の中に反響する。それに、ジルクニフはデスナイトの存在で、理解できた。

それを作ったということ、そうして、わざわざ自分たちにそれを見せたということ。

 

あれの死体は、この中にあるのだろう、と。

 

それを理解した時、ジルクニフは自分が少しだけ壊れていたことに感謝しても良かったことだろう。

壊れていたが故に、それは、確かにその時の怒りを静めて、平面上は取り繕えた。

 

そうして、自分が一個人のためにここまで怒れたことに驚きもした。

 

愛などなかった。

自分たちは只、産まれた責を果すことを決めた子どもと、生きる目的がない故にそれに付いてきた迷子の二人でしかなかった。

愛などなかった。

好き、という感情ではなかった。

 

ただ、一つだけ言えるのならば。

 

民の血を乳として育てられたことの責のために、血を分けた誰かの血の暖かさを互いだけが知っていた。

墜ちる場所が同じであるのなら、きっと、それこそが自分たちの繋がりだった。

 

けれど、女は自分と違った。

女は、壊れていた。産まれた頃から変わっていたけれど、魔法詠唱者としての高みに立つようになってからより、壊れていた。

それは、ただの一度も、死ぬことを怖がることはなかった。殺気も、憎悪も、とても遠い物のように、怯えることもなく立っていた。

 

けれど、それは、それでも誰かを愛するという心を捨て去ってはいなかった。

妹は、子どもが好きで、甥や姪を自分よりもずっと可愛がり、愛していた。

だからこそ、ジルクニフはその女に結婚することを命じた。妹の才能を引き継ぐ子どもが欲しかったのは嘘ではない。

けれど、それ以上に、壊れてしまった家族であっても、その女には真っ当な家庭というものを与えてやりたかった。

 

妹が、きらびやかな宝石でも、圧倒的な権力でも、美しい異性でもなくて。

それが価値を置いているのが、もっと素朴で、そうして手に入れるのが難しいものを求めていることは知っていた。

 

ジルクニフでは、なってやれないものだった。

だから、違う形で叶えてやろうと思っていた。なにせ、それは生涯をかけてといっていいほどの年月で自分にずっと忠義を尽くし続けてきたのだから。

 

(笑え、妹よ。それでもなお、私はその復讐さえしてやれんかもしれん。)

 

ナザリック地下大墳墓は、墳墓とは名ばかりの神々の居城だった。

その主たるアインズ・ウール・ゴウンという人物に対してのイメージが強大になりすぎている。

 

ジルクニフは静かに笑みを浮かべる。

こんな存在で、自分が叶うものなどない。この会談で、少しは相手の狙いがわかれば、振る舞い方というものもわかるのだが。

 

(ここまでして、謝罪だけで終わることはあり得ないだろう。)

 

周りを見つめて、ジルクニフは考える。

自分たちに組み伏せる?

無理だろう。ここまでのものを持った存在が望むようなものを自分が持っている財の中には存在しないのだから。

 

そんな考えを持っていた自分をジルクニフは内心で嗤う。

 

デスナイトの存在が、頭に浮ぶ。

アンデッドの素体として使われた妹が、この中にいるのだろうか。

 

(墓にさえ、弔ってやれんとは。皇族としての名折れか。)

 

 

 

骸骨の頭部を晒した化け物を見た時、ジルクニフは妹の死に納得してしまった。

人間ではなく化け物であるが故に、桁外れの超越者であると納得した。

神に勝てる人間などいないのだろう、と。

 

 

アインズ・ウール・ゴウンという存在の行動を見れば見るほど、ジルクニフには幾つかの感情を吹き荒れる。

それが、ただ、力を振うだけの厄災ではないことを理解して。

周りに居る、幾人もの怪物たちの心さえも掴んでいるという事実に恐怖する。

 

「謝罪の必要はない。ゴウン殿。主人の意を勘違いし、部下が暴走することはよくあることだ。かくいう私も、己の血族とさえもすりあわせが出来ていなかった。」

 

ジルクニフの言葉に、近衛の一人が慌てて小さな宝箱を持ち出す。それを開ければ、普通ならば感嘆するような財宝が入っていた。

けれど、ジルクニフは失笑する。ここまでのものを見せられて、こんなものに価値などないだろうと理解してのことだった。

 

「これは、妹がこちらにずかずかと入り込んだ詫びだ。もちろん、これらが全てではない。さすがに、こちらに全てを運ぶわけにはいかなくてね。馬車の方に置いてあるから、後で運び出させてくれ。」

「そうか、それはありがたくいただこう。」

 

アインズはそううなずき、そうして、静かに告げる。

 

「さて、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。」

「ああ、ゴウン殿。ジルクニフで結構だ。長い名前だからね。」

「そうかね?そうか、そうだな。それならば、ジルクニフ殿とさせていただこう。まず、部下のことは謝罪させてくれ。私の部下が礼儀知らずな行為を貴殿、そうしてその配下の諸君に行ったことで、今回の件は帳消しとなった。ならばもう話は終わりだな。わざわざ来て貰ったが、それでは帰ってくれて結構。」

 

何を言われたのか、わからなかった。

 

「こちらも、少々、忙しくなるのでね。」

 

アインズはおどけるように肩をすくめる。

それにジルクニフの中で、一つの最悪な可能性が浮ぶ上がる。

 

フールーダにねだられて、デスナイトについて受入れたとき、妹が言っていた。

それさえも制御し、操れる妹に驚嘆しながら聞いたこと。

 

まあねえ、別にあれだって作れるんだよ。死体を媒介にしたり、すれば。優れた死霊系の魔法が使えるんならね。

 

そんなことを聞いていたから、そのデスナイトの中に妹が居る可能性について考えた。

 

だからこそ、目の前のそれの言葉に嫌な予感を覚えた。

 

「忙しく、なるとは?」

「いや、前々からわかっていたのだよ。この世は常に移り変わる。故に、あるがままを永遠に過ごせるわけではないと。ただ、今回の可愛い客人のおかげで、物事というのは向こうからやってくることもあると知った。ならば、面倒ごとを叩き潰しておこうと思ってな。」

「それは、どういう・・・」

「まず、我々に害をなす者たちに、こちらの力を見せつけよう。その後に、身の程知らずな者たちにもな。そうだな、それがいなくなれば赦してやれることも多くなるだろう。」

 

狂人の戯言、そう言えればよかったのに。

そうでないことを、ジルクニフは知っている。

強い魔法詠唱者がどれほどのことをなしえるのか、嫌と言うほど知っている。

その、目の前に居る存在は、それが出来る存在なのだ。

 

今、眠っていた怪物が眼を覚ましてしまったのだ。

 

ジルクニフは考える。目の前の存在の力を知れば知るほど、跪くべきなのではという考えも浮ぶ。

けれど、それをするには、妹の行方が頭を擡げる。

下手をすれば、帝民がそうなるというのならば。そんなことを赦して良いはずがないのだ。

 

覚悟を決めて、ジルクニフは口を開いた。

 

「どうだろう、同盟を組もうじゃないか。」

「・・・・同盟、ねえ。」

 

ジルクニフの言葉に、聞き慣れたダークエルフの子どもが呟いた。それと同時に、ぱしんという言葉が響く。それにダークエルフの少女の顔が歪む。

 

「・・・・アウラ、あんた。」

「――騒々しい、静かにせよ。」

 

魔王にふさわしい威風堂々たる態度でアインズは手を振う。それにジルクニフの警戒心が限界を突破する。

二人の少女が愚かさを悔いている。

 

「・・・・この地に貴殿の国を作り、王となって支配する。とても素晴らしいことだと思うし、ゴウン殿に相応しい地位だと思うんだ。そして私たち帝国は貴殿を最大限バックアップして、建国の手伝いをしたいと思う。どうだろう?」

 

その怪物は肉も皮もない顔は一切動かない。ただ、その瞳に宿る赤い光はより明るさを増したような気がした。

 

「・・・・ジルクニフ殿。貴殿にメリットがあるようには思われないのだが?」

「貴殿らの支配する国と私の帝国との間で友好的な同盟を結びたいんだ。将来を見越してね。」

「なるほど、それではよろしく頼む。」

 

あっさりと承諾され、ジルクニフは呆気にとられる。肩すかしを食らったような気分だ。

何故、従属を要求しないのか。

それを取れる立場であるのならば選ばないことがあるのだろうか?

 

(それとも、何か、別の狙いが?)

 

そこまで考えたときだ。アインズはなにか、急にあーと、言葉を発した。

 

「それで、だ。ジルクニフ殿。同盟、ということで、なのだがな。」

「ああ、何か?」

 

アインズは何か、とても歯切れが悪そうに、落ち着かなさそうに、王座の肘掛けを指先で忙しなく叩く。

その仕草にジルクニフは今までとは打って変わって、何か、余裕のないそれに何がそこまで言いにくいのかと疑問に思う。

 

「・・・・・今回の、話の発端であった貴殿の妹君の、件なのだが。」

 

それにジルクニフはうかつにも動揺を顔に走らせてしまった。

 

「・・・・あれは。」

「生きているのですか!?」

 

そこで絶叫染みた声が辺りに響き渡る。それに皆の視線が向かう。ジルクニフは舌打ちさえしたい気分で声の元凶である少女をにらみ付けた。

 

「・・・・アルシェ、状況をわきまえよ。」

「っ、申し訳、ございません。」

 

黙り込んだアルシェから目をそらし、そうして、ジルクニフはアインズに向き直る。

 

「すまない、勝手な発言をしてしまった。」

「それは?」

「これは、妹の側近をしているものだ。今回、妹の安否の件で連れてきたが。それで、妹は?」

「ああ、それで、だな。あー、その、だな。彼女が、こちらを訪ねてきて。まあ、その、親しくなってな。話をすればするほど、素晴らしい、女性で、あると思えてきてな。」

 

素晴らしい?

あのじゃじゃ馬を、素晴らしい女性って言ったのか?

 

その時、少なくとも、アルシェやレイナース以外の人間はそう思った。

 

「話すととても心が安らいで。そうして、優しい人であるし、賢しいところもある。何よりも、笑った顔が、とても、その魅力的でな。」

 

ジルクニフは頭がフリーズしそうだった。それこそ、今までの皇帝としてやってきた精神力で必死にそれに耐えていた。

 

けれど、やはり、頭の中ではてなは浮ぶ。

 

優しい?あのじゃじゃ馬が?

心安らぐ?あのどこで知ったと聞きたくなるほど口が悪い女に?

笑った顔?あの、嘲笑が張り付いた醒めた女が?

 

アルシェとレイナースだけが非常にうんうんと同意していたが、そんなことはジルクニフには関係ない。

けれど、次にアインズから放たれた言葉に全ての思考が吹っ飛んだ。

 

「帝国と同盟を結ぶ、というのならば、その証に、妹君を我が花嫁として迎え入れたい。」

 

それにジルクニフは驚きよりもなお、何か、肩の力が抜ける気がした。

 

だって、そうだ。

 

(そうか、あれは、まだ。)

生きて、いるのだ。

 

 

ジルクニフは思考をすっと戻しながら、口を開く。

驚きと、安堵と、そうして、恐怖を。

 

驚きは、己の妹がそこまで怪物に好かれている可能性に。安堵は、妹がまだ生きている可能性に。

恐怖は、妹が、ジルクニフの知ったままの姿を保っていない可能性に。

 

「・・・・・ゴウン殿。その話は大変光栄だ。このような華やかな居城に妹が住むとは光栄の極みだ。」

「そうだろう。」

 

機嫌のよさそうにアインズにジルクニフはごくりと喉を鳴らした。

 

「ただ、そうであるのならば妹を一旦は連れて帰らせて貰いたい。」

「何故?」

「帝国の皇女が嫁ぐのだ。ならば、それ相応の準備や、花嫁道具のような物を用意すべきだろう。私も、たった一人の妹だ。胸を張って送り出してやりたい。それに、お恥ずかしい話、私もあの子を甘やかしてしまっていてね。妻としての教育のようなものもしていないんだ。」

 

ジルクニフとしては、どうにかして妹を連れて帰り、そうしてこの場の情報を得たい。何よりも、生きているというのならば無事な姿を確認しなくては収まりが付かない。

 

その言葉に、アインズは心底不思議そうに首を傾げる。

 

「あの人の衣食住は全てこちらで用意するが?それぐらいは、まあ、夫として当然で、あるし。帝国に負担をかける必要はない。それに、あの人にはなんの責も負わせる気はない。あの人は、自由に、好きに生活してくれればけっこうだ。」

(こいつ!妹に女主人としての地位を与える気はなく、一生飼い殺しにするだと!?)

 

真意はともかく、ジルクニフにはそう聞こえた。

どう説得するか、考えていた時だ。

 

ジルクニフが入ってきた扉が、開く音がした。

 

ジルクニフはそれに思わず振り返る。振り返った、その先、遠目でもわかった。

 

白い、金と銀の糸で刺繍のされたローブを纏う、黒い髪の女。

それが、確かな足取りで、こちらに近づいてきているのがわかった。その後ろには、赤毛のメイドと、そうして、見たことのない服を着た異形を連れていた。

その異形は、多くの勲章を胸に抱いた、顔はまるで子どもが描いた落書きのように口と眼の部分が黒くぽっかりと空いている。

 

誰もが驚いているのか、それとも予定されていたのか、茫然と女が歩いていることを止めない。

 

あっという間に女はジルクニフの隣にたどり着いた。ジルクニフはその顔を凝視した。

目には濃い隈を作り、顔色は青白い。

けれど、それは、ジルクニフと共に地獄を歩き続けたたった一人の同胞に他ならなかった。

 

「・・・・・何故、ここにいる?」

 

ジルクニフはアインズから漂ってくる、濃厚な、怒りに背筋を凍らせた。けれど、妹だけは平然と答える。

 

「兄が迎えに来たんだ。来るのも当たり前だろう。」

 

そう言って、妹は変わることの無い、醒めた目でアインズをにらみ付けた。

 





女が、泣いている。涙なんて流していない、けれど、泣いていることがわかる。
いつも、気丈で、けれど優しくて、倒れた人間にためらいなく手を伸ばす。それを振り払われても気にしない強さと優しさのある、己の母。

その腹から生まれたわけでもない、それに生み出されたわけでもない。

けれど、それは自分の母で、これ以上ないほどに愛しい人だった。

そう、定められたから。そうだ、そうである。それと同時に女は、定められたい上に自分のことを愛してくれた。
裸はきっと寒いだろう、この世界は寒々しいから、それから守ってくれるものを君にあげよう。
かっこいい己に、かっこいいものを羽織らせてくれた。
そうやって、紡がれたそれが自分を包んでくれる。それだけで、母の愛を自覚できた。

そんな、女が、泣いている。すり減らして、女らしい強さや優しさが殺されてしまっている。
その気丈な女は、涙なんてそうそう流せないけれど。それでも、泣いているのだ。

それが、己の創造主の意思であるらしい。ならば、それに従うべきだろう。
べき、なのだが。

その異形は、女の背中に手を当てた。女の、紫の瞳が自分を見つめる。

「母上、お耳に入れたいことがあります。」

覚えている、覚えている。己の創造主が自分にそうあれとしたときに、自分に伝えられたそれ。
その女に幸せであれと願う本能。

それは創造主の幸せを願っている。そうして、それと同時に、母もまた幸せであることを願っているのだ。
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