バハルス帝国の贄姫   作:藤猫

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感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。

切れる姉と怯える弟。めっちゃ長いっす。

お題箱作ってみました、何かあれば
https://odaibako.net/u/fujineko56


姉弟喧嘩

 

 

「パンドラズ・アクター!!」

 

弟の怒号が響き渡ると同時に、王座に集まった全ての僕、いいや、人間達もまた怯えている。帝国の人間は腰が抜けたのか座り込む者さえいた。

リリーだけが唯一、平気そうな顔で、彼女の武器である百合の花があしらわれた杖を持って腕を組んでいた。

リリーはジルクニフの方に視線を向けた。ジルクニフの顔は驚愕に染まっていた。

 

無事か?

 

口だけの形でそれを理解して、リリーはにやりと笑い、親指を立てて見せた。それに兄は安堵の表情を浮かべる。

 

「貴様には護衛を任せた!だが、このようなことを命じた覚えはない!何故、客人達の前にお前が出てきた!?確かに安全のために裁量権は与えた!だが、こんなことをしろと命じたはずはない!愚か者めが!!」

 

その怒声に、僕達が怯える。今、同胞が絶対的な神から見放されそうになっているその事実で、彼らはどうしようもなく震え、恐れてしまっている。

それにパンドラズ・アクターは揺るがない。

なにせ、彼のその行動には何よりも、目の前の創造主がそうあれとした軸があるからだ。

 

「アインズ様は、母上の願いをできるだけ叶えろといわれました。ですので、兄君が来られるこの場にお連れしたのです。」

「私がいつここから出て行くことを了承した!?」

 

 

その言葉に、パンドラズ・アクターは片方の手を腰に回し、そうして、もう片方の手で帽子を深くかぶりなおした。

 

「・・・・私は常に、アインズ様の幸福と、母上の幸福を願っております。」

 

それを聞いていたリリーの服をジルクニフが掴んだ。

 

(おい!愚妹!母上とはなんだ!?まさか、本当に産んだのか!?)

(誰が産むか!?十月十日という言葉をしらんのか!?)

(私も腐っても父親だ!子どもがどれぐらいで産まれるかなんて知っている!だが、どう見ても、その、人間ではないだろう!?何か、お前の身に!)

(安心しろ!こちとら未だ乙女の身だ!あれは、なんというか、領域外の息子というか。)

(説明をしろ!その辺りを、だ!!)

 

パンドラズ・アクターの影に隠れて、こそこそと話をしていたリリーにこちらにさえも怒気が伝わってくるモモンガが意識を向ける。

 

「・・・・さあ、リリー。兄に会えたのなら、もう部屋に帰るといい。あとで私も行くから、ゆっくり話をしよう。」

 

それにリリーは静かに、モモンガを見つめ、そうしてジルクニフの体をパンドラズ・アクターに押しつけた。

 

「アクター。任せた。」

「は、おい、どういう意味だ?」

「はいはい、任されました。ふむ、母上の兄、ということは。なるほど!よろしくお願いいたします!おじ上!!」

「おじ、おじう、え?」

「・・・・・はあ、私もあっちにいきたいっす。」

「身から出た錆でしょう。少なくとも、今のところは母上の指示に従いなさい。」

「わかってるっすよ。何かあったら、援護は任せてください。」

 

そんな会話が後ろで聞こえている。それにリリーは改めて、弟を見た。

なんともまあ、立派な魔王であろうか。彼の友人達はさぞかし誇らしいだろうなあと考える。

守護者達の中で、シャルティアとアルベド、そうしてデミウルゴスが焦った顔をしているのが見えて、それが愉快でにかりと笑って手を振った。

そうして、弟を見た。

 

「・・・・そうだね、君の用意した部屋は居心地が良いよ。何せ、家具は私の好みに合わせて百合の花をデザインしたものだし。料理も旨いし、メイド達も優秀だ。」

「なら、さあ!」

「でも、お暇する。私は帝国に戻る。色々とやり残したこともある。つーか、仕事も溜まってるんだよ。これ以上は・・・・」

「許さん!!!」

 

ビリビリと、空気を震わせるほどの怒気だった。ばたりと倒れるような音からして、帝国の誰かが気絶したんだろうなあと暢気に考える。

 

(スキルかなあ?一応は、対抗できそうなアイテム付けてきたけど。まあ、兄上たちはアクターに任せてるから気にしないようにしよう。)

 

そんなことを冷静に考えながら、どこかで何かが熱くなるような感覚がしたが無視する。

モモンガは怒りに頭を支配されているのか、王座から降りてくる。それは、まさしく、魔王の風格だ。

 

「帝国に戻るだと?許さん、許さん許さん許さん許さん!!絶対に赦さない!!姉さんはずっとここで俺と暮らすんだ!ずっと、ずっと!!あの時みたいなことになんて絶対にさせない!!今度こそ失わない!姉さんのことだけは、絶対に!!俺のなんだ!?俺だけの!!」

 

モモンガの突然の行動に僕達は慌てるが珍しい主人の憎悪に手足が震えて行動できないようだった。

目の前にやってきたモモンガはまさしく魔王だった。濃い、黒いオーラが体からあふれ出す。

 

「はいはい、下がってください。近づきすぎれば死にますから。」

「待て!おい、抱えるな!というか本当になんだお前は!?」

「可愛い甥です。」

 

リリーはそのオーラが弟のパッシブスキルだろうと考える。リリーの持つ耐性効果のアイテムなどをフル装備で来たためおそらくは大丈夫だろうと。

 

弟はまるで全てを誘うようにリリーに両手を広げる。濃い闇がリリーを飲み込むようにそこに立つ。

 

「姉さん。」

 

甘ったるい声だった。まるで母親に甘える幼子のような、親しいものにじゃれつく子どものような、愛しいものに媚びる男のような。

そうして、心弱き者に契約を持ちかける悪魔のような。

けれど、その場にいた人間達にとっては体を強ばらせるには十分なものだった。

 

「ほら、一緒に遊ぼう。もう、嫌なことはしなくていいんだ。何をして遊ぼうか?この頃、俺、忙しかったから拗ねてるの?そうだ、ルプスレギナが気に入ったのなら、アウラのモンスターたちとふれあうのはどう?ボードゲームもあるから、それでもいいな。」

 

ねえ、姉さん。

 

その不死者は、昔の通り、この世で最も愛しい姉に手を伸ばす。

その哀れな死者には未練がある。

友人達は、とある女の訃報になんだかんだまばらとは言え、時折会いに来てはモモンガのことを慰めてくれた。

もう、栄えてはいないゲームを散歩でもするように歩いて、日頃の話をした。引退し、アカウントも削除したのか会えない存在もありはすれど。

彼は本当の意味で、ギルドメンバーに見捨てられたとは思っていなかった。

 

けれど、けれど、その、目の前に立つそれだけは違った。

帰った先で、その女が血だまりの中で倒れていたことを覚えている。

失った、たった唯一。その人だけが、その男の心の柔らかい部分に近しく寄り添ってくれた。

ゲームに終わりがあるのはわかっていた。けれど、その女だけは、きっと、ずっと共にあるのだと疑ってさえいなかった。

だから、だから、だから、まるで楔のようにその女への執着からだけは死者は逃れられない。

 

リリーはじっと、自分に差し出される弟の手を見た。そうして、弟の顔を見て、ゆっくりと微笑んだ。

モモンガが大好きな、眉や目尻が下がって、とびっきりに優しい笑み。

久方ぶりに笑った姉に、モモンガは見とれる。

 

だからこそ、反応が遅れたのだろう。

 

リリーはその笑みで、無言のまま持っていた神器級の杖を振り上げた。

 

「こんの、ばかたれが!!」

 

その時、もしも、その場にギルドメンバーがいたとするならとあるものを幻視していただろう。

ピンク色のスライムか、それともバードマンか。どちらにせよ、それらが良い笑顔と共にサムズアップしている姿。

 

ほら、モモンガさん、前から言ってるでしょ。姉に勝てる弟など存在しないんだって。

 

ぱっかーんと、まあ、どんな音にせよ、何かと何か、固いもの同士がぶつかって響き合う音がする。

後に、その光景を見たパンドラズ・アクターは語る。

 

いやあ、今まで見たことないほどに見事なフルスイングでしたね!と。

 

 

どさりと、モモンガが尻餅をついた瞬間、しんと水を打ったかのような沈黙の後、圧倒的な殺気がリリーに集まる。

守護者達はもちろん、王座への道に置かれた異形たちからも鋭く、冷たい殺意が。

それらは今にもリリーに飛びかからんとうなり声を上げた。

いや、護衛のための幾割かの異形たちがリリーに飛びかかる。けれど、それらは何かに弾き飛ばされた。

 

「無礼者共、幾度も言えば済む?至高なる方に連なるのが、母上であるのだと。」

「パンドラズ・アクター!!」

 

守護者の誰かが叩きつけるように叫ぶ中、パンドラズ・アクターは優雅に礼をして見せた。気取った、仰々しいそれはその場によく似合っていた。

 

守護者たちが動き出そうとしたとき、リリーが叩きつけるように叫んだ。

 

「動くな!!」

 

その声に、なぜ止まったのか、いいやその声が、その、立ち振る舞いが一瞬だけ主人と重なって見えたのは何故か。

混乱と、それでも主人を侮辱された憎悪の中でリリーの声が響く。

 

「よいか、誰も動くことも、これと私の間に入ることは許さん!少しでも邪魔をするというのなら、貴様らは己が主人がこれから娶ろうとしている女一人も御せんと考えていると心得よ!」

 

リリーがそう叫ぶ中、その後ろでジルクニフは顔を青くしたり、赤くしたりと忙しい。

 

「っあ、が、あ、あああああああああ!!」

「はい、おじ上、落ち着いてください。まあ、あれは、色々と仕方がないというか、自業自得ですからねえ。あー、まあ、気絶してないからいいですね。」

 

その場にいる怪物たちからの殺気さえも、どうでもいいというように醒めた目で姉はモモンガのことを睨む。

そうして、リリーは口を開く。

 

「アルベド、シャルティア。」

 

名前を呼ばれた二人は、今、この場で起こっていることを処理しきれない中、女のそれにようやく反応する。

 

「なあ、愛しい女のピンチだ。助けてくれるだろう?」

 

にっこり、女はそれこそとびっきりの笑みを浮かべる。それをアルベドとシャルティアは凝視する。

そんな中、デミウルゴスが叫んだ。

 

「姉君がご乱心された!拘束・・・・」

 

そこでデミウルゴスをアルベドが殴りつけた。

何かの肉が固いものに叩きつけられる音と共にデミウルゴスがへこんだ壁にもたれかかる。

 

「あ、あるべど!あなたは!」

「この場にいる全員!動くな!動けば私がそのまま殺す!!」

「アルベド!あんた、謀反を!?」

 

アウラが動こうとするとき、シャルティアが押さえにかかる。驚愕の顔を浮かべるアウラに、シャルティアが叫ぶ。

 

「あんた、何してるのか分かってんの!?」

「で、でも!でも!お姉様が!お願い、お姉様を傷つけないで!」

 

シャルティアの懇願するような声に、アウラは顔を歪めた。

 

 

「誰も何もするな!姉さんに危害を加えることは許さん!」

 

モモンガのその言葉に、少しだけ僕達のざわめきが落ち着く。

 

「・・・・どうして、姉さん?なんで、俺のことを拒絶するの?」

 

喧噪が遠く感じるのはどうしてだろうと、リリーは考える。リリーは、弟に貰った杖を肩にかけて愚弟を見下ろした。

 

「・・・・言ったはずだ。これは拒絶でも何でもねえ。ただ、私は私としてこの世界で積み上げたものがある。それを放り出すような不義理なんぞ赦されるはずがねえだろう?」

「・・・・そんなの、どうだっていいじゃないか!!」

 

その主人の怒鳴り声に、僕達はがたがたと震える。人間達さえも、恐れ戦くように顔を強ばらせ、気を失っていない存在の方が珍しいぐらいだった。

そんなものを、リリーだけが醒めた目で見つめる。

 

「姉さんは、俺のことが好きだろう!?誰よりも、何よりも、姉さんは俺が大事なはずだ!なら、捨ててくれるはずだ!藤堂百合が誰よりも愛しているのは俺なんだ!!」

「・・・少し離れるだけだって言っただろうが。それが終われば。」

「それで死んだらどうするんだ!?」

 

その声は、他の者にはどう聞こえたのだろうか。

怒りと憎悪に塗れたそれは、それでも、リリーには遠い昔の幼子の声によく似ている気がした。

それが、己の両親を見送るときの、そんな声と、よく。

 

「それで!あの日だってそうだった!今日は早く帰れるからって!?そういって見送って!俺が何を見たのかわかってるのか!?血だまりで、濁った目で俺を見るあんただよ!?この世に絶対なんてないんだってわかってたのに!?わかってなかった!だから、今度は!絶対に!今度こそ、姉さんのことは俺が守らなくちゃ!」

 

そう言った瞬間、モモンガにリリーは二度目のフルスイングを決める。

それにジルクニフはまた叫んだ気がしたが、もうリリーも気にする気にならなかった。

 

「私を支配しようとしてんじゃねえよ!私はお前の下僕じゃねえ!」

「そんなことを思ってない!俺はただ、姉さんを!!」

 

死者の中でがたがたと震え続けた、生者の欠片が泣きわめく。沈静化されるはずの不死者の在り方は、それの根幹をなす生者であったときの執着に支配されていた。

部下達が居ることも、何もかも忘れて、それは生者であったときの感情が全てを凌駕して喚き続ける。

 

「そうか、なら、不義理にならないようにすればいいの?そうだ、帝国も、王国も、全部全部なくせば。そうすれば、姉さんはさあ!!」

 

立ち上がったモモンガは、ぎらぎらとした赤い目でジルクニフたちを睨む。それにパンドラズ・アクターが庇うように前に出た。

それにリリーがたたみかけるように叫んだ。

 

「あ゛!?なら、てめえのその態度は何だ!?兄上のことを人質に取りやがって!そんなことをしてみろ、どうなるかわかるのか!?」

「姉さんが強情なのが悪いんだ!!」

 

子どもの駄々のようなそれに、リリーは構えた杖を下ろし、しんと、静まりかえった。

ジルクニフによく似た瞳で目の前の迷子を見つめた。

 

「なら、アインズ・ウール・ゴウン殿。ならば、それでよろしいでしょう。そうすることが正しいとお思いならば、ええ、あなたはけして誰のことも愛していないとおわかりになられましょう。」

 

あまりにも、今までの激情など忘れ去ったかのように、静かで、醒めた、他人行儀な姉の態度にモモンガは今までの恐ろしい魔王然としたそれらを忘れて、戦くように体を震わせた。

 

「ええ、そうです。哀れな死者殿。きっとそれでよろしいのでしょう。私にはもう、私にとって愛し子などいなかったのだと諦めとてつきましょう。」

 

リリーはそう言って、一歩、モモンガに近づいた。

 

「どうとでもしなさればいい。そうやって、愛しや愛しやといいながら、私の意など放り捨て、踏み潰すというのなら。あなたにとって私は愛しい者などではなく、愛玩動物でしかないのだと。それでもなお、私の心をへし折りたいならば、好きにされれば良い。私はここを出て行きます。それを否とするのなら、去りゆく背に、なんでも突き立てればよろしいでしょう!!」

「そんなことをできるはずがない!!」

 

死の支配者足るそれは、目の前のか弱い女を恐れて顔を背ける。

殺せと、自分にたたみかける女が、この世で何よりも恐ろしかった。

 

「どうしてそんなことを言うんだ!どうして、俺のことを拒絶するんだ!俺は、ただ、姉さんとずっと一緒に居たいだけだ!」

 

その言葉にリリーも何かが吹っ切れたように叫んだ。

 

「何でだって!?わからねえのか!!そんなの、簡単だろう!私はな!」

お前のことが嫌いになりたくないんだよ!

 

 

 

「バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下が数日後にナザリック地下大墳墓に来られるそうです。」

「・・・・何をしに?」

 

リリーの問いにパンドラズ・アクターはやはり静かに答えた。

 

「ナザリックに混乱を招いた詫びに来いと、アウラ様とマーレ様を送ったそうです。」

「・・・・そうかい。」

「よろしいのですか?」

「ここで帝国の一王を殺してみろ。この世界の国々は、少なくとも、ナザリックに住まうものが人に対して非友好的だと判断する。それで人間国家と敵対するのも面倒だろうから。危害を加える、なんてことはないだろうさ。」

 

つらつらとリリーはそう言って、そうして、ぼんやりと寝転がったソファから天井を見上げる。

 

全てが、億劫だった。

 

 

 

がんじがらめになった今を打開する方法が思いつかない。

弟の、冷たい手と声を覚えている。

弟は、それがなんの感情に起因しているのかはわからないが、姉が他に対して感情を向けることをことさらに嫌がった。

それは、姉がここから立ち去ることも含まれていた。

 

帰らなくてはいけない。少なくとも、未だやり残したことは多く、帝国は未だに安定していない。

別段、逃げられないわけではないのだろう。本当に、何のためらいもなければ方法なんていくらでもある。

けれど、冷たい弟の声がする。

 

姉さんは、ずっとここで俺と暮らそうね。

 

無邪気な、昔のままの幼くて甘ったれな声がする。それがまるで重たく己の体に纏わり付く。

弟が何を考えているのかわからない。もしも、もしもの話、自分が弟の意に反したとき、帝国や兄に危害が加わること。

それをリリーは何よりも恐れていた。どんなことよりも、返り血を浴びるような生き方をしてまで守りたかった場所が壊されることが恐ろしかった。

ゲームでの弟の能力を考えれば、この世界を壊すなんて簡単だ。

怖い、怖くてたまらない。弟を、自分が、いつか。

 

「母上。」

 

その言葉に我に返り、気だるそうに起き上がる。自分が居るのは、パンドラズ・アクターが常駐している宝物庫だ。そうして、そこに併設されたパンドラズ・アクターの私用のスペースだ。

そこに置かれたソファに横たわっている。パンドラズ・アクターはソファの前に跪き、リリーの顔をのぞき込む。埴輪のような顔は妙に愛嬌があってリリーは好きだ。

 

「どうした?」

「母上。母上は、帝国に帰りたいですか?」

 

それにどう答えればいいのかわからない。リリーは少しだけ沈黙した後、答える。

 

「いいや、お前やあの子がいるここにいるよ。」

 

嘘だ。

帰りたい。

残してきたもの、気がかりなもの、やり残したことが山ほどある。けれど、素直に答えることは出来ない。

このナザリックに属する存在がどれほど弟を大事にしているか肌で理解している。それは、目の前の可愛い息子も含まれているだろう。

本音など話せるわけがない。もしも、それが漏れてしまったら。

 

「どうして、嘘をつかれるのですか?」

「どうした、アクター。今日はやけに聞いてくるね。」

「母上。」

 

普段の、穏やかで軽やかな声と違う、低くて強い声だった。

 

「母上、私はモモンガ様の味方です。ですが、それと同時に私は母上の味方なのです。」

 

それにリリーはかすかな愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。それを見てパンドラズ・アクターはさらに言葉を重ねる。

 

「母上、母上は、今のままでは壊れてしまうでしょう。まるで、花が少しずつ枯れるように。あなたはどんどん壊れていってしまう!私は、それが嫌なのです!私は、私は怖いのです!母上!」

 

二人きりの部屋で、リリーはじっと哀れなそれを見つめる。

それが自分よりも強いことは知っている。レベルを百まで振っているし、ギルドメンバーの能力をコピーできるのも知っている。

そうして、目の前のそれはとても頭が良いことも。

それが、自分に縋るように、嘆くように振る舞うことがどこか滑稽だった。

だから、リリーは、何か素直に口を開いた。

 

「・・・望んだ現状ではない。だが、どうする?元々、レベル自体も低い。そうして、戦闘面でもあの子に勝てるような腕はない。」

「抵抗はしないのですか?少なくとも、モモンガ様は母上に対して非常に甘いですが。」

「私が、あれの思い通りの内はな。」

 

リリーは胸に手を当て、疲れたように息を吐く。それにパンドラズ・アクターはその手に、己の手を重ねた。

 

「母上、一つだけ、お聞かせください。」

「ああ、なんだい?」

「母上が恐ろしいのは、モモンガ様の不興を買うことですか?それとも、兄君達に危害が加えられることですか?」

「・・・・・それは。」

「ええ、違うのでしょう。」

「なんだ、わかったようなことを言うのか?」

 

それにパンドラズ・アクターは、埴輪のような顔のせいか変わらない表情でも、なんとなくその声で楽しそうなのだと理解できるような台詞を吐いた。

 

「私は、あなたの息子なのですよ?あなたが、何よりも恐れているのは。」

 

リリーは重ねるように言った。

 

「・・・・・私が最も恐れているのは、あの子のことを、嫌いになることだ。」

「はい、そうです。あなたがもっとも恐れているのは、モモンガ様に嫌われることでも、兄君達に危害が加えられることでもない。モモンガ様を嫌いになること。それもまた一つの理由でしょう。ですが、違います。あなたが本当に恐れているのは。」

 

なぞるようにそう言われ、リリーは諦めたような諦観をふくんだ視線を己の息子を見た。

 

「母上、もう一度、お聞きします。あなたが最も、恐れることはなんですか?」

「私は、私たり得るために必要なものが欠けて、私でなくなることが何よりも恐ろしい。」

 

ぽつりと、吐き出したそれに、リリーは嗤った。

 

そうだ、自分というのはそうなのだ。

 

結局の話、リリーがモモンガに逆らわないのは、それに尽きる。

 

死ぬことは怖くない。所詮は一度死んだ身だ、生きていることが可笑しいのだ。

モモンガに嫌われることは嫌だけれど、その時はその時だ。自分にとって大事なのはあの子を自分が愛していることであって、別段何かをかえして欲しいわけではない。

 

兄たちが死ぬのは恐ろしい。それを自分が助けられないとするのなら、彼らに対して余りにも不義理で、そうして恩知らずなことだ。

そうだ、そんな結果を招いた弟を自分が嫌ってしまうことがこの世で何よりも恐ろしい。

あの地獄で、唯一抱えた、生きていたいと願えた愛を手放すことが恐ろしい。

 

そうだ、リリーという女は、この一言に尽きる。

 

女は、ジルクニフという兄に恩義を抱えてそれを返すために生きている。

姉は、鈴木悟というそれを紛れもなく愛している。

 

けれど、結局の話、百合という女が何よりも恐れるのは。

恩義を返すという信念を自分が放り出し、家族への愛を失った果て。

 

百合という己らしさを失うことを恐れている。

何せ、その女は、極まりきったエゴイストなのだ。

 

「母上、母上らしくないからこそ今、辛いのでしょう。私は、母上を愛しております。ですので、どうか、母上は母上らしく振る舞ってください。」

「・・・・リスクがある。」

「ええ、ですから、一つだけお約束しましょう。どんな結末になろうとも。私というそれがある限り。バハルス帝国に出来るだけの便宜を図ると。」

 

その言葉に、パンドラズ・アクターへリリーは視線を向ける。それが、本当か嘘なのか。

けれど、今はそれに賭けたくなった。

そろそろ、自分でもだめだと思っていた。自分が限界を超えて、何もかもを阻まれたときどうするのかわかっている。

そうなる前に止めてくれたパンドラズ・アクターに感謝をすべきだ。

 

「私は、何よりも、誰よりも、己が可愛いからな。」

 

そういって、リリーは本当に久方ぶりに、にっと歯が見えるような明るくて快活な笑みを浮かべた。それにパンドラズ・アクターは安堵するようにリリーの手を握り込んだ。

 

「あと、もう一つお耳に入れておきたいのですが。」

「なんだ?」

「兄君が来られるときに、母上との婚姻について話を持ちかけることになっております。」

 

その時の母の顔を、パンドラズ・アクターは一生忘れることはないのだと思う。めーっちゃ、怖かったです、はい。

 

 

 

「このまま、お前にいいようにされて、それで私はお前のことを嫌いになるぞ!?そんなのごめんだ!兄上たちがいたから私はここまで生きられた!そんな兄上たちに不義理を働けって言うのかよ!私はな、どちらだって捨てるなんて絶対に嫌だ!私は、私であることを何よりも望む!」

 

それは、結局の話、極まりきったエゴイストなのだ。

昔も、今も、変わらない。

あの地獄のような世界で、幸せなんてなれないそれは、それならばと己の信念を貫くことを決めた。

恩義には恩義で返すと、遠い昔に与えられた愛の残り香を便りに生きた。

 

最初から鈴木悟を愛していたわけではない。ただ、恩義を返すという信念を貫いた途中に拾い上げたものに過ぎない。

リリーが魔法詠唱者として際だったのは、ジルクニフへの恩義を返すためだ。

 

昔、ウルベルトという人と、たっち・みーという人の話を聞いたとき、リリーは二人が似ていると思った。

悪と正義なんて言葉に覆われてしまっていたけれど、二人の根幹は同じなのだ。リリーもそうだった。

皆、自由にありたかったのだ。

けれど、自由になれないから、絵空事の中で自分の信じることを貫き通した。

リリーはあの世界で最も幸せなのは、自由であることなのだろうとずっと思っていた。

だから、その女は自分の信念を貫き通すという自由を何よりも優先する。

 

今でさえもそうだ。

弟への愛と、恩義を返すという指針を邪魔されようとしている。

ゆえに、リリーはそれを何よりも拒絶する。

 

「この愚弟!なんでだって!これ以上お前の好きにさせて、私のやりたいことが出来なくなったら!私はお前を嫌いになるんだ!それだけは嫌だ!お前のことを嫌いになりたくない!なあ、このばかたれ!!」

 

沸騰するように、茹だった思考の中で、喉に熱が集まり、そうして、眼球が痛む。

 

「お前のことを、好きなままでいさせてくれよ・・・・・!!」

 

ぼたりと、姉から涙が流れた。

それと同時に、リリーの中で何かが切れた。

 

「もうやだああああああああああああああああ!!!!」

 

茫然と、周りのそれらは崩れ落ちるように座り込んだリリーを見た。

 

「もう、わけわかんないんだよ!!お前にさあ、再会出来たと思ったら、すっげえ怖くなるし!なのにナザリックに拘束してくるし!女難はあるし!早く帰らないと、バハルス帝国のほうの仕事が溜まってるのに!!」

 

ギャン泣き、その一言に尽きた。

 

まあ、それも仕方がない。監禁からの、弟からの負荷などストレスは散々に溜まっていたのだ。色々と、姉の限界は超えてしまっていたのだろう。

 

周りに居た存在はそれに動けなかった。

特に、モモンガとジルクニフは動揺していた。

 

何せ、それは誰よりも、何よりも、自立心が高い。幼いときでさえも、泣いた所なんて見たことがない。

そんな女が脇目も振らずに泣きわめいている。

 

「百合!!」

「お姉様!!」

 

そこでアルベドとシャルティアが泣いているリリーに駆け寄る。

 

「ああ、泣かないで!?お姉様!」

「百合、ほら、大丈夫よ、ね!?」

 

ジルクニフは何か、思わずモモンガを見た。そうして、かろうじて気絶していない騎士達もモモンガを見た。

その目は、確実にこう言っていた。

 

おい、どうするんだよ、これ、と。

 

その時の空気を例えるならば、見知った弟の友人達はこういうだろう。

 

学校等のクラスで、しっかりものの委員長が泣いてしまったときの妙に気まずい時ってあんな感じだよなあ、と。

 

ふらりと、ようやく沈静化された思考のモモンガの元に彼の息子が近寄った。

 

「モモンガ様。」

 

息子は帽子を改めて被りなおし、視線を遮るかのように下に向ける。

 

「私は、母上に笑っていて欲しいのです。母上の何よりの望みは、あなたを好きであることだというのならば。必ずや、帰ってこられますよ。」

 

その言葉に、モモンガはのろのろと姉の元に近寄った。

 

「・・・・姉さん。」

「なんだよ、愚弟。」

 

座り込んで、顔を下に向ける姉にモモンガは囁くように言った。

 

「・・・・帰ってくる?」

 

その、幼い言葉にリリーは顔を上げた。そうして。涙を流して、鼻水を啜りながら立ち上がる。

そうして、モモンガの腰の辺りに手を回した。

 

「帰ってくるよ、私だって、お前がいないと寂しいよ。」

 

それにモモンガは同じように手を回して、また、幼い仕草でうんと頷いた。

 





え、モモンガさん、お姉さんいるの!?
そうですよ、年はちょっと離れてますけど。
うっわ!?じゃあ、わかってくれるよね!?
というと?
姉あるある。
ああ、確かにいるとわかる事ってありますよね。
そうそう、人が買ってきたお菓子とかさ。
あーありますね。それが気に入ったと思ってまた買ってきてくれたりとか。
・・・・うん?
最後に残ってるのとか、食べろって進めてきてくれるけど、姉さんの好物なんだから姉さんが食べればいいのにって思うんですけどねえ。
・・・・・うん。
あと、夜とかいるものがあるからって出かけようとするの危ないから止めて欲しいんですよね。買い物があるなら俺が行くのに。
・・・・・そっかあ。
家事とかも、俺が忘れてるときとか、言ってくれればいいのに自分で終わらせちゃうんですよね。疲れてるだろうからいいって。姉さんだって疲れてるのに。
・・・・・・・そっかあ。


あの、なんかペロロンチーノさんがこの頃話しかけてくれなくて。
うん、モモンガさんのお姉ちゃんあるあるでギャップを感じたんだね。
下ネタを話さず、食べてるお菓子を奪わず、パシリにもしない姉なんてこの世にいないってうなだれてたから。
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