「兄上、下手をすれば滅びるのと、黙っていたらもしかしたら滅びるかもしれない選択肢だったらどっちがいい?」
疲れ切った声をジルクニフの妹は吐き出した。
リリーがジルクニフの執務室の扉を乱雑に開けた折、部屋の中にいたのはジルクニフと帝国三騎士の、バジウッド・ペシュメル、ニンブル・アーク・デイル・アノック、ナザミ・エネック、そうしてフールーダが雁首を揃えていた。
リリーはひょっこりと執務室に顔を覗かせて、中を窺う。
「入っていい。というよりも、丁度がいいな。お前に用があったんだが。唐突にどうした?」
リリーはそれに己の兄の元に向かった。
「今日、ちょっと、カッツェ平原近くのとこに行ってきたんだが。」
「・・・お前、また勝手に出歩いたのか?」
ジルクニフが少しだけ苛立ちの混じった声を出した。それにリリーはやべという顔をしたが、すぐにそれを遮るように口を開いた。
「そこは少し置いておいてくれ。」
「・・・・そうだな。それよりも、先ほどの言葉の意味は何だ?」
ジルクニフは己の妹が立場もわきまえずにふらふらと歩き回っていることに呆れを持った。が。それを殺せる存在などそうそうおらず、何よりもリリーは普段から従順にジルクニフに従っている。
今更それを言っても仕方が無いかと諦めた。
そうして、それと同時に、さきほどのリリーの発言が気になったのだ。
「それよりも、先ほどの言葉はどういう意味だ?」
他の騎士やフールーダさえもその言葉に頷く。リリーはそれにジルクニフの目の前に立ち、ため息を吐いた。
「・・・・アインズ・ウール・ゴウンを調べて欲しいって話だったじゃないか?」
「何かわかったのか?」
「・・・・いや、アインズ・ウール・ゴウン、かもわからないが。カッツェ平原に、でっかい、何か、山かわからないものが新しくて出来ていた。」
「出来て、いた?」
ジルクニフが眉をひそめる。
「私があの平野でアンデッド狩りをしてたのは知ってるだろう?いくら広くても、ある程度の地形は把握してる。周りについても。その中で、明らかに丘が一つ増えてる。」
「丘?」
「丘、といっても遠目から見ての仮称だ。近づけば、まったく違うもの、かもしれない。」
「それで、それが出現したとして、なぜ滅びると?」
「・・・・英雄譚を覚えているか?」
「ああ、それは。」
「もしかしたら、それと同等の存在が現れたかも知れない。」
それにその場が静まりかえる。
失笑が起きなかったのは偏に、目の前の存在が、それこそこの世界の上澄み中の上澄みであるためだ。
「根拠はあるのか?」
「今は示せない。ただ、そう言える理由はある。」
「タレントか。」
ジルクニフのそれにリリーはこくりと頷いた。それにジルクニフは忌々しそうな顔をした。そうして、額に手を当てる。
「敵対の可能性は?」
「相手の性格がわからん。交渉次第、としかなあ。」
リリーのそれにジルクニフは考えるような仕草をし、そうして、周りを見回す。
「どう思う?」
「師匠!それは、魔術詠唱者ですかな!?」
何よりも先に食いついたフールーダにジルクニフは呆れた顔をした。それにリリーの脳裏には、あの鎧の人物が浮かんだ。
「・・・・うーん。いや、どうも剣士だったと思うが。」
「そうですか。」
明らかにがっがりしたそれを横目にバジウッドが口を開く。
「といっても、相手側の実力やら目的やらがわからない限り、なんとも言えないじゃないんですかね?」
「そうですね。交渉をするにしろ、そちらが先決かと。」
「・・・そうだな。それがわからなければ、手の施しようがない。はあ、アインズ・ウール・ゴウン以外の存在まで出てきたか。さて、どうやって探るか。」
「それについてなんだが、兄上。一度、私が使者として向かってもいいか?」
「殿下、それはあまりにも危険では?」
「逆に、私以外がいかなくてどうするんだ?多めに兵でも引き連れて?無駄死にさせる可能性もあるなら一人で逃げられた方がましだ。」
リリーははあとため息を吐いた。
この世界の、英雄譚を聞いて、それが自分の行っていたゲームに連なる存在であることは理解した。ゲームで使われた魔法がそのままであることや、残っている名前の諸諸を見るに、おそらく正解だろう。
(やっかいなのは、どんな奴か、ってことだ。)
己のいた世界は、良く悪くも、まるで世紀末のようで。
人の尊厳というものはあまり大事にされていなかった。さて、ここで問題だ。今まで虐げられていた存在が、力を手に入れたらどうなるか。
(相手が穏やかならまだましだ。)
世界征服なんて、自分が搾取する側に回ろうと考える奴だった場合。
(あー、考えたくねえなあ。あんだけデカいのが拠点の場合。ギルド。それだと、レベルは百越えがゴロゴロ・・・・絶対勝てない、詰んでるぞ。)
「生きて帰る保証は?」
「ないけど、なんとかする。下手すれば、英雄譚に出てくるようなのが複数いる可能性がある・・・」
気の抜けたそれに、息をのむ音がした。
「わかった。認めよう。」
ジルクニフは苦々しく言い放った。
本来ならば、ジルクニフにとってリリーは虎の子だ。
それこそ、とっておきの存在として置いておきたい。が。リリーの言葉を嘘とも思えなかった。
ジルクニフはそれを信頼していたし、どれだけ荒唐無稽であろうと、それの言葉を聞く価値があると理解していた。
(・・・・だが、その前に何かしら探りを入れたいが。)
ジルクニフは王国側の人間を動かすこと、それとも、ワーカーなどを使うことも考えた。
だが、リリーの頑ななそれに、考えを改める。
リリーの言葉通り、英雄譚の、それこそリリーさえも敵わない存在がいた場合、下手に突くのは得策ではない。
そうであるのなら、最初から対応できるリリーに行かせた方がいいだろう。
「腹芸の一つもできないのは不安だが。誰か連れて行く気はないのか?」
「交渉用の捨て駒って話だろう?止めておく。下手したら人質とか、情報を抜かれる可能性もある。というか、相手が人間であるのかもあやしいからな。」
「・・・・人以外?」
「エルフとか、そういった意味じゃなく。下手をすれば竜がいるかもしれない。」
リリーの脳裏には、弟分の周りの愉快な友人達だ。人間が多かったが、確実にそうでない存在もいた。
(というか、元々が人で、例えば悪魔になってる場合とかの精神性ってどうなってんだ?人を食いたいとか思うのか?)
リリーはそんなことを考えながらジルクニフを見つめる。
「しばらく様子を見るのはどうなんだ?」
「相手側がどれだけ活動してるのかはわからないが。少なくとも、最近のはずだ。出来れば、早めに接触を図って友好を示したい。というよりも、相手側の方針が知りたいんだ。実力は。下手をすればこの国も滅ぼせるぐらいかも知れない。」
ジルクニフはため息を吐いた。彼としてはじっくりと情報を仕入れてから動きたいというのが本音だ。けれど、ここまでリリーが強硬な態度を取るのは珍しすぎる。
「・・・あくまで帝国からの人間ではなく、一介の人間として探ることだ。いいな?」
「わかった、帝国の名前は出さない。偶然見つけて立ち寄った冒険者を装う。」
了解の姿勢を取ったリリーにフールーダが目を向ける。
「師匠、それは・・・」
「連れて行きませんからね。」
「何故ですか!!??」
口を挟んできたフールーダにリリーは切り捨てるように言った。それにフールーダはリリーの足にしがみつくように縋る。それにリリーは老人を無碍に扱えないが、それはそれとして面倒そうな顔をした。
「それで高位の魔術関係にあったらそっちにいくってわかってるからでしょうが!!ちゃんとそれ関係見つけたら報告はしますから!」
「いやです!何よりも、そこに行く時に、私の知らない魔術を行使するでしょう!知っているのですぞ!あなたに隠し球があることを!!」
「あー!あー!知らん、知らん!!」
リリーはじたばたと暴れながら、一瞬だけフールーダから逃げ出し、そうしてばたばたと執務室を逃げ回る。
それにバジウッドたちは呆れた顔をした。
「・・・・・緊張感がないっすね。」
「あれらしいがな。」
ジルクニフはため息を吐きながら、逃げ回るリリーに声をかけた。
「そうだ、妹よ!死地に行く覚悟なら、いっそのこと記念に結婚でもしていくか?」
「はあ!?誰とだ?」
「ニンブルとはどうだ?」
ジルクニフの言葉に、四騎士の一人であるニンブルの体が震えた。
「陛下!?」
「せん!もっと良い女紹介してやってくれ!」
秒で振られたニンブルに隣にいたバジウッドは爆笑し、ナザミはいたたまれないという顔をする。
「はっはっは!殿下、ニンブルを振るような女、そうそういませんよ?」
「いや、ただでさえ兄上にこき使われて疲れてるだろうに、家に帰ってもこんな女がいても疲れるだろう?もっと癒やし系のやつと結婚した方がいいと思うぞ?」
さすがに疲れたのか、ばたばたとしていたリリーは諦めた顔で足にしがみつくフールーダを引きずって四人の元に返ってくる。
「なんだ、それなら、ナザミにするか?それともバジウッドか?」
「ナザミはニンブルと同じ理由で。バジウッドって、女が四人いる家庭に入り込める根性はない。」
「ひでえですね。うちの妻達は仲良いですよ?」
「いや、仲は良いだろうが。夫に複数の妻だと色々あるんだよ。あ、でも、確かに家のことをフルでしてくれて、夫の相手をしてくれる嫁さんがいる方が気楽か。」
「・・・・それは、殆ど妻の役割じゃないっすか?」
「今更妻としての役割をこなせる気がせん。社交なんて殆ど出てないし、内の切り盛りももできないぞ?」
「お前、子どもだけは作ってもらうからな?」
家庭に入る気がゼロなリリーのそれにジルクニフは言った。それにリリーははいはいと頷いた。周りが自分の才を受け継いだ人間を望んでいるのは知っている。
そのため、政略結婚はもちろん、子どもは絶対であるだろう。
「・・・・無才が生まれても、無碍にしないという約束は覚えて置いてくださいよ?」
「よい。己の程度が理解できるほどの教育がされていればな。」
ジルクニフのそれに、リリーはいたたまれないという顔をしたニンブルにすまないというように手を振った。
「そうだ、殿、それがし、小雪と申します!」
「こゆき?」
森の賢王、もとい、でかいジャンガリアンハムスターを連れて行くと決めて、ハムスターがそう名乗った。
モモンこと、アインズは自分以外にそれと接触していた存在がいたのかと驚いた。
「お前に仲間はいないのでなかったのか?」
「ええっと、実は殿以外にも屈服したお相手がおりまして。時々、会いに来てくださっていたのでござる!」
といっても、それがしに、人間は食べるなと釘を刺しに来られていたのでござるが。
ハムスターのしょんぼりとしたそれにアインズは口を開く。
「それは、人間と言うことか?」
「はい、人間でおられましたよ!人の身であれほどの方、姫ほどの方がおられるとは思いませんでした!」
「姫、ということは女か。」
アインズはその存在に驚きながら隣にいた、アウラ・ベラ・フィオーラに視線を向ける。
「誰か来たか?」
「いいえ、来てません!」
「前に来られたのは数ヶ月ほど前でござるよ?」
「そうか、それはどんな存在か知りたいが。名前は?」
アインズは、なんとなく聞いた。その人間の見た目や、素性を探ろうとして。
それに、ハムスターは答えた。
それを答えた人間がいつもの偽名でも、この世界の名前でもなく、それを名乗ったのは偏に、望郷か、それともモンスターを放置していたと広がったときの警戒か。
「ああ、ユリと名乗っておられました!」
それにアインズの中に動揺が広がった。
「は?」
みしりと、手の中で握った剣が軋みを立てる。そうして、周りに殺気のようなものが広がる。それにハムスターが怯えたように転がった。
「アインズ様!?」
アウラの悲鳴に、アインズの中に広がった動揺は強制的にリセットされた。アウラはアインズの異様な雰囲気に何か、怒らせるようなことをしたのかと動揺する。
それにアインズは必死に己の律する。
(おなじ、なまえ、なだけ、だ。)
そうだ、確かに西洋風の名前が多い中で、異質な音ではある。けれど、あり得ないわけではない。
けれど、けれど、何かざわざわとする。
「女の、特徴は?」
「え、ええっと、大きな外套、に。き、木彫りの、面を被って、おられました!」
アインズのそれに、ハムスターはがたがたと震える。それにアインズの中で、がたがたと、何かが震える。
そうして、脳裏に浮んだのは、一人の女だ。
何か、惹かれる。
何か、興味が出る。
何か、何か、何か、己の中で何かがかき立てられる。
アインズは苛立ちを表すように、指先で武器を叩いた。
何だ、あれはなんだ?
リスと、いいや、ユリというそれはどちらが偽名だ。
何故、その名前を名乗った?
ぶわりと、沸き上がってくるそれは、すぐに沈静される。
「・・・・アウラ。」
「は、はい!」「この森に、先ほどの女が訪れたとき、何を優先しても知らせろ。」
かつんと、指先で武器を叩いた。
どうしても、その女のことが気になった。