たぶん、この軸でもイビルアイはモモンに惚れそう。
しんと、静まりかえった宿内にかつんと足音だけが響いた。それにリリーは、おいおいと目を見開いた。
そうして、室内の冒険者達も静まりかえっていた。
黒い、フルプレートに二本の大剣。そうして、後ろに侍る黒髪の美女。
その外見で、彼らは目の前をゆうゆうと歩く二人が誰であるのか理解した。
(・・・・なんでモモンがここに?)
リリーは頭の中で、彼がエ・ランテルを拠点にしているはずだ。彼がわざわざ王国の首都までやってくるほどの依頼などあっただろうか?
モモンはふと、こちらを見る。そうして、こちらに彼は近づいてきた。
それにリリーは後ろの二人に視線を向ける。
(ははあん、もしかしたら、蒼の薔薇が首都にいるのを聞きつけて?確かに、同格の人間と交流を持ちたいのもわかるな。)
等のガガーランとイビルアイは自分たちに近づいてくる二人の見た目に、あらかたの予想は付いたのか待ち構えた。リリーは英雄たちのご対面だと彼らの座る席の前から退こうとした。
「リスさん、お久しぶりですね。」
モモンはリスの目の前で立ち止まり、彼女に言葉をかけた。
それに周りにいた冒険者、そうして、蒼の薔薇の二人まで驚いた。
「いつぶりでしょうか?エ・ランテルにも顔を、いいえ、漆黒の剣たちには会っていたようですが。」
リリーは目をぱちくりとさせて、目の前の男を見た。
まさか、自分に話しかけてくるなんてこれっぽちも思っていなかったのだ。
「・・・・リスさん?何故、無視されてるのでしょうか?」
特別な声ではなかったが、どこか、鋭い声にリスは慌てて返事をした。
「あ、ああ、いや。すまない、まさかここで会うとは思わなくてな。」
「ええ、私もこんなところで会うとは思いませんでした。エ・ランテルにはなかなか来られていなかったので。」
何か、嫌みのように聞こえるのは気のせいだろうか?
リリーは気のせいかと思いつつ、ふと、驚いている蒼の薔薇の二人に気づく。
(あー、もしかして、蒼の薔薇を知らないのか。まあ、最近この辺りに来たのならそれも道理か。)
おそらく、偶然見つけた知り合いに近づいてきただけなのだろうと考え、リリーは後ろの二人を紹介した。
「あ、そうだ、モモン殿、こちら、あなたと同じアダマンタイト級の冒険者、蒼の薔薇の、ガガーラン殿とイビルアイ殿だ。」
その言葉にモモンはゆっくりと二人を見た。ようやく自分たちを見たモモンにガガーランはにやりと笑った。
「こりゃあ、聞きしに勝る偉丈夫じゃねえか。俺は蒼の薔薇のガガーランだ。あんたが漆黒の英雄か?」
「蒼の薔薇の方々ですか。お噂はかねがね。モモンと申します。」
「へえ、なんだ、冒険者にしちゃあお上品だな。」
ガガーランはにやりと笑ってモモンに手を差し出した。それにモモンも手を差し出した。
何か、ぎちぎちと音がしそうな握手である。
「リス、お前、どこでアダマンタイト級の人間などと知り合ったんだ?」
それを横目に見つめていたイビルアイがリリーに話しかける。それに、リリーは肩をすくめた。
「名を上げる前に依頼を一緒になったんだ。」
「・・・・お前、本当にどこにでも現れるな。何か企んでるのか?」
「おたくらと会ったのも偶然ですってば!」
リリーは、蒼の薔薇の人間と出会ったのも一応は偶然なのだ。というのも、八本指たちが新しく作った麻薬の製造場所が帝国に近い場所にあり、国内に流れてきていたのだ。
それに激怒した兄の命で村に向かったリリーは、丁度、蒼の薔薇と出会ったわけだ。
(・・・旅の人間で押し通したけども。)
「・・・・リスさんは、蒼の薔薇の方々とお知り合いで?」
「ああ、この野良猫のことか?まあな、用があるときだけすり寄ってくる気まぐれだ。まあ、リーダーが気に入って付き合いがあるんだよ。」
「酷くないですかね、ガガーランの姐さん、対価は確かに差し上げてるでしょうに。」
困ったように肩をすくめて見れば、ガガーランはけらけらと笑う。
「そう言えば、お前、今日は何のようで来たんだよ?」
「ああ、そうでしたね。」
リリーは仮面越しにちらりとモモンのことを見た。丁度良いと思った。
この発言で何か、反応があればわかりやすいと思った。
「いえ、実は。カッツェ平野について何か噂などは知りませんか?」
「カッツェ平野?何かあるのか?」
「いえね、自分、時々あの場所で腕試しをしてるんですが。何か様子がおかしいんですよ。まあ、気のせいと言えば気のせいなんでしょうが。」
「ふうん?いや、特別にはねえな。」
「右に同じだ。」
「・・・・そうですか。」
ちらりとモモンたちを見れば、特別な様子もない。何かを隠しているのか、それとも、何もないのか。
「やっぱり、気のせいですかねえ。」
「お前がそこまで言うのなら何かあるのかもしれんが。」
「まあ、気のせいなら気のせいでいいんですがね。私の用はここまでなので、そろそろお暇しますね。」
「そうか、まあ、俺たちも立て込んでるから次に来てもいねえかもしれねえからな?」
「ああ、わかったよ。」
リリーはそのまま足を勧めようとしたとき、イビルアイが口を開いた。
「リス、そう言えば、お前。まだ、あの世迷い言を言っているのか?」
リリーはそれに足を止めて、イビルアイに振り返った。
「まあ、そりゃあ。夢を見るのは自由でしょう?」
「・・・届かぬ星に焦がれて落とし穴にでもはまらんようにな。」
それにリリーは肩をすくめて、モモンやナーベに頭を下げて宿を後にした。
(さあて、蒼の薔薇の面々も覚えがないなら。結構最近か、あれが出来たのは。)
望んでいた情報が出てこずに、リリーはどうしたものかと頭を傾げた。けれど、ないものはないのは仕方が無い。
あと数日、冒険者たちに情報を求めて、何も出てこないならカッツェ平野に向かうことを決めた。
そのまま宿に向かおうとしたとき、かつんと足音がした。リリーは丁度、人通りの少ない道を歩いていたため、誰が来たのかと音の先を伺う。
そこにいた存在に目を見開いた。
「モモン殿?」
「・・・すみません、リスさん、追いかけてしまいまして。」
「はあ、何のようですかね?」
立ち止まり、黒い騎士を見上げた。
「い。いいえ、その。しょ、食事をしようと、言っていたじゃないですか!」
ああとリスはそんな約束をしていたなと思い出した。時間帯は食事には微妙な時間だ。
「・・・・・食事、ですか。正直、お腹は減っていないんですが。」
リリーは正直、面倒になってそう返した。それにモモンは断られると思っていなかったのか、一瞬だけ止まった。
「そ、それは、そうですね。時間的にも、微妙ですし。」
「そうですね、時間も時間ですし。」
リスはモモンの動揺に少し、哀れになった。
男の立場だとか、能力的にここまですげなくされることがなかったのだろう。困惑が伝わってきて、申し訳ない気持ちになる。
といっても、リリー自身。あまりリスの立場で人付き合いをするのはということもある。
蒼の薔薇の面々は成り行きと情報源として付き合いもあるが、あまり上の立場の冒険者と関わりを持つのはいただけない。
リリーも腐っても皇族だ。能力的に高い冒険者が帝国に仕える可能性はないわけではない。
蒼の薔薇の面々は、リーダーの立場的に帝国側に付くのはそうそうないと理解しているのでいいのだが。
モモンの場合、これからどうなるかわからない。
(というか、こいつなんでこんなに私に絡んでくるんだ?)
よくよく見れば、ナーベの姿もない。
「そういえば、ナーベ殿は?」
「あ、ああ、ナーベにはその、用事を頼んでいるんだ。」
こいつ、わざわざ一人で追いかけてきたのかとリリーは呆れる。
(そう言えば、この人、やけに魔法に対して聞いてきてたな。)
リリーはどうしたものかと黙り込んでいるらしいモモンに視線を向けて、促すように口を開いた。
「まあ、歩きながら話しましょう。魔法について聞きたいことがあるのでしょう?」
「え、あ、ああ!そうですね、魔法、魔法の、件で、そう、ですね。」
人気の無い道を歩きながら、リリーは口を開く。
「で、何をそんなに魔法について聞きたいことがあるので?ナーベ殿も魔法は使えるでしょう?」
「いえ、その、蘇生魔法について、知りたいことがありまして。」
それにリリーは少しだけため息を吐いて、咎めるように言った。
「・・・・あまり期待するものじゃないですよ。魔法はあんまり夢はないですからね。」
「覚えがあるのですか?」
それにリリーはまあと頷いた。
「私もまあ、あり得ざるものを求めてふらついてる部分があるので。」
その言葉にモモンは何かを察したのか、かちゃんと鎧が音を立てるだけだった。
「・・・・あなたも、ですか?」
リリーはそれに、普段ならば、答えもしないだろう問いに、何か、何故か、答えてみたくなってしまって。
無意識のようにぽつりとこぼした。
「・・・・会いたい奴がいる。」
「そ、それは!!」
リリーの言葉にモモンは何故か、動揺したような声を出した。大声に驚いて、リリーは思わず男を仰ぎ見た。
それにモモンは冷静になったのか、忙しなくヘルムをがちゃがちゃさせながら言った。
「た、大切な、その、人、というか?あー、恋人、とかでしょうか?」
おいおいめちゃくちゃ立ち入ったこと聞いてきやがったなこいつ。
リリーはそう思いながら、肩をすくめた。
「そんなんじゃないですよ。ただ、まあ、ずっと、会いたくて。でも、絶対に会えない、というか居場所もわからなくて。」
リリーは、もう、声がおぼろげになってしまった、気弱な弟分のことを思い出す。
優しい、リリーの、可愛いあの子。
「探しに行こうとは?」
「・・・・ひどく昔に、離ればなれというか。そんなもので。ただ、この辺りを離れられないんです。」
「何故ですか?そんなにも大事ならば、探しに行けばいいでしょう?」
どこか苛立ちの混じった声に、リリーは物思いに耽るように目を細めた。
思い出すのは、少しだけ、壊れてしまった哀れな兄貴分のことだ。
「路頭に迷いかけて死ぬかもしれなかった自分を拾ってくれた人がいるんですよ。それへの恩義がある。いいや、恩義じゃないか。いたいから、いるのかね。」
「愛しいとでも?」
鋭く、冷たい声にリリーは思わず振り返る。
そうすれば、先ほどと変わらない、モモンがいた。
「・・・・どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。」
リリーは先ほどの声音が夢だったのかと思い、頭を軽く振った。
そうだ、気のせいだろう。
男が自分にそんな声をかける理由など無い。自分の話に興味があるのは、リリーと親しくなって情報を引き出したいだけだろう。
そう思い、息を吐いて、首元に突きつけられた感覚を振り払う。
「やめてくれ、あんな性格のねじくれた奴に思うはずがない。はあ、ともかく、私の話はここまでです。そうして、魔法について言えるのは先ほどのことだけですよ。」
ぴしゃりと言い返せば、男はそうですかと頷いた。
「やはり、難しいのでしょうか?」
「まあ、あるにはありますが。ただ、死体が必要だったり、生き返らせる人間の力量も必要です。おまけに、生き返らせても制約が多いですし。」
「・・・・死体がないと難しいでしょうか?」
「私が知る限りは。ただ、それは私の知るだけの範囲で、他の人間ならもう少し知っているかも知れないが。」
「例えば?」
リリーはそれに、これぐらいならばといいかと口を開く。
というか、後頭部にモモンからの視線が刺さりまくっているのが分かり、その場からさっさと逃げ出したかった。
「まあ、先ほどの蒼の薔薇の方々はもう少し知ってるやも知れませんね。あと、エルフの国やドワーフの国なんかは人とはちがう魔法が伝わっているかも知れませんし。竜王国では竜を起源にした魔法があると聞きますし。人以外の魔法も調べて見るのもいいかもしれませんね。あとは・・・」
リリーはそこでアングラな方面の名前を言おうとして、口を噤んだ。そこで止められて、さすがにモモンも気になったのか先を促した。
「あとは?」
「・・・・まあ。」
どうせ、このまま調べて回れば可能性に至るかも知れないなら、先に釘をさしておいたほうがいいだろう。
「他は、まあ、アングラ系統というか、あなたも聞いたことないですか?八本指とか。」
「ええ、一応は。」
「ええ、あの寄生虫共については期待しない方がよろしいでしょうね。」
リリーは勝手に苦々しくなるのも気にせずに、吐き捨てた。
「もしも、そこまで強力な蘇生の力があるのならすでに貴族達に宣伝してますでしょうからね。なら、期待しない方がいいですよ。それに、あなただってあんな奴らの下に着くなんてごめんでしょう。」
リリーのその対応も仕方が無い。
八本指の被害は帝国にも出ている。というのも、麻薬自体、帝国にも流れてきており、その対応でリリーが動いているのだ。
(・・・兄貴の政治面での体制作りが終れば、この国を取り込むとして。ここまでみっちりと国の根幹に張り付いた寄生虫たちを処理するのは?私でっすね!)
リリーはそう考えてふてくされたかのように口を尖らせた。
もちろん、調査などリリーの仕事ではないだろう。ただ、八本指たちはただ、巧みな犯罪をするだけでのし上がったわけではない。
それ相応の戦力も又存在する。それへの対応は、帝国で一番の火力を持つリリーになる可能性が高いのだ。
(・・・・そりゃあ、この国の肥沃な大地は欲しいけど。でも、それはそれとして、麻薬の被害もすぐになくなるわけじゃないしなあ。)
どれだけ甘い果実でも、腐り果てている部分を除去するのは本当に面倒なのだ。
「あなたは、八本指が嫌いですか?」
「・・・・犯罪集団が好きな奴なんていないでしょう。」
「いなくなればいいと思いますか?」
「はあ?」
丁度、どこかの建物の日陰に入ったのか、辺りは薄暗い。日の光が遠い中、ひんやりとした空気の中で、少しだけ前を歩いていたリリーは振り返る。
漆黒の騎士は、立ち止まったリリーに近づき、問うた。
「そうすれば、あなたは嬉しいですか?」
「・・・・何を言っている?」
リリーはそう言って思わず体を引こうとするが、それよりも先に冷たい感触の、鉄のひやりとした感覚が肩に纏わり付いた。
「あなたは、彼らがいなくなれば喜んでくださいますか?」
肩に置かれたガントレットの指先が、肩を撫でるのがわかる。そうして、それが、一瞬だけ首をかすめ、リリーの肩が震えた。
リリーはそれにヘルムのスリットの向こうから自分をモモンがのぞき込んでいるのがわかった。
それに、リリーはぞわりとした感触がした。
なにか、その手触りには覚えがある。
(あれだ、私が頭角を現したとき、貴族からの、視線。)
ああ、殿下。
ご機嫌麗しゅう。
この頃お美しくなられて。
実は以前から好意が。
今度茶会に。
ああ、顔は平凡だが、能力と血筋だけは良い。まあ、体も悪くないだろう。子だけを産ませることが出来れば。
何か、自分にとって有能なものを手に入れるときのような、獲物を見つめるときのような、絡みつくような視線。
(・・・・・これ以上情報なんて持っていないぞ!)
リリーが今まで散々に求められたのは能力と、そうして皇族という血筋だけだ。それから考えるに、モモンは自分が隠している情報を目当てに知るのだろうと今までの経験から察した。
というよりも、それだけだろう。
そうでないのなら、顔も見ていない、一度きりしか会っていない女に何をここまで言いつのるのか理解が出来ないだろう?
「・・・・モモン殿。さすがに不躾過ぎませんか?」
掠れたような声音でリリーはそう言った。
「・・・そうですね。思わず、無礼をしました。」
モモンはそう言って肩にかけていた手をするりと、撫でるように離した。
「・・・・いくら私を喜ばせても、知っている情報は以上ですし。大体、あの組織を壊滅させるなんて無理な話だ。規模も大きければ、例え、壊滅させても国とずぶずぶすぎて、この国の構造自体がお釈迦になる。土台、無理なことですよ?」
(なんか、チートな力を持った奴が、俺、なんかやっちゃいました?何てノリをしてる小説読んだことがあるが。おい、まじで止めろよ?ここで八本指を無理矢理壊滅させたら、それこそ逆に無法地帯になる!)
リリーは顔をしかめてそう言い捨て、距離を取るように歩き出した。
「リスさん、さすがに私にはそんなことは出来ませんよ!」
「そうでしょうね!」
がちゃんと、後ろで足音がした。
「ですが、もしも、何の不利益もなしに壊滅させられたら、どうしますか?」
それが軽口のような、冗談染みたものだったから、リリーもやはり気のせいだと安心して肩をすくめた。
「そんな奇跡があるのなら、なんでも言うことを叶えて差し上げますよ。」
ふっと笑った女の後ろ姿に、モモンは聞こえないような小さな声で呟いた。
「・・・・そうですか。ああ、それはよいことを聞いた。」
リリーはそれに気づくこともなく、またさっさと歩き出した。