バハルス帝国の贄姫   作:藤猫

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短めです。
前回の、アインズ側的なものです。


死者の執着

かり、かり。

 

ナーベラル・ガンマはちらりと己の主の方を見た。

 

かり、かり、かり、かり。

 

ナーベラルは主人に何があったかと思考する。けれど、特別なことなどはない。

 

かり、かり、かり、かり。

 

部屋の中には主人が机の表面をガントレットでひっかく音が響いている。ナーベラルには、主人のその仕草の理由がわからない。

今のところ、主人の計画は順調なはずだ。

 

エ・ランテルにてアンデットの大群を除け、薬師であるンフィーレア・バレアレを救出し、モモンという名前は確実に広がっている。

今回も難しい依頼を受け、モモンガことアインズは宿の一室で一息吐いていた。

 

かり、かり、かり、と部屋にはやはり机をひっかく音が響いている。

 

 

 

気に入らない。

それが、アインズの思考はそれだけで満たされていた。

けして、リセットされるほどではない苛烈な感覚では無い。下火で炙られるような不快感で思考をなぶられる。

 

指で机を叩き、撫でる。そのために、ひっかくような音がする。

 

(・・・・何故、会えない。)

 

アインズの脳裏には、漆黒の剣の面々が思い浮かんでいた。

 

あの夜、彼らとモモンガは一旦は別れ、そうして事件が起きた。けれど、漆黒の剣は生き残った。

何故なのか、簡単だ。

 

彼らは逃げたのだ。

 

強者に会ったときどうするか?

漆黒の剣と少しの間過ごしていたリスという女はそう問われたとき、答えたのだという。

 

逃げろ、と。

 

強者には二通りある。モンスターと、そうして人間だ。

けれど、どちらにあっても一発逆転は難しい。モンスターは静かに、そうして、何か気を引くようなものを使って逃げることだ。

そうして、人間についてだが。

いいか、強者側の人間が襲ってくる時っていうのは後ろめたいことがあるときだ。そういう奴らは、自分たちのことを知られることをことのほか嫌がる。

だから徹底的に騒いで、四方八方に逃げ回れ。

勝者とは、生き残った者のことをいうからな。

 

 

彼らはその言葉の通り、狭い路地を大声で騒ぎながら逃げ回ったのだ。

おかげで事態が露見することは早まり、被害は少なく終った。

 

それはいいのだ。けれど、今日、依頼から帰ってきて、漆黒の剣の面々に出会った時だ。

リスさん、来られましたよ!

そうニニャに言われたときのアインズの心境はまるで嵐の海のように荒れ狂った。

 

「・・・そうですか、あんなことがあったのだから心配していたんでしょう。」

「ええ、生き残ったお祝いにとご飯までおごってくださって!」

 

何故、食事の約束をした自分を無視しているのだ?

アインズは肉が付いていればひくついていただろう口元を噛みしめた。

おまけに、リスは自分に対してなんの伝言や気にする素振りはなかったのだという。

 

何故だ?

自分が会ったとき、銅級だった冒険者がアダマンタイトにまでのし上がったのだ。

ある程度話題にしてしかるべきだというのに、リスは特別、そういった態度は出さなかったのだという。

 

 

何故だ?

漆黒の剣の面々に会ってからの彼女の足跡は知れず、森の賢王こと小雪に会いに来る様子はない。

 

それに苛立つ、己を歯牙にもかけず、尻尾を掴ませることもない。

アインズはそのじりじりと焦がれるような感覚に苛立ち、机をひっかくような仕草を続ける。

 

ユリ、という女の話を聞いて、アウラには他の者たちにも通達すべきかを問われた。

それに悩まなかったわけではない。

ユリ、いいや、リスという女への執心はアインズの私心なのだ。もちろん、何かしら有益な情報を持っていそうなのは確かであるのだが。

けれど、あまり深追いするのは危険では、という感覚もある。

 

もしも、もしもの話、それが藪の先の蛇であるとして、ナザリックとして殺さなくていけなくなるとして。

 

(・・・それは。)

 

胸の奥にどろどろと渦巻く感覚がした。

 

「・・・・アインズ様?」

 

アインズは、その名前で呼ばれ、我に返る。

 

「何か、ご不快なことがあるのでしょうか?ならば、そく、排除を!」

「・・・いや、すまないな。気にしなくて良い。」

 

アインズはナーベラルに心配をかけたことを恥じ、アルベドからの報告をうけるために連絡を取ることにした。

 

 

『報告は以上になります。』

『・・・そうか、ところで、アルベドよ。』

『申し訳ありません、リスという存在についての報告はうけておりません。』

『そうか。』

『アインズ様、もし、よろしければリスという存在についての捜査を最優先にしてはいかがでしょうか?』

 

アルベドのそれにアインズは一瞬だけ悩んだ。けれど、軽く頭を振って否定する。

 

『私の私情を優先させるわけにはいかん。第一、そこまで優先度を上げるほどのことではないはずだ。』

 

そう言いつつ、アインズは無意識のように指先で机をひっかいていた。

かり、かり、かりと、音がする。

 

(・・・・いっそのこと、あの仮面を何が何でも剥いでおけばよかった。)

 

見えなかったから気になったのだ。その下に、まったく違う顔が隠れていたとわかれば、それできっと終わりだったのだ。

隠され、会えないからこそ、駆り立てられる。

 

アインズのその言葉にアルベドは、至極、不思議そうな声を出した。

 

『アインズ様が求められている、それは最優先事項になってしかるべき事では?』

 

その言葉にアインズの中で、何かが、そわりと揺れた。

 

いいのだろうか?こんな私情を優先して?

 

けれど、アインズはすぐにそれを振り払う。

 

「ナザリックの上に立つ存在が、人間などに執着するなど笑えんだろう?」

 

アインズは、百合という女への執着という点でアルベドに対して、他とは違い、少しだけ気安いというか、独特な関係を保つことになった。

ある意味で人間というそれへの対応に対して本音が言える部分もあるためありがたかった。

アインズのそれにアルベドはまた言葉を続ける。

 

『・・・・アインズ様。確かに、現在、ナザリックは未曾有の危機に面しています。ですが、それ以上に、ナザリックに残られた至高の御方のささやかな願い一つ、満たせずにして何を僕と呼べましょうか。』

 

アインズ様?

女の、柔らかな声がする。それは、無邪気な少女の言葉のようで、それと同時に手練手管に長けた女のもので。

 

『欲しいのでしょう?その女が。ならば、あなたは手に入れてしかるべきなのです。』

あなたは我らの主なのだから。

 

ぐらりと、思考が揺れた。

 

 

 

アインズ、いいや、モモンガというそれはアンデッドである。

死を得ているからこそ、不死という矛盾に満ちているそれは精神系の魔法への耐性を持つが故に、延長線上として感情の起伏が強制的に抑制される。

それはゲームにおける特性が異世界において転換されたものといえる。

 

魔法や種族など、ただのフレーバーテキストでしかなかった状態が現実へ変換されてしまっている。

 

アンデッドは基本的に死に触れるが故に生者を憎悪する。けれど、そんな中にもその憎悪を抑制し、人と交流を持つモノが存在する。

彼らの違いとは何なのか。

 

簡単だ、アンデッドは生前に執着したものに囚われるのだ。

 

死に瀕した者は、まず生を望む。

死にたくない、生きたい、その強烈な感情はアンデッドになってなお染みつき、それが故に、生を求めて生者を襲うのだ。

死に瀕した折、生きることではなく、違う方面に執心したものが、執着の方向性を変え、憎悪を抑制する。

 

さて、ならば、アンデッドであるモモンガはどうなのか?

彼が鈴木悟から、アンデッドであるモモンガになったおり、彼が執心していたのはギルドメンバー。そして、いなくなった姉について、だ。

 

アンデッドは感情の起伏が抑制される。

けれど、それには例外が存在する。

アンデッドになる前に抱えていた執心の前では、冷静さは欠け、欲望に対して忠実になる。

アンデッドは、死を体験するが故に不死になる。そうして、その時、彼らの時は止まってしまうのならば。

彼らは永遠にそれに囚われる。

 

 

『・・・・ああ、そうだ。欲しい。』

 

アインズは茫然と呟いた。

そこには理性的なものなどなく、ただ、ただ、突き動かされるような何かのままに呟いた。

けれど、アインズは、己が冷静さや、合理的な思考を欠いているなんて思わない。

だって、そうであるのなら、感情は抑制される。

だから、アインズは思い込む。

己はひどく冷静で、そうして、合理的に、ナザリックのことを考えて行動しているのだと。

 

『ならば、求めればいいのです。そのための我らなのですから。』

 

アルベドの、甘い声がした。

それに、アインズは考える。

そうだ、欲しいのだ。欲しくて、欲しくてたまらない。

どうしても、その女に、たった一人だけの優しい誰かの面影を見るから。

 

がり、とアインズは机をひっかいた。

 

そうだ、いいはずだ。

だって、事実、その女はどうもこの世界において強者の部類で、そうして、何かしらの秘密を抱えているのならば。

きっと、ナザリックにとって有益になるはずだ。その後は?その後は、そうだ、自分の好きにしても良いはずだ。

 

アインズはゆっくりと、アルベドにリスという女について探索を命じた。

 

 

セバス・チャンからの報告にアインズは小躍りをしたくなった。

勝手に八本指に喧嘩を売るように、女を助けたことも許してしまいそうなほどだった。

ツアレという女についても保護を承諾した。

それは、きっと、リスの気を引ける材料になるだろうからと。

 

 

改めて会ったリスというそれは変わらなかった。

何か、アインズに対してだけ愛想がない。交流があるというアダマンタイト級の蒼の薔薇たちとは気安い会話を繰り広げてなお、アインズのことを見ない。

 

アインズは、今までの経験上、アダマンタイト級の冒険者という肩書きがどれだけ誘蛾灯になるのかを理解していた。

だからこそ、二人きりになれば、少しぐらい会話だとか、何か、反応があると思ったのだが。

 

彼女はやはり、アインズに興味を示さない。

 

食事に誘えば、腹は減っていないという。

アインズはそれに苛立つ、指先がピクリと震えた。それと同時に、羞恥で転げ回りたくなる。

女性を食事に誘って、けんもほろろを体験した男にはよくわかるだろう?

それもアンデッドの感情の抑制によってなくなったが。

気まずい時間が流れた。

 

悲しいかな、童貞であったアインズにはスマートな女性との会話など期待できない。だが、ここで引くのはあまりにも情けないし、かっこ悪いし、どうかと思うのだ。

けれど、何を話せばいいのだ?

固まったアインズになにを思ったのが、それとも、察したのか、リスは魔法の話を振ってくれた。

それにアインズはほっとした。そうだ、最初、自分はそれが目当てで彼女に近づいたのだったから。

 

 

魔法についての話では、アインズの望むものは出てこなかった。死体も存在しない、生き返りはやはり難しいのだろう。

ただ、人間以外の魔法、という点では希望がないわけではないようだが。

その話しの中で出てきた、会いたいという人。

 

そうか、同じか。それさえも、あなたと私は同じなのか。

ああ、それが嬉しい。

その寂しさを知っていてくれる人であることが嬉しい。

でも、会いたい人は誰?

好きな人?

愛しい人?

リスというそれを満たす何かが憎らしくて仕方が無い。

自分のことを見ないのに、見ている誰かが邪魔で仕方が無い。

 

なのに、探しに行かないと言うことに苛立つ。

そんなにも会いたいのなら探しに行けばいい。それを阻む存在がいる、リスというそれの生き方に影響を及ぼす者がいる。

 

それに、ちりちりと、また、煽られる。

アンデットは気づかない、ぐるぐると回る、鈴木悟の残滓の執着に囚われていることに気づかない。

だって、冷静でないのなら、抑制されると信じているから。

だから、アインズは自分が冷静であると疑わない。

 

そんな話の延長線で、リスは珍しく、感情をあらわにして八本指を罵倒した。

 

ああ、珍しいと思った。

いつも、静かで、何かへの激情など見せないのに。

それだけの嫌悪は浮き彫りになっていた。

 

そうか、嫌いか。これは八本指という存在が嫌いなのか。

ならば、それを消してしまえば。

 

あなたは俺を見てくれる?

 

 

肩に手を置いたのは、偏に、リスというそれに念を押すためだった。

いなくなればいいと、本当にいなくなったとき、あなたは嬉しいだろうか?

 

ヘルムの内側から、女を見る。

木彫りの仮面越しに、女のことをのぞき込む。

触った肩は思った以上に華奢で、そうして、脆そうだ。

それにアインズはうっとりと微笑んだ。

それはとても弱くて、自分の手の内に収まっている光景に満足した。

だって、ずっと、するりするりと、自分の手の内から逃げ出していた存在が行儀良く収まっている様が溜まらなく満足を誘った。

フード越しに指先をかすめた首の華奢さえもいいと思った。

 

簡単にへし折れるそれは、アインズにとって弱者足るそれだった。

 

このまま、連れ去ってしまおうか?

そんな感覚が頭を擡げる。

きっとばれない。

きっと、ばれずに、ナザリックの奥底に隠してしまえる。

 

いいや、可能性を考えろ。

ばれる可能性もあるだろう?

理性の声と、本能の声が思考を埋める。華奢な女の肩に指先を滑らせて考える。

その時、だ。

 

女の敵意と言える、拒絶の声がした。

 

それにアインズはようやく、名残惜しく、肩から手を外した。

そうだ、今ではない。

嫌われたいわけではない。

あくまで、自分たちの有用性と、正当性を示してから。

嫌われたいわけではない。拒絶されたいわけではない。

だから、今は。

アインズは手を離す。

 

女は宣う。自分がアダマンタイト級の冒険者で、社会的にそんなことをしてもメリットがないと信じているからこそ、アインズに気安く背を向けて、構わないと約束をする。

だから、アインズは嬉しくなって笑ってしまった。

 

ああ、そうか、なんでも言うことを聞いてくれるのかと。

 

「・・・本当に、いいことを聞いた。」

 





裏話

アインズは実は長いこと嫉妬マスクを持っていなかった。
クリスマスぐらいはという姉の言葉に従って家族で過ごしていたため。ただ、ギルドが大きくなり、交流も多くなってようやく嫉妬マスクを入手した。
ちなみに、ギルドメンバーはあくまで家族と過ごすと聞いていたので、親とか兄弟だろうと思っていた。

百合がユグドラシルを初めて、まだかろうじて残っていたペロロンチーノやウルベルトなどと実際にあったとき、百合とモモンガに血のつながりがないことを知り、
「血のつながりのない姉と一つ屋根の下!?モモンガさん、エロゲの主人公じゃん!?」と
ペロロンチーノが叫び、他のメンバーにどつかれたことがある。
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