機動戦士ガンダムExtincters 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
地を這う業火。
灰燼と化した街並み。
散らばった腕や脚ともとれる部品の数々。
最早命の輝きすら奪い去ってしまうほど眩く煌めく舞台上に、二体の傷だらけとなった鋼鉄の巨人が向かい合っていた。
一方は身の丈をゆうに超える重槍を。
一方は身の丈をゆうに超える大剣を。
互いに得物を構え、いつでもその矛先を交えてもおかしくはない状況。故に下手な動きは出来ず、まるでその場の時間だけを切り取ったかのように錯覚するほどだ。支配しているのは燃え盛る炎の音と、互いのコクピット内に響き渡る幾多もの警報音のみ。一方は静寂さを保ち、一方は息を切らす。その違いはあれど、両者が持ち合わせる闘志はまだ燃え尽きてはいなかった。だが、変わらない状況は段々とイライラを募らせる。
刹那、炎に飲まれた建物の外壁が崩れ落ちた。そのありふれた音は、今この場において極めて特別な音となった存在だ。
コンクリートの塊が地面に叩きつけられて出された音を合図に、両者は背中のスラスターに火を灯した。炎をかき消すかのような風を巻き起こしながら突き進む両者。そして、お互いに得物を振るい、異なる切っ先は今、交わろうとしていた——。
1-1
「——おーい、起きてるか?」
北米大陸に位置する都市カンパニアン。そこに設立されている博物館の展示物を点検している最中、この男性——アレックス・ハクスリーはふとある事が気になり、とある展示物の中を覗き、声をかけた。覗き込んだ展示物の中では女性が居眠りをしていたのだ。先程から彼は彼女に対し起きるように声をかけつづけている。時折声に反応して彼女がこもったような声を出したりするのだが、それでも完全に意識を夢の世界から現実世界へと戻すには足りない。その如何にも熟睡しているとしか思えない様子に呼び掛けた声の主であるアレックスは軽くため息を吐く。
「はぁ……だめだ、完全に寝てやがる……ったく、作業中に眠りやがって……」
アレックスがため息を吐くのも無理はない。今目の前で寝ている女性はよりによって作業中に居眠りをしてしまっているのだ。その証拠に膝の上に乗せているタブレット端末には作業項目が明記されたチェックリストが表示されており、まだ確認されてない項目がある事が存在している事を明らかにしてくれる。居眠りしている事自体はもう何度も見慣れた光景ではある。彼女はここにいると大抵居眠りしている事が多い。それに関しては誰もが知っている事実であり、特に迷惑にならないようであるなら許容しているほどだ。しかし今回は違った。この博物館にあるものは少々特殊なものがほとんどを占めており、半月に一度定期点検を行なっている。よりにもよってその重要な仕事がある時に居眠りをしてしまったのだ。自分を含め他に仕事に当たっていた者は自分のノルマをこなして、多くは帰途に着く支度をしている事だろう。残っているのは彼女だけ。しかも、今回の責任者として任命されているアレックスも点検した展示物の状態を把握しなければならず、最後のチェックリストが提出されるのを待たなければならなかった。だが、こんないつ起きるのかわからない状況では待っているのは愚策でしかない。呆れを通り越し、微かな苛立ちが生まれ、目の前の憎たらしいほど安らかな寝顔が苛立ちを膨れ上がらせる。
「おい、起きろ! いつまで寝てんだお前は! ——いい加減起きろって言ってんだろうが!! シア——ッ!!」
「ふぇっ!? は、わ、な、なに!?」
アレックスの怒声にも似た声により目を覚ました蒼髪の少女——シア・バーナムは、その突然の大声に突き上げられるかのように驚き、間抜けな声をあげる。微睡みの世界から急激に現実世界へと呼び戻された事により、彼女は自分の身に何が起きたのかを把握できずにいた。しかし、その状況がよりアレックスの小さな苛立ちを募らせ、怒りを通り越し、呆れへと昇華させていく。
「なにじゃねえよ、なにじゃ。またそこの中で眠っちまってんじゃねえか。なんだ、お前はここに来てまで居眠りをしようって魂胆じゃねえだろうなぁ?」
「あ、あはは……いやぁ、なんていうの? ほら、このシートが柔らかくて気持ちいいから、ね。それにここってなんだか落ち着くし、気がついたら、つい……」
アレックスの訝しむような問いに、シアは思わず視線を泳がせた。笑って誤魔化すような態度をとる彼女。大抵はこうしてこの場を切り抜けて来たが、今日のアレックスは少々虫の居所が悪かったようだ。
「つい、じゃねえ、ついじゃ! お前これで何回目だ!? そこはお前のベッドじゃねえっつの! 寝るなら寝るでちゃんとしたところで寝ろ!! つーか、いい加減居眠りするのやめろ! 色々と仕事に支障がでて仕方ねえ!」
彼はシアを怒鳴りつけるように叱った。怒りを通り越して呆れへと昇華したものの、この状況をさらりと流すことは彼に出来なかったようだ。むしろ今までこんな風に怒ったことなどほとんどなかったため、彼自身もこんな風に怒鳴っていることに内心驚いていた。
一方、怒鳴られたことに驚き思わず肩を竦めたシア。居眠りの常習犯ではあるものの、一応罪の意識というものは持っていたようで、大層バツの悪い顔をしている。とはいえ、くどくどと言われるのはあまり気分のいいものではない。
「——というか、そもそもでお前はな——」
「……はいはい、わかりましたよハクスリーさん。居眠りしてた私が悪かったですよー」
説教を続けるアレックスの次の句を遮るように、彼女は謝罪の言葉を述べる。その無理矢理話を切り上げるかのような言い方と、あまりにも適当な謝罪の仕方、そして露骨な呼び方の変わり様に彼は怪訝そうな表情を浮かべた。
「……シア、お前絶対反省してないだろ」
「そ、そんな事ないよー?」
「……全く、懲りねえ奴だ。とりあえず、眠りこけていたのはどうしようもないとして、ちゃんとチェックリストの確認は終わってるのか?」
「チェックリストは……あとちょっとだけ残ってる」
「はぁ……早く終わらせて仕事を切り上げるぞ。あんまり遅いとグレッグの爺さんに怒られちまうしな。終わったらチェックリストを渡してくれ」
「はーい」
彼女の様子を見ていると怒っていることすら馬鹿みたいに思えてきたアレックスは速やかに仕事を片付けるようにシアへ促した。どうやら彼が思っていた以上に作業が進んでいたようである。この様子ならば予定より少し遅れるが、全ての作業が完了すると判断した彼はその場を彼女に任せて離れた。
残ったシアは一度シートに座りなおし、残っているチェックリストの確認を再開した。
(さて、と。さっさと終わらせますか。えっと、残っているのはこの辺のスイッチか。どれどれ……一番から五番まで異常無し。コントロールスティックの状態も良好、っと)
外部の点検はすでに済ませているようで、後はシートの周りにある機器の確認だけだった。スイッチを入れたり切ったりしてその反応に異常がないか、シートの左右両方に備え付けられているグリップ——コントロールスティックの状態はどのような感じになっているのか……その他細々とした内容をチェックリストの項目欄に記載していく。それらの項目は整備士に任せる内容も多く、少なくとも彼女のような学生に任せるには荷が重い。彼女自身、自分がこの展示物の本格的な整備を行なっているように感じていた。
(とはいえ、この機体が動くことはもうないと思うけど。長い間戦争なんてものは起きてないし、このまま展示されているだけで余生を過ごすんだろうね)
全ての項目に記入が完了したシアはおもむろに目の前のメインコンソールを撫でた。若干古めかしい雰囲気を醸し出しているそれを優しく撫でた彼女はふと軽くだが、ため息を吐く。そこには僅かばかり残念がるようなものが含まれてはいたが、それ以上に全てのチェックリストが完了したことに対する安心感も含まれていた。
記入を終えたタブレット端末を抱えた彼女はあるスイッチを押し、自分の座っていたシートをリフトアップさせた。視界が急激に明るくなり、彼女は数時間ぶりに外へと出ることになる。外へと出た彼女はそのままシートから降り、目の前に来ていた昇降用リフトへと飛び移った。最早慣れた手つきでリフトを下ろすシア。降りた先には待ちくたびれたような表情をしているアレックス。
「これで全部のチェックは完了したよー。はい、チェックリスト」
「お、そうか。それじゃ、後は自由にしていいぞ。ただし、爺さんがここを閉める前に出ろってよ」
「はいはい、わかってますって。じゃ、お疲れ様でしたー」
「全く、居眠りしてたやつが何を言ってるんだか……おう、また明日もよろしく頼むぜ」
「はーい!」
若干呆れが残っているアレックスだが、この仕事を任せられるのは彼女以外に適任がいない事も知っている。居眠りをしてようがしてまいが、その仕事に対してはそれなりの信頼を寄せている。チェックリストをシアから受け取った彼はすぐにそれを提出するべくその場を後にした。
(じゃ、ちょっとだけ楽しんでいこうかな)
再びその場に残ったシアは先程の手順を全く逆に再生したかのように、リフトを操作して露出していたシートの元へと向かった。地上からおおよそ20メートルはあろうかというそこにたどり着いた彼女の目には巨大な頭が飛び込んで来る。その周囲にも似たような雰囲気を持つものがいくつもある。そう、彼女達がが先程から点検していたのは並大抵の展示物ではない。
モビルスーツ。略称はMS——ごくありふれた人型の機動兵器である。民間の作業用として出回っているものから、軍用の主力兵器として認知されているものまで多種多様なものがある。この博物館——カンパニアン戦争博物館にはかつての戦争で用いられたモビルスーツが展示してあるのだ。その一機にシアは乗り込んだ。
(こうフットペダルに乗せて、メインコンソールを適切な位置に合わせて、コントロールスティックを握れば……)
シートを下ろし、チェックリストを書き込んでいた時と同じ状態にする。もう何度もやってきた事なのだろう、非常に慣れた手つきで一連の作業を済ませていく。
(うーん! 動かせないとわかっていても、実際にこうしてみるとつい興奮しちゃうよね! でも、昔の資料でしか動いているのは見たことないから、余計に動かしてみたいって思っちゃうよ)
コントロールスティックを握り、そのトリガースイッチに指をかけた彼女の気分は最高潮に達していた。自分が先程チェックした事もあり、その動作はまるで古さを感じさせないほど滑らかなものだった。スライドレールに沿って動かしても、フットペダルを踏み込んでも、何一つ違和感など存在していない。その人に苦痛を与えないレスポンスの良さは、この機体がレプリカなどではなく本物であるからに他ならない。だが、これほど操縦に必要なものを激しく動かしても、機体が全く反応しないのは、モビルスーツの動力源であるジェネレーターが起動してないからである。ジェネレーターが動いていない以上、どのような操作を行おうとも、それが機体に反映されることはない。また、ジェネレーターを起動させるキースイッチはあるものの、その起動キーを渡されていないため、彼女を含む誰にもそのスイッチを回すことはできない。故にシアがこのような操作をしても問題がないのだ。
しかし、彼女にとってそれは少々残念なことである。この機体が動いているところを捉えた映像資料を前に閲覧した事がある故に、この機体が実際に動いているところを見てみたい、いや自分がこの機体を操ってみたいと思うようになっていたのだ。こうして機体のコクピットに入り込むことはできても、それは叶えられないことである。だが、今こうして操縦しているフリをしているだけでも彼女には十分だった。
(ああ……無理だと思っていてもいつか動かせる日が来るといいなぁ……)
心の内側でそんなことを思いながら、ひとしきりに操縦している気分を味わった彼女は再びコクピットの外へと出た。そして、機体の首元にあるサブコンソールを操作し、重々しい音を響かせるハッチを完全に閉じた。完全に閉まった事を確認すると、またリフトへと飛び乗り地上へと降りる。
「ふぅ……よいしょ、っと」
「ほう、またアレに乗っていたのか、お前さんは」
「あ、グレッグ館長。はい! やっぱり、好きなものは好きですから」
リフトのデッキに備えられている柵を飛び越えるように降りたシアの元に一人の老人がやってくる。グレッグ・オストロム、この博物館の館長である。本来、この状況なら説教をされてしまうのが普通だが、彼はシアが展示物の機体に乗っている事を容認している。むしろ、何度も同じ機体に乗り込み続けているシアを見て、よくも飽きないものだと思っているくらいである。シア自身もそんな風に接してくるグレッグを、近所に住んでいる面倒見のいい爺さんのように思っている。だからこそ屈託のない笑みを浮かべて答えられているのかもしれない。
「全く、お前さんくらいの年頃ならもっと別のものに興味を持つだろうに。よりによってモビルスーツに興味をもつとはな」
そんなさも当たり前のように言い切るシアに、グレッグは思わずそう呟いた。彼自身、モビルスーツを好きになるのはおかしくは無いと思っている。だが、シアは女性である。普通は男性が興味を持つような分類にあるモビルスーツ、大きく引っ括めて兵器に興味を持つ女性はあまり多くはない。普通はファッションとか化粧、芸能人といった分野に興味を持つ筈だ。少し一般とは離れたものに興味を抱いたシアに、グレッグは決して口には出してないが多少なりと対人関係での不安を抱いていた。
「別にいいじゃないですか。好きなものは人それぞれで。みんな違っているんだし。モビルスーツが好きな女の子がいたっておかしくはないでしょ?」
だが、そんな考えはシアの言葉によって脆くも崩れ去る。少なくともこんな風に満ち足りたような笑顔で答えてくるような人間に限って対人関係での問題などない、そう彼は思わざるを得なかった。とはいえ、彼自身が生きてきて80年近く経とうとしているわけだが、ここまで特定のモビルスーツに興味を持つ女性、しかも年頃の少女には会ったことがなかった。自分の経験談と現状照らし合わせた彼は思わず唸ってしまう。
「むむむ……普通はおらんと思うがのぉ……まぁよい。いずれにせよ、お前さんのお陰でコイツも綺麗になった訳だからの」
しかし、これ以上言ったところで何が変わるわけでもない。半ば諦めにも近い気分になった彼は、先ほどまでシアが乗り込んでいた機体を見上げた。もう何十年と経過しているその機体だが、まるで新品同様に磨き上げられており、装甲の表面には汚れの一つすら見当たらない。展示物としては最良の状態であると言っても過言ではないだろう。
「そりゃ、この博物館で一番私のお気に入りだもん。しっかり磨いて綺麗にしますって」
磨き上げられた機体を賞賛するグレッグの横で、シアはさも当然のように胸を張ってそう答えた。おそらく彼女一人で全てを磨き上げたのだろう。これほどのものを磨き上げるのに一体どれほどの時間と根気、そしてやる気が必要になったのだろうか。モビルスーツ好きもここまでくると見上げたものだと彼は思う。同時にそのやる気の使い道は他にないのかと内心思っていた。
「そのやる気をもう少し学業に向けたらいいのにの。アレックスから聞いたぞ、『いくら成績が中間くらいを維持してるとはいえ、勉強してるように見えないから、家庭教師として来てくれってお袋さんに頼まれた』、とな」
「うぐっ……ち、ちゃんと勉強してるし。が、学校でも真面目に授業受けてるから大丈夫だし……」
グレッグにそう言われたシアは思わず顔を背けた。学生の身であるシアにとって、いくら学校終わりに博物館の手伝いに来ているとはいえ、学業の方が重要度は高い。グレッグにはそう答えたものの、彼女の学校での成績は普通よりもほんの僅かに上なだけであり、特別悪いわけではないがそこまでいいものではない。加えて帰りはいつものように博物館へと立ち寄っているのだ。そのせいで彼女の母親からは勉強しているように見えないようである。そのことに関しては自覚があるのか、シアの彼に対する返答の声は次第に窄んでいった。その様子を見たグレッグは軽くため息をついた。
「露骨に目をそらすんじゃない。とにかく、帰ったらちゃんと勉強する事。もし成績が下がったりするような事があったら、ここの手伝いに来てもらうのを減らす他ないのぉ」
「絶対そんな事にはならないので心配しなくても大丈夫ですって! 母さんは見てないって言うけど、帰ってからはちゃんと勉強してますから!」
そう言い切るシアに対し、グレッグは半信半疑といった感じだ。とはいえ、彼女としてもここに来れる頻度が下がってしまうのは決していいものではない。こう言っておけば少なくとも今日はちゃんと勉強するだろう、そう彼は思っていた。
ふと、彼はおもむろに腕時計へと目をやった。そろそろ博物館の閉館時間が間近に迫っている。
「そうかそうか。それじゃ、今日はもうここを閉めるから、もしものことが起こらないように早く帰って勉強しなさい」
「はーい! それじゃ、明日もちゃんと来ますね!」
グレッグに促され、シアは帰る準備を始めた。とは言っても彼女の持ち物は肩掛け鞄一つだけなのだが。シアの元気の良い返事を聞いた彼はそのままその場を後にしていった。これから全館の見回りをしてくるのだろう。いつのまにかそんな時間になっていたのだと、彼女は今更ながら思った。彼女がここにいられるのは博物館の閉館時間までである。学生の身で手伝いという名目で来ているため、それ以上を過ぎることは流石に許されていない。荷物を持った彼女は博物館の出入り口へと駆け足で向かっていく。だが、その途中で彼女は一度後ろを振り返った。視界には、博物館に入って真っ先に目に飛び込んでくる、この博物館の目玉とも言える展示物——彼女が一番気に入っている機体が写り込んだ。
「また明日ね……ガンダム」
そのツインアイで虚空の彼方を見つめているかのような重装甲の機体に向かって呟いた彼女は、足早に博物館を後にしていったのだった。