機動戦士ガンダムExtincters 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「ごちそうさまー」
「シアったら……少しは落ち着いて食事をしたらどう? そんなに急いで食べるとはしたないって思われるわよ?」
夕食後、シアは彼女の母親であるライアに窘められていた。というのも、あまりにも急いで食べていたものであり、その様子がライアにとってはしたないと感じていたからである。ライアにとって食事の時間は体を休め、ゆったりとしながら落ち着いて過ごすものだと幼少の頃から教えられている。しかし、先ほどのシアはそれに反するものだ。とはいえ、彼女にだって言い分はある。
「そんなこと言われても……だって早くしないと、今度は早く勉強しろって母さんが言うし」
ライアが勉強をしろと急かすからである、というのがシアの言い分だ。ただ、はしたないという自覚はあったのか、反論する声は少し小声だ。加えて顔をうつむかせて、目線だけをライアに合わせている。それを見たライアはシアにも自覚があることに気付き、思わずやれやれといった表情になり、軽くため息を吐いた。
「別に食事で遅くなるのは何も言わないわよ。それよりも、今日もまた博物館に行ってたんでしょう? 今日も帰りが遅かったし……そっちにかまけている暇があったら学校の勉強をして欲しいわ」
シアの言い分に対し、ライアはそれは許容の範囲にあると言った。だからこそなのだろうか、シアがカンパニアン戦争博物館によく足を運んでいる時間を勉強に回して欲しいと言っているのは。実際、今日シアが帰ってきたのはライアの夫であるケネスが帰宅した時よりも遅かったのだ。そのような時間では、家で勉強する時間は大きく減ってしまうだろう。博物館という学習の場であれど、シアが遊び惚けていると考えたライアは思わず顔をしかめた。
「帰って来てからちゃんとしてるって。それに、この間の試験だって悪くない結果だったし。何もあそこに行ってるから成績が落ちたなんてことは無いからね」
しかし、シアとて何も全く勉強していないというわけではない。時間は決して多くないとはいえ、帰宅してからしっかりと勉強はしているのだ。それが影響しているのかはわからないが、シアの成績は中間ぐらいを維持している。側から見たら良いとは言えずとも決して悪くないものだ。しかしその言い分に対し、いったいどんな時間にどんな勉強をしているのか……自宅でシアが勉強している姿をあまり見たことがないライアは思わず疑いの目を向ける。何より問題点はそこではなかった。
「そういう問題じゃないの。今はそれでいいかもしれないけど、そのうちどこかで躓く場面に直面するかもしれないわ。そうなった時に困るのは貴方なのよ。それと前にも約束したけど、今より成績が下がったらもう博物館には行かせないわよ」
「言われなくてもわかってるよ。私だって変に酷い成績になって、彼処に行けなくなるのは嫌だしね」
「本当にわかっているのかしら……?」
間を置かずそう答えたシアに対し、ライアは思わず怪訝そうな視線を送っていた。シアが自分の言葉の意味を本当に理解しているのか……それはライア自身にも詳しくはわからない。しかしながら、今のシアの口調から察するに、一応は分かっているようだが、それでも未来のための学業を博物館へ行くための許可証と同じように考えていることに対する一抹の不安を拭うことはできない。
「まぁまぁ、その辺にしておきなって。シアだって流石にわかってるだろ。それに、学生のうちは好きな事にのめり込んだらいいさ。大人になったら中々できないこともあるしな」
ライアの説教が始まりそうになった矢先、先ほどから二人の会話を静観していた夫のケネスはライアを宥めるように口を開いた。そのあっけからんもなく言う夫に対し、妻の表情には戸惑いが浮き出る。
「あなた……でも、シアが好きなものはモビルスーツなのよ。普通、ああいうのは男が興味を持つものじゃ……」
「別にいいじゃないか。女の子がモビルスーツを好きになってもさ。それに、モビルスーツ好きのお陰でシアは歴史に関して強いぞ。第一、好きなものに男も女も関係ないだろう?」
ライアとしては、シアが度が付くほどのモビルスーツ好きであることに異議を申し立てたいようだが、ケネスにとってはそんな事は関係ないらしい。それに、シアにとっても、少なくとも悪い影響ばかりではないようであり、彼としてはシアがモビルスーツを好きな事に口を出すつもりはないようだ。
「父さんの言う通り。私がモビルスーツ好きで困ったことなんてないでしょ?」
父のその言葉を聞いて少し調子にのるシア。ケネスの言葉もあって、まるで勝ち誇ったかのような顔でライアに視線を送った。
「あるわ。あなたの帰りが遅い事」
しかし、当のライアはにべもなくバッサリとそう答えた。予想だにしなかった回答がやってきた事で、痛いところを突かれてしまったシアは肩をすくめてしまう。
「……ごめんなさい」
「まぁ、もう慣れちゃったし、あんまり気にしてないけどね。ただ、今日みたいに遅いと流石に心配するわよ」
「ああ、父さんとしてもそれは母さんと同じだな。今日だって、シアの身に何かあったんじゃないかと不安になったぞ。次はあんまり遅くならないようにな?」
「……反省してます」
ライアからはいつものように言われているから慣れているものの、ケネスにはあまり怒られた事はないシアは、先ほどよりもさらにしょんぼりとしてしまっていた。とはいえ、ケネスもそこまで怒る事は出来ないのか、素直に謝ってきたシアの姿を見てやれやれといった表情を浮かべている。「わかってるならよろしい」と優しげな雰囲気でケネスはシアに声をかけた。父親としてはこれ以上娘に干渉するのは如何なものかと彼は心の内で考えていたが故の簡潔なやりとりだ。
「あとは、貴方の学校よ。もしかして貴方がいじめられたりしているんじゃないかって考えたら心配で心配で……」
しかし、どうやら母親は心配性な生き物であるようで、そう簡単にいかないようだ。ライアにとってシアは大事な一人娘である。そんな娘が見ず知らずの誰かから危害を加えられているなどと考えた暁には夜も眠ることができなくなってしまうだろう。
「もう……そんな事はないから心配しなくていいよ。それに、アレックスや同じような趣味の友達とかちゃんといるから」
そんなライアの心配そうな表情を見て呆れたのか、シアは一息置いてから言葉を紡いだ。彼女とてそこまで心配されていると少しだけ鬱陶しく感じてしまう。多感な時期にある彼女にとって、過度の干渉はあまりして欲しくはない。それでも、少しでも違うところがあると心配してしまうのが母親という生き物なのである。
「だといいんだけど……」
「ライア、あんまり心配しすぎるのもどうかと思うぞ。シアの事が大事なのはわかるが、ちょっとは信じてやりなって」
しかし、あまりにも過保護すぎるというのも考えものだ。そのきらいがあるライアを少し窘めるようにケネスは声をかける。心配する気持ちは分からなくもないが、ライアの心配性は普通より少しだけ度が過ぎているように感じてしまうケネス。だが、言われた方としてはなんとも言い難い。ケネスはシアにあまり干渉しないようにしている故、ライアには不用心と思われがちなのだ。相反するような性格の二人の会話は平行線に突き進む。
「あなたまで……」
「よし、この話はここまでにしよう。もうシアだって17になったんだ。一人でもなんとかやれる力はあるだろうさ」
だが、その話はケネスが無理矢理終わらせた。このままいっても平行線で終わりが見えないからなのだろうか、はたまた折角家族と過ごしている時間なのだから、三人混ざって会話して過ごしたいからなのかはわからない。しかし、これでライアによる過度の心配を受ける事が一時的にだが止まったシアは思わず息を吐いた。同時にリビングのテレビに電源を入れる。丁度ニュースの時間だったのか、今日のトピックスが大々的に報道されていた。
『——本日午後、アルビアン連合領バレミアとカンパニアンの境界にある森で所属不明のモビルスーツが発見されました。現在、軍主導による調査が進められており、現段階では少なくとも一機はモビルドールの可能性があるとの事で——』
流れてくるニュースを眺めていたシアとケネスは思わず難しそうな表情になった。
「なんだ、ここからそう遠くない場所じゃないか。こっちに飛び火して来なければいいが……いずれにしても困ったものだ」
「確かに。でも、モビルドールって言ってる事だから、同盟軍の機体かな……あんな形状している機体は博物館でも見た事ないから、よくわからないや」
そう、報道されていた場所からシア達が住んでいる地域までは近いとは言わないが、そこまで遠くはない場所だ。かつての大戦から60年近い時が過ぎてもなお、この近辺からは戦場の痕跡が見つかっている。報道されていた地域を除いても、以前にも不発弾や、モビルスーツの残骸、今回のように機能停止したモビルドールが見つかるといった種々の事件が起きている。しかし、事態に当たった連合軍の対処がよかったのか、これまで大きな被害や影響は起きていなかった。それらの事を踏まえて考えると、おそらく影響なんてものはないではあろうが、ケネスとしては家族を養っているため、二人の事が心配になってしまう。
一方のシアといえば、家族の身の安全を第一に考えているケネスとは正反対に、報道で映っていたモビルスーツについて興味津々であった。わずかに映った映像だったが、今まで博物館や図書でこれでもかとモビルスーツを眺めてきた彼女にとって、特徴から機体を断定することは不可能ではない。だが、今回のはちょっとわけが違っていた。自分の記憶にある機体のどれともなかなか一致しないという事態に陥っていたのだ。だが、報道アナウンサーが話した『モビルドール』の単語により、その問題は氷解する。所属していた可能性の高い陣営を推定できたのなら、あの報道の機体がなんであるのかを彼女が判別するにそう時間はかからない事であろう。
そんなモビルスーツ好きのシアにとってはある意味聴き慣れている単語だが、一般家庭で生活を続けているライアにはほとんど聞いたことのない『モビルドール』という言葉に思わず引っかかってしまった。
「ねぇシア、モビルドールって、モビルスーツとは違うの?」
「ほとんど同じだけどね。母さんにもわかりやすく言ったら、無人で動くモビルスーツってところ。ヒト型の他にも色々な形状の機体がいるね。確か、前の大戦が終わってしばらく経ってから条約で軍事目的での保有と利用が禁止されてたはずだよ」
ライアの質問にさも常識であるかのように答えるシア。まるで専門書から抜粋してきたようにも思える彼女の回答の早さに、ライアは感心してしまうのと同時に呆れてしまった。なぜその技能を学業で発揮することができないのだろうか。趣味にしか生かされていないように感じるシアの能力に、ライアはどこかもどかしさを感じていた。
「というか、母さん、モビルドール知らなかったんだ……」
一方のシアは数秒ほど前のライアのように呆れ返っていた。この程度、彼女にとっては常識の範疇にある知識だ。むしろ知らない方がどうかしていると言えるほどだ。しかし、それは彼女の中、ひいては彼女の内面を形作った世界に限っての常識だ。その事実に少し気分が高揚している彼女が気付くはずもない。再びライアは呆れを含んだため息をついた。
「普通はそこまで詳しくは知らないわ。大体モビルドールなんて言葉だって、昔学校の歴史の授業で聞いた気がするくらいの認識よ。あなたもそうよね?」
「ん? あ、いや、俺はシアの影響受けたのかわかんないけど、お前よりは詳しくなったぞ」
夫に同意を求めるライアだったが、その目論見はあっさりと崩されてしまう。そして、ライアは本日何度目となるかわからないため息をついたのだった。
「……まさか娘に影響された結果がモビルスーツ好きとは……なんだか頭が痛くなってきたわ。私には全部同じように見えるのだけれど……」
ふと口から漏れ出てしまった言葉。ライアにとっては何気ないその言葉ではあるが、シアにとっては聞き捨てならないものである。
「全然違うし! 特にガンダムは他とは全然違うんだから!」
思いきり声を張り上げて、ライアの言葉を否定するシア。モビルスーツ好きの彼女にとって、全てを同じものとして扱われるのは心外でならない。特に彼女のお気に入りを他と同系列に扱われてしまっては、あまり気分のいいものではないだろう。そんな二人の様子を眺めていたケネスは、娘の熱意に勝つにはまだまだ修行が必要そうだな、と心に思いながら口を開いた。
「ほらほら、ここはシア先生に解説してもらったらどうだ、ライア?」
「多分、私は何を言われているのかわからなくなるから遠慮しておくわ。それよりもシア、そろそろ部屋に行って勉強してきたらどう? 明日だって学校あるでしょ」
「はーい……」
ケネスの援護を受けたシアであったが、ライアに勉強しろと言われ、大人しく自分の部屋へと戻っていったのだった。モビルスーツについて熱く語れる時間を得たと思いきや、その直後にかけられた氷水にも近い言葉を受けたせいなのかは知らないが、彼女の背中にはほんのりと哀愁が漂っていたと、ケネスは感じた。
『——次のニュースです。世界各地で活動しているとみられる武装組織『テチス』に対し、アルビアン連合並びにカロビアス同盟は共同戦線を張ることが両国首脳による会談にて先日決定され——』