機動戦士ガンダムExtincters   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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アルビアン連合領カンパニアンにある森の上空を一隻の艦が航行していた。かつて大海を制していたと言われる戦艦の両脇に飛行甲板を取り付けたような、不可思議な形態をとっているその艦はアルビアン連合軍が保有する航空強襲揚陸艦ラティメリア。昨年進水式を終えたばかりの最新鋭艦だ。莫大な推進力を与えるイオンブラストエンジンを響かせ、単艦で空を悠然と飛ぶ姿は、地上から見る人々にある種の興奮を覚えさせるだろう。しかし、そんな地上の人々とは正反対にラティメリアのブリッジにはどこか気疲れしたような空気が満ちていた。その中でもとりわけ気疲れしたような雰囲気を醸し出している、無精髭が特徴の男性はラグナル・セレノ大尉。ラティメリアの副長を務めている。彼は先程から資料が表示されているタブレット端末を忙しなく操作し、その度にため息をついている。

 

「やれやれ……去年、最新鋭艦に配属されてから最初の任務にあたって、この艦の久々の任務がこれとは……気が滅入りますよ、艦長」

「そう嘆くな、ラグナル大尉。これも我々がなすべき仕事だ」

 

そんな彼の嘆きに反応したのはラティメリアの艦長であるエドワード・オズボーン中佐である。軍帽の下に隠れている白髪と整えられた髭も相まってか、かなりの貫禄を見せつけている。ラグナルとは違い、彼はいつもと同じように腰を深く据えて艦長席に座っていた。その表情に迷いなどなく、一職業軍人としての見本と言っても過言ではないだろう。故にラグナルの嘆きには毅然とした態度で返答し、言葉を続けた。

 

「それに、他の部隊は巡航艦隊に組み込まれて同じような事を繰り返してばかりいる。まだいつもと違う仕事があるだけマシだとは思わんかね」

 

基本的にこのような強襲揚陸艦が単艦で行動するというのはまずない。少なくとも巡洋艦クラスの艦艇をもう一隻含めた二隻で構成される部隊で動くものである。しかし、単艦で動けるということはそれだけの自由が許されているか、あるいは機密性の高い任務を遂行しなければならないか、あるいはそれ以外の理由があるかのいずれかに該当する。反対に艦隊に組み込まれるということは、それだけ動きに制限がかかり、自由さというものは無くなってしまう。集団行動を取る以上それは仕方のないことではあるが、同じ作業の繰り返しによるマンネリ化は次第に精神的な負担を拡大させていく。ラティメリアも少し前までは東太平洋第三巡航艦隊に組み込まれており、同艦隊が整備目的で帰投した際に単艦で行動するよう命令を受けたのである。エドワードは何かと割り切っている為、現状を受け入れてはいるが、ラグナルをはじめとする一部クルー達は嘆きとため息の嵐を起こしていた。というのも、突如として単艦行動を命じられた以外にもストレスとなる要因があるからである。

 

「とは言いますがね……よりによってモビルドールの処理任務、それもカロビアスとの合同任務と聞いたら、誰だってストレスが溜まりますって」

 

ラグナルの言葉にブリッジは重苦しい空気に包まれる。今回、ラティメリアに下された命令にはカロビアス同盟から派遣されてくる部隊と合同で任務に当たるよう書かれていたのである。

カロビアス同盟。今から六十年ほど前まではアルビアン連合と地上の覇権を争い、血で血を洗うような戦争——デヴォニクス戦争を各地で繰り広げた、現在の地球をアルビアン連合と二分する大規模国家群である。終戦から半世紀以上が経過した今、終戦直後に蔓延っていた反カロビアス感情などは鳴りを潜めているものの、それでもなお仮想敵国の一つに含まれている彼の国と共同で任務に当たるとなれば、現場の人間にとって精神的な苦痛を伴うことだろう。それ以上に、今回の友軍から敵視された中で共に任務に当たる事など決して気分のいいことではない。それについてはエドワードも理解している。だからこそ、無理にでも割り切っておかなければ部下に示しがつかないと彼は考えていた。

 

「仕方のない事だ。通常のモビルドールであるならばまだ良かったものの、アレほどのものとなれば我々の手には安全に処理する事は難しいだろう」

「自分としてはアレが今まで見つからなかったことが不思議で仕方ないですよ。これ、情報部の職務怠慢じゃないんですかね?」

「今更そんな事を言っても、現状が何か変わるわけではないぞ?」

「そんなことわかっちゃいるんですがね……いくらなんでもあのサイズのシロモノが今まで見逃されてたって事態が恐ろしくてたまりはしませんよ」

 

割り切っているエドワードとは対照的に不安や苛立ちなどが混じり合った感情を募らせるラグナルはタブレット端末を操作し、任務に関するある資料の部分でその手を止める。そして、これほどの情報が今更になって出てきたことに、軍の情報部に怠慢があるのではないかと勘繰り始めた。

 

「確かにな。しかし、深入りなんてするもんじゃないぞ。我々は目の前の事象に対応するのが本分だ。変な腹の探り合いに首を突っ込むと手痛い教えをもらうことになる」

 

しかし、軍隊のような大規模な組織となれば一個人が知る必要のない情報というものもある。知ったが最後、二度と陽の目を見ることがない、というのもない話ではないのだ。余計なことは知らなくていい。長年軍に務めてきたエドワードの言葉にはどこか有無を言わせない圧力がかかっているようであった。

 

「ご忠告、ありがとうございます艦長殿。——それにしても向こうさんからの派遣部隊はどれ程のものなんでしょうかね?」

 

そんなエドワードの言葉に肩を竦めて答えるラグナル。最早ここまできたら何を言っても仕方がないと割り切ったのか、今回の任務に関する事をエドワードに問いかけていた。先程から任務の資料をくまなく目を通していたラグナルはある項目について気になって仕方なかった。無理もない。ラティメリアと合同任務に当たるカロビアス同盟からの派遣部隊に関する情報なのだから、むしろ気にならない方が到底無理な話だろう。資料中にはそれに関する内容が一切記入されておらず、副長であるラグナル自身が知らないならば艦長なら知っていると踏んでのことだ。

 

「直接作戦本部から提供された情報によればグリフェイド級巡洋艦一隻と二個MS小隊と聞いてる」

「ウチと同程度の戦力……なんとかなりますかね、これ?」

 

合流予定の部隊が自分たちと同程度の規模の戦力を有している事がわかったラグナルはまた不安を募らせる。現在ラティメリアに配備されている戦力は航空強襲揚陸艦ラティメリアを中心とし、ラティメリアに配備されているモビルスーツ6機の二個MS小隊と予備のモビルスーツが1機ある程度だ。正直不足していると言われてしまえばそうかもしれないが、ラティメリア自体が強襲揚陸艦としては破格の重装備を施されている。普段ならばその火力と乗員の練度を信じ、あっさりと解答を下すエドワードだが、今回ばかりは彼にも思うところがあるらしく、軍帽を深くかぶり直し、一息ついてから答えを口にした。

 

「なるようにやるしかなかろう。いくら最悪のモビルドールとはいえ、起動しなければこちらのものだ」

 

そう何を隠そう彼らが対処すべき相手はモビルドール、通称MDと呼ばれる半自律行動型のモビルスーツ群だ。今から60年以上前の頃はこのモビルドールが猛威を振るい、連合軍は苦戦を強いられてきていた。その対抗策として当時高性能だったモビルスーツの開発や武装の強化、そして戦術の構築に努め、数の暴力を以って襲いかかるモビルドールの脅威を振り払っていたのだ。そんなモビルドールは戦後60年経った今でも世界のどこかには存在しており、中にはスリープモードにはいった機体も存在している。通常、一般的なモビルドールは普通のモビルスーツとは殆ど変わりない姿や装備の為、装備の整った連合軍部隊であれば特段気負う必要のない相手である。しかし、彼らの相手するモビルドールは普通のシロモノではないと、エドワードは口にしていた。

 

「えっと、エドワード艦長。先程からおっしゃっている、アレとは一体……」

 

エドワードの言葉に真っ先に反応したのはブリッジクルーの中でも最年少である通信士兼オペレーターのロマリア・コルバート曹長。彼女を含めブリッジクルーの殆どがブリーフィングに参加しておらず、尚且つ機密性の高い任務と言われ、詳細がわからない状況に置かれていた。正確にはブリーフィングに参加させてもらえなかった、と言った方が正しいのだが。加えて配布された資料は何箇所も検閲された事項があり、不明な点が混迷を招いていた。故にエドワードとラグナルが何度も口にしていた『アレ』という単語に引っかかっていたのだ。そして、彼女の声を皮切りにブリッジクルーはエドワードに問いかけた。彼女と同じ通信士兼オペレーターのクライド・バッド少尉はその一人だ。

 

「あ、それ自分も気になります。話からしてモビルドールの一つなんですかね?」

「ああ、その通りだクライド少尉。ロマリア曹長、モビルドールについては知っているな?」

「は、はい! えっと、半自立型のモビルスーツ、という認識でいいんですよね……?」

 

ロマリアにモビルドールについての認識を確認したエドワードは一息置いてから言葉を発した。

 

「概ねその認識で構わん。先の大戦であるデヴォニクス戦争の最中、戦場での人材不足解消の為に生み出された、無慈悲な戦闘兵器。それがモビルドール。モビルスーツとは元来ヒト型ではあるが、モビルドールでは別だ。高度なプログラム制御により、ヒト型以上に操作の難しい機体を自在にコントロールできる。その行き着く先がこれだ。副長、モニターに出してくれ」

「了解しました、っと」

 

エドワードの指示によりラグナルはブリッジの大型モニターにタブレット端末から操作して、ある情報を表示させた。四本の厳つい脚部を持ち、二門の大型砲を積み、腕と思わしきものの先端には大型のクローが備えられ、何より頭部と思われる場所にも大型砲らしきものが取り付けられている。その姿は明らかにヒト型から逸脱しており、ヒト型兵器であるモビルスーツやモビルドールとしての認識を根底から破壊していくようなシロモノだ。そのあまりにも異形すぎる姿に、クルーは皆言葉を失っていた。同時に緊張が全体に走る。

 

「これが、作戦目標であるモビルドール、識別名称『アクティラム』だ。今回はこれを安全かつ迅速に解体する事にある。なにせこいつは一機で街を滅ぼせる程の火力を持っているそうだからな」

 

エドワードの口から出てきた言葉を理解すると、あの異形のモビルドールは『アクティラム』と呼ばれるらしい。今まで見たことがないような機体ではあるものの、その名前を聞いたブリッジクルーの一人はとある噂を思い出した。彼の名はマルコス・ブルム。ラティメリアの操舵手だ。

 

「自分も聞いたことがありますよ。過去の大戦中、あのデカブツとの戦闘のせいで連合の街が数カ所消し飛んだとかなんとか……眉唾ものの話だと思ってたんですがね、これを見せられるまでは」

 

彼は自分の前の上司から聞いたという噂を口にしていた。彼自身そんな話は戦時中の与太話だろうと思っていた。どんなにモビルスーツやモビルドールが強力だろうと、たった一機で街を陥落させるなどという事は不可能に近い。加えて街には常駐の防衛部隊が存在しているのだ。単機で殲滅するのは無理な話だ。しかし、このような画像資料を見せられては信じざる得ない。

 

「本当、コイツはとんでもなく縁起のいいものじゃないよ、全く。こっちは中隊規模のモビルスーツ部隊が二機のアレに潰されたって話を聞いたぞ。ああ、考えただけで恐ろしい……」

 

ラグナルもまた似たような話をどこかで聞いていたようだ。モビルスーツ部隊の規模は三機で小隊であり、四つの小隊が集まっての合計十二機で中隊となる。それほどのモビルスーツ部隊となればかなり強力な戦力である事はこの場にいる誰もが知っている。それをたった二機で殲滅してしまったと言うのだから、その戦闘能力の高さがひしひしと伝わってくる。まさしく暴力そのものを具現化したような存在だろう。尤も、ラグナルとエドワードはモニターに表示されている以上の詳細なデータを知っているため、 アクティラムの恐ろしさはこの場にいる誰よりも知っている。故に破壊の限りを尽くし蹂躙していくアクティラムの姿を思い浮かべたラグナルは眉間を抑えて天井を仰ぐ。

 

「しかし、なんだか実感湧きませんよね。確かに話は昔戦争に行った爺さんから色々聞かされましたけど、あれがそんなやばい機体には思えないっていうか……」

 

しかしながら、画像を見てもなおクライドにはあの異質な形状をした機体が、エドワードやラグナル達が恐れるほどの脅威となるものだとは感じていないようだ。大戦中に猛威を振るった悪夢のようなモビルドールとはいえ、その映像資料などは戦後の混乱であまり残っておらず、いくつかは完全に紛失している。最も史料が残っている軍部や博物館と雖も、その脅威を感じる手立てが殆ど無いに等しい。加えて、その大戦から60年という月日が流れており、当時戦争に参加し経験している世代もその数を大きく減らしている。後世に語り継ぐ人間がいないのであれば、いかに凄惨な戦争であったとしてもその記憶は風化していく運命にある。

 

「まぁ、戦時中の話と言われてしまえば与太話だって事も否定できないですからね。それにいざとなったら、このラティメリアの全火力を叩き込めばおそらく粉砕できるでしょうし。そこまで慎重にならなくても問題ないような気がするのですが……」

 

そう答えたのはニーナ・ロレンス中尉。ラティメリアの砲雷長を務めている彼女もまた、アクティラムはそれほどまでに恐れる存在なのかという疑問を抱いていた。最新鋭のこの艦であればあの程度の敵など容易に倒すことが出来る——この艦のありとあらゆる火器を熟知している彼女ならそう考えるのはなんら不思議なことでは無い。何より、優秀なモビルスーツ部隊がいるのだ。所詮は過去の遺物、恐れる事はない——それはニーナだけではなく、この場にいる若手クルーは言葉にこそ出していないが、心の何処かでは思っていた。相手を過小評価しているかのように感じられるクルーをエドワードは気を引き締めさせる。

 

「油断は禁物だ諸君。ニーナ中尉の言う通り、我々の全戦力を持ってすれば叩き潰すことは可能だろう。だが、奴らは戦争の狂気が生み出した魔獣だ。決して気を抜いていい相手ではない。実戦経験の浅い我々には慎重になりすぎるくらいがちょうどいいだろう」

 

軍歴の長いエドワードの言葉は、それが持つ以上の重みをブリッジに醸し出していく。実際、ラティメリアのクルー達は配属されてから未だ実戦というものを経験していない。エドワード、ラグナルの両名は紛争地域へ派遣された事がかつてあるため全くないというわけではないが、多くのクルーは彼らよりもかなり若い。加えて多くの紛争は鳴りを潜めつつあり、そのような紛争地域での任務を経験することなく、彼等はラティメリアへやって来ることになったのだ。だからこそなのだろうか、エドワードの言葉は心に深く突き刺さる。ブリッジにはより一層重苦しい空気が充満していく。先ほどまでの会話は姿を消し、無機質なレーダーの音が一定間隔で鳴り響く。

 

「——それで、向こうにつき次第ブリーフィングの通りに進めればいいんですかね?」

 

その静寂を破ったのはラグナルの一言であった。エドワードの言葉は良くも悪くもクルー達に緊張というものを与えてしまっていた。適度な緊張ならば任務にあたる上で重要な要素の一つになるのだが、過度の緊張は視野を狭め、任務に支障を与えてしまう恐れがある。しかしながら、ラグナル・セレノという男はこういう役回りが苦手な男だ。強引にでも任務に向き合わせるように言葉をかけるしかできなかった。

 

「そうだ。第一MS小隊、及び陸戦隊の指揮は任せるぞ」

「ああ、本当嫌な予感しかしない……」

 

エドワードからの指示を受けていたラグナルは再度眉間を押さえる。これほどまで任務に対して乗り気でない副長の姿を見た事がないエドワードを除くクルー一同は不思議がるが、今は自分自身の事で精一杯であり、特に気に留めることもなかった。

そんな副長の姿を横目にマルコスはイオンブラストエンジンの出力を絞り、蒼黒の艦は次第に速度を緩める。メインモニターに表示されている自艦を示す光点はもう一つの光点——ランデブーポイントに重なりつつあった。

 

「さて、そろそろ予定ポイントに到着する。本艦は現ポイントにて待機、ブリーフィング通り合流予定ポイントにはモビルスーツ隊と陸戦隊を送る。総員、配置につけ」

「「「了解」」」

 

ブリッジの空気はより一層張り詰める。間も無くラティメリアは人々の平和な日々を変えないための作戦を開始する——。

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