機動戦士ガンダムExtincters   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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「こちらアルビアン連合軍ラグナル・セレノ大尉。レメイエフ少佐、応答を願います」

 

前線司令部として機能させているアルビアン連合軍のサブフライトシステム『シャクレイ』より、ラグナルはレメイエフへと通信を繋ごうとしていた。既に作戦の開始時間は過ぎており、そろそろ始めなければ明日までに完了することは不可能である。加えて許可が下りているとはいえ、アルビアン連合領内に長期間カロビアス所属の軍艦を滞在させておくというのは軍民問わずあまりいい感情を抱かない。これ以上遅れるのであれば、様々な問題を引き起こす可能性も決して無いとは言い切れない為、速やかに作業を開始させるための催促をラグナルは行いたいのだが、一向に繋がる気配はない。その様子を彼の後ろから見ていたラティメリア所属陸戦隊の隊長であるデニス・ペテルソン大尉が彼に声をかける。

 

「どうかしましたか、副長」

「ああ。さっきから向こうとの通信が繋がらん。あの少佐のことだから今更不遜な態度を取ることはないと思うんだがな……」

 

ラグナルはあの好印象だった少佐がこのような遅延を起こすはずがないと考えている。アルビアンとカロビアスという因縁の間柄であっても、そのような事を一切気にせず会話をしていたのだ。この時になってこちらを激しく敵視してくるような真似をすることはないだろう、彼はそう考えていた。しかし、現に遅延はおろか通信にすら出ようとしない。これは一体どういう事なのだろうか。困惑が新たな困惑を生み出していた。

 

「向こうには動きが無いようですが、我々はいかがいたしましょうか?」

「とにかく待機だ。陸戦隊は不測の事態に備えて厳戒態勢を維持。第一小隊にはこっちから連絡しておく」

 

ラグナルとしても下手に動くわけにはいかなかった。何しろ対処すべき相手は自分にとってほぼ未知の存在、さらに戦力はカロビアス側の半分程度といったところであり、不測の事態が発生した際に対処しきれるかどうか怪しいのである。この場においては静観を決め込むのが最善の手であろう。

 

「了解。……最悪の事態にならない事を祈るばかりですな」

「余計な一言をつけるんじゃないよ……そうなったらここにいる戦力だけじゃ事足りないだろ」

「ではカンパニアンの駐留部隊に増援は依頼を?」

「……いや、向こうは向こうで緊急時に備えて対応しなければならんだろうからやめておこう。もし、その時が来たらその時だ。一応ラティメリアには報告しておく」

「……本当、何事も無いといいんですがね。では、自分は持ち場に戻りますので」

「ああ。何か変わった点があったらすぐに報告を頼む」

 

デニスはラグナルの言葉を背に、シャクレイから降りる。ラグナルは一息つく暇もなく通信を繋ぐ。通信先はヒュネリア、その一番機である。

 

「マレット中尉、聞こえるか?」

『こちらマレット、どうかしましたか大尉?』

 

ラグナルからの通信にランディ・マレット中尉が反応する。その声音から、ラグナルとは違い今の状況を然程悲観せず、そのまま受け流しているような感じだ。

 

「カロビアスの指揮官から全く応答がない。かれこれ予定時刻より十分近くオーバーしている。あまりよろしくない予感がするものでな、厳戒態勢で臨んでくれ」

『了解。しかし、どういう状況になってるんですか、これ』

「私に聞かれてもな……」

『カロビアス側のモビルスーツは母艦の周りにいるだけで、兵は一人も外に出ている感じじゃないですよ。明らかに不自然すぎるというか……』

 

ランディからの報告に思わず顔を顰めるラグナル。無理もない。ここまで普通ではない事が起きているのだ。自らもコクピットのガラス越しに外を見るが、確かにカロビアス側に動きはない。レメイエフ少佐が母艦へと戻っていった時から何一つ変わっていない。ラグナルにはあまりにも強すぎる不自然さが、かえってそうであるのが当然だと無理に言い聞かせてくるような感じがしていた。

 

「……だからといってどうかできる話ではない。こちらからも呼びかけてみる。他に不自然な動きがあったらすぐに教えてくれ」

『了解しましたよ。——小隊各機、向こうさんに変な動きがあれば即報告しろ』

 

しかし、こちらが手をこまねいていても現状は一向に変わる気配を見せようとはしない。刻一刻と過ぎて行く時間とともに、ラグナルの焦りは強くなっていく。現時点において打てる手は全て打ったのはいいのだが、これがどういった方向に転ぶのかはわからない。

 

(果たして何がどうなるのか……神のみぞ知る、といったところか……)

 

心底穏やかではない。対岸で何が起きているのか、それすらも把握できないままいたずらに時間だけが過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

学校も終わり、私は珍しくどこにも立ち寄らずにまっすぐ帰宅した。というか立ち寄る気力もなかったというのが正直なところだろうか。心の中にはモヤモヤがかかっていて、それにつられて心なしか言葉にも力が入ってないような感じだ。

 

「あら、珍しい。今日は早いのね。何かあったの?」

 

玄関を開けると母さんが洗濯物を片付けていた。いつも帰ってくると大体夕飯時だったりするから、こんな風な母さんの姿を見るとどこか新鮮味を感じる。それは母さんも同じなようで、私がいつもより早く帰って来ている事に少し驚いているようだ。

 

「まぁ……ちょっと、ね……」

 

私はそう言葉を濁し、母さんとあまり目を合わせずに答えた。今顔を合わせるのはなんだか辛く感じてしまう。脳裏には今日学校であったことが鮮明に思い出される。今までそうならないように、学校では目立たないようにしてきたつもりだったのに……気がついたらターゲットにされてしまっていて……明日から学校に行くのが嫌になりそうだった。そして何より、母さんに心配をかけさせたくなかった。

 

「……じゃ、私勉強してるから。夕飯になったら教えて」

 

私はこの場から一刻も早く離れるように自分の部屋へと向かおうとした。あまり長くいると、母さんに何かあったのか知られてしまいそうな気がする。それだけはなんとしても避けたかった。

 

「——博物館、行ってきたら?」

 

突然の言葉に私は思わず母さんの方を振り返った。今、母さんはなんて言ったの……?

 

「全く……本当あなたは昔からごまかしが下手なんだから。父さんに似たのかしらね」

「べ、別に何もごまかしてなんか……」

「あなたがそう言うのならそういう事にしておくわ。でも、いつもとは違う感じがするのは確かよ」

 

……母さんにはどうやら完全に見抜かれてしまっていたようだ。

 

「それに、そんな状態で勉強しても身につかないわ。気晴らししてからの方が良いわね」

 

母さんがいつもと違う事を言うからどこか変な風に感じてしまう。それがどこかおかしく感じたのか思わず口元が緩んでしまった。

 

「あら、私そんなに変なこと言った?」

「ううん、そんな事ないよ。ちょっと母さんらしくないかな、って」

「どういうことよ、それ。あ、でも、行ってきてもいいけど、あまり遅くならないようにしなさいよね」

 

そこだけはちゃんと守りなさい、という事を念を押して言ってくる母さん。その言葉を聞いてやっぱり母さんは母さんだって思った。私はそのままの格好で再び玄関へ向かう。

 

「うん……じゃ母さん、ちょっと行ってくるね」

「気をつけていってらっしゃい」

 

私はいつものように博物館へと向かう事にした。帰宅した時とは違い、どこか足取りが軽い。加えてさっきまでのモヤモヤが晴れていくような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

仄暗い通路。その先にある一つの部屋。電子式のドアロックがつけられており、そう簡単に開ける事は出来ないようになっている。誰も立ち寄りそうにないそこへ一人の男が歩みを進めていた。縁なし眼鏡に細い体躯……ウェザリルだ。彼はドアロックの施されている部屋の前に辿り着く。そして、慣れた手つきで電子式ドアロックを解除する。圧縮空気の抜けるような音ともに扉が開いた。通路同様に薄い部屋の中、そこに一人の少年が手錠をかけられ、拘束されていた。彼はウェザリルの姿を確認するとかなり不貞腐れたような表情をする。

 

「——こちらの準備は整いましたよ。貴方も早く支度をしなさい」

 

そんな彼の姿を見たウェザリルはあからさまに見下すような口調で声をかける。不快感を煽ってくるような言葉だが、少年は特に気にしていないのか、彼の表情は先程と変わらない。むしろ最初から彼に対する考えが変わっていない方が正しいのだろうか。ウェザリルにとっても少年のこの不貞腐れた表情というのは自分に反抗しているとしか思えず、癪にくるものだった。

 

「……わかってる。それと、これが終わったら——」

「ええ、勿論。貴方の役目が果たされれば、貴方の姉と会わせて差し上げますよ」

「……わかってるならいい。すぐに行く」

 

その返事で十分だったのか、ウェザリルは手に持っていた機器を操作し、少年に嵌められていた手錠のロックを解除する。甲高い音を響かせて床に落ちる手錠。久々に体を満足に動かす事が出来たのか、手首を回し感覚を確かめる少年。満足に動ける事を確かめた彼は着ていたジャケットをその場に脱ぎ捨て、薄暗い部屋を後にし、ウェザリルも少年を監視するように退室する。

不穏さは見えざる所で確かに蠢いていたのだった——。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

応答を待つこと一時間。シャクレイのコクピットには、一向にレメイエフ少佐からの反応を受け取れていないラグナルやデニスの苛立ちと焦りが充満していた。予定時刻を大幅に過ぎてもなお、カロビアス側には動きらしい動きはない。

 

「それにしても、全くと言っていいくらい動きがないな……」

「ええ。不気味なくらいに反応がないですね」

 

デニスの言うことは尤もである。モビルスーツこそ展開しているものの、依然としてその場から動こうとはせず、全く微動だにしないのだ。まるでその場に人間が存在していないかのように、ここがある種のゴーストタウンに成り果ててしまったかのような静寂さが満ちている。極度に静まり返った森にはなんとも言えない気味の悪さが漂い、苛立ちや焦りに加え拭えない不快感が彼らにまとわりついていた。

 

「連中は一体何を考えているんだ……?」

 

同時に相手の意図を理解する事が出来ずにいるため、何が起きているのかを把握しきれず、『分からない』という事実がより一層恐怖心を煽る。シャクレイのコクピットは空調が効いているにもかかわらず、ラグナルの額には汗が滲んでいた。

だが、その静寂もいつしか終わりを迎えるものである。密閉されているコクピットにも聞こえてくる破裂音。ただでさえ静まり返ったこの場ではよく通る音だ。加えてコクピットからも見えた煙と火球のような物。急激に変化した状況に、思考の切り替えが追いつかず、ラグナルには先程と異なる困惑が生まれた。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

『こちらマレット、近くで何かが爆発した模様! 直ちに確認してきます! ——ハーヴェイとジョンはその場で待機、警戒を怠るな!』

『『り、了解!』』

「……何やら雲行きが怪しくなってきましたな」

「おいおい……本当にそれだけは勘弁してくれよ……」

 

ラグナル達の間に緊張が走る。ランディの言うことが間違い無いのであれば、この場に持ち込んだ弾薬や火薬以外の爆発物——例えば大戦中の不発弾——が存在している事になる。しかしこれはラグナルが想定した中で最も軽度のケースだ。他にもいくつかのケースが彼の頭の中で思い浮かべられていた。本来存在してはいけない第三者による犯行は勿論のこと、あってはならない事だがカロビアス側による破壊工作、さらにあってはならない事態であるアルビアン側による仕業……いずれにしろ現状に置いて起きて欲しくはない事柄ばかりだ。だが、デニスの言葉が否が応でもこれが現実に起きているという事実をラグナルへ伝えてくる。

 

『大尉、こちらマレット。付近の様子から見てどうやら小型の爆弾が炸裂したようです。幸いにもバラバラになった肉片は無いようですが、綺麗に木の葉が飛び散ってますよ。映像をそちらに回します』

 

しばらくしてランディから現場の状況が送られてきた。シャクレイのコクピット上部に取り付けられているモニターにはヒュネリアが捉えた映像が映し出される。幹の細い木がなぎ倒され、地表に溜まっていた枯葉は吹き飛び、数カ所には爆発によるものと思われる炎が木の葉や枯れ枝を飲み込んでいた。思った以上に被害が少ない事と、その場に屍——木っ端微塵になった人体、もしくは肉塊が転がっていない事が幸いであろう。地面が大きく吹き飛んでいないことから不発弾の自然爆発である可能性は極めて低い。同時に人為的な要因が絡んでいる線が濃厚になった。そう考えざるを得なかったラグナルとデニスは共に不快な感覚に襲われる。

 

「ああ、確かにそうだな。……しかし、なぜそんなものがここにある……この付近一帯は我々が合流するまで駐留部隊によって厳重に警備されていた場所だぞ」

 

ラグナルの言う通り、この一帯は直前までアルビアン連合軍カンパニアン駐留部隊によって警備がされていた。緊急事態であるためか、検問の設置にモビルスーツを投入しての巡回といった厳戒態勢を取っていたのだ。それこそ蟻一匹通さないという意志を見せつける程だ。その状況はブリーフィングで把握し、こちらに到着した時にも実際に自分の目で確認している。だからこそラグナルは駐留部隊に不手際があったとは考えにくかった。

しかし、だからといってそれ以降に何か変わった点はあったかと聞かれれば無いと言い切れる自信もない。

 

「……陸戦隊に付近の調査をさせましょう。何か嫌な予感がします。仮定の話ですが、他にも爆弾が仕掛けられている可能性は大いにあるかと」

 

重々しい空気に包まれていたコクピットに、静かにデニスの進言が木霊する。このままただ思考を張り巡らせているだけでは進展するものも進展しないだろう。最早事態を静観し備える時間は終わった。ラグナルは事態の行く先を決めるべく行動を起こすことに決めた。

 

「そちらは頼む。マレット中尉、そこは陸戦隊に任せ、元の配置に戻ってくれ」

『了解しま——』

 

ラグナルの命令にランディは返答しようとした時、静かに回り始めていた歯車が大きく、激しく回り始めた。響き渡るモビルスーツの駆動音。シャクレイのコクピットを揺らす振動が、今起きている事の異常性を直接教えてくる。

 

『な、なんなんだこいつ!? 急に何を!!』

『くそっ!! 隊長、とんでもない事態になりました!! カロビアス側から攻撃を受けています!!』

『なんだと!? すぐに戻る!! 待っていろ!!』

 

シャクレイのコクピットからは自軍のヒュネリアに襲いかかるカロビアス同盟軍のハウィアの姿が見える。大型の特殊工具を投げ捨てたハウィアは左腕に装備したシールドから発生させた幅広のビームブレードで斬りかかるも、ヒュネリアは辛うじて大型の特殊工具であるビームカッターで受け流し、二撃目を抜刀したビームサーベルで受け止めた。それを皮切りにヒュネリアへと攻撃を開始する複数のハウィア。予想だにしなかった展開にラグナルは思考が一瞬止まるも、すぐに現実へと引き戻された。

 

「待て待て待て!? どういう事だ、それ!? ペテルソン大尉、陸戦隊の退避を急げ! モビルスーツ同士の戦闘に巻き込まれたら生身の人間などひとたまりもないぞ!」

 

ラグナルは陸戦隊の撤収を命じた。軽く50トンを超える鋼鉄の巨人達がその身をぶつけ合う戦場において、その足元にも及ばない人間など道端の蟻も同然の存在だ。迂闊に戦闘に踏み込めば、自らが踏み潰される恐れもある。戦端が開かれた今、そのような危険から一刻も早く陸戦隊を避難させなければならなかった。それはデニスも同じであったようで、すぐさま撤退命令を下した。

 

「陸戦隊各ユニットに通達! すぐにそこから退避せよ!! 戦闘に巻き込まれるぞ!!」

 

最早一刻の猶予もない。デニスは展開している陸戦隊に声を荒げて命じる。しかし、こうなってしまった以上、どれ程の人員が失われてしまうのだろうか……この場で待機し、部下の帰還を待つしかない現状に彼は歯痒さを感じていた。

 

「こちら、アルビアン連合軍ラグナル・セレノ大尉!! レメイエフ少佐、これは一体どういうつもりだ!! 貴官は何を考えているんだ!!」

 

一方のラグナルは今一度カロビアス側へと通信を繋ごうとしていた。何度目かのコールののち繋がるも、その先にあるのは只のノイズ。レメイエフに抗議の声を送るが、ラグナルのその声は決して届かない。

そしてその混沌は現在戦闘を行なっている第一小隊をさらに飲み込んでいく。作業用の装備と必要最低限の兵装しか装備していないヒュネリアと完全武装したハウィアでは明らかに戦力差が開いている。ビームマシンガンを放つハウィア。ヒュネリアは左腕に取り付けられている小型のシールドで受け止めるが、手持ちの射撃兵器は何一つ装備しておらず、反撃の糸口は見えずにいた。

 

『一体どういうつもりなんだお前ら! 合同任務じゃないのかよ、これ!』

 

一機のハウィアと切り結んだヒュネリアのパイロットは怒鳴りつけるように声を荒げた。しかし、全ての回線を開放して繋ごうとするも応答はない。それが普通の事であるが、この時ばかりは返答があった方が良かった。何より、その事に気を取られた結果、彼の視界はかなり狭まってしまっていた。

 

『二番機! 前だ、避けろ!!』

『なっ……! なぜこいつが——』

 

その言葉を最後に一機のヒュネリアが沈黙する。崩れ落ちたその機体は胴体を潰され、本来コクピットがあるべき場所は見るも無残にひしゃげ、パイロットの生存は絶望的とも言える状況だ。物言わぬ骸と化した機体を踏みつけ、本人の姿が次第に鮮明にあらゆる人物の脳へと刻み込まれていく。

 

『ハーヴェイ——ッ!!』

『二番機、応答しろ!! くそっ……! セレノ大尉! ハーヴェイがやられました! しかもあの怪物に!!』

 

ランディからの報告を受けたラグナルの視界には決して写り込んでは欲しくなかったものが目に飛び込んできた。軋みを上げながらも蠢く巨体、強力な駆動音、地を響かせる足音——アクティラムが起動したのだ。一体何が鍵となって動き出したのか、それは誰にもわからない。だが、現に動いている最悪を具現化した怪物。ラグナルは驚きを隠さずにはいられなかった。

 

「アクティラムが起動した……!? そんな事があり得るものか! あれは60年近く埋もれていた骨董品だぞ! それだけ整備されてなかったものが動くわけが——!!」

 

事前の情報通りならば勝手に動く事はあり得ないとされていたものが、目の前で破壊の限りを尽くそうとしている。何より、長い間埋もれていた筈のアクティラムがまるで新品であるかのように、一切の不調を見せずに動いている事に彼は驚愕と違和感を感じていた。だが、今そのような事を考えている暇などあるのだろうか……既に部下の一人を失ったラグナルに判断を下すだけの思考力はほとんど残されていなかった。

 

『……大尉、陸戦隊とともにここは撤退する事を進言します。このままでは数の少ない我々が全滅するだけです!!』

 

そんな彼に対しランディは静かに、だが然りとした声でラグナルへと進言する。彼のいう事は間違ってはいない。既にモビルスーツを一機失い、総合的な戦力差が大きく開いてしまっている今、第一小隊が足止めを行なっている隙にすぐにでも撤退する事が部隊が生き残る為の最善策であろう。それはラグナルも理解している。だが、それの意味する事を理解している彼は決断を下せずにいた。

 

「しかしだ! 貴官らを置いて行けるわけなど!!」

『いずれにしても殿がいなければ全滅は回避できませんよ。なんとか食い止めてみせますから、その間に増援を!!』

 

モニターに映し出されるランディの表情に迷いはなかった。これから来るであろう運命に対し覚悟を決めた顔だ。一刻の猶予も残されていない。ラグナルは胸を締め上げられるような感覚に襲われながらも命令を下した。

 

「……すまない。ペテルソン大尉! 陸戦隊の撤収は済んだか!!」

「生き残ってた奴等はなんとか全員!」

「了解した! このまま現在地から離脱する! ……マレット中尉、後は任せたぞ」

『……まぁ、二機でどこまで持つかわかりませんがね。なるべく早く頼みますよ!』

 

ランディとの通信は切断された。ラグナルは迷いなくシャクレイのスロットルを最大まで引き上げる。ゆっくりとだが、上昇していき、気がついた時にヒュネリアの姿はもうかなり小さくなっていた。あのような危機的状況下に部下をたった二人で置いてきてしまったことに引け目を感じつつも、いま自分が為せる最大限の事を果たすべく、ラグナルは通信機に手を伸ばした。

 

「ラティメリア、応答せよ! ここに非常事態を宣言する! カンパニアン駐留部隊司令部に繋いでくれ!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「……すまない、お前までここに残らせてしまってな」

 

飛び去って行くシャクレイを横目に、ランディは切り結んでいる眼前の敵を捉えつつ、残っている僚機に声をかけた。彼自身、この場に残るということが何を意味しているのか理解した上で下した命令だが、同時に仲間を無理に死地に置き去りにさせるという行為をしたのだ。しかも相手は完全武装のハウィア六機とアクティラム、一方のこちらはビームサーベルと小型シールドという貧弱な装備だ。ヒュネリアの頭部にはバルカン砲もあるが、モビルスーツの装甲を相手するには虚仮威し程度でしかない。この状況に仲間を道連れにしてしまった事に対し、罪悪感を感じずにはいられない。

 

『構いませんよ……今対応できるのが自分達しかいないんですから。それに、何がなんでもハーヴェイの敵を取らなきゃならないんで……!!』

 

だが、腹を括っていたのは部下であるジョンも同じだったようだ。サブディスプレイに映る彼の目に戸惑いや迷いはない。あるのは仲間であったハーヴェイを奪っていった敵を必ず討ち取らんとする復讐の火だ。

 

「頭を冷やせジョン! そんな状態では一方的にやられるだけだぞ!」

 

そんな彼を落ち着かせるべく、ランディは叱りつけるように声をかけた。今にも飛び出しそうな雰囲気を醸し出しているジョンではあるが、まだ完全に怒りに飲まれていなかった為か隊長であるランディの言葉に逆らうことはせず、ただやり場のない怒りに奥歯を噛み締めていた。

一方のランディは目の前にいるハウィアを蹴り飛ばすと一気に後退し、一度周囲の状況を再確認する。まるでアクティラムの進路を確保するかのように陣形を整える複数のハウィア。アクティラム自体は先程の機敏な動きをせず、ただ静観しているかのようだ。

 

「まずはあの怪物をなんとかしないとな……俺がアイツを押さえ込んでいる間に周りのハウィアを蹴散らせるか?」

『……ええ、なんとかやってみま——隊長!!』

 

しかしながら、事態は自分の思うように進むことはない。再びハウィアはランディ達に襲いかかる。ランディは振り下ろされたビームブレードをシールドで受け流し、ハウィアの胸部に自機のビームサーベルを突き立てた。電磁場によって高濃度かつ高密度に圧縮された高温のオルビステラ粒子が装甲材を焼き穿っていく。暴れ狂う粒子の刃は背中を貫き、そこでハウィアの複眼型アイセンサーから光が消えた。乱雑にビームサーベルを引き抜いたランディは、物言わぬ亡骸となったハウィアを捨て、その奥にいるアクティラムへと向かおうとする。だが、新たなハウィアがビームマシンガンを放ち、彼の行く手を阻む。

 

「くっ……! 意地でもあの怪物には近づけさせないつもりか!!」

 

シールドを掲げ、光弾がヒュネリアのコクピットに当たらぬように防ぐ。モビルスーツの動力源であるガイアコアジェネレーターが機体に必要な電力を生み出す際に生じる磁気フィールドが、同じく電磁場によって収束されている粒子ビームをある程度減衰してくれるとはいえ、これほどまでに接近した状況ではその効果もあまり期待できるものとはいえない。苦戦するランディをよそにアクティラムは動き出し、あろうことかカンパニアンの街へと歩みだした。

 

『あのままでは市街地に向かいます! ここは自分が押さえ込みに行きます!!』

 

反応したのはジョンだ。こちらもハウィアを一機仕留めており、現在唯一自由に動くことのできる者だった。背部のスラスターを目一杯に噴かして飛び上がり、アクティラムへ向けて頭部のバルカン砲を撃ち込む。それに注意が向いたアクティラムはクローを振り下ろして攻撃しようとするが、それよりも早くビームサーベルで受け止められていた。しかし、機体の差は大きな影響をを及ぼしており、平均的なサイズのヒュネリアがそれよりも一回りも二回りも大きいアクティラムにいつまで持ちこたえられるか、最早時間の問題だ。

 

「死に急ぐなよ、馬鹿野郎……!! 邪魔だ、そこを退け!!」

 

一刻も早く部下の援護に回るべく、ランディは頭部バルカン砲を放ちながら機体を走らせた。毎分1200発のレートで放たれる60ミリの砲弾は威力不足ながらも、金切り声を上げハウィアへ襲いかかる。何発かは装甲があまり施されていないビームマシンガンに当たり、弾倉が破損し、制御ができなくなった高濃度高圧縮オルビステラ粒子が余りあるエネルギーを撒き散らした事で、ビームマシンガンは爆発した。それを好機と見たランディはスラスターを噴かし、ハウィアへと一気に詰め寄る。そのまますれ違いざまに胴体を切り裂いた。直後、地に崩れ落ちるハウィア。

やっとの事で三機を撃破したランディ達であるが、味方が半数近くやられているにもかかわらず、ハウィアにパイロットの動揺や焦りといったものは一切見受けられない。それどころか、何度も似たような攻撃を繰り返しているばかりだ。再度同じ攻撃を受けるランディ。躱したのはいいが、その挙動は緩急の付いていない同じようなものであり、どこか人間味を感じられない。

 

(それにしてもこいつら動きが単調だ……まさか!!)

 

さっきの機体の左腕を切り落とし、左肩の装甲と引き換えに胸部を貫き撃破したところでランディは戦慄した。

 

「こいつら、モビルドールだっていうのか……!!」

 

半自立制御型モビルスーツであるモビルドール。生きているうちにそう出会うことがないであろうと思われていた、心無き軍隊の兵士と彼は邂逅していたのだ。普通人間が乗り込んで操縦している際に生じるであろうラグが殆ど無かった事も当然だと彼は無理やり納得させられる。しかし、本来なら条約によって軍事的利用の禁止をされているモビルドールが今この場に存在しているのか……。ランディは考えようとするも、敵はそんな余裕を与えてくれはしない。数が減っても、迷う事なく襲いかかってくるハウィア。残り半数となっても、その勢いは止まるところを知らない。連携も何もあったものではない攻撃の波に、ランディは防戦を強いられる。

 

『くそっ! なんてパワーだ……!! これが骨董品なのかよ!!』

 

一方、アクティラムを押さえ込んでいるジョンはランディ以上に厳しい戦いへとなっていた。一先ず注意を向かせる事に成功したものの、アクティラムの圧倒的なパワーにヒュネリアは押され気味である。ヒュネリアも採用されてからかなり年数の経った機体であるが、その性能はアルビアン連合軍の新型機にも引けを取らない。特に機体出力とトルクに関しては新型機よりもある方だ。そのヒュネリアを片腕だけで押さえ込んでしまうアクティラムはまさしく怪物そのものだった。

 

『ちっく、しょう……! うぉわっ!!』

 

再度ビームサーベルで切り掛かるジョン。だが、その巨体に似合わぬ動きで躱され、代わりに剛腕で殴り飛ばされる。50トン近い鋼鉄の巨人が一瞬だが宙を舞い、地に伏せさせられる。アクティラムは倒れたヒュネリアの右腕を踏みつけ、地に縛り付ける。そして、トドメを刺そうとクローを閉じた左腕を振り上げた。

 

『そう簡単にやられてたまるかよ……!!』

 

ジョンは残された左腕でビームサーベルをもう一本引き抜く。そして、自機の右腕を肩口から切り捨て、スラスターを噴かし、その場から一気に離れる。幾ばくかの時間も置かずに、その場の地面が激しく揺さぶられた。

 

『たかが右腕程度、どうとでもなるんだよ!!』

 

そう粋がってみせるも、機体はすでに各部が悲鳴を上げている状態で、特に関節部はかなりのダメージが蓄積されていた。だが、次こそは確実に仕留めなければならない。ジョンはコクピット内にあるコンソールを操作、ビームサーベルの出力を引き上げる。刀身は水色から深い青色へと発光していく。

 

「待ってろ! すぐに応援に行くぞ、ジョン!」

 

その光景を見たランディは、取り囲んでいたうちの一機を撃破し、残る2機をタックルで吹き飛ばす。あと少しで手が届きそうなところに自分の部下がいるのに、そこまでの道のりが酷く遠く感じる。

ジョンは最早目の前の敵を相手する事に精一杯であり、ランディの言葉は届いていなかった。ビームサーベルを腰だめに構え、スラスターの推力を持って吶喊するジョン。その光景はランディ機のコクピットにも映し出されていた。ゆっくりと流れる景色に、異常なほど滑らかな動きを行う半壊したヒュネリア。まるで自分だけがどこか時間に取り残されているような感覚に陥ってしまう。

 

『ハーヴェイの敵ぃぃぃぃぃ——ぐふうっ!?』

 

だが、部下の命を賭けた攻撃も怪物の前では無力でしかなかった。吶喊してきたヒュネリアをアクティラムはいとも容易く片腕だけで受け止める。高出力化したビームサーベルのお陰で装甲の一部を損傷させる事に成功しているが、それも微々たるものだ。アクティラム自身にはあまり影響を与えていない。高出力化したビームサーベルはその高い負荷により発振器部に異常が生じたのか、粒子の刃を喪失していく。バルカンは有効打にならない。もう抵抗する手段は残っていなかった。

次第に軋みを上げていくヒュネリア。装甲が歪み、圧殺されるのも時間の問題だ。アクティラムはそこまで痛めつけたにもかかわらず、掴んだ状態のままヒュネリアを地面に叩きつける。そして、何やら重厚な機械音が、短くだが確かに響き渡った。

 

『くそったれ……——』

 

直後、轟音と共にジョンのヒュネリアはコクピットを潰された。アクティラムはその残骸を、まるで遊んでいたおもちゃに飽きてしまったように放り投げる。投げ捨てられたヒュネリアにぽっかりと空いた大穴と、クローの中央から姿を覗かせる黒い金属製の槍——パイルバンカーだ。おそらくあの武器の一撃が全てを決めたのだろう。ランディはそう結論づける。

アクティラムは四本のがっしりとした脚で血を踏みしめながら、接近していたランディへと向き直る。その時、アクティラムは先程撃破したヒュネリアの残骸を踏みつけていた。

 

「ジョォォォォォン——!! 貴様らぁ……ッ!!」

 

同時に彼はこれ以上ない怒りを露わにした。部下を二人も失い、その遺体と対面する事も叶わない。何より、死者を不遜に扱うあの怪物に対する嫌悪感が怒りへと昇華させていく。もう一本のビームサーベルを引き抜き、ランディはアクティラムへと吶喊していく。

だが、まだ周囲には倒しきれていないハウィアが残っている。放たれたビームマシンガンがヒュネリアを穿ち、頭部を吹き飛ばす。メインカメラが破壊され一瞬モニターが全て暗くなるが、すぐにサブカメラへと切り替わり映像は蘇る。

 

「この先には死んでも行かせない……!! ここでくたば——」

 

しかし、彼にとってモニターは復活しなかった方が良かったのかもしれない。蘇ったモニターに映し出されたのは、こちらに向かって迫り来る眩い光の奔流だった——。


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