夕暮れの教室。透き通った時間。
吹奏楽部の練習音が廊下を通り抜けて、耳に入る。開けっ放しの窓から忍び込んだ風がカーテンと遊んでいた。
「そうか、これは夢か」
確か、私は五十年来の同窓会に参加した帰りのはず。
ふと、自身を見下ろした。
「あぁ、懐かしいな」
よれよれの学生服を身に纏っている。袖丈やボタンを気にしていると声が掛かる。
「よぉ、久しぶりだな」
「ん? ……タカ? タカじゃないか! なんで同窓会にこなかった!?」
「同窓会? ……あぁ、なるほど」
声を掛けてきたのは学生時代の親友。同窓会に来なかった一人。
そんなタカがニカリと笑う。
「まぁいいじゃねーか、そんなことよりこっち来いよ」
ちょいちょいと手招きされる。
教室を見渡すと同窓会に来なかった連中や、今は懐かしい連中が机を移動させて談笑している。
「そんな入り口に立っててもしゃべれねーだろ?」
「……あぁ、そうだな」
ふらっと、教室に足を踏み入れようとする。
──今年であの校舎ともお別れか。
ふと、飲みの席の誰かの一言が頭に甦る。
──それに、高野さんって二年前に……
ぴたりと、足が止まる。
「ん? どうした?」
タカが、あの頃の特徴のある笑みをこちらに向ける。
「タカ、お前、何年前からここにいる?」
「ん?……そうだな」
タカはいたずらっぽい表情を浮かべた。
「──二年前、じゃないか?」
「……あぁ、やっぱり」
思わずため息が出る。そういうことか。なんて、すとん、と胸に落ちてしまう。
「で、どうする? こっちに来るか?」
ニカリと笑うタカの表情。
それに応えるかのように、こちらも笑みを浮かべ、同時に学生服を脱ぎ去った。
そして、使い込んだ『スーツ』の胸元から、小さな写真を取り出してタカにつきだす。
「悪いな、タカ。嫁が待ってるんだ」
浮かべたのはきっと、あの頃の悪ガキの笑み。
「そうかい、そいつは悪いことをしたな」
「まぁ、待ってろよ。その内そっちに行くさ」
「まったく、昔から遅刻癖はぬけねーな」
「しょーがねぇさ。のんびりしてっから、ここにくるのもきっと最後さ」
「そりゃいい。賭けるかい?」
「賭ける賭ける、コーラ一本でいいかい?」
「ばっか、おめー、そりゃ当たり使ってちょろまかす気だろ! そうはいかねーよ?」
教室の椅子から発される声と、入り口から発される声。それが混ざりあって、廊下に響く。
「……それじゃ、そろそろいくか。あんまり寝坊すると、家内が怒るんでな」
「ま、仕方ねぇさ。いつでも待ってるからのんびり来いよ」
しわくちゃになった手を挙げ、それに答える。こっちを見たタカが右眉を上げる。
「ずいぶん歳、取ったな」
「お互い様……って訳じゃねーか」
「ま、戻ってくる頃には、俺たちとかわんねーさ」
「そうだな、教室が埋まってからまた来るよ」
──またな。
コツコツ、と杖をついて廊下を歩く。同じ階の教室には、だんだんと人が集まりはじめている。
「ま、気長に生きるさ」
そう一人ごちて、階段を下っていった。