変わっていくものがある。変わっていかないものがある。
かつて人は、自然に祈った。
かつて人は、神を見出した。
その都度に人々は繰り返すのだ。
『祈りを捧げる』という行為を。
キラキラとした星砂が舞い、儀礼服を彩っていく。ため息をつきそうになりながらも、次の動作へ。
星守のお役目を本日も果たすだけのこと。星砂を操り、紋様を描く。意味の分からない言葉を並べ立て、すでに慣れた所作をいくつも繰り返す。
星に願って、祈りを捧ぐ。その生活に変わりは無い。けれど、いつも思ってしまうことがある。
「この祈りは誰が聞いているのだろうか」
「星守様、星守様、本日のお勤めはこれにておしまいですか?」
従者が問いかける声が聞こえる。
「えぇ、これでおしまい」
ふぅ、と息をつき、厳格な儀式衣装を緩める。これはこれで重たくて疲れてしまうのだ。
緩めた衣装を受けとり、星砂を落としている従者を見て、先程の思いをつい口にしてしまう。
「ねぇ、スピカ?」
「何でしょう、星守様」
「この祈りって誰に捧げているのかしらね」
『星の祈り』いつしか国で定められた神事であり、選ばれた星守という一族にのみ許された神聖な儀式。
これは秘匿されたものであり、星守と、それに随伴する従者のみが神域へと足を踏み入れる事を許される。
「決まり的には、いつか来る『星の箱舟』の為に祈るなんて聞いたことがありますよ星守様」
「あぁ、そうねぇ」
確かにそんな建前もあった気がする。けれど、それは遠い昔の話の事。今こうやっている私には、正直実感の薄い話。
そんな返答もまた間違ってはいないので、まぁ、それもそうなんだけどね。と前置きしてから、スピカに問いかける。
「でも実際はそんなものは来ないでしょ?」
「まぁ……そうでありますな」
「そしたらこれは誰の為なのかなって」
「さて……そうですね、民のためとかになるんでしょうか?」
二人して首を捻る。確かに、これは神聖なことだと言われ続けているし、そのことについて民衆も納得している。これは神聖であると。
けれど、そのルーツすらも今は曖昧で、何故この祈りがあるのか、口伝されている謎の言葉は何か、と学者たちで議論を交わす程。
そんな学者たちが口をそろえて言うのだ。これは箱舟のための祈りだと。
「箱舟、箱舟ねぇ……」
「実際どこに連れて行ってくれるのでしょうね」
「さぁねぇ、素敵なところだったりするのかしら」
天球を模した天上を眺め、その先に思いを寄せてみる。数多の星の河を超えた先に何があるのか。私はどこに運ばれるのか。
「……駄目ね、分からないわ」
「ですなぁ」
スピカも頷いてくれる。星守すらもわかっていない祈りの先。それはどこに向かって投げかけられているのか。いくら首を捻っても出てきそうにない。
ともあれ、暑苦しい儀礼の服を脱ぎ、解放されるや否や、私は丸窓に近寄る。そして勢いよく硝子張りのそれを開け放った。
密封されていた神域に風が舞い込み、蒼い夜が忍び足を立てて部屋へと紛れ込む。
「あ、星と言えば」
と、スピカが何かを思い出したかのように、ぽんと手の平を打つ。
「星と言えば何かしら?」
今から話される事に何か重要なことがありそうと期待し、鼓動が胸を打つ。
「ひぃおばあちゃんに聞いたことがあります。かつて、我々は星と星を結んで、星座なるのものを作っていたらしいです」
まぁ、ひぃおばあちゃん自身も人から聞いた話なので眉唾物ですけどね。なんてスピカが補足する。
けれど、そんな補足もまったく耳に入らずに、星座、という言葉に興味を惹かれていた。星座、なんだか素敵な響きだ。
実際にどういうことだろうかと、星と星を結ぶところを想像してみる。……むりだ、あんなに大きいものをどうやって結ぶのだ。というかそもそも結ぶものがない。作れない。
「星と星を結ぶ? 随分豪勢な遊びじゃない? 昔の人は元気だったのね」
思わずズルいわと言いそうになる。
随分と資源に余裕のある時代もあったのね。とそんな紐を作っていたら一生遊んで暮らせるのではないだろうか?
そんな私の態度に気づいたスピカが、慌てて訂正をかける。
「物理的に結ぶのではなく、視覚的に結ぶのですよ星守さま」
「視覚的?」
「そう……例えばですね」
と、スピカが窓から身体を乗り出して空の彼方に指を向ける。
「あの大きくて一等輝いてる星と、その周りの星を囲ってスノーボウル座とか」
「スノーボウルね、確かにそんな形に見えなくも……ないわね」
「まぁ、それは一例ではありますが、そんな感じで星と星の点を結んで形をつくっていたらしいです」
知っているのはこれ位ですね。と頭をぽりぽりと掻くスピカ。
そんな素振りを視界に入れつつも、いやさ一瞬しか目に入らない。
そんな素敵な説明を聞いてしまったらもう堪らない。ばっと、窓から身体を乗り出して、私は星の絨毯に釘付けになった。
「いえ、これで充分よ! 星座ね。これ、いいじゃない!」
「そ、そんなに喜んで頂けると嬉しい限りです」
なんかちょっと引く声も聞こえるけれど、そんなのも耳に入らない。
「ねぇ、スピカ。あざらし座ってあるのかしら」
「あざらし? あのあざらしでありますか?」
「そう、あれよあれ」
興奮に満ちて、もはや叫び出してしまいたい程の気持ちを抑え、スピカに問う。
問いかけられたスピカは、うぇぇ、と悩み、苦々しげに口を開く。
「さすがに……無いと思います」
「あら、スピカはあざらし嫌いかしら?」
「まぁ、好きか嫌いかと言えば……うーん」
と、首を捻る従者。
あらあら、あんな可愛いのに、もったいないこと。叩けばいい音も出るのに。
「まぁ、いいわ。なければ作りましょう」
「うぇぇ、作るんでありますか?」
「そうよ、なければ作る。基本じゃないかしら?」
「……まぁ、そうでありますね」
がっくし肩を落とすスピカを笑って、あざらしのイメージを出していく。
「まずは六本脚ね。あそこの星の集まりなんてどうかしら?」
「あの六本脚なら、星の囲いをもっと広く取るのもいいかもしれないですよ」
嫌そうなスピカも渋々ながら手伝ってくれる。
神聖な神域で何をやっているのかと怒られそうなものだけど、だれも来ない。本当に静かで綺麗な蒼い夜。
「お次は、目玉ね。いい感じの場所にあるあれにしましょうか」
「そうすると……次は手でありますね。うぅ、あの手が本当に苦手でありますよ」
「あれがいいじゃないの、あの波立って連なってる星とかどうかしら?」
「気持ち悪さ的にぴったりでありますな」
そうして、好き嫌いが別れた二人のもと、星座の作成が進んでいく。空に浮かび、通り過ぎていく星を見て形を結ぶ。それは何処か儀式めいていて、なんだか不思議な昂揚感が胸の内から溢れて来るようだった。
「出来た!」
「……ついに完成でありますか、はぁ、長かった」
私たちの気分の明暗を、くっきりと夜が浮かび上がらせる。一人は舞い踊り、一人は深く沈み込む。
長い様で、短い神聖な儀式はここに完了し、空にはあざらしとなった星が浮かぶ。
「私、決めたわ」
「何を、でありますか」
「祈る相手のことよ」
「……まさか」
スピカがもう引くどころか、数歩後ずさる。おやおや勘のいい従者だこと。
「そのまさかよ。私、あざらしに祈ることにするわ」
「正気、ではありそうですね」
ため息をつきかねないというか、今しがたついた従者を見てケラケラ笑う。
「だって祈る相手がいた方が素敵でしょ?」
「祈る相手がそれって……はぁぁ」
あ、もう一回目のため息ね。まぁ祈る相手はきっと自由だし、別に悪い事ではないもの。きっと何処かの誰かも許してくれるわ。
「じゃあ気を取り直してもう一度お祈りしなきゃね」
「まぁ、何度やってもいいとはありますけれど……はぁ、気が重いであります」
のそのそと準備をしてくれる従者を眺めて、なんだかんだ付き合ってくれるのに感謝をする。
さて、準備が終わって、星砂をもう一度空中に差し出し、謎の文字を書く。
「いつも思うんですけど、最初に必ず何かを書いていますよね」
「これ? これなら昔意味を教えてもらったことがあるわ」
新星ならぬ、新生あざらし座を見て思う。今回は素敵な祈りが出来そうだわ。きっと何処かに届く事だろう。
いつしか出来上がっていた祈りをなぞる。
かつて、箱舟を待ちわびていた人。
箱舟の存在すらもよくわからないのに祈りを捧げる私。
きっとここに共通点はなくて。けれど、唯一似通っているのは『祈りを捧げる』と言う行動の一点。
星砂がきらきらと煌めいて、何処かへの道のようなものを作っていく。その先はきっと、いつか誰かが願った祈りの行き先。
きっとそれは、荒唐無稽なもので、あざらし座のように空に描いた軌跡のようなものなのだろう。
目の前の言葉を眺める。それは誰かの祈りの言葉。
意味はないけど、かつて意味のあった一節を声に出して読み上げた。
「今は遠き、青き星よ。我らが母なる星に捧ぐ」