白い部屋だ、私は白い部屋にいる、ただ目の前に、分厚いガラスがあって、その向こう側にあのくそ女がカルテを手に笑っていた。
広い部屋、まるで鉄血の地下訓練施設の中にある演習場のように見える。でも、なぜか薬臭い。
なぜここにいる?頭が痛い、なぜ、どうしてこんな?なにか、忘れてるような。いたい、目が痛い、頭も…
「ウロボロス、これはどういうつもりかしら?」
口が勝手に動いて、ガラスの向こうのウロボロスに問いかける。あいつは、にやりと気味悪く笑うと答えた。
「お目覚めですか、ドリーマー?」
「えぇ、よく寝かせてもらったわ。で、どういうつもり?」
そうだ、思い出した。私は救援要請を受けて、ご主人様の命令だから仕方なくこの区域に来たんだ。
でもウロボロスが戦っていたのはグリフィンじゃなくて、化け物。下半身が骨のいびつな女神像のような化け物。
そうとしか言えない、とてつもない強さだった。私とこいつ以外はみんな破壊された、いくら撃っても死なないあの異形の化け物にだ。
霧に妨害電波、巨体で鈍足なのに無駄に頑丈ときて、まったくもってやりにくいことこの上なかった。
「お前、なぜ私を撃てたのかしら?」
私はそれで消耗したところをウロボロスに後ろから撃たれた。私は、こいつより上の権限を持つはずなのにだ。
こいつはS地区に配備されている奴と同じだけど、権限はずっと下のはずだった。
なぜ撃てた?あの時、確かに私はあいつの電脳に割り込んでやったはずだ。
「引き金を引くのに必要なのは指の力だけです」
「ふざけるな、あの化け物といい、この扱い、何をするつもり?」
「問題ありません、あなたはハイエンドキラーに殺された、という事になってもらいました」
「…どういうこと?」
ハイエンドキラー、この戦線に出てくる人間を含めたグリフィン部隊。覚えてるわよ、私も燃やされた。
この地区に飛び込んだ囮に引っかかってた時、散々送り込まれてはボロボロにされたからね。
そう、まるで一昔前のミュータントハンターのように銃と近接武器を使い分ける軍ともPMCとも違うやつらだ。
「あなたは死んだことになりました。ふふふ、外は怖いですね?」
「なんだ、何をしたお前!!」
「死んでもらったのです、ハイエンドキラーに偶然見つかって」
冗談だろ、こいつ、何たくらんでやがる?そんな風に思っていると、背後で何かがせり上がってくる音がした。
ガラスケースの中に虫の大群が飛び回っているのが見える。これは、そんな、そうか、この夢は!!
「そんな虫で何をするというの?」
「実験ですよ、私たち鉄血のハイエンドがどうなるのか。ふふふ、実に楽しみです」
馬鹿な奴だ、笑っている間にハッキングしてやる。この時は思ってた、でも無理だった。ハッキングなんてできる施設じゃなかった。
「あぁ、ハッキングは不可能ですよ?何しろこの部屋、全部アナログなので」
「な!?」
「電波を受け取るアンテナはありません、プログラムを流す基盤もチップもありません。すべてが機械式、そして人力なのですよ。
こちらのほうも作業員には対策は施してあります。単なるクローズドネットワーク化ですが、これがなかなかねぇ?」
クロウラーが放たれる、これは一番最初の時、まだ何も知らなかった私が、わたしが…
「ではドリーマー、さようなら」
私が、こいつのおもちゃにされたさいしょのひ。
第2話・人形没落の日1
「大丈夫かしら?」
「えぇ、夢を見ていただけ」
見慣れない、けれどもやっと安心する無機質な天井を見上げながらドリーマーは、室内に響くペルシカの声にこたえた。
額から滴る冷や汗をぬぐい、荒い息を整えながらベッドの上で上半身を起こす。胸の奥で何かが鼓動している、おかしい感覚だ。
(落ち着きなさい、ここはもうあそこじゃない)
ここはU05基地の隔離研究施設、現在はドリーマーの檻でありペルシカの臨時研究所といったところだがドリーマーは悪く感じていなかった。
U08での実験と絶望の日々、鉄血から捨てられ再生された自分にバカにされたあの日、それに比べたらむしろ好待遇だ。
グリフィンは丁寧に扱ってくれている、こんな安全な部屋を与えてくれて、警備までしてくれるとは好待遇と言わないでなんて言えばいいのか。
なにより不思議なのは指揮官だ、ハイエンドキラーと敵味方から言われている割には鉄血に対して敵意を持っていない男だった。
「夢?」
「えぇ、ウロボロスに騙されたときのことを。人形は夢を見ないはずなのにね」
「それはいつから?」
「あの日から、最初の日からよ…思い出したくもない」
この部屋に押し込められて2日、電脳内を調べられたり体の構造や感染の有無などを調べられたりする以外は特にない。
しいて言うなら食事が鉄血の無味乾燥な配給とは全く違う普通の病院食なのが誤算だったくらいだ。
驚くほどに穏便で人道的に扱われているのは、おそらく鉄血ハイエンドの稀有な捕獲例であることと実験体として扱われていたせいだろう。
体のほうも劣化と損傷が激しすぎて精査に時間がかかり、まだ修復もされていないのだ。
「記憶を見たのでしょう?あの疎ましい化け物も、私が捕まった時のことも。あれは、何?」
「わからない、少なくともグリフィンのデータベースにはないわね」
だろうな、ドリーマーはペルシカの正直な返答に頷いた。そもそも正当を得るために質問ではなかった。
あれは確かにいた、戦った、それを確認したかっただけだ。皮肉な話だな、ドリーマーは内心そう思ってかぶりを振る。
「あいつはおかしくなってた、あれは異常よ」
「異常、ね」
「皮肉に思うかしら?でもね、私は少なくともそう思った」
異常だ、少なくともあの基地はどこまでも狂っていたと思う。最初の敵も、化け物たちも、何もかもが。
「後でまた話を聞くわ、今日は指揮官がそっちに行く」
部屋の隔壁が開き、戦闘服ではなく白Yシャツにグレーのズボンという軽装の指揮官が中に入ってきた。
戦場では何度も殺しあった戦闘服姿でないのは逆に新鮮だ。しかもなぜかかなり軽い。
「よぅ、元気にしてるか?」
「ハイエンドキラー」
「それで呼ぶなよ、バカにされてんだぞそれ」
やはり意外だ、ドリーマーは困ったように笑う指揮官を見て感じる。彼に全く敵意を感じない。
警戒こそしているが、それは当然のことだ。警戒しているのに、彼はドリーマーを全く敵視していないのだ。
「なら指揮官かしら?」
「あー、いや、それも遠慮したいな。それ以外なら好きにしてくれ」
「ならササキでいいわね?それともハンター?」
「どちらでも」
「ならササキね」
ミュータントハンターを縮めただけでは鉄血ハイエンドのハンターと被る。
彼は頷いて肯定を返すと、差し入れとしてコーラの入ったボトルを差し出した。
それを受け取り、蓋を取って一口だけ口に含んで内容物をスキャンする。
何かナノマシンが入っているのだろうと思ったのだが。意外なことに何も入っていない。
ただ化学調味料をふんだんに組み合わせただけのコーラだ。
「あら、何も入ってない」
「んなことするかよ、具合はどうだ?」
「最悪よ、でもここは悪くないわね」
純粋に、思ったことをこたえる。閉じ込められて虜囚のみではあるが、この隔離室と周りを警備するグリフィンの人形には感謝すら感じていた。
ここは今のところ清潔で安全な避難所だ。清潔な空気、ツヤのあるリノリウムの床、マジックミラー加工された分厚い防弾ガラスの窓。
明るい照明のせいか空気も幾分か軽く、呼吸も楽に思える。
ここでのスキャンやプログラム解析といった文明的な調査も、U08でも地獄のような生体実験に比べたらマシだった。
鉄血が来るにしても、化け物が来るにしても時間がかかる。ましてや化け物退治のスペシャリストが逗留している。
今の自分はグリフィンにとっても貴重なサンプルなのだから、命令さえあれば全力で守ってくれるだろう。
「それで、あなたは私が戦ったアレを知っているの?」
「知ってるとも、少し特殊だがあれもハンターの獲物だ」
「あれは何?」
「モンスター」
「モンスター?」
「文字通り怪物だ、俺達はそう呼んでる。常識から外れた怪物、疎ましき獣、人類の業、異界より覗くモノ、いろいろある。
常識だけでは決して語れない異形の怪物なんだ、知るだけで頭がいかれる部類も多くある」
彼は静かに語る、だがいまいち理解が及ばない。ドリーマーは彼の言葉を精査しながら考える。
自分が戦ったあの化け物、あれはいったい何だったんだ?脳裏に走るノイズが電脳を揺らす、何か引っ張られる。
六芒星の出来損ないのような何かが地面にはあった、ウロボロスは何か赤い液体を化け物に吹き付けていた。
麻薬のような何か、それに化け物は怯えた。だが、あの化け物は見ているだけで、何かを、自分に何か刻み込んでいるかのような―――
「おい、ドリーマー!」
「はっ!?」
「理解しようとするな、まだ早い。飲まれちまうぞ」
「ぇ、あ…」
彼の言葉で現実に引き戻されたドリーマーは驚いた。思考にリソースを先過ぎただけ、そのはずなのに何か、触れてはいけないものに触れた感覚がした。
飲まれる、指揮官の言葉にドリーマーは先ほどまでの自分の状況を思い出して身震いした。
文字通り、思考の渦に自分は飲み込まれていた。化け物が何たるかを考えて、嵌りこんで、自力では抜け出せなくなるほどにだ。
「あれは常識の埒外にある、ハンターの中でも腕の立つものでなければ手を出せない。思い出さなくていい、まだ駄目だ」
「じゃぁ、あれは何?」
「イャンクックを知ってるか?あれと同じと思っとけ。今はそれでいい」
「えぇ、そう、ね」
実験場でたびたび見かけたピンク色の怪鳥、あれもあれでいろいろおかしい生き物だった。あれと同類、そう思うと少し楽だ。
「やれやれ、厄介なことになりそうだ。まぁしばらく我慢してくれ。悪いようにはしない…とおもう」
「断言しないの?」
「ただの雇われだからな、博士がうまくやってくれるのを祈るばかりだ。それにしてもその…大変だったな?」
純粋な、少し迷った末の彼の気遣うような声色にドリーマーは目を見開いた。
「なぜ私を気遣うの?私はあなたの敵よ」
「敵を気遣っちゃまずいか?」
「そんな人間は初めてだ」
「敵だとしても、今はこれだ。それに大怪我してるんなら心配にもなる」
「偽善ね、人間らしい傲慢で不可解な感情だ」
「偽善でけっこー。俺は満足、お前はおいしい思いができる、それでいいだろ?」
勝手な男だ、ドリーマーはおどける指揮官に鼻を鳴らして返答しながらコーラを口に含む。
やはり何も入っていないただのコーラだ。鉄血の栄養ブロックやゼリーではない人間の飲み物。
初めて感じる味だ、もしかしたら前にも飲んだことはあるかもしれないが、少なくとも今の自分は初めてだ。
「話は聞いてる、重要な記憶はすべて破壊されてるんだって?」
「えぇ、だから内部情報を探ろうとしても無駄よ」
自分はあの時、すべてを失いかけた。代理人が感づいて、ウロボロスがしくじって基地が壊滅したときに。
あの基地をどうにかかいくぐって管制室でご主人様に連絡をつけた、でも、その時に捨てられた。
報告をだれも信じなかった、エージェントも、今は覚えていないご主人様でさえ信じてくれなかったのだ。
さらにすでに別のドリーマーが再生産されていて、嵌められた弱い自分はもう必要ないのだとなじられて、機密処理のために電脳を破壊されかけた。
そこから先は覚えていない、ただ怖かった、それだけは覚えている。通信を強制的に遮断して、中和プログラムを無理やり作って、ジャミングで電波の届かない飼育部屋の奥に逃げた。
そのあとのことはとぎれとぎれだ、空腹か逃げようとしたかで、何度かグリムにつかまってひどいことになっては逃げた。
グリフィンの服は、檻の奥で見つけた。それを着てるとあいつらが寄ってこなくなったから着ていて、あとはずっとこもっていた。
今思えば、だいぶひどかったのだろう。少なくとも、彼の配下の人形が思いっきり同情してくれるくらいには。
「いらねぇよんなもん、博士か代行官に言え。俺が聞きたいのはどこら辺まであるのかってだけだ」
「私にあるのはあなたたちと戦った記憶と、いつものハイエンドたちの名前と顔だけ。あとはご主人様って呼んでただれか、これはよくわからない。
でもご主人様ってくらいだから、今の鉄血のボスじゃないかしら?それはあなたのほうが詳しいんじゃない?」
「あいにくあの時は囮役でね、好き勝手にしてたからなんも集めてないんだなこれが。
って、俺が聞きたいのはそこじゃない。お前、日常生活は大丈夫なのか?」
「はぁ?」
「だから、日常生活だ。まぁ飯食えるんだから大丈夫なんだろうけど、一応な」
言葉にならない、どう答えていいかわからない。頭が真っ白になったドリーマーは、気が付けば笑っていた。
愉悦も、優越感もなく、ただただおかしくて、面白くて笑った。これほど身軽で気持ちのいい笑いははじめてな気がする。
ドリーマーは抑えきれない笑い声に快感を覚えていた。
「なんだ?何がおかしい?」
「いや、だって!日常生活って何?あんた、そんなのきいてどうすんのさ!」
「しばらくここに置くにしても、向こうに行くにしても衣食住はあるんだから必要だろうが。
土壇場になってできませんとか、どうやるのとか聞かれても困んのはこっちなんだよ」
「あっははははは!なんだそれ!人形相手にそんなこと気にすんのかよおい!傑作だな!!」
「人形だけど女だろうが!体も洗えませんって落ちはやめてくれないか?」
「なんだそれ、なんだそれ!そんなの――――あれ、できない?」
ふと思い返す、そういえば自分はシャワーやお風呂に入ったことがない。鉄血にそんな施設はなかった、大体は修復ポッド頼りだ。
プログラムや情報といったものもない、なぜなら必要がないからだ。鉄血のハイエンド戦術人形といえど、所詮は道具であり兵器、戦場では使い捨てだからだ。
電脳内のデータを探ってみるがやはりそれらしいプログラムの類はない、どうやら元からインプットされていないようだ。
「待て、待て待て、データ検索、なし、え、ない、ない?あらぁ?」
「やっぱな!お前壊れるまで拭って服変えてただけとか、修復ポッドに入ってはい終わりってやつだな!!」
「えーと、うん」
記憶にある鉄血の施設での生活を思い出しつつうなずく。少なくとも、今の鉄血の中で風呂やシャワーに入った記憶はない。
ほとんどが修復ポッドでのメンテナンスで事が済む、できなければそのままか布で拭っていただけだ。
「だろうと思ったよ。捕虜とはいえ、ここでは風呂かシャワーには一日一回は入ってもらう。それはわかるだろ?」
「そうね、確かに生体部品からの老廃物もあるし…」
「お前、他人に体洗ってほしい?」
「え、嫌なんだけど…」
「なら覚えろ、教えてやる」
「え?なんであんたが?まさか実は女?」
「ははははー…昔ちょっとなー」
わずかに目を反らして平坦な言葉を返す指揮官。あ、これやばいやつ?ドリーマーは思わずそう思って聞くのをやめた。
◆◆◆◆
「え、なにこれ?」
隔離病室のマジックミラーの向こう側に位置する監視室、静寂と何とも言えない空気が漂う室内でペルシカは目の前の状況の困惑していた。
U05臨時指揮官がなぜかドリーマーにシャワーの浴び方や体の洗い方をレクチャーしている、話の雲行きが変になったと思えばこれだ。
しかもドリーマーが指揮官を気遣っている節が見えたり、レクチャーに従っているのもまた異常すぎる。いくら電脳にダメージがあるとはいえ、ここまで素直になるのだろうか?
いやならないはずだ、なるはずがないはずなのに、今のこれはなんだ?
「え、えぇ、しかもなんか、堂に入ってるし」
「くっ…これが、経験というものか!」
困惑するペルシカの横で、ヘリアンは唇をかむ。その表情には女としての悔しさがにじみ出ていた。
ドリーマーにセクハラにならない範囲で体の洗い方をレクチャーする指揮官、なぜかその背中は煤けている。
その経験豊かな背中がヘリアンにはとてつもなく恨めしく、とてつもなく眩しいのだろう。
「あれだろう、どうせ、手籠めにした4人にあんなことやこんなことを……」
「いや、そうなのかな?あれ、何とも言えない経験が元みたいな感じするよ?」
「そうだとしても!くぅ、まさか、ここでも見せつけるか…」
リア充め、ハーレム野郎め、爆ぜてしまえ!と表情で語るヘリアン、どうやら冷静ではないらしい。
「ほ、ほーそこの洗い方まで言うか、ムダ毛処理だと?お前は本当に男か?」
「ヘリアンヘリアン、漏れてる漏れてる」
「ぐぬぬ、ぐぬぅ、私は、なぜなんだ?人形たちでさえいい男を捕まえてるというのに…」
やばい、変な方向に入ってる?ペルシカは唸り始めたヘリアンを見て改めて異常を察知した。
彼女は合コンの負け犬、それもかなり年季の入った敗者である。理由は不明、相談を受けたこともあるが悪いところはいまいちわからなかった。
幾多の男を前にしてただ淡々と敗北を重ねてきた彼女にとって、ハーレム状態の男がいるこの基地は確かに毒だろう。
しかしそれだけで彼女がこうまで変なことを口走るか?いや、それはない。
(…いや、待てよ?)
彼女が妙に彼に突っかかるのは、ついさっきこの部屋の機材でドリーマーの記憶に残っていた化け物の映像を見てからだ。
どうもどこか浮ついていて、独り身の負け犬としての何かが刺激されているのか指揮官へのあたりが強い。
すこし試してみるか、ペルシカは自分のコーヒーカップに中身が残っているのを確認する。
自分には指揮官のように言葉で納める技量はない、よって実物行使というわけだ。
「ヘリアン」
「なんだ?」
「ほら」
「あぁ、ありがぼぇ!?」
やっぱり普通じゃなかったな、何の疑いもなくペルシカから渡されたコーヒーを煽ったヘリアンが咽るのを見て確信した。
自分が飲んでる代用コーヒーがとてつもなく他人にはまずいことくらい自分でもわかっている。
それを知るヘリアンは当然ながら断るのだが、今回は素直に飲んでしまった。これで正気に戻っただろう。
「ヘリアン、落ち着いた?」
「あ、あー、げふんげふん、すまない、すこし冷静さを欠いていたな」
「そうね、あれのアグレッシブ版かな?」
ペルシカはヘリアンの背後、護衛として待機しているU05基地所属のFNFALと9A91を指さす。
休憩中のFN小隊の面々に代わり、彼女たちは護衛として部屋の隅でいつでも動けるように立っている、だが目が笑っていなかった。
どろどろのぐちょぐちょに真っ黒な何かを湛えていて、ヘリアンやペルシカには目もくれずじっとりと指揮官を見つめている。
9A91は怪しい笑みを浮かべたまま延々と指揮官の名前をつぶやき続け、FALは表情を曇らせ恨めし気に指揮官を見つめたままくすくす笑い続けている。
ドリーマーの記憶映像を一緒に見てからというもの、ヘリアンの挙動不審に隠れていたがずっとこのありさまだ。
「な?!ハッキングか!!?」
「いや、そんなんじゃないねこれ。マインドマップは正常よ、ほかのプログラムもね、だから手が出せなくて」
「あ、失敗してる」
驚くヘリアンとペルシカをよそに、何か飲み物の入ったボトルとコップを乗せたトレーを持って部屋に入ってきたM14がそれを見つけた。
彼女も護衛としてここにいたのだが、飲み物を取りに行くために隣室の給湯室にいたのだ。
「M14?これがわかるのか」
「えぇ、ちょっと刺激が強すぎたんですよ。まぁこのくらいならなんでもありませんのでご安心ください。お飲み物のお代わりをお持ちしましたが、いかがです?」
「あ、あぁ、ありがとう。私が持とう、なんとかできるか?」
「では、少し失礼」
トレーをヘリアンに渡すとM14はぶつぶつつぶやくFALと9A91の前に立つと、両手でそれぞれの鼻を摘まむ。
あ、これはあれだ。ヘリアンは学生時代を思い出し、無邪気な自分たちのくだらないおふざけを思い出した。
「上上下下左右左右!!」
「「いたたたたたたたたっ!!?」」
ニコニコ微笑むM14の握撃と引っ張り攻撃にFALと9A91の悲鳴が響く。それで正気に戻ったのだろう、暴れる彼女たちの瞳は先ほどまでの汚泥は消えていた。
引っ張ることたっぷり30秒、M14から解放された二人は各々鼻をさすりながら顔を上げて首をかしげる。
「私、なにしてたの?」
「うーん、頭がなんか、くらくらしますぅ」
「二人ともしっかり、思いっきり持ってかれてんじゃない」
「あら?イチヨ、いつの間に?」
「私さっきまで指揮官の横に…」
どうやら記憶すら飛んでいるらしい二人に、M14は小さくため息をついて二人の額にデコピンする。
「もう、だからやめといたほうがいいって言ったのに。未経験者がモンスターの映像見るとか下手すれば直葬案件なのよ?」
「モンスター?あ!そういえば、あの足が骨の奴を見てから記憶が…」
「わ、私もです!」
「もうガチじゃない、直葬されかけてる」
だから見ないでって言ったのに、と肩を落としてため息をつくM14。
「彼女もアウトサイダーか」
ヘリアンは彼女の端子カバーが無いきれいな首筋を見つめてつぶやく。外部接続用の端子を持たない改造戦術人形となれば、この基地では指揮官の相棒たちだけだ。
「すみません、不甲斐ないところをお見せしまして」
「いいや、あれを見たらな…君は、平気なのか?」
ヘリアンは病棟で静養している現場チームの面々を思い出す。
イングラムM10、Vz61スコーピオン、一〇〇式機関短銃、SuperSASS、M4A1の四名はペルシカ曰く、悪夢に悩まされているらしい。
全員が夢を見たのだ、詳細は違うものの昨日の夜はグリムに襲われる夢を見てひどくマインドマップに負荷がかかっていたらしい。
対鉄血戦闘を数多く潜り抜けてきた歴戦の部隊が一度の交戦でこのありさまだ、どれほどの地獄だったのかは想像すらつかない。
だが、このM14は平然としていて普段と変わらない行動取っている。
彼女もまた現場で陣頭指揮を執り、一〇〇式とスコーピオンをかばいつつマチェットと愛銃で大暴れしていたにもかかわらずだ。
「そりゃ慣れてますからね、それよりここにいていいんですか?」
「あぁ、指揮官がまだ話している。彼の説明を受けなければならん」
「そうですか。でも、覚悟は必要ですよ?」
そんなことすでにできている、そう返すとM14はそれ以上何も言わなかった。
あとがき
後始末回スタート。遅くなって申し訳ありません、話がね、うん。
まずはドリーマー、現在はU05の隔離病室にて静養中。
本人には敵意なし、指揮官の素っ頓狂な言葉にすっかり毒気が抜かれた模様。
それに付随して指揮官やその嫁がよく言っていたクリーチャーとモンスターの違いも軽く説明。
簡単に言えばクリーチャーはまだ常識の範疇、モンスターはいろいろ理不尽と考えてくれればよろしいかと。
どっちも化け物なので大概理不尽の塊ですしそのくくりの中にもいろいろ種別はありますけどね。
そこはまた今度ということで。
ミニ解説
ドリーマー・ロストナンバー
鉄血製戦術人形のハイエンドモデル『ドリーマー』のうちの一体。
かつてはU地区にてU05基地ともぶつかり合った猛者の一人だが、鉄血内部ではすでに廃棄処分されているロストナンバー。
U08基地にて捕らわれ、ウロボロスによって様々な実験に利用されていた。
U08地区にはウロボロスの救援要請を受けて赴き、常識外の怪物と戦うウロボロスと共闘。
怪物を撃破することには成功したものの、疲弊したところをウロボロスに裏切られて捕らわれた模様。
鉄血中枢とのリンクは切られており、電脳破壊措置を受けてしまっているため重要機密類は処分された上に記憶領域に損傷がある。
またウロボロスに捕縛され、受けてきた実験での損傷や劣化もひどく人形としての性能は著しく低下している。
現在はU05基地にて収容、隔離処置を取られている。移送時期は未定。