俺はしがないハンターだ、学なんて両親の訓練以外受けた覚えがない、10の時には小物を狩るようになったただの狩人だ。
生まれはどっかの難民キャンプ、今はもうない。今は政府や軍の管轄外で日夜化け物に狙われる危険地帯、内地からすれば魔境の中にある朝霞の街に住んでる。
街は山の麓にあって自然はそこそこ残ってるが、そこら中にクリーチャーやらモンスターやらがうようよいる。
そんな町だが誰も悲観はしてなかった、何しろ軍よりも頼りになる自警団や町専属のベテランハンターがいるからだ。
ハンターは国の手の届かない地域にある町や村の依頼でE.L.I.Dによって発生した化け物どもやならず者、正体不明のモンスターとかを狩る傭兵みたいなもんだ。
俺も数えきれないほどモンスターやクリーチャー、遺跡の怪物、ならず者、カルト教団やらマッドなクソどもを殺して稼いできた。
元は第3次世界大戦に目が向いてE.L.I.D対策がおろそかになった国に業を煮やしたベテランの害獣ハンターが、有り合わせの武器で化け物どもと対峙し始めたことから始まった。
ペイラン事件から始まった世界規模のコーラップス汚染で人類生存可能領域が狭まり、さらにそれに伴う摩擦で世界大戦が勃発。
核戦争に発展し、更なる汚染によってグリーンゾーンを失い、世界各国は数少ないその土地をめぐって泥沼の地上戦を行った。
その間も汚染によって生まれたE.L.I.Dの災禍が待ってくれるはずもない。国が戦争している間にも化け物どもは元気に襲撃してたってわけだ。
若い人間は自国民も他国の難民も関係なく軍に徴兵されて、どこも残っているのは老人と子供ばかりでも化け物どもはそんなの関係ない。
それに対抗したのがハンター、いろいろ違うが内地におけるPMCみたいなもんだろう。
軍も国も頼りにならない中で、対価があれば助けてくれるハンターはまさに救世主だった。
ハンターの活躍が無ければ、外地に人は住んでいなかったとさえまことしやかに言われるくらいだ。
だから今でもその名前にあやかり俺たちはハンターと名乗り、あるものは町の専属になったり、俺みたいに方々渡り歩いたりする。
現代ハンターの仕事は幅広い、基本は狩りだが調査、探索、護衛、運び屋と基本的には何でも屋だ。
化け物を専門に狩る、廃墟から戦前のお宝や戦後に生まれたアーティファクトを探す、遺跡に潜って研究に費やす。
あるものは乗り物や自らの足で運び屋をしたり、空に魅入られて飛行機野郎になってたり、危険だが夢と冒険心を擽る仕事だ。
その活動が広がり、人が集まり、やがて組織となり、ハンターを管轄し仕事を斡旋するハンターオフィスが生まれた。
外地の街には必ずあるオフィスが仕事の依頼を精査し、依頼を受けに来たハンターにそれを紹介している。
今じゃ外地のまとめ役だな、あれほどのネットワークを持つ組織はそうそうないから。みんな嫌がるから言わないが。
少し前までは内地にもオフィスはあったが、今ではPMCの台頭といざこざがあったから手を引いてる。
今は互いに一線を引いて必要以上には干渉しないようにしてるんだ。立地の関係もあって物のやり取りも人の行き来も滅多にない。
内地の連中は勝手に嫌ってほとんど見向きもしないが外には様々な場所に人間が住む町がある、低汚染地帯、シェルター、地下鉄、形は様々だ。
陸路あるいは空路で点と点を繋ぎ、グリーンゾーンほどではないが暮らすにはもう事欠かない。
俺もオフィスに登録した正規ハンターの一人、ホームを定めて往ったり来たりするタイプで腕前は自慢じゃないがかなりいい方だ。
俺の両親もハンターだった、だから俺もハンターになるのは当然だった。訓練で扱かれて、散々こき使われて一端のハンターとして銃を握った時はそれはもう感激したもんだ。
両親は死んだがたぶん幸福だったんだと思う、俺も親孝行したし、死に目にも立ち会った。厳しかったが愛してくれた、俺も大好きだった。
「帰りたいな……」
あぁ、早くホームに帰りたい、懐かしき我が家、あの街並みが懐かしい。あの町の喧騒が、あの空気が恋しい。
狩りをしたい、未踏破領域の探索もしたい、アーティファクトを探してアノマリー密集地帯に行きたい、モンスターを狙って一攫千金もしたい。
そしてなにより、あいつ等の望みを叶えたい。やりたいことだらけだ、なのに柄にもなく豪華なイスに縛り付けられてる。
内地は確かに安全だ、外周だって安全だ、でも駄目なんだ。
ラジオが恋しい、剣を打つ音、エンジンのトルク、ここにはない何もかもが恋しい。ホームシックってやつだ。
なんでこんなこと思い出してるのかな、こんなことあんまりなかったのにな。なんか白いな、あぁ、これは、そうか……
「君たちへの依頼は偵察だ。依頼主は政府。目標は半年前に制御不能となった鉄血工造だ」
あぁ、ここは故郷のハンターオフィス。その会議室か、これは依頼を受けた日だな。俺達を含めてチームは三つ。
会議室のホワイトボードの前にはいつもの禿、結構喰えない禿おやじなんだがちゃんとしてるし俺は気に入ってる。
5人、3人、4人、計12人。政府がオフィスに依頼を出すなんて珍しいわけじゃないが、中に招くのはなかなかないな。
「鉄血の支配領域は未だに拡大傾向にあり、事の真相、あるいは発端をどうにかして知りたいそうだ。
陸路と空路の両方を使用する、アウトーチルートだ。ただ武装は少し制限が掛かる、あまり目立ってほしくないらしい」
相変わらずの我儘っぷりだよ、とはいえ変に断ると絶対いらんことするのが政府なわけだ。
「オフィスもこの仕事には一枚かんでるが、無理はするな。死ななきゃ何とでもなるさ」
楽な仕事だったよ実際、鉄血に襲われるまでね?
◆◆◆◆
「起きたわね、寝坊助さん?」
耳を犯すねっとりと女らしい音程で紡がれる野太いオカマボイスにU05臨時指揮官、笹木奏太は唸り声で答える。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい、ここは基地の事務室に近くにある休憩室のソファーだろう。
ぼやける目をこすりながら室内を見渡すと、窓際の席に座ってマグカップを傾ける逞しい漢女がそこに居た。
「フラン?」
U05基地の参謀であり事務室長、フランシス・フランチェスカ・ボルドー。フランス系移民のマッスル。
身長180センチ、髪はくすみのない金、特大のグリフィン制服に筋肉もりもりの豊満ボディを押し込んだマッチョウーマン。
四角い漢顔でひげが生えていれば完璧な男。恐ろしいことにこれでも性別は女だ、太い声だが喉ぼとけはない、股にえぐいバベルの塔は存在しない。
こんな見た目だがこの基地では一番優秀な事務員である。彼女無しでは基地が回らないのだ。
「頑張ってくれてたようで何よりだけど、無理はいけないわ。あなた、机に突っ伏してたのよ?」
「そうか、ありがとう。手間を掛けちまった」
「いいのよ、気にかけてくれるお礼」
夕食を終え、明日の朝に本部へ帰るヘリアンに渡す書類を悪戦苦闘しながら書き終えた後から記憶がごっそりと抜け落ちている。
なれない作業ですっかり頭がオーバーヒートしてしまったのだろう、これだから書類仕事は嫌いだ。
そもそもなぜ自分が書類仕事で悪戦しなければならないのだろうか?
M14の言う通り追加報酬は出ている、それでも指揮官は割に合わないと感じていた。
これならば同じ時間でワーム型ミュータントをシバイていたほうがずっと簡単だ。
「今何時だ?」
「午前2時よ」
「真夜中か。ん?なんでこんな時間に?」
フランシスは何もなければ睡眠をしっかりととるタイプだ、いつもなら午後10時には就寝している。
この時間であれば当番の人形以外はみんな睡眠中だ。ゲストのペルシカやヘリアン、FN小隊もぐっすりだろう。
「ペンを取りに来たのよ。部屋の予備が無くなっちゃったから」
「あぁ、日記が趣味だったか」
ふとフランシスの趣味の一つが日記をつける事だったことを思い出して指揮官は納得する。
「フラン?どうして俺は書類仕事してるんだ?」
「指揮官だからでしょう?」
「お飾りの、だ。こういう仕事はできない前提で雇われたはずだ。追加オーダーにしても鬼畜過ぎる」
「そうはいってもねぇ、代行官の決定だし」
「雇われハンターに基地運営なんてできるわけないだろうがよぉ……」
ハンターの仕事大なり小なり差異はあれど基本的に命がけの肉体労働である。面倒な書類に遭遇することはあれど、忙殺されるようなことはないのだ。
親の教育で読み書きには不自由していないし、罠や機械系修理のためにそういう技能も独力で習得した。
計算もそれなりにできる、危険と報酬の相場を知るためには情報収集能力も重要だ。なにより家計簿は必須だ。
だがあくまで個人の範疇、基本的に雇われのハンターとして生きるのに不自由しない程度だ。
フランシスのようにグリーンゾーンの大学を卒業し、国の地方行政に携わっていた元公務員ほど頭がいいわけではない。
むしろほぼ独学だからいろいろ抜け落ちているし、元がただのバカハンター。能力は歴然だ。
「俺は今でも本部の決定が信じられない……」
契約内容ではあくまでこの地域の防衛における増援戦力としての雇用、本部からの増援が来るまでのツナギだった。
裏の意図はいつもの事なので気にしない、何食わぬ顔で生き残って金をもらって後続の部隊に引き継いでハイ終りのはずだった。
それが変化したのは戦闘の最中に旧U05を含む複数の基地と司令部が壊滅し、防衛線が崩壊しかけたのが原因だ。
旧U05基地の生き残りは雇われハンター5人とあてがわれていた知り合いの戦術人形の二人だけ。
それでも生き残る確証はあった。臨時メンバーの二人が居ればなお負けない、前金だけはふんだくっても文句は言われない戦いはできると踏んでいた。
(いや、それを受けちまった俺もバカか、やるしかなかったとはいえなぁ……)
それを重く見た支部は契約を結び直そうといってきたのだ、臨時編成の一部隊からまさかの一基地の長に大抜擢である。
どう考えても頭のおかしい話に指揮官達は取り繕うのも忘れ、素の感情をそのままに当時の首脳部を心配したくらいだ。
しかし当時の指揮官達もない袖は振れない状況だった、当時は鉄血の攻勢のおかげで金欠な上に帰還手段だった一式陸攻も壊されてしまっていた。
それを直すための場所と、修理と当面の生活、そして帰還に必要な金を稼ぐ必要があった。
だから捨て駒になる事をわかった上で承知して、大幅な賃金増加を引き換えに臨時指揮官の仕事を請け負った。
幸いにも自分の仕事はお飾りの指揮官をしつつ戦術人形を先導して戦場を駆け巡る前線部隊、規模が膨らんだだけで大して変わらない
書類は難しいものはあまりなく本部から派遣された文官のフランに任せておけた、のちに人手不足にこそなったがそれも力業だが解消した。
だが地区が安定化していくにつれて書類の業務は増えてきていて、フランだけでは処理しきれない指揮官が必要な書類も多く回ってくるようになった。
もう前線で暴れる指揮官はお呼びではないということだ、潮時なのだろうと思っているのだがなかなか終わらない。
「仕方ないわ、ヘリアンさんにも考えがあるのよ。もしかしたら社長の意向かもね」
「勘弁してくれ、社長も代行官もどうかしてる。面識もろくにない流れ者だぞ?前に一度会ったきりだ」
「あら?個人的にペルシカさんと面識のあるあなたを放っておくわけないと思うのだけど?」
「黙れ」
それには触れてほしくない、胸に過る激しい感情を押しとどめながら指揮官はフランを睨みつける。
終りにしたことだ、だが風化するまでは時間が掛かる。こればかりはどうしようもない。
「ごめんなさい、口が過ぎたわね」
「知りたがりは早死にする。フラン、今からでも指揮官やってみないか?元指揮官候補だろ、俺もしばらく前線でつなぐ。引き継ぎなんてないようなもんだ」
「嫌よ、私にあの子たちを制御できるとは思えない」
「みんないい子たちじゃないか、だいぶ成長もした。お前ならよくわかるだろう、お前ならあの子たちを任せられる」
「ねぇ、たまに思うのだけれどその妙にドライになるところどうにかならない?」
無理だな、指揮官は懐からミントタブレットを取り出しながら笑う。こういうところはハンター特有のものだ。
仕事で深く肩入れはしない、ハンターとしても、こういう仕事をする人間としても、深入りしないのは長生きの鉄則だ。
ハンターというのは傭兵という側面もあり、化け物退治以外にも様々な仕事を請け負って遂行する。
それ故に真っ当な話でしっかりと金を払えるならどこの仕事でもするが節度は守る、越えてはいけない一線は絶対に越えない。
だからやることをしたらそこでおわり、深入りせずにさっさと退場するのだ。
「みんなが納得すると本当の思ってるの?やめるなんて認めないでしょうね。
みんなまだあなた達から学びたいって思っているわ、他の指揮官じゃない、あなた達からね。
彼女たちに必要なのは私じゃない、悪く言うつもりはないけどハンターよりもここの指揮官の方が安定してるし実入りもいいはずよ」
「グリフィンが俺を正規入社させるとは思えないし、俺もその気はない」
ハンターであること、それは自分の誇りだ。この仕事は最高だと思っている、自分に向いている天職だと。
ハンターをやめる時は、それこそどうしようもなくなった時だけだ。
「ハンターっていうのは正義の味方じゃないんでな、そう思ってくれるのはうれしいけど無理だ。
今回の仕事も必要に迫られたからだよ、あの時吹っ飛んでなきゃ今頃向こうで別の仕事をしていたんだ」
「断言するのね」
「あぁ、指揮官なんて元から無理な話だったのさ。俺はただの化け物狩り、軍に入ったわけでもない、学校だって出てない。
これ以上は無理だ、現にこうしてぶっ倒れちまってる。会社の書類も、基地の運営がどーたらこーたらなんてちんぷんかんぷんだ」
フランシスの悩ましい表情に指揮官は首を横に振る。もう限界だ、指揮官は頭に走る頭痛に顔を顰めた。
学びもろくにない貧相な脳みそは、すでに書類仕事のせいで疲れ果てているようだ。
これまでは個人で付けている家計簿や仕事の損益収支の計算を拡大して何とか凌いできた。
あくまで最前線戦闘専門部隊故に弾薬使用量と戦果報告といった類のものしか必要がなかった。
だがPMCの基地として正常運営され始めるとなると話は別だ、それでは誤魔化しきれない仕事も書類も格段に増えてきた。
「今日だって電子辞書とデータパッド片手に何とか凌いだんだ、もう処理しきれない。これから基地としてもうまく営業して利益を上げなきゃならんだろ?
今までみたいに片っ端から鉄血の侵攻部隊を始末してればいいってわけじゃない、他の基地がやってるみたいなことをする必要がある。
これから先、この地区が安定すればじきに民間人の入植がはじまる。このままだとそいつらの面倒も見なきゃならない。
俺は今の仕事と人数だって手いっぱいだ、それがほかの基地みたいになる?無茶いうな、そんなこと一介のハンターにできるわけがねぇんだ」
「すると思ってるの?あんなことがあったのに?」
「すぐ全部吹っ飛ばすだろ?そうしたらやりなおしゃいい」
指揮官は今頃大慌ての政府や正規軍上層部を想像しながら確信を込めて答える。正規軍も政府もバカではない、化け物案件となれば重い腰を上げる。
一週間もあれば準備を終えてこの地区にやってくるに違いない、それでも遅いくらいだが。
「だとしても何か方法があるはずよ、基地ごと配置転換を上申すればいいわ。また最前線で鉄血を潰すのはどう?」
「なおさら俺はいらないだろう、正規指揮官の所に配属させればいい。近頃はどこも物騒だ、S地区も結構やってるんだろ?
あっちはまだ平穏って聞いてたが、聞いた話じゃだいぶ派手にやったそうじゃないか。
本部のおひざ元のS地区ならヘリアントス代行官の目も行き届いてるだろうし、変なことをしたらペルシカ博士も黙ってない。
それに有力な所は人形に偏見のない連中を集めてる、良い目をしてる連中ばっかじゃないか」
「……いないと思ったらそんなことしてたのか」
足で稼いできたんだ、と指揮官は自分の足を自慢げに叩いて見せる。
「俺達はハンター、それもクリーチャー狩りが本業だ。戦闘はできても戦争はできん、指揮官の席に俺はもう不要だ。
元よりこの仕事の目的は帰るための金。先払い分、戦闘報酬、ハイエンド排除のボーナス、それだけでも十分。潮時だよ」
それに、と続けかけて指揮官は口ごもる。自分はここの人間ではない、この土地で生きているわけではない。
確かに生きていく術ではここの人間よりもタフな自信はある、正規軍とも多少は渡り合えるし知識だって負けない。
けれどもそれはあくまで国の力の及ばない圏外での話だ、ここの方な戦前の常識が生きている場所では生きづらい。
できれば早く期日が来てほしい、まだ仕事が手に負える段階で来てくれなければ本当に困ってしまう。
多少の負債ならば金で解決できる、気持ちを落ち着かせた隙に手の届かない所へ逃げてしまえばいい。
しかし人間の感情というものは複雑なものだ、どう転ぶか分からない。今はまだ制御できるが、それを失った時どうなる事か。
「それにな、俺たちが教えられることは外の技術ばかりだ。どう誤魔化してもここの常識とは乖離する。
彼女たちはグリフィンの人形だ、ここでの生き方を覚えないでどうする?それは、俺には教えられない」
「でも、だからこそ彼女たちは強くなった、あなたがみんなを強くした、成長させたのよ?」
「それはいい、うれしいことだ。だからそろそろ終わりにしないとまずいんだ
俺はグリフィンの社員じゃない、ただの雇われで外の人間だ。この基地は普通じゃない、特異な基地だ。
あの子たちだってここにずっといるわけじゃない。他の街、他の基地に行ってみろ。確実に周囲とのズレに気づくだろうよ。
みんな理解はしてるだろう、その上に取り繕うとするはずだ。でも当たり前とか、いつもの事ってのはなかなか抜けないもんだ。
俺だってな、ハンターだぞ?ここで机に縛り付けられてるだけでこうまでまいっちまう、それと同じだ」
あの子たち、この基地の人形たちの戦い方は軍隊のようなてきぱきとした他の基地の人形達と比べれば見劣りするだろう。
行進させれば足並みはバラバラ、緊張感だってはっきり言ってしまえば全くない。やるときはやる、でもそれを理解してくれる人間がいつもいるとは限らない。
「俺達は良いんだ、もともとここに住んでるわけじゃない。いつかはいなくなる、だけどあいつらは違う。
ここが安定すれば、また鉄血との戦いに身を投じることになる。
そのとき、もし彼女たちを気にかけてくれる奴らが居なければ、きっとそこから先に進めない。
あの子たちは強いからな、一人なら一人の生き方をするだけだ。そんなことになったら、悪循環が始まっちまう。」
部下の戦術人形達は強くなった、だが同時に個性的にもなってしまった。ある意味、手をかけすぎてしまったせいで自分たちの生き方がしみ込んでしまったのだ。
「言っとくが、この契約に更新自体がないぞ。俺たちは所詮外様の捨て駒、そろそろ捨て駒らしく消えないと厄介ごとになりかねない」
「解ってて仕事を受けるあたり狂ってるわよ?」
「騙して悪いがなんてのはな、相手が騙されてないと意味がないんだ」
妙にいい報酬、それも前払いもかなり良い依頼なんて出されたら覚えのある中堅のハンターは大体察するし避ける。
ただし腕に覚えのある連中や一部のキチガイハンターはむしろ喜んで受ける、何があるかわかりきっているから前準備をしてだ。
理由は様々だが、そういったことをするからこういうことはよほどの準備をしていない限り、圏外の相手は仕掛けてこない。
むしろ逆襲を受けて大損をする、命を含めて何もかも失うこともありうる。ハンターに喧嘩を売る最悪のケースがこれだ。
「たかだか捨て駒だ、むしろそれ以外はしっかりしてるし基本給に加え出来高報酬ありなら好条件。捨て駒ってのは言い方を変えれば獲物には困らない配置だ。
探す必要もおびき寄せる必要もない、勝手に相手から来てくれるんだから楽すぎた。まさかこう来るとはな……」
「そういうことするから余計に睨まれるんじゃないの?」
「依頼通り、鉄血を食い止めて時間を稼いだんだ。もう十分稼がせてもらった」
ちなみにこの基地に配属されている戦術人形たちにもそのボーナスは加算されているので、実はみんなお金持ちである。
グリフィンはなんだかんだで気前の良い企業だ、このご時世では優良企業に違いない。
かつての黄金時代を引きずっているグリーンゾーンにしてはだが、と前置きしつつふとその黄金時代について思いを巡らせた。
(黄金時代ねぇ……)
黄金時代、ペイラン島事件前の世界。指揮官はふとかつて両親たちが経験した人類の最盛期を思い浮かべた。
煌びやかな街、アイスクリームがいつでも買えて、クリーチャーやモンスターが存在しなかった世界。
母はよく言っていた『友人と最後に食べたアイスクリームは今でも忘れられない』と。
父も言っていた『ハンバーガーはもっと手軽に食べられた、もっと違う味だった』と。
今でも食べられるアイスクリームやハンバーガーとは違ったらしい、その味をもう一度味わってもらいたかった。
指揮官も圏外で作られるアイスクリームやハンバーガーを知っている、二人を元気づけるためにふるまったこともある。
家畜の真っ赤な二つ頭の牛『バラモン』のミルクから作られたこってりとしたミルク味のアイスクリーム。
同じくバラモンのロース肉、小麦と巨大トウモロコシの粉で焼いたパンと自家製野菜を使ったハンバーガー。
残った文献を調べて、昔の製法を調べて作った自信作だった。二人とも美味しいと喜んでくれた。
だが父と母の郷愁を埋めることはできなかった、二人の奥底にある隙間を埋めることはできなかったのだ。
(解る訳無いよな)
指揮官は黄金時代を生きた経験はない、当時そのままのアイスクリームやハンバーガーはグリーンゾーンを訪れて初めて知った。
今や高級品となった本物の牛の肉を使ったハンバーガーとミルクを使ったアイスクリームは、圏外で作った自信作とは味も何もかも違った。
どちらが美味しいという話ではない。ただ違った、味も触感もなにもかもが違ったのだ。
町並みも、生活も、何もかもが外とは違った。圏外はここからすれば旧世代の街並みで、それに見合った生活様式だ
時代としては第3次世界大戦前に生まれたが、グリーンゾーンから離れた野営地で育った自分は戦争とは縁遠い生活だった。
子供時代は汚染された荒野や野山を駆け巡り、計算や語学なども両親から学んだ。
街に行くのは依頼の時くらいだが、物心ついたときにはどこも殺気立っていてあまり好きではなく知りたいとも思わなかった。
そんな自分が、何も知らない自分が作れるはずがなかったのだ。
(何やってんだろ、俺)
考え始めるととまらない、指揮官は大きなため息をついた。
こちらに来たのはハンターオフィスから受けた仕事のためだ。内容は調査、複数のハンターと合同で行う大仕事だ。
仕事自体は無事に終わった、ほかのチームは仕事をうまくやった。だが、最後の最後で商売道具の一式陸攻と燃料を吹き飛ばされて立ち往生してしまった。
運よく、体のいい捨て駒を探していたグリフィンに拾われたから食い扶持には困っていない。だが今度はそこから足抜けしづらくなっている。
(それに、やっぱ指揮官なんて向いてねぇよ)
自分は根っからの現場人間というのは指揮官もわかっている、だからこそ怖いと感じていた。
指揮官として自分の出した命令で戦う彼女たちが、帰ってきたときにその数が減っているのを見ると怖気が走った。
幸いにも今まで彼女たちの本体が死ぬことはなかった、だがダミーを失うことはある。危ない場面も多くあった。
基地防衛の当番で指令室に詰める羽目になった日は、指揮官の真似事する羽目になるその夜はいつもひどい悪夢を見たものだ。
これがチャンスだろう、ここで綺麗に別れてしまうほうがいいに決まっているのだ。
「あぁ、しまった……」
「どうしたの?」
「美奈と約束してたんだ」
昨日は部屋に帰れなかった。今日は全員で一緒にいる約束だった、先の件でオーバーワーク気味になったが故に今夜は全員で休息が取れるのだ。
「ダーリン?」
指揮官は左腕に絡みつかれた感覚に背筋が凍る感覚を覚えながら恐る恐る彼女を見る。
「ダーリン?」
金髪の般若がいた。美奈、コルトM1911の戦術人形、指揮官の所有ということになっている人形であり恋人の一人だ。
IOPのデフォルト衣装で、眠そうに眼をこすりながらも穏やかに微笑んでいる。その微笑みが無性に怖い。
いったいいつの間に部屋に入り込み、どこから話を聞いていたのか、などという問いをする余裕はなかった。
「じゃ、そういうことで」
「フランさま、助けて」
「ごゆっくり!」
そそくさと退場しようとした筋肉ダルマはか細い指揮官の懇願から逃げるように休憩室から飛び出した。
女らしい女走りでどすどすと遠ざかっている足音、そして出くわしたらしい人形の恐ろしい悲鳴、おそらくFALだ。
フランの全力疾走はこの基地で有名な恐怖の一つ、もし進行方向に出くわしたらたとえこの基地の所属であっても恐怖で叫ぶ。
今日は夜警ではなかったはずだが、何か所用があったのだろう。運の無い事だ。
最後の望みを絶たれた指揮官、そんな彼を美奈はニコニコしながら見つめた。
「美奈、ごめん」
「んーん、そこは怒ってないよ。仕事だもんね、がんばってたからね」
「あー……」
「でも無理は良くないなぁ。うん、よくない」
M1911は頬を指揮官の首筋に摺り寄せ、まるで堪能するように鼻で息を吸い込む。
「むー、フランの匂い。ねぇ、なにかした?」
「そういうことはしてません」
残念ながらあの筋肉ダルマに欲情するほど困ってはいない。いい女ではあるのだろうが、やはり趣味とアレが全てを台無しにしている。
彼女とお付き合いするとグリフィンでは合法ホモ野郎と言われ、結構な有名人になれるのだ。
そもそもそれほど溜まるような禁欲的な日常をしていない、日に日に魅力的になっていく恋人たちに絞られる故に。
「ならいいや、シャワー浴びてないね。いい匂いする」
「昨日から入ってないから、入っていいか?」
「だめ、離さない。今日は一緒のはずでしょ?ずっと待ってたのに」
右腕をぎゅっとつかむM1911は寂しそうに呟く。
「……ごめんな、約束やぶって。部屋、行くか」
「うん」
指揮官とM1911たちの部屋は基地から離れた滑走路脇のハンガーにある一室、元はパイロットの仮眠室だった部屋だ。
室内は少し大きめの2DKだが、使わない部品倉庫の壁を貫いて一室にしているので広々している。
だが持ち家を持つ身としては仮住まいに過ぎない上に、二人どころか五人で使っているのだから物も雑然としている。
安物のソファは寝坊助がたまに寝床にするおかげかタオルケット標準装備の簡易ベッド状態。
テーブルには銃の部品が入った箱と器具が置きっぱなし、大方部品の吟味に時間をかけていたに違いない。
部屋の隅に置かれた場違いに厳重な武器ロッカーにはハンター用の武器が納まったままだ。
5人の生活スペースはほぼこの居間であり、他にも多くの私物が置きっぱなしになっている。それこそ普段使いの下着類もそのまんまだ。
(帰りてぇ……)
この散らかり具合を見るとますます故郷が恋しくなるのはやはりホームシックだろうか、そんな年ではないのだが最近はよく思い出すのだ。
自分の家なら同棲する恋人の下着くらい気ままに畳んでしまえるのに、一度部下に見られてからはどうにも気恥ずかしい。
私服にエプロンをして家事をする指揮官を見た部下のあの何とも言えない表情は何とも心に突き刺さってくれた。
そしてこの部屋の目玉、基地内で一番大きいキングサイズのパイプベッド。使わないパイプベッドを改造して組み立てた力作だ。
豪華なようですごく安っぽいベッドだが、寝るには困らない。寝室のほとんどを占めているこのベッドで、最大5人一緒に就寝するのだ。当基地一番の人口密度である。
「遅かったじゃないですか?」
「ずいぶんと長い残業じゃな?ん?」
「奏太、何か言いたいこと、ある?」
「あー…」
P38、M1895、M14がベッドの上で待っていた。なぜかIOPのデフォルト衣装のままで、もう準備万端といった具合に少し乱れている。
「この馬鹿書類に殺されてたよ?」
「それは酷いですね、お仕事を優先するとは」
「お仕置きじゃな」
「ちゃんとわからせてあげないとね?」
「シャワー浴びてからじゃダメ?」
「だめ」
言葉少なにM1911は指揮官をベットに放り投げた。怒ってるな、指揮官は自分の不注意さを呪ったが後の祭りだ。
指揮官はベッドの3人にキャッチされ、両腕をそれぞれM1895とP38に抱きかかえられ、背中からM14に抱きかかえられる。
3人に囲まれて鼻をくすぐる女性の濃い香りに指揮官は思わずクラりとした。
「ほんとはもっとこうしてられるはずだったんだよ?奏太のバカ、仕事と私どっちが大事なの?」
「バカですね、あなたは私たちのモノだって忘れてません?勝手に死ぬようなバカにはお仕置きが必要ですね。
よって、今日は抱き枕の刑とします。私たちの好きなようにします、どんな抵抗も許しません」
「その人生、その命、なにもかもな。じっくりと教えてやるのじゃ」
耳元でささやかれるM1895、P38、M14のささやきに頭がぼんやりとするような感覚を覚える。
まずい、乗せられている。そう思ってなんとか主導権を取り戻そうと体をよじるが、両腕を抑えられ、背後から抱かれている状況ではもうどうすることもできない。
生体化した魔改造人形とはいえ、力比べでは大抵は人形が勝つ。人工筋肉の出力は並ではないからだ。
「暴れちゃダメ、身を任せて?」
「んぅ!?」
もがく指揮官の隙をついてボタンをはずして服をはだけたM1911が指揮官に正面からしなだれかかり、強引に唇を奪う。
わずかに抵抗する指揮官の口を強引に舌で開き、口の中を蹂躙し、唾液を流し込んで彼の中を染めていく。
愛する人の唇、口内の唾液、何より抵抗として絡め捕られる舌、何もかもが甘美で極上の味だった。
M1911は夢中で彼の唇に吸い付き、舌を絡めて何もかも吸い出すかのように蹂躙する。
それに呼応して、P38とM1895も彼の耳にあまがみして舐る。舌を這わし、穴に潜り込ませてなぶるのだ。
M14は背筋にと息を吹きかけ、首筋に舌を張らせて彼を文字通り味わい、体を擦り付け始めた。
「お前が好き、お前に堕ちておる、愛してるのじゃ」
「だから堕ちて?私たちに溺れてください、ずっと私たちの中にいて?」
耳元で交互にP38とM1895は囁く。彼の脳に刷り込むように、すべてを絡みつかせるように。
体を四方から囲い、彼の体に4人のにおいを擦り付け、全員の混ざり合ったマーキングをしみこませる。
彼が二度といなくなろうとしないように、彼が人間になびかないように、両手両足すべてを縛るように。
「ふふふ、もうこんなになってる。全弾装填済みね」
「ぁ、そこは…」
情欲を帯びた、とろけた声色でM14はズボンの上からその象徴をさすり、なまめかしい吐息を漏らす。
彼はその手管に熱のこもったうなりを上げ、痙攣する象徴がさらに大きく、雄々しくそそり立っていく。
その声を聴いたM1911がキスを中断し、口を話すと指揮官は熱い荒々しい吐息を吐き出した。
彼の瞳はすでに正常な理性をともしておらず、欲情した雄の色を擁している。その目を見てM1911は喜びを覚えた。
もう彼には自分たちをはねのける思考など残っていない、疲れ切って身を任せているが、男の象徴はすでに彼の本心を表している。
「我慢しないでいいの」
彼の内股にM1911は左手を添え、かすかに擦れるように指を動かし、彼に覆いかぶさるように体を添える。
彼は抵抗しない、目の前の楽園に思いはせるかのように痙攣する。もう我慢できないというように。
「奏太、今夜は寝かさないぞ?」
「みんなの人形遺伝子と混ぜ混ぜしましょうね?」
「奏太、今日こそ、ね?」
興奮し、情欲にまみれたM1911達ももうまともに思考していなかった。ただ目の前の愛する人をむさぼり、新たな未来を作ることしか考えていない。
誰もが未来の自分たちとその間で手を継なく小さな影を思い描き、その影が成長する未来を夢想して欲望をたぎらせていた。
彼が欲しい、彼との愛の形が欲しい、もう待てない、待っていては奪われてしまうから。
ふとまだ明るい部屋に気付いたM14が、手元のリモコンで部屋の照明を暗くする。常夜灯のみの、薄明るい空間に。
荒く艶めかしい息遣い、押し殺した嬌声とともに影が交わり、ベッドが軋む。その軋む音は、朝まで途絶えることはなかった。
なんか最後のほうで指揮官が喰われちゃいました。まぁしっかりやることやって万全にするためですから。
さて次はどこの奴と遊ぼうかな?とりあえず正規軍が出張ってくるまでどったんばったん大騒ぎしまくる予定。
そろそろU05基地の戦いも書かないとなぁ…
ミニ解説
フランシス・フランチェスカ・ボルドー
金髪で筋肉もりもりなマッチョウーマン、女性用特大グリフィン制服に身を包んだパツパツ第2号。
性別は女、自分に磨きをかけるため常に趣味のトレーニングを怠らないキン肉マン。
顔は四角い、首は太い、とにかくゴツイ。道行く人に聞けば女装した男とだれもが答える身長180センチ。
しかし行動そのものは女性なのですごくキモイ、女走りの超スピードで迫ってくると恐ろしく怖い。
一般富裕層生まれだが、その趣味と容姿によってかつての職を干されてしまいグリフィンに流れ着いた。
元は政府の地方職員であり、事務職はお手の物。外見とスキルの乖離が激しいのも干された理由である。