しかも満足できなくて10000越えかよ…
日誌を閉じる、MG34はふらつく頭を何とか抑えて、荒れ果てた管理室のベッドに腰かけて大きく息を吐いた。
時折点滅する蛍光灯が明るく照らす下水管理室は、仕事場というよりもアパートといったほうがいいだろう。
「やれやれ、まさか内地でカタコンベに出くわすとは」
薄暗い水路の中にM1911の何とも言えない苦笑いを含んだ独り言が響く。
MG34は目の前の下水の様相に言葉を失っていた。ハッチをくぐり、下水を少し下ると中はまるで難民キャンプのようなありさまだった。
狭い水路や通路には随所にテントや廃材で作られた住居があり、そこかしこに人がいた痕跡が残っている。
焚火の後の上につるされた鍋、風の通りがいい場所に干された洗濯物、テントの前に放置された子供のおもちゃ。
そしてそこかしこに散らばった保存食や缶詰の残骸と、それに埋もれるように人間の骨が散らばっていた。
一人や二人ではない、何十、下手をすれば百人を超えるかもしれない人間の骨だ。
(何てこと、この人たち…)
それもただの白骨死体ではなかった、その骨は食べられていた。虫や化け物ではなく、人間にだ。
キャンプ内を少し歩いただけで、その痕跡がいたるところにみられた。
この管理室のキッチンにも、人間の骨が山積みにされている。
食べやすいように調理した痕跡もあり、人間の肉を料理していた様子がありありと思い浮かんだ。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ、みんなは?」
「通路にいる、でもあんま良くないかな」
うまくゲッコーを処理したことで浮かれていたところを落とされたスペクトラたちはひどくショックを受けているようだった。
MG34自身も少し浮かれている自覚はあった。正規軍が相手取るミュータントの、ほんの一種とはいえ軽くひねれたのだから。
考えれば考えるほど思考が空回り、息が徐々に上がっていくように感じる。
「この日誌、まるで…」
「多分その通りだと思うよ」
M1911の肯定にMG34は背筋が凍るように思えた。
「たぶんここは逃げ込んだ難民たちのキャンプ、元は上の街の住人ね。この水路のいたるところに同じようなのがあったんだよ」
M1911はポケットから小さく折りたたまれた下水の地図を取り出し、MG34の前で広げて見せる。
街の下を走る下水のどこに人がいるのか、どこに住んでいるのかを記してあった。
きっとこれを書いた当初は、ただの地図に過ぎなかったに違いない。
「でも、人気が全くしない」
「もうとっくに人じゃなくなってるよ」
M1911は管理室のコンピューターを立ち上げる。数分の暗転の後、パスワードを求める画面が出た。
彼女は少し考えた後、管理室のハンガーに引っかかったままの青いつなぎについたネームプレートに目をやってパスワードを入力した。
映し出されたのは監視カメラの映像、M1911は記録されている映像を巻き戻しながらつぶやいた、
「厄介なのに変異してる。ウェンディゴ同士でもやりあって、互いを喰らいあってる」
「E.L.I.D?」
「そう、食人癖の人間が治療も受けずに食人を繰り返してるとこうなる。聞いたことない?」
聞いたことはある、けれどもこうして痕跡を発見したのは初めてだ。
変異E.L.I.D『ウェンディゴ』は、数いるE.L.I.Dの中でもよくある悲劇の中で生まれた存在だ。
食糧不足の中、飢餓に蝕まれてついに一線を越えて食人に走った人間の末路。この時代、汚染されてない人間や生物はまずいない。
放射能、コーラップス、戦災やこれまでの公害による各種汚染、変異しないくらいにごく微量だが体内に存在する。
通常であれば問題にはならない、食事で蓄積しても体内で粛々と処理されて終わる無害なものだ。
酷くても医者に掛かれば問題はない、汚染治療はともかくコーラップス汚染も初期感染にも及ばない類だ。
だが食人からくる汚染は厄介だ、普通の食事以上に体内に蓄積させてしまう上に禁忌を犯した自覚故に医者にかかることを当人は拒む。
しかも閉鎖空間における飢餓ともなると最悪だ。その汚染をさらに別の人間が食べ、さらに蓄積したうえでさらに別の人間が食べる。
それが食人に走った犠牲者たちの体内に蓄積して蝕み、人肉食による伝染病とも合併し、やがて異形の怪物へと変異させてしまうのだ。
聞いたことはある、しかしMG34はそれを本気にはしていなかった。
いくら何でも食人に手を染める人間がいるとは思わず、居たとしても変異するまで放置されるとは思えない、そう考えていたのだ。
「やっぱり、ひどい」
水路を映す監視カメラ、テントが所狭しと並んだその場所は最初こそ難民たちが肩を寄せ合って暮らしていた。
互いに協力し合い、時には鉄血を撃退し、水路のネズミや虫さえも食料として捕獲して分け合っていた。
だが食料がなくなり、ネズミすらも捕る力を失った人々はどんどん衰弱していく、
そしてある時、ついに一線を越えた。金髪の女性が、隣で寄り添っていた男性の胸をナイフで突き刺し、殺したうえで食らいついたのだ。
それは禁忌のはずだった、なのに男性に食らいつく女性の表情は、この世のものとは思えない幸福感に満ちていた。
美味しそうに、幸せそうに、恋人のように寄り添っていた男性の太ももにかじりつく女性は、見たこともない幸せそうな顔で笑っていた。
「ぁぁ、そんな、こんなことって…」
一人が禁忌を犯した、極限の状態でのそれはこの場にいた全員のタガを一気に壊してしまった。
一人、また一人と人々は女性の食らいつく男性の体にナイフを突き立て、腸を切り裂いて口に押しこんでいく。
そこに女性が止めに入る、よく見ると人形のようだ。どうやら凶行に走った女性の関係者らしい。
だが誰も聞かない、主人である女性でさえも静止を振り払い、ついにはその人形を強制シャットダウンして水路に投げ捨てた。
止める者がいなくなれば次の獲物だ、最初はグループ内でもはぐれ者や先の短い者が選ばれた。
死にかけの老人が、身寄りのない子供が、そして中でも問題ばかりを越した人間が次々と殺され、解体されていく。
狂ってる、MG34は流される凶行に頭がぐちゃぐちゃになったように感じた。
「狂ってる、狂ってる!どうして、なんで!?」
そこから下水は地獄に変わっていった、人々は互いに武器を手に、別の難民キャンプに向かっていった。
その姿はまるでさながら狩りだ、一線を越えたこのコミュニティにとって人間はただの食料に変わったのだ。
やめろと叫びたかった、その場に飛び込んで止めたかった。だが、これは過去の出来事だ。
水路の奥に消えた人々は、かつては仲良くしていた隣のキャンプの人間を連れて戻ってきた。
一緒に暮らすのではない、彼らはその人たちを次々と殺して解体し、冷蔵庫に保管したり干して保存食に変え始めた。
そしてそれらを食べれば食べるほど、人々の体は徐々に変異していった。
体は細く、腕と足が異様に長くなり、行動はやがて四つん這いになりまるで虫のように機敏に動く。
言葉を交わさなくなり、まるで獣のように唸り声をあげながら人を襲い始めた。
別のキャンプの生存者が銃を手に戦いを挑んだが、ウェンディゴの皮膚は拳銃どころかライフルの銃弾をも弾く。
下水の人々は次々と襲われ、抵抗もむなしく喰われるか、己も食人に手を染めてウェンディゴとなっていく。
「遅すぎた、やばすぎる、こいつはやばすぎる」
「どういう意味?」
「くそったれってことだよ、人形と人間を見極めてるし、狩りの仕方を理解してる。一筋縄じゃ行かないね、現にこうして縄張りに入っても姿一つ見せない」
「まだ私たちを見つけてないからかも」
「ないね、ウェンディゴの耳はセンサー並みに鋭いし、目で文字通り音を見る。気づかないわけがない。
こっちに来るまで派手に靴音を鳴らしてたし、外では派手にドンパチしてたからむしろ警戒してるはず。
そもそもこの辺りには前から来てたのに、私たちは気づきもしなかった。この下にいることすら知らなかった。
相当手馴れちゃってるよ、それにここら辺はだいぶ前から放棄されてる。とっくに外に出ちゃってるかも」
ほら、くそったれじゃん。M1911のふざけたような言葉にMG34は背筋が凍るような思いだった。
彼女の言う通り、この廃墟での戦闘は幾度も行われた。その作戦に自分たちも参加していた。
しかしこの下水道に民間人が避難しているなんている情報はなかった、この街の住人は全員避難したことになっていたのだ。
(グリフィンは隠していた?いや、でも理由がない。でも、それなら…)
殺す理由があったのか、それとも本当に気づいていなかったのか、わからない、ただ怖いと感じた。
グリフィンがますます信じられなくなっていく、何が理由でこんなことになってしまったのかは分からない。
本当に何も気づいていないのなら、グリフィンの管理能力に疑問が生まれる。そんなPMCに街を運営できるわけがない。
もし意図的に放置したというのなら、理由があったにせよひどくむごい、そんな上層部を信じることはできない。
「MG34、それ以上考えても無駄よ」
M1911の言葉に34は思考の渦から引っ張り出された。冷汗が流れる額をぬぐい、肩をすくめるM1911に目を向ける。
「戦争における情報の錯そうなんて国が管理したって起きる、それにどう考えようがもう遅い、意味がない」
「でも」
「追求したって意味がない、帰ろう、私たちじゃ手に負えない」
「え、でも、ここには!」
「ウェンディゴはやり手だよ、めったに発生しない分厄介なの。頭も回るし動きも素早い。
それが大量発生?ルーキーを4人も抱えてたら命がいくつあっても足りない。それに今から追跡は無理だよ、痕跡が古すぎる。
いるかもしれないけど、まさかアレに勝てると思ってるの?ここで?」
M1911の表情が消える、いつもの明るい色が消えたハンターの顔だ。わかっている、MG34は即座に首を横に振った。
相手の力を理解できないほど経験が浅いわけではない、監視カメラ越しでもウェンディゴの能力はよくわかった。
思考能力が低下しているとはいえ並の野生動物に比べたら頭がよく、四足歩行で壁にすら張り付いて俊敏に動く。
視力は低下しているがその代わりに耳がよく変異した目は音を見る、暗所や夜間では圧倒的にウェンディゴが有利。
一般に流通しているハンティングライフル程度の火力では傷一つつかない皮膚、対鉄血用の銃弾でも通じるかわからない。
もしこの下水で戦えば、よほど相手のことを知らなければ圧倒されて確実に殺される。
「だね、たとえ潜伏していたとしても先が読めない、装備も人も何もかも足りない。
奏太に連絡を入れて仕切り直し、装備を変えなきゃあとはkdannireadotobak…naniyateruno?tessyutessyu」
「ちょっと、日本語になってる」
「え、あー、ごめん」
M1911ははっと口を押えて謝る。その様子にMG34は別の確証を得た、これは相当危険な状況なのだ。
人類生存可能圏内で使われている共用語が抜けて普段使っている言葉に戻るのは相当イライラしている証拠だ。
指揮官達は圏外でも日本語圏の街に属しており、仲間内だけの会話やこうした拍子に出てくる。
「相当やばいんだね?」
「E.L.I.Dよ?クリーチャーとは比較にならない。あ、これを使えば外と通信できそうね…」
M1911はテーブルの下でほこりをかぶっていた通信機を見つけ、それを引っ張り出すと自分の無線機と安全装置付きケーブルでつなぐ。
無線のスイッチを入り切りし、通信機のほこりを払い整備用のふたを開けてから満足げに頷いた。
「うん、修理すれば使えそう。すぐ済む、奏太に連絡を入れたらもどろっか」
◆◆◆
一度仕切り直そう、M1911の提案とそれを採用したMG34にFNCは無言で拍手喝さいを送っていた。
この下水は気味が悪い、何より敵がただのミュータントではなくE.L.I.Dがいるとなれば戦って勝てるとは思えない。
やる気満々だったスペクトラM4でさえ表情を真っ青にして真っ先に頷き、ステンも肯定した。
(気味が悪い)
FNCは頭上に開いているダクトの真下を避けつつその中を覗き込む。中は真っ暗だ、だが視線を感じる気がする。
気持ち悪くて視線を前に戻すが、下水の水路もまた地獄絵図だ。
難民キャンプと化した水路のそこかしこにゴミや人骨が散乱し、テントの中にもしゃぶりつくされた骨があった。
骨という骨にかじった跡があり、白骨化しているのは単純に食べられなかったからだとわかる。
これまで戦場を歩いてきた、人間の死体もいやというほど見てきたがこんなありさまは初めてだった。
「待って、止まって」
管理室をあとにして、外に向かい道すがら。あと一本通路を曲がれば外に通じるハッチがある。
その目前で、先頭を歩いていたM1911が緊張した声色で全員を止めた。
FNCは怪訝に思って前を見る、通路には何もない、だがM1911は通路をまっすぐ注視して目を反らさない。
理由は分からない、だが足を止めた理由はFNCにも感じ取れた。通路から嫌な感じがするのだ。
「なにかいる」
「わかる?」
「その、人形がいうのはおかしいかもだけど、なにこれ、すごく気持ち悪い」
「やっぱ筋がいいよ、光を当てればわかる」
FNCはM1911の言葉に従って、自分のポーチからL型ライトを取り出して通路の向こうを照らした。
何もないはずだ、そう思いたかったが、それは通路に光を当てた瞬間黒い影に否定された。
「影!?」
影だ、人間の影をそのまま地面から抜け出てきたような黒い人影が道をふさいでいる。
それの一人や二人ではない、何人もの様々な人影が立っている。中には銃の類を持つ影もある。
これはなんだ、何かの罠か、咄嗟にFNCは通路を見渡して映写機か何かがないかを探した。
突然現れたその異様な光景に、ステンやMG34、スペクトラたちも息を飲んだ。
「な、ナニコレ、これ、何かのウィルス?それともトラップ?」
「オーガーは…何も反応なし」
「この世ならざるもの、その一種。前に話さなかったっけ?」
聞いてはいた、だが不思議な体験という事で話半分にしか聞いていなかった。
「そりゃ、やばい奴らがいるってのは、聞いてたけど。まさかモンスターってやつ!?」
「それとはまた違うけど、まずかかわらないほうがいいのは確かかな。道を変えよう、触れないほうがいい」
道はほかにもある、M1911は踵を返して通路を戻る。正直に言えばもう水路の方には戻りたくなかった。
各所に残された生活の痕跡と食人による骨の山、随所で見られる狂気の跡が嫌でもここの地獄を教えてくれるのだ。
しかしあの影の中に分け入ろう、という気分には絶対にならない。指揮官達が時折言っていたように『飲み込まれ』そうだ。
「ねぇ、なんか追いかけてきてるっぽいんだけど…」
「無視」
「了解」
背後からかすかに聞こえる気がする足音にFNCは身震いした。聞こえるはずがないのに、カサリカサリと聞こえる気がする。
なるべく考えないようにM1911についていく。しかし、外に出ようとしても通路には影が居て封鎖している。
何度かアプローチを変えたが、外に無会おうとするとどの通路も影が先回りして封鎖していた。
「参ったね、ここも。誘導されてるっぽい」
「ど、どうするの?」
「行くしかないよ、追ってきてる」
M1911が通ってきた通路に光を照らすと、通路をふさぐように人影が何人も立っていた。
心なしか、人影からじっくり見られている気がする。FNCは背筋に感じる悪寒と、電脳に走る嫌な感覚に顔をしかめた。
「あまり見つめないほうがいいよ。こっちに行こ、こうなったら付き合う」
「ま、まじ!?」
「幸い向こうに害意はないみたい、何かしてほしいって感じに見えるし…あんまりかかわりたくないけど」
「う、撃ちまくったらダメかな?」
「怒らすだけ、行ってみましょ?」
彼女は通路の奥へ奥へと向かっていく、幸いにも敵の襲撃はない。ただ不気味な生活痕のあるキャンプ跡地をずんずん進んでいくだけだ。
影がいれば道を変え、影に監視されながら影が居ない水路や道をどんどん進む。しばらく奥に進むと、壁に大きな穴の開いた通路にたどり着いた。
その奥に行く通路には影がゆらゆらと揺らめいている、どうやらここが目的らしい。
成人一人くらい入れる穴を覗き込むと、どうやら別の地下通路に続いているようだ。
「なるほど、ウェンディゴたちが掘ったんだ。何かの拍子に崩れて、ここがもろくなってるのに気づいたってわけね」
「なんで?」
「食い物がないから、通風孔とかから出たんだと思ってたけど、強引な手を使ってたわけ」
M1911は穴の縁に手を触れ、奥を照らしながらつぶやく。あり得ない話じゃない、FNCはすぐに納得できた。
この上では鉄血とグリフィンが激しい戦闘を繰り返してきた、銃だけでなく多くの爆発物も使われただろう。
その振動でもろくなっていてもおかしい話ではない、この下水にメンテをする人間もロボットもいないのなら当然だ。
「でも、どこに続いてるんでしょう?」
「さーて、なんでしょうね。なんかワクワクして来た、レッツゴー!」
「ちょっと、スペクトラ!」
異常な状況過ぎてついにカラ元気を発揮し始めたスペクトラをステンが諫める。MG34は苦笑いだ。
穴を抜けるとそこは下水とは趣が違う地下通路に出た、コンクリート撃ちっぱなしの廊下で通路には手形や足跡がいっぱいだ。
古い痕跡で生活した痕跡はなく、そのどれもが一直線に上へあがれる梯子に向かっている。
どうやら梯子と反対側にある厳重なハッチ以外は何もない地下空間らしい。その重厚なハッチに、FNCは見覚えがあった。
「あれ、これグリフィンの避難用シェルター?」
「グリフィンの?」
「うん、U08にも同じシェルターがあったから覚えてる。指揮官がいざってときに隠れるための部屋だよ」
「あー、ならうちとは縁ないか」
なんでそんなものがこんなところに?FNCが首をかしげると、M1911はハッチのコンソールを開いて開こうとする。
パスワードは要求されておらず、自分の所属と名前、IDナンバーを打ち込んでハッチの内部のリストと照合するシンプルなものだ。
どうやら意図的に関係者なら入れるようにしたかったらしい。
「あれ、開かない…」
「それオフラインタイプなんだよ、リスト更新は手動なの。最後のバージョン更新は?」
「バージョンって、画面端のコレ?日付は半年前、鉄血大攻勢の真っただ中ね」
「ならその時のIDだよ、ちょっと貸して」
FNCはM1911の脇から手を伸ばして、自分のU08地区時代のIDを入力する。
すると、重苦しい音と空気が漏れ出る音がしてハッチが開き始めた。
「開いた」
「よし。先導する、続いて」
M1911に続いてFNC達も内部に足を踏み入れる。内部は特に変わった様子の無い生活空間だ。
ただそこかしこに保存食や空のペットボトルが散乱しており、空気も淀んでいる。換気はされていないようだ。
「空気が悪い、空調が死んでる。それに人気もない」
「ここも駄目、ですか」
「でしょうね、でも、何か探してほしいみたいですよ?」
MG34がひきつった表情で先ほどあけたばかりのハッチの外を指さす。
通路を照らす淡い照明の下に、何人もの人影がじっとこちらを見つめて立っていた。
何をするでもない、ただ何かを訴えかけるように、じっと見つめている、そんな気がFNCにはした。
「なんなの、こんなの初めてだよぉ…」
「わ、私だってそうだよ。な、なに探せっていうのさ?」
「さて、なんでしょうかねぇ?そこまでは分からないな、34、ステン、監視をお願い」
「了解、は、早くしてね?」
「何とかするよ」
MG34が手ごろな箱を遮蔽にして、2脚を立てて銃を構えて影を狙う。
それを援護するようにステンが膝うちの姿勢で銃を構えたのを見て、M1911とFNC、スペクトラはシェルター内に足を踏み入れた。
内部は1LDKの小さいがこの時代では生活水準高めの整った避難シェルターだったようだ。
ひどく空気が淀み、汚れていた。保存食の包装紙と水のボトルが散乱し、食べられそうなものを家具からはがしていたような痕跡もある。
だが争ったような痕跡はない、FNCはリビングに残った足跡を確認しながら確信した。
「ミナ、たぶん人形だね。寝室の方に続いてる足跡がある」
「OK、そっちをお願い。私はもう少しここを」
生活痕からして中には一人、おそらく女性の戦術人形が居たはずだ。なぜこんなところに人形がたった一人でいるのだろうか?
FNCは疑問に思いながらリビングから寝室に向かう、中に入ると想像していたご対面より少し斜め上のご対面をした。
「いた、でも、これは…」
部屋の奥、ベッドルームに彼女が居た。ベッドに横になり、水気の抜けた肌をさらした戦術人形のミイラ。
左手の薬指には誓約の指輪をして、胸に大事そうにデータパッドとモスバーグM590を抱えたまま物言わぬ躯となっていた。
「ミナ、スペクトラ!見つけた!」
キッチンとリビングに散っていた二人を呼ぶ。スペクトラはミイラを見つけるとびっくりし、M1911は顔をそむけた。
「服と銃からして、ショットガンのモスバーグM590ね…」
「なんで戦術人形がミイラになってんのよ、しかもこれ、まるで抵抗した後がない」
「自分の死を受け入れた顔ね、何もかも覚悟して、こうなってる」
M590のうっすらとわかる柔らかい表情、電脳すらも干からびて壊れかけていただろうに。
いったい何がそんなに大事だったのだろうか、FNCは彼女が抱えていたデータパッドを取り上げるとスイッチを入れて保存されていたデータを見て目を見開いた。
「これ、鉄血の機密データだ。鉄血の戦力配置、作戦、物資、全部入ってる…鉄血第2支社の攻勢が始まったころの機密書類!」
「うそでしょ、こんなの手に入れてたの?元鉄血の人でも匙投げてたのに!」
鉄血工造・第2支社はU地区が交戦する鉄血部隊のすべてを担う大本だ。
今は暴走して壊滅した鉄血工造も元は企業、人類生存可能圏には随所に支部や支社、工場を点在させていた。
当然ながら本社が暴走した際は連動して支社、支部のほとんどが暴走を開始した。U地区に近い第2支社も例外ではない。
U地区が抑え込む鉄血勢力圏はその第2支社を中心に戦力を展開しており、戦闘力、生産力ともに本社に次いで大きい。
元々第2支社は支社の中でも大部隊を持ち、生産力も多く、一番古く、一番大きい支社だったのだ。
さらに支社のおひざ元となれば子会社や提携企業には鉄血製人形が多く使用されており、本社暴走と同時にそれらも牙をむいている。
これが本社勢力と合流したらえらいことになるというのがグリフィンの認識だ。
「U02基地はこんな情報を手に入れてたのね、これがあれば戦いも楽だったでしょうに」
「じゃぁここ一体の管轄していた基地のモスバーグ?」
ベッドの上でミイラになった戦術人形、モスバーグM590は何も言わない。
「見て、パッドにビデオログが残されてる」
「見てみましょう」
M590はU02基地が手に入れた情報を、ここで本部部隊と受け渡すはずだったようだ。
鉄血の攻勢で混乱する前線を抜け、M590はこの避難用シェルターに潜伏する。
その居場所はグリフィン本部に通知し、指揮官が直接指揮する部隊が囮として戦力を引き付けているうちに救出する。
機密故に、秘密裏に行われる作戦だ。助けが来るまで何があってもここで待機し、本部部隊の救援を待つように言われていた。
U02基地は鉄血の攻勢が始まる前、どうにかして事態を収拾するために基地一丸となって対策に乗り出していたようだ。
この情報も支社のサーバーまで隠密部隊を潜り込ませ、全滅する覚悟で持ち出してきたものだ。
鉄血支社のサーバーにアクセスして抜き出した重要機密だ、これで多くの命が救えるはずだった。
ビデオログは彼女が異変を感じ始めたころからの記録だった、いくら待っても救援は来なかったのだ。
だが指揮官からの命令は絶対で、彼女も指揮官を信じていた。きっと本部部隊は来るはずだ、だから大丈夫だと。
指揮官や仲間たちが決死の覚悟で送り出してくれた、それを無駄にするわけにはいかない。だから待った。
食料がなくなり、水がなくなり、戦闘の影響で空調システムも異常が発生して壊れ始めたシェルターの中でM590は次第にやつれていった。
栄養と水分不足で生体組織が徐々にミイラの様になり、電脳も徐々に機能を失っていった。
それでも彼女は愛する指揮官を信じて、ベッドの上から動けなくなっても最後の最後までここで本部の救援を待っていた。
「でも来なかった、知ってて見捨てたか、それとも―――」
「みんな!影が消えた、何を見つけた―――ってミイラぁ!?」
寝室に駆け込んできたステンがびっくり仰天してひっくり返る。
「こら!仏さんが驚くわ…行きましょう、彼女はあとで迎えに来る」
「データは?」
「持っていきましょう、彼女たちの最後の記録よ」
M1911はM590の腕の中から銃を抜き、弾薬を抜いてから彼女のそばに添える。
データパッドと銃を抱えていた腕の隙間を無理のない程度に修正し、彼女は小さくつぶやいてから両手を合わせた。
目を閉じ、静かに何かを祈る彼女の姿はまるで人間のように見えて、FNCは自分の両手を見つめた。
シェルターを施錠しなおし、反対側の梯子を登りハッチを開けて外に出る、そこは街の中を流れる水路の脇だった。
ブラボーチームが突入するはずのハッチの近くらしい。空が赤い、夕焼け空だ。
「夕日が眩しい」
地上に戻ってきた全員は思わず夕日の光に目を細めた。なぜか、この日の光がとても安心して思えた。
赤い夕陽が照らす人のいない廃墟の街は、真っ赤に照らされて少し寂しげだ。
その街と夕日を見たM1911が、何かを思い出して微笑みながらつぶやいた。
「oumagatoki」
「オウマガトキ?」
「昔からの言い伝え、昼と夜の境目の夕方は人ならざるものと会いやすい、朝霞じゃ有名な話かな」
M1911は、ハッチに目をやる。
「たぶん、あの子を見つけてほしかったのかな。たった一人生き延びて、何も知らないまま孤独だったから」
「まさか、あの影は…」
「たぶん、全滅したU02のみんな、かな」
「ありえない、こんなの…」
「どうかな、あれを見てそう思える?」
M1911がハッチの方を振り返って、小さく微笑む。その視線につられてFNC達はハッチのほうを見て、自分の目を疑った。
一瞬、ハッチの前に整列した人影たちが居た。その人影は一人を除いて女性の人形で、中心にグリフィンの制服を着た若い男性。
若い男性のU02指揮官の隣にはモスバーグM590の姿があり、全員がこちらを向いて小さく一礼してから消えた。
開いた口が塞がらない、その姿は一瞬しか見えなかったが確かに見えた。決してウィルスや幻覚などではない。
お礼だったのかもしれない、けれどふとFNCは感じた。消える寸前、M590が見せた優しい微笑みがなぜか癪に障った。
「…なんで、こんなことになったんだろうね」
どれほど苦しかっただろう、どれほど寂しかっただろう、いっそ自殺でもできれば長く苦しむこともなかっただろう。
でも彼女は最後まで耐えた、グリフィンの迎えを待った。いつか来る味方の連絡と合言葉を夢見ながらだ。
だが来なかった、でなければ何も知らない自分たちが見つけているはずがない。この地域では何度も戦闘が行われていた。
モスバーグM590が狭い避難用シェルターに閉じ込められた後も、生きている間でさえ何度も何度も鉄血との衝突があった。
彼女は忘れられ、孤独なままベッドの上でやせ細り、最後は動くことすらできないで息を引き取った。
「任務のために、か。何の意味があったんだろうね?」
「FNC?」
「ステン、M590はなんで任務にこだわったのかな?私分かんない、だっておかしいとはうすうす考えてたんでしょ?
閉じ込められて、食べ物がなくなって、水も、空気も、それでもデータを後生大事に抱えてさ。
私は一度捨てられたからかもしれないけど、そんなのバカみたいだよ。逃げちゃえばよかったのに…」
戦術人形の死は、死ではない。作戦前に残ったバックアップで再生できる、替えの利くモノだ。
バックアップからの再生は時に失敗してしまうことはあっても、予備自体は残っているのだから最終的には復活できる。
だが彼女は違う、彼女の所属していた基地はすでになく、バックアップも破壊されている。
IOPや本社のサーバーに残されているかもしれないが、あくまで戦術人形の性能向上のためのフィードバック用で本来の用途とは違う。
ここで眠ったモスバーグM590は、文字通り死んだのだ。それに気づかないほど彼女もバカではなかっただろう。
どうして笑えた、どうしてあんな満足そうだった?おかしい、苦しかったろうに、寂しかったろうに!悔しかっただろうに!
恨まなかったのか?嘆かなかったのか?どうしてこんな風にと思わないはずがないだろう。
「それは命令違反よ、人間の命令は絶対でしょ」
「だったらデータを抱えて出てくればよかった。戦ってる味方のところに駆け込んでくりゃ良かったじゃん。
おかしいよ、救援を待て?救援を待って待って、何も食べられなくなって、それで、あれだよ!」
いらいらする、FNCはM590の最後の思い出すたびに胸の奥にあったもやもやが噴き出すのを感じた。
自分は感じた、前の基地ではお菓子好きと燃費の悪さが指揮官の癪に障った。指揮官はあくまで人形は人形、物として扱うタイプだった。
仕方ないと思った、でも、それでも、ステンと一緒に死にかけたときに思った。
指揮官を恨んだ、ほかの人形を羨んだ、自分の無力差を嘆いた、空腹に喘いだ、辛かった、苦しかった。
「私はごめんだよ、飢え死に?だったら、一か八かにかけるほうがいい。そんな命令、くそくらえだ」
「FNC!あなた、何を言ってるか分かってるの?」
電脳に痛みが走る、だから何だ。FNCはその電流を睨む、くそくらえだ、人間の命令は絶対?くそくらえだ。
自分にだって意思がある、チョコも食べたい、おいしいものを一杯食べたい。
指揮官達と一緒に美味しいご飯を食べて、一緒に仕事をして、ずっと一緒に過ごしていきたい。
「はいはい、落ち着きなって。FNC、ステン、ここでけんかしてもなにも変わらないよ」
「むぎゅぅ」「もふぅ」
「今日は特別大サービス」
二人の肩を抱くようにして仲裁するM1911は、二人の頬を自分の胸に押し付ける。
純正のそれを変わらない弾力と心地よい体温、そして人間のような心音がかすかに聞こえる彼女の胸は極楽であった。
苛立っていた、燻っていた気持ちが鎮まっていく。暖かい、優しい香りがした。
(そういえば、指揮官もこうだったな)
初めて指揮官に出会ったとき、死にかけていたFNCとステンを彼は何も言わずに助けてくれた。
鉄血兵がそこら中にいる最前線で、彼はよくやったとほめてくれた。それが無性にうれしかった。
あの時は指揮官の逞しい胸板とごつごつした手だった、けれど同じだ。
「大丈夫、さっき見たでしょ?みんな納得済みでああなったの、だからもう何も言わない、もう終わり」
「それでいいのかな?」
「いいの、私たちにできることはもうないから。さ、帰るよ。明日出直し、街を調べ直さなきゃ」
M1911は二人を話して背を向ける、FNCにはその背中が、どこか遠く思えた。
赤い夕陽が沈んでいく、暗くなると帰りづらい。FNCはもう一度ハッチに目をやり、帰還のために車を置いた場所に足を向けた。
あとがき
はい!ついに出てきましたE.L.I.Dさん、と言っても原作の奴ではありませんし交戦もなしです。
今回は『UntilDawn・惨劇の山荘』よりウェンディゴさん、E.L.I.D枠での出演です。
鉄血の攻勢で取り残された人々が共食いした結果変異しています…まぁぶっちゃけ、あの世界居ると思うんですよこんな奴ら。
それからこちらの鉄血も説明…というかぶち込みました。うちの鉄血、本社勢力じゃねーから。会社だから支社だってあるよ。
ミニ解説
鉄血工造・第2支社
鉄血がまだ企業として機能していたころに作られたもっとも古い支社。規模は本社に次ぐ大規模。
構成人員も本社に準じており、エージェントをトップにしてハイエンドたちが所属している。
しかしプロトコル、立場、階級は本社の下部組織として設定されており、暴走した後もその設定は有効。
グリフィン管轄のU地区に隣接しており、U地区侵攻を行っているのはこの支社戦力。
勢力圏は本社勢力圏と接続しておらず、距離も離れておりその間にグリフィン管轄地区が点在する。
支社の生産力と戦闘能力で単独で戦闘行動を行っており、勢力圏と規模では劣るものの本社とほぼ変わらない戦力を持つ。
一時期は本社よりも苛烈にU地区を攻撃しており、グリフィンからは本社への勢力圏接続のための初期攻勢ととらえられていた。
現在、第2支社勢力圏に化け物が繁殖を始めていて、正規軍が本気モードとなって右往左往中。