暗い闇の廊下を私は走る、走る、いつから走っているのかわからない、けれど、走らなければ追いつかれる。
後ろから聞こえる、グリムの声、荒々しい足音、何人も、何体も、いくら撃っても撃ってもきりがない。
体が重い、人工筋肉がひきつって、足の部品が悲鳴を上げている。でも、でも走らなきゃ、追いつかれる、殺される、
「こっちだ!」
指揮官の声、声のするほうを見る。指揮官だ、ドアの前で叫んでる、SASS、M4もいる。早く、早く早く早く!!
「あっ!?」
足が捕まれる、肩が、腕が、全身を、ひょろ長いかぎづめを持った手が、グリムの手が。
振り払えない、体に食い込むかぎづめが私を切り裂く、牙が私をかみちぎる。
「あっ…」
指揮官が踵を返す、光が遠ざかる。正しい判断、これは、正しい。私たちは道具だから、兵器だから。
前もそうだった、前の基地でも私は捨て駒にされた。ただ古い型だから、偶然回された初期型だからというだけで。
生き残っても、前の基地に私は必要なかった。もっと性能のいい人形が補充されていたから。
「いやだ」
前のところでもそう、ほかのところでもそう、捨てられた。古いから捨てられた。
指揮官だけ、受け入れてくれたのはここだけ。嫌だ、指揮官、置いてかないで、見捨てないで!
足元を這いまわる音がする、上ってくる、クロウラー、振り払えない、上ってくる、私を、私を化け物にしないで!!
「いや、いやだ!助けて!助けて、指揮官!!」
手を伸ばす、その先には何もなかった。白い天井しかなかった、見慣れた天井、これは?
「夢…」
U05基地の自室、宿舎としてあてがわれたホテルの一部屋。パジャマは寝汗で湿っていて、ベッドもひどくうなされたのか乱れている。
「また、この夢…」
ここ最近は見なかった、慣れてきたのか別の夢だった。人形は夢を見ない、夢を見るのは人間の特権だと教えられてきた。
でも今まで私が置かれていたのは、人間の夢、それも恐ろしい悪夢に他ならない。
U08基地での戦闘、もし指揮官の後を追い切れず遅れていたら、私はああなっていたはず。
そう考えると怖気が走る、恐ろしい、今もそう思う。
「指揮官、どこに…あ」
ふと口をついて出たつぶやきに、私は気づく。この部屋に指揮官がいるわけがない、ここは自分の部屋だもの。
「怖い」
それなのに指揮官の存在を求めてしまった理由は、恐怖を覚えているから。
現実ではない夢の中でも、追いかけてくるグリムと足元を這いまわるクロウラーの音が耳から離れない。
「そう、か。怖いのね、私は…」
外は薄暗い、まだ夜明け前なのだろう。でも眠る気になれなかった。またあの悪夢を見そうだったから。
暗いのも怖い、部屋の電気をつけて、ベッドの上にへたり込む。今度は一人が怖い、怖い、次々と恐怖が付きまとう。
いまも、家具の隙間から奴らが出てきそう。そうしたらどうしよう、武器がない、銃がない、どうしようどうしようどうしよう!
「落ち着け、落ち着け…なにか、飲もう、散歩しよう」
胸に走る動悸のような気持ち悪さ、ひりつく喉の痛み、意を決して部屋を出て自販機コーナーに行くことにした。
部屋の冷蔵庫に常備の飲み物もあり、水道の水でもいいはずだけれど、足は自然と外に向いていた。
廊下は普段通り消灯していて暗い、いつもなら大したことはないはずなのに今日は足が竦みそうだった。
それでも何とか自販機コーナーまでたどり着き、合成オレンジジュースを一つ買って飲みながら宿舎を出る。
「霧?」
外に出ると薄く周囲を霧が覆っている、この基地では時々ある朝霧だ。
そういえば指揮官の故郷もこんな風によく朝霧が出るって言ってたな。
「…さすがに匂わないか」
ここ最近、基地にまでに漂ってくるような咽る炎の香りはもうしない。肉の焼ける匂いも、血の香りも。
もうあいつらはいない、正規軍が片付けてくれたから。私も見たもの、あの燃やし尽くされる鉄血領域を。
指揮官の願い通り、この件は政府に報告され正規軍が出張ってきた。ヘリアントス上級代行官はしっかりと仕事をしてくれたらしい。
少し前、基地には指揮官の知り合いの正規軍の人たちがやってきた。正規軍の中でも高濃度汚染区域近くで戦う精鋭。
SRPAのセンチネルって言ってたかしら、確かにここあたりじゃあまり聞かない部隊だ。よく聞くカーター将軍とは指揮系統が違うらしい。
武器もよく見るパワードスーツとハイテク武装じゃなくて、実弾とハイテクの混合で昔の戦闘服にガスマスクっていうどこかレトロチックな感じだった。
でもさすが正規軍、イカレてる。リボルバーの弾がスイッチ式で爆発するってどういう事よ。
詳しくは聞けなかったけど、みんな常人離れしてたわね。AR-15が手合わせを願って思いっきり伸されてた。
そして次の日から、連日連夜の爆撃と容赦のない殲滅攻撃が汚染区域とされた鉄血占領区域で行われた。
私たちも爆撃の手伝いで、陸攻に乗って爆撃した。指揮官に正規軍から依頼が来たのよ、それに私たちも便乗した。
やばかった、さすが正規軍、容赦が全くない。鉄血が哀れになるくらい一方的に駆逐されてたし、隠れていたクリーチャーも根こそぎだ。
それでも指揮官達は少し不満そうだった、ここも含めて全部焼き払ってもらいたかったらしい。いや、それはやめてよ。
「あれ、ここは?」
気が付くとなぜか慰霊碑の前にいた、慰霊碑と言っても指揮官が自分で作った粗雑な無縁仏みたいなもの。
拾ってきた石板を置いて、そこに日本語で何か文字を掘って慰霊碑にしただけ。時々指揮官達が手入れしてる。
戦いの後はよく指揮官達はここでお祈りしてお供え物してるのよね、よくわからない。ただ冥福を祈ってるんだって言っていた。
今日も来てたみたいね。合成アロマが煙を少し立ててるし。お祈りか、私たち戦術人形がやっても効果があるのかな?
「やってみようか」
そうだ、やってみよう。減るもんじゃないし。コハクやミナもやってるし。
「えっと、こう、よね?」
確か、両手で手を合わせて目をつむる。あ、十字も切ったほうがいいんだっけ…なんかごっちゃになってるような?でも要はやることが大事って言ってたし。
よし、十字を切ってから両手を合わせる。なむあみだぶつ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
U05地区を走る林に囲まれた古い道路、いつもU05基地への補給は大体この道路を通して行われる。
昔は旅行に来る人たちが使っていた道だけれど、今は私たちくらいしか使うものはいない。
私たちはその補給部隊の救難信号を受けて車を飛ばしていた。電気駆動式のハンヴィーはモーターを唸らせながら道路を疾駆する。
いつもなら車列を狙い相手は鉄血か、それとも食い詰めた野盗なんだけれど、今日はどうもミュータントに襲われたらしい。
ここ最近はU05にも増えてきた、やっぱり生態系汚染は着々と進んでたのね。
今日の車列はぺーぺーの新米指揮官が率いてたからかなりやばいと思う、ついでにそいついけ好かない奴だし。
「変だな、この道は獣除けをしたはずじゃないのか?」
「完全にってわけにはいかないから、運がなかったんだよ。あれは応急処置だから」
後部座席に座るSVT―38が銃の弾倉に弾を込めながらM1911、ミナに問いかける。
獣除け、指揮官曰く人里の縄張り作り。そこら中に人の匂いや戦いの後を作ってミュータントに警戒を促すの。
本格的にやるならお香を焚きまくったり、陣地を作って何日も人を置いて匂いをしみこませるらしい。
私も境界線あたりを練り歩かされたわね、弾薬を詰めたバックを背負わされて時々撃ちまくりながら練り歩くの。
「弾が弾かれるミュータントって言ってたわね、何か知ってる?」
「いくらでもいるから何とも言えない。近くについたら私が突っ込んで探るから、援護して」
ミナはいつものようにバックパックを背負うと、いつも使っていた工事用スレッジハンマーじゃない見慣れない武器を手に取った。
全金属製の戦闘用ハンマー、彼女曰くバトルハンマーを手に取る。頭が左右違ってて、片方は平面だけれどもう片方がまっすぐなくぎ抜きって感じ。
持ち手の長い両手持ちのネイルハンマー、かしら。けど全体的にごてごてしてて重たそう、殴られたらただじゃすまないわね。
あれがハンターであるミナの本来の武器、対E.L.I.D用にも使う対化け物用近接用兵器。ここだと部品とかが足りなくて整備が追い付かないから半ば封印してるやつ。
指揮官達はみんなそう、陸攻と同じでちゃんとした整備が難しいから慣らしでこうやって持ってくる以外はめったに見ない。
「ミナ!もう少し!!」
「OK!」
遠くから銃声とわずかに悲鳴が聞こえる。どうやら護衛部隊の人形のだ、一刻も猶予はない。
車列が見えた、私は横転したトラックのすぐ近くにハンヴィーを止めて飛び降りた。むせかえるような血の匂いと、うめき声に思わず身がすくむ。
道路は血みどろで、手足を切られた人形たちが呻いていた。
U地区の補給を担う補給基地の護衛部隊の人形たちの死体をハサミでつつくその青いのを、私は思いっきり蹴飛ばした。
「ラッドスコルピオン、こいつが輸送部隊を。大丈夫?助けに来たわ」
横転したトラックに背を預けようにしていたKS-23の肩を叩く。ひどい傷、両足を切り落とされて、左腕も折れてる。
足元にはスラッグ弾の薬きょうが山ほどと中型までのサソリの死体。最後は取っ組み合いになったのね。
「化け物が、みんなを、先頭車列にも、いっぱい。指揮官が…」
「向こうの戦力は?」
「第1小隊と第2小隊が、いる。なんとか、にがした…頼む、あとは」
指揮官の車列は逃がした、上出来。変な指揮を出されずにすむ。
「任せて、これを」
背中のバックパックを下して、中から応急処置用の治療ジェルと包帯を取り出す。
指揮官がゲッコーの脳みそと薬剤を使って調合したやつ、生体部品に効果てきめんで止血効果もある。
「助かる、早く!」
KS-23に頷いて、ミナたちと一緒に車列の前に足を進める。こいつらはラッドスコルピオン、私が知ってるのは青っぽいでかいサソリ。
でもこいつ、なんだこいつ、でかいのがいる。車並みに横幅があるし、尻尾も長い、針もでかい!こんなになるの?
「ジャイアント?」
「嘘だろ、こんなでかくなるのか」
話だけは聞いていたけど、いざ見るとやばすぎる。甲殻も分厚そう、撃たれた跡が無数にあるのに全部弾かれてる。
「い、いや!いや!!やめて!!」
声、車の向こうか!
「おっとだめだよっと!」
ジャイアントラッドスコルピオンの大はさみがPP2000の首に突き刺さる直前、車を飛び越えたミナがその大はさみを蹴り飛ばす。
振るわれるバトルハンマーがうなりを上げて振るわれ、地面を這う巨大なサソリのはさみを真上からの振り下ろしで砕いた。
耳障りな悲鳴を上げて後ずさりしようとするスコルピオンだが、ハンマーで抑え込まれた腕のせいで動けない。
焦りが見えるその複眼を左手で構えたM1911でミナは器用に撃ちぬいて一撃で脳みそを破壊した。
「大丈夫?PP2000」
「え、えぇ…」
「なら銃を持って!こいつの弱点は目、狙って撃ちまくれ!!」
トラックの荷台からとびかかってきた中型のラッドスコルピオンを蹴り飛ばし、ひるんだところをハンマーで殴り殺す。さすが、でも私だって!
「寄るな!」
PP2000を狙う小型のラッドスコルピオンを撃ち抜いて、飛びかかってきた中型を蹴っ飛ばす。重たいけど、怯ませた。
その隙に周りの小型の奴を撃ち抜きつつ、ナイフシースから一本ナイフを引き抜いて中型の複眼に投げつける。
いいとこに入ったのか中型は一瞬痙攣してぐったりと足を折った、研いでてよかった。なんとかなった。
「イングラム!下!」
わかってる、ミナの声に飛び退ると地面に穴が開いてさっきミナが仕留めたサイズよりも少し小ぶりなラッドスコルピオンが顔を出した。
それでもでかい、外殻に弾をはじいた跡がいくつもある。でも、運が尽きたわね!
「ハロー?」
複眼の眼前に銃口を突き付けて全弾叩き込む、痙攣する体をつま先でひっかけて少し開けてから穴の奥に手榴弾を投げ込む。
穴には後詰がいる可能性があるし、変なのに使われるかもしれないから埋めておくに越したことはない。
穴を死体でふさいだら少し下がる、手榴弾が爆発するくぐもった音がしてスコルピオンの死体が少し浮かんだ。
「やるじゃん」
「それはどうも」
「皮肉じゃないよ?虫退治はいつでも歓迎だしね」
虫退治…字面は軽いけどきっともっとやばいのよね。大物を仕留めた割にぜんぜん応えてないし。
「それにしても多いなぁ、ラッドスコルピオン」
「変異?」
「いやどうだろ、ちょっとわかんないな!」
ミナは再びフルスイングでトラックに貼り浮いていたラッドスコルピオンを殴り飛ばす、ホームランね。
「でも肉質結構詰まってるし、甲殻も確かに硬い。本場もの?なんか変だな」
シャレにならないわよ、専門家のあなたがそんな風に言うと。
「今日は大量だな、素晴らしい!」
「皮肉ですよね、ほんっと!!」
38と34も手当たり次第にスコルピオンを撃ちまくる。MG34はいくらか弾かれるけど、火力で押し通す。
SVT-38は中型なら正確に目を撃ち抜く、小型は蹴っ飛ばしてる。人形の脚力なら蹴りでも十分死ぬ。
「もしかして巣がある?」
「ここじゃないだろうけどね、だから中途半端は駄目なのに」
まいったな、この辺りは隣の地区の境界線よ。隣の地区だと手が出せない、あっちの指揮官はうるさいし。
「はぁ…帰りたい」
「そんな、私たちを見捨てるの!?」
「したくないけど、うちもやばいんだって。おばば様に叱られる!」
「なんで、というかだれ?」
「街の偉い人、一年くらいほったらかしなの、私たちのおうち…」
そうか、指揮官達って向こうに家があるんだっけ。こういう話を聞くと、やっぱりここの人じゃないのよね。
「ミナ!デカいのが来た、こっちじゃ手に負えないよ!!」
「白い奴だ!2体、高速接近中!」
MG34の悲鳴みたいな叫び、振り向くとトラックみたいな幅のでかくて白い奴が2体並んで道路を一直線にこっちに来るのが見えた。あっちって指揮官車が逃げたほうじゃなかったっけ?
MG34とSVT-38は応戦するけど弾が面白いように弾かれる。大きなハサミで目のあたりをガードしながら突っ込んでくる。
あれはスコーチ!?ジャイアントラッドスコルピオンの変異種、汚染濃度の高いところにいるっていうやばい奴じゃないの!!
ハサミの隙間を縫って38の銃弾が目のあたりにあたるけど、1発くらいじゃ大して効いてない。
「スコーチ?あんなのまで持ち込んでたの?この群れのボスってところか」
ミナは余裕、これはあれね。やったことある人だ。
「くそ、ならこいつだ!すまんが離脱する!」
SVT―38はマガジンを交換、赤いテープを巻いた奴に取り換えて初弾を装填、スライドに鉄片をかませて稼働しないように固定する。
銃を近くの車のボンネットに添えて、銃を抑え込むみたいにしながら撃った。
重くてひときわ大きい銃声、撃った反動で銃口が上に跳ね上がり38も体を大きくのけぞらせた。
対ミュータント用強装徹甲弾、対E.L.I.D用徹甲弾をモデルに指揮官が今あるもので再現してくれた特製のやばい奴。
薬莢の強度ぎりぎりまで装薬を増やしたライフル用徹甲弾で、威力と貫通力がすごいけど反動がやばい。
「ぐぅぁ、くぅ…指が痺れる、肩痛い!」
半自動小銃に向かない上に普通に打てば装填機構が一発で使い物にならなくなるから、撃つときはブローバックを殺して使う。
元の奴も装薬の推力はすべて弾の威力に使うこと前提なのでそういう使い方になるんですけど。
反動がすごすぎて人形でも取扱注意、今も38が反動で一時的に戦闘不能状態。銃もオーバーホール確定。
でもその代償の分、威力は半端じゃない。今もスコーチの頭をぶち抜いて一撃で仕留めた。
「チェストォォォォ!!」
死んだスコーチを避けて前に出ようとした奴にミナが突貫、ハサミを思いっきりハンマーでたたきつける。
スコーチはそれをいなして、尻尾の毒針をミナに向けて突き出す。それを彼女はくるりと一回転しながら避けて、勢いをつけて毒針のある尻尾を殴りつけました。
「おっと?」
尻尾で器用に受け止めた!?そんなこともできるのかこいつ。ミナはすぐに一歩引いて仕切り直そうとするけど、スコーチはすぐに追撃。
ハサミの左右連撃、ミナは体をひらひらさせながら避けつつハサミの連撃に交じる尻尾の刺突をハンマーで防いで軌道を反らす。
援護したほうがいい?いや、下手な横やりはミナの呼吸を乱す。周りの小物を掃除しましょう。
「せーのっせっ!!」
何度目かの尻尾の刺突を弾き、掛け声と同時にミナが尻尾の刺突を思いっきりハンマーで真横から殴りぬく。
するとスコーチを基軸に時計の針のようにしっぽが回転し、曲がり過ぎた尻尾の根元がねじれて緑色の血がにじみ尻尾がけいれんを起こした。
その反撃にスコーチの動きが鈍る。なるほど、さっきから刺突を弾いてたのは打つ場所を見定めるためなのね。
その隙をミナが逃すはずもなく、左脇に潜り込んでスコーチの左足を2本まとめてへし折った。
耳障りな悲鳴を上げて擱座するスコーチ、そのしっぽの付け根にミナは移動してすかさずハンマーを振り下ろす。
生々しい音を立てて罅が入った外殻もろとも付け根がつぶれ、重たい音を立てて尻尾がだらんと地面に垂れた。
スコーチは耳障りな悲鳴を上げて、無事な足と腕をばたつかせて暴れまわる。
その背面にミナはするりと上ると、弱点の目の部分へ向けて鋭い釘抜きみたいなほうを振り下ろした。
一撃、複眼が砕けて一層暴れまわる。二撃、一際強く痙攣して暴れ方が弱まる、三撃、よたよたの死に体って感じ。
4、5、6とボコボコに殴り終えたころには、複眼はもう見る影もなくて、スコーチは力なく横たわった。
「ふぅ、これで終わりかな?」
とどめに3発、ぐちゃぐちゃの脳天にM1911を撃ち込む。うん、無理、参考になりませんよこれ。
いっつも思いますけどどうやって避けてるんですか、あんなひらひらと動けないんですけど…ま、考えてもしょうがない。
それにしても、このスコーチ。なんであっちから道路に沿って真っすぐ来たんですかね?
「ま、大方予想はつきますが」
周囲の安全を確保し、生存者を集めてからスコーチの足跡をたどります。やっぱり、少し行くと黒煙を上げるハンヴィーが2台。
逃がした指揮官の車両は少し行ったところで壊滅していた、生存者なし。人間も人形も区別なく。
逃げた後にスコーチの待ち伏せを食らってそのままやられたみたい、でもどうしてこんなところにスコルピオンがいたのか。それは周囲を捜索してすぐわかりました。
「あー、まぁ考える奴いるか」
SVT-38は壊滅した指揮官車列近くの茂みをあさってぼやいた、私も頭が痛いですよ。
茂みの中にはでっかい餌の山の残骸がありました、人形用生体部品です。しかも期限切れのかぐわしいの。
「グリフィンに対する嫌がらせのつもり、だったんですかね?それともただの不法投棄?」
「どっちにしろ迷惑千万だ、こんなことになってなけりゃただの肥やしなんだが」
問題はこの匂いにつられてミュータントがわちゃわちゃしてて、そこに不幸な犠牲者が通りがかったってことですね。
大方餌を親玉が独占して腹をすかせた下っ端たちが先に強襲、そこから逃げてきた新鮮な肉を親玉がロックオン、ってところ?
「放っておいても他の奴ら来る、燃やしてしまおう」
「ですね」
38と示し合わせて、基地に事のあらましと結果を知らせてから餌の山の残骸に火炎瓶を投げつけました。
鉄血の脅威が少なくなったとたんにこれ、なんだか夢が覚めた、そんな感じですね。まったく。
ここ最近は日常茶飯事、過激派やら人権団体やらの嫌がらせが変なところでミュータントを呼び寄せたりして大変。
とある過激派がミュータントをトレインして来たっていう基地も聞きますね。ほんと、どうなることやら。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
≪ベレ、言いたいことは分かっているな?≫
「はい、将軍」
グリフィン&クルーガー本社の社長室、夕日に照らされた豪奢な室内で社長のクルーガーが壁のモニター映し出された通信相手を前に姿勢を正している。
相手はグリフィンが懇意にしている正規軍のカーター将軍、いつもは何か企んでるみたいだけれども今回はそんな様子は見られない。
私はそれを向こうのモニターには映らない部屋の隅、そこに椅子をもってきて座ってる。別に隠れてるわけじゃない、向こうもそれは知ってるしね。
≪お前を責めているわけではない、今回ばかりは誰の手にも余る予想外の事態だったのだ。まさか鉄血があんなことをしでかすとはな。
だがこの一件は響く、正規軍による掃討作戦はしたが、完璧ではない。事態は、少々根深い≫
「えぇ、我が情報部にも情報を探らせました。過激な団体が、何か奇妙なものを仕入れたとの情報がいくつかあります」
≪やはりか、こちらにもすでに悪い情報がいくつも上がっている。これが出回れば、今も核攻撃さえ考えている老害どもの尻に火をつけかねない。
ブレイク大佐経由でハンターオフィスに連絡を入れた。明後日、そちらに連絡員が行くはずだ。彼らと共同して、対策に当たれ≫
「ハンターを雇え、と?しかし将軍、彼らは…」
≪向こうは乗り気じゃないだろうな、どれもこれも老害どものせいで…何が裏切り者だ、まったく!≫
珍しい、カーター将軍が本音で愚痴ってる。人類生存可能圏内に住む人間は第3次大戦を本気で戦った奴らばかりだからね。
E.L.I.Dに背を向けて人間同士の戦いに没頭したやつらからしたら、当時の敵国人とも手を組んで化け物と戦ってたハンターや圏外の人間は裏切り者。
戦争から逃げた臆病者、国家反逆、売国奴といろいろ言われて戦前から良い地位にいた人間ほど彼らを嫌ってる。
だから戦争が終わって、落ち着いたら汚染された荒野に排斥した。危険因子と考えられたし、その状態でも戦い続けた力も恐れた。
ハンターもオフィスも黙って出て行ったけれど、あの沈黙がまた怖かったのかもね。
実際凄い元気に生きてる、技術力もつけてきてるし、化け物と言われても否定できないわよ。
≪こちらもこちらで手を回す、頼むぞ≫
「承知しました」
通信が終わる。
「すまないな、ペルシカ。待たせてしまって」
「構わないよ、私が突然押し掛けたんだ。カーター将軍も結構気にしてる感じ?」
「当り前だろう、まさかこれほどのミュータントを持ち込むバカがいるとはな」
むしろ今までいなかったことのほうがおかしいと思う、のは考え過ぎかな?小口ではあったし。
「幸いアウトブレイクは防ぐことができた、正規軍の作戦も順調に終了している。傷跡を残すことにはなるが、おおむね国も安堵しているようだ。
U地区は今後、軽度生態汚染地区として認定される。再入植計画はほとんど白紙に戻るな」
「管理するグリフィンとしては痛し痒し、ってところかな?」
国からの特別措置を取られた地区の管理は特殊な業務、だからある程度強力な武装や装備の使用を許可されることが多い。
それくらい厄介ごとってわけだから、大体のPMCは絶対やりたがらないけどね。
IOPもSPAR小隊を引き上げろって遠回しにせっついてきてるくらいだもの。
「その程度で済むものか、U地区の被害は相当なものだぞ。向こうの部隊は慣れない相手に四苦八苦している」
当然ね、多くの基地がミュータントやE.L.I.Dとぶち当たって、人形を使いつぶしてIOPに補充を要請してるからね。
人形で対処できる相手に調子に乗って、その格上に潰されて被害甚大ってパターンが多いみたい。
SPAR小隊がいるあの基地が異常なだけなのよ、だからこそ、これはチャンスでもある。
「でもこれはチャンス、国の認証を得たうえで圏外からハンターを呼び寄せられる。
その技術を人形に学ばせて、より多くの場面で活躍できる人形の育成、部隊の設立が目的でしょ?」
「それは16LABも同じだろう、人間の手を離れながら共存する圏外の人形たちはお前たちからすればいい研究材料だ。
人類生存可能圏外、そこで暮らす彼女たちは独自の技術を発達させている。
あのほぼ全身を生体部品にした体がいい例だ、医療関連では引けを取るまい。彼女たちの経験をフィードバックするだけでも大変な価値があるだろう?」
私は乗り気じゃないけれどね、あの子たちに手を出す気はないわよ。
「そうね、でもお互いやり過ぎないようにしないと。一線を越えたら何が起きるかわからない」
「経験者としての忠告、感謝する」
えぇ、若いころの私たちみたいに馬鹿な真似はしないで頂戴ね。
あとがき
正規軍やばいと恐れつつこいつも大概なイングラムのお話。
M1911ことミナちゃん、ついに戦う。こんな感じで鉄血ハイエンドもボコボコにしてました。
ミニ解説
ラッドスコルピオン
出典・FALLOUTシリーズ
旧アメリカ合衆国原産のサソリ型クリーチャー、青くて大きい大王サソリ。
最初はおよそ子犬ほどの大きさ、さほど脅威ではなく農具で追い払えるくらいで拳銃があれば十分安全に対処可能。
しかし最終的には軍用トラック並みの横幅にまで巨大化、ジャイアントと呼称が付くと脅威は驚くほどに跳ね上がる。
大型になればなるほど全体の甲殻がも分厚く頑丈になり、並々ならぬ防御力を持つようになる。
大型化するにあたり生息域が遮蔽の少ない荒野などの広い場所に変わるが、見通しの良い場所で堂々と姿をさらす個体は強いので注意。
尻尾の端には毒針があり、体が痺れる神経毒を撃ち込んでくる。毒性は弱いのでそれだけでは死には至らない。
体全体が白いアルビノタイプ『スコーチ』が最も危険。軽機関銃の掃射にも耐える頑丈さと回復力を持ち、通常種よりも強化されている。
漂白されたような真っ白な体を持つ巨大サソリは圏外でも大変危険なクリーチャーとして問題視されている。