人類生存可能圏の外側、そこはWW3による戦災とコーラップスによって汚染され捨てられた土地である。
その上空を一機の中型双発機、笹木一家の一式陸攻が飛んでいく。
その機首部、眼下を見下ろせる爆撃手席の機銃座に座ったFN・FALはくすんだ荒野を見下ろしながら、何とも言えない寂しさを感じていた。
グリフィンの戦術ネットワークどころか人類生存可能圏内の一般ネット回線すらもつながらない、文字通り外側だ。
汚染はひどい、かなり上空を飛んでいるはずなのに持ち込んだ圏内製汚染検知器は常に警戒レベルのイエローをキープしている。
この陸攻内であれば与圧と空気清浄機による正常な空間が保たれているが、外に出るには専用の防護服がなければ長くはもたない。
もう何度目だろうか、この荒涼とした命を感じさせない大地を見下ろしながら考える。
今まで見たことがない死の気配すら感じない土地、今まで見てきた鉄血との戦闘によってできた廃墟などといったものではない寂しさや虚しさがある。
WW3を引き起こした人間はいったい何を考えて、どうしてここまでの戦争を引き起こしたのだろう。
かつて人類は何度も核戦争の危機を迎え、そのたびに何度もソレを乗り越えてきたはずだ。なのにどうして、あの時はそれができなかったのだろう。
ぺイラン事件という未曽有の大災害があって、E.L.I.D感染者という人類共通の敵と言える相手が生まれたはずなのに。
それこそ、上辺だけでも人類共闘を言い出せる土壌が整っていたはずなのに、当時の人間はいがみ合って戦争の道を歩んだのだ。
(私なら、しないわね)
自分ならしない、人形故の合理的思考か、それともこれを知っている故か。しかしどういわれても、答えは一つ、NOだ。
たとえ多少の不利益が自分が被ったとしても、ここまでになるほど戦争をしようとは思わない。
そもそも、だれも住めなくなった土地を手に入れてどうなるというのだ?どうにもならない、それは分かり切っているはずだ。
でももし自分の住む安全な土地を奪いに来た輩がいて、自分が負けそうで、そして論理もかけらもない状況だったらどうなるか。
(あー、くそ、わたしでもそうなるわ。自爆で吹っ飛ばす)
逃げ場がない、味方がいない、けれど自分の大切なものを奪わせるのは癪だ。だから破壊する、完膚なきまでに。
そう考えたかつての指導者は多く居たに違いない、なぜならそういった事例はWW3当時に多く見られた。
敵によって占領される寸前の要塞で、味方を逃がした将軍が将官室などで最後の一手として仕掛けた爆薬で要塞ごと自爆する。
そんな映画時見た光景が、世界ではより最悪な形で何度も行われた。使われたのが爆弾だけならまだいいのだ。
国ぐるみで行っていた違法研究の賜物、化学兵器の一斉爆破、世界をこんな風にしたはずのコーラップスなど、あらゆるものを使った。
WW3では文字通り生きるか死ぬかの瀬戸際で、何でもできる後がない状況だったからこそ、タガが外れてしまっていたに違いない。
分かってしまう、理解できてしまうのだ。だからなおさら悲しい、そして、空しい。
「やめやめ、気が滅入る。そもそも人形がそんなの考えてどうするのよ?」
小声でぼやきながら自問自答する。所詮道具の自分がそう考えても意味がない、人間の政治に人形が介入できるわけがない。
悪い癖なのかもしれないな、とFALはふと思った。自分で考えて自分で行動するのは当たり前だけども、U05では文字通り人間と同じように意見が通るからだ。
臨時指揮官だった頃の彼は文字通り、人形からの意見も隔てなく受け入れ考えて、時には指揮すら任せるほどに人形の隣にいる存在だった。
そのうえで思考を促した、どんな時でも考えるのをやめない事、それが自分の生き抜く術だと言ってだ。
「FAL姉、交代」
「あぁ、ありがと。特に何もないわ、なんにもね」
背後のハッチが開き、後ろから一〇〇式に声を掛けられる。見張りの交代だ、FALは頷くと銃座から離れて一〇〇式と交代する。
機銃座から機内に戻る、機内は笹木一家の私物というだけあってクッションや冷蔵庫、ラジオなど軍用機とは思えない生活臭あふれる内装になっている。
一度ボロボロにされた影響で所々修繕跡が目立つが、さながら空を飛ぶキャンピングカーといったところだろう。
ベッドにもなるソファと置かれたクッションの一つに奏太が背を預け、隣で寝そべるコルトM1911に膝を貸していた。
(膝枕、だとぉ!?)
先ほどまでの嫌な思考が彼方へと吹っ飛ぶ、次いでやってくるのは驚愕と嫉妬心。
よく見るとM1911は眠っているらしく、規則的な寝息を立てていた。
「お疲れさま、飲み物いるか?」
「えぇ、頂くわ」
動揺を取り繕い、指揮官から缶コーラを受け取りながらさりげなく隣に座る。平気な顔を取り繕い、動揺を隠しながら。
(大丈夫、おかしくない、おかしくない)
さりげなく服を確認し、だらしなくなっていないか見て何とか熱くなりかける思考を落ちつける。
普段着にしていたスリップにデザインの似ているワンピースはしっかりしているし、ジャケットにも汚れなどはない。
いつものできる女のFNFALだ、エリート戦術人形のFNFALだ。
「指揮官、あとどれくらいでつくの?ずっと荒野ばかりで飽きちゃうわ」
「この調子でいけば30分ってところだ。ま、コーラでも飲んでりゃすぐにつくよ」
「そう、それで、その、えーと」
FALは話を続けようとして言葉が詰まる。思い浮かばないのだ、彼が近すぎて、彼の香りが鼻孔を刺激して頭が回らないのだ。
(お、お、お、落ち着くのよ。私はできる女、よし、よぉし)
「指揮官、私の服、どうかしら?」
「ん?前よりもいいと思うぞ」
あぁ駄目だ、幸せ過ぎる。一目惚れした彼からの素直な賞賛にFALはクラりときてしまった。
「さ、さすがにスリップだけは攻め過ぎだったわよね。私も、その、少し反省したわ」
本当のところは好きな相手以外に変な色気を振りまかないためである。一度見直して、下着で戦っていた自分を本気で疑ったりもしたが。
「いや、反省というかそれはあの格好がデフォにしたIOPのせいだろ。気にすんなよ」
「あら、優しいのね…まさか浮気?大胆」
「馬鹿言え、そんな甲斐性はないよ」
彼はのんきに寝息を立てるM1911の頭をやさしく左手でなでる。その手の薬指にはまる銀色の指輪が、FALの胸に痛みを覚えさせた。
今眠っているM1911の左手にも同じものが、そして操縦席や機銃座にいる他の3人にも嵌められている。
もとから彼女たちに勝てるとは思っていなかった、先に持っていかれると覚悟はしていたのだが、こうして目にするとやはり胸に来るものがあるのだ。
「…ねぇ、その誓約の指輪、デザインが少し違うのね」
「誓約?あぁ、内地じゃ人形との婚姻は誓約というんだったか…」
「向こうでは違うの?」
「普通に結婚、納得してれば一夫多妻もその逆もありだ。これもただの指輪だよ、まだ書類は出せてないけどな」
少し照れ臭そうに答える奏太に、FALは隔たりを少し感じた。手を伸ばせばどうという事はない、けども埋まらない隔たりだ。
笹木一家の人形たちは全員が前からIOPの制御から外れている、ある意味暴走している鉄血と同じ部類ともいえる。
プログラムに縛られず、プロトコルにも従わない、自分の意思だけで動いている人形。
人間に従うべきと言われても鼻で笑うし、害を与えられれば反撃する。ロボット三原則だって気にしない。
彼女たちにIOPが企画する権利移譲契約とその証である誓約の指輪は通用しない、すでにそんな枠の中には居ないからだ。
「んぁ…ダーリン、くすぐったいよぉ」
「あ、悪い、起こしたか」
「んぅ…ん」
「はいはい」
M1911は奏太の体をよじ登るようにして胸の中に器用に丸くなり、彼はそれをやさしく抱きしめる。
その優しい抱擁に安心したのかM1911は、肩に頭を預けて目を閉じた。
(う、うら、羨ましい、私だって、私だってぇ…)
「機影確認、方位120、数3、距離200、接近中!!」
機内に響く上部機銃座についていたM14の報告に、思考にふけっていたFALは身が竦んだ。200メートルなんて距離はこの空ではすぐ近くだ、そして自分に抵抗する術がない。
奏太たちの操る陸攻に装備された20ミリ対空機銃だけが反撃の手段なのだが、それをうまく当てられる自信がなかった。
「雲に隠れてた!!」
後部機銃座についていたSASSの焦り声を聞きながら咄嗟にいつもの愛銃を手に取り、初弾を装填する。
すぐに後部機銃座のほうに向かおうとして、FALは指揮官に肩をつかまれた。
「落ち着け、迎えが来ただけだ。市代、機種とマークは?」
「壊れた灯台マークの飛燕…え、飛燕?」
「高高度迎撃隊か、珍しいな」
M14の訝し気な答えに奏太も少し首をかしげる。二人とも敵と遭遇したという雰囲気はない。
「迎え?」
「航空機には必ず迎撃兼迎えが出てくることになってんだ、確認が取れればいなくなる。見てみな」
FALは銃を持ったまま後部機銃座に向かい、落ち着かない様子で20ミリ機銃の銃座に座るSASSの背中越しに外を見る。
防弾ガラス越しにFALから見て左後ろあたりに、アウトーチの飛行隊らしい機影が一機確認できた。
「メッサーシュミット?」
細長いひし形の機体に主翼と尾翼を付けたような形の戦闘機だ。形状からドイツのメッサーシュミットを思わせる。
「飛燕はドイツの流れを汲んでるからね、和製メッサーって感じ。でも本家に比べて幾分シャープなのが特徴かな」
「なるほど、武装は?」
「標準型なら12.7ミリ二丁、20ミリ二丁。あ、エンジンの不調なら期待するだけ無駄かな」
「中身は別物なのでしょ?この一式と同じで」
「たぶん太平洋連合の新型にしてると思う。でも変、高高度迎撃隊が哨戒してるなんて。何かあったのかな?」
「さぁな、暇してるから仕事割り振られただけかもしれないぞ。ほら、バンク振ってる」
アウトーチの飛燕は機体をロールさせて翼を揺らし、そして風貌の中でパイロットが小さく手を振って機首を持ち上げると上空へ離れていく。
そして左旋回すると逆方向に機首を向けてそのまま見えなくなった。
「ふわぁ…き、緊張しましたぁ…」
飛燕が見えなくなった途端、気を張っていたSASSは空気が抜けるように背もたれにもたれて天を仰ぐ。
「手がプルプルします、うわ、汗だらだら」
「お疲れさん。そろそろ見えてくるだろうから、前の方に行ってみな」
SASSが退いた銃座に奏太が座る。SASSを連れて戻ると、ソファーには誰もいない。操縦席から話声が聞こえるのでM1911はそちらに行ったようだ。
FALはSASSを連れて一〇〇式のいる爆撃手席のハッチを開く、席に座ってやきもきしていたのか一〇〇式も銃を抱えていた。
「FAL姉!敵機は!!」
「敵じゃなかったわよ、無線で聞かなかった?それより…まさかあれ?」
ガラス窓の向こうに見える一際大きな山、よく見ると所々に識別等が見える。誰かいる、そして稼働しているようだ。
機体はゆっくりと降下し始め、山が近づくにつれて光が漏れる横穴に近づいていく。どこに降りるのだろう、FALは逸る気持ちを抑えて着陸を待つことにした。
◆◆◆◆
人類生存可能圏外、人類生存可能圏内に一番近い街の一つ『アウトーチ』は旧ロシア軍の山岳要塞を一つ丸々使った地下要塞都市だ。
地下要塞からは方々に軍用列車用の地下鉄が走っており、そこから各基地を駅として、今は町として利用し安全圏と生活を維持している。
いわばアウトーチとは、その周辺の街の中核だ。活気のある中央都市であり、その玄関口となる滑走路も常に人であふれている。
かつては大型爆撃機を収容していただろう滑走路は、新旧豊かなバリエーションのレシプロ航空機が駐車場のように枠の中に止められて羽を休めている。
その周囲で多くの人間や人形が機体の整備や荷物の積み下ろしを行い、常に人の行き来が絶えない場所だ。
「すごい、いろんな飛行機がたくさん」
「まるで別世界です、こんなの初めて見ました」
SASSが目を丸くしてつぶやく、その気持ちはM2にもよくわかった。グリフィンに勤めて以来、政府が直轄する街にも言った覚えがある。
けれども、この目の前の光景や雰囲気は今まで見てきた街のそれとは明らかに違うものだった。
この山腹にある地下滑走路になれた調子で着陸したときから、周囲の様相は明らかに変わったのだ。
「あ、見て!すごい!シデンです!!ゼロ32、トリュー、あ!ライデン!」
M3がきょろきょろしながら興奮気味に飛び跳ねる。無理もないか、M2はそんな彼女の肩を抑えた。
戦闘用に地味だったり、あえてカラフルだったり、所属組織のトレードマークだったりとカラーバリエーションも様々だ。
今滑走路に出て外に出る大型シャッターが開くのを待っている単発機は真っ赤な塗装にポストのマーク、郵便運送の仕事をしている機体らしい。
「あれは…97?それともテンザン?」
「あれは97、郵便運送用の特別モデルだよ。座席減らして、代わりに速度と積載量を強化してるタイプ」
「見事に日本機ばっかりね」
「飛行機の大本が太平洋連合だからね、あそこの主体は日本機だから。ほら、ずっとここにいると危ないよ。こっち、並ぼ?」
M14に連れられて、M2とM3も大きなゲートの前にできた入場列に向かう。だが、M1911、ナガンM1895、P38がそこには居なかった。
3人は機体の修理の予約や最終チェックを受け持ってくれたらしい、奏太とM14は先に中に入って宿の予約を取るようだ。数分も待つとすぐに順番が回ってきた。
「身分証を」
重厚なエアロックの前に作られた入場受付デスクに座った、ジャガーノート姿の守衛が威厳たっぷりな声色で右手を差し出す。
昔の映画などに出てくる対爆スーツをカスタムしたものを、さらにゴテゴテとアップグレードした姿は威圧感が凄まじい。
その威圧感にグリフィンの人形たちは少しびっくりするが、奏太たちは特に気にしない。
リーダーの奏太が前に出ると、その手に自分のハンターライセンスを差し出した。
「一級ライセンス…笹木一家!?ご無事でしたか。目的は?」
「買い物、それから仕事だ。こいつらは俺達の連れ、問題は?」
奏太が目の前の守衛に肩をすくめると、守衛はライセンスを奏太に返してデスクのボタンを押した。
入場ゲートの金網が開き、奥のゲートの前に通れるようになる。エアロックの人間用の出入り口が空いており、そのわきに座る守衛がのんきに手招きしていた。
「いいえ、アウトーチへようこそ」
「ありがと、ごくろうさん」
「良い狩りを…次!」
エアロックを通り抜けると、そこにはまた別世界が広がっていた。スラムというには活気があり、かといって片付いているわけではなく雑多な市場だ。
表現するならば混沌、先ほどのハンガーと同種の空間らしい広い空間に、雑多な木の板からプレハブ小屋などを持ち込んで違法建築さながらの店や部屋が並んでいるのだ。
その間を人間や人形が練り歩き、市場を見て回る。時に言い合いや喧嘩も起きているが、それも含めて感じるのは『生きている』という生の感覚だ。
「久しぶりだ、何も変わっちゃいない」
「だね、いやぁ帰ってきたって感じ。やっぱこうでないと、あ、奏太!あの店、まだある!!」
「あ…まったくしゃぁない、お前の勝ち」
「いただき!」
M14が一つの店、どうやらアイスクリーム屋らしい屋台を指さすと、奏太は肩をすくめて懐から財布を取り出して彼女に渡す。
それを受け取ると彼女は上機嫌で、デフォルメされたヤギの看板がかわいい屋台に向かって行ってしまった。
「指揮官?どうしたのいきなり?」
「前にここに通った時に少し賭けをしたんだ。あそこのアイスクリーム屋、あいつのお気に入りなんだよ。
あの店、前はまだ開店したばっかでうまく定着するかわからない。だから帰ってきたとき、まだあったら一個おごるって話をしてたんだ」
「へぇ、じゃなんで財布ごと?」
「おごるよ、お前ら全員。圏外へようこそってことで」
いつの間にそんな話を?とM2は首をかしげる。しかし奏太は、彼女なら言わなくても分かってるというだけだ。
「ごめんごめん、舞い上がっちゃった!はい、奏太の分、で、これみんなの分!」
M14は両手にアイスクリームをニコニコしながら抱えて戻ってきた。確かに人数分のアイスを器用に抱えている。
往来の邪魔にならないように壁際により、M2は少し汚れた壁に背を預けながらもらったアイスクリームを照明でよく見えるようにする。
形はよく見るバニラアイスクリームだ、紙もまかれていない少し焼き色が強いコーンに乗っていて素っ気ない。
見た目は人類生存可能圏内で売られている合成品のそれとほとんど変わらない、M2は少し息を整えてからかじりついた。
「ん!?甘!!」
口の中に広がる濃厚なミルクの味、けれど不快ではなく合成品にはない深みがある。舌を楽しませ、かつガツンと満足させる濃厚な一撃はまさに至福だ。
上品な甘さではないが決して粗野ではない、一個で十分満足できるアイスだと胸を張れる一品だろう。
これまで合成品のアイスクリームしか食べたことがなかったM2も夢見心地のような気持ちでもう一口かじった。
「あのお店、地下に酪農区画を作っててそこで取れた新鮮なヤギのミルクをたっぷり使ってるの。んー!やっぱりおいひ~」
「おいしい、天然物のアイスってこんな感じなんだ…」
チロチロと舌で啄んでいたSASSはふんわりとほほ笑む。FALや100式も目を丸くしており、M3は無言で小躍りしていた。
「ヤギのミルクアイスね。不思議な感じ」
「だから潰れないかで賭けになったのさ。一個の値段はほどほどにするがそれでも安いし、採算取れないんじゃないかってよ」
「伊達に商店街巡りしてないわ、目利きじゃ一番なんだから」
M14はご満悦といった表情でアイスクリームをぱくついてあっという間に平らげる。
それを見た奏太は自分の食べかけを彼女に差し出し、それを美味しそうに舐める姿を見てほほ笑んだ。
「こんな簡単に天然物を出していいの?そんなに繁盛してるってわけでもなさそうだし」
「採算は取れてるんだろうよ、前より屋台綺麗だし種類も増えてる。ここは外だからな、合成品はあんま人気無いんだよ」
「なんで?」
「こっちの合成品はまずいんだ、安いし栄養はあるけども味気ないブロックばっかでな」
奏太はアイスクリームを食べながら近くの雑貨屋に売られている軍用らしいパック詰めされた糧食ブロックを示す。
一般的に流通しているらしく、今もハンターらしい男がそれを購入しているようだ。
「そういうもんじゃない?」
「それでもまずい飯ってのは気が滅入るさ。昔の軍用栄養ブロックは正直人形用よりまずい」
「そこまで?」
「わざと味付けしてないから栄養とブロック状にしてる何かの味しかない、それに口がすぐ乾く。
かといって下手に味付けしたやつはまた別な意味でクソまずい、やっぱり口が乾く。
そして水を飲むと余計にまずい、口に残った粉で口がじゃりじゃりになるしこれがまた後味最悪なんだ」
人形用の栄養ブロックとは、戦術人形用にグリフィンが支給する戦闘糧食の一つだ、主に基地を離れて長期活動を強いられる部隊に支給される。
戦術人形の体内バッテリーを効率よく充填するために生体部品に生体電流の発生を促すもので、味はチョコやチーズとなっているがかなりまずいのだ。
これならば少し重くても予備バッテリーを抱えておいて、人間用の缶詰を持ったほうがいい言われるくらい人気がない。
「食ってみるか?充電効率アップにはいいらしいぞ、あれのほうがうまいが」
「やめとく」
なおブロック自体は人間も喫食可能で、栄養は偏るものの腹の足しにはなる。彼が言ったあれとは戦術人形用の方だ。
それよりもまずいと言われたら食べる気にはならない、せっかくのアイスクリームが台無しだ。
「あれ、みんなまだここにいたの?あ、アイス!」
「まだ残ってたんですね、奏太?」
「わかってるよ、ほら」
「よしよし、さて、何味にしようかのう?」
一通りの仕事を終えたナガンM1895、ワルサーP38、コルトM1911が人込みをかき分けて合流した。
全員がアイスクリームに舌鼓を打っているのを見ると、3人はニコニコしながら右手を差し出して奏太から小銭を受け取り屋台へ踵を返す。
どうやら賭けをしていたのはM14だけではなかったようだ。
「もしかして、指揮官の一人負け?」
「ははは…かなしいねー」
だいぶ軽くなった財布をしまいながら奏太は明後日のほうを向いた。
◆◆◆◆◆◆
U05基地の事務室は緊張に満ちた空気を発していた。発端は数日前、基地独自の情報網を構築するために送った情報提供などを含めた協力要請の一つが帰って来たことだ。
発信元はR08基地、丁寧なお断りの申し出かと思いきや快諾だった。それに距離が離れているにもかかわらず物資の支援まで申し出てくれた。
互いに協力関係を結べるのであればそれに越したことはない。味方は多ければ多いほどいい。
そう最初は単純に思っていた、添付されたメールとこちらにくるというというロボット輸送部隊の内容などを見るまでは。
「で、どうするのよこれ?」
AR15はいつものクールな顔をしたトラブルメーカーとしての自分をひっこめ、真剣な面持ちでフランシスを見つめる。
『拝啓 U05地区指令室指揮官フランシス・フランチェスカ・ボルドー様
協力申請を受諾しました。ロボットキャラバン隊に物資をもたせて出発させたので、近い内に届くと思います。ロボットキャラバン隊の外見と、物資目録を添付しておきますのでご確認をよろしくお願いいたします。
また、こちらはフォールアウト核戦争前のアメリカ企業、Vault-tecの技術を保有しておりますので必要と状況が許せばそちらにお伺いして修理や生産活動の準備を行うこともできるかと存じます。あるいは、設計図があれば該当物品や部品なども生産できると考えています。
一度通信などできればと思っております。
よろしくお願いいたします。
かしこ。R08地区指令室指揮官』
R08基地の指揮官から、要請受諾のメールに添付されてきた内容だ。
「見た限りこれは旧アメリカ製の戦闘ロボ、ロブコ製の魔改造ね。こっちじゃ部品一つに至るまで生産されてない」
基地に残る人員の中で笹木一家に一番近く、知識を吸収していたAR15はプリントアウトされた写真を見ながら肩をすくめる。
笹木一家という一番のアドバイザーが席を外している今、彼から直接指導を受けていた彼女がこの手の物には詳しいのだ。
「ロブコはベルゲンと違って海外支社は作ってない国内集中型の経営でね、だから技術と名声もこっちに来てない。
今あるのはアメリカで埋もれてるか暴れてるかしかないはず、それにわざわざ持ってくるような性能はしてない。
軍用ロボとしては当時最先端ではあるし能力も目を見張るものがあるけど、わざわざアメリカからこっちまで持ってくるなんて費用が掛かり過ぎる。
正直そんなことするならIOPかベルゲンで普通に買うほうが手っ取り早いしアフターサービスも万全、それか鉄血のロンダリング機体かしら」
「輸入タイプを探したという線は?支社はなくても売込みくらいはしてるはずよ」
「探せばあるけれど薄いかな。古いことには変わりない、満足に動く個体は少ないしこんな改造できるようなパーツを集めるのはもっと大変。
この魔改造っぷりを見てよ。足はアサルトロン、胴体にロボブレイン、頭はプロテクトロン、腕がセントリーボット、全部別機種のロブコ製パーツで構成されてる。
武装ももちろんアメリカ製、実弾式ミニガンと光学式ガトリングレーザー、火力は半端ない。
集めるだけでも相当時間と金がかかるし、もうほぼ一品もの状態だからこんな風に使ったらすぐに駄目になるわ」
つまり作れたとしても実用的ではない、対費用効果があまりにも釣り合わないという事だ。
同じロボットを使うならば、人類生存可能圏内で生産されている機種を使うほうが安く使いやすいはずなのだ。
「それにこっちの赤いのはバラモン、二つ頭の牛ね。ミュータントだけれども危険性はほぼゼロ。
大荷物を運べる力持ちでキャラバンにはピッタリ、当然だけど内地で簡単に手に入るミュータントじゃない」
「デスクローと一緒に密輸された可能性は?」
「ありうる、けどリストにはなかった。ミュータントとはいえ基本は牛だから、あそこの趣旨から外れてる。
それにもし密輸された一匹だとしても、こうして保護したうえで輸送に使うなんてこと普通はしない。
こいつがどれだけ温厚で人懐っこくても、見た目は真っ赤な肌で二つ頭の牛、ミュータントなんだから普通は殺す」
なのにR08の指揮官は全く、悪びれもせずに輸送に使うと言って写真を添付した。
「バラモンはとんでもない力持ちで重い荷物だって平気で運ぶ。この特技からアメリカでは荷馬車の代わりに使われてる。
わかる?向こうの指揮官、平気な顔してアメリカ流にキャラバンやろうとしてるわけ」
「どこでそんな知識を…そんなのをポンと差し向ける上に堂々と輸送経路を歩かせる?ふざけてるの?」
ドリーマーはあきれた様子でため息をつく。
「ロボットくらいならまぁ言い訳できるでしょう、でもミュータントを連れ立って歩かせるなんて怪しいなんてもんじゃない。
一般人が見れば阿鼻叫喚で正規軍に一報、そのうえでどこから来たか調べられておじゃんのはず、うちだって即刻射殺ものなんだけど?」
「こいつらグルなんじゃない?で、私たちはマークされた」
AR-15はR08基地の指揮官プロフィールが書かれた資料を指さす。
「旧アメリカの技術継承者を自称するなんて、それを理解する人間がこちらにいるからこその脅しそのものよ。
今も一切警戒されずに圏外の部品やミュータントを調達できる、それを見せつけてるのよ」
生き残りか、忘れ形見か、この一件に関わる組織に名を連ねるものなのか、それともただの第三者を引き当てたか、まだ定かではない。
だがこちらにあるべきではない技術を継承して今も十全に使いこなすほどのバックを持つ人間がR08の指揮官というわけだ。
下手をすればアメリカの武器を文字通り『造り出せる』ほどの力を持っているかもしれない、どれほどの財力と権力を持っているのか想像もつかない。
我ながら相当危ない人物にあたってしまったものだ、フランシスは自分の不幸を呪わずにはいられなかった。
「待って、指揮官と同じアウトサイダーかもしれないわよ?この文面はこっちを同列視してるように読めるし、ボルト何たらは良く知らないけど」
気分が沈んだフランシスを慰めようとしたのかドリーマーは希望的観測を告げる。
それはありえない、フランシスは首を横に振って否定した。
「いいえ、彼女の経歴をあさったけど生まれも育ちもこちら側、世界大戦のときも何も圏外とかかわりがない。
それに彼女の親は別のPMCを経営してて、国の審査にも引っかからないから清廉潔白さが証明されてるわ」
「見事に特権階級あるいはそれに類するものの経歴ね。あの世界大戦の中でも、出張の多い家庭程度の影響しか受けてない。
普通に安全地帯で育って、普通に学校に行って、世界大戦でボロボロなかで家族経営のPMCに就職して、スカウトされてグリフィンに、ね」
AR15はグリフィンのデータベースからコピーした資料を机に放りだす。
フランシスは情報共有許諾の申し入れと一緒に送られてきたメールを見ながら答える。
「物資とロボット、受け取るのは早計ね。止めてもらいましょう」
ドリーマーの提言にフランは頷く。
「そうね、それから通信。いっそのこと直接喋って、ちょいと探り入れてやりましょうか?」
「できるの?」
「伊達に参謀やってないのよ。情報共有の件への感謝を、それから物資の供与は辞退する。設備は両方の意味でクローズド、電子戦対策は万全に。
夢子、もう少し深く洗える?それからもっと情報を集めて、多角的に、できればほかのところも」
「任せなさい、違法すれすれでやっていいわよね?」
現状、この基地の電子戦部門のトップはドリーマーだ。彼女が一番向いている、鉄血製上位ハイエンドの性能は伊達ではない。
「お願い、警戒は怠らないで。AR15、動ける人員に招集をかけて。対ミュータント装備よ、H&Rの箱も開けなさい」
「あれは指揮官の私物よ?」
笹木一家が圏外に向かってから届いたH&R社からの金属製武器コンテナには彼らが発注したオーダーメイドの武器が入っている。
いざというときにはU05基地の面々でも開けられるが、あくまで彼らの私物なのだ。
思いのほか高額になって、物が来る前に来た領収書を見て全員で困った顔をしているのAR15は見たことがあった。
「指揮官たちが残していったものしかない状態で四の五の言ってられないわよ。いえ、元からそれが狙いかもしれないか…とりあえず使えるものは何でも使う。
確かナイフ、銃剣、コンバットアックスだったわよね?SPARで使いなさい、金は私が持つ、あいつらも文句言わないでしょ」
「あーあ、あれくそ高いのに。りょーかい、ナイフはSOPⅡ、銃剣は私とM16、コンバットアックスはM4に配る。OK?」
「任せるわ」
ドリーマーとAR15は席を立ち部屋を出ていく、フランシスは小さく息をつくと窓際に向かい窓を開けた。
もしかしたら、最初の戦いの相手かもしれないな。フランシスはタブレットのスイッチを切りながらふと窓の外に目を向けた。
改装中の基地は騒がしく、建築ロボットや人形たちがせわしなく作業を続けている。その中で基地所属の戦術人形が差し入れをして労うなどしている。
眼下でもそうだ、司令部にしているホテルの外壁補修担当の自立人形たちにMG34が、合成麦茶を配っている。
まだ自分たちの拠点すら固まっていない、切り札も留守、なのにまた荒れそうだ。ままならないな、とフランはかぶりを振った。
のちに彼女は語る、疑心暗鬼って怖いわね。
あとがき
今回はお出かけ編、出来損ないの灯台『アウトーチ』でございます。気分は少し暗い荒野のコトブキ飛行隊。
うちのFALは恋愛クソ雑魚系、表面はいつもの調子だけど内心ワタワタキャーキャーしてるタイプ。
ついでに服も少し違う変な設定持ち、見た目は同じだけど少し生地が厚い程度なものです。
後半はR08基地とのやり取り、セレンディ様には感謝を。
こちらもシリアス風味に、けどやってることは勘違いの空回りでお送りします。
なんでコラボ先を警戒してるんだこいつ等?と思うでしょう、要はガチで藪蛇になったと勘違いしてます。
R08指揮官は転生能力持ちタイプですのでいろいろぶっ飛んでますが、ウェイストランド気質な普通の善人です。
FOシリーズ好きなら気に入ると思います、ぜひご覧ください。あるあるネタから懐かしの小ネタまでにやりとできますよ。
そして最後にH&R社のオーダーメイド武器、実装!oldsnake様に感謝。
SPAR小隊の装備として使わせていただきます!これでミュータントも鉄血も真っ二つだ。
ミニ解説
アウトーチ
人類生存可能圏内に近い街の一つ、ロシア軍の放棄された山岳要塞を丸ごと利用して作られた要塞都市。
人類生存可能圏外への出口であり、圏内への入り口としても利用されていて人の出入りは激しく金回りがいい。
商業活動が活発で、この先の圏外に旅立つ際に入り用となるものはお金さえ払えば大体の物は手に入る。
アウトーチからは周囲の基地や街につながる地下鉄が伸びており、それを人々は移動経路として利用している。
アウトーチは元々国が人類生存可能圏外とのつながりを保つために発足させようとした街であったが、ハンターの排斥や圏外の切り捨てなどの政策によりとん挫した。
圏外と圏内の境目にある灯台としての役目を期待されたが公には達成できなかったため、パーソナルマークは『折れた灯台』である。
圏内に入ろうとする密入国者、圏内から出てきた難民なども多く出入りするため一部区画がスラム化していて治安はまちまち。
表通りのまっとうな商業区画や居住区は比較的安全だが、裏路地などアウトローが潜む区域もある。
メトロシリーズの『D6』に地下飛行場を加えて、丸ごと街にしたような形。