U05基地の化け物ハンター   作:イナダ大根

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ハロウィーン?ないです。


第14話・17yearAfter

初めて地上に出たとき、私の胸中は悲しみに包まれた。だが、同時に不思議な美しさも見出していた。

核戦争で崩壊し、復興もされずに17年もの月日が流れた街の景色は今まで見てきた廃墟とは何もかもが違った。

人気が全くないボロボロに崩壊しきった街角、錆びだらけの車、腐りかけたベンチ、そしてベンチに腰掛けた物言わぬ骸骨。

何もかも核が落ちたときそのままで時間が止まり、人間自らが終止符を打って崩壊した世界に私たちはいた。

指揮官は言った「ようこそ、こちら側へ。グリフィン諸君」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

笹木一家にとってパーク駅は何度か訪れたことがあり馴染みがある。かつて仕事で、そして個人的な理由で訪れては様々な仕事をしてきた。

だからこそ駅の中にあるちょっとした隠れた名所、変わった品を扱っている店も知っていた。

パーク駅の商店街の端の端、倉庫区画に差し掛かった境目にある小さな店。怪しいおまじない用の道具やパワーストーンのようなものを扱っているオカルトショップだ。

かつては季節のイベントで店が入る出店ブースだったのだろうその店は、今は怪しげな鉱物やそれを用いられて作られたと思しきアクセサリーなどが売られている。

人気はない、そもそも店主自身が人込みを好まない性格なのだ。だからこの店に来るのは顔なじみか耳ざとい連中だけだ。

 

「よ、元気してるか?」

 

「なんだ?笹木じゃないか、久しぶりだな。死んだって聞いてたぜ」

 

「俺達がそう簡単に死ねるとでも?それに来ることくらいわかってただろ、マクスウェル」

 

カウンター裏の工房から顔を出した金髪碧眼の美青年は、削りカスで汚れた顔をほころばせて肩をすくめる。

マクスウェルは気分屋の科学者であり、アーティファクトを用いた装備の研究開発を行う腕のいい職人だ。

自分の手掛けた装備品やアクセサリーを販売している店も開いているかは気分次第、研究結果次第だ。

それでもやっていける腕前は本物でリピーターも多い、奏太も彼の作品には信頼を置いている。

 

「そんなことはないけどなー」

 

白々しくそっぽを向いて誤魔化す青年、マクスウェルに奏太は肩をすくめつつ本題に入ろうと口を開こうとした。

だが、マクスウェルはそれを掌で止めて、棚にある小さな袋を手に取ると奏太に投げ渡した。

 

「持ってきな、結婚祝いだ」

 

「情報速いな…ん、こいつは、鏡石?」

 

鏡のように磨かれて顔が映る石、アノマリーから産出されるアーティファクトの一種だ。

アーティファクトとはいわば不思議な能力を持つアノマリーの近くで変異し産み出された鉱物のことだ。

放射能を吸い取って無害化したり放射能を撒き散らすがその分体の剛性を強化したりとメリットデメリット様々な面を持つ不思議な物体だ。

どうしてそのような効果をもたらすから今をもってしても解析されておらず、アーティファクトの研究のため内外の研究者は常に前のめりだ。

鏡石はアーティファクトであるが目立つ能力も持たない外れ枠とされている鉱物だ、逆に言えば安全なので研究者やコレクターに高値で取引される。

またこの鏡石には逸話があり、持っていると一度だけ身代わりになって命を救ってくれると言われている。

 

「お守りだ。二度と馬鹿な真似するんじゃねぇ」

 

マクスウェルの釘を刺す鋭い言葉に奏太は何も言わずに頷いた。分かっている、もう自分は一人じゃないから。

 

「わかったならいい」

 

「…ありがとう」

 

ただのお守り替わりだ、だがそんな気遣いがとてもうれしい。鏡石を袋に入れ、ポーチに納めながら奏太は小さく礼を言った。

 

「ふん…で?何の用事だ?嫁さんはどうした?」

 

コルトM1911、P38、M14は一足先に町を出てノサリスの巣がある保安用トンネルに向かった。

M2HB、M3、SASSも同様で今頃は同行するパーク駅警備部隊と作戦を練っているに違いない。

ナガンM1895は地上へ向かう準備に取り掛かっており、今頃はFALと一〇〇式に細かい指示を出しているだろう。

 

「あいつらは別の仕事、俺もこれから行くんだが上の様子を聞きたくてな。ベテランスタルカーのお前から見てどんな感じだ?」

 

マクスウェルはハンターオフィスには所属していない完全個人営業の傭兵だが、同時に地上の街を探索するスタルカーでもある。

その中でも無謀な勇気のある者、特に何度も生きて帰ってきては成果を上げる腕利きだ。

 

「ふぅん…で?」

 

たとえ友人同士でも仕事は仕事だ、奏太はポーチを探りマクスウェルとの取引用に持ち出してきたそれを彼に手渡した。

 

「IOP製戦術人形のダミー用コア、未使用の新品だ。エリート用ハイグレードタイプ、上物だろ?」

 

「おっ!?さすが内地帰り、ハイテクとは分かってるじゃないの!どれどれ…OK、何でも聞いてくれ!

そうだ、ついでに新しい地図もサービスするぜ!最近はまた巣が増えてきてな、避難所増やしてるから使いな。番号はいつものだ」

 

マクスウェルは上機嫌でコアを店の奥に持っていくと、小さなイスとコップを二つ持ってくる。

お茶でも飲みながら話そうという事だろう、奏太は椅子を受け取るとカウンター越しに向かい合うようにして座る。

 

「助かる、巣が増えてるってどういう事だ?」

 

「デーモンだよ、ここんところ殺気立っててな。前まで見向きもしなかったハウラーの巣をいくつか乗っ取ったんだ。

それで散り散りなった奴らがそこかしこで小規模な巣を作っちまっててよ、そこから少しづつ拡大してんだ」

 

コップにお茶を注ぎ、それを飲んで口を湿らせながらマクスウェルは面白そうに話す。

 

「お前もノサリスにやられただろ、アレもそうなんじゃないか?確か、ほら、こことここの巣はデーモンの巣に近い。気を付けたほうがいい」

 

「なるほどね、しかしなぜだ?」

 

「実はな、デーモンの巣の近くにキメラのドロップシップが墜ちてるのを見たって言ってるルーキーがいた」

 

「ドロップシップ?懐かしいもんが出てきたな…なぜだ?この辺りじゃそいつを飛ばすなんて自殺行為だ」

 

キメラドロップシップは数を増やしたキメラ部隊が運用する汎用VTOL機だ。

人類ではまだ作ることができないハイテク機だが、人類生存可能圏外の悪環境に対応できない。

かつての戦いでもキメラドロップシップは満足に性能を引き出せず、勝手に墜落する機体も多く出てよい研究材料となった。

改良型をだとしたらおそらく運用しているのは人間だろう、キメラに武器や装備を作って運用する知識はあるが改造する知恵はない。

それでもこの辺りの空を飛ぶのは自殺行為だ、空気が悪すぎてエンジンの空冷用吸入部のフィルターがすぐに詰まってしまう。

 

「俺も見たわけじゃねぇ、さすがに危険すぎるからな。そいつもデーモンから逃げる時に偶然見ただけらしい。

墜落場所はマークしてある、ここのマンションからなら視界がよければ見えるだろうよ」

 

「わかった、調べてみよう。それともう一つ、仕事の話だ」

 

ポーチから傷一つない札束を一つ置く、マクスウェルはそれを手に取ると注意深く調べると面白そうににやりと笑った。

 

「オーダーは?」

 

「対精神放射装備を一ダース、純正人形向けに頼めるか?」

 

「大口だな、もちろんだ。期間は?」

 

「最短2週間後だ、仕事の都合で予定がな…」

 

「楽勝、また来てくれ。今度は嫁さんと子供連れて来い、アーティファクトいじりの技を仕込んでやる」

 

気が早いよ、まったく。奏太は苦笑を返して席を立った。マクスウェルの見送りの言葉に返事を返し、薄暗い廊下を抜けて駅の中心街へと戻る。

そのまま駅の出口、外へ通じるハッチに向かった。ハッチの前では、先に装備の準備をしていたナガンM1895、一〇〇式とFALが居た。

三人はハッチ横のベンチに陣取り、装備の点検を互いにしあってすでに準備万端のようだ。

 

「来たか、準備は良いか?」

 

奏太を見つけてすたすたと歩み寄ってきたナガンM1895の問いに奏太は頷く。

 

「もちろん。琥珀、俺のシャンブラーを」

 

「な!?俺のをしゃぶれとな!?そ、そういうのは時間と場所を弁えて、その…♡」

 

「あのな…銃をくれ」

 

ナガンM1895が木箱の中から一丁の散弾銃を取り出して奏太に投げ渡す、使い慣れた感触だが握るのはほぼ一年ぶりだ。

6連発リボルバー式セミオート散弾銃、シャンブラーの愛称を持つセミオート式散弾銃だ。

横からはめ込む形で装填するショットシェルがむき出しの回転式弾倉を持つセミオート式の変わり種である。

一発一発はめ込む装填方式が独特で再装填には慣れが必要であるが、特性を理解すれば応用が利く銃だ。

奏太はシャンブラーを受け取ると手慣れた手つきでショットシェルを弾倉に嵌めていき、5発嵌めたところでスライドを引く。

弾倉が回転して初弾が装填されると、最初はチェンバー部分に隠れていた部分が出てくるのでその部分にもショットシェルをはめ込む。

 

「全弾バックショットか、スラグはいらんのか?」

 

「お前と被っちまうだろ、近接戦は任せな」

 

「なら任せた、儂はこいつじゃ」

 

ニヤニヤしてナガンM1895が両手に持ったのはメタリックが外見を持つAUG、H&R社製の携帯式レールガン『ARW-002』だ。

鉄血から離反したハイエンドであるリホーマーが作り上げた最新式で性能も素晴らしいに尽きるが、問題は圏外の環境に対応できるかだ。

ARW-002はハイテク機器の塊だ、外の劣悪な環境や電磁波による障害にどれだけ耐えられるのか想像できない。

やれやれだ、と肩をすくめるとその左肩を誰かに叩かれる。振り向くとそこには準備を終えた一〇〇式とFALが何とも言えない表情で立っていた。

ARW-002の弾倉に7.56ミリRG専用弾を鼻歌交じりで装填する彼女はいたって上機嫌だ。

気にするな、と短く言うが一〇〇式は納得できないようだ。無理もない、あそこまで浮かれている姿を見るのは初めてなのだろう。

 

「あんなに浮かれてるの見たことありませんね」

 

「昔買い損ねてな、ずっと欲しがってたんだ」

 

「買えばよかったのでは?」

 

「ワンオフの超高級品で数が出回ってなかったんだよ…高かったし」

 

「奏太奏太!どうじゃ、似合っておるか!!」

 

「似合ってるが…ほら、こっち来い。メットがズレてるぞ」

 

ちょいちょいと手招きし、ナガンM1895の頭には大きいバイザー付きヘルメットの位置を直してから顎ひもをしっかりと締めてやる。

ずれないようにひもを調整してから、奏太はふと思いついてすかさず軽く彼女の頬にキスをした。

満更でもないナガンM1895は唇を尖らせながらも頬を染めてそっぽを向く。仕返し成功、奏太はくすくす笑って彼女の頭に手を置いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

一歩一歩前に進むたびに空気が悪くなっている、FALは荒れ果てた駅の通路を歩きながらそんな空気を感じていた。

安全な駅の正面を出てすこし、地下鉄駅の出入り口の一つに向かいながら汚染された空気に眉を顰める。

息苦しさは駅の中よりもすさまじく、慣れない人間なら吐き気を催してしまうだろう。まだ空調が効いている場所でさえこれなのだ。

駅の出入り口付近、いくつもある外へと上がる階段の下にたどり着いたとき、奏太が歩みを止めてガスマスクを手にした。

 

「マスクを付けろ。ここから先、外では外すな。死ぬぞ」

 

言われた通り、支給されたガスマスクを着けてフィルター缶がしっかりついていることを確認する。慣れない作業に、FALは少し不安になった。

第二世代戦術人形は人間らしく呼吸もするが基本は機械だ、呼吸器官にも体内フィルターが搭載されており、機械であるため無呼吸状態での活動も可能なのである。

しかしその基準はあくまで人類生存可能圏内を基準にしたものであり、人類生存可能圏外ではあてにならない。

地表の汚染は致命的で、装備無しでは人間は息をすることすらままならない。人形も長くはもたないと聞いていた。

 

「時計をセットしろ、一つにつき30分だが過信するな。濃度、個人差で変わるぞ」

 

指揮官に言われた通りに、圏外で渡されたアナログ腕時計のタイマーをセットする。

手持ちのフィルターは一人10個、5時間分のフィルターを持っている計算だ。

逆を言えば、最大でもたった五時間しか外では生きていられないという事でもある。

 

「フィルターは余裕をもって交換しろ、一人でも半分を切ったら撤退する。琥珀、電磁場は?」

 

ガスマスクのフィルター缶をいじっていた奏太は、真新しい圏外製測定装置を手にしたナガンM1895に問いかける。

彼女が弄っている角の取れた長方形の装置は、外部の電磁波を測定するものだ。

 

「平均値少し下じゃ。活動可能じゃが、問題は天気じゃな」

 

「早めにセーフハウスを確保してから仕事にかかるか。行こう、ついてこい」

 

奏太とナガンM1895が先陣を切り、慎重に階段を上がっていく。それをFALは一〇〇式と一緒についていく。

階段を一歩一歩上がるたび、気温が下がり、空気の汚染度が上がっていく。

汚染計測計はすでにイエローゾーンの中間を抜け、レッドゾーンに差し掛かっていた。

 

(体が重い、EMP攻撃の影響が残ってるの?)

 

わずかに感じる体の重さ、まるで重りを少しつけられているような感覚だ。

体の細部を精査してみれば周囲のEMPの残滓らしき天然ジャミングの影響で、体の駆動に負荷がいつもより多くかかっている。

最新式のハイテクが壊れやすいというのはおそらくこのせいで、電子部品に負荷がかかり過ぎるからだ。

自己診断プログラムで体を精査してみれば、体の各所でエラーが頻発し現地の早急な離脱と分解整備を推奨してきている。

 

(厄介ね、部品の寿命だけが削れるわけか…)

 

外への出口までは簡単にたどり着いた、奏太がゆっくり外に歩み出ると同時にM1895がその背中をカバーする。

 

「いいぞ、来い」

 

奏太の合図を聞いて、FALと一〇〇式は二人に続いて外に歩み出して太陽の光が眩しく感じて思わず瞼を細める。

そして、光に目が慣れたときに目に飛び込んできた廃墟の街並みに思わず感嘆の声が漏れた。

崩壊した街の廃墟は何度も見てきた、見慣れたつもりだったがこうも朽ち果て人の息吹を感じない町は初めてだった。

汚染の中でも逞しく育つ雑草が伸びる道路、ツタが無造作に覆う店先、上階が崩れてボロボロになったビル。

バス停らしい朽ちたベンチには骸骨が一体、バスを待っていたのだろう。今もまるで待っているように窪んだ眼孔は道路の先を見据えていた。

骸骨がしたままの腕時計と、バス停についている時計は同じ時刻を差したまま止まっている。

2045年10時33分、いくつも使われた核ミサイルのうちの一発がこの街の近くに落ちた時間だ。

周囲に人気はない、いやそもそも命の気配すら感じない。世界そのものが死んでいるかのように、静かで、空虚だ。

 

(なんて静かな…)

 

FALと一〇〇式は彼らの後に続いて崩壊した街の中に歩み出す。

話では地上にはミュータントが跋扈しているはずだ、なのにその気配は感じない。

耳を澄ませれば聞こえるのは空気の流れる音、看板の揺れる音、葉の擦れる音、どれも命や生活を感じさせるものではない。

今までも廃墟と化した街はいくつも見てきた、鉄血に襲われて戦場になった街をいくつもめぐってきた。

U05地区もそうだ、鉄血が暴走する前はリゾート地だった。人間がいた気配、生活していた痕跡、気配というべきものが残っていた。

なのにこれはなんだ、まるでない。自分たち以外、世界には生きているモノがいないのではないかと思えるほどに感じない。

まだ駅を出たばかりだ、それこそ踵を返して全力で走れば10分とかからずにパーク駅の中で帰れる。

そこには人々が暮らしていて、宿屋の老夫婦は吉報を待っているし酒場も開店の準備をしている。

200人ほどの人間が確かに暮らしているはずなのに、まったく気配が感じられないのだ。

 

「空が青い、青いのに…」

 

一〇〇式は何か言おうとし、悩ましげに尻すぼみになって口を紡ぐ。

空の色は内地と変わらないはずだ、なのになんて寒々しい、なんて荒涼としているのだろう。

こんな町が、こんな世界が一体いくつこの世界には広がっているのだろう。考えたくない、あまりにも悲しすぎる。

 

「なんて静かな世界…核が落ちた時から時間が止まってるみたい」

 

「そうだ、ここらは爆心地が近くてな。それ以来ずっとこのありさまだ」

 

17年前からこの街は時が止まっている、核が落ちた日にこの街は死んだのだ。なんとなくFALは街角にある雑貨屋のショーウィンドウが目に留まった。

割れたガラスは風化して曇り、雑貨屋内部は外から見る限りだいぶ前に荒らされていて目に見える限り何もない。

ショーウィンドウに飾られていただろうプラスチックのおもちゃの残骸、おそらく乗り込んだ誰かが踏んだだろうロボットのような何かが酷く悲しげに思えた。

 

「悲しいわね、核を落とす意味がこの街にあったのかしら…」

 

「わからない。でも…うん、知りたくないな。悪い夢見ちゃう」

 

さすがにもう失望したくないなー、と一〇〇式は悲しげに呟く。

この街は基地時代のアウトーチに勤務していた軍人たちの家族が住むベッドタウンの一つとしてかかわりが深い街だった。

だがそれだけで、軍事的に重要な施設などはなくせいぜい新兵の訓練キャンプがあるだけの街でしかない。

活気はそれなりにある田舎都市で戦前の人口は1万6千人前後、戦争当時は避難民も合わせて5万人いた。

しかし核戦争後、各所の地下施設やメトロなどに避難して生き残ったのは二千人ほどだったという。

 

「狙って落ちたんじゃない、迎撃されてここに落ちたんじゃよ」

 

「つまり流れ弾?」

 

「アウトーチを狙った核の一発じゃ。あれをぶっ壊そうと撃ち込まれたモノの一部がここの近くに落ちた、スケールのでかい流れ弾じゃろ?」

 

ARW-002を肩に担いで皮肉気に笑うナガンM1895の声は困ったような声色で、呆れに満ちているように感じた。

ただの流れ弾で街一つ、それが第3次世界大戦だった。何もかもを焼き尽くし、何もかも汚染し尽くして、なお人は戦いをやめられない。

不意に風が吹いて、肌に静電気のようなものが走った気がした。

 

「肌がピリピリします、最新式が壊れやすいってこういう意味なんですね」

 

「場所にもよるが大体こんな感じじゃから慣れるしかないわい。自動診断はこまめにやっておくのじゃぞ?もし悪くなったらすぐに言え、良いな?」

 

「わかりました」

 

心配そうに一〇〇式の体を思いやるナガンM1895の声色に、先ほどまでの悲しげな呆れはない。

 

「二人とも、こっち――――待て、何か聞こえる」

 

何か言いかけた奏太が口をつぐみ、警戒しながら空中にシャンブラーの銃口を向けながら耳を澄ます。

FALもつられて銃口を空に向け、静かに耳を澄ませた。聞こえるのは町を流れる風の音、何かが軋む音、そして羽ばたく音?

何かが飛んできている、それもそれなりに大きい何かだ。鳥ではない、こんな汚染地帯を飛ぶ生物はミュータントだ。

どんなミュータントだ?近づいてくる羽音に集中していると、肩を思い切り引っ張られる。ナガンM1895だ。

 

「隠れるぞ、デーモンじゃ。建物の陰へ」

 

ナガンM1895に促され、FALと一〇〇式は崩れかけた商店の壁に身を預けて陰に潜む。長年雨風に晒され、手入れもされずに風化した壁は指でなぞると表面が削れた。

羽ばたく音が近づき、より力強く、そしてミュータントの物らしい呼吸が聞こえてくる。

FALは一目、そのデーモンを見ようと音のするほうを向いて、驚きのあまり息をするのすら忘れた。

 

(悪魔…)

 

空をガーゴイルが飛んでいた、西洋の城に飾られる石造りの悪魔の像が生々しい質感を持って空を飛んでいる。

2メートルほどの本体にそれを浮かせる大きな羽、悪魔を思わせる大きな口と牙が見えるいかつい顔、そして逞しい四肢。

まるでおとぎ話に出てくる悪魔そのものが飛び出してきたかのような、文字通りの悪魔のようなミュータントが空を飛んでいた。

雄々しく堂々と羽ばたくデーモンは通りを舐めまわすように見下ろしながら、大きく羽ばたいて通り過ぎていく。

どうやら見つからなかったようだ、羽ばたく音はだんだんと小さくなり遠くへと向かっていった。

 

「やれやれ、初っ端からデーモンとはついてない」

 

「うざいんじゃよあいつ、自由に飛べるうえに皮膚は防弾、筋肉質で弾の通りも悪いから無駄に頑丈ときておる。見つかったかな?」

 

「そんな様子はなかったが、ここらはあいつの縄張りってこった。ご近所さんも迷惑してそうだ。あ、ほら出てきた」

 

驚いたのはそれだけではない、雑貨屋からハウラーがずっと覗いていたことに全く気付けなかったこともだ。

奏太とナガンM1895は気づいていたらしく、雑貨屋の中からのそのそとはい出て路地裏に消えていく四つ足のミュータントを見送りながら苦笑いしていた。

周囲を見渡して感覚を研ぎ澄ましても、周囲から視線も物音も感じられない。

 

(わからない、いくらデータを照合しても、解析しても出てこない)

 

ハウラーがいた雑貨屋の中を自分は覗き込んだ、でも気づかなかった。気配が、痕跡が、何もかもなかった。

 

「FAL、そんな殺気立つと目立つぞ」

 

「…指揮官達は、あのハウラーにいつから気付いてたの?」

 

「最初から」

 

「私は全く分からなかったわ…」

 

悔しい、やはり悔しい、自分ではまだまだ彼の横に立てないという事がわかってしまうから、なおさら悔しい。

 

「FAL、いつも通りで良い。奴らはこの世界で生きる野生のスペシャリストだ、お前に分からないのは当たり前だ」

 

「アンブッシュを見分けるのは難しい、気配で探り当てるというより経験則で予測するというほうがやりやすいぞ。

ま、まずは出てきたところをカウンターして追っ払えるようになれば大抵は困らん、お主の性能なら難しい事じゃない」

 

簡単に言ってくれる、気づいたときには喉笛をかみ切られているだろう。FALは内心で毒付いて、大きく深呼吸してから気を取り直した。

悔しがっていてもしょうがない、これからもっと経験を積めばいいだけだ。幸いにも自分は恵まれた部隊にいる、鉄血との戦いに忙しいほかの基地と違う経験を積めるだろう。

あのデーモンを見ただけでも大きな経験だ、少なくともあれ以上にびっくりする敵はそうはいないはずだ。

 

「改めて言おう。ようこそ、こちら側へ。グリフィン諸君」

 

「それはどうも、ついでに道案内もしてもらえる?この街は初めてなの」

 

「もちろんですともミスFAL、こちらへどうぞ」

 

行こう、本当にここから先は見たことのない世界だ。一〇〇式と頷きあってから、先行する二人の後を追った。

 

 




あとがき
仕事シスベシ、慈悲はない。というわけで再び圏外、汚染地帯を行く一行は二手に分かれでお仕事研修です。
ハンター組がかつて言っていた悪魔の一匹『デーモン』がお目見えです。見た目からして悪魔で強い、倒しても意味ないのがまたうざい。
原作でも不意に空から襲ってきてワールドツアーに招待されるのでシャレにならないのよね。
それからリホーマーから買ったレールガンも登場、これからちょくちょく活躍してもらう予定です。
まさかいきなり圏外世界での運用になるとは…だが私は謝らない。





ミニ解説

シャンブラー
出典・メトロシリーズ
モスクワメトロで戦後に作られた固定回転弾倉式セミオートショットガン。装弾数6発、12ゲージショットシェルを使用する。
回転弾倉式のライフルをショットガンにしたような外見で、弾倉はショットシェルがむき出し。
装填方法がむき出しの弾倉にシェルを横からはめ込む独特な方式で、素早い装填には練習がいる癖のある銃。
従来のショットガンに慣れていると扱いづらく性能面も平凡だが、戦後の設計故にある程度機材と技師がいれば製造可能。
ゲーム360版の表紙で兵士が構えている銃がこれ。本編でも独特なアクションが面白い銃である。


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