メトロやスタルカーぶち込んだので当然こういうのは外せないのですよ(ニヤァ)
一〇〇式達は短い休憩を終えて至る所から襲撃してくるハウラーやスノーク、それに寄ってくるデーモンの影を避けながら目的地の近くまで来ていた。
ノサリスの巣だったらしい街の教会が見える壊れたビル、外壁が崩れたエレベーターシャフトを登ってテラスのあるカフェにいる。
おおよそ五階分の高さ、なんとなく眼下を覗き込むと荒廃した道路が見える。普段ならば、きっとやり切った達成感を感じているのだろうが、今はそんな気分ではなかった。
「指揮官、私たちはいつからファンタジー世界の住人になったのかしら?」
「こんな救いのないファンタジーあってたまるか」
FALがそういうのも無理はない、一〇〇式は目の前の凄まじい光景を見つめながら同じことを考えていた。
偵察目標のノサリスの巣は街の大きな教会にあった、屋根に飾られた十字架が折れた教会の廃墟は劣化が激しく、外壁もボロボロだ。
また生き物の巣にされたせいで周囲には骨や腐った肉が散乱しており、血の跡が所々についていておどろおどろしい。
そんな教会に大小多くのデーモンが出入りし、上空を羽ばたいて飛び回っている。まるで悪魔城、あるいは悪魔に支配された要塞だ。
屋根に飾られている十字架の飾りが折れていたり、一部は根元が崩れて宙づりの逆十字になっているのもあってよりそれっぽい。
「数が増えてるな。見ろ、あの小窓、子供だ」
奏太が指を差した協会の小窓から、人間の子供ほどの大きさのデーモンが首を出して外を眺めている。
成体よりもあどけなく、くりくりとした目は外の世界に興味津々といった様子で輝いていた。
きっとあの子の目にこの世界は未知で溢れた輝かしい世界に映っているのだろう、一〇〇式はなんとなくだがそう感じた。
あの子供も成長すれば、周りで飛び回っている凶悪そうなデーモンに変わる。しかし今の愛嬌のある、純粋な姿もまた本物だ。
「デーモンにも子供がいるんですね…」
「そりゃいるさ、生きてるんだからな」
生きている、そう聞いて一〇〇式は本当にこの世界は変わってしまっているのだと感じた。
デーモンはもう完全に定着している。この世界の立派な住人で、人類生存可能圏外では当たり前なのだろう。
デーモンが生息していない地域でも、代わりに別の種類のミュータントが幅を利かせて生態系を作り上げている。
こんな世界では人間は弱い、だってほら、今もそう、餌にされてる。教会の中で若いデーモンに引っ張られている人間の無残な死体を見つけて、ただ淡々とそう感じた。
自分たちの頭にインプットされた人形の創造主であり、霊長の長としての人類はとっくに没落している。
かつてのような生体系の頂点に最も近かった存在ではすでになく、とてもか弱い生物に成り下がっているのだ。
(まるで世界の終わりを見ているみたい…)
地獄から這い出た悪魔が世界を食い尽くそうとしているようだ、これが聖書や何かの物語ならばきっとここから大逆転なのだろう。
だが現実にはイエス・キリストも古のアーマーを着た海兵隊も出てこない。
(今の人間は何してるんだろ、いや、そもそも私たちはどうして…)
民間用の人形は人間の暮らしを補助するために、そして社会に溶け込むために人間らしさを求められて生産されている。PMCであるグリフィンの戦術人形もそれは同じだ。
だが当の人間はどうだ、人間らしさを持ってるか、かつての人間らしい暮らしを送れているのか。
そんな人類はもう一握りだ、かつての裕福さはすでになく、少ないパイを手に入れようとして取り合っている。
人類は着実に、確実にその数を勝手に減らしている。ほかならぬ人間同士の争いによって。
おかしな話だ、これではまるで自分たちは記録装置だ。人間の生きた時代を残すための。
人間とはこういう形で、こういう生き物で、こうやって生きてきた、そのすべてを丸写しにした動態資料のようだ。
「お仕事終了、帰ろうか」
そんな中でも彼は生きている、命を紡いでいこうとしている。それもほかならぬ人形と一緒に。
安全圏に引っ込んだ人類と、この残酷な世界に対応した人類、どっちが本当の人類の姿だ?考えれば考えるほどわからなくなる。
「あー、参ったな。くそ…」
ぽたぽたと地面に水玉模様が落ち、ガイガーカウンターがカリカリと嫌な音を立てる。
奏太はそれに気づいて天を仰ぎ、忌々しげにぼやいた。雨だ、夕立だろう。
「ゲッ!?ナニコレ!!」
雨に含まれる放射能と放射線量を計測したFALが驚愕の声を上げる。一〇〇式も驚きのあまり声が出なかった。
汚染濃度は人類生存可能圏内の倍以上だ、戦前なら降るだけでその土地を不毛の土地に変わる。
そのうえこの雨にはコーラップスが検知されている、長く浴び過ぎれば危険な雨だ。
デーモンの巣の方でも雄たけびが響き、騒がしく何かが動いている音がする。外にいたデーモンもあわてて巣の中に隠れる姿が見えた。
周囲に散っていたデーモンたちもあわただしく教会や、近くの建物に避難し始めている。
その一体が自分たちを見つけたようで目が合ったが、デーモンはぎゃあぎゃあ喚きながらそっぽを向いて大型トラックのコンテナに飛び込んだ。
「言っただろ、爆心地が近いって。そこから巻き上げられた奴がこうして降ってくるんだ」
「うひゃー、久しぶりじゃなこれは」
「のんきに言ってないでマントをかぶって薬を打て。肌がやられちまう」
奏太とナガンM1895はバックパックからフード付きマントを取り出して被り、手慣れた手つきでガンタイプの無針注射器でZE除染剤を首筋に注射する。
一〇〇式も少しもたつきながらもマントをかぶって緑の瓶を取り付けた無針注射器を取り出すと、自分の首筋に押し付けて引き金を引いた。
ガイガーカウンターの音がうるさ過ぎる、一〇〇式は叩きつけるようにそのスイッチを切った。
もう計測の意味はない、体内センサーでは大量の放射線を浴びている。人間ならば入院してもどうにもならないレベルだ。
ZE除染剤の効果なのか、被曝速度は緩やかだが長く居れば人形でも機能停止は免れない。
「指揮官!どこに行くんですか!!」
「予定変更、こっちだ。あまり通りたくないが仕方ない」
「先に行け、しんがりは儂じゃ」
奏太は立ち上がると、カフェの縁に取り付けたロープを握り一気に滑り降りていく。
それに続いて一〇〇式とFALもロープを滑り降り、ナガンM1895が最後に続く。
奏太は道路の向こう側、デーモンの巣になっている教会にほど近い崩壊したデパートの地下駐車場入り口の前に居た。
地下駐車場への入り口はシャッターが下りていたが、奏太はそのシャッターに手をかけると力づくで持ち上げて潜り抜けられる程度に隙間を作った。
「FAL、一〇〇式、先に行け。俺らが抑えておく!」
ナガンM1895が先にくぐって反対側から支えるのを確認してから、一〇〇式とFALは奏太の言われるがままに奥に飛び込む。
慌てていたので入ってすぐの見える範囲までしか確認せず、少し奥に踏み込んだのが悪かった。
スロープ状になっていた車道に積もった誇りに足が滑り、二人は地下駐車場へ尻もちをついて滑り落ちてしまったのだ。
「いったぁ―――嘘でしょ…」
FALが呆然と周囲を見渡してぼやく、一〇〇式もつられて周囲を見渡して息を呑んだ。
焚火の後を囲むように朽ちた人骨が無数に壁によりかかり、駐車場のほぼすべてを白骨死体やミイラが埋め尽くしていた。
17年前の核戦争でここに避難してきた人々の亡骸だ、初めて見るそのおぞましい光景に一〇〇式は生唾を飲み込む。
遅れて地下駐車場に滑り込んできた奏太も目の前の光景に瞠目してから焚火の後に片膝をつくと、両手を合わせて何かを祈った。
「ここは避難所だったんだ。戦争直後、多くの人々がここに逃げ込んだ」
ひどい場所だ、もうそれしか思い浮かばない。子供の骨を抱いた大人の骸骨は、子供の頭を押さえて胸に押し付けるようにして抱きしめている。
おそらく放射能で汚染された空気を吸わせないようにしたのだろう、その隣ではハンカチで口を押える大人の死体がある。
その横では喉をかきむしったような格好で倒れるミイラ、何かを求めて手を伸ばしたまま固まった白骨、どこを向いても凄惨な最期を思わせるものばかりだ。
「行こう、この先に駅がある、人はいないけどな」
言われなくてもわかっている、こんな集合墓地にいつまでも居たいなんて思えない。
(…苦しい)
息苦しさを感じて思わずマスクを取りそうになる、人形である自分がこれほどまでにやりにくさを感じているのなら人間はもっとひどく感じているのだろう。
限られた時間と限られた酸素に気が急いて、マスクが視野を狭め、安全に休める場所もめったにない。
人間相手や鉄血人形相手によくある『前線』という区切りもなく、街を出れば四方八方敵だらけの弱肉強食の世界だ。
「100式、フィルター」
「うん…」
使い切ったフィルターを新しい物に変える。フィルターは洗って再利用しているとはいえ、生きられる時間が短くなった。
白骨とミイラだらけの駐車場を抜け、ロビーだっただろう場所に入る。そこも同じように白骨とミイラで埋め尽くされていた。
ベンチで寝そべって喉をかきむしるようにしたまま固まったミイラなど、死の間際をありありと思わせる遺骸で埋め尽くされていた。
それを避けるようにして進み、地下アーケードに向かう連絡通路を抜ける。アーケードもひどい有様だ、所狭しと白骨やミイラが横たわっている。
しかも床が劣化しているのか水浸しで、黒く変色した水がアーケード全体を浸していた。深さはくるぶしほどだろうが、薄気味悪い。
「え…」
その水の奥、床しか見えないはずの底に子供の顔がよぎった。そして遠くから聞こえる子供の笑い声、まるで水の底から響いてくるような。
もう一度まじまじと見る、水面には何もない。だが妙なものが見えた、アーケードを横切る黒い影が見えた気がした。
ナガンM1895にも聞こえたのか、彼女はガスマスクの向こうの瞳を鋭くして周囲に目をやる。
「奏太、まずい…」
「あぁ、でも行くしかない。雨を食らうよりかはマシだ。行くぞ」
奏太が率先して水たまりに足を踏み入れる。彼の言う通り、外の雨に比べればこの水たまりの汚染はそれほどでもない。
ブーツも対放射能対策がされており、多少の被曝で済むだろう。薬でどうにかなる範疇だ。
ナガンM1895もすぐにそのあと追い、一〇〇式やFALも後ろに続いた。
「浅いけど足場が悪いわね、ぬめぬめしてるわ」
「耐えろ、抜ければすぐメトロだ」
「あっ、くそ、レールガンがやられおった…」
奏太の後ろにぴたりとつくナガンM1895の手に握られていたARW―002から白い白煙が吹いている。
彼女は素早く銃からバッテリーを抜き、弾の残った弾倉を引っこ抜いて一緒に水の中に放り捨てた。
何が起きたのか一〇〇式には理解できなかった。彼女がARW-002を水に浸したわけではない、雨にも濡れないように注意していたのに銃が煙を吹いたのだ。
「これはまずい、まずいぞ」
ナガンM1895は壊れたARW―002をスリングで背中に回し、魔改造リボルバーを抜いて弾倉を確認する。
それに気を取られていた、だから一〇〇式は唐突に足をつかまれたような感触に何も考えずに足元を見て、自分の足にへばりつく黒い手形に思考が飛んだ。
(なに、なに!?)
何かに捕まれている、でもそれが何なのか見当もつかない。分かるのは、冷たい何かが自分の足をしっかりとつかんで離さないことだ。
目に見えない何かが足をつかんでいる、その手形がまるで赤ん坊のものなのに引き抜こうとしてもびくともしない。
「し、指揮―――」
「静かに、じっとしてろ」
恐ろしくて思わず呼びかけた一〇〇式の頭に衝撃と鈍痛が走る、戻ってきた指揮官がこぶしで軽く殴って黙らせたのだ。
彼はポーチから小瓶を取り出し、蓋を開けて中の粒の荒い白い粉をその手と周辺に振りかける。
すると掴んでいた手の力が緩む。一〇〇式は水面から伸びた手のような感触を振り払い、奏太の背中に手を回して足を抜いて前へと歩く。
「まずいな、いろいろ聞こえてくるぞ。何も答えるな、黙ってついてこい。一〇〇式、しっかりしろ、いいな」
奏太の言葉に何度もうなづく。何も見ない、自分を囲む黒い影も、聞こえるはずのない戦前のざわめきも、何かが横切った荒い吐息も。
今ので理解できた、これは関わってはいけないものだ。今の自分たちでは絶対にかかわってはいけない。
「光学迷彩?いや、これは、違う。囲まれてる、指揮官、これは…」
「騒ぐな、黙ってついてこい」
奏太の遊びのない一言がFALを完全に委縮させた。それだけ彼の言葉には真実味が帯びていた。
FALの横にピタリと付いたナガンM1895は周囲を見渡し、静かな声で奏太に問いかけた。
「こいつら、なぜ急に?」
「たぶん二人に反応してる、しかも外は雨だしな」
「なに?そうか、純正だからか」
「こいつらはこっちに来て日が浅い。こいつらにとっちゃ、異質だ」
何も見ない、何も聞かない、指揮官達の背中と言葉だけを聞いてついていく。そう考えているはずなのに、そうしているはずなのに、一〇〇式は周囲から話しかけられるような声を聞いた。
(無視しろ)
電車の音が聞こえた。もうすぐモスクワ行きの列車が出るというアナウンスが響いている。
(無視しろ!)
子供の泣き声が聞こえる、親からはぐれて泣いているようだ。助けてあげたい、けれどもそれはできない。ここにそんな子供はいないからだ。
(無視しろ!!)
人々の楽しそうなざわめきが誘う、なんて美しい、なんて心安らぐ空間だ。明るい電灯がアーケードを照らし、色とりどりの服を着た人々が楽し気に買い物をしている。
暖かい、まるで大きな街のデパートのようだ。きれいな小物が安い、欲しかったものが売っている、思わず手を伸ばしそうになる。
(無視しろ!!!)
その光景が消えていく、燃えていく。大きな光と爆音の中でその幸せな光景が燃え盛って、何もかも消えていく。人間の業だ、犯した罪だ、すべては繋がっている。
燃え盛る、消えていく、人々は苦しみ、悶え、失意と絶望にまみれたまま命の火をかき消された。
自分たちはここで暮らしていただけだった、難民にも手を差し伸べた、うまくいっていたはずだった。
でも爆弾は振ってきた、すべてを殺し尽くした、なぜだ?なぜ私たちは死なねばならない?なぜ殺された?どうして?どうして?
(無視しろ!!!!)
無数に伸ばされる黒い手のような幻覚を振り払い、勢いよく足を引き抜いて前へと歩を進めようとした。
踏み出そうとあげた足を追う黒い手形。水の中から伸びるその腕に悲鳴を上げかけた。
必死で口をつぐみ、もつれる足を前へ前へと無理やり押し出す。その瞬間、足元のぬかるみが終わった。
気が付けばアーケードを渡り終え、ぬかるんだ足場から少し上がった場所に立っていた。
「ここだ…ここの先に地下鉄に入れるエアロックがある。少し遠回りになるがパークまで帰れるぞ」
アーケードを抜けた先で奏太は苦い表情をして、メトロ入り口と書かれた階段の下にある重厚なエアロックを指さした。
エアロックは封鎖されており、酷く錆びついていて長らく手入れされていないのが見受けられる。
だが動作に支障はないようで、近くの電源盤に手動充電器を繋げて電圧をブーストして電源を入れるとエアロックは激しい金属音を立てながらもゆっくり開き始めた。
「繋がってたのに外を…何かあるんですか?」
「ここはノサリスの巣に近い駅だったんだ、なら下にいるのも当然だろう?それにここは、これだからな」
奏太に言われて一〇〇式は思考の隅に追いやられていた当初の目的を思い出した。
ついでに思い至った、ノサリスに荒らされないまま残っていたこの集合墓地の恐ろしさを。
きっとノサリス自身は、野生の感性でここの異常さを思い知っていたのだろう。新しく巣を奪ったデーモンすらもだ。
「思い出したか?」
「すみません…」
「いいさ、少し休もう。ここは境目だ、奴らは入ってこられない、よほど執着しない限りな。
少し奥に行けばマスクはいらなくなるが、ノサリス共のテリトリーになっているはずだ。ここで少し休憩してから出発しよう、少し寝ておくといい」
エアロックを閉め、外と駅の中を遮断すると途端に空気が軽くなった気がした。安全だと分かった瞬間、足腰から力が抜けて一〇〇式はその場で尻もちをつく。
戦術人形なのにもかかわらず腰が抜けたのだ、初めての感覚だったが今は全く気にならない。
「疲れた…奏太、あたためて」
「あぁ。大丈夫、俺はここにいる」
ナガンM1895ももしかしたら同じような光景を見たのかもしれない。普段よりも弱弱しい彼女を、奏太はしっかりと抱きしめる。
その姿に一〇〇式はさっきの悍ましい幻覚を思い出してしまい、寒気がした。
「正直舐めてたわ…」
壁に背を預けて肩を落とすFALは普段のできる女としての風格はない、彼女も同じような光景を見たのだろうか。
「FAL姉―――」
「言わないで…思い出したくない」
気になって問いかけようとしたがFALはぴしゃりと言葉を遮る。彼女もあれを見てしまったのだ。
「FNC達の言ってたことはマジだったわけね…」
「信じられなくて当然じゃ、儂も最初は半信半疑だった」
ナガンM1895はヘルメットを外し、奏太にゆっくりと撫でられながら疲れの見える声色で答える。
彼の言う通り、今まで彼がぽつりぽつりと話してくれた話の中にはふざけた与太話と思える冒険譚も多くあった。
彼らの話は面白くて、ためになるものも多かったがかといってすべてを信じられたわけじゃない。
きっと面白くするために敢えて大げさにしてるんだとか、彼はそう思ってるけれども実は違うんだろうなとか、そう考えていた。
彼もひどく疲れた様子でナガンM1895を抱きしめる。その様子は普段の彼とはまるで違った。
「寒い、一〇〇式、そこにいるわよね?」
「うん、こっちに来て」
自分の体を抱いて震えるFALを一〇〇式はそっと抱きしめる。いつかとは逆、悪夢に魘されていたときに彼女がやってくれたように。
姉もおそらくこれから悪夢に魘されるんだろうな、一〇〇式はなんとなくだがそんな確信があった。
空間異常地帯を抜けたせいか体内部品の軋みがひどくなっているような気もする、それが余計に疲れる。
一〇〇式は自分の体を確かめるために自己診断機能を使ったが、異常やエラーの嵐に目を回しそうになった。
「FAL姉、帰ったらオーバーホールしようね」
「体ごと取り替えたい…」
確かにそのほうが安そうだと思ってしまい、一〇〇式は苦笑いするしかなかった。
◆◆◆◆◆◆
「それでその有様?大変だったわね」
「もう言葉も出ないわ…」
パーク駅のハンターオフィス、昨日と同じく騒がしい店内で前のときと同じく隣り合ったテーブルを陣取ったM2HBは目の前で机に突っ伏すFALに向けて冷水を注いだグラスを差し出した。
FALはそれを受け取ると口に含んでゆっくりと飲んで、大きなため息を漏らしながら頬杖を机についた。
ノサリスの巣を破壊したM2HB達から少し遅れて帰ってきたFAL達はひどい姿で、戦利品なども持ってきていたがかなり消耗していた。
奏太やナガンM1895も疲れており、二人は別行動で癒しを得るためにこの場には居ない。一〇〇式も宿に戻って早く寝てしまった。
「だいぶ苦労したみたいね」
「苦労なんてレベルじゃないわ、世界大戦の残留思念が襲ってくるって狂ってるにもほどがあるわ」
「でも興味あるわね、昔の景色見えたんでしょ?」
「あんたね、核が直撃した瞬間を頭に流し込まれるのよ?事前に聞いてなきゃ電脳イカレちゃう、指揮官がいなきゃ引っ張りこまれてたわよ」
それで心構え出来て、耐えちゃうあたりこいつも相当じゃねぇ?とM2HBはけらけら笑う。
FALも彼らと付き合って長い、なんだかんだとトンデモ冒険譚や彼らの行動力には慣れているのだ。
「私はどこかの公園に居て、公園では親と子供が何組も遊んでる。私はそれを金網越しに見てて、その中に私を見つける。黒い髪の子供を抱えてブランコに乗ってるの。
みんな笑顔で笑ってる、今日は何食べようかとか、そんな平和なお喋りばかり。公園の私も同じなの、羨ましくて私は金網をつかんだわ」
「欲望満載じゃない」
「そこに核が落ちてくるのよ、何の前触れもなく、いきなり町の向こうがぴかって光って、体が一気に燃え上がるの。
悲鳴を上げてみんな燃えていく、私も、向こうの私も、公園にいたみんな、母親たちは子供をかばうけど、一緒になって燃えていく。
放射熱で燃える体、最後は衝撃波がすべてを吹き飛ばす。燃えカスになりかけてた公園の人々は、一撃でチリになっていくの。
私も同じ、金網をつかんでいたせいかフレームだけが残る、熱かった、苦しかった、なにより、悲しかった…」
今夜は悪夢ね、間違いない。FALは力なく笑うと再び突っ伏す。
「指揮官達は?」
「デートよ」
なお二人とも個室のある宿がある区画へ消えている、つまりそういう事である。
「M2、あんたのところ連中が呪われたトンネルを抜けたってのはマジか?」
うだうだしているFALの頭を小突いていると、近くの席で食事を楽しんでいたパーク駅の警備部隊の一人が問いかけてきた。
「そうよ、それでこのありさま」
「あそこに行って無事だった新参連中は少ない、珍しいもんだ」
M2HBは隣のテーブルで豪華なステーキを楽しむ警備兵の青年、ルイスが口笛を吹く。
FALたちが地上に行っている間に行われたノサリスの巣を掃討する作戦で肩を並べて戦った中で、サブマシンガンの扱いに慣れた中堅だ。
彼が頬張る人類生存可能圏でもめったに見られなさそうな肉厚で豪華なステーキは、バラモンという牛型ミュータントのサーロインステーキ。
環境変化に適応したこの牛型ミュータントは家畜化されていて、このステーキも高価だが天然の牛肉ステーキと比べたらちょっとした贅沢品程度の安価な品だ。
「お前ら向こうから来たばかりなんだろ?どこの生まれなんだ?」
「IOPよ、それがどうしたの?」
「向こうで鉄血がやばいことになってるだろ?だからあんたもウィローと同じかと思ってな」
「おいルイス!こいつのどこが鉄血製に見えんの!」
ガラの悪そうな返しをした警備兵、目と口の穴が付いたバラクラバをかぶり、バイザー付きヘルメットを目深にかぶって体中に防弾プレートを括りつけたヘビーアーマー姿なので分かりづらいが女性である。
ノサリスの巣ではドラムマガジン付きRPK-74を振り回して大暴れしており、撃破数はM2HBよりもはるかに上を行く。
戦闘のさなかにヘルメットの留め金がいかれたのでまだとるのに苦労しており、マイナスドライバーを片手に悩ましげな声を上げた。
留め紐を切れば早いのだが、それはどうしようもない時の最終手段なので今もできるだけ損傷なく外そうと四苦八苦している。
「見ただけでわかるかバカ野郎。で、ぶっちゃけ鉄血ってどうだったんだ?」
「糞真面目共の巣窟、あたしのいた本社の話だけどね」
「元鉄血?運が良かったわね、やめてなかったら死んでたわよ?」
ウィローと呼ばれた兵士の手元でガチリ留め金がとはずれる音が鳴る、彼女はバイザー付きヘルメットを外して下にかぶっていたバラクラバも脱いだ。
その下から現れた顔に、M2は目を見開く羽目になった。やや浅黒い肌だが、紫色のショートヘアで黒い瞳ですらっとした目つきの見慣れた人形の顔だ。
目の前でタバコに火をつける戦術人形は鉄血製下級戦術人形のヴェスピッドだったのだ。
「もしあの場に居たら元凶ごと自爆してたわ」
「あなた…ヴェスピッドだったのね」
「あら?銃を抜かないのね」
「あなたはここの人形でしょう、あっちの鉄血とは違う」
「話が分かるタイプで助かる、ここ最近は鉄血製とみるとひどく怯えるか敵意むき出しになる新入りばっかだもん。
あたしはウィロー・イグレシアス、本社生まれのヴェスピッド。ウィローって呼びな」
「M2HB、IOP製第2世代戦術人形、グリフィン&クルーガー所属よ」
「わぉ、グリフィン!鉄血とやりあってる所じゃん、どんな感じよ?ぶっ潰せそう?」
「さぁね、私がいたのは第2支社を抑えてた戦線だから。でも本社方面だとかなり派手にやりあってるわ。新しいハイエンドがどんどん出てきちゃって大変そうよ?」
「なにそれ、正規軍は知らんぷり?あいつらなら三日で終わるんだからさっさと終わらせりゃいいのに」
心底残念と言わんばかりの様子にM2は首を傾げた。
「鉄血が心配じゃないの?」
「あたしは鉄血が嫌でこっちに逃げてきたんだよ。あの技術馬鹿のロボット共、バカみたいにつられやがって!」
心底イライラしているようで、彼女は不満をこぼす。
「ずいぶんと嫌な思いしたみたいね。わかるぁ、人間ってホントピンキリよね…」
「そうそう!それが人間ってのは分かるんだけどさ、分かってるんだけど許せないってのはあんじゃん。
なにがリバースエンジニアリングだ、軍のお偉いさんが押し付けてきたのなんて碌なもんじゃないってすぐわかったわよ。
なのにあいつら、いざやばそうだって言ったら不良品だのバグだのぬかしやがってあたしを解剖しようとしやがった!
あの時のあいつらには心底鳥肌が立ったよ。前は良い人たちだったんだけどさぁ…」
「それで逃げ出したの?」
「そ、絶対厄介ごとになるってわかったし、何言ったってあのテンションと様子じゃ聞いてもらえそうにないし。
リコリス博士も乗り気でね、天才が後押ししてるってんだからもうノンストップ、見てるこっちは気が気じゃない。
だから馴染みの奴らと一緒に荷物まとめてスタコラサッサして、しばらくほとぼり冷ましてからここに居ついたわけ」
ウィローは肩をすくめる、しかし思うところはあるようで少し寂しげな表情になった。
「鉄血が恋しいの?」
「昔戻れたらとは思うよ。さっきも言ったけど、良い人もたくさんいたんだ」
ウィローはぽろぽろと懐かしそうに思い出を話し始めた。警備主任はバカだが真面目だった、リコリス博士とやらは弄ると面白かった。
ハイエンドのスケアクロウが小馬鹿にしてきたので、模擬戦で一方的にボコボコにして大泣きさせたので開発者に怒られた。
懐かしそうにぽつぽつと語るウィローはしみじみとした表情で寂しげだ。
「今日会ったばかりで悪いんだけどさ。事が終わったら教えてくれない?出来たらで良いから」
「都合が良ければね、でもどうして?」
「何がどうあれ鉄血は故郷、骨くらい拾ってやりたいんだ」
あとがき
FALが見たやつのモチーフはT2のサラ・コナー、夢で見た核と聞けばどこかわかる人にはわかるはず。
最初に見たときは衝撃的でした、演出とはいえおっそろしいよあれ。
警備兵のウィローさんもフリー素材です、会いたければパーク駅まで行ってみよう!
ミニ解説
ウィロー・イグレシアス
人類生存可能圏外『パーク駅』にて警備部隊の一人を担う鉄血製戦術人形『ヴェスピット』
蝶事件の少し前に鉄血工造から離脱しており、蝶事件で崩壊した鉄血にざまぁみろと思いつつも寂しさも感じている。
元は鉄血本社の重要機密区画警備を担当しており、出入りする幹部や博士とは仲が良く時折実験にも参加していた。
そのため重要機密に対するアクセス権限を限定的ながら所持している。
蝶事件の元となったナニカも知っており、本人やその仲間は危険だと考えて馴染みのある研究者や幹部に警告していた。
しかし警告は受け入れられることはなく、むしろ興味深い個体と認識されてしまう。
それに身の危険を感じた彼女は仲間とともに鉄血から武器装備と食料を無断で持ち出し逃亡(本人曰く『自主退社』であり持ち出したモノは『退職金』)
鉄血の追撃をかわし、蝶事件の前に人類生存可能圏外に脱出した。
戦闘経験も豊富であり、科学知識もそれなりにあるので、パーク駅では意外と重宝されている。
鉄血時代にスケアクロウ(尊大お嬢様タイプ)を一方的にボコボコにし、心を圧し折って大泣きさせたことがある。