ゆっくりと自分が浮上していくような感覚を覚えながら目が覚める、暖かいベッドの中でM14の市代はまどろむ瞼をこすりながら目を開けた。
すぐ横で眠る奏太を起こさないように体を包むちょっとした気怠さと下腹部に残る余韻を感じながら、少し体を起こして時計に目をやる。
まだ夜明け前、窓に目をやるが薄明るいといったところでまだまだ寝られるそんな時間だ。
どうしてこんな時間に目が覚めたのかわわからない、覚えていないが変な夢でも見たのかもしれない。
市代はつらつらと考えながらふと奏太の部屋の中に目を這わす、グリフィンに来てからようやく与えられた個室で奏太のプライベートルームだが早くも性格が出ている。
シンプルで几帳面に整えられているが色々と物の多い部屋、それが彼の特徴だ。遺跡の研究にも手を出す彼は何かと物が多くなる。
しかし整理整頓はしっかりする上に掃除もするので不思議な均衡感がある部屋になる。朝霞の街にある部屋も、研究者と傭兵の部屋が合体したような状態だ。
右に顔を向けると奏太の顔がある、まだ眠っている彼の左側に市代は身を寄り添わせて肌を当てた。
直に肌を触れあうことで感じられる彼の体温に市代は言い表せない幸せを感じて、その温かみに身を任せる。
人間は一人では生きられないように人形も一人では生きられない、特に人形はもともと人間の道具として使われるために生まれてきた存在で人間の役に立つことが喜びを感じる根っこがあるのだ。
自分で選んだ主人であり夫の奏太という存在は麻薬に等しい。もう手放せない、手放したくない。人形としてあるまじき彼への独占欲に市代は身を任せる。
(奏太は私のモノ、私たちのモノ、全部私たちのモノ)
人形として生まれ持った性とそれを犯す背徳感に気分が高揚する、彼は自分たちが自分で選んで手に入れた彼という人間はすべて自分たちのモノ、絶対にもう離さない。
彼に肩に頭を載せ、全身を彼にくっつけるようにして包み込む。傷跡だらけの鍛え上げられたたくましい体に、市代は疼きを覚えた。
(いろいろあったね。奏太と会って、美奈を見つけて、琥珀に殺されかけたりサラに雇われたりして今のチームになって…)
思い返せば生きていられるのが不思議なくらいの激戦を生き延びたり、遺跡にノープランで飛び込んだりとやりたい放題だったり、いろいろな思い出が出てくる。
長く旅をしたが始まりは彼の手を取ったこと、彼の差し出してきた左手を握った感触は今だって覚えている。その時ふと彼の左肩に残る不自然な傷跡が目に留まった。
胴体と左腕をさえぎるように残る傷跡で胴体側はギザギザだが左腕側は切り整えられており目立たない。
市代はその傷跡に指を這わせ、この傷ができた事件の事を思い出して少ししんみりとした気持ちになった。
「くすぐったいぞ」
「あ…ごめん、起こしちゃったね」
「そこは敏感なんだ。どうした、眠れなかったのか?」
「ううん、なんだか目が覚めちゃって」
市代は奏太の傷跡に指を這わしたまま答える。彼はそれにこたえるように市代の下した髪を梳いた。
「変な夢でも見たのかも、覚えてないけど」
「そんなに触るな、むずむずするよ」
「いいじゃない。これはあなたが私たちを選んでくれた証なんだから」
この傷は奏太にとっても、市代にとっても、美奈、サラ、琥珀にとっても悲しくて大切な思い出がある。
悲しくて、悔しくて、それでもうれしかった。その時に彼は生まれ持った左腕を失った。
今ついているのは生体式の義手で、奏太の細胞から培養して作ったものを移植したものだ。
「ねぇ、腕の具合はどう?マッサージする?」
「快調だよ、ちゃんと感触もある」
奏太の左腕が体に回されて抱きしめられる。遠慮のない彼の手に市代を甘い声が漏れた。
腕と手の動きはいつもと変わらない、前の時と全く変わらない。その力強さに市代は身を任せ、腕の中で奏太の胸板にほほを押し付けた。
「奏太、正直イライラしてたでしょ」
「…わかるか」
「野盗相手とはいえあれだけやってればね」
かくいう自分もそうだ、この慣れない環境でストレスが溜まる。ハンターとして方々飛び回っていて環境の変化には強いほうだがそれでも溜まるものは溜まるのだ。
奏太の場合はペルシカがいるからなおさらだ、どう考えを改めて言い繕おうとも彼はペルシカとリコリスを憎んでいる。
彼女達に昔の恋人であり相棒を殺された恨みは消えないし、彼も許す気はない。ただ一つの区切りをつけているだけだ。
本心ではペルシカの顔なんて見たくもないし声も聴きたくないに違いない、嫌でも顔を合わせることになるこの環境はかなりストレスになるはずだ。
そうでなければいくらならず者が相手とはいえ、尊厳を踏みにじる過激なレイダーアートやゴアバック作成などやらない。
「ひどい人、八つ当たりに人殺しなんて。そんなに殺したい?」
「あぁ」
「じゃぁやる?」
「やらない」
「そっか。奏太は変態だね、今も昔も人形とAIに恋してるなんて人間失格じゃない?」
「おま…そりゃねぇよ」
「でも大好き」
奏太の体を抱きしめなおし、彼を包むようにしてしっかりと抱きとめる。今は一人だけだから少し心もとなく感じた。
それに反撃するように奏太が力強く上にのしかかってくる、彼の顔に顔を向けると彼に唇を奪われた。すべてを貪るような深く強引なキス、市代は体の力を抜いてすべて受け入れる。
ベッドと彼の間には挟まれ、彼の欲望に溶かされながら市代は奏太にお返しに自ら彼に絡みついた。
◆◆◆◆◆◆
「そんなわけで、奏太はお休み。以上」
グリフィン管轄地区、とある地区にある荒野。岩場の影に隠れるように作った野営地の焚火の前でMG34は頬が赤く上気するのを感じていた。
聞くんじゃなかった、MG34はもう顔が熱く仕方がなかった。夜空に顔を向けて何とか落ち着かせようとするが、市代の生々しい夜の話がリピートして全く落ち着けない。
周囲を見れば平然としているのはP38のサラくらいで、焚火を囲むSVT-38とVz61スコーピオンは恥ずかしそうだったり顔を隠していた。
一仕事終えた後の朝食中に奏太が休みの理由を暇つぶしに聞けば赤裸々な営みの話が出るわ出るわだ。
これにはあのスコーピオンですら赤面し、足をもじもじさせて落ち着かなそうにしている。
「いきなりレイダーアートやり始めたときから何となく察してましたけど、やっぱ気にしてましたか」
「うん。だから少し乱暴でね、いっぱいされちゃった。ほら、まだ赤いでしょ」
「ちょ!?なにしてんのさ!!」
服の少しはだけて、胸元に赤いキスマークを見せつける市代をスコーピオンが抑える。
「まったく…でも指揮官がそんな状態なのに仕事なんてして良いの?ましてやあのモハビエクスプレスからの依頼なんかさ」
スコーピオンの疑問にMG34も頷く。今回の依頼主はあのモハビエクスプレスなのだ、正確にはその構成員のラウルというエンジニアなのだがモハビエクスプレスであることには変わらない。
近頃随所で耳にする『運び屋』の所属元であるが、なんとグリフィン経由でナイトストーカーというミュータントの討伐依頼をしてきたのだ。
コヨーテとガラガラヘビが合体したような姿で猛毒を持つ夜行性の獰猛なミュータントで、獰らが潜む地域では野営をすると音もなく取り囲まれてそのまま食い殺されてしまうことがある。
それがどういうわけかこの地域で繁殖を始めているため、被害が出る前に狩ってほしいというのが依頼だった。
仕事自体は順調だ、発見したり襲撃してきた個体は返り討ちにして晩飯になったし、巣穴の特定も終えた。
あとはその巣穴に属するナイトストーカーが帰ってきたところを一網打尽にするために、休憩がてらここで朝食をとっているのである。
「いいのいいの、仕事自体は何度かしたことあるしね」
「奏太なら問題ないですよ。それに市代がケアしてくれましたし美奈たちがいますからもう元に戻ってますよ」
今頃絞り尽くされてるんじゃないですかね、とサラは少し意地悪く笑う。
「もぅ、二人ともそれくらいにして。次はどうするの?」
「ひと眠りしてから巣穴に行きましょう、あっちも疲れてるでしょうし閉所ですからやりやすいですよ」
「外でもばたばた殺してたのによく言うよ…」
「透明になったのはびっくりしましたけどそれ以外は変わってなかったので。はい、焼けましたよ」
串に刺して焚火を囲むように刺して焼いていたソーセージを一本手に取ったサラは、それをMG34に渡す。
仕留めたナイトストーカーの肉をミンチにして腸に詰めたソーセージは血のように真っ赤で、程よく焦げ目がついて香ばしい香りがした。
その香りにつられるように大きく口を開けてかぶりつく。
口の中に広がるあっさりとした油は切れが良く、されど濃厚で合成肉のソーセージとはまた違う足で舌に絡みつく。
同じようにソーセージにかぶりつくSVT-38は、満足そうに租借しながら少し残念そうにつぶやいた
「これは酒が欲しくなるな、仕事なのが残念だ」
「終わったらいくらでも飲めますよ、帰れば燻製もした完璧なやつを作りましょう、ペーストもね」
「今それを言わないでくれ。ますますほしくなる」
さすがに人形でも仕事中に飲酒は望ましくない、ましてや今は明け方だ。
「酒との相性もいいですがジュースにも合いますよ、持ってくればよかったですね」
「ジュース?ヌカコーラってやつか」
「それもありますけど私はサンセットサルサパリラのほうが好きですね、こっちなら普通のコーラでいいかと」
「甘いのは好きじゃないな、ビールかウォッカがいい」
SVT-38の言葉にMG34が自室においてあるビールを思い出しながらさらにソーセージにかじりついた時、背後のすぐ近くでタイヤがすれるような音がした。
34は即座にソーセージを一口で口に含み、振り向きざまに対化け物用九五式軍刀の濃口を切って居合切りに姿勢に移りつつ背後の音のしたほうへ正対する。
食器から食事をこぼさないように素早く置いて武器を構える全員の先にいたのは、一輪車に怒り形のテレビが乗ったようなロボット。
グリフィン管轄の地域でたまに見かけるようになったセキュリトロンだった。
モハビエクスプレスが運用しているセキュリトロンは手出しさえしなければ何も害はない、そもそも敵対する理由がないのでMG34たちは警戒しつつ構えを解く。
そもそもこうして無防備に近づいてきたのが害のない証拠だ、ユニークな見た目の割りに重武装なので襲撃してきたならド派手になっているはずなのだ。
セキュリトロンは野営地のすぐ近くまで付くと、姿勢を正して直立不動になり夜間のためか消灯していたテレビモニター部分を点灯する。
数度の砂嵐と明滅の後、映し出されたのは戦術人形のCZ75とM3グリースガン。M3はひどく緊張した面持ちだが、CZ75はめんどくさそうだ。
≪い、いつでもどこでも貴方が喉が渇いたとお思いの時に……モハビ・エクスプレスが飲料をお届けします≫
≪ったく、なんでアタシまでCM出ないといけないんだよ。えーっと、ヌカコーラ各種にサンセットサルサパリラ、アルコール類をご提供できます。 だってさ≫
≪ほ、他にもご入用でしたらこのセキュリトロンにお申し付けください……仕事のご依頼も承ってます。 ……こ、これでいいんですか?え、まだ録画まわってるんですか?≫
≪もういいじゃんか、全部流しちゃえよ≫
M3とCZ75の漫才のようなCMの後に映し出されたのはアメリカンコミック風のパイプをくわえてコック帽子をかぶった男の顔、
コック帽よりもカウボーイハットが似合いそうな顔だ。
キャッピーじゃないのか、なんとなくMG34は残念に思った。奏太からもらったキーホルダーでしか知らないが、どことなく愛嬌を感じていてお気に入りなのだ。
奏太によればヌカコーラのテーマパークで手に入れてらしく、MG34はこれもそこのカスタムだと考えていたのだが違うらしい。
流れているバックミュージックもヌカワールドのテーマソングではなく、ウェスタンを思わせる曲のビッグアイアンだ。
「ご注文をどうぞ」
「モハビエクスプレスもいろいろやってますね…でもいいところに、買いましょう」
「なら私が、お金ならいろいろあるよ~♪」
市代はM14自動小銃を下ろし、バックパックを片手にセキュリトロンの前に立つ。その光景を見たSVT-38はサラに耳打ちした。
「おいおい大丈夫なのか?ヌカコーラって放射能入りだと聞いたぞ?」
「危ないけどおいしいのは確かですし、この程度いつものことですよ。ちょうどいい機会ですし慣れておきましょう。サルサパリラならノンRADですからね」
「やっぱり含まれてるんじゃないか…」
「問題ないですよ、気になるんでしたら緑のヤツを打っておきます?」
FNCの顛末を知るSVT-38は思わず遠い目をした、サラたちが見せる終わり良ければ総て良し的な精神は本当に筋金入りだ。
MG34はFAL達から聞いた圏外での仕事や現状を考えれば気にするのもばからしいと達観しているからだと思っていたが、それでも少しずれているように感じる。
そんな彼女のことには目もくれない市代は、セキュリトロンのモニターに移されたメニューを流し読みしつつ商品を告げた。
「ヌカコーラ5本とサンセットサルサパリラ5本、クォーツとビクトリーも2本。あ、クアンタム、チェリー、ヴィムも取り扱ってる?」
「確認中…申し訳ございません、クアンタム、チェリー、ヴィムという商品は当機ではお取り扱いしておりません」
「それじゃいいや、お金は…あー、キャップ?それともこっちの?」
「キャップ、リージョンコイン、NCRドル、現地通貨でのご精算が可能です」
「じゃぁ…キャップで」
市代はバックパックから大きいガマ口財布を取り出すと中から瓶の王冠を取り出してセキュリトロンの手に乗せる。
見た限り何の変哲もないヌカコーラの王冠でここでは何の価値もないガラクタだが、旧アメリカではこの王冠が貨幣として使われている。
こういった経済は第3次世界大戦で国の崩壊と同時に経済も崩壊して従来の貨幣が役に立たなくなった各所で起きていた。
旧アメリカならばコーラなどの王冠や新貨幣、モスクワメトロならば旧ロシア軍製軍用弾薬、旧日本の一部では電子マネーなどだ。
かと思えば従来のドル、ルーブル、円、ポンド、人民元などもまだ使われていたりと混沌としている。
内心半信半疑だったがセキュリトロンの様子では事実だったらしい、受け取ったキャップを器用に数えたセキュリトロンはそれをどこかにしまった。
「ご購入ありがとうございます、少々お待ちください」
「うわ!?」
代金を受け取ったセキュリトロンが唐突に肩部ポッドの蓋を開いたので市代は咄嗟に身を引く。設計上、そこにはミサイルランチャーがしまわれている箇所で、その威力を以前に目の当たりにしていた全員は咄嗟にその場から飛びのいて遮蔽に隠れた。
だが彼女が考えたような兵器はそこにはなく、代わりに白い冷気を吐き出す冷蔵庫がありそのラックには清涼飲料の瓶が固定されてキンキンに冷やされていた。
セキュリトロンはその中からヌカコーラとサンセットサルサパリラを5本、さらにオレンジ色に光るヌカコーラと白く光るヌカコーラを2本取りだすとビニール袋に入れて市代に差し出した。
「毎度ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております。モハビエクスプレスをどうぞよろしくおねがいします」
驚きのあまり無言の市代がビニール袋を受け取るとセキュリトロンは踵を返して去っていく。その車輪の音が聞こえなくなったころ、周囲は次第に明るくなり始めていた。
岩場の多い荒野を朝日が照らし、砂地に砂が風邪で舞い上がり砂っぽい風が吹く。荒れた大地が朝日を反射し、乗り捨てられた車の残骸が時間の経過を物語る。
その光景にMG34は以前に見せてもらったモハビ砂漠の写真が重なった。
あとがき
書きたいシーンは山ほどあるけどシチュエーションがなかなか嵌らない悩ましい今日この頃。
前にモハビエクスプレスからの仕事の依頼がありましたので乗っからせていただきました、Warboss様に感謝!
ついでに飲料販売サービスセキュリトロンも使わせていただきました、バックミュージックに関しては勝手な妄想です。
ミニ解説
ナイトストーカー
出展・Falloutシリーズ(ニューベガス)
詳細
モハビウェイストランドの荒野に生息するコヨーテの体にガラガラヘビの頭がくっついたような姿のミュータント。
コヨーテと蛇の習性を合わせた生態をしていて用心深い、夜行性で主に夜に活動する。
蛇らしく慎重で、コヨーテらしく集団で狩りをすることから道行くキャラバンの野営地を一晩にして壊滅させることもしばしば。
野営中の見張りに立っているとき、蛇の鳴き声が聞こえたら注意しよう。たとえその手にショットガンがあっても安心はできない。
なお本来ナイトストーカーはステルス迷彩を扱う知性などは有していない、笹木一家とグリフィン部隊が交戦した個体は変異種とみられており現在調査中である。