U05基地の化け物ハンター   作:イナダ大根

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この中に一人、鉄血がいる!! ……今回は短めです。


第21話・火花

 

なんて美しい横顔なんだ、濡れカラスのような黒髪に知性を感じさせる奥深い瞳とその中に感じる無垢な所を思わせる雰囲気。

その細くも力強さを感じる横顔を、彼女の美しい肢体を彩るモノトーンのイブニングドレスがより鮮烈に際立たせて映えさせる。

ストリートを走る車の中に入る街灯の流れる明かりが不規則に彼女を照らし、その姿をより彩っているように感じる。

彼女と知り合ってから青年の心はどんどんと惹かれていって今や彼女に夢中だった。

傍から見れば馬鹿なボンボンが女に引っかかった典型なのだろうがそれでもいい。

 

「遺伝子は自分の子孫を多く残すことのみを考える」

 

「え?」

 

「リチャード・ドーキンスの言葉よ、気が早いわ」

 

「あ、いや、まいったな…」

 

恥ずかしくなって青年は窓の外に顔を向ける。窓の外に流れる市街地の風景は、旧アメリカのマンハッタンを模した街並みはきれいだが今は構っていられない。

彼女に見入り、思わず淫らなことを考えてしまった上にそれを見抜かれてしまったことがとても恥ずかしかった。

 

「ほほほ、一本取られましたな。坊ちゃま」

 

「ロバートまで、意地悪だな」

 

車内に笑いと緩んだ空気が満ちる。久しぶりに笑う彼女を見て、青年もひとまず安心した。

遠くの故郷で家族を失い少し前までひどく落ち込んでいた彼女なら、きっと今の事を茶化す余裕なんてなかっただろう。

今日のデートに連れ出してよかった、彼女の悲しみを少しでも紛らわせることができたならそれでいい。

 

「ロバート、カーネギーまであとどれくらいで着く?」

 

「次の角を曲がればすぐですよ」

 

「今日はずいぶんと速いな」

 

「信号に一度もつかまりませんでしたからな」

 

爺の言う通り、車が左折すると目的の劇場『カーネギーホール』のあるメインストリートだった。

爺はスムーズにカーネギーホールの車寄せに車を入れ、ドアマンの前に車を停車させる。

ドアマンがスムーズにドアを開けると、青年はするりと車から降りて彼女に向けて手を差し出した。

 

「さぁ、お嬢さん」

 

「ありがとう」

 

彼女は微笑を浮かべて青年の手を取り、車から降りる。その所作にさえ青年は思わず見惚れてしまった。

いけないいけない、青年はすぐに気を取り直すと爺やに車を動かすように合図する。車はゆっくりと動き出し、車寄せから奥の駐車場へ入っていった。

 

「今日は少し冷えるな…大丈夫かい?」

 

「そうね、エスコートしていただけるかしら?」

 

「もちろん」

 

彼女の脇に位置取り、カーネギーホールの入り口をくぐる。赤絨毯の敷かれたエントランスを抜けて会場に入る。

入り口から奥へはパーテーションで区切られており、進むにはカウンターでチケットの確認とボディチェックを受けて金属探知機のゲートを通らなければならない。

カウンターにはゴツイ黒服の男が配置されていて、受付嬢がひどく縮こまっているように見える。黒服は警備の人間らしく、物怖じしない鋭い視線を周囲に配っていた。

青年は警備員の無言の威圧感に少し苦笑いしながら、壁に掛けられた時計を見る。午後5時30分、舞台が始まるのは午後6時なのでちょうどいい時間だ。

さっさと受付を終えて、互いに一度用を足してから飲み物を買って席に行こうとプランを立てながら青年はカウンターに歩み寄った。

 

「いらっしゃいませ、チケットはお持ちですか?」

 

「あぁ、2人だ」

 

青年がチケットを差し出すと受付嬢はそれを受け取ってカウンターのリーダーにかざす。それで本物と確認できたのか、受付嬢はゴツイ黒服に合図を出した。

黒服の警備員はきびきびとした足並みで前に出ると、失礼しますと声をかけてからバトン状の探知機を取り出して体に沿うように検査する。

探知機を一通りあてた後、何事もなかったのを確認してから受付嬢はカウンターを抜けた先にあるセキュリティーゲートを開いた。

ゲートを通り抜けると、彼女は先ほどの物々しいカウンターを振り返って首を傾げた。

 

「随分と警備が物々しいわね…さっきのはただの金探とセキュリティーゲートじゃないわ」

 

「君は本当にその手のモノには詳しいね、今日のステージはあのメリッサ・ピアスが主役だから当然だよ」

 

メリッサ・ピアスはカーネギーオペラに所属する現代オペラ界では最高峰の名女優、E.L.I.Dに蝕まれ一時は見放されながらも奇跡の復活を遂げた努力の女性だ。

この世界では忌み嫌われるE.L.I.D、俗に化け物の総称にも使われる『広域低放射線感染症』は低濃度のコーラップスによって発症し、発症した人間や動物を殺すだけでなく変異させて化け物にしてしまう難病だ。

完全な治療法は存在せず初期の段階で発見して治療を施さねばでしか完治は見込めない。その短い段階を見逃せば、苦しい延命を施す以外にないのが現状だ。

そしてその延命治療がさらなる変異を呼び起こしてしまう悪循環が起きることがあり、感染してしまった人間たちはたとえ回復したとしても『感染者』というレッテルを張られて忌み嫌われて差別される。

メリッサもその例にもれず一時は女優の道を失いかけた、しかし必死でもがいて周りに自分を認めさせてきた努力と才能があり実力は素晴らしい。

その躍進と復活ゆえに敵も多く、人類至上主義者や排他的な差別主義者に狙われている。もちろん商売敵にさえも。

 

「カーネギーオペラも必死なんだよ。少し前に女優が一人、大やけどで入院したってニュースがあっただろ?」

 

「えぇ、あ、確かその女優も今回の演目に出るはずだったのよね?ダブルキャストで」

 

「そう、それがあんなことになったんだ。このオペラを快く思わない連中の仕業かもな」

 

「だからこんなに…」

 

「ダブルキャストになるハードスケジュールを一人に任せてるんだ、ピリピリもするよ」

 

週刊詩ではダブルキャストに不満があったメリッサによる犯行とも騒がれているが、青年はあまり本気にはしていなかった。

そもそも理由がない、今回の演目がダブルキャストになったのも演劇のスケジュールがハードになったための措置だ。

主催者の話では役者の疲労で演目が台無しにならないためであり、その役者たちの健康を守るために必要だったのだ。

不意に会場の端にホールの赤絨毯よりも明るい赤コートの制服を着た男性が座るのが見えた。一瞬だが指揮官クラスを示す胸章が見えた気がする。

 

(グリフィンの人だ、彼らもオペラを見るんだな)

 

このマンハッタンシティがあるU01地区に拠点を置くグリフィンは、U地区での対鉄血戦における主力部隊で精強な部隊だ。

グリフィンには自分の知り合いも何人かいるが、見たことのないアジア系の男性でU地区の支社では見かけない顔だ。

指揮官クラスならばきっと彼も有能な指揮官なのだろう、ということは傍らに控えている女性はその部隊の戦術人形なのだろうか。

奇麗な女性だ、長い金髪に黒いドレスを身にまとっており所作が落ち着いたたおやかな印象を受ける。

 

「どうかしたの?」

 

「向こうのグリフィンの制服が見えてね、知り合いかと思ったんだけど違ったよ」

 

「どこに?」

 

「ほら、あそこに」

 

青年は目立たないようにさりげなくグリフィンの指揮官がいるほうを手で示す。その先を見て、なぜか彼女は目つきを険しくした。

 

「どうしたんだい?」

 

「物騒ね、嫌な感じ…」

 

彼女はグリフィンが嫌いだ、戦争よりも芸術や演劇が好きで演出家を自称する彼女からしてみれば彼らは芸術品で戦争をする野蛮人らしい。

美しい人形たちに動作一つ一つに歴史と芸術性を感じる実弾銃で武装させて戦争をするなんてナンセンス、というのが言い分だ。

 

「彼らだって休暇くらいとるだろう。気にしすぎだよ、それにこんなに警備が厳重ならそうそう変な気を起こす奴なんて出ないさ」

 

グリフィンの幹部社員が来ているのであれば警備はより厳重だ、きっとオペラの警備に加えてあの指揮官を守るための護衛がいるのだろう。

万に一つもない、青年は彼女にそういって落ち着かせて席に座った。青年の思った通り、何事もなくオペラの舞台は順調に進んでいた。

主演女優のメリッサ・ピアスの圧倒的の歌声は心を揺さぶり、どんどんと舞台の世界に引き込んでくれるようだ。

演劇は終盤に差し掛かっている、王城の一室を模した舞台の上には4人の役者が舞台のクライマックスに移る重要な場面を熱演していた。

 

「父よ、どうかこのエヴァとの結婚をお許しください」

 

舞台の上で王子が父である王に向けて懇願する。しかし王はそれを認めない、それどころか激高してメリッサが演じるエヴァを罵った。

 

「ならぬ!お前もその女の事はよく知っておろう、あ奴に魅入られた男はみな変死しておるのだ!!」

 

「父よ!どうかお聞きください、彼らに起きたことは確かに悲劇です。しかし、彼らの死を一番嘆き悲しんだのも彼女なのです!!」

 

「そやつは魔女だ!衛兵!!あの女を捕らえよ、火あぶりの刑に処すのだ!!」

 

王の命令に衛兵はやや驚くものの、すぐに表情お引き締めて槍を手にエヴァに迫ろうとする。

その間に王子が割って入り、衛兵を止めて王に向けて懇願した。

 

「父上、エヴァを火あぶりにするというのならば!どうか私めも殺してください…!」

 

「エドワード…」

 

エヴァが許しを請う王子の肩にそっと手を触れ、舞台の正面に振り向き大きく息を吸う。そして胸の奥から響く歌声で歌いだした。

それは彼女の胸中、自身に降りかかった悲劇とそれによって生まれた誹謗中傷への悲しみ。それをもはねのけて愛してくれる王子への思いだ。

セリフの一節、一節が耳に入るたびに心が震え、体の奥底で何かが沸き上がる。熱い熱、興奮が熱となって体を渦巻いているようだ。

私もこんな風に彼女を愛せるだろうか、あの王子のように父が彼女を嫌っているわけではないが恋に障害は常につきものだ。それに屈する隣でオペラに見入っている彼女を愛せるのだろうか。

彼女はたしかに少し秘密主義だ、自分に声をかけたのも金目当てが最初だったのだろう。それでもそれはただの始まり、きっかけというだけだ。

メリッサが大きく声を張り上げ、強く歌手の韻を踏む。部隊の盛り上がりは最高潮に達し、舞台の明かりが明滅し、人型の炎が一気に燃え上がった。

燃えている人型はなんだ?あれは、王様や王子様達じゃないか?演出?いや、違う、本当に3人は苦しみもがいている!!

 

(燃えてる?本当に!?)

 

なんだ、なんだ?メリッサの歌声はまだ高らかに響いている、彼女はまだ歌い続けている。青年は混乱した、隣の彼女も同じのようだ。これは事故か、それとも演出か、わからない、おかしい、理解できない。

観客席もざわつく、みんな理解できないのだ。脚本と違うぞ、どこかでそんな声が聞こえた。その声につられて青年と彼女は振り返る。

壮年の男性は困惑した様子で声を抑えるように口に両手を持っていき、炎をまとった両手を自身の顔に押し付けてその顔を焼いた。

 

「ギャァァァァアアアアアア!!!」

 

男性の悲鳴が会場内に響くと同時にそこかしこで悲鳴を炎が舞い上がる、客席にいた観客たちが燃えているのだ、次々と発火していく。

観客たちは我先にと逃げ出そうとして次々と発火、警備の人間たちも同じように燃え上がり、会場内はすでに収拾がつかない

人型の炎がいくつも燃え上がり、床や席でもがく苦しみのたうち回っている。二階や三階のテラス席でも同じだ、観客たちが次々と発火し、炎と火の粉が空気を焼いた。

逃げようとした観客がパニックのあまりテラスから身を乗り出し、次々と降ってくる。悲鳴とともに降ってくる人型の火の玉に何人もの客が押しつぶされ、一緒になって燃え上がった。

逃げなくては、そう思って立ち上がろうとして違和感に気付く。足の感覚がない、青年は咄嗟に見下ろして気が付いた。

自分の足が燻っていた、真っ黒に焦げた両足がタキシードのズボンの裾から見えていて、合成革の靴が溶けていた。

体が熱い、息が上がる、まるで全力疾走したようなそれをもっとひどくした恐ろしいまでの熱気が体の中から全身の穴という穴から噴き出る感覚、青年の最後の記憶だった。

 

 




あとがき
事件発生、舞台はマンハッタン(再現)。劇場で発生した不可思議な事件から物語はスタートします。
原作は今でも大好きです(懐古マンの戯言)




ミニ解説

U01地区『マンハッタンシティ』
グリフィン&クルーガー社の管理する地区にある都市のひとつ、U地区の中でも復興が進んだ高層ビルの立ち並ぶ大都市。
旧アメリカのニューヨーク州『マンハッタン』をモチーフにした都市となっており、立ち並ぶ高層ビルは強い経済力を現している。セントラルパーク、自然史博物館、カーネギーホール、ソーホーなども再現されており、住民の生活も『良きアメリカ』を指標にアメリカナイズされている。
また街の北には汚染されていない広大な湖があり、マンハッタンシティ側には民間のヨットハーバー、向かいの岸には正規軍の海軍艦艇訓練基地がある。
マンハッタンシティ側の岬には自由の女神像が建築され、それを目玉にした都市の摩天楼を一望するクルーズ船が運行されている。
運が良ければ対岸の正規軍基地から訓練航行にでた正規軍艦艇を見ることもできるため、広い世代の人々に人気で常に満員である。
鉄血の暴走当時はU地区防衛における最重要拠点であり、U地区におけるグリフィンの戦力も多く集まっていて支社の注目も高い。

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