テレビには軽快な音楽とともに街のテレビ局が流す民放ニュースがテレビに流れている。
ニュースの見出しにはカーネギーホールでの連続人体発火事件が取り上げられており、発火性ガスの散布による人為的なテロとみられるというグリフィンからの公式見解が合わせて報道されていた。
グリフィンの公式発表には化け物の存在も、M16の戦ったというメリッサの姿をした化け物の事も話されていない。
それをMG34はハンバーガーショップで昼食を食べた帰り道でちらりと見た。
ホール内で確認されたミュータントの事は報道されていない、まだわからないことだらけなのだから当然と言えば当然だ
Eveと名乗ったミュータントも正体は不明。メリッサ・ピアスが変異したのか、それともただ扮していたのかもわからない。
グリフィンはこれが事件か事故か、なりすましか変異か、どちらもまだ突き止めていないのだ。
「お疲れ、どう?」
「毎度うるさい連中も今回は静かなだけマシやね」
カーネギーホール周辺の周辺を封鎖している封鎖線の前に昨日から立っているガリルは呆れたように返す、彼女も苦労しているらしい。
封鎖線の周囲はいまだに報道陣が詰めかけ、出てくる人間や人形にフラッシュとマイクを向けて何が何でも情報を得ようと突っかかってきている。
今も隙を狙ってじろじろと自分を見つめてきており、居心地が悪いがこれでも大人しいほうだ。
U05基地から応援に来たばかりのころはもっとギラギラした目つきで容赦なく被害者や出入りするグリフィン関係者にマイクとカメラを向けていた。
長居は無用と封鎖線の横を抜け、グリフィンが借り受けた空き地のほうに足を向ける。空き地にはいくつもの仮設テントが建てられており、そこで動き回っている人形たちは見慣れた顔とメイド服だった。
この区画で働いているのはU05基地からの増援部隊で、U01基地の支援として活動している。
関係者用の入り口から中に入ると、町の喧騒が少し遠のいた。テントの周囲や空いたスペースで項垂れ、涙を流す遺族たちを避けながら歩いていく。
テントの一つの中に入ると嗅ぎなれない線香の香りと押し殺した悲しみの声と悲痛な声が聞こえてきた。
保冷機能を持った死体袋の中には焼け焦げた遺体やその一部が遺品と一緒にブルーシートにいくつも並べられており、そのすぐ横で多くの遺族たちが泣き崩れていた。
ここは身元判別をするために作られた遺体安置所だ、ホールから回収された遺体の中でも身元が分からない遺体が多く集められている。
事件が起きたカーネギーホールのメインホールは旧アメリカの本物とほぼ変わらぬ2800席で、当時は満席だった。
さらに被害はメインホールだけでなく他の小劇場やエントランス、裏のバックヤードなどにも広がっており死者は1000人を超えるとみられていた。
この空き地に作られたテントの内二つがそれであり、中にはホールで亡くなった犠牲者の遺体を遺族がマスクと手袋をして本人かどうか一つずつ確認している。
無ければ落胆とどこか安心した表情で部屋を出ていく、そして見つかればその場で泣き崩れる人もいる。
確認しに来た遺族の傍らにはU05基地の面々が一人付き添い、彼らに寄り添いながらもクリップボードに遺体の身元を確認したサインを促すのだ。
遺体が見つかれば、事件が収束し次第火葬による除染を行ったうえで遺族に引き取ってもらうことになる。宗教上の理由で拒む家族もいるが未だに事件の全貌が明らかになっていない以上これは必要な処置だ。
もし埋葬した墓でまた燃えたり、化け物になってしまえばそれこそ死者を冒涜する悲劇となる。それだけはどうしても避けたいのだ。
「9A91、交代よ」
「あ、はい…」
遺体安置所の片隅で記録用紙をはさんだクリップボードを抱えていた9A91は、一瞬呆けたような表情をした後はっと我に帰った。
場の雰囲気にのまれていたのだろう、無理もない話だ。9A91の顔色は幾分か青白くなっており、呼吸が少し浅い。
普段の制服ではなく作業服に身を包んでいた彼女は、MG34にクリップボードを渡してふらふらとテントの中から出て行った。
この仕事はただ戦うよりもつらい仕事だ。これまでも死体を扱ったことはあったが、これほど損壊した大量の遺体を扱ったことはなかった。
「34、空いてるか?」
「はい、大丈夫です」
自分の担当する人が来るのを少し待っていると、同じように資料を持った白ワイシャツにスラックス姿の奏太が老女を連れてやってきた。
彼も同じように遺族の付き添いをしてきたのか疲労の色が濃い、別の仕事も抱えているのに空いた時間を使って働いている。
ホールの安全を確認してから死体を回収、捜査の主導権のあるマンハッタン警備部に現場を追い出されてから丸一日ずっと遺族たちと向き合っている。
U01基地にもっていかれなかった証拠や痕跡を正規軍の知り合いやアウトーチにあるハンターオフィスに届けるために家族を向かわせ、一人だけ残って指揮を執り続けているのだ。
捜査から追い出されたことはどうでもいい、そもそも偶然手伝いに来ただけということになっているしこの街のこともよく知らない。
原因が何であれ化け物の類ならばどのみち出番が来るし、いつものパターンで戦っていたら自分たちだけ残ってたなんてこともあるだろう。今は自分なりに調べながらただの手伝いをしていればいい。
妹たちが絡んでしまったことは不幸だったが、ここでいきり立っても何も好転しないのは身をもって知っている。
「この方の確認を引き継いでほしいんだ、別の離せない仕事が来ちまってな…」
「了解です、行きましょうか」
「はい…」
「頼む、では失礼します」
奏太は老女に頭を下げると、少しふらつきながらもテントから出ていく。MG34は女性に誰を探しているか聞いて、まだ見ていない遺体を順に回ることにした。
老女が探していたのは孫、まだ8歳の女の子でホールに務めていた両親を訪ねていて事件に巻き込まれた。
自分がそれを送り出した、差し入れの自家製コンソメスープを入れた水筒を持たせてホールの入り口で別れたのだ。
両親の遺体は不幸にも、そして幸いにもIDが燃え残っていてすぐに見つかったらしいが少女だけが見つからなかった。
最初は生きていると思いたくて、必死で病院や周辺を探し回ったが見つからず、最後の望みをかけてここにやってきたという。
「あぁ…ここにいたんだねぇ…アンナ…」
5つ目の死体袋の中に彼女の孫はここにいた、中に入っていたのは液体による火傷跡が残る指に絆創膏が残った左腕と手に握った蓋の空いた空っぽの水筒。
見つかった場所はバックヤードにある給湯室の中だった、おそらくスープを注ぐマグカップなどを探しに入ってそのまま発火したものと考えられる。
腕を発見した周囲にはスープの汚れが散らばっており、腕にもスープの汚れがこびりついていた。おそらく、体の炎を消そうとしてとっさにスープを頭からかぶったのだろう。
「ごめんね、ごめんねぇ…熱かったよねぇ…こんなことなら冷製スープにしておけばよかった…こんなことなら…」
「お婆さん…その…」
何か声をかけようとしてMG34には言葉が見つからなかった。
「あぁ…ごめんね、取り乱しちゃった。この子は、アンナの体は…」
「すみません、回収できたのはこれだけでした」
「そう…うん、間違いなくアンナだよ。この水筒は私が渡したものだし、ほらこの指、ピアノのし過ぎで最近タコができちゃっててたの。
とっても痛いはずなのに無理してもっとひどくしちゃってね、この絆創膏だって私が付けてあげたの。ありがとうねぇ、これでみんな寂しい思いをしなくてすむよ」
またこの言葉だ、MG34は胸の奥がチリチリするような感覚を覚えた。無責任に攻め立ててくれるほうがよっぽど気が楽なのに落ち着いている人ほど、年配の人ほど、みんなお礼を言ってくる。
そういわれるたびに胸の奥がチリチリと燻るようで気持ちが悪い。体が残っているだけマシなのだ、こうして弔ってあげられるだけでも幸運なのだと。そう言われるたびに胸が苦しくなる。
「アンナ、迎えに来たよ。パパとママも待ってるよ、おうちに帰ろうね」
まるで日々の送迎に来ただけのように老女はアンナの手を愛おしそうに撫でて彼女を迎えようとしている。
その姿が見てるだけで苦しくてMG34は顔を背けたくて仕方なかった、こんな風になるはずじゃなかった、こんなのは間違っているはずなのだ。
何もなければきっとアンナは生きていて、老女に撫でられてうれしそうにしていただろう。両親も一緒になって何気ない日々を過ごしていただろうに。
立った一夜でそれはかなわない夢になって、彼女から大切なものを奪ってしまった。
「ご自宅までお送りします、手続きは外の受付に。この書類に記入して提出してください」
老女にクリップボードに挟んでいた受取書を渡し、外に誘導する。外に出て受付の近くまで送ると、老女は深々と例をしてから受付に並びに行った。
お礼なんて言われる立場でも何でもないのに、自分は救えなかった立場なのに、そう思うとやるせない。
「失礼します、こちらに身元不明の遺体が集められていると聞き及びまして」
「はい、そうですが…あなたは?」
「失礼しました。わたくし、ワトキンソン家の執事を務めておりますロバート・ソンと申します」
「わかりました、ご案内します。何か特徴などがわかれば多少は絞り込めますが」
「それは…いえ、隠しても仕方がないでしょう。わたくしはポール・ワトキンソン様とイン・コルダお嬢様を探しにまいりました。
インお嬢様は…お伝えし辛いのですがですが、鉄血製の人形です。二人は隣り合った席で座っていたはずです」
「席の場所は、できればその方の型番も」
「驚かれないのですね?席はE09と10だったはずです。型番は分かりません、そこまでは聞き及んでいなくて」
「そういう方もいらっしゃるのは知っていますので、Eの…あぁ」
そういえば変わったのが一つあったな。MG34は記録していた身元不明の遺体リストからそれらしいケースの遺体を一つピックアップした。
全身が燃えて判別できない遺体が二体、互いに強く手を握り合っており片方の女性人形らしい遺体からはボロボロの鉄血製と思しき部品が見受けられた。
製品番号や型番は消されていたがこれは市内に隠れ住む暴走を免れた鉄血製人形たちの間では珍しくない隠蔽工作で、個人所有機体にもみられるから特に問題視はされずこちらに回ってきた。
U01基地の見解では、隠れて生活していた暴走していない鉄血製人形が偶然巻き込まれただけという見解のようだ。
遺品は少なかったが椅子の足元に転がっていた婚約指輪の箱が手がかりだとして一緒に届けられていた。
「今は同じ被害者です、詳しくは聞きません。ほかには」
「ポール様は今日、プロポーズをする気でした。婚約指輪を持っているはずです」
「…該当する遺体があります、こちらへ」
MG34はロバートを思い当たる死体袋へ誘導して蓋を開く、中にあったのは互いに強く握りあった男性の左腕と女性の右腕。女性の腕は人形の物で部品が飛び出している。
座席に残っていたのはこの腕だけで、足元にすすけた指輪の箱が残っているだけで他はすべて燃えていたそうだ。
腕はいくらほどこうとしてもほどけず、よりひどく損壊することを恐れて一緒にしていた。
ロバートはMG34から渡されたビニール手袋をはめて恐る恐る腕を持ち上げ、次第に涙が溜まっていく両目でしっかりと見極めようとしていた。
「インお嬢様とポール様です、この腕時計はインお嬢様にポール様が送ったものです…こちらを開けても?」
「どうぞ?」
ロバートは一緒に保管されていた結婚指輪の箱を開く、そこには飾り気のない銀色の指輪が納められていた。
「…間違いありません、これも、ポール様の…」
「そうですか…この書類にサインを、外の受付にもっていってください。お悔やみを申し上げます」
「いいえ、こうして安否を明らかにできただけでも幸運でしょう…これで旦那様にご報告ができます」
あぁまただ、なんでこの人は私たちを責めようとしない。いっそ怒鳴ってくれればこっちも気が楽なのに。
ロバートは死体袋の前に膝を着いたまま目を閉じて、静かに十字を切る。クリスチャンなのだろう。
(死体が見つかるだけ幸運、か。たしかにこんな世界じゃそうか…)
思えばこの世界はコーラップスという生物を化け物に変えてしまう液体で汚染され、その上で核兵器も撃ちまくったのだ。
核なら死体なんて一瞬で消し飛んだだろう、コーラップスなら溶けるかE.L.I.Dになって勝手にうろついてどこかに消える。
そうなったらどうなる?残された人たちは『生死不明』という希望と絶望を長きにわたり抱えて生きていくことになる。
生きている望みがあるならと延々と探し続ける人だって出てくるだろうし、それで身を亡ぼす人間も出てくるだろう。
犠牲者たちが絶対に望まない負の連鎖がそこにはある、それを考えれば『その人は死んだ』という証拠が見つかるのはまだ救いがあるのかもしれない。
もしかしたら自分の妹もそうなっていたかもしれなかった。もしU06の指揮官の死体が見つからなかったら、化け物になった痕跡が少しでも見つかったら。
そう考えると妹がどんな行動に出るか手に取るようにわかる、きっと怒り狂うだろうし、ひどく悲しむだろう。
仇を討とうとして無理をして、愛する人を楽にしてあげるために無理をするに決まっている。そんな姿を見たら、きっと自分も黙ってはいられない。
そのような遺族は数多く、そしてその末路もまた悲惨なものだ。そうおもうと他人ごとに思えず、MG34も彼の後ろで両手を合わせて冥福を祈った。
◆◆◆◆◆◆
ハナから聞く気がないのにどうしてこういうやつは呼びつけたがるのか。
先ほどまで会談していたU01地区の指揮官であり、U地区を束ねる支部長であるロバート・マクラファティのめんどくさそうな雰囲気を思い出しながら夢子はU01基地の数あるロビーの片隅でため息をついた。
グリフィンの基地のど真ん中に鉄血のハイエンドが一人でいるのは傍から見れば異常だろうが、マクラファティに嫌味を言われたと感じた職員や人形たちからは同情の視線が飛ぶだけだ。
その視線が少し嫌でふと外に目を向ければ、ガラス窓に移ったどこかくすんだ疲れの見える自分の姿にまたもやため息が出る。
どうして自分がこんなところにいるのかといえば、指揮官として基地の運営を行うフランシスが基地を離れられないために代理でマクラファティとの会議を行うためだった。
もっとも、マクラファティは会議などする気はなくほぼ一方的に仕事を押し付けられただけだったが。
(そもそもドリーマーって思われてないんじゃないかしらこれ…)
窓にはドリーマーによく似た人形の鉄血のハイエンドらしい色白な肌は日に焼けて健康的になり、体つきも健康的なプロポーションお上半身が猫背になって半眼になっていた。
今の着崩れたグリフィン制服のほうが似合う哀愁漂うドリーマーの疲れ果てた姿、鉄血にいたころには考えられなかった人生に擦れた姿があった。
きっと昔の服なんて今はもう似合わなくなっているだろう、いろいろありすぎて昔のような感覚が抜けきってしまった。
「なぁ、待ってくれ!」
後ろから呼び止める女性の声に振り向く、そこには先ほどまでマクラファティ支部長の部下であるトンプソンM1928が小走りで追ってきていた。
夢子が足を止めると彼女は目も前で立ち止まり、少し言いづらそうに眼を泳がせた後に口を開いた。
「その、悪いな、めんどくさいことになっちまって。普段はあんな奴じゃないんだ、わかるだろ?イライラしててさ」
「別に気にしてないわ、要は役割分担でしょ?ちゃんと仕事はする、あなたたちが捜査に集中できるようにね」
「そう冷たいこと言うなよ、指揮官はああいったがうちらが協力しないとは言ってない」
「あら、M16達を門前払いにしたのに?」
「あれは…いや、確かにミスだな。まさか本当に本業が来てたとは思わなかったんだ、すまん」
簡単に謝るなよ、夢子は周囲の視線が少し冷たくなっているのを感じて内心毒付いた。
トンプソンは本音で謝っているのかもしれないが、ここでマンハッタン警備部の隊長格である彼女がU地区でも悪い意味で名が知れた基地からの派遣人員に謝っているというのは絵面が良くない。
ここで謝った対応をすればこの基地でのU05基地に対する印象は悪化するだろう、夢子は内心嫌な感じを覚えながらトンプソンの謝罪を受け入れるしかなかった。
(まいったな、やり辛いわね)
トンプソン自身に他意はないようなのがまたやり辛い、夢子は協力を申し出るトンプソンの言葉になんと返そうか迷って短く返答することしかできなかった。
マクラファティの不興を買わない程度の捜査協力は互いにするということで話はまとまったが、短い会話なのにさらにどっと疲れたように感じる。
早速調査しに行くというトンプソンを見送って再び歩き出した時には、足の重さが倍になったような気がした。
「おいおい、ひどい顔だな。大丈夫か?」
ロビーを抜けて正面口から出ると、正面の車寄せにハンヴィーを回してきていた奏太が肩をすくめて待っていた。
傍らにはいつもの4人ではなくM4A1を連れており、手元の資料をめくりながら車に背を預けている。
どうやら迎えに来てくれたらしい、彼自身もマクラファティには碌な応対をされていないはずだが全くおくびにも出していなかった。
「社会の理不尽さを実体験してきたからよ…よくあんなのにはいはい付き従ってたわね?」
「あれでもまだマシさ」
「どこが?つくづくあんたらに負けたのが信じられないわ」
文句たらたらで厭味ったらしい一方通行な仕事の押し付けをされただけで心底疲れてマクラファティが嫌いになった夢子だったが、長々と嫌がらせをされながら生き延びてきた奏太たちには感心すら覚える。
ほかの部隊に比べても劣悪な状態で、万全の状態で殺しにかかる鉄血のハイエンドや大部隊相手に互角以上に戦ってきたのだ。つくづくぶっ壊れてやがる、人間も人形もだ。
「その様子だとまだ気にしてたのかね、俺は悪くないと思うんだが」
「あんたもなんかやらかしたの?」
「別に。去年の予算のうち、2割がうちへの支払いになってただけだよ。臨時指揮官やってた時の給料と成功報酬だ」
「雇った傭兵で生き残ったのがあんたらだけだったとかいうやつの…滅茶苦茶なのはあんたらもか。M4、あんたは何かないわけ?」
「慣れますよ」
言い表せない達観した表情で答えるM4に、夢子はそうはなりたくないと心底思った。その顔はエリートがしちゃいけない顔よ。
「まぁ仕事は押し付けられたが、何もするなとは言われてないだろ?」
「文句たらたらだったけどね。人間の嫌味ってああもバリエーション豊かなわけ?こっちがやるから邪魔するなっていえばいいのにくどくどくどくどってさ。
別にそっちが始末したけりゃすればいいっての、横取りしに来たわけじゃないのよ?」
「言って気がすむなら言わせとけばいいんだよ、邪魔してこなけりゃいいさ」
「本部に言いつけてやろうかしら」
「やめとけ、めんどくさい。いろいろ手が速いだけ恵まれてんだ、仕事はしっかりしてるし嘘はつかない」
この地区でおきた奇怪な怪事件に本部の対応は素早い物だった、U05基地にはヘリアンからの任務が下り、U01基地との共同で捜査に当たるよう指示が出た。
U01基地のマクラファティもそれに対応し、情報漏洩対策をしながら即座に捜査本部を設定した。
その共同捜査のための顔合わせだったのだが、あの禿げ頭はそれが心底気に食わなかったらしい。
U01基地の対応は確かに素早く、周辺区域の徹底した捜索と捜査本部の立ち上がりは賞賛すべき早さだった。
だが自分たちはそこには入っておらず捜査許可と臨時指揮所の設置場所は指示されたが、捜査権や指揮権はU01基地のマンハッタンシティ警備部が握っている。
自分たちに下されたのは現場の後始末と遺族への対応で捜査に割く人員もない、それとなく捜査から外された状態だ。
「上は早くても下はまだわかってないっぽいけどね、かなり頭にきてたっぽいし。一応避難を呼びかけたけど、する気はないって」
「ま、そりゃそうだな」
夢子の危惧に奏太は苦笑し、理解しつつも首を横に振った。
調査が長引くことによる危険性は訴えて一般市民の避難を呼びかけてみたがマクラファティはそれを拒否した、それによって生じる各種被害の大きさなどが無視できないというのだ。
もし安全なはずのこの街のど真ん中に化け物が侵入してきており、しかもオペラを襲撃して1000人以上の死傷者を一晩で積み上げた凶悪な相手となればどんな素人も危険性に気付くだろう。
そうなればマンハッタンシティは大パニックになる、そこからどう転がるか予想がつかないしEveと名乗った化け物にとってはまたとない好機となる。
現状では下手に情報の公開や住民避難などを計画するのは、いらない犠牲を増やすだけなのだ。
「ササキ、集めた証拠の方で何かわかった?敵の種類とは弱点とか」
「NMCであることは間違いない。だがどれもが確認されているタイプのものと一致しないんだ、DNA、ミトコンドリアのタイプ、崩壊した細胞片も、共通点はあるんだけどな」
「新種ってわけ?」
「そこは間違いないと思う、そもそも喋れるNMCなんて聞いたこともない。スーパーミュータントやグールじゃあるまいし」
「ストレンジャーはどうなの?資料では人間に擬態するとあったけど?」
「外見だけだ、中身はそのまんまで喋ったりはできねぇよ。SRPAとオフィスの解析に期待するしかない、俺たちだけじゃ無理だ」
「時間がかかるわね」
「一日二日じゃ出ないだろうな、それにどんな解析結果が出たと所で最悪なのは変わりない。中で話そう」
なら後ろに、そう先に断って夢子は若干気になってきた視線を振り切るように後部座席に乗り込んだ。奏太が運転席に座ってエンジンをかけ、助手席にM4が乗り込む。
後部座席にはハンターオフィス監修の図鑑がいくつか放り込まれていた、おそらく待っている間も二人は何か探っていたのだろう。
夢子はその図鑑の中から、今回現れたと思われる化け物が掲載されている図鑑を引き出してそのページを広げた。
『ネオミトコンドリアクリーチャー』通称NMCと呼ばれる化け物は旧アメリカ合衆国の片隅に生息する希少な部類のミュータントだ。
モハビ砂漠のドライフィールド地方近郊にのみ生息が確認されており、情報が少なく生態系などは明らかになっていない。
目撃情報や被害報告はあるものの撃破報告は少なく、まだ多くが解明されていない半ばUMAのような存在とされていた。
「NMCに関してはまだ調査途中だ、わからないことが多すぎる」
「そんなのE.L.I.Dも一緒でしょ、今更よ。殺せるんなら良いわ」
そうかい、奏太はハンヴィーのアクセルを踏んで道路の上を走らせながら肩をすくめた。おそらく仮設の指揮所に向かっているのだろう。
「しぶといし厄介だがな。ネオミトコンドリアは文字通り、進化の過程で突然変異した新種のミトコンドリアだと考えられてる。
従来の種よりも狂暴で強力、共存関係を塗り替えて生物をネオミトコンドリアが主となるNMCに変異させるんだ。
それもバリエーションは様々で変わった能力を兼ね備えた厄介なヤツだ。だが普通のウィルスとは違って感染力は高くない、まず自分の免疫力が勝つ、統計ではね」
「なら感染拡大の恐れはないってことですか?」
「確実とは言えないが、経験でいえばYESだ。NMCの多いドライフィールドは健在だし、町だってある。何度も攻め込まれてるが発症者は僅かだな。
前に別の町に出てきたこともあったが変異したのはそいつだけで、周囲に感染が広がる兆候はなかった」
「運が良かっただけかもしれないわ」
今回のケースもそれで終わってほしいと思いたいが、集団人体発火という状況はそれを否定する証拠になりえた。
ネオミトコンドリアはホール内で蔓延し、人間に感染した。それをEveが操り、一気に客を発火させたとも考えられる。
M16たちの証言ではEveは何らかの超能力を操っている節が見られた、その一端がネオミトコンドリアの操作かもしれないのだ。
「そうだ、だがオフィスの調査でネオミトコンドリア自体の感染能力は低いこともわかってる。ミトコンドリアはウィルスじゃない、空気感染のリスクは気密性のある閉所でなければあっという間に失うくらいだ。
だがこいつには最悪なところがある、有効な薬や治療法がないことだ。ミトコンドリアを殺す薬はいくらでもあるがそれは人体にとっても有害だし元からあるミトコンドリアも殺しちまう。
人間の体はミトコンドリアとは共存関係にあるからな、どちらか片方が欠けただけでお互いに長くは生きられん。
人形も例外じゃないぞ、もし感染したら体ごと取り換えるか、自分の免疫とミトコンドリアが勝ってくれるのを祈るしかない」
「つまり風邪薬と栄養剤を飲んで寝てろってこと?」
「まぁ…そんなもんだな。薬は効かないが良い物食って寝るしかない。寝てれば変異を自覚することもないしな」
「つまり私たちは爆弾を常に抱えたまま戦わなくちゃいけないわけね。もし感染して悪化すれば、ネオミトコンドリアは感染者のミトコンドリアをも変異させて急速に変異する、そうでしょう?」
「どっちかっていえばスパイ…いや民衆か」
「大きな問題はそこだけじゃないわ。どういう経緯でメリッサに成りすましたのかよ。
私にはどうも狙っていたような気がしてならないの、M16たちの言う通り知性があって何か狙ってると思う。あなたの経験も経験したことがない何かをね」
「なんでも知ってるなんて思っちゃいねぇよ。メリッサが端から入れ替わっていたのかはわからない。どこかで感染したのかもしれん、感染は低いがゼロじゃない」
「それも含めて調査する必要があるわね。もし感染なら感染源がいるってことになる、第2、第3のEveが出てくるかもしれないわよ?」
「感染源…となるとやっぱりストレンジャータイプが?」
M4は歩道を歩く一般市民たちに目を向けながら言う。ストレンジャーは人間がネオミトコンドリアに感染した場合に一番変異しやすいNMCだ。
人間と裸の鶏を合体させたような醜悪な姿をしており肉食で狂暴、また短時間ながら変異前の人間の姿に擬態できる。
資料によればあくまで擬態であり頭の中にはNMCのままなので黙っていればバレない程度の偽装でしかない。
この中に本性を隠して隙を窺っているNMCがいる可能性もある、もしそんなことが知れ渡れば町は一瞬でパニックになるだろう。
カーネギーホール以上の騒乱が街中に広がるとなれば、何が起こるかなんて一目瞭然だ。少なくとも今扱っている死体袋の数が倍以上になり、最悪の場合それ以上の化け物が街を練り歩くことになる。
そのど真ん中に自分たちが置かれる光景を想像したとき夢子は思わずゾッとした。
あとがき
なんてことだ、もう助からないぞ♡(割とガチ)というわけで後始末、被害がやばいです。都市のど真ん中でテロったからね。
あれだけ派手にやったので当然死人やけが人だらけです。当然グリフィンにとってこんなことやられたら面目丸つぶれもいいところです、ただでさえ鉄血相手に困ってるところにこれですもの。
後半のNMC及びネオミトコンドリアに関しては奏太たちにとって一般に知れ渡っていること、手探りでかなり中途半端な感じと考えてくれればいいです。
NMCに治療法がないのは割とガチで、原作でも治療の話がめったに出てこない。なので現在はないことにしました。
なお余談ですが実はPE2とFONVは舞台が同じモハビ(モハーヴェ)砂漠です、この世界はさらにハードだぜ(呆れ)