ソレは生まれた理由を知らなかった。ソレは何をするべきか知らなかった。ソレは何でここに生まれたかすら知らなかった。
でも母がいたことだけは分かる、自らを捧げて自分を生み出してくれた母、自分に溶け込み栄養となった愛しき母。
でももういない、母は自分になったのだ。母は自分に命をくれた、でもそれ以外はくれなかった。知識はあった、でもどう使えばいいのかわからなかった。
自分はどうすればいいのだろう?何をすればいいのだろう?誰も答えてくれない、この煉獄の炎の中には誰もいないのだから。
ここには誰もいない、自分以外の生命体はみんな燃えてしまっていた。唯一、自分と同類のように見えた者たちもすぐにいなくなってしまった。
だから、何もなくてまどろむしかなかった。もうここに見るべきものは何もない、けどどうしたらいいかわからない。
何かが来た、母を殺そうとした人間もどきよりもはるかに強そうな機械の兵隊たちだ。自分を取り巻く炎に屈することなく武器を携えて迫ってくる。
ふと空を見上げれば、空にも機械の兵隊がたくさん飛び回っていた。母の残した知識からそれは軍隊の人形達だとわかる。
ということ母を痛めつけた者たちの仲間か、次は自分を殺しに来たというわけか。
だったら戦わなければならない。
ソレは煉獄と化した街でまどろんでいた、なにも敵がいないゆえに、何をするかわからなかったゆえに、無知であったゆえに。
だからそれを見つけたとき目覚めたのだ、自分の敵を見つけたとき理由を見つけたのだ。
一体どんなふうにすればいいんだろうか?そう考えて、それはにやりと笑みを浮かべた。
◆◆◆◆◆◆
グリフィンのV-22オスプレイが避難所となっていたパーキングエリアから飛び立っていく、それを守るように周辺を飛び回っていたレシプロ戦闘機が引き上げていくのを一度だけ見上げ、ナインは一人緊張に顔を歪ませながらはやる気持ちを抑えてじっと監視を続けていた。
Eveの作戦が実行されたあと、一通り楽しんだ後にマンハッタンシティから離脱して不安要素であったグリフィンの監視を行っていたのだが、相手の出方がとにかく予想できなくてどうしたらいいのかわからなかったのだ。
おそらく偵察兼対地支援機であろう古臭いレシプロ戦闘機の機銃掃射がいつ来るかとナインはひやひやしっぱなしだった。
マンハッタンシティの崩壊からいち早く抜け出し、今一番気が抜けない集団となっているグリフィンの生存者を監視していたが救援らしい飛行編隊を見たときは、反撃に出るのかと思ったくらいだ。
(まったく、どこまで用意がいいんだ?あの連中は)
V-22オスプレイ2機と古臭いレシプロ戦闘機3機の小規模編隊だが、V―22に燃料と救援物資を満載し車用の充電装置を下ろした時はここを拠点にする気かと勘繰った。
周辺では散らばったグリフィンの部隊が銃すら使わずにNMCを血祭りにあげ、疲れているのかボーナスだのなんだのと軽口をたたいていた。
グリフィンの反撃に備えて潜伏させていたNMCをことごとく見つけ出して狩り尽くしているあたり普段から慣れているのが見て取れた。
赤のメッシュの入った白い髪の少女がナイフを両手に握り、その後ろを守るように緑メッシュ黒髪をした姉型機と思われる人形が手斧を振りかざし、二人でストレンジャーを軒並み膾切りにしていく姿はまるで消耗しているように見えなかった。
その二人以外にもVz61短機関銃の2丁拳銃使いと人形とイングラムM10短機関銃使いのコンビネーション、日本刀で大立ち回りする金髪の人形、バイザー付きヘルメットをかぶった狙撃手など、基地を放棄するまで戦っていたはずなのにかき集めたNMC達が全く歯が立たず倒されてしまった。
おかげでグリフィンがとどまるパーキングエリアの周囲に張り巡らせていた包囲網は完全に穴だらけになっている、完全に想定外だ。
(明らかにほかの人形たちとは別物だ。明らかに手慣れてやがる、普段から相手にしてないとあの落ち着きは身に付かねぇ)
NMCの中では低位のストレンジャーやただの変異体が主だとしても、U01基地を壊滅させるには数を揃えれば十分だった。
それがほかの基地からの派遣部隊一つには手も足も出ていない。今は生存者たちの車に充電と給油を真っ先に始め、随時撤退作業を行っているが、本当にこのまま撤退してくれるかはわからない。
もし生存者たちだけを逃がして、街に戻ろうとされたら止める手立てはない。正規軍にはほどほどに苦労してもらわなければならないのに、ここで援護なんてされてしまったら作戦がうまく機能しないかもしれない。
それは何とか回避したいがかといってここで攻撃を仕掛けるには遅すぎた。
(読めない。こいつら、本当に何しに来たんだ?)
相手の意図が全く読めない、どれだけ警戒しても足りない不安要素だとナインは確信していた。
≪ナイン、聞こえる?≫
「お嬢?こちらナイン、悪い、ちょっと気が抜けねぇからあとにしてくれねぇか?」
≪何かあったの?完全体の様子が知りたいの、軍が出てきたのでしょう?≫
「あぁ…悪い、すぐに準備する。少し待ってろ」
≪何があったの?≫
ナインは設置しておいた端末を手に取ると、マンハッタンシティに残してきたドローンと通信をつなぐ。
その作業をしながら、何と答えればいいか迷って少し口ごもった。あのグリフィンの動きがわからない、どうこたえるべきか迷っていた。
◆◆◆◆◆◆
「あれが完全体?なにあれ気持ち悪い」
崩壊していくマンハッタンシティの中で行われる正規軍とネオミトコンドリア完全体との戦闘を映像越しに見ていた少女は、危険を冒してマンハッタンシティ近郊で通信を中継し続けているナインに悪いと思いつつも思わず呟いていた。
既に戦端を開かれてから2度ほど地面にたたき落されたネオミトコンドリア完全体だったが、そのたびに変異と進化を繰り返して成長して今では女顔の筋骨隆々とした成人ほどにまでなっていた。
発達した四肢、筋肉が隆起し鍛え上げられた女性体で臀部には巨大な尻尾のような男性器官がうねり真っ赤なビームを放っている。
周囲を包囲する正規軍部隊はその間も情け容赦なく銃撃と方位攻撃を続けているが、その弾幕を強引に突き破っては発達した四肢や尻尾のように尻から生えた男性部分で正規軍のサイクロプスやイージスをなぎ倒し、ケリュネティスの集団やテュポーンをレーザーで薙ぎ払う。
その光景は正規軍が圧倒されているようにも見えるが、破壊されたらそれ以上の数が上空を旋回している輸送機からどんどん投下されていていまだに戦闘は終わりそうにない。
「なんか艶めかしいというかなんというか…あとなんか暴れすぎじゃない?」
≪正規軍の火力なら小細工なしで殺しきれる。オリジナルはお前の妹にボコボコにされたじゃねぇか?≫
「それやったのEveさんだし、あの子もあの子だから…ところでさっき気が抜けないって言ってたけどどういう意味?」
≪あぁ…グリフィンの連中、こっちのこと勘づいてたかもしれねぇ≫
「どういう意味?グリフィンが気づくはずないわ」
ナインの言葉にマヤは首を傾げるしかなかった。今回の作戦がグリフィンに漏れる理由が思いつかなかったのだ。
≪あっちのお嬢が計画を変えたのはグリフィンの連中が手練れを突っ込ませてきたからだ。U05基地の連中、想定以上にやりやがる。
そんな連中がマンハッタンシティ警備部の対テロ部隊を始末した後にいきなりだぞ。いくら何でも早すぎると思ってな。
だから撤退の前に、ちょいとグリフィンのサーバーにハッキング仕掛けて少し調べてみた。もしかしたらと思ってよ。そしたら怪しいのが出るわ出るわだ≫
「それなら聞いたよ、武器も練度も全く違ったんだよね?でも正規軍とのつながりが強いグリフィンなら、そういう指揮官を採用しててもおかしくないでしょ」
≪いやそんな程度じゃねぇ、タイミングが良すぎらぁ。お嬢が騒ぎを起こした時、U05基地の外に別基地の知り合いがいたんだぞ?こんな偶然があるか?
しかもだ、外からその様子を見て真っ先に連絡したのが自分の基地じゃなくて、U05基地にいる自分の姉貴だとよ。その連中の個人的な連絡でグリフィンの対策部隊が動いた。
それだけじゃない、この街の支社にお嬢を追い詰めた部隊が最初からフル装備でいたんだよ。ヘリまで持ち込んでだ、しかも別任務とかでもう一部隊、外に居やがった。
できすぎてると思わねぇか?あっちのお嬢もだからあんな無茶しやがった、シェルターの一部を丸ごと子宮にして自分を成長促進剤にするとかな≫
「…まさか?内通者が?」
≪そこまではまだ分からん、だったらなんで三日もまごついてたかわからん。だが注意したほうがいいだろうな、時間を与えると俺たちと真っ向勝負できそうだぞ≫
「わかった、こっちも注意しとく。そっちもほどほどで離脱して、これから定期チェックだから支援できないし」
≪了解、撤収する≫
ナインは通信を切る、マヤは白を基調としたきれいな壁に多くのモニターが埋め込まれた管制室の椅子に背を預けて天井を仰ぐ。
壁と同じく清潔にされた白い天井と明るい傾向とを見上げながら、マヤは自分たちの仲間や科学者たちの名前を思い浮かべた。
頭の中で思い描くのは誰もが気心知れた連中だ、裏切り者がいるとは思えない。そうであれば、おそらく彼ら自身が教えてくれるはずだ。
そうでないのなら裏切っている可能性は低い、あるいは完全に自分が騙されていることになる。
もし完全に騙されているならあきらめもつくが、何か見落としているのならそれは是正しなければならない。計画が破綻するのは絶対にあってはならない。
「これで本当によかったの?マヤ」
唐突にかけられた心配そうな言葉、思案を巡らせて集中していたマヤは背筋がゾッとして飛び上がりそうになった。
慌てて振り返ると、そこには大きな鎌を携えて目に制御装置のようなものを付けた白い人形が心配そうに眉を八の字にしながら立っていた。
「白さん、黙って忍び込まないでくださいよ…」
「ごめん、心配だったから。でも心配して正解だったみたいね。これはあなたの好むやり方ではないはずです」
「そうかな、私はこうしたほうがやりやすくなると思っただけだけど?派手でわかりやすいし、証拠だって勝手に消してくれるしね」
「そのためにこれほどの犠牲を?」
「そうだね、気にしてないよ。関係ない人だし、嫌いだもん」
「…今はそれでごまかされてあげましょう」
「白さん?」
白い人形は廊下に出るドアの前で立ち止まり、少し振り返った。
「本当に嫌いだったりしたらそんな風に苦しそうにしたりしないものです。無理なさらぬよう…」
白い人形はそれだけ言うと廊下の外に出ていく。マヤは彼女が出て行ったのを確認してから、大きなため息をついてから自嘲気味に笑って、顔を俯かせて視線を下に落とした。
(嫌いなのは本当、Eveさんだってそう。ここにいるのはあの人のおかげだけど…)
許せないという気持ちはある、怒りが、憎しみが、この身を焦がすような何かが体中にほとばしり胸を焦がす。
Eveの事は嫌いだった、自分を利用して世界をめちゃくちゃにしようとしたのが気に食わなかった、死んでせいせいしたといえば事実だ。
だがそれでも、すぐそばにいた彼女がいないと思うと少し寂しいし、自分が今犯した攻撃で失われた命の数と生まれた悲劇を想うと胸が苦しい。
やりたくなかった、やらなければよかった、やっちゃいけないとわかっていた。
今回の攻撃でどれだけの不幸がまき散らされたかなんて数えたくもない、自分も同じ苦しみを知っているから当事者たちの苦しみがわかってしまってどうしようもなかった。
「…定期チェック、しなきゃ」
自分をからめとるような気配から逃れるように席を立つ、廊下に出ると白い人形はおらず人気のないリノリウムの廊下が広がっているだけだった。
敵的な掃除で清潔を保たれた廊下を抜け、エレベーターで目的地のある回まで降りる。降りた先の廊下にある分厚い隔壁の前に立つと、壁に備え付けられたキーパッドに暗証番号を入力する。
何重にもロックされた隔壁が開き始め、仲から肌を凍らせるような冷気が噴出して彼女のほほを撫でた。
隔壁に付いたドアをくぐり、この部屋に安置された機械から漏れる冷機で冷え切った室内用に常備してあるコートをメンテナンス用のロッカーから取り出して羽織る。
機械と配管が縦横に走った奥に長い室内には人間一人を収めても余裕がある大きい棺のようなポッドが14個、2列になって安置されており静かな機械音とともに稼働し続けていた。
何度も往復した見慣れた室内を見渡し、メンテナンス用にすべての機会に繋がった制御盤を稼働させて現在の稼働状況を確認する。
「やっと一歩前に進んだよ」
そのポッドの一つ、今や荒れ地と化した国の国防省のシンボルマークが入ったポッドに手を当てる。
ポッドの中を覗き込むガラス窓の奥に眠る、自分と同じ顔をした女性の霜が張った寝顔を覗き込んで胸が締め付けられるような気分になった。
何度見ても、何十回見ても、この気持ちは全く薄れない。じくじくと疼く悲しみ、吹きこぼれそうな怒り、そのすべてを呑み込む。
これも同じだ、何度もやってきた。でも何度やっても慣れることはない。
「だから、もう少しだけ待っててね。お姉ちゃんが必ず助けるから、頑張るから」
静かに、何度口にしたかもわからない誓いを立てる。最愛の妹に言い聞かせて、何よりくじけそうになる自分を奮い立たせるために。
あとがき
というわけで今回の事件はいったん終了、最後は黒幕のお話。つまり今回の事件はとある組織の活動のための陽動作戦だったというわけです。
同姓同名の人が感染するとか完全に出来すぎですもの、意図的じゃなけりゃどんな奇跡だ。
不完全燃焼な終わりですが、戦力的にも設定的にも『生き残る』にはグリフィン部隊が取るのは逃げの一手しかありません。
今回出てきた彼女は混ぜたほうの原作にも登場する立派な原作キャラでルートによっては…という感じなので出演させていただきました。
原作をやった方にわかるように表現しますと『この世界ではマンハッタン封鎖事件が起きていて、隠しエンドが存在する状態でノーマルエンドを迎えて続編に続いた』感じです。
なおこの状態で一番割喰ってるのはグリフィン、被害はひどいし変なのにマークされたりと良いことがまるでありません。
原作でも割とそんな立ち位置な気もしますから今更でしょうがね。この世界は狂ってる上に人間もろくでもない計画をわんさか計画してたりしますし。
ちなみに最後のアレ、わかる人には多分わかるでしょう。あの国はとことんやらかす運命なのです。
新作もあれはあれで面白くはありましたからリアルでも複雑でしたね…(しみじみ)