U05基地の化け物ハンター   作:イナダ大根

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仕事が終わらん!くそったれぇぇぇぇ!!お待たせしましたァァ!!あと容赦はしない、いつも通りグロ注意。


第1話・捜索3

 

U08基地の地下は地上とはまた別の意味で荒れ果てていた。かつてのグリフィン基地の清潔な空間、あるいは鉄血の基地内のような無機質な雰囲気のどちらでもない。

所々にへばりつく有機的な何か、そして湿った重苦しい空気にイングラムM10は胸がざわつくような感覚がしてならなかった。

周囲からまるでみられているような視線を感じ、それが気のせいだとわかっても気色悪い感覚がぬぐえない。

廊下のそこかしこにひっかき傷があり、何かが破裂したような跡、もしくは波打つ何かがにあるのだ。

これまで見たことがない有機的な、肉の繭のようなものだ。大きさはおおよそ人間と同じくらいだ。

 

「あぁ、あぁ、なるほど。やらかしたな、部屋はどこだ?うん、了解だ」

 

指揮官は無線でM14とやり取りをしながら、器用に肉の繭をよけながら進んでいく。

廊下のそこかしこにへばりつくピンク色の肉の塊を見てイングラムは背筋に怖気が走るのを感じた。

そんな光景が地下に入ってからしばらく続いている、もういくつ繭を素通りしたかわからない。

中から発せられる生死不明のグリフィンと鉄血の識別信号が、否が応でもその繭がもとは人形だったのだと分からせる。

きつい、イングラムは電脳がちりちりと痛むような感覚がして思考にノイズが走っているような感覚に悩まされていた。

指揮官はそんな光景を気にも留めず、静かにゆっくりと歩を進めながら足元に落ちている毛を手にとってはゆっくりと進んでいく。

 

「下はコクーンだらけだ、刺激しないようにしないとな―――あぁ、了解」

 

「し、指揮官、これ、なんなんです?」

 

いつもと様子の違う指揮官に気後れして問いかけられなかったイングラムに代わり、M4が小声で問いかける。

指揮官は少し考え、疎ましそうに肉の繭を見つめると小さく答えた。

 

「コクーンだ、中にキメラが入ってる。どうやらスピナーの巣窟になっちまってるらしい。グリムだろう、元戦術人形のな。あまり騒ぐな、刺激したら襲ってくるぞ」

 

「キメラ?グリム?なかに、それって!?」

 

指揮官の答えに血の気が引くような感覚を覚え、繭の中から発せられるIFFをスキャンする。

思えば信じたくなかったし、やりたくなかったのだろう。無意識のうちに拒んでいたのだろう。

今までいくつも繭を通り過ぎていたが、IFFをまじめに読み取ろうとはしなかった。

戦術人形である自分には肉の塊の中にいるナニカが発するIFFが確認できる、その中に誰がいるのかも。

 

「スオミ……」

 

先ほどの繭の中から感知されたIFF、それはU地区偵察隊のスオミKP31の物だった。

まだ生命反応はある、生きているのだ。咄嗟にイングラムはナイフを繭に突き立てようとする。だが、指揮官にそれを制された。

 

「駄目だ、もう手遅れだ」

 

「そんな、でも!」

 

「だめだ」

 

「指揮官、なぜです!?まだ、まだ生きてます!」

 

「騒ぐな、刺激したら―――」

 

「でも!!」

 

まだ助かるかもしれない、そう思うとイングラムは諦めきれない思いでいっぱいだった。

いつも助けてくれる、どんな時でも手を差し伸べる指揮官が今日は冷徹見えて仕方ない。

それがいけなかったのだ、のちになってイングラムは後悔することになった。

イングラムの叫びに呼応したのか、コクーンが大きく鼓動したのだ。

 

「スオミ!」

 

「あぁ、くそ、刺激した……」

 

コクーンが鼓動し、周囲が途端に騒がしくなる。最初は生きているスオミが気付いたのだと思った。

でもすぐに違うと感じた、コクーンは全体が鼓動している。中からスオミが暴れているという様子ではない。

それに周囲のコクーンも同じように鼓動し始め、さらに廊下の奥と入り口から騒がしい足音がどたどたと響いてきたのだ。

 

「すまん市代!ヤツラを刺激した、出てくるぞ!!」

 

「指揮官?何が?」

 

無線機に短く怒鳴り、ガリルを構える指揮官にイングラムは困惑しながら問いかける。

彼はイングラムをコクーンから引きはがし、自分の背に隠しながら叫んだ。

 

「グリムだ、くるぞ!!」

 

ぶちぶちぶち、と肉の繭が破け、中から汚い廃液を思わせる液体が噴出して全員の服にはねる。

生暖かい羊水のような液体、その中に直立するスオミのIFFを発する長身のひょろ長い化け物に3人の瞳はくぎ付けになった。

戦術人形らしいきれいな肌はガサガサで気味の悪いテカリを放ち、ひょろ長い手足には鋭い爪が伸びている。

所々ひきつった皮膚が破けていて、変異した肉体の中に埋もれた部品が鈍い光を放っていた。

それに顔がおかしかった、口は鋭い牙を持ちながら裂け、明らかに人間でも人形のモノでもない怪物の怪しく光る目が左右にそれぞれ二つ並んでいる。

スオミKP31の面影はほとんど残っていない、ただ体に身にまとうぼろきれになった服とIFF、そして羊水に交じって地面に落ちたサブマシンガンがそれを証明していた。

コノバケモノハ、スオミダッタノダ。

 

「うらぁ!!」

 

奇声を上げてとびかかってきたグリム化したスオミを指揮官は左のこぶしで顔面を殴りつけて地面にたたきつける。

思い切り殴りつけられたグリムは、地面に生々しい破砕音を立てながら倒されて動かなくなった。

 

「ひ、ぁ、あぁ!!」

 

「ぼさっとするな、来るぞ!撃て、寄られたら殴れ!!奴らは柔いが力が強い、気をつけろ!!」

 

次々とコクーンがはじけ、同じようにぼろきれをひっかけたグリムが次々と廊下に出てくる。

それだけではない、廊下の奥、上階のほうからもどたどたと足音がして、グリムが大挙して全力疾走してくるのが見えた。

すべてのグリムから鉄血とグリフィンのIFFが発せられている、すべて元は人形だったのだ。

イングラムは咄嗟に銃を構えて、指がひきつるのを感じた。撃てないのだ、元仲間と考えただけで、指が動かない。

 

「なんで、どうして!?」

 

「指揮官、指が動かない、動かないよぉ!」

 

M4も、SASSも同じだった。フレンドリーファイアは解除されているのに引けない、グリムは次々と迫ってくる。

FMG、TMP、FNFAL、80式、イサカM37、MG5、PK、スチェッキン、M590、RFB。

認識するたび、理解してしまうたび、イングラムは息が詰まり、肩が震え、思考がエラーで埋め尽くされた。

撃たなければ殺される、八つ裂きにされてしまうかもしれない。いや違う、イングラムは脳裏に最悪の結末が思い浮かんでしまった。

 

(私も、アレニ…)

 

元は戦術人形だったグリム、つまりそれは、自分もそうなってしまうという事。あれにつかまるとアレになる。

指揮官の言っていた何かに感染して、肉の繭に包まれて化け物にゆっくりと変わっていく。怖い、怖い、いやだいやだいやだ!!

 

「撃て、命令だ!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあっぁぁぁぁあッ!!」

 

叫んだ、がむしゃらに、命令に従って引き金を引く。こんなことは初めてだった、ただ何も考えずにただ撃ちまくった。

 

「互いにカバーしろ!俺に続くんだ!!」

 

指揮官がいち早く銃撃し、グリムの胴体に銃弾を叩きこんで道を開ける。撃ちながらイングラムたちはついていくしかできなかった。

撃つ、ただ撃つ、走り寄ってくる元同胞を撃って撃って撃ちまくる。情けないくらいに泣きわめき、声を枯らしながら。

 

「市代!二人を連れてヘリポートに!!IDWは市代を援護しろ!!」

 

「まだ来る!どうして、なんで!!」

 

「ついてこい!邪魔だクソが!」

 

メイド服のボロを来たグリムを指揮官はマチェットで切り裂き、飛びかかってきたのを蹴りで抑え込んで弾いて奥に足を進める。

指揮官の背中を見ながら、イングラムはひたすらに撃ち続けながら彼についていく。

がむしゃらだった、マガジンを何度交換したかわからない。残弾すら頭から抜け落ちた、

撃つ、ただ撃つ、弾が切れたらマガジンを入れ替えてひたすらに撃ち続け、気が付けば、すべて打ち切った状態で見覚えのない部屋にいた。

 

「は?」

 

バカみたいな声が自分の声だと気づくまで時間がかかった。どこかの倉庫を改造して、飼育用の檻を詰め込んだ部屋。

その檻に背を預け、弾の切れたイングラムの引き金を引きっぱなしにしてしりもちをついていた。

 

「気づいたか?ここなら安全だろう。連中もここは手を出さなかった」

 

「こ、ここ、は?」

 

「檻だ、馬鹿どもがやらかしたな」

 

指揮官が先導した入った部屋、その中には動物の檻が所狭しと置いてある鉄血の基地にしては異様過ぎる部屋だった。

人間を捉えていたような痕跡はなく、檻の中には餌の桶、ボロ布、あるいは円形の運動具やおもちゃなどが散乱している。

まるで何かを飼育していたようだ。こんな地下で鉄血が何を飼育していたのだろう、イングラムは鉄血の事を考えようとしてふと思う。

自分たちは鉄血をどこまで知っているのだろう?これまで何度も戦ってきた鉄血だが、逆にいえばそれだけだった。

何とか落ち着いてきた思考回路がエラーを排除し、ゆっくりとだが正常に回り始める。

弾の切れた銃に最後のマガジンを叩きこむ、これが最後。ふとSASSとM4に目を向けると、同じように再装填する彼女たちもうなづいた。

全員が最後のマガジン、余裕を残しているのは指揮官だけ。その指揮官もかなり撃ったに違いない。

指揮官は壊れた檻に躊躇なく足を踏み入れて、手を伸ばすと中に残った毛をつまみ取り匂いを嗅いだ。

 

「やはりウォッチャーのだったか」

 

「ウォッチャー?」

 

「クリーチャーの一種だ、モスクワ辺りに多い四つ足の毛むくじゃらだ。だがそれだけじゃない」

 

指揮官が指さす檻、これも内側からこわされているが押しにウロコのようなものが引っ掛かっている。

魚のうろこにしては大きく、ぬめりはない綺麗な青い色をしたウロコだ。

指揮官はうろこのある檻に近寄ると、中を見分し、ボロ布の中から綺麗な状態のうろこを取り出した。

傷一つない綺麗な青、そして鱗に刻まれた生き生きとした紋様にイングラムは思わず目を奪われた。

 

「綺麗、こんなの見たことがない」

 

「ランポスの鱗だ。中型の恐竜だよ、見た目は黄色い嘴に真っ赤なとさかがトレードマークの青いラプトルだ」

 

「恐竜!?」

 

「遺跡から出てきたやつらだ、向こうじゃ珍しくもない。ここはいろいろな奴らのにおいがしみ込んでて、あいつらも何の縄張りだか分らなかったんだ」

 

だから避けてるのさ。指揮官はウロコをこちらに差し出す、イングラムはそれを戸惑いながらも受け取った。

グリムが避ける動物のうろこ、そう思うとまるでお守りのように感じた。

 

「まだあるな、これは!!?」

 

「指揮官?」

 

「くそったれのリストだ、読んでみろ」

 

彼はリストをイングラムに手渡し、別のリストが挟まれたクリップボードに目をやる。

イングラムは受け取ったリストに目を落とすと、それは確かに檻の番号と収容されていた動物の名前、現在の体調云々が記されていた。

よくある飼育日誌、あるいは引き継ぎ簿のようなものだろう。鉄血がこんなアナログな形式でやっているとは驚きだが。

 

「ラーカー、クンチュウ、ゲッコー、ウィラメッテホーネット?」

 

「指揮官の話に出てきたミュータントの名前じゃないですか、なんで鉄血がそんなリストを…まさか?」

 

「壊れた檻、食べかけの餌、無いよりマシの生活空間、あまり信じたくないです」

 

その通りだ、イングラムはリストに掛かれている名前と特徴を読んで確信する。

これは指揮官がかつて対峙したことのあるミュータントの名前、思い出話としてたまに聞かせてくれていたのだ。

どうして鉄血がそんな名前をリストにつけているのか、そもそもここはどういった場所なのか、イングラムは指揮官に問いたい気持ちで一体になった。

指揮官ならば何か答えてくれる、それが真面目なことであれ、冗談交じりであれ、胸に走る焦りのような感情を抑えられるはずだ。

だが、その逸る気持ちはリストを見つめる指揮官の背中から発せられる感じたこともない威圧感にかき消された。

自分は人間ではない戦術人形なのにもかかわらず、まるで見えないオーラが発せられているかのように指揮官の周囲が歪んで見えた。

 

「し、指揮官?」

 

他の二人も感じていたのか、恐る恐るM4が彼に問いかける。彼は答えない、じっとリストを見つめ、抑えきれないとでもいうように小さく呟いている。

 

「デスクロー、ライブラリアン、イャンクック、ブリザードチェイサー……ふざけやがって!」

 

「指揮官!?」

 

ついに彼は怒りをあらわに怒鳴るとファイルと地面に叩きつけた。そして力任せに、それこそ怒りの矛先を向けて頑丈そうな檻を殴りつけた。

檻の格子がまるでワイヤーでできているかのように歪み、大きな金属音をがなり立てる。

こんな指揮官は今まで見たことがなく、全員が絶句してしまった。敵地であるにもかかわらず怒りに任せて暴れるなんて今まで考えられなかったのだ。

恐ろしい、イングラムは思わずそう思ってしまった。敬愛する指揮官であるのにもかかわらず、今の彼を恐ろしいと感じていた。

 

「し、指揮官?」

 

「あぁ、あぁ、すまない。くそ、バカなことをしてくれたもんだ」

 

「鉄血が、ですか?」

 

「あぁ、これはやばい。こんな奴ら生け捕りにするだけでも相当な金と人手がかかる。

どこのバカだ、ただの野盗なんかじゃだめ、空賊も…ええぃ、ネームドか!?よく足元見られなかったなぁ!!

向こうでもやばい奴の名前がずらりと並んでやがる、しかもここにいるはずの奴も一匹たりとも残ってないときた

下も確認しなきゃな、こいつらはもっと下の檻に閉じ込めてるらしい。行こう、生きてるなら始末する必要が―――待て、何かいる」

 

檻の奥、おそらく倉庫に続く扉だろう。指揮官はその扉にゆっくりと近寄っていき、中に入る。イングラムたちも戸惑いを覚えながらも彼に続いた。

やはり倉庫だ、どうやらこの檻で飼育されていたミュータントたちの餌やそれに使う機材を収めていたのだろう。

市街地の富裕層用ペットショップで売られている合成素材の餌や、乾燥肉、ペットフーズの袋が山積みにされている。

他にも業務用冷蔵庫、加熱用の調理器材、緊急時用らしき火炎放射器とガスボンベがいくつか。他にも様々な小道具が保管されている。

蛍光灯がいくつか壊れており、中はところどころ薄暗い。その奥まったところに、もぞもぞと動く影がある。

グリム?いや、それにしては小柄だ。イングラムはライトを取り出すと奥まったスペースを照らした。

 

「ドリーマー!?」

 

壁の角にうずくまるようにして一体の人形、それは鉄血製戦術人形の中でも高位位置するハイエンドのあられもない姿だった。

ドリーマー、かつてU05にてSPAR小隊を追撃して来たハイエンドの一人。

いたぶるのが大好きで、相手の望みや欲を壊すのが好きだと豪語した、傲慢でドSな人形だ。

イングラムは自然と腕が持ち上がり、反射的に銃を構えて撃ち殺そうとする。

その腕を指揮官の腕が力任せに押さえつけ、無理やり銃を取り上げた。

さらに同じように銃を向けたM4とSASSに、自分の体を盾にするようにしながら命じた

 

「撃つな!」

 

「しかし、指揮官!」

 

「やめろ、よく見るんだ」

 

指揮官の有無言わせぬ表情に、3人は気圧された。今日は普通じゃない、あまりにもおかしなことばかりが起きすぎる。

 

「いや、いや、やめて、もういや…」

 

小さな悲鳴はドリーマーのモノだった。今の彼女はボロのグリフィン制服を身にまとい、体中傷だらけの怯える少女にしか見えなかった。

何より痛ましいのは、酷く暴行を受けた痕跡が見受けられたのだ。殴られ、蹴られたような拷問の後ではない。女性の尊厳を踏みにじるような痕跡が。

改めて見つめることで知る異様な光景に、M4やSASSも呆気に取られて敵意が緩む。

 

「やめて、こないで、たまごはもういや、やだ、やなのぉ……」

 

「大丈夫だ、助けに来た」

 

「うそ、うそ、たすけなんてこない、たすけなんて、みすてた、あいつら、みすてた!」

 

「あいつら、鉄血か?」

 

彼女は力なく首を縦に振る。鉄血に見捨てられた?ますますありえないだろう。イングラムは目の前の謎の存在に思考が空まわっているような感覚を覚えた。

わからない、ここに来てからいつにもまして訳の分からないことが起き続けている。

 

「たすけにきたのに、あいつら、なんども、わたし、なんども、いや、もういや、いや……」

 

「大丈夫、グリ……いや、俺はハンター、笹木一家の笹木奏太だ」

 

「はん…たー?」

 

「見慣れないかもしれないが、ほら?」

 

ドリーマーは彼が見せたハンターオフィスが発行するハンターのライセンスカードを見て、それをまじまじと見つめる。

 

「はんたー、でーた、かくにん、ばけもの、ごろし?」

 

「その通り、だからもう大丈夫、俺が来た」

 

にかり、と指揮官は笑った。それが本物かどうか確かめたのか、それとも何か感じたのか、彼女は安心したように気を失った。

指揮官はその彼女の体をやさしく抱き留め、寝息を立てるドリーマーの頭をやさしくなでる。近くにあったボロ布を床に敷くと、ゆっくりと体を横に寝かせた。

 

「すまない」

 

一言彼は謝り、ドリーマーのスカートを一瞬だけめくって内側をさらけ出し、すぐに戻した。

一瞬だけだがすぐに全員が理解した、酷く傷つき、変色した彼女の股座は、何度もソレを行わされた傷があった。

信じられない、信じたくない、イングラムは次々とやってくるショッキングな光景にまた思考がパンクしかけていた。

 

「どういう、こと?ここは鉄血の基地のはずです、そんな…」

 

「母体にされたんだ、現地に適応したクロウラーを産むためにな。グリムは本能だけで動く、野生動物だ。

ましてや、まとめ役のハイブリッドの姿が見えないこの環境。増えるための手段は、まず一つだ」

 

「それは、でも、人形にそんな機能は―――」

 

「クロウラーは卵生だ。人間だの人形だの、男女すら奴らには関係ない。グリムはただ卵を植え付けるだけなんだ」

 

指揮官は気を失ったドリーマーの体を触診し、所々顔を顰める。

 

「感染はしてない。だが酷く衰弱してるし、体もボロボロだ。何度も、産まされたんだろう」

 

「産まされたって…キメラって、いったい何なんですか?」

 

イングラムの問いに、指揮官は少し考える。

 

「ざっくり言えば寄生虫のくそ野郎だ。いいだろう、ヤツラが落ち着くまで少し時間が掛かる。準備しながら授業と行こうか?」

 

指揮官はバックパックから少し分厚い手帳サイズの本を取り出し、ページを開くとイングラムに手渡した。

 

「図鑑ですか?」

 

「簡単な奴だけどな、こういう説明には役に立つもんだ。キメラ、こいつは厄介でな。虫野郎とは言うが本質はウィルスなんだ」

 

「ウィルス?」

 

「キメラウィルスと呼ばれてる。意志を持ったウィルス兵器だ、とはいえウィルス自体はもうこの地球の環境では生きられない。大気汚染がひどすぎるんだ」

 

「なら、ここなら生きられる?」

 

「いや、内地の環境でもここでは無理だ。グリーンゾーンレベル、推定1950年代くらいの大気出ないと無理なんだよ。だから、奴らは対策してきてる」

 

指揮官は先ほどの図鑑の中にある写真、ゴキブリとフナ虫を合体させたような虫を見るように言う。

彼は倉庫の片隅に放置されている火炎放射器にボンベを取り付けながら説明を続けた。

 

「こいつがクロウラー。こいつらはキメラウィルスの運び屋で、大群で押し寄せて人々に襲い掛かり口や鼻から侵入して感染させる。

感染した人間や人形はほとんどの場合昏睡状態に陥り、ウィルスによってキメラ生物に改造されていく。

遺跡を作った誰かが、あるいは何かが残していったパンドラの箱の一つだ」

 

「薬は?」

 

「ある、ワクチンがな。だが数がない」

 

指揮官は戦闘服のポーチを探り、いつもの黄色いアンプルケースではなく青いケースを取り出す。

SRPAと書かれたケースを開くと透明な薬液の入ったアンプルが5本入っている。

 

「それに初期段階にしか効果がない、変異が進んでしまったら無意味だ」

 

「もっと手に入りますか?」

 

「正規軍なら数はそろえているだろう、ブレイク大佐に問い合わせればいい。俺の名前を出せば分けてくれる、知り合いだからな

こいつが最初に発見されたのはロシアの遺跡。あの時も大きな戦いになったが、それは後で話そう。

キメラの生態にはおおむね3段階ある、繁殖、再編、そして侵攻。進むたびに凶暴かつ強力になる。

図鑑と今までの説明でわかると思うが、キメラが増えるには素体、そして母体がいる。

素体が何か、そして母体が何か、それは君たちも薄々理解しているだろう?」

 

指揮官の言葉に3人は口をつぐむ。そして先ほど指揮官が仕留めたFMG9のIFFを発していたグリム。

その感染源となったクロウラーは人形を感染させるために特化したものかもしれない。

なら、それを可能にする一番手っ取り早い方法となればなんだ?

 

(そういう事……)

 

胸糞悪い、イングラムは自分の表情が酷く歪むのを感じた。鉄血のハイエンドといえど、化け物にいいように弄ばれるなど考えたこともなかっただろう。

 

「さっきも言ったが、連中は汚染された環境に適応するために、適応している生物の腹を借りることにしたのさ。

お好みの機材がない場所でも十分増やせるように、現地調達できて、かつ再利用可能な手段をな。

クロウラーは卵の状態で母体の体内に寄生、体内から遺伝子情報を読み取り、今の大気に適応する。

それは誰でもいいわけじゃない、キメラの技術に耐えられる肉体と遺伝子を持った生物でなければならない。

母体がクロウラーを産み、それを素体になる人間あるいは人形に寄生させ、変異させることで完全なキメラになる訳だ」

 

つまりここで動き回るキメラの大半は元鉄血兵、あるいはグリフィンの人形たちの成れの果てということ。

 

「だがまだ最初なら大したことはない、グリムになるのが関の山だ。クソみたいな感染症ってだけだ」

 

「どういうことです?」

 

「続きは歩きながら教えてやる。キメラの怖い所、技術を持ったクリーチャーの恐ろしさをな」

 

指揮官は調整したバックパックに取り付けるようにしてボンベを背負い、火炎放射器のノズルを調節する。残りの3本もM4、イングラムに背負わせる。

もう弾が少ない今は、これは貴重な武器だ。扱いなれていないが、それでも。

 

「SASS、ドリーマーを頼む。一応手を縛って、電脳を直結されないように気を配れ。

イングラム、M4、燃やすぞ。ここにはヤツラ好みの機材があり過ぎる。もう手遅れかもしれないが」

 

基地は大丈夫かな?ふと指揮官がため息を漏らした。基地には彼の恋人が二人、もう少しすればもう一人も帰ってくる。3人とも同じハンターだ。

それでも心配なことは心配なのだろう、イングラムも同じように基地に残っている仲間たちが心配になった。

 




あとがき
ザ・グリムショー!という訳で第一弾『RESISTANCEシリーズ』よりキメラ、グリムさんのご登場です。
長かった。化け物が売りなのにここまで出せなくなるとは思わんかった。
でもここからはノンストップ……できればいいなぁ、なんかこう、こだわっちゃうし。
あとドリーマーファンの人、ごめんなさい。心を折るならこれくらいしないとって思ったの(ゲス顔)
とりあえず第1話はここでいったん区切り、あとは消化試合です。次は一度基地に戻って別の事件を追うか、いったん休みを入れます。
さてこのグリム、本家もそうだけど生まれる光景が非常に後味悪いです。原作に後味悪くないクリーチャーはいませんがね。
ここでも後味悪く、かつ独自に設定を加えさせていただきました。この世界におけるゴブリン枠の一匹なので、こいつらも放っておけば勝手に増えます。
本家はぜひやってみてください、マッチョな漢と化け物の戦争だけど鉄血と戦う戦術人形の気分に浸れますよ(武器的な意味で)



ミニ解説(原作じゃなくてこの世界版です、原作はぜひご自身でチェックしてみてね!)

キメラ
出典・RESISTANCEシリーズ
第3次世界大戦後、崩壊したロシアにて新たに発見された遺跡内から出現した、ビーム兵器などの超ハイテク装備を手にした謎の生命体。
異常なまでの新陳代謝で治癒能力に秀でているものの、その対価として体温が非常に高く背部に備え付けた冷却装置なければ長生きできない。
その正体は『キメラウィルス』によって変異し、遺跡内のキメラ改造センターで改造された人間の成れの果て。
出現当初はクリーチャーらしい凶暴性とクリーチャーらしからぬ超ハイテク兵器を武器に攻勢に出て、近隣の街を襲撃し勢力を拡大していた。
しかしコーラップス汚染と放射能などの環境汚染が取り巻く環境、また各種クリーチャーやモンスターの襲撃に適応しきれず、個体生産数の減少、個体の病死や兵器の故障に悩まされ徐々に衰退。
またキメラの出現に対応した街の自警団やハンターの反撃により満足な襲撃もできなくなり、改造元の素体を手に入れられず勢力は自然に縮小。
さらにキメラの生態を重く見たオフィスがハンターを集めてキメラ化の治療法確立および遺跡破壊作戦を実行、キメラに決定的打撃を与える事に成功する。
最初の拠点である遺跡さえも破壊されたことにより、各所に散ったキメラは小さな改造施設付き拠点を作り人攫いをしながら野盗の様に潜伏し活動している。
ある程度組織だったキメラはほぼすべてがらしからぬハイテク兵装を持ちで、陸路を行くキャラバンには『ハイテクレイダー』として脅威と認識されている。
しかしハイテク装備を勝手に作り出す旨みが強いクリーチャーとしても認知されており、オフィスにはハイテク装備を求める依頼が常にある人気者。
またキメラ製ハイテク兵器はその威力などから人気で、銃器技師によって改修されたタイプが出回っている。
なおなぜキメラはハイテク装備を作れるのかという疑問は未だに謎である。


グリム
出典・RESISTANCEシリーズ
第3次大戦後、崩壊したロシアで新たに発見された遺跡内から出現した謎の生命体『キメラ』の一種。
長身で細身、やせ細ったヒョロヒョロの体が特徴。耐久力も見た目相応だが、すばしっこく細いわりに力が強い。
主な攻撃は発達した両手のカギ爪による攻撃、あるいは打撃の近接主体。
野盗化したキメラの中から突然変異で誕生したキメラの中のクリーチャー。
従来のキメラのような改造センターでの手術や冷却装置を必要としない現地対応型。
知性は低く、野生の本能そのままに生きるのだが従来のキメラと違い自然繁殖が可能。
グリムの有するキメラウィルスはクロウラーの卵に変化する特性を持っており、グリムの一部は常に卵を体内に宿している。
その卵を男女区別なく選別した現地の環境に対応した人間あるいは人形の体内に産み付けることにより、宿主の遺伝子情報を読み取り現地に対応したクロウラーを生み出す卵に変化するのである。
そしてクロウラーを幾度となく出産、別の個体に寄生させることによって勢力を拡大し、一定の勢力を経た後改めて従来のキメラ製造を始める先兵的役割を持つ。
新設集落や野盗、空賊基地の登竜門といった立ち位置としても認識されている厄介者。


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