顔を上げ、上半身を起こして辺りを見回す。海だ。海原と青空、入道雲、じりじりと照り付ける日輪。それだけの世界に俺はいる。
夢、と片付けたいが五感はリアルを痛感していた。疑う余地は隙間もない。
……大体ここはどこだ? 無人島とも言い難い辺鄙な砂浜しかない。大きさは目測で直径20メートル前後だと思う。楕円型で……太陽の位置から考えると俺の位置は南側か。
ああ、糞。髪の毛が塗れてるせいで鬱陶しい……髪? 俺の髪は、こんなに長いか?
前髪をかき上げた己の手を見つめる。どう見ても小さい。そして色白だ。海水で湿り、砂がついてる。服は――、セーラー服っぽいデザイン。喪服のように黒く、襟などに赤いラインが走っていた。髪の毛を掴み、長さの検討をつける。腰に届くくらいか? 色素が抜け落ちたかのような白。病的とも言える。
この姿には痛烈なまでの覚えがある。
「……菊月?」
何故、俺が菊月に。TS? そりゃ確かに願望はある。ってことは、やはり強い望みが結びついた夢なのか? フロイト的何たらとか言う奴。
……まあいいか。どっちでも。夢なら覚めるし、現実ならそれでいい。リアルへの未練はない。
「オヤ、マダ艦娘ガイタノカ」
一人完結する俺を他所に、妙なカタコトの声がかかる。
出所を見れば……レ級が。いつの間に……つーか金色帯びるフラグシップって……いや、お前実装されてないだろ。
「先程ノ落伍者ダナ、止メヲ刺シテヤロウ」
「まあ待て、いったん落ち着こう、な?」
なーんでこんな奴がこんなところに。運営に苦情を出したい。
「沈メ」
問答無用――まさにその言葉を体現したかのように、レ級は容赦なく俺に向けて主砲のマズルフラッシュを焚く。
爆発さながらの速度で高速徹甲弾が差し迫り――あ? なんだ、やけに遅いぞ。スローモーションみたいだ。何だこれ。
面白いからそのまま観察してたら砲弾は、奴の狙い通りかは知らんが右肩にぶつかった。
炎と熱と光が溢れ出し、身体を這う……俺は凄まじいまでの熱に焼かれ――ない。痛みもない。衝撃もない。俺は棒立ちのままだ。大げさなのは周囲で舞う炎と広がる爆炎だけ。
本当、何だこれ。
「……貴様、ドウシテ生キテイル?」
「そんなこと言われましても」
煙が晴れ、顕在する俺にレ級は眉根を顰める。聞くな。
「シャラクサイ!」
俺の返答におかんむりなのか、レ級は土怒気と苛立ちを微かに表情に混ぜて拳を作り、殴りかかってくる。
「だから待てっつってんだろ」
俺もいつも通りの感触で地面を蹴って近づく。それだけなのに景色が物凄い勢いで流れ、レ級の背後に立っていた。
「ハ?」
「帰れ」
特に力も籠めず優しくバチン、と奴の右頬を引っ叩く。顔の肉が面白いように拉げ、レ級は空の彼方にすっ飛んでいった。
「……なんで?」
誰か教えてっつっても教えてくれないんだろ。いいよもう。面倒だし、考えても疲れるだけだし、気にしないでおこう。
あ、レ級の奴……パーカー落としていったな。儲けモンだ、貰っちまおう。こいつを着てれば深海の連中もレ級と勘違いして、迂闊に絡んでこなくなるかもしれん。
寝たいだけ寝て、目が覚めた。変わらぬ世界がそこに在る。妙なことに寝起き特有の喉の渇きがない。空腹もだ。こちらの世界に来てたから何も飲み食いしてないのに。
排泄も、然り。
つまるところ……今までの出来事から推察するにこの身体、かなりぶっ飛んだ設定になってる? それこそ一撃男とか戦闘民族とか黄金の獣とか……いわゆるチート特典モリモリ。
「うーん、実験」
軽く――本当にかるーくジャンプしてみた。途端ゴオッ、と耳元を劈く風圧の音響、即座に目の前が真っ暗に――否、世界が闇になる。
空気のない真空。眼下に青い地球。呼吸はできないが、別に苦しくはない。宇宙は放射能やら何やらが吹き荒れるらしいが、肉体の方も問題なし。
「……ジャンプでこれか」
『また強くなってしまった』とかってレベルじゃねぇぞ。この分じゃ物を掴んだだけで粉々になりそうだな。それがタングステン――オリハルコン――小豆バーでも。
さしずめ、菊月改∞……ってか?
無重力を漂いながら溜息一つ。もう帰ろう……。さっきからどっかの国の宇宙飛行士が目ン球引ん剝いてこっち見てるしさ。
「ぴーす」
別れの挨拶をし、俺は地球に向かって再度飛ぶ。空気摩擦で真っ赤に燃えて大気圏に突っ込むが、服は燃えないようだ。良かった。あ、着陸する時の事考えてないや。
「やば」
地表が迫るけどもう遅い。音速で地面にぶち当たり、土砂が弾けた。頑強な岩を緩衝材にしても深々と砕いていき、ようやく勢いが衰える。
しっかしなんと派手に……クレーターってやつは本当にできるんだなあ。とてもデカい。隕石一つで恐竜が滅んだってのも納得がいくね。
「ナ、ナンダ!? れ級ガイキナリ空カラ……!」
「待テ、ヨク見ロ! 艦娘ダゾコイツ!」
なんや、瓦礫からわらわらと深海棲艦共が溢れてくる。ははあ――どうやら連中の基地の真上に堕ちたようで。
「参ったね」
血相変えて攻囲してくる強面。エリートにフラ、鬼と姫。結構なメンツだ。奴らの要衝か? イベント海域の類かもしれん。
「仕方ない……どうせ一撃だ」
「!?」
後ろから来たイ級を振り返らず、手だけで抑えつけ地面に打ち据える。それを皮切りに重巡共が全主砲一斉射を敢行。それらをパンチ連打で弾き返し処理、すかさず奴らへと肉薄した。貫手をリ級の装甲に叩き込み、刈り取るような足刀がネ級の首を跳ね飛ばし、チ級から奪った魚雷を束ねてル級をぶん殴る。
「ファランクス」
次はヲ級が放つ深海の艦載機。その雲霞の有象無象へ突きつけるのは、米国生まれ、日本育ちの
猛然と吐き出される機銃弾が光の帯を作り出す。それに絡み取られた機体は瞬く間に炎に包まれ、四散していった。
毎秒刻みで続々と転がっていく死体。それらを踏み砕き、群がる奴らを俺は無感情に払い除ける。最後の一体が積み重なった死骸に沈むのと同時に、静観していた姫が動く。
「駆逐艦風情ガッ!!」
有機物めいた艤装から生えた掌を握り締め、俺の頭部を殴りつけてきた。
しかし――それだけ。この菊月の矮躯は姫の一撃を悠々と受け止め、揺らぎもしない。
「なんだ、そのへっぴり腰は」
がら空きの奴のボディへ、左手は添えるだけ。そんで、ちょっとだけ力を込めて、強靭で凶暴な生命力に満ち足りる姫の肉体を穿つ。
――ドォン、と腹の底に響く重苦しい轟音と共に。
分厚い躯体を砕いてもなお衰えない衝撃波は、遥か後方の雲海にすら巨大な穴を開け、海をカチ割った。
姫の意味のなさない言葉に釣られるように口から蒼黒い血がゴポリ、と零れる。めり込んだ拳を引き抜くと、溢れ出る大量の鮮血が海を汚す。姫の瞳から生気が薄れていき――その巨体は海面に倒れ伏した。
「オ前ハ……チガウ。オ前ハ、断ジテ、コノ世界ノ船デハナイ。コノ私ガ、マルデ歯ガ立タナイナンテ、在リ得ンノダ。証拠カ? フフ、アルサ。コノ結果ガ、何ヨリノ答エダ……」
今度は己の意志とは関係なく海の底へと堕ちていく姫。その先にあるのは、また深海の冷たい鬼か再浮上を夢見る艦娘か……。
「お前は、強すぎる」
最期の明瞭な言葉を残し、姫は海底に没した。
登場人物
菊月改∞
何もかもが可笑しい特殊仕様。
ステータスは不明。ヒトの範疇で測定できるレベルを軽く超えている。無理やり数値化するなら「不可説不可説転」
レ級フラグシップ
悲願のフラグになるもビンタ一発で飛ばされる
姫
防空棲姫と同じ能力を持つ姫。名前はない。命もない