やはり俺の入院生活はまちがっている。   作:青木々 春

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こうして、比企谷八幡は彼女と出会う。

雨が好きだって言う人がたまにいる。

少し前の俺なら、周りと違った俺カッケーと思ってる中二病みたいな奴が言ってるだけだと嘲笑していたのだろうが、今なら分かる。

 

曇天のせいで太陽が顔を隠しており、電気がついた部屋でも暗い雰囲気が包んでいる。

ぽつぽつぽつと静かに聞こえる雨音は、まだ小降りのようだ。

 

きっと普通に学校へ通っていたら雨が好きだなんて思わなかった。

普段通りの雨は鬱陶しいことこの上なくて、衣服も濡れれば荷物も濡れるから、きっと人は雨を嫌うんだ。

 

でも室内で感じる雨は良いものだ。

 

雨音をbgmにしながら読書をするのは、台風の影響で雨ばかり降っている最近の楽しみだ。

こんなセンチメンタルな事を思うのも、きっと雨のせいだ。そして事故による退屈のせい。

 

俺、比企谷八幡は、高校の入学式に車との事故に遭った。

 

我ながら自分の不運さに笑うが、それがつい一週間程度前のことだから実感がわかない。

つまり今俺は入院中だ。当たりどころはよく、後遺症だとかは残らないものの、事故は事故。

怪我は身体中いたるところでしており、今現在絶賛治療中だ。

 

特にキツイのが、足を動かせないと言うこと。

 

足の片方の骨が完全に骨折しており、車椅子生活中だ。

本から目を外し、ベットの横に目を移すと、病院で借りている車椅子が確認できる。

 

こいつを使わなければ一人でトイレにも行けないんだ。

なかなか厄介なことになったもんだな。

 

そう思いながら俺は車椅子に乗り込む。

 

最初は看護師さんや小町に乗るのを手伝ってもらっていたが、今じゃもう慣れたものだ。

器用に手で車椅子を手繰り寄せて、足を使わず、手を使い、体を捻りながら車椅子に座る。

別にトイレに行きたいわけじゃない。ただ外に出歩きたくなっただけだ。

 

出来るだけ出歩かないようには言われているんだがな…。

 

ただ流石に引きこもりの俺でも、一日中暗い部屋で本を読んでいるのは耐えかねない。

せめてゲームでもあればなぁ…。まぁまだ入院生活一週間も経っていないんだ。

最低限のものしか持ってこれてないんだよな。今度小町に頼んでおくか。

 

「よっと…」

 

手で車椅子を押しながら前へ進む。

部屋を出て、右側に一つ病室を挟んですぐトイレ。左は階段だのエレベーターだの色々ある方向だ。

迷わず左に進む。よし、休憩所にでも行くか。

 

 

 

 

各階には休憩所がある。

今まさに俺が向かっている場所だが、別に何があるわけでもなく、患者や見舞いに来た人が使える休憩所だ。

ウォーターサーバーに、自動販売機。ソファに雑誌がある程度の場所だ。特になにかがあるわけでもない。

 

ただ一つ気に入っている理由がある。

 

その休憩所には大きな窓があるのだ。

すごく見晴らしが良く、千葉の隅から隅までを見渡せるんじゃないかと言うぐらい大きな窓が。

そして遠くの方に見える海もまた綺麗だ。

 

入院三日目くらいだったか。

手術とかがひと段落して、あとは時間経過での回復を待つと言うことになった時、この休憩所の窓を見た。

正直景色にここまで圧倒されるとは思わなかった。初めての体験だった。

 

人生で初めての大掛かりな手術の後だったから、尚更だったのかもしれない。

 

ここまで綺麗なのかと。

他の階の休憩所も全部回って見た。しかし最上階のこの階が一番綺麗だった。

 

だからなんだと言われたらそこまでだが、とにかく俺は綺麗だと言うことを伝えたいんだ。

やはり千葉は最高だと。良い街だと。…あれ?なんか伝えたいことが変わっているような…。

 

「っと、ついたか」

 

適当な事を考えながら無心に手を動かしていたら、いつのまにか休憩所についた。

にしても歩けば1分も掛からないものを、車椅子だと何分もかかるんだもんなぁ…。

早めに足が治ってくれると嬉しいんだがな。

 

さて、肝心な景色は…。

 

「って、そりゃそうか」

 

見える筈もないよな…。

 

太平洋を横断する大型の台風の影響により続く雨。

雨のせいでこの大きな窓からは、灰色の空しか見えない。

 

やっぱり、雨は嫌いだ。

 

なんて、掌返しが早すぎるな。

冗談だ。雨は好きだ。いずれ上がってくれるからな。

ただこの景色が見れないのは残念ではある。この雨は何日続くのだろうか…。

いつこの景色を見られるのだろうか。

 

「あなたも、ここの景色が好きなの?」

 

ッ〜!?びっくりしたぁ〜…。俺以外にも人いたのか…。

 

「あ、あぁ。まぁな」

 

いきなり話しかけられた事で、少しキョドりながら答える。

 

「そう…。私も好き、この景色」

 

「そうか」

 

 

 

 

沈黙が続く。聞こえるのはいつのまにか大降りになっている雨の音だけだ。

ちらっと話しかけてきた人の方を覗き見る。

俺と同じくらい、はたまた下ぐらいの女の子。深い青色の目。無表情の顔。

黒髪のセミロングにはバンダナをカチューシャのようにして縛っている。

美少女と言って差し支えない彼女に少しの間見惚れてしまい、すぐに目を逸らす。

俺のようなぼっちに気の利いたことなど言えるわけもなく、沈黙はまだ続く。

 

「ねぇ…」

 

だからその沈黙を破ったのは、勿論彼女の方だった。

 

「私ね、雨好きなの」

 

彼女の喋り方は何と言ってもスローペースだ。

異常にゆっくりって訳でもないのに、どこか気の抜ける喋り方。

しかし声は今にでも消えてしまいそうにか細く、透き通ったような声。

そんな彼女の声は、雨音よりも美しく、安心した。

 

「…俺もだ」

 

「でもね、この景色を見せてくれない雨は嫌いなの」

 

「…………」

 

「私って、傲慢かな」

 

彼女は無表情のまま俺に顔を向ける。

傲慢…か。たしかにそうかもしれん。

 

「傲慢ではあるな」

 

「そう…よね」

 

彼女は寂しそうに呟く。

 

「ただ普通そんなもんだろ。俺だってそうだ。都合のいい時だけいい気になって、都合の悪い時は八つ当たりするんだ。どんな聖人だろうとそういうもんなんじゃねぇの?しらんけど」

 

人間は感情豊かな生き物だ。その感情に振り回されるなんて当然のことだ。

彼女がその行いを傲慢と称すならばそうなのだろうが、これは彼女だけに言える問題じゃない。

まぁつまりそこまで深く考える必要もないってことだ。

 

「……群集心理による安心はいらない」

 

「そうかよ…」

 

こいつ、意外と捻くれてるのか?

俺が言えることじゃないが。

 

「でも、ありがとう」

 

素直にお礼を言われてポカンとしている俺をよそに、彼女はそそくさと去っていく。

何となく彼女を目で追っていると、別に何があるでもなく自分のと思われる病室に入っていった。

 

「ってか、俺の病室の隣じゃねぇか…」

 

なんとなく頭を掻きながら、再び窓に目を移す。

そこにはまだ灰色の空が広がっていた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「お兄ちゃん、小町がきたよ〜」

 

謎の彼女と会った次の日の事。マイエンジェル小町が見舞いに来てくれたのだ!

本来なら毎日来て欲しいが、小町は受験生ではないにしても、総武に入るために忙しい身。流石にわがままは言えないな。

…いや待てよ?逆を返せば小町は忙しいのに、健気にも怪我をした兄の見舞いに来てくれている訳か。

さすがマイエンジェルコマチエル。エンジェルってより女神だな。よし、ここに小町教を立てよう。

 

「ま〜たバカなお兄ちゃんがバカな事考えてるよ」

 

バカな事とはなんだ。バカな事とは。

俺は真剣に小町教の取り組みについて考えてたんだよ。

呆れた顔をしながら、小町はベットの横の椅子に座る。

 

「それでお兄ちゃん。体調はどう?」

 

「おう、まだ痛むが、だいぶ良くなってきたな」

 

元気だと腕を振ってみせる。もっとも、腕はほとんど怪我してないんだがな。

 

「よかった…。もう、今度からはあんな事しないでよ?」

 

「…………あぁ」

 

心配そうな小町の目線に耐えられず、目を逸らす。

俺が勝手にやった事だってのに、また小町に心配かけちまったな…。

俺が答えると小町は安心した表情をして、椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあお兄ちゃん、小町はジュース買ってくるから。あ、あとりんご持ってきたから食べていいよ」

 

そう言いながら小町は病室を出る。ってあいつ病室の扉閉めてけよ…。相変わらずズボラなところあるな。

 

小町が病室を出たことを確認して、りんごに目を移す。

別段その場で皮を剥いてくれるとかアニメチックな事はなく、タッパーに丁寧に皮を剥かれカットされたりんごが入っている。

 

どれ、せっかくだから一つ頂くか。

 

 

──シャクシャク

 

 

口の中にりんごの風味が広がる。

りんご特有の食感が歯を優しく刺激し、心地よい。

噛めば噛むほど甘酸っぱい果汁が口に広がり、口の中がさっぱりする。

 

……なんて、三行に渡って描写したが、普通のりんごだ。なんの変哲もない。

 

美味しく感じるのは小町成分がついてるからだろうな。

夕方ってこともあってお腹が空いていて、箸、というか爪楊枝が進む。

 

「りんご、そんなにおいしいの?」

 

夢中でりんごを食べていると、誰からか話しかけられる。

 

「お前は…」

 

そう、昨日休憩所であった彼女だ。

病室の外。つまり廊下からこちらを見ている。

ポーッとしたその雰囲気も昨日と変わらない。間違えなく彼女だ。

 

「ドア、開けっ放しで外から丸見えよ?」

 

透き通った声で、首を傾げながら言う。

 

「あー、悪い。妹が開けっ放しで出て行きやがってな。俺も足こんな調子だし、閉めてくれると助かる」

 

よく考えれば病室開けっ放しってよくないよな。

 

「りんご、美味しそうね」

 

「…………」

 

「…………」

 

こいつまさか…俺のりんごを…?

いや、そうはさせるか。これは小町の剥いてくれたりんごだ。そう簡単に渡すわけにはいかない。

いや、絶対に渡さんぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

「「…………」」

 

「あぁ、わかったわかった。やるよ」

 

仕方ない。あんだけ無表情で見つめられてはな。

 

「ありがとう」

 

シンプルにそう言って一瞬顔を緩め、少しだけ微笑んだ彼女の顔に、ドキッとする。

そんな顔も出来んのな…全国の女子が泣くぞ。

 

そして彼女は爪楊枝を手に取り、小さな口でりんごを頬張る。

 

なんだか奇妙な感覚だな。

名前も知らない人と、ぼっちでコミュ障の俺が一緒のりんごを食ってるんだ。

もっとも会話はほとんどないけどな。

 

「ご馳走さま」

 

食べ終わった彼女がしっかりと手を合わせて言う。

元々りんご1個分くらいの量だったので、二人で食べると結構あっという間だった。

少し物足りなそうにタッパーを見つめる彼女に少し笑えてしまう。

 

「今度、お返し持ってくる」

 

「え、いや、別にいいぞ?気使わなくて」

 

「その代わり」

 

 

 

 

 

 

 

「またりんご貰っていい?」

 

やっぱり彼女はマイペースだ。

いつのまにか彼女のペースに持っていかれてる。

素っ頓狂で、変な奴なのに、見惚れるほど美しい美少女。

おいおい、どこのラノベヒロインだよ。

 

「………あぁ、それぐらいなら」

 

「ありがとう」

 

しっかりとお礼を忘れない彼女は、俺に背を向け病室の扉へ向かう。

 

「私、青葉 林檎…あなたは?」

 

脈絡もなく突然名乗って、また俺を困惑させる。

林檎、林檎がりんごを食べていたのか。どうもわかりやすいな…。

 

「俺は…比企谷 八幡だ。まぁ、そのなんだ。よろしく?」

 

「えぇ、よろしく」

 

こちらに振り向きながら無表情を少し崩して笑う彼女は、まるで人形の様に美しかった。




気分転換。続くか分からない。
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