世界の理   作:mr.KIRIN

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 こんにちは!

 第3話の投稿になります。今回は男と少女、町での新たな登場人物が主なところとなると思います。また、伏線のほうも多少張らせていただいています。

 それではどうぞよろしくお願いいたします。


第3章 男と魔剣と神獣。

「貴方を放っておく訳にはいかないのです」

 先程まで浮かべていた笑みが嘘のように、厳しい眼差しを男に向ける司祭。男の傍で小さくなる少女を余所に、司祭の作り出す空気は重く、どこか息苦しい。

 

ある程度、闘いに精通したものなら分かるそれは、覚悟。

 

 

「貴方の、それは」

 

 やはり態度に微塵の変化見せない男、その背中に今も背負われるそれを指して司祭は言葉を続けた。

 

 

「……魔剣、なのでしょう?」

 

「魔剣……」

 

鋭い眼差しを外さない司祭の口から出た単語に小さくなっていた少女が僅かに反応する。

 対する男からは「ああ。その通りだ」と肯定の返答のみ。事態の説明は司祭に求めるしか少女が状況を知る術は無かった。

 

「その、司祭様、よろしければ何故お怒りなのかご説明を……」

 

「怒っている訳では無いのですよ」

 

 他に形容する例えが見つからなかった少女の質問に修正を挟みつつ「ただ、」と司祭は続ける。

 

 

 「あなたは、魔王の眷属なのでしょう?魔剣とは本来、魔王がその有能な配下の為に直接打たせた剣、と伝承にあります。そしてその剣を持つ眷属達は突然現れ、災厄を引き起こす」

「ふん……俺を何と勘違いしてるかは知らんが、仮にそうだったとして、どうする?」

 

 

 男の問いに「そうですね……」と一度悲しみを含んだ表情を浮かべ、司祭は続ける。「ここで消えて頂く他は無いかと」

 

「こんな町の中心で、か?それこそ町が消し炭になると思うが」

 

「―――それがこの町に課せられた定め、盟約なのですよ」

 

「司祭様、それは一体」

 

 「歴史を紐解けば明らかなこと。大森林にもっとも近いこの町は、いずれ来るとされる魔王の眷属の足留めを、軍の到着までする事を課せられているのです」

 

 

 

『魔王の眷属達は何の前触れもなく突如現れる。森から、海から、そして空から。』

 

『眷属達はその力をもって人の町に災厄をもたらす』

 

『やがて現れた勇者に眷属達は敗れ、災厄は再び平穏へと戻る。長い年月をかけて』

 

 

少女はずっと昔に聞かされた話を思い出す。

 『王国の勇者』といった題名だったと思う絵本は王国の魔王と勇者達の長い長い戦いを冒険譚として書き下ろしたものだ。彼女の周りでも男の子はこれを聞かされて育つ。

 

 

 

「それで、お前はその軍とやらが来るまで俺を此所に閉じ込めておく気なのか?」

 

「そうあって頂けるなら無用な犠牲は払わずに済みます」

 

 自嘲した笑みを浮かべる司祭に「くだらん」と言葉を吐き捨て男は席を立つ。別に町で暴れようといった馬鹿げた話を実行に移すつもりは微塵もないが、これ以上座っているのも時間の無駄だ。それに男には早急にやらなければならないことがあった。

 

「話がそれだけなら俺はもう行く。そろそろや――「し、司祭様!!」」

 

別に聞かせるつもりは無かったが、大声で言葉を重ねてきた相手に男は鋭い視線を向ける。

 

男の背中側にある部屋の扉から大声を上げながら飛び込んできたのは若い兵士だ。

 

 見るからに何かと戦ったのだろう、鎧は傷だらけで何者かの血。手に持った長尺の槍は矛先が僅かに潰れていた。

 

 

 「――神獣です!神獣が現れましたッ!!」

 

 

 

部屋への突撃を詫びることもなく。絶望をその顔一杯に広げ男は確かにそう報告した。

 

 「言っておくが、俺は関係ないぞ」

 

 次の瞬間には疑いに満ちた視線を向けてきた司祭に対して男は釘を打つ。

 

 

 「神獣……ですか、一刻も早く人々を非難させなければ、なりませんね」

  

 深刻な面持ちで司祭がぽつりと呟く。

 

 「この町の軍隊は飾りではあるまい。何故戦わない」

 

 「御冗談を、相手はあの神獣。たとえ至高神の加護を受けていようと人が敵う相手ではないのです。獣と銘打ってはいるものの、存在は神と同等、その行動を変えることはできません」

  

 

 

 「あの……」

 

 自嘲気味に俯き、覇気のない言葉を吐き出す司祭を無言で見下す男の袖を横から小さく少女が引く。

 

 「その、あなたのその剣ならば倒すことは出来なくとも、撃退することくらいはできるのではないのですか?」

 

 少女は思い出す。深い森の中で最後の力を振り絞って召喚した精霊を男はいとも簡単に撃退したことを。

 

 「何故俺が」

 

 

 「理屈はありません。ですが、目の前に助けを求めている人がいる。それだけで十分ではありませんか?」

 

 

 少女の目を見る。その双眼は強く男のそれに向けられており、少しも恐れといったものが見られない。梃子でも動かないという強い意志を言外に男に伝えてくる。

 

 

 

 「……条件は1つ、だ」

 

 

 

 まるで神でも仰ぐかのような視線を向ける司祭を無視して男は扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴様が神獣か?」

 

 「……」

 

 

 男は目の前にたたずむ一頭の獣に問いかける。

 場所はアナトリアの城壁の外。ただ天候が悪いのか、目の前の獣の力なのか、日の落ちた空には分厚い雲が敷き詰められ、嵐の直前のような湿っぽい空気がその場に漂っている。

 普段の喧騒に満ちた町ならば男のその行動はいと滑稽に映ったことだろう。

 しかし、今日だけは違う。町はあらゆる店が暖簾を下ろし、飲んだくれの旅人や冒険者でごった返す酒場も今日は灯を落としている。

 

 神獣の襲来。天災とも呼ぶべき事象が今町を飲み込もうとしていた。

 

 

 「何をしに来たのだ?」

 

 「……」

 

 神獣の前に立った男が再び問いかける。しかし、彼の前にたたずむそれは一向に返事を返さない。見たところ外観は猛々しい角をもった牡鹿といったところだろうか。その体躯は野生の牡鹿を一回り程大きくした程度、これだけ見れば誰が見ても野生のものが人里に迷い込んだ、程度にしか感じないだろう。しかし、それには牡鹿と決定的に違うところがある。

 

 その獣は身体全体に雷を纏っていた。

 

 その獣の周りは真っ暗であるはずが、放たれる眩しいほどの光で昼間のような明るさを持っていた。

 

 獣の足元には闘って散ったのだろう。警備兵のものと思わしき黒焦げの骸が数体転がっている。

 

 「我は、|麒麟≪きりん≫。この世には為すべきこと在り召された。同類の者よ道を空けるがよい」

 

 「同類?何を言っている。ようやく口を開いたと思えば戯言を」

 

 「ふむ。その様子では未だ気付いてはおらぬようだ」

 

 「何を……」

 

 「本来であれば我々は互いに協力して然るべき存在。だが、このような衝突が時には避けられないのもまた摂理、であるのだろう」

 

 

 男と全く噛み合わない会話に麒麟はどこか納得したように口を(つぐ)む。そして町の反対側にいても届きそうな程大声量で(いなな)くと、雷を溜めた前足を男の顔ほども持ち上げ、一気に下ろす。

 

 「―――――ッ!!」

 

 並みの人間では反応すら出来ないであろうその攻撃を男は瞬時に後方へ大きく跳躍することで何とか躱す。先ほどまで男がいた辺りは地面が大きく抉れ、湿気を含んだ空気にはびりびりと小さな光が何本も走っている。

 

 「やれやれ、精霊様の次は神獣様か。どうも俺はツイてないらしい」

 

 誰にも聞こえない文句を垂れながら、男は背中に手を伸ばす。

 

 魔剣――――確かにそうなのかもしれない。普段は何事もなく収まっているはずのそれは、まるで目の前の神獣と刃を交える事を待ちきれないかのごとく、カタカタと小刻みに震えている。

 柄を握り、ゆっくりと鞘から引き抜く。軽い。普段とは全く剣の重みが違う。引き抜かれた刀身も普段とは全くの別物で、普段の剣とは一線を覆すオーラを纏ったその刀身はあらゆる光を吸い込む漆黒に染まっていた。

 男は漆黒の剣を片手で斜め下方に構えると重心を右足へと移す。

  

 狙いを定める。次の瞬間には溜めた右足で地面を蹴り、大きく前方へ跳躍する。

 一瞬で麒麟との間合いを詰めると上体を斜めに捻りながら右手の魔剣を振り出す。狙いはあらゆる生き物で必ずと言っていい弱点、首だ。

 躊躇なんてない。一気に振り下ろした右手に僅かな手ごたえを感じた―――が、

 

 「……軽い、この速度を|躱≪かわ≫すとはな」

 

 捻った上体を起こしながら男は感嘆の声を漏らす。対する麒麟もまた男に感嘆の言葉を向ける。

 

 「ふむ、受け止めたつもりであったが、よもや我の角を落とせる剣があるとは……」

  

 先端が欠けた角に意識を向けながら。「もしや」と麒麟は言葉を繋げる。

 

 「貴殿は神殺し、であったか」

  

 「何のことだ?」

 

 「古より神々に伝わりし伝承の一つ。曰くそのものは、おおよそ人若しくは亜人。神をも両断しえる刃を携え、災厄の前に現れる―――主に呼び出されて参ったが、この様な不運に見舞われるとは」

 

 「さっきから何を言っている?」

 

 「いや、気付いていないならばいい。我の任はとある者の排除。ここで貴殿を武を交えるのは得策ではない。退かせて貰うとしよう」

 

 そういうと麒麟は全身に纏った雷を収め、静かに踵を返す。

 

 「神殺しよ、貴殿とはいずれ会うことになるだろう。その時は相対するのではなく、同じ方向を見ていたいものだよ。願わくば貴殿が使命を自覚されるように」

 

 男の言葉に意味深な言葉を残して麒麟の身体は大量の粒子となり空気中に消えたのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――

 ―――――

 ―――

 

 

 

 

 

 「これで、一通りの登録は終わりです。お疲れさまでした!」

 

 まだ若干あどけなさを残す笑みを浮かべ受付嬢は手元の分厚い台帳を閉じる。

  

 「斡旋もできますが」と笑みを崩さずに話を向ける受付嬢に「今日はいい」と男は手を持ち上げる。

  

 「別にお前まで登録しなくても良かったのではないか?」

 「いえ、これ以上お世話になりっぱなしというのも良くありませんし、冒険に出るには冒険者登録が必ず要りますから。それに、私の所為で大切な荷物も失くしましたので……」

 「そうか」

 「ええ、そうなんです」

 

 男の隣で何故か嬉しそうに笑みを浮かべる少女。その更に隣に視線を向け男は溜息をついた。

 

 「で、お前は何で居るんだ?」

  

 「私は、久しく行っていなかった冒険斡旋所(ギルド)の巡回です。ギルドは町の治安維持や魔物退治等とても重要な機関ですが、その特性上、荒くれ者も集まりやすいので、こうして見回りしているのですよ」

 

 何やらそれ以外にも思惑のありそうな笑みを浮かべる司祭に「そうか」と再び溜息をつくと男は視線を受付嬢に向ける。

 

 「このあたりで今からでも入れる宿と食堂はあるか?」

  

 「今からだと、町の宿は難しいと思いますね……ギルドの宿であればまだ空きはありますし、あちらの酒場であれば食事もお出ししていますよ!」

 

 そう言って受付嬢は男の視線を誘導するように手を真っ直ぐ部屋の奥に伸ばす。

 建物の出入口に近い受付から奥に繋がる先には幾つもの円卓と椅子が用意された広間がある。普段は依頼終わりの冒険者でごった返しているのであろうその空間も先程の神獣騒ぎで僅かに数名の冒険者の一行が静かに食事を取っている程度だった。

 

 「そうか、ならば宿を借りるとしよう。俺とこの娘、部屋を一泊で幾らだ?」

 

 「一泊ですと、二部屋で銀貨2枚になりますね。お泊りになられるならお食事代のサービスがありますよ!」

 

 男は受付嬢の説明に頷くと懐の財布を取り出し銀色の硬貨を二枚、受付嬢に差し出す。

 しかし、男の差し出した銀貨は隣から伸びる手によって引き留められた。

 

 「ま、待ってください。2部屋なんて勿体無いですよ。私は構いませんから」

 

 「そ、そうですよ?お二人が良ければ、神殿にお部屋も用意できますし―――」

 

 「いえ、司祭様にこれ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいきません。すみません、ここのお宿を一部屋お願いします!」

 

 何故か頬を朱く染めながら神殿への宿泊を提案する司祭を押しのけ、いままで見せたことのない剣幕で受付嬢に銀貨を一枚差し出す少女。男も初めて見る少女の表情に受付嬢も「わ、わかりました!」と速やかにチェックインの手続きを執り行う。

  

 「……これで、宿は大丈夫ですね。次はどうしましょうか?」

 

 「……そうだな、遅くなったが食事にするか」

 

 先程までの剣幕が嘘のように収まった少女と露骨に残念そうな表情を浮かべる司祭に複雑な表情を向けてから男は部屋の奥に足を進めると適当な席に腰掛ける。

 

 「いらっしゃいッ!!注文はどうしますかー?」

 

 円卓を囲うように席に着いた3人の元に呼んでもいないのに亜人の娘が元気よく駆け付ける。典型的な亜人の特徴である獣の耳、猫のそれに近い尻尾。ショートカットに切られたライトブラウンの頭にはカチューシャ。フリルのついたエプロンドレスが可憐な彼女を際立たせている。

 

 「すぐに用意出来るものはあるか?」

 

 「今日はヒマだから大体の料理をすぐ出せますよ。おススメは子羊のステーキとモツ煮込み。ウチで人気な料理だから普段はすぐ無くなっちゃうけど、今日は例の騒ぎでお客さん少ないからぜひ食べてみてくださいね!」

 

 「なら、それを頼む。飲み物は麦酒(ビール)と蜂蜜の水割りで―――帰らないのか?」

  

 注文を頼みつつ男は正面に座る司祭に呆れ気味に問いかける。

 「お気になさらず」と、当の司祭は男を他所に給仕の娘に別で注文を頼んでいる。

 一通り頼み終えると、給仕の娘は「それじゃあ、すぐに持ってきます!」と元気よく厨房に戻っていく。今日は殆ど客も入っていないのだろう、スカートから伸びた尻尾を嬉しそうに振りながら去っていく娘を見送ってから、司祭は改まって男に向き直り、そして深々と頭を下げた。

 

 「この度は、私たちの町を救っていただき有難うございました。領主に代わりお礼申し上げます。そして私の当初の無礼何とお詫びしてよいものやら……」

 「そんなことが言いたくてここまで付いてきたのか。別に気にしていない」

 「そんな、いけません。このお礼は必ず」

 「……当初の条件は入門の許可とギルドの紹介だ。それ以上は構わなくていい」

 

 ただ頭を下げる司祭に、男の脇から少女も「本当に構いませんから」と両手を大げさに振る。二人の言葉を受けてようやく司祭はその顔を上げ、まだ納得できていない様子ながら、自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

 「『神殺し様』がそのようにおっしゃるなら……ですがせめて此処のお食事代は私に出させてくださいませ」

 

 これだけは譲れないとやや強めの口調で迫る司祭に押されてか男も首を縦に振る、と先程の司祭の言葉を思い出し―――「ちょっと待て」と司祭の言葉を遮った。

 

 「なんだ、その『神殺し』とやらは」

 「あら、先程、神獣様が仰っていたではありませんか?」

 「俺はそんな名で呼ばれた事は無いし、そんな名を名乗る気も無い」

 「そう、ですか……でもそれではこれから私は貴方様を何とお呼びすればいいのでしょうか?」

 「あ!それ、私もなんです!この人、全く教えてくれないので」

 

 司祭のひょんな一言に話を聞くだけだった少女も口を挟む。

 

 「必要ないと思うが」

 「そんなことありませんよ?名を呼ぶことは大切なことなんです……これもいい機会なので名前を教えて頂けませんか?」

  

 「では改めまして、この町アナトリアで至高神の司祭を務めさせて頂いております『セラフ』と申します」

 「私は、ここより遥か東の国より参りました『セン』です。それで、貴方は……」

 

 何やら期待を込めた視線で見上げてくるセン。表情には出さないが気になる様子のセラフ。二人の視線を受けて男は溜息を一つ。

 

 「……ゾル、だ」

 「よろしくお願いしますね!ゾルさん!」

 「私もどうぞよろしくお願い致します。”神殺し”ゾル殿」

 「神殺しは止めてくれ」

 

 ゾルは頭を抱えながら、とんだ置き土産をくれたすべての原因とも言うべき神獣の事を思い出し、悪態をつく。同時に神獣の残した意味深な言葉を思い出し、思案顔になる。

 

 

 『―――願わくば貴殿が使命を自覚されるように』

  

 「(あの神獣が残した言葉、俺に使命だと?そんなものは―――)」

 

 

  

 

 「なーに難しい顔をしているんですか―?」

 

 華奢な体格の割に大きな盆に3人分の飲み物のジョッキと料理を載せて給仕の娘が元気よく円卓にやってくるなり思案中のゾルを躊躇なく引き戻す。

  

 「いや、大したことではない」

 「それなら、こうして美味しい飲み物とお料理も出来ましたので、今日は楽しくお食事していって下さいね!」

 「そうですね!折角のお料理が冷めてしまいますし、今日の出会いに感謝して乾杯しませんか?」

 「そうですわね。ゾル殿もよろしいでしょうか?」

 「……好きにすればいい」

 

 主に2人による音頭で3人は各々のジョッキを軽くぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 「それでお二人はこれからどうする御積りなのですか?」

 

 食事を取る手を止め、セラフは話を振る。

 取り皿に取り分けたモツ煮込みを一切れずつ美味しそうに頬張るセンを他所に男は手に持ったフォークを皿に掛ける。

 

 「ひとまずはこの町を拠点にして旅の準備をするつもりだ。この娘は途中で拾った者だ。町まで連れてきたが、国へ帰るなり、冒険者の一行に加わるなりするだろう」

 

 淡々と喋るゾルの隣から”カタッ”と”固いもの同士がぶつかったような音が聞こえた。

 目を向けると、先程まで目を輝かせながら食事をしていたセンが手に持ったフォークを皿に落とし、目に涙を浮かべ今にも泣きそうな表情を向けてきている。

 

 「え、えと、あの、ここでお別れ、なのですか?」

 「俺はこの先、更に西へ向かう予定だ。|郷≪さと≫が東方のお前とは異なるだろう」

 「そんな……わ、私も連れて行ってもらう事はできません、か?」

 「目的のない旅は、それだけが大きな危険を孕む。俺に付いてくるだけならやめたほうがいい」

  

 突き放すような男の言葉に少女は言葉を詰まらせる。しかし、暫しの間の後、ゾルも予想しえなかった言葉をセンは口にした。

 

 「……私は、貴方の荷物を壊してしまいました。貴方に食べ物を頂き命を助けていただきました―――」

 

 「ですから」とセンは言葉を繋ぐ。

 

 「――貴方に付いていくのは、貴方への恩返しなのです!」

 

 恐る恐る上目遣いで様子を伺うセンに一瞬だけ目を丸くしたゾルは呆れたように手元のジョッキを煽ると「好きにすればいい」と短く肯定の言葉を返した。

 

 「はい!好きにします!」

 

 目元の涙を袖で拭き取るとセンはあどけない笑みを浮かべる。

 

 

 「(私も、この地位でなければ、ね……)」

 

 とても眩しいモノを見るように対面でセラフはほんのり悲しそうな笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 「そろそろ休むとするか」

 

 時間も過ぎ、食事も片付いた頃合いでゾルは場に声を掛ける。こんな夜更けまで油を売っていていいものなのか、司祭であるセラフは時間を気にすることなく寛いでいる。一方、隣に座る少女は限界を迎えてしまったのか、先程からゾルに寄り掛かりながら、すうすうと小さな寝息を立てている。

 何やら厨房の奥と話している給仕の娘を呼び会計を頼む。「はーい!」と小走りに寄ってくる娘にゾルより先にセラフが銀貨を数枚渡した。

 

 「ここは私に払わせて下さいませ」

 「そうか」

 

 素直にセラフの申し出を受けていると、代金を受け取り立ち去ったはずの娘がゾルの傍に寄ってきている。

 

 「お客さん、可愛らしい奥さんだね!」

 「違う。この娘はただの連れだ」

 

 「そうなんだ」と先程までの表情とは別のコケティッシュな笑顔を浮かべると給仕の娘は「また来てね」と足早に戻っていく。

 ”妻”と呼ぶにはいささか幼いであろうと疑問符を浮かべる男にセラフは口を挟む。

 

 「ご存知と思いますが、この国では男女共に15歳が成人年齢なのです。特に冒険者の方々は色々な意味で短命ですから、早くに家庭を持たれる方も多いですわね」

 

 若干悲しそうな表情を浮かべるセラフ。冒険者は職業柄命を落としたり、大きな怪我で引退することも珍しくない。それゆえに早くに家庭を持ち、子を儲けたいと思うのは当然なのかもしれない。

 身体に寄り掛かったセンに目を遣る、歳はそれこそ15、16といったところか、精霊さえも召喚できる彼女には目に見えない負担が大きく圧し掛かっているのだろう、とゾルは言外に思う。

 

 「おい、起きろ」

 

 優しく両肩を揺すってやる。未だ眠いのか「んー」と両目を擦りながらゆっくりとゾルにもたれていた身体を持ち上げる。ゾルを見るなり自分の状態に気が付いたのだろう、顔を真っ赤に染めて「すいません」「すいません」と涙目で謝り続けている。

 そんな彼女を無視してゾルは「もう休むぞ」と先に席を立ちあがる。

 

 「お前はどうするんだ?まさかこのまま泊まる訳ではあるまい」

 

 「ええ、私は神殿に戻ります。まだやるべきこともありますので」

 

 「そうか、それではな」

 

 「ええ」

 

 未だに顔を真っ赤にしているセンを引き連れてゾルは2階への階段へ足を向ける。

 一度部屋に目を遣ると当初からいた冒険者一行が今では酒宴状態となって盛り上がっているところだった。といっても5人いる内で机の上に方足を乗せて騒ぎ立てているのは1人、すらりと伸びた華奢な体つきに人のそれより遥かに長く、ピンと尖った耳、この国ではなかなか会うことのない種族、エルフだ。コバルトグリーンのショートカットに整った顔立ちの麗人が酒も進んでいるのだろう、顔を真っ赤にして何やら声を上げている。

 他にもエルフと共に酒を酌み交わすドワーフ、青色の巨体を持ったリザードマンとパーティとしては珍しい組み合わせだ。唯一、人種であるだろう残りの2人も、1人は神官服を纏った少女(――セラフの着ていたものとは意匠が違うから至高神の神官ではないのだろう)、全身を鎧に包まれた者とこれまた余り見ない組み合わせだった。

 

 「(……傍から見れば俺たちもそんなものか)」

 

 珍しいパーティを目にして改めて自分の状況を見る、異国の巫女装束を纏った召喚士に神殺しの異名を不覚にも与えられた男。十分に珍しい組み合わせだと改めて感じるのであった。

 

 

 

 「おう、旦那!もう寝るのか?」

 

 階段を上がろうとしたところで、ゾルは厨房から出てきた料理人の男に呼び止められた。

 見た目は40手前といったところか、白い前掛けで手を拭きながら出てくる太った男に「ああ」と短く返すと同時に「何か用か?」と返す。

 

 「いやな、旦那、娘に聞いたんだがこの辺のモンじゃないんだろ?で、今日のメシはどうだったかと思ってな」

  

 「娘?あの給仕の娘のことか?」

  

 「ああ、ウチの看板娘よ!まぁ、本当の娘では無いんだけどな」

 

 「そうなのか。料理は旨かった」

 

 そう率直な意見を述べると料理人の男は「そうかい。ありがとよ」とやや嬉しそうににやける。その言葉を会話の締めと受け取り、再び階段を上り事前に教えられていた部屋に入る。

 

 「今日は少し歩いたから疲れただろう。先に休め」

 

 「ありがとうございます。ですが、その……」

 

 少し俯きがちにセンはもじもじと体の前で手を組んでいる。

 

 「どうした?トイレなら廊下に出て突き当りだが」

 

 「……いえ、その出来れば身体を拭きたいのですが」

 

 聞こえるかどうか怪しい程の声量で発した言葉は何とかゾルに届いたようだ、「水を汲んでくるか?」と尋ねるゾルにしかし、センは首を横に振る。

 

 「水の精霊さんにお願いすれば身体を拭く程度の水なら頂けるので大丈夫です」

 

 「そうなのか、終わったら呼んでくれ」

 

 後ろ手に扉を閉めるとゾルは扉の脇に避け、壁にもたれる。世間一般的な宿には当然、部屋の鍵が付いているものだがこういった簡易的な宿や、安さを売りにした宿では部屋に鍵が付いていない事が多い。今日に限って可能性は低いだろうが、部屋を間違えて入られても困るのでそういった輩が入らないように立つのだった。

 意識を階下に向ける。先程まで部屋中に響いていたエルフの女の声は聞こえない。大方酒の飲みすぎで眠ってしまったのだろう。と思っていると階段の方からギシギシと複数人が階段を上ってくる音が聞こえてきた。

 

 「む……」

 

 視界に入ったのは件の一行のリザードマンだ。彼は「これはこれは」とゾルに一礼すると後方を振り返る。その視線を追えばドワーフの男と彼に肩を貸されて歩く(――というより引きずられる)エルフの女。最後尾に神官の娘と鎧の者が後を追うように付いている。

 

 「見ての通り私どもの仲間が飲みすぎて仕舞いましてな。隣で食事をされていた方と存じまするが、ご迷惑ではなかったでありますかな?」

 

 「気にするな。問題ない」

 

 「そうでしたか、それはよろしゅう御座いました……こちらにはいつまでおられるのだろうか?」

 

 「未定だ」

 

 「であれば、いずれか共に冒険に出ることもあるやもしれませぬな」

 

 「ああ」

 

 そういうとリザードマンと一行は部屋に向かう。リザードマンを除けばゾルに見向きもしない中、神官の少女だけが小さくお辞儀をして足早に部屋に向かっていったのだった。

 

 

 

 「……あの、ゾルさん?」

 

 「終わったのか?」

 

 ゾルの声に「はい」と少し安堵したような声が返ってくる。了解の返事を貰ったところでドアを開け中に入る。

  

 「明日は朝から市場に出る。今日はもう寝ろ」

 

 「あの、ベッドは……」

 

 「使って構わない。俺は床で十分寝れる」

 

 既に就寝準備は出来ているのだろう。小袖と緋袴を脱いだセンは「でも……」と遠慮の意を見せる、がゾルはそんなこともお構いなしに適当な場所を見つけると横になり、やがて小さな寝息がセンにも聞こえてくる。

 

 「……おやすみなさい。ゾルさん」

 

 寝息を立てるゾルに小さな声で挨拶を済ませるとベッドの中に潜りこんだ。




 いかがでしたでしょうか?
 
 今回は男と少女の名前も分かりましたね。新しい登場人物も魅力的なキャラクターを増やしていきたいと思います。関係性は今後に期待、ですね(笑)

 次回は、おそらくお話の一つの区切りになると思います。
 男と少女、彼らを待つ理という残酷な現実。

 次回は残虐要素が多くなりますので、苦手な方はどうぞご注意くださいませ。

 それでは次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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