妖怪の山と呼ばれる地域のとある小屋、主に白狼天狗に上司である烏天狗が指示を出す際に使われる部屋に二人の人影があった。
「犬走椛、貴方には外の世界に行ってもらいます」
「はい」
指示を出すのは射命丸文、烏天狗であり、幻想郷と呼ばれるこの地における最高峰の強者だ。
その指示に即答したのは犬走椛。白狼天狗であり、部隊長を任される程の実力と千里先を見通す能力を備えていることから特殊な任務をよく出されていた。
「目的は視察。我々天狗は今まで外とのパイプを持っていませんでしたが、上が河童に命じて外に行くためのワープホールなるものを作らせました。貴方にはその装置のテストと、外の住民とのコネの構築をしてもらいます」
「御命令とあれば」
文は内心舌打ちした。
いくら上司の命令だからといって、誰が考えても無理難題なこの任務を他ならぬ自分が指示しなければならない歯痒さに苛立った。
「勿論これは極秘中の極秘任務であり、失敗すれば貴方の命はおろか、我々は外に感心を示すこともなくなるでしょう」
……できることなら自分が代わりに引き受けたい。しかしこれは上司である大天狗の、ひいては天魔様の命令でもある。打診はしてみたものの、受け入れてはもらえなかった。
それもそうだろう。そもそも河童の装置が正常に稼働するかも怪しいのだ。次に、外の世界では忘れ去られた妖怪が存在できるのか。そんなリスクの塊に烏天狗を使い失うリスクを負うのは避けたいというのが上の判断であり、文を除外するのは妥当な判断と言える。
(ま、どうせ保身が目的でしょうがね)
上の意図など透けて見える。自分の部下の失敗を被りたくないからだと容易に想像できる。
そこで、何処の大天狗にも所属しない白狼天狗。その中で
中々に酷い話だが、天狗社会では割と日常的だった。
「出発は何時でしょうか」
せめて嫌がる素振りくらい見せてもいいんですよー
と文は内心語りかける。
今この場は上司に監視されている為、普段のような軽口は叩けない。それが"見えて"いるだろう椛も、合わせてこんな徹底した口調をしているのだ。
「出発は明日早朝。場所は河童の河城にとりの工房、くれぐれも内密に」
「承りました。犬走椛、全力で任にあたらせていただきます」
「これは私からの餞別です。受け取りなさい」
それなりに長い付き合いだ、多少の情けはかけてやろう。任務が任務なだけに上司もそこまで文句は言うまい。
文はそっと木箱を手渡した。
◇
「まさかこんなことになるとは……」
文も、こっそり近くで覗き見ていた大天狗も帰ったのを確認した後椛はその場で崩れ落ちた。
「なんで私なのぉ……」
わかっている、どうせまたこの能力が原因だろう。便利だからとよく変な任務を押し付けられる。
もしかしたら多少贔屓されていることに不満を持った上司の嫌がらせか。どちらにしても運がなかった。
「嫌だぁ…いきたくないぃ……」
監視されていた手前引き受けるしか選択肢はなかったが、内心拒否したい気持ちで一杯だった。
そもそも外の世界を椛は知らない、噂に聞く程度だ。
そんなところへ単身補佐もなく行ってコネを作る?無理な話だ。
しかし受けてしまった以上もう後戻りは出来ない。率直に言って泣きそうだった。
「はぁ…あ、そういえば餞別って……」
ふと思い出し先程貰った木箱を開けてみる。
……
…………
何処から入手したのか、可愛らしいひらひらした外の世界の服だった。
「文のばかぁ!」