「ともえ、飯の前にはなさにゃならんことがある」
椛は「そこで待っててくれ」と言われて、隣の部屋で聞き耳と千里眼を使いながら待機していた。
「なぁに?おばあちゃん」
料理を運びながら返事を返す巴。
「もみじがなぁ、ともえと友達になりたいっちゅーてな」
「え?……あ、うん。むしろあんなに可愛い娘私から友達になりたいくらいだけど」
なんでそれをおばあちゃんが?と続ける巴。
「ともえ、あんたは利発な娘や。だからちょいとばあちゃんの頼みを聞いてくれんか」
「おばあちゃんからの頼み事なんて珍しいね。いいよ、なに?」
「もみじ」
「はい」
襖を開け、巴の前に姿を現す。
もちろん耳も尻尾も隠さずにだ。
「この姿を見た上で、もみじと友達になっちゃくれねぇか?」
硬直する巴。
「え……」
当面は正体を隠したまま接することが出来るとしても、いつかは明かさねばならない時が来る。
椛はその時に上手く伝えられるか、わからなかった。
だからこそおばあさんに頼み、おばあさんもその意図を汲んでくれた。
これで駄目なら、また別の所へ行こう。最悪コネを作るという任務は諦めよう。
(さあ、どうする……?)
しばらくの間、巴は口をパクパクと動かした後。
「…か、」
「か?」
「可愛い!」
飛び付いてきた。
◇
暫く巴に(主に耳と尻尾を)もみくちゃにされた後、ちゃぶ台を三人で囲み、昼食をとる。
献立は非常にシンプルだ。白米に野菜の炒め物と味噌汁、漬物。食生活もあまり変わらないらしい。
(思えば宴会以外で誰かと食事をしたことがなかったな)
後の毛繕いが大変そうな現実から目を背けるため、味噌汁を啜りながら少々逃避気味に思考する。
「ねえねえもみじってさ、何処から来たの?」
先のナデナデ(本人曰く)でご満悦な巴、そこには好奇心で一色な顔が見てとれる。
「どこから……あっちの山からですね」
窓から見える自分が降りてきた山を指してそう答える。
「あの山?あの先なにかあったっけ?」
巴は確認をするように祖母へと向き直る。
「そうさねえ…もう誰も知らん場所があるっちゅーのは、ばあちゃんのばあちゃんから聞いたなぁ」
そこから来たんか?と今度はおばあさんがこちらを向いた。
「通常の手段では行けませんが、そこに幻想郷という地があります。もう此方側で知るものは限られていると思いますが」
守谷や蝙蝠連中は外の世界から来たのだ、幻想郷の存在を知るものは少なからずいるはずなのだ。
「おばあちゃんのおばあちゃんって……いつの話?」
どうやらこのおばあさんは人間であるにも関わらず幻想郷の存在を知る一人らしい。
「もう70年も前に聞いた話さね。ばあちゃんのばあちゃんが子供の頃、ここらは妖怪がぎょうさんおる場所やゆーてな」
幻想郷ができる前の話だろうか?かつては妖怪が広い範囲に住んでいたと聞く。
「それがある日を境に、隣にあった里や真神様もみーんな居らんようなってしもた」
博麗大結界が張られた時だろう。その直後に私は産まれたのだ。
「不思議なことにだんれも隣にあった里を覚えてないっちゅーから、こう考えたそうや」
「"妖怪が里を隠して自分達の楽園を作った"」
「なんどもなんどもばあちゃんから聞かされたもんさね「信じてくれなくてもいいから覚えていてくれ」って」
その目はどこか遠くを見るように。
「きっと怖かったんやろねぇ、自分だけが里を覚えてるなんて」
「ばあちゃんのばあちゃんは真神様に仕えていた時期があるゆーてたから、加護でもあったんかねぇ?」
「詳しいことはわがねんねえけども、あそこを忘れられた地として伝えろって遺言された」
「まさかその楽園に住んどる真神様のお孫さんに会えるとは夢にも思わんかったけどなぁ」
人生何があるかわからんもんさね。
「……そうだったんですか。もう祖母は居ませんがその言葉、伝えておきます」
「たのんだよ」
まるで遺言のような……実際その意味も含めているのだろう、しっかりと地獄の閻魔にでも会ったときに伝えておこう。
「……ねえ、幻想郷ってどんなところ?」
湿っぽい雰囲気を解こうとしてか、巴は続けざまに質問をする。
「自然豊かな所です。神や妖怪、人間が身近に住まう狭くとも広い世界ですね」
土地そのものでいうのなら異界を除き私の目をもって見えない場所はなく、それゆえ狭く感じることがある。
しかし人と人、人と妖怪など小さな視点で見てみると、その交流関係や生活などはとても広く思え、見ていて飽きないと断言できる。
「へぇ~、私もいってみたいなぁ~」
「私は歓迎しますよ……しかし、私の住む妖怪の山は排他的でもあります。人間が住むならやはり人里の方が良いかと」
コネを作るという名目がある以上天狗に襲われる心配は少ないだろうが、ふと目を離した隙に他の妖怪に襲われてしまうというのも考えられる。
他にも妖怪の山は強力であまり友好的ではない連中も多く、守谷の巫女のように実力がなければ自殺行為に等しい。
「人里にはどんな人達が住んでるの?」
「まだこちらの生活がよくわかっていないので…一概にどうとは言えません。しかし今の所ここらと大きな違いはないかと」
田畑を耕し金銭を稼ぎ生活するという点ではほとんど同じだろう。道具等多少の違いはあるだろうが。
「しかし家屋や衣服なんかは大分違いますね。向こうは主に平屋に着物で生活をしています」
「着物かぁ、持ってないなあ…仕立てておかないと」
どうやら来る気満々のようだが、それは少々時期尚早だ。
「まだ此方の調査が終わっていないので、行けるとしてもその任務が終わってからですよ」
調査?と疑問符を浮かべる巴。質問は尽きなさそうだ。
「ええ、調査というのは……」
案の定、巴の質問攻めは昼食の後にも続き、おばあさんが止めに入るまで行われた。
「ともえ、質問もええがそろそろ支度をせにゃならんやろ」
「あ、そうだった…ええっと荷物荷物……」
がさがさと私物と思われる物を整理し始めた巴。
「なにかあるんですか?」
私の問いに、巴は整理の筈が衣服を散らかしながら。
「うん、明日家に帰るんだ。春休みも終わって大学が始まるからね」
春休み?大学?
聞き慣れない単語だが、とにかくここは巴の家ではなく、明日そこへ帰る為に荷物を纏めているのだろう。
「大学っていうのはね……うーん、勉強するところなんだけど、どう説明すればいいかなぁ……」
勉強する所、そのような場所は幻想郷には一つしかないが。
「寺子屋のようなものですか」
「また古い言葉だね、まあそんな感じかな」
どうやら古い言葉らしい。巴の歳でも勉強をするとなると、此方の世界の教育はずいぶんと長いこと行われるようだ。
報告書にしっかりと書き留めておこう。
「そうだ!私今一人暮らしなんだけど、もみじも来ない!?」
雑に仕舞おうとしていた衣服を投げ飛ばし、一気に詰め寄ってくる巴。とても人間の出せる速度とは思えない速さだ。
「それは…願ったり叶ったりですが……いいんですか?」
今後の住む宛てもないし、交友関係を深めるのであればありがたい提案だが、友人等も遊びに来るかもしれない。
が、そんなことを気にもしていないのか考えてもいないのか、お構いなしに巴は続ける。
「いいのいいの!おばあちゃん一人暮らしに反対で今も時折言ってくるし。ね、いいでしょおばあちゃん」
「うぅむ…まあええじゃろ、もみじなら安心してともえを任せられる」
やったー!と歓声を上げる巴、実に嬉しそうに跳ねている。
本人も、身内からも許可が出ているのならば、私に断る理由などない。
ここだけでなく色んな土地の調査もしなければならないという大義名分もある。ありがたくご一緒させていただこう。
「そ、それでは……犬走椛。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
身内以外と共に住んだことなどないので、これが正しい挨拶なのかはわからないが、誠意は伝わると思う。
「あはは、それじゃお嫁さんみたいだよもみじ……
違った。
が、意図は伝わったらしい。
「さーて、ちょっと早いけどお風呂入ろっか」
いつの間に終わらせたのか、あれほど乱雑に散らばっていた荷物がリュックサックとカバンに収まっていた。
そして手には体を洗うためと思しき布とブラシを持っている。
(……なにやら不穏な気配を感じる)
椛は身の毛がよだつのを感じた。
体感時間が遅くなり巴が口を開くのがとてもゆっくりに感じられる。
「さあ」
その目はまるで獲物を捉えた捕食者のように、私の一点を見つめている。
「私に……」
今すぐ逃げるべきだと獣の本能が告げる。
しかし、蛇ににらまれた蛙の如く私の体は動かない。
「その尻尾を洗わさせて!」
ともえがおそいかかってきた!