現代入り椛   作:喜求

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3話:都会へ

 

 

 

 

「忘れ物はねぇか?」

 

 

 朝食を済ませ、忘れ物の確認……といっても頭陀袋一つなので忘れるものもないのだが。

 

 

「大丈夫! それじゃあおばあちゃん、またね!」

「お世話になりました」

 

 

「いつでもくるとええ」

 

 

 荷物を背負い、巴の持つという車とやらへ荷を積み込む。

 

 

(良い人だったな……)

 

 

 そう思いつつ、巴に促されるまま助手席という場所へ乗り込む。

 

 

「よーしもみじ、準備はいい?」

 

 

 その手には鍵が握られていている。この車というのに必要なのだろうか。

 

 

 そう考えていると巴が鍵を丸い物体の脇へ差し込んで捻った。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 爆音と振動、獣の妖怪である椛の耳には些か大きすぎる音と振動が突如襲い掛かった。

 

 

 

「あ、ごめん。ちゃんと説明しておけばよかったね」

 

 

 申し訳なさそうに謝る巴、椛は耳を押さえながら。

 

 

「す、少し驚いただけです……」

 

 

(今のは不意討ちだったから驚いただけで構えておけば問題ない)

 

 

 そう内心言い訳をして、動揺を紛らわすように巴が何をしているのかを聞く。

 

 

「これ? 乗り物なんだけど……まあ見た方が早いか」

 

 

 それっ、と足元の板を踏んだと思えば……なんと車が進みだした。

 

 

 これは一体なんだと内心疑問符で一杯な椛だが、深呼吸を一つついて巴に説明を求めると、どうやらこれは人や荷を手軽に運ぶための物らしい。

 

 要は人力車をカラクリで動かしているのだと、巴の補足でやっと理解した。

 

 

 なるほど、これなら人の走るそれよりも速く移動が出来るわけだ。広い外の世界らしい移動手段といえる。

 

 

「私の家はここよりずっと都会にあってね、ちょっと時間がかかるけど車酔いとか大丈夫?」

 

 

「今のところ大丈夫かと」

 

 独特の揺れに違和感を感じるものの、三半規管などの感覚器官は人より優れているためか気分を悪くするといったことはない。

 

 

「そっか、じゃあのんびり景色でも見ながらにしよう」

 

 

 速度を落とし、ゆったりとした速度になる。

 

 お言葉に甘えて椛は窓の外に視点を"飛ばした"

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ここで少し休憩にしよっか」

 

 

 コンビニという場所へ車を停め、降りる。

 暫く座りっぱなしで固まった体をほぐすように伸びをしていると、片手を後ろに回した巴に手招きされた。

 

 後ろ手に物を持っているものは見えるが、それが何なのかわからない椛は取り敢えず招かれるまま巴のもとへ行く。

 

 

「はいこれ」

 

 

 手渡されたものは密閉された金属の筒に模様が描かれており、coffeeの文字がある。

 

 温かく、軽く振ってみた反応から中には液体が入っていると思われる。

 

 

「缶コーヒーだよ、こうやって開けるの」

 

 

 巴の手つきを真似してかんこーひーなる物を開ける。

 

 

 カキョという音をならし開いた缶は立ち込める独特の薫りを放ち椛の鼻を刺激した。

 

 こーひーというのは豆を煎った飲み物だということを知識として知ってはいるが、飲んだことはない。真っ黒なその液体に恐る恐る口をつけてみる。

 

 

「ッ! ……苦い」

 

 

 全身の毛が逆立つ程の苦味が舌を襲い、驚きのあまり危うく缶を落としかける。

 

 

「ごめん、口に合わなかった?」

 

 

 かわりにこれどうぞ。と渡されたお茶で口直しをする。

 椛はしばらくこーひーを飲むまいと軽く決意した。

 

 

「さて、じゃあ出発しようか。お昼までには着きたいしね」

 

 

 椛は未だ残る苦みで顔を歪ませながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その後も車に乗りしばらく周囲の風景を眺めていると様々な発見があった。

 

 移り変わる景色。周囲を囲んでいた山々は姿を消し、二階建ての建物や木が使われていない背の高い長方形の建物が増えてきた。

 

 緑の少ない見慣れない風景、事前に聞かされていた情報によく似ている。

 

 

 電車という車よりも多くの人や物を運べる乗り物を見たり、立ち寄った"がそりんすたんど"という場所で鼻が曲がる思いをしたりと中々に身のある時間を過ごしていると感じていた。

 

 

「さあ、見えてきたよ。あのマンションが私の家」

 

 

 太陽が頭上に登り始めた頃、ようやく巴の家らしき四角い建物が見えてきた。

 辺りには殆ど自然がなく空気も汚い、河童のラボの方がよっぽど臭いはマシといえる。

 

 

 勝手に開く透明なドアや自動で上まで送ってくれる部屋という不思議体験の後に、ようやく巴の家にたどり着いた。

 

 

「ささ、入って入って」

 

「お邪魔します」

 

 

 そう言って入ろうとした矢先、巴に道を塞がれた。

 

「違う違う、今日からここはもみじの家でもあるの。だから……ただいまだよ」

 

「そうですか……た、ただいま」

 

 

 戸惑いながらも荷物を抱えて家に入る。ただいまと言ったのは何年振りだろうか

 

 

「お帰り、荷物は……とりあえずそこら辺に置いておいて、後で部屋空けるから」

 

 

 巴の家は居間と部屋が二つあり2LDKというもので、そのうちの一部屋を貸してくれるらしい。至れり尽くせりとはこのことだろう。

 

 

「さ、お昼にしよう」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「もみじはいつまでこっち側にいるの?」

 

 

 移動途中にスーパーというところで購入したお弁当を食べながら、ぶっきらぼうに聞く巴。

 

 

「特に期限は設けられていませんので、キリが良いところで帰ろうかと考えています」

 

 調査といっても大分なげやりな状態なので、今帰っても問題はなさそうだが……さすがにそれは自身のプライドに反する。

 

 

「私今大学4年生でさ、就職活動も終わっちゃって今年一年暇なんだ。だからもしよければ……」

 

 

 ちょっと長くなるかもだけど……と前置きして

 

 

「就職までの一年間、私と一緒に過ごさない?」

 

 

 真剣な顔つき、どうやら冗談の類いではないらしい。

 巴は人にとって長いだろう一年という歳月を椛と共に生活したいという。

 

 

「それは嬉しいのですが……なぜそこまで?」

 

 

 ただし疑問だ。巴にとって椛は妖怪という超常的存在で、祖母から友達になってくれとしか頼まれていない。本来ならむしろ避けるべき相手ですらある。

 そこまでする義理はないはずなのに、なぜ? 

 

 

 巴はその言葉に一瞬動きを止め、暫く思考した後。

 

 

「なぜ……そうだよね、意味わかんないよね。昨日知り合ったばかりなのに部屋まで貸すなんてね」

 

 

 両者共に食事をする手は止まり、なにやら辛気くさい雰囲気へと変わる。

 

 長く感じられる沈黙の後に、消え入りそうな声色で呟き始めた。

 

 

「…………私ね、今言ったように来年から就職……社会人になるの」

 

 

 仕事に就くという事だろうか、椛は巴の言葉を聞き逃さないよう一言一句に耳を傾ける。

 

 

「その会社は良いところでね。評判も悪くないしそれなりに有名でさ、このまま行けば普通かそれより少し上の生活ができると思う」

 

 なにか不安なことでもあるのだろうか。

 

 

「けれどね、それで本当に私は幸せなのかなって考えちゃうの……就職して、結婚して、子供を育てる。それは確かに幸福なことだろうし、良いことだと思う」

 

 

 椛の聞く限りでは良い暮らしだと思う。幻想郷に置き換えてもそれは幸せと言えるだろう。

 

 

「けどさ、それで私は満足なのかなって。いつか歳を取って死ぬときに「心の底から満足できた人生だった」って言えるのかな」

 

 

 巴の顔が次第に暗いものとなる。

 

 

「漫画やアニメの世界に憧れて、自分の好きなことをして生きる登場人物達を見て、その上で皆のいう幸せを目指しても私は皆のように満足はできない」

 

 

 そう断言してしまう程に、それこそ毎日でも考えて来たのだろう。

 

 

「でも今の私にはすごい力なんて何もないし、10年も経てばこの憧憬は消えているかもしれない」

 

 

「ならいっそこのままこの気持ちを封じ込めてしまいたいって我慢してた。そうすれば私は普通に生活して、普通に幸せになれるって思ったから」

 

 

「けれど、今の私はこの思いを忘れたくなかった。もしかしたら私もそっち側に行けるんじゃないかなって微かな希望を抱いてた」

 

 

 その考えは危険だ、と椛は思った。

 

 

「だから……もみじが来たときは嬉しかったの。夢は、幻想はちゃんと存在していたんだって」

 

 

 巴が抱いているのは幻想、普通ではないことへの憧れだ。

 

 

 社会は異端を嫌う。巴の語っていることは人の輪から外れることを意味し、社会の中で生きる巴にとってそれは致命的な思想となりうる。

 

 

 巴は此方に歩みより、椛の手をとる。

 

 

「もみじ、お願い。この一年だけでいいの、そうしたら私はきっと満足できるから……だからそれまで一緒に居させて!」

 

 

 巴もわかっているのだ、それが人の世で生きるには邪魔でしかないということを。

 

 

 掴んだその手にすがるように顔を埋める巴。友人ならばそれは止めるべきなのだろう。彼女には人の社会が必要で、幻想の存在である椛と一緒に居ればその夢は一層強くなるに違いないから。

 

 

 ここで突き放し二度と会わないのが巴の為と言える。友達としての椛なら、そうすべきだろう。

 

 

 

 しかし椛は友人の前に妖怪である。妖怪とは自分の好きなように生きるのが性分であり……椛とてそれは例外ではない。

 

 

(友達と名乗るには、もう少しかかりそうです)

 

 

 

 きっと崩れているであろう下を向いたその顔は見えないことにして。

 

 

 

 

 

「……ご一緒させていただきますよ」

 

 

 

 

 

 顔を上げ椛の回答に安堵と驚きを滲ませた、呆けた知り合いの顔を見た。

 

 

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