現代入り椛   作:喜求

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4話:人混み

 

 

 昼飯を食べ終え椛用の部屋を軽く掃除した後、日用品云々を買いに行くということで再び外へ繰り出した。

 

 

「さーてと、まず何を買いにいこっか」

 

 

 ウキウキとした感じの巴、先のやり取りでいくらか気分が上がっているのだろう。

 

「まずはこれをお金に変えたいので、質屋のような所へ行きたいのですが」

 

 換金用にと支給された皿や鋏等の調度品の入った袋を掲げる。どれもが天狗の里で作られており、丁寧な装飾が施されている。

 人里へ持っていけば一つでかなりの金銭になるものばかりで、この一年の活動資金でもあるため早いうちに換金しておきたい。

 

「なにを変えるの?」

 

 これです、と袋を広げ調度品を見せると関心の声を上げた。

 

「おお~これはこれは……」

 

 顎に手を当て、いかにもその価値がわかると言わんばかりの顔をする巴。

 

「わかるんですか?」

 

 

「いいや、全然」

 

 

 わかっていなかった。

 

 

 

 

「とにかくこれらを換金したいんでしょ? だったら骨董品店が近くにあるからそこに行こっか」

 

「わかりました」

 

 

「ではしゅぱーつ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 特に問題もなく換金が終わり、こちらの世界の現金を手に店を出る。

 

 

 

「これってけっこうな大事じゃない?」

 

 

 

 換金された額を見て戸惑う巴。

 天狗の品にはきちんと価値があったようで、換金という目的を立派に果たしてくれた。

 

 

「まだこちらの金銭価値がわからないのでなんとも言えませんが……良い値がついたということですか?」

 

「良い値というかサラリーマンの平均年収というか……一年過ごすだけなら大分贅沢できるよ」

 

 

 どうやら活動資金に問題は無さそうだという程度に認識する椛。

 贅沢をする趣味はないので困ることはないだろう。

 

 

「まあこれで気兼ねなく買い物ができるね。早速買い物に行こっか、ショッピングモールはすぐそこだし」

 

 巴が指差す先を見るとさほど離れていない所に多くの店と人が集まっている建物を見つけた、あれがそうなのだろう。

 

「ちゃんとお金は隠しておいてね、盗られちゃうかも知れないからさ」

 

「人間に遅れを取るつもりはありませんが……そうですね、目立つのはあまり良くありませんし」

 

 制限されたとはいえ人間よりは力も体力もある、索敵に適した椛の能力ならスリに遭うよりも露店の匂いに釣られてしまう可能性の方が高いだろう。

 

「そういえば椛ってどれくらい強いの?」

 

「また答えにくい質問ですね、今は随分と力が制限されていますから……この岩を持ち上げられる程度ですね」

 

 ぽんぽん、と骨董品店の横に看板として置かれている腰程の高さのある岩を例に挙げる。

 

「…………それ、何kgあるの?」

 

「きろ……? 重さでしたら70貫程かと」

 

 

 貫? と首をかしげる巴。ここでは尺貫法が通用しないのかと伝わらないことに困惑する椛。

 

 やがて巴が懐から取り出した四角い河童の持つケータイに似た物を弄り、少しすると納得したように声を上げた。

 

「あー、おおよそ260kg……ってえ? はぁっ!?」

 

 どうやら衝撃的だったらしく、椛と岩に視線が行き来している。

 

「私その十分の一も怪しいんだけど」

 

 人には厳しいだろう、しかしかつて妖怪の山に住んでいたという鬼はこの何倍もの岩を軽々持ち上げるというのだから自慢にもならない。

 

「むしろ私としてはいつもより力が出せなくて歯痒さを感じます」

 

 妖力を手に込めればこの倍はいけそうだが、補給の目処が立たない内は容易に使えない。

 

「それよりもしょっぴんぐもーるとやらに行きましょう、日が暮れてしまいます」

 

「そうだね、買わなきゃいけないもの沢山あるし」

 

 

 

 

 

 

 それから大した時間も掛からずに『バーゲンセール』の垂れ幕の目立つ入り口まで着いた。

 

 改めて見ると凄かった。

 

 店が道を挟むように配置されていて、少ない空間を上手く使い食事処や雑貨店が列をなしている。

 しかもそれが床を隔てて上へ3つ4つ積み重なっているのだ、外の世界の物流の良さを実感する。

 

 

「今日は人が多いね、迷子にならないよう気を付けないと」

 

「もし離れてしまったら私が迎えにいきますよ」

 

 

 このショッピングモール全体は椛の視界に入っている、迷子になる要素は微塵もないと思われた。

 

 

「頼りにしてる……よし、まずは服を見に行こう!」

 

 

 椛の背を押し、衣服を取り扱う店へと連れていく巴。

 

 ぱっと見てもわかるほどのヒラヒラした服の多さに、椛は視線をそらしたくなる気持ちをぐっと抑える。

 

 

「私に任せなさい!」

 

 

 

 巴の眼は真剣そのものだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 まずい……と椛が思う頃には手遅れだった。

 

 

 

(完全にはぐれてしまった……)

 

 

 巴がお御手洗いにいくから適当に見ててと言われて回っていたらこれだ。距離が離れてしまったことに気が付いた時には既に巴は椛を探してあちらこちらへと回っていってしまったようで、元いた場所を見ていても戻ってくる気配はない。

 

 完璧に迷子だった。

 

 いくつもの買い物袋を携え、人混みを掻き分けながら取り敢えず壁の方へと進んでいく。

 

 

 自慢の目で探してはいるのだがいかんせんその数が異常だ、施設全体を一人づつ探していては埒があかない。

 匂いを辿ろうにも商品やらなんやらの刺激臭が邪魔をして上手くいかず、どうしたものかと立ち止まる。

 

 

 自身の失態を恥じていると、雑音と一緒に微かな声が聞こえた。

 

 

「も……じ……」

 

 

 紛れもなく巴の声だ。聞こえた方へ視線を集中させると、いつの間に近くにきていたのか椛を探して名前を呼ぶ巴が見えた。

 

 

「みつけた……! おーい!」

 

 こちらも声を上げるとどうやら気付いたようで、こちらへ向かって進み始めた。

 

 

「ただ今よりタイムセールを始めまーす!」

 

 

 喜んだのも束の間、意味のわからぬ掛け声と共に突如現れた人の波に襲われ巴はこちらとは反対の方向へと流されていく。

 

「ちょ……ど、退いてください」

 

 こちらが向かおうにも椛を押し退けようとする人間達の力は尋常ではなく、思うように進めない。

 

 とても初老の女性とは思えぬ体当たりを繰り出し目当ての商品へと駆けて行く姿は本当に人なのかと疑うほどだ。

 

 

(ええい、うざったい!)

 

 

 邪魔な人間を全て吹き飛ばしたい衝動に駆られるも、すんでのところで湧いた理性によって止められる。

 

 

 

 右へ左へとしばらく人混みに揉まれつつ、やっとの思いで巴の元へとたどり着く。

 

 

 長いようで短い時間をかけようやく合流出来た頃には、両者共に疲労を滲ませた顔をしていた。

 

 

「ほんとうに……今日は人が多いね……」

 

「正直な所……ここまでとは思いませんでした」

 

 

 縁台に座り込み、流れ行く人々の波を眺める。

 

 今まで人の波というのを体験したことのない椛は、肉体的疲労よりも精神的疲労の方が強かった。

 

 

 相も変わらず互いに押し退けあっている群衆を見つめ、空を飛んで上を通り抜けたいなーとか考えていると巴のお腹から可愛い音が鳴る。

 

 

「……どこかでおやつにしようか」

 

「そうしましょう」

 

 

 

 

 

 荷物を持ち適当に歩いて、目に留まった店に入る。

 

 そこはどうやらぜんさいや団子を扱う店のようで、椛にとっても馴染み深い商品で溢れていた。

 店内は竹垣等で席が仕切られていたりと和を重視した内装になっている。

 

 

「いいねこの雰囲気、落ち着く」

 

「ええ、他の所は目新しさもあって見ていて飽きないのですが、やはりこの雰囲気が一番落ち着きます」

 

 

 袴をイメージした服装の店員がやってきて、お茶を置きつつ『ご注文はお決まりですか?』と聞いてくる。

 

 

「ぜんざいをお願いします」

「私四季の団子で」

 

 

 畏まりましたと下がっていく店員。その後ろ姿を眺めながら、じっくりと店内の様子を見る。

 

 客の多くが若い女性で、出された料理の写真を撮ったりお喋りしているのが見受けられる。

 聞こえてくる話ではこういう本格的なお店は珍しいんだとあり、幻想郷で営まれる生活との共通点の少なさを改めて実感する。

 

 

「やっぱり向こうに帰りたいって思ったりする?」

 

 椛が辺りを見回しているのが気になったらしい巴。

 

「いいえ、ただ幻想郷の暮らしとは随分と違うんだなと」

 

 少なくとも和装に身を包んだ人や平屋は一般的ではなく、過去のものとして扱われているようだ。

 

「そりゃそうだよ、椛の言う幻想郷の文化って100年以上前だもん、それだけ経てば人の生活は大分変わるよ」

 

 

 此方の世界は随分と技術の進み方が早いらしい。

 幻想郷では人里の繁栄を意図的に抑えている所があり、椛の記憶ではその営みに大きな変化は起きていない。

 

 妖怪による抑制がなければ人はここまで繁栄出来るのかと驚き半分、畏れ半分の面持ちでお茶を啜る。

 

 

「まあでも…………」

 

 

 続く言葉を止め『お待たせいたしました』と店員が注文の品を配膳するのを待つ。

 

 巴は自分のお団子を口にして、んん~っとその味に満足するような唸り声を上げ。

 

 

 

 

「美味しいものを食べようとする気持ちは、今も昔も変わってないんじゃないかな」

 

 

 そういってもう一つ団子を口に運ぶ。

 

 椛もぜんさいを一口食べ、その味を確かめる。

 器ごと温める気配りに、艶のある白玉と丁寧に調理された小豆の味は中々に美味と言える。

 

 

「……そうかも知れませんね」

 

 


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