『明日って空いてますか?』
『ごめんなさい、明日はパスパレのみんなとのミーティングがあって』
『そうですか』
私と彼は付き合っている事を隠している。もし付き合っていることがバレてしまったとしたらマスコミに取り上げられるだろうし、パスパレのみんなにも迷惑がかかってしまう。
だから彼とは極力話さない、学校でもこんな風にメッセージでいちいちやり取りをしないといけなかったり、一緒出かける時は変装をしないといけないのだから不便極まりない。そういうときは普通というのが羨ましくて、妬ましく感じる、割りきったつもりでも羨ましいものは羨ましいのだ。
『でも急にどうしたの? あなたから誘うなんて』
『なんでもないですよ、気まぐれです』
私と彼が出かける時はいつも私から誘っている。それは彼が気弱な性格だからというのはあるが、やはり私の仕事と重なる可能性があるから。
彼は彼なりに忙しいと思うのだが、頑張ってスケジュールを開けてくれたりしてるのを知っている身からするととても嬉しかったりもした。
「明日って何かあったかしら」
明日は4月6日、バレンタインとかホワイトデー、ハロウィンなんかの特別な事はない、普通の日。少しだけ考えてみたがやはり思い付かない、本当に彼の単なる気紛れかもしれない。
誘いを断った小さな罪悪感が襲ってくる、明日ミーティングが早く終わったら連絡しよう。そんなことを思いながら私は明日の準備を進めた。
だんだんと気温が暖かくなってきてむしろ暑いくらいだ、ふわりと吹く風に帽子が飛んでいってしまいそう。事務所への道は相変わらず人通りが多いが、事務所の前になると途端に人が減る。何故なのだろうと考えた事はあるけど結局わからない、芸能事務所となると恐れ多かったりするのだろうか。
「失礼します」
「「「「千聖ちゃん、誕生日おめでとー!」」」」
へっ、と私らしくなく零れた声は複数のクラッカーの爆発音にかき消される。ああ、そういえば今日は私の誕生日だった、最近はいろいろと忙しくてすっかり忘れていた。
「これ、みんなからのお誕生日プレゼントです!」
麻弥ちゃんにそう言われ渡された箱を開ける、びっくりしすぎて今は何がなんだかわかっていない。
「これは……オルゴール?」
「みんなで一生懸命探したんだ!」
「音色も、とっても素敵なんですよ」
「早く聴いてみたいわ、みんなありがとうね」
嬉しい、こうやって誰かに祝ってもらったのはいつぶりだろう、テレビで祝ってもらう事はあるけど所詮は建前、心から祝ってくれたと思えるのはもしかして花音を除けば初めてかもしれない。
「えっと……これを早く片付けないとミーティングが」
「あれは嘘だよ、千聖ちゃんを驚かせようっていうのでスタッフさんにも協力してもらったんだ!」
「ねぇねぇ千聖ちゃん、この後ショッピングにでも行こうよ!」
「駄目ですよ日菜さん、流石に掃除は手伝わないと……」
「え~、めんどくさい~」
ああ、そうか、今日は私の誕生日なのか、熱が冷め冷静な思考が戻ってくる。特別な日じゃないか、何が普通の日だ、少なくとも私にとっては、もしかしなくても彼にとっても。
「ごめんなさい、実はこの後用事があって……」
「それは仕方ないですね、私残念です……」
「イヴちゃんそんな落ち込まないで……また別の日なら大丈夫だから」
「本当ですか! でもやっぱり特別な日にいれる方が嬉しいです……」
「本当にごめんなさい」
イヴちゃんの言うことはわかる、やっぱりこんな特別な日は……大切な人といたい。パスパレのみんなも大切だけど、私は彼を取りたい。私は再度謝ると、走りながら部屋を出た。
「あんなに急いでる千聖ちゃん初めて見たかも……」
「確かに、いつも余裕を持って優雅って感じだから珍しいですね」
「もしかしたら彼氏さんじゃない?」
「チサトさんって婚約相手がいたんですか!?」
「あたしは学校が違うから知らないよ、学年も一緒だし彩ちゃんそういう噂聞いたことないの?」
「え、私!? うーん、聞いたことはないかなー」
そんな会話は当然私には届かなかった。
私は事務所内を走りながら彼に電話をかける、彼が電話に出ないことには場所がわからないのだから走る必要はないのだがつい走ってしまう。
『どうかしたんですか?』
『ミーティングの方が早く終わったので、今何処にいるのか聞こうと』
息はきれぎれ、こんなの私らしくないなんてのはわかっている、事務所から出てすぐのこんなところにいるはずがないのに左右を探してしまう。そしてその動作で、そこにいるはずのない人が見つかってしまった。
「ど、どうしてここに!?」
『待ってました、じゃ駄目ですか?』
電話越しにそういう彼はゆっくりと歩いて近づいてくる。いったいいつからいたのだろう、周りには不思議と人がいない、この事務所の前だから。ああ、でもいなくてよかった、きっと今の私の顔は、物凄くだらしなくなってしまってると思うから。
「……いつからいたの?」
「まぁ寒いなんて季節も過ぎたのでそこまで辛くなかったですよ」
「そういう時はさっき来た所って言うのよ」
「即興芸は苦手なんですよ」
彼は軽く笑いながらそんな事を言う、どうしても右手にかけた紙袋が気になるがあえて言わない、多分それは私へのプレゼントだから。
「……今日は何処に行くか決めてるの?」
「千聖さんの行きたいところに行った方がいいと思って決めてないですね」
「そう……取り敢えずお茶でもしましょう」
何処に行こう、でも今日は特別だから隠れたくない、堂々としていたい、そうなると……あそこかしら。
「それじゃあ行きましょう」
私と彼は手を繋ぐ、彼は内気だから手を繋ぐまでに長い時間がかかった、それは私と長い時間いられなかったというのもあるのだろう。
だけど今では人目さえ気にしなければ彼も恥ずかしがりながらだけどやってくれる、それが彼との距離が縮まってる証明となって、どうしても嬉しい気持ちになる。暖かい太陽の光はあの時みたいに、私達を包んでいる。
「えっと……ここは」
「ここなら別に変装しなくても大丈夫だから」
「でもここ、珈琲店ですよね、千聖さんは紅茶が好きなんじゃ」
「珈琲店って名前だけど実質喫茶店みたいな所だから大丈夫よ」
『羽沢珈琲店』は私のお気に入りのお店の一つ、美味しいし、つぐみちゃんは可愛いし、イヴちゃんがここでバイトをしているから私がいることがバレたとしてもそこまで問題にもならなかったりすると思うから、まぁバレないにこしたことはないのだけど。
「いらっしゃいませー」
つぐみちゃんに案内されて席につく、彼女はなんだか驚いているが、それは私がいることに驚いているのではなく、後ろにいる彼に驚いている。
「つぐみちゃん、いつものをお願いするわ」
「わかりました、えっと……お付きの方は何にしますか?」
「何がおすすめなんですか?」
「ブレンドコーヒーがおすすめになってます!」
「じゃあそれでお願いします」
つぐみちゃんはチラチラと彼の方を見る、やはりそういうのが気になるお年頃なのだろうか、それ自体になんら不快感は覚えないけど、彼がつぐみちゃんの方を見ているのは不快だ。
「……俺何かしましたか?」
「そうね、自分で気づきなさい」
「そんなぁ……」
まぁ無意識だろうから気付かないだろうけど、ちょっとだけ顔を背けると落ち込む彼が本当に可愛らしくて仕方がなくて、もっと弄りたくなってしまう。
「そういえばその箱何が入ってるんですか?」
「オルゴールよ、パスパレのみんなに貰ったの」
「どんな音出すんですか?」
「私もまだ聴いてないの、後で一緒に聴く?」
答えが返ってくる前につぐみちゃんが注文したものを届けてくる。本当のここの珈琲はいい匂いがする、入れたて特有のものなのかわからないがほろ苦い薫りがする。
「あなたも食べる?」
「……頂きます」
色鮮やかと言うべきか、ロシアケーキというものでそんな名前のわりにはケーキじゃなくてクッキーだ、ジャムやクリーム、チョコレートが載せてあるもので、紅茶に非常に合うから重宝している。
「そういえば今日は渡したいものがあって……」
「……中を見てもいいかしら?」
どうぞ、と言われたので紙袋の中を見る、そこには大量……ではないがお菓子が入っていた。
「これって……」
「前好きだって言ってたのを思い出しまして……」
「でもこれ、高かったでしょう?」
「普段お金使わないので……」
あははと小さく笑う彼は本当にずるい、もっと、もっと好きになってしまうじゃないか。
「つぐみちゃん、オルゴールかけても大丈夫かしら?」
「今は他のお客さんもいないし大丈夫だと思いますよ」
オルゴールのネジを回すと綺麗な音色が流れてくる。今私の前には彼がいて、パスパレのみんなからもらったこんなにも綺麗な音がなっていて、美味しいお菓子や紅茶を口にして、気が抜けてしまいそうな珈琲の薫りがして、そして手には彼からの誕生日プレゼントがある。
「ねぇ」
「なんですか?」
「私、あなたの事が好きよ」
「……俺もですよ」
ああ、本当に今日は、特別な日だ。