仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
ゴールデンウィークの最終日。
遊びに出掛けて事件に巻き込まれて解決したコナンと少年探偵団の三人、それから沖矢昴は昼ご飯を食べて帰るところだ。
公園を横切って、駐車場に向かっている。
ちなみに、くたくたに草臥れた阿笠博士は早く家の布団で寝たいと外食には付き合わずに帰っていった。
灰原哀も博士と一緒に先に帰った。
沖矢としては、事件は無事に解決したのだとしても別々に行動したくはなかったのだが、元太の腹の虫がそれを許さなかった。
「お、沖矢さん。あれ」
不意に立ち止まったコナンはこわばった声で、沖矢を呼んだ。
沖矢も足を止め、促された方向を見遣って思わず目を見開く。
公園の散歩道に白いベンチがぽつぽつと設えてある。その内の一つの日だまりに、男がひとり座っていた。
「……ジン?」
零れ落ちた声は呆れるくらい唖然としたもので、語尾にクエスチョンマークがダース単位で並んでいた。
背もたれに両腕を乗せ、組んだ足を持てあまし気味にだらりとベンチに凭れかかって、ぷかりと煙草を吹かせている男は、黒づくめの服を着ていたらジンと断じたろうが、今は白い。
帽子を被っていない髪はユルいみつあみに編まれ、ハイネックながらもざっくりローゲージのサマーセーターは白に近い青。元は紺だが色落ちしているダメージジーンズの腰から太ももにかけては銀糸でペイズリーの刺繍が施されている。
薄い青のサングラスも相まって、全体的に氷の白さを連想させた。
ベンチの隣にはギターケースが置かれていて、それは沖矢――いや、ライにとっては見覚えのある白色をしていた。
ジーンズに合わせたかのように全体にペイズリー柄があしらわれている白いギターケースは、見覚えがあるどころか自分がジンに渡したものだ。
すぐに捨てるだろうと思っていた。
「まさか、あれ、ジンじゃないよね?」
そう、ジンじゃない。
恐る恐る聞いてくるコナンに、もちろん違うだろうと即座に答えて立ち去るのが最善の一手だったと沖矢が気付いたのは、悪手が打たれた後だ。
何が悪手だったって、立ち止まってしまった沖矢とコナンの視線を追って、少年探偵団が真っ白な男に興味を持ってしまい、止める間もなく駆け出していったのである。
「にーちゃん、白いな」
「キラキラしてキレイ」
「アルビノというものではありませんか?」
男はわらわらと寄ってきた子供たちに、組んでいた長い足を下ろして目を向ける。
「あー?」
なんだかとても聞いたことある不機嫌そうな声に、突きつけられる銃口を幻視する。
走り出そうとしたコナンが固まった。
やはりあれはジンではないのだ。
ジーンズの後ろポケットに手をやって、出てきたのは灰皿だった。
子どもたちが近づいてきたからと携帯灰皿に煙草を押し込むような人物だから、無敵の子どもたちは遠慮をなくして纏わりつく。
光彦がしたり顔でアルビノの説明をして、目は赤いんでしょうと問えば、外してくれたサングラスの下は碧だ。
日差しが眩しいのか、眉間にしわを寄せて瞬きして、すぐにサングラスをかけ直す。
「てめえら、俺がホントにアルビノだったら、失礼極まりないぞ」
ごめんなさいと歩美が言い、光彦も気まずそう顔で謝って、元太は気にしないのか分かっていないのか、脇に置かれたギターケースを指さして「何か弾いてくれよ」と元気な声を上げる。
は?
何をだよと言いながら、ジンはケースから白いギターを取り出している。
いやいや、ジンじゃない。うん、こんなの確実にジンじゃない。
「仮面ヤイバーの歌がいいです」
「知らねえ」
知っていると言われたほうがビックリだと、コナンが声にならないツッコミを入れる。
「えー知らないんですかー」
「みんな知ってるのにー」
「だったら歌ってみろよ」
ビックリだ。
ジンに促されてこどもたちが歌い出すと、弦を弾く。
曲を知らないからこそだろう。明るくて賑やかな声に釣られて実際の曲より随分とアップテンポな伴奏になった。
子どもたちはそれが面白いらしく、ギターに合わせて跳ねるように歌って笑った。
曲が終わって、ふーんと言いながら今度はゆったりと弾き始める。
そして深みのある声で、歌い出した。
同じ歌なのにバラード調で、ふわーお兄さんすごーいと言いながら、子どもたちは大人しく聞いている。
周りの人たちが、足を止め始めた。
「一回聞いただけで歌詞を覚えたのか。凄いな」
沖矢の感心した呟きは、既に現実逃避だ。
その次はというと、散歩中だったじいさんのリクエストで演歌を歌い始めた。
拳のきいた女性演歌歌手の歌だから、ジンの声で歌うと聞き応えがある。
というか、そのちょっと古い演歌は知っていたのか。
「兄貴、なにやってんですかい」
演歌が終わったタイミングでかかった声に、見物していた人たちが蜘蛛の子を散らしたように散った。
歌をリクエストしたじいさんも、じゃあありがとうねと声をかけて、そそくさと立ち去る。
怯えた歩美が、ジンの足にしがみついた。
近付いてきた男はガタイのいい体にカーゴパンツとタンクトップ。バンダナもしてどこのランボーかといういで立ちだ。
カーキ色のタンクトップには『筋肉至上主義』の文字が入っていた。
これを見て逃げ出すのも分かる。
少年探偵団も逃げてくれたら、これ幸いと立ち去れたのに。
「ウォッカ」
隠す気がないジンが、しかし子供たちが怯えたのを咎めるように名を呼んだ。
「日差し強えんですから、炎天下にいると日射病になりやすぜ」
「お前が遅いのが悪い」
交わされる会話に怖くないと理解した子供たちは、物おじせずそれに混じる。
「お兄さん真っ白だから、日差しに弱そうですよね」
光彦がうんうんと同意して。
「私のおぼうし貸してあげるー」
背伸びをした歩美が自分が被っていた麦わら帽子をジンの頭の上にのせた。
「うわあ」
それはコナンの声か沖矢の声か。
両方かもしれないそれは、ピンクのリボンと花飾りにどうすればいいのか分からなくてこぼれたものだ。
「ガキが。テメエの頭守っとけ」
帽子は直ぐにジンから歩美へと戻された。
「じゃあ、兄貴はこれを被ってください」
しかしウォッカが、取り出した麦わら帽子をぽんと頭に被せる。
今度は青いリボンだ。花飾りがないだけマシなのか。
「おいおい。今のどこから出したんだよ」
今度のコナンのツッコミが聞こえたわけではないだろうが、探偵団の面々がぐりんとこちらを向いた。
「コナンくん。沖矢さん。お兄さんがアイスをおごってくれるそうです」
どうしてそうなった。
いや、会話は聞いていたから知っているけれど。
ウォッカが脅かした詫びと帽子への礼を、元太が無理矢理ねだった感じだったけれど。
どうしてそれを了承するのか。
子供たちに促されて立ち上がったジンが二人に顔を向け、沖矢の目を見た。
にやり、とチェシャ猫が笑った。
「よう、キャスバル」
「なんだ、にーちゃんたち知り合いか」
元太がジンを振り仰いで聞いた。
「でもお兄さん、あの人の名前は沖矢さんです」
困った顔で光彦が言う。
人違いじゃないですかと。
「ああ、沖矢昴。だろ?」
アメリカにこいつが留学してきた時のあだ名がキャスバルなんだともっともらしく、沖矢昴を作り上げた二人の知らない設定を、当たり前のように語られる。
おきやすばるおきやすばると、子供たちが念仏のように唱えて、ああ、きやすばる!と納得する。
納得するな。偽名を知られているという事実が怖い。
「……やあ。久しぶりですね」
否定できなくなった沖矢が、しぶしぶと微笑みを浮かべて挨拶する。
ジンの顔が無表情になった。
「お前の敬語は気色悪い」
その後公園脇のコンビニでアイスを買って解散になったのでほっとしたが、これからなんだかんだとばったり出くわすようになることを沖矢もコナンも知らない。
懐いた少年探偵団が、ジンとウォッカが黒づくめの服装でもお構いなしに突進して胃がきりきりと痛む未来を、知らない。
偽名が本名だなんて面白れェと思われていることも、もちろん知らない。