仔熊のミーシャに愛をこめて 作:つきや
日本のガキはノーテンキだから嫌いじゃねえ。
涙目で銃口を向けてくることもないし、腹に爆薬を巻いている心配をしなくてもいい。
だからといって、探偵がリードの先を握っているようなちびっこどもに懐かれる予定はなかったんだが。
どうしてこうなった。
季節限定のピーチパフェを突っつきながら、心の内で嘆息する。
ああ、名探偵の視線が痛い。
その日の仕事相手は、ハッカーだった。
とある国の軍事機密を手に入れたので高値で買ってほしいと組織に接触してきた世間知らずで、データを回収しつつ今の内に死んでおくか組織の子飼いになるかを選べと告げに来た。
野放しにしたら厄害になる。
だが、威嚇の弾丸が頬を掠めても後ろのPCモニタの傷を先に心配したのは面白い。オタク気質だこいつ。
ラムに鍛えさせようそうしよう。
「ウォッカ。こいつのパソコン、全部運び出せ」
選択肢の答えは聞かずに命じる。
「なっ!」
ハッカーが抗議の声を上げたが、抵抗する前に銃把で殴り倒した。
「兄貴。こんなもやし気に入ったんですかい」
トラックと人員を手配しながら、ウォッカが呆れて言った。
「気に入らないなら鍛えろ」
「へえ?いいんで?」
ウォッカのサングラスがギラリと光った。余計なことを言っちまったかも。ハッカーとして使い物にならなくなるのは勘弁してくれよ頼むから。
後はウォッカに任せて退散することにした。巻き込まれては堪らないからな。筋肉至上主義に改宗させられてしまう。くわばらくわばら。
ビルを出て、表通りの路上パーキングに停めた愛車へと向かう。
「おにーさーん」
キーロックを外そうとしたところで、呼ばれた。
え、俺、おにーさん?
自分じゃないと否定したいが、人通りの少ない昼下がりを選んでのハッカー訪問だったので、他の選択肢が周りに存在していない。
見遣れば、少年探偵団の3匹がまろびころびつ走り寄ってくるところだった。
ここ、米花町かよ。
「おにーさん。こんにちは」
「こんにちは」
「今日は真っ白じゃなくて、まっくろくろすけなんだな」
「日差しに弱いんですよね。大丈夫ですか?」
仕事中だから仕方がないとは答えない。
というか、か弱い白うさぎ扱いされてねえかこれ。まだアルビノ説が尾を引いているのか。
ああ、タバコ吸いてえな。
ちなみに流石にこの日差しの中、コートを着込むことはしていない。帽子はちゃんと被っている。
黒のサマージャケットにポーラータイは銀。ワイシャツもチノパンも黒だ。
なんでこんな怪しい風体の男に話しかけることができるのか、このちびっこどもは。
「なーなーにーちゃん。俺たち歩きまわってくたくたなんだ。なんか冷たいもん食わせてくれよ」
そして何故、その腕を強引に引っ張ることができるのか。
「私、さっき見かけたイチゴパフェのお店がいい」
「いいですね。お兄さんも涼まないと熱中症で倒れてしまいますよ」
とりあえずお前ら、どこかに落としてきた遠慮を拾ってこい。
相槌ひとつ打たない強面を、入る客を選ぶタイプの可愛らしい内装の喫茶店へと引き摺りこむ。
これって通報職質待ったなしじゃねえかと思ったのに、席に案内する店員は微笑ましそうな顔をしていた。
あれもこれもと勝手に注文して、できてくるのを待つ間にと光彦がスマホを取り出す。
「あ、コナン君。今、白いけど黒いお兄さんと喫茶店にいるんです。ほらあの美味しそうって話していたパフェのフェアをしているところですよ。コナン君たちの分も注文してありますから休憩にしましょうよ」
小さな名探偵の困惑顔が見える気がした。
そして、誰にたかってんだよと呆れた様子で喫茶店に入ってきた名探偵のぎょっとした顔は想像以上だった。
ここはひとつ「キャスバルはどうした」と聞くべきか、それとも「後ろに隠れているガールフレンドを紹介してくれ」と言うべきか。
余計な一言を言いたくて、口元がむずむずする。
ここで空気を読んだ店員が、頭数が揃ったならとできあがったパフェを大きな盆に並べて運んできた。
「うわーおいしそー」
「早く食べようぜ」
「コナン君も灰原さんも座って座って」
指し示した位置は俺の隣だが大丈夫か。
大丈夫じゃないらしいシェリーの混乱が手に取るように分かる。
今すぐに逃げ出したいが、ちびっこどもを置いていく訳にもいかないと頭の中がぐるぐるしているお姫様を守る騎士殿の緊張具合も、突いたら弾けそうだ。
とりあえず無害ですよ興味ありませんよと主張するために、目の前に置かれたパフェに手を伸ばす。
ごろりとカットされた桃だけでなくアイスとチーズケーキまで乗り、こってりとしたソースがたっぷりと掛かっている。
コーヒーをブラックでと追加注文した。
元太が便乗してプリンアラモードを注文している。え、これすげえボリュームなのに、まだ食えるのかよ。
「ご、ごめんなさい。私、ちょっと体調が悪くて。先に帰るわね」
シェリーが逃げに走った。賢明な判断だったが、そうは問屋が卸さなかった。
「哀ちゃん大丈夫?」
「顔が真っ青です。なおのこと、座って休憩しなくてはいけませんよ」
「あとでこのにーちゃんに車で送ってもらえよ」
強引に座らされていた。
流石に俺の真横に来たのはコナンだ。その向こうにシェリー。
椅子に座ろうとした瞬間、コナンの肩がギクリと揺れたのは見逃さない。
腰のホルスターに気付いたのか硝煙の残り香があったか。ま、血の臭いがしないだけマシだな。
「お兄さんはこの辺で不審な人物を見掛けませんでしたか」
チョコレートパフェを食べながら、光彦が俺に訊いてきた。
隣の名探偵が俺の顔をちらりと見上げたかと思うと、すぐに慌てて目をそらす。
言いたいことは分かるけどな。今一番の不審者は俺だ。
なのにこんなに近くにいるのでは、警察やFBIにこっそり連絡を取ることもできないから大変だ。
「実は最近、通学路に怪しい男の人が出るんです。危ないから、僕ら少年探偵団が見回りをしていたんですよ」
「おう!俺たちでとっちめてやるんだ」
ドヤ顔の光彦の隣で、元太がスプーンを握りしめた手を振り上げた。
「危ねえんなら、ふらふら出歩いているんじゃねえよガキども」
思わず、素でツッコミを入れた。その上なんで別行動してたんだしっかり手綱握っていろ保護者。
その後、車で送ると言う俺と住処を知られたくない名探偵とで押し問答があったりもしたが、この時はまだ誰も不審者騒動のせいで殺人事件に巻き込まれるとは知るよしもなかったのであった(ミステリー感)